ナインスルート-TS異世界転生したら人型兵器の部品扱い-   作:暁文空

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005[調査拠点強襲/Coming unknown]

呼称(コールサイン)刑死者(ハングドマン)です。宜しくお願いします」

 因幡重工北方、海樺島での戦闘を終えアルカナ機関に戻ったハーミットがシャワールームで出会ったのは、見知らぬ少年であった。正確に言えば、アルカナ機関の生体部品、“A-SGLP-8-12(アルカナ機関製SG生体部品第八世代一二系型)”にあたる。これまで既に五人の刑死者に出会ってるハーミットにとっては、彼は六人目のハングドマンに該当する。出撃している間に五人目がいなくなったのか、とハーミットは淡々と受け止める。彼女にとって、同期とも言えるラバーズ、一人目のハイプリエステスの両名は長い間一緒に過ごしてきた仲間という意識を持っているのだが、それ以外の強化人間に対しての仲間意識は希薄であった。

 それは、当初は同僚とも言える他の強化人間の生死に思う所のあった彼女だったが、それを繰り返していくうちにあまり感じなくなったというのもある。同時に、無意識ながら仲間意識を持つ事で当時と同じように精神的負荷を感じてしまいかねないという考えから、二人目以降の強化人間に対しては、無意識ながら仲間意識を持たないようにしているというのもあった。そして、そういった仲間意識を持たれていない事に関しては、ハングドマンは何も感じていない。彼については、初めから他の強化人間に対する仲間意識を持ち合わせていないという事を、ハーミットは感じ取っていた。物腰は柔らかく、人とコミュニケーションをとれているように傍目では見えるが、淡々と定型文だけで会話をしているような印象を彼女は抱いていた。故に彼女は「そう」とだけ返して、シャワールームを後にした。

 そんなハーミットに対し、ハングドマンは追いかける様子を微塵も見せなかった。

 

 個室に戻ったハーミットは、意味もなく息を一つ吐いた。硬いベッドの上に横たわりながら、ぼんやりと思案する。

 六人目が現れたという事でハングドマンの五人目は確実にこの世を去ったと結論づける事ができる。この五人目が亡くなったという事そのものについては思う所は何もない彼女だったが、その五人目がこの世を去る――つまり、誰かに撃破されたという事実について、彼女は考えていた。

 アルカナ機関の強化人間は、出撃がない日については基本的に個室待機で一日を終える。しかしながら、操縦訓練の時間が定期的に設けられており、スケジュールが被った者とは同席する事がある。シャワールームで顔を合わせる以外では数少ない他の強化人間と同席する機会でもあり、力量を知る機会でもあった。アルカナ機関が所有するSG操縦シミュレータを用いて行われる訓練においてハーミットは他の強化人間よりも上のスコアを出し続けているのだが、ハーミットには届かないまでも上位を記録していたの五人目のハングドマンであった。その実力はハーミットと同じく長年戦い続けている猛者であるラバーズとほぼ互角という事もあり、今度のハングドマンは長生きするのだろう、と考えていただけに今回撃破された事を知った彼女は軽く驚いていた。

 五人目は一体誰に撃破されたのか。それについて知りたくはあった彼女だったが、それについて知る機会がないのだろうと彼女は諦めのため息をつく。ハーミットが何かの情報を得たいと考えた所で、アルカナ機関の職員がハーミットに伝える情報というのは、各陣営の新兵器についての話や、依頼内容に関わる話ばかりである。他の強化人間の動向についてを知る機会というのは全くなく、アルカナ機関の施設内で運よく顔を合わせる以外に互いの無事を知る術はない。故に、今こうしている間にもラバーズが裏で撃破されてこの世からいなくなったとしても、彼女には現状知る術は一切なかった。

 だが、それはそれとして、五人目を撃破した人物の力量について彼女は考え続ける。“ルート・ゼロ”というゲームにおいて戦う事ができたアルカナ機関の強化人間の中には、ラバーズやハングドマンも存在していた。その中におけるラバーズは仕様する機体や装備がゲームのバージョンによって強さが大きく変動するといった事情もあって、明確に強い弱いという印象を“男性”だった頃の彼女は抱いていなかったのだが、ハングドマンについてはそうではなかった。無論、アップデートの度に強さが変動してはいたものの、ゲーム中において戦えるNPCのSGパイロットの中では上から数えた方が早い方だったというのを、彼女は記憶していた。

