ナインスルート-TS異世界転生したら人型兵器の部品扱い- 作:暁文空
災暦四三年八月八日夜。因幡重工領北方。
ハーミットとその乗機、真迅改は輸送用大型ヘリによって運ばれている最中だった。腰部には相変わらず外付けの大型ブースタ、脚部には小型ミサイルが数基取り付けられている。そして、普段なら背中に一対のシールド一体型レーザーブレードを装備している所を、その片方――右背には代わりに大きな円形のレーダーを背負っている。
そんな乗機のコックピットにて、ハーミットは予め聞かされていた作戦内容について、思い返す。
『依頼主は因幡重工。因幡重工領の北方にある離島――
ハーミットの中にある“男性”としての記憶において、日本をモデルとした国家“菊花皇国”を母体とする企業“因幡重工”。経営巧者、政治巧者というよりは、職人気質を存分に発揮している企業だった。そういった事もあってか、災暦という混沌とした世界の中において、敵に回している陣営が少ないというのが、この世の中におけるアドバンテージとも言えた。
しかしながら、そんな因幡重工でも対立関係にある企業が一つ。それが、明華企業群だった。因幡重工、明華企業群はどちらとも主だった領地は接していないのだが、ただ一点。どちらからも一定の距離にある離島、海樺島――こちらの利権については清暦の頃から争い続け、災暦の一時期に限り因幡重工がその利権を手にしていた時があったものの、ここ数年では明華企業郡の勢いもあって戦況としてはより混沌を深めており、未だに解決していない。つまり、国家の頃からの因縁とも言える関係にあるのが全てと言える。
互いに主権を主張し合う海樺島には、大災害時に隕石が落下しており多くの資源が眠っているという試算がなされている。清暦の終わりから災暦の始まりの頃に飛来した隕石の落下地点には新資源が眠っている。それが、災暦に於ける常識の一つであった。それもあって、その権利については両社共に譲れず今に至るという訳だった。
『輸送ヘリで因幡重工領空からSGを投下、大型ブースタで因幡重工の海樺島前線基地を包囲する明華企業群の部隊を強襲。包囲網に穴を開けて孤立した部隊と本隊の合流を支援する――というのが、因幡重工からの要請だ』
この海樺島の領土を得る事は、島に眠る新資源の利権を得る事に等しい。互いに島の部隊に陣取り合戦をしているというのが現状であり、前線の位置は常に動き続けている。その中で近年勢いを増している明華企業群が攻勢を強めた結果、因幡重工は後退を余儀なくされ前線基地の移動が間に合わなくなり包囲されてしまった、という事のようだった。
それを受けて因幡重工は孤立した戦力を支援する為に兵力を集めたようだが、大きな部隊というのは動きが遅いというのが常だ。かといって、小規模な動きの速い部隊を向かわせた場合、その部隊も孤立してしまう可能性がある。その為、時間はかかる事を承知で本隊を動かし、傭兵――ハーミットには、単騎で孤立した前線基地の支援をしろ――というのが、この依頼の本質だった。ハーミットにかかる負担の大きい依頼ではあるが、これまでの実績からこれ位はやってくれるはず、と依頼のハードルが上がっているせいというのがあった。
『敵戦力だが、事前に確認できている分では、戦闘車両及び戦闘ヘリが十数以上、明華企業群製SG“
明華企業群製SG“焔鳥”は明華企業群の主力量産型SGに該当する機体で、安価ながら強固な装甲とSGとしては平均的な機動性の両面を兼ね備えた機体と言えた。尤も、基本設計が五年以上も前の機体という事もあり、名機ではあっても脅威的な機体とは言い難い。しかしながら、“炎牙”は今年から実戦配備されたばかりの新型SGだった。既に戦場での目撃情報が数件あり、高性能らしいというのは、ハーミットの耳にも十分に入って来ていた。そして、特筆すべき事項として、“炎牙”にはある特徴がある事も。
「片方の背面装備はレーダー?」
『ああ、既に準備させている』
炎牙はハーミットの真迅改同様、ステルス及びジャミングを標準装備としているSGであった。その為、無策で向かえば一方的にやられてしまうというのが明らかだった。真迅改自体も索敵能力は高い方であるが、何事にも不測の事態はつきもの。念には念を入れて、ハーミットは自機に追加でレーダーを装備させた方が良いと判断し、機体の準備をしているアルカナ機関側も同様の判断を下していた。
そして、今に至るという訳だった。右背のレーダーは、ステルス及びジャミングへの対策という訳だった。これで武装が両手のアサルトライフルに、左背のシールド一体型レーザーブレードの三つに、脚部の外付けミサイル数基。これが今の真迅改の武装の全て。総火力という意味では不安は残るにせよ、相手に索敵能力を妨害する機体がある以上は索敵能力の向上を図ろうとするのは自然な事だった。
意味もなく息を一つ吐きながら、ハーミットは思案する。今回の作戦について考えるというのは大前提だったが、海樺島という場所である事柄を思い出す。それは、彼女が“とある男性ゲーマー”だった頃の記憶。“ルート・ゼロ”のストーリーモード――特に因幡重工陣営において、この海樺島という戦場はあまりにも意味が大きい。
因幡重工陣営におけるプレイヤーキャラは海樺島の基地に配属された後、前線基地へと異動する。同じ基地に所属する面々の様子だとかを色々描写した上で、序盤の最難関ミッションとして、前線基地からの撤退というものがあった。他陣営と比べても難しい局面を迎えるのが早く、因幡重工陣営はハードモードとも呼ばれていたのを、ふと彼女は思い出していた。
最近のハーミットは、“ルート・ゼロ”本編への介入を完全に諦めていたのだが、本人の意志とは関係なくアルカナ機関の選択した依頼で本編に少しは関われるという事実を受けて、無意識に気分を高めていた。操縦桿を握る手の力が強くなっている事にも気づかない。