 ゲーム中における二人の動きと、ハーミットとして見た実際の二人の動きは別物であると彼女は認識しているものの、それでも彼女の体感としては二人とも十分実力者と言えるだけの操縦技術を持っていた。それにも関わらず、ハングドマンが撃破されたとなると、相当な手練れによって撃破されたのだろう、という結論に至る。

 では、その手練れは誰かとなるとハーミットには思い当たる節はなかった。男性だった頃の記憶が希薄になっているハーミットにとって、微かに記憶している“ルート・ゼロ”についての内容はどこまで信用していいのかが既にわからなくなっていた。また、既にハーミットはこの世界にある一つの生体部品として状況を動かしている要因となっている事もあって、どこまで男性だった頃の記憶通りに事が進むかという保証がなかった。そうである以上、その場で臨機応変に対応するしかないという結論に彼女は至り、眼を瞑った。

 

 翌朝、起床のアラームによって眼を覚ましたハーミットは、程なくして『ハーミット、仕事の時間だ』という通信を耳に入れた。どうやら今回は確りとした睡眠時間を確保できたらしい、と端末に表示された時刻を見て察しながら、個室から出た。

 警備員に自身の乗機まで連行された彼女は乗機である真迅改のコックピットに置いといたヘルメットを被り、自身の後頚部にある接続口へコックピットにあるケーブルを繋ぐ。繋いだ瞬間、やや気分の悪さを感じながらも表情には微塵も出さずに、点検の手を止めない。その中で、彼女がコックピットとの接続を完了した事を知った通信士からの声が彼女の耳に届く。

『今回の依頼主はエルピス共有委員会(ESA)。AAの保有しているエルピス湧出調査拠点への強襲が目標だ』

 エルピス共有委員会、ESAと略されるそれは文字の通り、この惑星にあるエルピスを人類皆で共有しようという主義主張の組織である。災暦の世において、数少ない希望とされている超効率のエネルギー資源であるエルピスは各陣営による争奪戦の対象となっている。結果として、世界大戦や大災害といった騒乱のあった清暦から災暦にかけての過渡期と比べても、現状は劣らないほど戦火は広がっているというのが現実だった。

 そんな中でとある有志の集まりとして生まれたのがESAであった。そもそもエルピスは、従来の化石燃料と比べても効率の良いエネルギー資源であり、今の所枯渇するような気配は見られていない上、化石燃料のように有害な物質を排出するような事は現状発見されていないという夢のようなエネルギー資源なのだ。それを現状、各陣営が我先にと独占していった結果として、その企業の庇護下にない場所ではこれまで以上に貧しい生活を強いられていた。そのような事はあってはならない、とESAでは生活に困窮している地域に対してエルピスを提供しているのだが、そのエルピスは他企業の所有していたものを強奪して入手したものである為、善行とは言い難い。

 主義思想はあまりにも理想そのものであり、活動当初は組織の所有する資産から行われていたエルピスの提供だったが、災暦の世において理想を貫くという事はあまりにも厳しいものだった。結果として、エルピスの湧出地点を確保している企業からは敵対視されているESAだが、逆にエルピスの確保している量に乏しい組織にとってはありがたい存在という事もあり、絶妙な立ち回りでその存続を果たしていた。

『AAでは新たに赤道直下の島にエルピス湧出調査拠点を建設したようだ。ベルクトや明華企業郡、PTといった三勢力に対しての戦線を維持しつつも強かに未だ手つかずだったエルピス湧出地点を探しあてたAAは、そのままその地点にあるエルピスを独占しようとしている。それを阻止する為に調査拠点を強襲し、エルピスの回収作業開始を遅らせて欲しいとの事だ』

 対するAAは当初こそエルピスという新資源に恵まれていない企業でありESAとも協力関係にあったのだが、災暦四三年現在ではAAは十分エルピスを確保している企業へと変わっていき、今ではESAとの関係は当初と真逆となっていた。今回ハーミットに回された仕事というのも、ESAとAAの対立関係から来るものというのが一目瞭然だった。

 エルピスを確保している各陣営は、新たに発見したエルピスの湧出する地点ではまず調査拠点を建設するのが常であった。というのも、災暦の世においてエルピスそのものを検出するのは然程難しくない。しかしながら、継続して湧出し続ける地点となると場所が限られているという状況であった。その為、継続的にエルピスを回収できるかを調査する為の拠点が初めに建設され、継続的なエルピスの湧出を確認でき次第、本格的な回収拠点が作られるという形式になっている。だからこそ、ESAとしてはまだ回収地点となっていない状況でAAを叩き、AAにエルピスを回収させたくないという事のようだった。

『推定される敵戦力はSGが三機に、NBTが二両。従来兵器他多数との事だ』

 その言葉に、ハーミットは思わず声を漏らしそうになり、手で押さえる。その事を知ってか知らずか、通信士からの声は続く。

『流石にエルピス関連の施設という事や、これまでESAに煮え湯を飲まされたからか、AAも本格的な戦力を用意しているようだ。その為、ESAでは二名の傭兵にこの依頼を回している。その二件ともアルカナ機関で受注し、ハーミットとラバーズがこの作戦を担当する』

 その通信の直後、『ハーミット』と聞き慣れた声が彼女の耳に届く。

「ラバーズ」

『珍しく、一緒の作戦に出撃するわね』

「そうだな」

 強化人間が同じ作戦に投入されるケースはあまり多くない――寧ろ、殆どないというのが実情だった。アルカナ機関では強化人間を対外的には独立傭兵としてWIMUに登録している事もあって、単体の戦力として扱われる事の方が多い。独立傭兵同士が徒党を組む事はあまりなく、寧ろ戦場で互いに違う陣営として出会う事の方が多い位である。その点、ハーミットとラバーズに関して言えば、その請け負う仕事をアルカナ機関が全て管理している事もあって、異なる陣営として対面するという状況は起きないように仕事を割り振られていた。その為、二人が対面するのはアルカナ機関の施設内である事が殆どであった。

 故に、ハーミットとしては態々自身とラバーズの二人でこの作戦に割り振られるというアルカナ機関の判断について思案する。ハーミット自身、自らがアルカナ機関の中では上位の戦力であるという自覚は持っており、ラバーズもアルカナ機関の強化人間の中では古参であり上位の戦力である。つまり、アルカナ機関の保有する戦力の中でも上位を二名も出すという事になる。ESAから提示された報酬額がかなりの高額なのか、あるいはESAの依頼を請け負ってAAのエルピス湧出調査拠点を襲撃する事そのものが、アルカナ機関にとっても利益になるのか。この内のどちらか一方、あるいは両方ではないかとハーミットは考える――が、考えが及ぶのはそこまでだった。

 

 それから数日の後。アルカナ機関からどの国の管理下にもない、空白海域に浮かぶ大型輸送船の甲板上、そこに彼女らの搭乗するSGの姿はあった。ハーミットはこれまで通り真迅改、ラバーズはAA社製のSGである“ヴァルチャ”に搭乗していた。ハーミットが最近襲撃した前線基地にいたものと同型である。ハーミットの搭乗する真迅改と比べて速度は劣るものの、武装や装備の積載量に優れ、操縦席周辺の装甲は強固に作られている。武装についても、真迅改が相変わらずアサルトライフル二挺にレーザーブレード一体型シールドを二つという組み合わせなのに対し、ラバーズの搭乗するヴァルチャは左手にシールド一体型三○ミリSG腕部携行用回転式多銃身型機関銃(ガトリングガン)“リヴェンジャー”、右手にはアサルトライフルが握られている上に、右背には垂直射出小型誘導弾投射器(ミサイルランチャー)、左背には一二○ミリSG背部携行用高弾速長射程型電磁投射砲(スナイパー・レールガン)を装備する等かなりの重武装なのが見てとれる。これは今回の作戦に限らず、豊富で多彩な武器を状況に応じて使い分けるラバーズの適性に合わせて揃えられたものだった。

 AA社製SGでAAの拠点を襲撃する、という奇妙な事になっているものの、結局のところAAは国ではなく利益を追求する企業であり、独立傭兵だろうと資金さえ積めば購入できるという事もあって災暦の世においては珍しい事ではなかった。とはいえ、比較的最新の機体でとなると、一般的な独立傭兵だと購入する伝手がないのもまた事実であり、奇妙である事には変わりないのだが。

 兎も角、今回はハーミットとラバーズ二人の強化人間がSG二機でAAの拠点を襲撃するというものであり、その襲撃するにあたっての細かなプランについての説明が行われる所であった。

『まず、この輸送船は両名のSGを載せており、発艦用リニアカタパルトも二機同時使用が可能だ。現在、両名のSGには腰部外付け大型ブースタを装着している所だ。リニアカタパルト、外付けブースタによる加速で空白海域上から一気に調査拠点まで急速接近する為のものだ。ここまでは良いか?』