『ハーミット、作戦領域が近い。準備はいいか』
そんな中輸送ヘリに同乗している通信士からの声が耳に届く。意識外の声に目を大きく見開いて驚きつつも、一瞬で平静を装って「問題ない」とだけハーミットは返す。気を抜いている暇はない。気持ちを切り替えろ、と左手で左頬を軽く叩く。
そうやって気持ちを静めた後、ブースタ点火のボタンに指を合わせ、ペダルに足を合わせる。いつヘリから投下されても、即座にブースタを作動させて出発するための準備が整っていた。
『投下十秒前。……五、四、三、二、一、投下!』
「――ブースタ点火。これより作戦を開始する」
ガコン、という音をたてながら輸送ヘリとSGを固定していたアームがSGを離す。そのタイミングで、ハーミットは外付けブースタと背部メインブースタを点火させて真迅改を因幡重工領北方の夜空へ飛ばしたのだった。
同刻、海樺島。島中央近辺にある因幡重工の対明華企業群前線基地。
隕石の落下地点に程よく近く、新資源の湧出も確認されている。いわば新資源を調査する拠点とも言い換える事ができた。災暦という紀年法になってすぐ、この海樺島の実験を握ったのは因幡重工だった。因幡重工は他にも新資源の湧出地点を確保しているが、それらを抑えるよりも前に確保していたのがこの地点であった。
しかしながら、ここ近年は明華企業郡がその勢力を強めていた。清暦の終わりにかけての騒動もあって、明華企業郡は他の陣営と比べて出遅れていたのだが、その遅れを取り戻すかのように急成長を遂げていた。それもあって、この海樺島においても因幡重工は徐々にその戦線を後退させていく事となってしまっていた。
今では他の資源も抑えている因幡重工ではあれど、この海樺島の資源を手放す事は明華企業郡により力をつけさせてしまう事になる。そうなると、地理的には極めて近い両社の位置関係もあって、より大規模な正面衝突が予想される。しかも、勢いに乗っている明華企業郡とである。今の勢いのまま本土にまで攻めて来られる訳にはいかないという状況にあった。
状況は極めて厳しいの一言に尽きる。海樺島の南方には因幡重工の大きな拠点が用意されてはいるものの、島中央の前線基地の周囲は完全に明華企業群の軍勢に包囲されているのが、誰の目から見ても明らかだった。戦闘ヘリのローターの音が実際に聴こえるわけでもないのに、聴こえてくるように感じられる。レーダー、マップにもその様子は明らかに示されており、その様子を見た因幡重工製SG“雷閃”の後部座席で索敵担当をしている第二パイロット、田中三尉の焦った声が耳に届いていた。
『敵兵力更に増えています!』
報告はありがたかったものの、そのような声を出されては焦りが周囲にも伝播してしまう。その事に、同じく因幡重工製SG――IS-S-39“震雷”に乗っている前線基地所属のSG部隊隊長――武内一尉はため息を一つ。そして、すぐさま叱責の声を飛ばす。
「田中三尉、なんだその声は! 報告に感情を乗せるんじゃない!」
その言葉に、『申し訳ありません!』と怯えた声が返ってくる。ここまで怯えているとなると、何を言っても逆効果かもしれないと武内は内心では焦りながらも、それを声には出さないようにしながら別の部下に問いかける。
「今我々がやらなければならない事はなんだ! 言ってみろ鈴木三尉!」
『は! 敵の散発的な攻撃に耐え続け、隙を見て包囲網を突破し、本隊と合流する事であります!』
「その通りだ鈴木三尉! それまでは勝手に動くなよ! いいな!」
焦って怯えている田中とは違い、まだ平静さを装えるだけの余裕がある鈴木の様子に武内は安堵の息をふぅ、と一つ吐いた。部下に対して強い言葉を発している武内だが、内心は田中と同様の焦りと怯えがあった。しかしながら、それを周囲に知られる訳にはいかなかった。
この前線基地が包囲されてから既に数日。本格的な総攻撃を受けていないというだけで、散発的な攻撃が続けられている。本来、その程度の襲撃なら迎撃できるだけの戦力がこの前線基地にはある筈だった。しかしながら、同時に補給路を潰された事で状況は一変してしまった。地道に迎撃し続け、未だに前線基地は落とされずに済んでいるものの、補給や修理がままならないまま。武内や田中、鈴木の乗るSGは勿論、他のSGや戦闘車両、戦闘ヘリも消耗が激しい。装甲が剥がれた箇所に無理矢理金属板を外付けして誤魔化している機体や車両ばかりだ。
本隊が近くに来ている――と、武内は前線基地の司令から聞かされてはいたが、だとしても状況は良くない。敵戦力に対抗できる大規模な部隊は移動が遅く、早く前線基地の方に来られる小規模な部隊では敵戦力に歯が立たない。それがわかっているだけに、耐え続けて待つというのはかなり厳しい、というのが武内の心の内だった。
自身の乗機、震雷の性能は悪くない。田中三尉の乗る雷閃と比べてより純粋な戦闘兵器に仕上がっている他、後にロールアウトした因幡重工の最新鋭機、真迅及びその改修機と比べた場合、扱いやすいという特徴があった。真迅はとにかく最高速度や機動性に特化した面があり、その結果として正面からの撃ち合いという点においては不安があった。その点で言えば、振雷は真迅と比べると速度や機動性の面ではやや劣るものの、装甲は強固で被弾する場所、角度に注意すれば高威力な火砲でも多少は問題ないという強みがある。
しかしながら、それは状態が良ければの話である。満足な補給や整備が行えない状態で幾度となく戦闘を繰り返し、既に各関節は悲鳴をあげていて、装甲も劣化している。携行している武器の残弾も乏しく、まともに戦闘ができる状態ではない。そのような状況で、楽観的に考えられるような幸せな脳を彼は持ち合わせてなどいなかった。
そのような不安に武内が押しつぶされそうになっていると、マップ上にマーキングされている敵機の反応が一つ、また一つと消える代わりに新たに一つの機体反応が増えたのを確認した。
『隊長、基地南方より救援の傭兵のようです!』
その機体反応の方にメインカメラを向けると、たった今大型のブースタを投棄しながら戦闘ヘリを蹴散らしながらこちらへ迫ってくる自社製SG、真迅改の姿が映っていた。その光景に目を丸くしていると前線基地の司令、渋谷一佐からの通信が入った。
『傭兵――ハーミットが来た。これより全戦力は前線基地を放棄して南方へ離脱。本隊と合流せよ。いいな』
この通信は、前線基地に配属された全兵士が耳に入れた。長い間包囲されたまま孤立していたこの基地に、まともな防衛能力は残されていないし、物資も乏しい。このままでは、前線基地が陥落するのは時間の問題。そうであるならば、基地を放棄してでも本隊と合流するのが最善であるという考えのものだった。
だがそれは同時に、この前線基地は失われる事を指している。その事実を感じ取り、武内つい疑問を口にする。
「――司令は、どうするのでありますか?」
『お前らしくないな武内一尉! 生意気だった頃のお前はどこ行った!』
その言葉に、「い、いえ!」と声を漏らす。すると、一機のSGが起動して立ち上がり、基地の北方へ砲身を向けていた。それに呼応するかのように、数機の戦闘ヘリが上昇し、戦闘車両の数両がSGの横に並ぶ。
『何。運動不足でな。少し暴れようと思っただけだ』
その言葉に、武内はそのSGには渋谷一佐が乗っているという事を察した。それに追従する戦力は、予め渋谷一佐が声をかけていた者達なのだろう、という事も。
渋谷一佐の乗るSG、因幡重工製SG――IS-A30“三笠”。災暦三○年に実践投入された旧型SGで、今はこの前線基地に予備機という名目で放置されているものだった。当時は厚い装甲と重武装で大きな戦果を挙げた機体だったが、今では骨董品扱いの一機に過ぎない。この放置されていた予備機は、災暦三○年頃にSGパイロットとしてのピークを迎えていた渋谷一佐が当時搭乗していたかつての愛機そのものだった。“地を駆ける火薬庫”とも評される三笠で多くの敵機を撃破し、爆散させていった事で“戦場の花火師”等と言う二つ名持ち。それが渋谷一佐だった。
今でこそだらしない体型で、如何にも後方に控える指揮官らしい風貌の渋谷だが、実際に戦場で大暴れしているのを当時新兵だった武内は見た事があった。二つ名に恥じない暴れっぷり、敵機が次々と打ち上げられる花火のように爆散してゆく。その様子に武内は見惚れて、渋谷に気を抜くなと叱責される事も少なくなかった。
だが、幾ら当時は大暴れしていたと言っても、現行の機体との性能差が間違いなくある。この災暦の世では、つい最近の新技術が、ほんの僅かな期間に時代遅れと評される事も少なくなかった。例にもれず、当時最新鋭SGとして知れ渡った三笠は、災暦四○年の時点で因幡重工が保有しているものは、この前線基地に放置されていた渋谷の愛機を除けば一機もなかった。残りの三笠は、既に戦場で撃破されたか、独立傭兵に安価で横流しされたか。ともあれ、既に公にはその姿を消しているといって差し支えない、そんな機体だった。
そのような機体に今更どうして――と武内は思う。その援護をするのが戦闘ヘリや戦闘車両のみというのも気になっていた。そもそも、渋谷と共に戦う戦力の中に武内がいないというのも、余計に武内の心を揺さぶった。
しかし、既に機体に――それも、かつての愛機に搭乗している以上、その意思は固いというのも理解できていた。それに、武内の率いる部隊は少なくとも現役のSGや戦闘車両ばかりだ。本隊と合流して補給ができれば、また戦う事ができる。今のままでは、渋谷の支援はおろか、足手まといになってしまう。そこまで考えてから、武内は右の平手で自身の右頬をパシン、と叩く。そして、息を一つ吐いてから口を開く。
「……了解! 我に続け! 居残ると司令の邪魔になるぞ! いいな!」
こうして、決死の撤退作戦の幕が上がった。
腰部の外付けブースタを投棄しながら、戦闘車両や戦闘ヘリを脚部の外付けミサイルで蹴散らしたハーミットは、真迅改の姿勢制御ブースタを吹かしてクルリと一八○度ターンをしながら着地をする。着地直前から下方向にブースタを吹かし、落下速度を軽減する事で脚部関節への負担を軽減する、という小技も手癖のように行っていた。
『こちら因幡重工北方前線基地司令の渋谷一佐だ。お前がハーミットだな?』
いきなり耳に届いた通信の声に、「はい」と彼女は返す。すると、『子供? ……いや、確かアルカナ機関出身とだったか。“そういう事”か』と何かに納得したような声が耳に届く。前線基地司令、佐官という立場ともなれば、アルカナ機関について多少の情報を知っていてもおかしくはなかった。
『安心してくれ。これから死ぬ予定がある。――それで文句ないだろ、アルカナの』
アルカナ機関を秘密を知ってはならない、というのは災暦の世に於ける暗黙の了解というものだった。それに従ってなのか、渋谷一佐は『生きて話すつもりはない』という事を明言していた。
前線で戦う兵士たちは何気なく使っているが、あらゆる兵器のブラックボックスには必ずと言っていいほどアルカナ機関が関わっている。各企業が最新技術を開発しようとも、その更に一歩先に常にいるのがアルカナ機関だった。そのような力があればあらゆる陣営から狙われるのが自然だというのに、そのような気配は一切ない。企業の上層部にとって、アルカナ機関が如何に不気味な存在であるかというのは周知の事実だった。