 ふとコックピット内で機体の状態を見てみれば、腰部の追加装備用接続口には大型ブースタが接続された事を検出しており、着々と準備が進められている事が読み取れる。脚部の接続口にも小型ミサイルを装着され、接近した際には真っ先にミサイルをばら撒き、調査拠点を混乱させる為のもののようだ、と彼女は理解する。同様に機体の状態を確認したラバーズは『えぇ、問題ないわ』と答え、「はい」とハーミットも答える。

『メインブースタの推力や重量の差も考慮して、やや速度に劣るラバーズのヴァルチャが先にリニアカタパルトから発艦する。その後、一○秒の後にハーミットの真迅改が発艦。シミュレータによれば、これでヴァルチャと真迅改がほぼ同時に調査拠点へ侵入する事となる。このタイミング――ハーミットの発艦から六三秒後にステルス、ジャミングを作動させる事。ちょうど調査拠点の索敵範囲に入る寸前で敵の索敵能力を削ぎ、より対象を混乱に陥れる事を見込められる』

 真迅改の肩部にあるステルス、ジャミング機器を前提とした作戦というのは、拠点への強襲とハーミットが参加しているという時点で誰もが察せられた。アルカナ機関の保有する戦力で、現在ステルスやジャミングといった索敵能力を妨害する機能を持つ機体に搭乗しているのは、ハーミットだけだった。無論、外付けの装備で対応する事も考えられるが、普段からこの機能を使っているハーミットに任せる方が無難というのがこの作戦を立案した者の考えだった。そして、それに合わせられる者となると、僚機を伴った出撃経験の多いラバーズしか選択肢がないというものだった。

 アルカナ機関には多くの生体部品、強化人間がいるものの、二機以上での連携といった動きについては軽視されていた。独立傭兵として単独運用される事が多いと考えれば無理もないが、その中でもラバーズは僚機との連携という分野については強化人間の中では突出した才を持っていた。

『今回、最優先で破壊したいのがエルピスの湧出量調査施設及び吸上施設だ。両名の搭乗機には画像データを今送った。確認しろ』

 すると画面上には大きな筒が地面に突き刺さっている光景だった。地上五○メートルほどの高さを持つそれは、地中奥深くまで突き刺さっており、地中から湧出するエルピスを吸い上げて、地上でその量を計測するというものだ。エルピス回収施設と異なるのは、吸上施設の性能の違いだった。回収施設に用いられる吸上施設はより高性能である都合上、どれほどのエルピスが湧出するかがわからない内に使用すると、その湧出地点を枯れさせてしまうという欠点があった。故に、ゆっくりと吸い上げるものを使用する事で、この湧出地点ではどれほどのエルピスが湧出しているのかを計測するというのが、エルピス湧出調査拠点の存在意義だった。

 尤も、調査が完了した後にその拠点を放棄するかと言えばどういう事はなく、調査拠点として使っていた吸上施設をそのままにして、効率こそ悪いが少しずつエルピスを回収するという形となる。つまり、エルピス湧出調査拠点と銘打っているものの、その実は既にエルピス回収拠点であるとも言え、ESAの立場としては調査拠点の時点で叩いておかなければ手遅れであるという認識になるのも無理はなかった。

 理想を言えば施設はそのままに戦力だけを無力化して、ESAがその施設を引き継ぐのがESAにとっては一番なのだが、ESAの保有する戦力ではこの湧出調査拠点を防衛し続けるだけの戦力がないのも事実。現状としては、AAの建設した施設を全て破壊した上で戦力も削ぐ以外の選択肢をESAは持ち合わせていなかった。ESAとしてはこの地点のエルピスを回収できなくなったとしても、AAにだけは渡せない、というやや感情的な判断であった。

『第一目標は調査施設及び吸上施設の破壊。そして、配備されている敵戦力の全排除が第二目標となる。第一、第二目標、その両方の完了を以って作戦成功とする。作戦終了後、両乗機前腕部に格納したビーコンを展開し、機体回収の輸送ヘリを待て。いいな』

 通信士からの指示に対し、ハーミットとラバーズの二人は了解、とだけ返す。今回、どちらの乗機も前腕部には強い電波を発する発信器、ビーコンを格納していた。今回の作戦は洋上に浮かぶ島であり、その周辺はAAの保有する索敵範囲内という事もあってこのまま輸送船で近づこうものなら二機が出撃するよりも前に輸送船が攻撃されてしまう。その為、輸送船はやや離れた場所で待機し、作戦完了後に二機から射出されたビーコンを頼りにSG輸送用ヘリを発艦させるという流れであった。