そうであっても、アルカナ機関には頼らざるを得ない。それくらい、既に各企業が用いる技術の中に、アルカナ機関で生み出されたものが混じっている。今更、各企業はアルカナ機関抜きに戦い抜く事はできない。だからこそ、アルカナ機関の闇、暗部に対しては誰もが手を出さない。
「今は前線基地の戦力と海樺島南部の本隊との合流が第一です」
『それもそうだな!』
愉快そうに、「一本とられた!」との声も漏らしながらガハハと笑う渋谷一佐。その様子を見て、ハーミットは僅かに狂気を覚える。大きな笑い声。それはまるで、自身の精神を高ぶらせる為の薬のように感じられた。
そのようなやり取りの後ろ――ハーミットの背後には、前線基地に取り残されていた全戦力――戦闘車両や戦闘ヘリ、SGが次々と起動していく。そして、起動した機体達は続々とハーミットがこれまで通って来た道――南方から本隊と合流すべく動き始めた。
「ご武運を」
『そっちこそ、こっちのバカ野郎どもの防衛を頼むぞ。アルカナの』
渋谷一佐のその通信と共に、前線基地の全戦力が南方へと歩を進める。戦闘ヘリが、戦闘車両が、SGが――つまり、全てがこの前線基地からの撤退すべく動き始めていた。それを見てからか、渋谷一佐が因幡重工製SG三笠の全火器のトリガーを引いた。両手に保持されている二九式三○ミリ
ド派手に基地北方で暴れるSG三笠と、脱出準備を始めている部隊を背に、前方に展開している明華企業群の軍勢へと肉薄する。そこには、退却中の部隊を仕留めようと迫る戦闘ヘリや、戦闘車両の群れ。先程の外付けのブースタによる接近、脚部外付けミサイルによる明華企業群のSGや戦闘ヘリを撃墜していた。背後で退却中の部隊は、既に消耗していて反撃能力に乏しい。ハーミットの支援なしに彼らが無事退却できるようには到底見えなかった。
メインブースタを吹かして地を這うように飛び、明華企業群の戦闘車両に肉薄しながら両手のライフルを連射する。清暦以前の戦場において、陸の王者といえば戦闘車両であった。厚い装甲に覆われ、上空からの爆撃や地雷など上下からの攻撃は兎も角、正面から撃破するのは至難だった。――だが、災暦四三年の今、陸の王者はSGである。正面装甲よりはやや薄い側面からの攻撃、それを幾度となく同じ個所に叩きつけられる事で、最終的には貫くに至る。燃料タンクや砲弾などに引火して、戦闘車両が爆発四散する。
その様子を見届ける事無く、ハーミットは次の敵機へと意識を移す。右手のライフルで戦闘ヘリを手早く撃ち落としながら、左手は背中に背負っていたシールドに持ち替え、レーザー刃を展開して戦闘車両へと肉薄する。戦闘車両の上部砲塔がぐるりと回り、ハーミットの駆る真迅改を返り討ちにしようと砲弾を放つ。だが、その瞬間に真迅改は地面を蹴ってメインブースタの推進力を上方に変更する。進行方向が変わった事で砲弾は空を切り、ハーミットはそれを確認しないまま前方――戦闘車両の方へと真迅改を向ける。戦闘車両上方からの急速接近。砲塔の照準は間に合わない。
左腕を水平に一振り。切断面がレーザー刃によって熱され、赤く染まる。見届ける事無く、真迅改は先を進む。背後で先頭車両が爆散するのをマップ上でのみ確認したハーミットは、一機のSGをメインカメラに捉える。明華企業群製SG焔牙。間違いなく、明華企業群の最新鋭機体。乗り手は恐らくエースなのだろう、とハーミットは推測する。
一方、焔牙のパイロット、チェン少尉も同様に、真迅改をメインカメラに捉えていた。
「因幡重工の真迅か。焔牙の出来の悪い兄に何ができるってんだ!」
明華企業群の最新鋭SG焔牙の開発にはある裏がある。それは、“因幡重工製SG真迅のデータを奪い、それを元に開発された”というものだった。細身で軽量、ただし関節部だけは高速戦闘に耐えられるように頑丈にする。真迅の主な特徴を全て持っているのが、焔牙だった。ステルスやジャミングといった索敵能力の妨害も、真迅改のデータをも奪っていたから。
細かな意匠こそ、互いに明華企業群、因幡重工とで違うものの、内部構造は似通っている。ある種の兄弟機とも呼べる位には。だが、明華企業群の焔牙の方が、後に完成している。――それはつまり、因幡重工が開発した真迅の問題点を、焔牙は完成する前に洗い出して解決したものだった。
その事実が、焔牙を駆るチェンの士気の高さに繋がっていた。真迅及びその改良機が相手だろうと、最新鋭の焔牙が負けるはずがない。楽観的なのは問題ではあるが、だとしても恐怖で動きが鈍るよりはマシである。事実、チェンは臆することなく、真迅改へと肉薄する。右手に握られた三○ミリサブマシンガンが轟音を立てて弾丸のシャワーを真迅改へと浴びせようとする。
サブマシンガンの一発はライフルのそれと比べた場合において、口径が小さい事や銃身が短いといった事が影響を及ぼす事で、貫通力に乏しいという結果をもたらしている。しかしながら、短い発射間隔によって大量の弾丸がばら撒くとなれば話は変わる。どのような装甲であっても、被弾する度に摩耗、劣化していく事で、いつかは耐えられなくなる。また、関節部は装甲と比べれば脆い。軽量な高速戦闘を可能とする機体は、関節部にダメージを受ければ、その強みを失ってしまうケースが多い。それによって集弾性能が劣るというものが、利点に反転する。着弾地点がばらけるという事は、その全てを避けるとなると回避が途端に難しい――つまり、敵機に対する威圧効果があるとも言えた。
焔牙のメインカメラに映る真迅改は、左手のシールドで防御しつつ距離をとろうとする。だが、その距離は広がらない。チェンは焔牙で真迅改を追いかけ、マシンガンを直撃させるべく地を駆ける。焔牙は、真迅のコピーでありながら、対真迅に特化したSG。因幡重工には如何なる手段を用いても負けない、という明華企業群の精神が形になったSGだった。弾幕の雨を浴びせて、相手を消耗させる。そこへ左手に握られたロケットランチャーを叩き込む。それが、チェンの考えだった。
真迅改を追いかける焔牙、一方的な攻勢に出ている焔牙という図になっている事に、チェンの気分は更に高まる。相手は防戦一方で、焔牙を倒す術など持っていない。こちらが真迅改を狩る側なのだ――とまで考えていた。
しかしながら、マシンガンによる弾丸の雨は真迅改を捉えるに至らない。シールドで防がれているのはまだ理解できても、だとしても殆どを防御され続けているというのは、流石のチェンも首を傾げた。
「なんだお前は! さっさと消えろ!」
「しつこい」
そんな焔牙の相手をしなければならないハーミットは、悪態をポロリと漏らす。ステルス及びジャミング機能を持ち合わせている焔牙が相手となると、背中に装備できる二つの装備の内、一つはその対策としてのレーダーで枠が埋まってしまうのが、ハーミットにとっては痛手だった。
真迅及びそのカスタム機である真迅改は、高速戦闘に特化した調整を加えられた因幡重工の機体だ。それもあって、重量のある武装というのは真迅改には装備させられないというのは常の事だった。右手や背中の装備、合わせて四つは規格が共通であれば、他の機体などの武装を装備させる事が可能。そういった拡張性を兼ね備えているのが、SGというものだった。腰部や脚部には完全な外付け、使い捨ての武器や装備が用いられる事も多いが、SGの主な兵装は両腕と両背の計四つ。
そのうち一つをレーダーという索敵用の装備で埋めている以上、今の真迅改は深刻な決め手不足に陥っていた。ハーミットがこういった状況を読めていなかったという訳ではない。要は織り込み済ではあった。しかしながら、いざ焔牙と相対して彼女が思うのは、“攻撃の手が足りない”の一言に尽きる。
無論、手が出ないという訳でもない。ハーミットの脳裏には、この状況を脱して焔牙を仕留める様子というのが浮かんでいる。しかしながら、その状況に辿りつくまでの手順、時間を思い返して彼女は一つ息を吐く。やるしかない、と心を決める。
突如、焔牙のメインカメラに映る真迅改の姿にノイズが混じる。それを見たチェンは、「小癪な真似を!」と悪態をつきながら、お返しと言わんばかりに焔牙のステルス及びジャミング機能を作動させる。焔牙にはステルス、ジャミングの両方ともが効かないと言って差し支えない。だが、全くの無影響という訳でもない。
メインカメラに走ったノイズ。高い索敵能力もあって、すぐにそのノイズ状態から復旧した以上、真迅改の妨害は空撃ちになったも同然。パイロットが見る限り、真迅改の背中に索敵用のレーダーがあるのが見え、焔牙のステルスも空撃ちに等しいとは理解していたが、自身のメインカメラに一瞬だけ入ったノイズは真迅改も同様に起きうる。であれば、焔牙の方が先に復旧していて、その隙をつけば仕留められるに違いない――というのが、彼の考えだった。
『おい、先走るな! こっちの到着を待て!』
同僚のそんな声も、チェンは無視した。最新鋭機を任されたエース、それがチェンだった。いずれ明華企業群のSGの大部分は焔牙に置き換わるだろう。だが、焔牙はまだそこまで生産されていない。先行生産の時点で焔牙に搭乗する事となったチェンは、間違いなく明華企業群におけるエース級のパイロットであった。だからこそ、一対一のSG同士の戦闘に於いて、遅れをとる筈がないという自負があった。
地を蹴り、メインブースタを吹かす。急加速、急速接近。少しずつ距離をとろうとしていた真迅改の懐へと一気に飛び込む。真迅改の反撃のライフルは姿勢制御を駆使して回避し、右手のサブマシンガンを連射する。弾丸の雨あられ、そこに放たれようとしているロケットランチャー。至近距離ともなれば、回避するのは難しい。弾丸の雨あられにロケット弾頭を叩き込めば良い。そう考えて、彼はロケットランチャーのトリガーを引く。弾速こそ優れているとは言い難くとも、この距離なら避けられはしない。
ロケット弾頭がまっすぐ真迅改へと向かう。
間違いなく直撃し、爆発する。目の前には間違いなく機影はない。その事実に、チェンは気分を良くする。
「ざまあねえぜ、因幡重工ども」
――勝利を確信して口にした言葉の筈だった。
その直後だった。突如として背後から何かが着弾し、背面にあるメインブースタが破損したというエラーメッセージが画面に表示されると共に警報音がコックピット内に鳴り響く。
突如として、背後からの直撃にチェンは驚愕の声を漏らしながら、焔牙を振り返らせ、メインカメラを背後へと向けようとする。
「どういう事だ! 敵の援軍が来たのか――」
――だが、メインカメラを向けた先には、どこにもダメージを負っていない真迅改の姿だった。左腕のシールド一体型レーザーブレードはレーザー刃を展開し、たった今、真迅改の目の前にいるもの――焔牙を仕留めんと振りかぶられていた。
そこで、自らの過ちに気が付く。それは、あまりにも遅い気づき。
真迅改の右前腕部の装甲が閉じる瞬間を、彼は見た。閉じる、という事はつまり、先程まで開いていたという事。それに、彼は一瞬にして気づいた。なぜ開いていたのか、そしてそれで何を行ったのか。
気づけるというだけで、チェンは間違いなくトップクラスのパイロットだった。しかしながら、その気づきは致命的な場面を迎えてからのものだった。
「ダミーだと――」
レーザー刃が、焔牙のコックピットを巻き込んで機体を真っ二つに斬り裂いた。
焔牙が爆発四散し、真迅改はあっという間に立ち去って別の敵機へと向かってゆく。焔牙の残骸の先には、風船のようなものが溶けて地面に転がっていた。
「まず一つ」
焔牙を撃破したという事実をマップ上の敵性反応の消失という表示で把握しながら、ハーミットは安堵の息を一つ吐きながら、戦闘ヘリをライフルで撃ち落としてゆく。真迅改の画面からは、右前腕部の装甲が開いているというエラーメッセージが消え、通常運転になった事が彼女の目に届く。