 ただし、今回の作戦は第一、第二目標と割り当てられた破壊対象があるものの、実際の所はどちらも撃破ないし破壊せよというものであった。それにも関わらずわざわざ目標を二つに分割しているのは、単に第一の目標が極めて重要であるという事のようだった。つまりは、“刺し違えてでも第一目標だけは達成しろ”という事なのだろうとハーミットは察していた。ラバーズも同様なのか、ハーミットの耳には微かにため息をつくのが聴こえていた。それに通信士は気づく素振りも見せずに口を開く。

『作戦開始時刻が近い。ラバーズ、ハーミットの両名は発艦用リニアカタパルトへと向かえ』

 その言葉を耳にした二人は、それぞれに割り当てられたリニアカタパルトへ向かって乗機を移動させる。そして、準備が完了した事で先程の話の通り、まずはラバーズのヴァルチャが発艦する。その直後から『一○、九……』とカウントダウンが始まるのを耳に入れたハーミットは、ペダルに足を載せる。『ゼロ』という声と共にペダルを踏み込む。それに連動してカタパルトが作動して、メインブースタと外付けブースタ、カタパルトによる射出という三つの要素が合わさって急激な加速で乗機が一気に音速の域にまで到達する。

 コックピット前方の画面端には、“五四、五三……”と六三秒をカウントダウンする表示がされている。その秒数を目に入れながら、ハーミットはマップ上に表示されるラバーズが駆るヴァルチャの位置にも目をやる。真迅改とヴァルチャの本体メインブースタの推力の違いや両者の総重量、後は空気抵抗等の影響を受けた結果、真迅改の方が加速及び最高速において勝っている故の事である。そして、ヴァルチャと真迅改の距離が縮まって来た頃合で彼女が画面端に目をやると、カウントダウンの表示は残り“一三”となっていた。

「残り一○病前……三、二、一、ステルス起動」

 ラバーズにもステルス、ジャミングを発動する事を知らせる為に、ハーミットはそう言いながらボタンを押下した。真迅改の肩部ユニットが発光し、それをヴァルチャのコックピットから見たラバーズは無事にハーミットが機能の起動に成功した事を知る。

 そして、この機能を起動した直後にはエルピス湧出地点――つまり、AAの拠点の索敵範囲内へと侵入する。哨戒任務中の戦闘ヘリがハーミット、ラバーズの両名から遠い所に見えるが、ちょうど真迅改とヴァルチャの両方ともがその戦闘ヘリの視界には入らない。この拠点は、二機の接近を事前に気づく好機をたった今逃したのだった。

 それを尻目に、使用限界を迎えた外付けブースタを二機とも投棄しながら、脚部のミサイルを発射する。片脚に小型のミサイルを三発、それが両脚かつ二機で計一二発の小型ミサイルが一斉に放たれ、それらはエルピス湧出拠点の様々な施設へと向かってゆく。それと同時に、ラバーズの駆るヴァルチャは左背からせり出したスナイパー・レールガンがある一か所――吸上施設へ向けられて、放たれる。

 超高速で放たれた弾頭が一直線に吸上施設へ突き刺さり、そのまま貫通してゆく。以前の戦闘においてハーミットが使用したものと同様の原理であるが、ラバーズのヴァルチャが今回装備しているものはより弾速や貫通力といった面において上回っている。変わりに重量、取り回しといった面においては劣るものの、その優れた弾速や貫通力もあって長距離狙撃用とも評される代物だった。

 一つ、二つとヴァルチャのスナイパー・レールガンから連続して弾頭が放たれる。調査拠点、吸上拠点へ連続で放ち、貫通してゆく。次々と僚機が施設を破壊するのと同時に、ハーミットは狙いを起動中のSGへと定める。着地と同時に地を蹴り、メインブースタを再度吹かす。そうして稼いだジャンプの飛距離で一気に未だ起動前のSGへ肉薄し、背中にマウントしていたシールドへと左手の武器を持ち替え、レーザー刃を展開する。そのまま左腕を振るうと、起動前のSG一機が真っ二つに斬り裂かれて無力化する。その動作の最中に姿勢制御用のサブブースタを吹かして横に動くと、漸く起動したSGの背後へと回り込む。今度は左腕をレーザーブレードをSGの胸部に突き立てて、コックピットを焼き切って搭乗者ごと機体を無力化した。