やった事はあまりにも単純。真迅改の前腕部に一つだけ収納されているダミーバルーンを放って後ろに下がる。それだけだった。
SGのコックピットの画面には、メインカメラに映ったものをSGのシステムで解析して、鮮明にしたものが映し出される。故に、例えダミーバルーン――つまり風船だとしても大体のシルエットが類似していれば誤認してしまう。
無論、その風船と真迅改とが同時に画面に映っていれば、こうはならなかった。だが、真迅改にはステルス、ジャミングがあった。一瞬でも索敵能力に異常が出た瞬間、バルーンを射出して距離をとる。そうするだけで、焔牙のコックピットの画面からはバルーンの位置にいる真迅改の姿が映る。そこからは、死角から攻撃するのみ。
言うは易しだが、実行するのは至難。前腕部に収納しているダミーバルーンは一つ――つまり、チャンスは一度きり。しかも、ステルス及びジャミングが通用するのは僅かな数瞬。その数瞬の間に、バルーンを放出して距離をメインカメラの死角に潜り込む。それは、一度や二度の鍛錬や試行で身に付くような技術ではない。真迅改の性能は勿論、敵機の性能をも把握した上で実施されなければ成功しない。僅かな隙があれば、看破される。それを、ハーミットは表情一つ変えずにやり切ったのだ。
だが、集中を途切れさせるにはまだ早い。人形のような表情に変わりはなくとも、その目は常に真剣だった。マップ上の敵性反応とメインカメラの両方を常に確認し、メインブースタや姿勢制御ブースタの連続使用限界にも注意を払う。それでいて、敵機に照準を合わせて即座に撃ったり、機を待ってから撃ったり。常に複数の作業や思考を強いられ、ハーミットの体力は少しずつ削られてゆく。
敵勢力の中にいるSGは、焔牙一機ではない。報告によれば、焔牙はもう一機、焔鳥があと四機は少なくともまだこの戦場にいる。残り全てが前線基地北方で陽動をしている渋谷の方に向かっている、といった状況であったのならばこの場は静かになるだろう。しかしながら、そうはなからかった。三機のSG焔鳥が編隊を組んでハーミットの真迅改へと向かってくる。
「
焔鳥に乗るパイロット、ヤン少尉の言葉に、『了解』という声が返る。明華企業群のSGパイロットである彼らは、ハーミットの駆る真迅改を仕留めるべく、ブースタで低空を飛ぶ。先程撃破された焔牙のパイロット、チェンとは同期にあたるヤンの手は、強く操縦桿を握っていた。最新鋭機を任された同期に対して、思う所はあった。だが、その実力は間違いなく彼の知る限りではトップクラスであり、態度こそ悪くても“チェンなら仕方ない”という思いにさせられていた。――でも、そのチェンはもういない。
三対一。自らの知るトップクラスのパイロットをすら上回っている化け物を相手に、三機で足りるだろうか等とヤンは思案するが、答えは出ない。ただ、機体性能だけで見るならば、三対一なら勝機は十二分にある。だからこそ、彼らは諦めずに真迅改へと向かう。
彼は正面から接近し、両脇の二機が大きく左右に膨らんで真迅改の後ろへと回り込もうとする。それを見てか、真迅改は寧ろ一気に彼の乗る焔鳥へと迫る。左腕のシールドからは、レーザー刃が生成されているのが見てとれ、すれ違いざまに斬り裂こうとしているというのが、見てとれた。左腕が振りかぶられた瞬間、彼は焔鳥の左腕の大型シールドでレーザー刃を受け止める。耐熱加工の施された重厚なシールドが、その表面の加工を溶かしながらも、しっかりと初撃を防御する事に成功した。
このすれ違いざまでは仕留めきれない、と判断したのか真迅改は受け止められたのを見て左腕を振り切るのではなく、そのまますれ違う事を選択した。メインブースタを吹かして、地を這うような飛行で大地を駆ける。左右から回り込もうとしていた焔鳥を感じ取っていたのか、包囲を完成させるよりも前に真迅改は駆け抜け、旋回して焔鳥三機と相対する。ここで足止めして包囲網を完成させるつもりだったヤンとしても、この結果は不服であり一度立ち止まる。
その瞬間、先程左右から回り込もうとしていた二機が、真迅改に落ち着かせないようにと右肩で構えていた大砲が火を噴いた。砲弾が真っすぐ真迅改へと向かっていき、それを真迅改は姿勢制御ブースタを吹かしながら地を蹴り、後退する事で回避する。空中にいる間、SGは地に足がついていない状況――つまりは動きに制限がでる。無論、メインブースタや姿勢制御ブースタの状態が良ければ、空中でも強引に動くことができる。しかしながら、先程ブースタを使って後退したばかり。動きには制限がでる筈、と先程砲弾を放った二機が同時に真迅改へと迫る。左手には実体剣――“
ハーミットのよく用いているシールド一体型レーザーブレードとは違い、ヒートブレードそのものに持ち手があり、SGの手で直接握るようになっていた。また、レーザーの刃を展開するのではなく、金属でできている刀身に電流を流し、電気エネルギーが熱エネルギーへと変換されているのを用いる事で熱によって対象を切断するというものだった。仮に切断ができなくとも、刀身を振って命中させればその重量による衝撃で、ダメージを与える事が出来る。
また、レーザーブレードという武器については、完成した兵器とは言い切れない部分があった。レーザー刃を形成する為に必要なエネルギーや、それに耐え得るレーザー刃形成口。様々な面において、まだ課題は残っている。逆に、ヒートブレードは既にある程度の最適な機構というのが定まっている。結果として、レーザーブレードよりもヒートブレードの方が性能としては安定している――といった理由から、明華企業群ではレーザーブレードよりもヒートブレードがよく採用されていた。
二機の焔鳥が左右から真迅改へと迫る。ヒートブレードを握った左腕が振りかぶられる。それを見てとった真迅改が敢えて二機の内一機の方へと肉薄する。二機からの挟み撃ちを捌くよりも、どちらかに接近して一対一の状況を作ろう、という魂胆だろうと彼は判断してそこへ右肩に構えられたキャノンから放たれた砲弾が向かってゆく。それを見てから判断したのか、真迅改は姿勢制御ブースタで器用にターンして、砲弾を通り抜けて、焔鳥の一気に迫る。互いにブレードを振りかぶり、振るう。
何かが落ちる音。
それは、僚機が手に持っていた筈のヒートブレードだった。ついでに、そのヒートブレードを握っていた左手も一緒に落下しているようで、僚機の左手があった場所からは火花が飛び散っている。切断面は赤く染まり、まるで出血しているように見える。だが、ヒートブレードを構えていたのはもう一機。真迅改の背後から焔鳥が、その手に握るヒートブレードが迫る。
だが、それに対して真迅改は先程左手を斬り落とした焔鳥を蹴り飛ばしながら距離をとる。逆に、蹴られた焔鳥はヒートブレードがこれから振られるであろう軌道へと押し込まれる。『止まれェ!』という声も空しく、一度実行した動作を途中で止める事はできない。そのまま、ヒートブレードが振られてゆく。仲間を巻き込む形で。咄嗟に構えようとした大型シールドは間に合いそうもない。
『うわ、やめ――』
そんな断末魔が聴こえたかと思えば、焔鳥が一機爆散した。多対一という優位な状況だった筈が、既に一機が落とされている。それも、敵機に誘発された誤撃によって。これについて、僚機を責める事はできなかった。そもそも、SGという機体について、人間同様四肢があるとはいえ、その脚部で敵機を蹴るという動作はそもそも想定されていない動きなのだから。
両手両足で操作する操縦桿とペダル、操縦桿についているトリガー、コックピット各所にあるボタン――パイロットが操作するのはこのあたりである。後は、機体の姿勢に合わせてソフトウェアが最適な行動を選択して実行される。つまり、ある程度は動きがパターン化されている。――だというのに、そのパターンから外れた動作を目の前の敵がしてきたのだ。想定外中の想定外と言えた。
「まさか。強化人間だとでも言うのか?」
戦場にいるものならば、噂では聞いたことのある存在。それが強化人間。SGを操縦する為に作られた人間。だが、彼らはその存在を信じてはいなかった。要はトップクラスのパイロットの動きを見て、真似できない事に対して“あれは人間ではない”と評しているだけと認識していた。しかし、それは違うのだと彼らはたった今認識した。
人間離れした、想定外の動きをするSGは実在する。あのような動きをするのは常識の外にある存在だ。
だが、それと同時に、少なからず機体は間違いなく真迅改であるという事は、倒す事も不可能ではないとも捉えていた。無敵のSGという訳ではない。攻撃が命中すれば、それだけのダメージを負う。直撃なら倒せる。それだけは、搭乗者がどれだけ優れていようとも変わらない事実だ。
『おい、どうする……?』
「やるしかないだろ! アイツは既にコッチを仕留める気だぞ!」
僚機が戦意を失いそうになっているのを聞いて、叱咤の声を飛ばす。彼らに課せられた任務を考えれば、眼前にいる真迅改を倒す必要性は薄かった。因幡重工の前線基地を落とし、因幡重工の戦力を可能な限り削る事。だが、眼前のSGから逃げられるような未来を、彼らは思い描けなかった。焔鳥と真迅改、最高速が出るのは間違いなく真迅改である。これが、焔牙であったならば話は違っただろうが、焔牙はまだ生産数が追いついていなかった。
くそ、と悪態をつきながら間合いをとる。眼前の真迅改はライフルを二つ、シールド一体型レーザーブレードを一つというシンプルな武装。決定打となり得る武器は、レーザーブレードのみといったところ。距離をとれば、キャノンという火力で推し切れる焔鳥の方が有利ではある。彼はそう冷静に考える。
「弾幕を張って距離をとるんだ! アイツの決定打はブレードくらいだ!」
最高速度や加速度で負けようとも、弾幕さえ張れば近づけないだろう、と焔鳥の右手に握るマシンガンのトリガーを引く。
対するハーミットにとっても、状況は芳しくなかった。先程の焔鳥を蹴り飛ばしたキックによって、脚部関節に想定以上の負荷がかかっている事を示すエラーメッセージが画面上に表示されていた。アルカナ機関の最新技術、神経接続操縦機構(NCS)――操縦者の後頚部の下につけた機械部分とコックピットを定められたケーブルで直接接続する事によって思考から直接細かな機体の操縦を可能にするシステム――のおかげもあり、敵機を蹴り飛ばす事で同士討ちを誘発させたまではよかったが、まるで脚部関節に直接ダメージを負ったかのような状態に、思わず顔をしかめる。
敵機を蹴とばすという行為については、ハーミットにとっても想定外の一撃であった。焔鳥のヒートブレードと左腕を斬り落とした後、二機から距離をとろうとしたところまでは考えていた通りだったのだが、咄嗟につい思いついてしまったが故に、その思考がそのまま機体の動作に反映されてしまった、という訳だった。緊急時の回避等では咄嗟にペダルや操縦桿を動かすよりも、神経との直接接続によって直接機体を動かせた方が反応速度に優れるのは間違いなかったが、思わぬ形で思考が動作に反映されるという欠点があるのも事実であった。
「過敏過ぎる……!」
アルカナ機関の生体部品というだけあって、アルカナ機関のあらゆる技術の実験体でもあるハーミットの乗機は、あらゆる新技術の実験機にもなっていた。前腕部に収納されていたダミーバルーンもその一環であり、その筆頭がNCSであった。その完成度を高める為に、思考を動作へ反映させる感度について調整を重ねていたのだが、今回の出撃ではそれがやや過敏気味だというのをハーミットは感じていた。