「これで、二つ」

 混乱の最中に二機のSGを無力化する事に成功したハーミットだったが、ステルス及びジャミング機能の連続使用限界を迎えたのか、ロックオンされた事を示す警報音が彼女の耳に届く。咄嗟に地を蹴りながらメインブースタを吹かしながら上へと跳躍すると、その足元を噴進弾を通過してゆく。無事に起動したSG一機が手に持った一七○ミリロケットランチャーによるもののようだ、とハーミットは観察する。一つの攻撃を回避したばかりの彼女に、更なる警報音が耳に届く。今度は建物を脚で蹴って跳躍すると、その建物に対して何やら大きな砲弾が着弾したらしいというのが、彼女にも見てとれる。

「――パシングか」

 それは、いつぞやの戦場でも対峙した新世代の戦闘車両、NBT“パシング”だった。SGが一機に、NBTが一両という状況を目の前にして、ハーミットは退却の二文字を脳裏に浮かべてそれを速やかに投げ捨てる。アルカナ機関の生体部品である彼女には、作戦目標未達成での退却など許されていない。退却が許されないというのなら、初めからその選択肢を思い浮かばなければ苦しまないのに、と内心では吐き捨てながらラバーズへと声をかける。

「ラバーズ、そっちは?」

『こっちにもパシングよ。おまけにSGがもう一機。情報に誤りがあったようだわ』

 すると、ラバーズからの返答は想定以上に状況は悪いようだった。ハーミットが撃破したSGは二機、情報によれば三機いるとされたそれは、本来なら一機しか残っていない筈。そうであるにも関わらず、ハーミット、ラバーズ両名の所にSGがいるという事は、事前情報の数字が誤っていた――あるいは、短期間で届られた新戦力か。どちらにせよ、眼前の状況に対して動かなければという事には変わりはなかった。無意識に舌打ちをしつつ、まずは前衛のSGへと肉薄する。

 AAがこの拠点に配備しているSGはラバーズのものと同型、つまりヴァルチャだった。装甲、機動力の両面において現役で用いられるSGの中では平均以上という優等生にあたるヴァルチャに対し、ハーミットの駆る真迅改は機動力にこそ優れるが装甲に難ありというピーキーな機体にあたる。その為、正面からの撃ち合いとなればハーミットに勝ち目はない。ヴァルチャがマシンガンによる弾丸のシャワーを浴びせてきて、遠方からはパシングによる狙撃。その両方に対し、真迅改のメインブースタを瞬間的に吹かしてその射線から抜け出る。様々な攻撃を前に、真迅改の脚は止まらない。その僅かにある隙間へ潜り込み、前へと突き進む。

 

 真迅改の人間離れした動きに、ヴァルチャに乗るAA社のパイロットであるアランは「ひぃ!」と声を挙げる。トリガーを引きつつ、FCSによる補正も込みで真迅改に照準を合わせ続けているというのに、的中する気配がない。マシンガンに限れば真迅改の腕に装備されているシールドで防いでいる様子がある為、こちらは無駄になっていないものの、仕留めるつもりで放っているロケットランチャーにパシングからの援護射撃が一切当たらないという現状は、焦りを生むのに十分過ぎた。

『落ち着けアラン! 相手はたかが装甲の薄い真迅だろ!』

「わかってる! だが、あんな動きをする真迅なんて見た事ないぞ!」

 パシングの乗員からの通信に、苛立ちながらアランは返事をする。真迅及びそのカスタム機が機動性に優れるのは周知の事実だった。装甲を犠牲に得た高い機動力というコンセプトは、乗り手を選ぶピーキーな仕様というのも有名であり、アランの身近にいるパイロットからは「俺、因幡重工じゃなくてよかったわ。あんなん乗りこなせないっての」と言う者も少なくない。そして、それにはアランも同意見だった。それに対しヴァルチャは、装甲と機動力を両立した機体となればアランにとってはヴァルチャこそが傑作機という評価になるのも無理はない。

 だが、アランの眼前にいる真迅改はどういう事だろうか。地を蹴り、その最中にブースタを瞬間的に吹かすといった小技で加速力を高め、障害物から障害物までの短い距離を素早く正確に跳躍する。そのような芸当のできるパイロットが果たしてアランの身近にいただろうか。