後で技術班に報告しよう、と考えながらハーミットはペダルを踏み込み、真迅改が大地を蹴ってメインブースタを吹かす。それを見て、近づかせまいと焔鳥二機がマシンガンによる弾幕の雨あられを浴びせてくるがその雨に触れる直前、再度地を蹴って上昇する。画面には脚部関節への負担が増しているというエラーメッセージが追加されるのを視界に入れつつも、ライフルの照準を眼前にいる焔鳥の右手に握られているマシンガンへ合わせてトリガーを引く。
ライフルの弾がマシンガンを貫き小さな爆発を起こす瞬間を視界端に入れつつも、空中で宙返りをしつつ左腕の装備をライフルからシールド一体型レーザーブレードへ持ち替えながら焔鳥を飛び越える。着地の寸前にブースタを僅かに吹かし、脚部にかかる負荷を軽便しつつ、接地した瞬間に地を蹴りレーザー刃を展開しながら焔鳥へと迫る。
焔鳥も背後に回られた事を認識し、シールドを構えようとしているのをハーミットは視認する。それを見て、咄嗟に更に地を蹴り、あらゆるブースタを使って更にシールドのない横から回り込みつつ、レーザーブレードを振るう。すれ違いざまの一振り、それでこの焔鳥を斬り裂き、そのままの勢いで残る一機にも迫る。
背後で先程斬り裂いた焔鳥が爆発しているのをマップ上から敵性反応が一つ減った事でのみ把握し、彼女は残る一機をメインカメラに捉える。左腕のシールドでマシンガンを受け止めつつ、右手のライフルで焔鳥のメインカメラに照準を合わせる。乗機も動きつつ、敵機も動いている状態、画面上に映る照準器が常に動くなか、焔鳥のメインカメラに合わさった僅かな一瞬。その一瞬に、彼女はトリガーを引く。
焔鳥の装甲は厚く、ライフルでは簡単に致命傷とはならない。しかしながら、SGに共通して言える弱点として頭部メインカメラが挙げられる。無論、メインカメラを破壊されても胸部にはサブカメラが複数搭載されているため、戦闘続行は不可能ではない。――ただし、メインカメラからサブカメラへと切り替わる瞬間に関しては、視界を奪われる事となる。
正確にメインカメラのみを狙った一射は、頭部装甲の隙間から覗くメインカメラを正確に射抜き、焔鳥の頭部が爆発を起こす。そうして発生するほんの僅かな切替までの移行時間。その瞬間だけ、真迅改を追っていたマシンガンの弾幕が、真迅改を追わずその場に弾幕を垂れ流し続ける。その隙に、メインブースタを吹かして焔鳥の背後へと回り込む。サブカメラへの切替が完了した焔鳥が、真迅改の姿を見つけようと旋回しようとするが、時すでに遅し。真迅改は既に背後でレーザー刃を展開し、それを胸部へと突き刺した。コックピットを狙った一撃。貫いたのを見て、彼女はレーザー刃を焔鳥から引き抜いた。
「こっちは片付いた。あとは……」
先程、旧型SG三笠に乗って、反対側――基地北方で陽動をすると言った渋谷一佐の声を思い返す。
ゲーム“ルート・ゼロ”のプレイヤーであった男性の記憶が呼び起こされる。因幡重工陣営のルートにおいて、頼れる上司像そのものとして登場するキャラクター、それが渋谷一佐であった。ゲーム中の少ない描写でさえ、部下からは慕われている様子が明らかであり、最終局面において、プレイヤーを逃がす為に旧型機で殿を務めるという場面はあまりにも界隈では人気があった。
周辺の敵性反応を確認する。大型ブースタで接近する際にばらまいたミサイルやその後の戦闘、撤退中の因幡重工部隊によるささやかな抵抗によって基地南方の敵性反応は大分片付いていた。時々見える敵戦力は戦闘ヘリ程度。その程度であれば、消耗している因幡重工部隊のSGで十分対処できるだろう、とハーミットは判断した。その瞬間だった。
『ハーミット。基地北方で暴れてる司令を支援してもらえないか?』
プレイヤーとして、幾度となく聞いた武内一尉の声。そして、“司令を支援してもらえないか?”という言葉。
傭兵として今回求められている仕事は、“孤立した部隊を本隊と合流させる”事。このまま、撤退中の部隊の近くで周辺の敵性反応を探し、それを撃破するのが最も正しい。ハーミットは、それを理解していた。
しかしながら、だ。ゲーム中に登場したキャラクターとの邂逅という事実が、ハーミットという傭兵と一人のゲーマーによる脳内会議を開かせるに至っていた。諦めた事でとっくに消えたと思ったゲーマーとしての感性。それが、“渋谷一佐を助けに行け”と叫んでいた。
『こちらは大丈夫だ。というか、司令がくたばると絶対北方の部隊がこっちを追ってくる』
渋谷一佐がやられたら、渋谷一佐と戦っていた敵戦力が追撃に来る。それも一理ある話ではあった。その言葉も彼女は判断材料に加える。より一層強まるゲーマーとしての声。そして――。
「了解。これより北方の敵戦力排除に向かう」
――ハーミットは、一人のゲーマーとして渋谷一佐の下へ駆けつけるべく乗機を北方へと向け、メインブースタを吹かして地を這うように飛んで行った。
【TIPS】
Break the siege(サブタイトル)
直訳で『包囲を打ち破る』。包囲網を破ろうとする今話にピッタリ。
安易過ぎるが適切過ぎて他が思いつかなかったともいう。
因幡重工(企業)
現実世界における日本及びその企業がモデルとなった企業。
○×式△△といった武器、機体名をつける事が多い。
三笠(機体)
所謂旧式のSG。正式にはIS-A30、三○式三笠という表記となる。
当時は戦果を挙げたが今では文字通り時代遅れ。
次話、004[孤立部隊合流支援/Break the siege](後)
2025/01/30 18:00頃投稿予定
2025/02/20 18:18 一部誤字修正
2025/02/21 17:58 一部誤字修正