「こんな奴知らねえ! どうやって倒せばいい!」

 そんなパイロットはいなかった。それが答えだ。このまま距離を詰められてはいけない、と平静さを取り戻した頭が咄嗟に身体を動かして、ペダルを踏み込む。地を蹴り上半身を後ろに倒しつつブースタを吹かす事で、後方へ跳躍する。同時に、両手の火器はトリガーを引き続け、真迅改を自由にさせまいと動く――その瞬間、アランは別方向から飛来する弾頭に貫かれた。

 

「なんだ……?」

 敵のヴァルチャが何者かに射抜かれた瞬間を、ハーミットも見ていた。一瞬、ラバーズからの援護射撃かと考えた彼女だったが、だとすればラバーズからの何らかの通信が入るというのが自然である。何より、『なんなのよアレは!』というラバーズからの驚愕する声も耳に届いた為、ラバーズではないというのが確定した。だが、そうであるならば何者かというのが重要だった。そして、マップ上に所属不明、アンノウンを示すものが一つ、新たに現れていた。

 ――それは、今まで誰もが――いや、“プレイヤー”としての記憶を微かに持つハーミットを除いた全員が目にした事のない代物だった。

 それは宙に浮かび、機体の正面には大きな砲塔を三つ備え付けている。竜の頭のようにも見える機体先端部に主砲と見られる一番大きい口径のものが一つ、翼のようにも見える側面にある大きな部位にも左右それぞれ一門ずつ。明らかに、パシングの主砲を上回る代物が三つもあるというのは火力面においては非常に強力なのは間違いなく、本体もパシング三つ分よりも明らかに大きい。推定で全長一○○メートル以上はありそうだとハーミットは考える。

 巨体の側面にある大きな翼や各部にブースタが備え付けられているように見えるものの、どのような原理で浮いているのか、飛行しているのかというのは、初見では理解する術がない。この機体の襲来はAA側にとっても想定外だったのか、これまでハーミットらに攻撃をしていたパシングの二両とも意識が未確認機に向いているようだった。しかし、その瞬間に未確認機の砲塔からは弾頭が放たれて、それがパシングへと向かう。一両は回避に成功するが、もう一両は比較的装甲の薄い車体直上を貫かれて撃破される。

 先日苦労して撃破したパシングをあっけなく撃破した巨大兵器、それを見て彼女の奥底で微かに残る記憶がある名前を脳裏に浮かべる。“ベルゼブ”。それが、ハーミットの眼前にいる巨大兵器の“ルート・ゼロ”ゲーム内における正式名称。“男性”の頃の記憶によれば、とある神の蔑称に由来すると思われていたそれは、ゲーム内においても猛威を振るっていた。豊富な火器はそれだけでプレイヤーにとっては脅威であり、多くの初見プレイヤーはこの巨大兵器を前に何度も立ち向かう事になった。どうやってこの巨大兵器を倒せたか、といった部分を彼女は薄れゆく記憶から手繰りよせようとするが、思い出せずに舌打ちを一つ。微かに残る記憶のせいで、余計に苦労を背負っている事を考えれば、こういう時位は役に立って欲しいものだ、と苛立ちながらもそれ以上は感情を表に出さない。

『どういう事よ……?』

「少なくとも、AAの機体ではなさそうだが……」

 ラバーズの困惑する声に返しながら、ロックオンされた事を示す警報音が鳴り響いて耳に届いた瞬間、ハーミットは咄嗟にペダルを踏み込む。地を蹴って跳躍すれば、先程までいた場所を弾頭が通過していた。あまりの弾速に、恐らくはレールガンだろうかと頭の隅で考えながら、本題としてはこの未確認機をどうしようというのが一番の課題であった。

 幸いにして、この未確認機が大暴れし始めた事によって、AAの湧出調査拠点はもう壊滅状態にあった。残り一両のパシングは徹底抗戦の構えで、主砲やミサイルランチャーを放っているが、それらの攻撃が何故か未確認機には届かない。機体前方に何やらおかしなものがあるらしい、という事だけを一旦彼女は記憶する。ともあれ、乱入者のおかげで作戦目標については孤軍奮闘しているパシングさえ倒せば全て達成できるという状況になってはいた。

 だが問題は、この未確認機はハーミット、ラバーズ両名をも攻撃の対象に含んでいるようだった。これでは、パシングを撃破した所でビーコンを射出して撤退するような余裕がどこにもない。

 すると、コックピット前方ディスプレイの隅が点滅し出したのを彼女は視認した。清暦から災暦にかけての混乱期を経た現在、共通回線というものが存在していた。如何なる所属であろうと共通回線への通信を飛ばす事で、受信側がそれを受けさえすれば周辺の通信機器との通信ができるというものだった。どうやら、AA側の誰かなのではないか、とハーミットは判断してその通信を受ける。

『お前ら、聴こえるか。こちらAA社のNBT乗員、ジョンソンだ』

 耳ならぬ声に、ハーミットは「ああ。こちら独立傭兵だ」と返す。『子供……?』という声も通信機器が拾ったのをハーミットは耳に入れながら、「要件は?」と問いかける。

『アレをお前らは知ってるか。俺らは知らない』

「こちらも知らない。そもそも、あの未確認機は無差別のように見える」

『確かにな。だから、ここで提案だ。一時的に共闘できないか?』

 その提案に、通信先――パシングの乗員の一人から『車長!』と非難する声が挙がるのを意識の隅に追いやり、眼前の未確認機からの砲撃を回避しながら「僚機に確認する」と返して一旦通信を切る。「ラバーズ、どう思う?」とラバーズに問いかけてみれば、『正直、選択肢はないわよね』という回答が返る。ハーミットもそれは元から理解できていた。即答しなかったのはあくまでも形式的なものであり、ラバーズの連絡を取り合う時間を設けたかっただけだった。

 上空に浮かぶ未確認機からの無差別な砲撃。その発射間隔の合間には機体側面から大量の小型ミサイルが放たれて、それらがこの拠点内に降り注ぐ。施設は既に壊滅状態であり、AAにはまともな防衛戦力が残っていない。上空からの砲撃を避けつつ、器用に装甲の厚い箇所で小型ミサイルを受け止めるという形で孤軍奮闘するパシングがいるにせよ、長時間戦えば疲弊するのは目に見えている。SGを回収する輸送ヘリが来ない事には撤退ができないハーミット、ラバーズにとっては、現状頼りになるのは先程まで敵だった筈のパシングしかいないという事だった。

「先程の件、了承した。僚機含め、あの未確認機の撃破に協力する」

『……感謝する』

 未確認機――ベルゼブを視界からは外さず、延々と続く砲撃とミサイルの雨を回避しながらパシング乗員からの通信をハーミットは聞く。

『結論から言えば、アレは恐らく正面からの攻撃を受け付けない。どのような原理なのかは検討もつかないが、背後に回り込む必要がありそうだ。しかし、パシングの最高速度ではアレの背後へ回り込むより先に頭上から攻撃が降って来て終わりだ。そこで、背後に回り込む役というのを、頼みたい』

「念の為聞くが、報酬は?」

『未確認機が撃破されたら、乗機を放棄して離脱しよう。これでどうだ?』

 そもそも、ベルゼブを撃破できるかは怪しい。更に言えば、ハーミットがベルゼブの背後に回り込む際の陽動は当然ながらパシングが正面から攻撃を加える事になるのだろうが、撃破するまでの間パシングが無事であるという保証もない。つまり、実質的に報酬は一切ない依頼という事になる。しかしながら、ハーミットとラバーズの二人だけで同様の作戦を行えるかと言えば怪しいのもまた事実。あくまでも一機のSGに過ぎないラバーズのヴァルチャと大型戦闘車両で火力面の充実しているパシングとでは後者の方が火力に優れており、パシングの方が今回の場合では優秀な陽動役と言える。そういう事もあって、ベルゼブの正面から攻撃をして陽動してくれるというのが最大の報酬とも受け取れた。

 ラバーズからは『私も正面からの陽動に加わるわ』との通信がハーミットの耳に届く。深く息を吸って、吐く。

 

『了解した。こちらは一旦施設残骸の裏に潜み、メインブースタを冷却する。未確認機への強襲の一○秒前に再度通信を入れる』

 真迅改のパイロットからの通信が切れて、マップ上に映る真迅改の反応は施設の残骸の裏――未確認機からの砲撃が直撃しないコースに潜むというのは確からしい、とパシングの車長――ジョンソンは認識する。

「車長、本当にいいんですか! アイツらは襲撃犯ですよ!」

「襲撃犯だが、傭兵に過ぎない。利さえあれば、こちらを裏切るような事はしないさ」

 確かに、AAにとって今回のSG二機は襲撃犯であり敵である。しかしながら、あくまでも独立傭兵という事を考慮に入れれば話は別である。この苦境を生き延びた後、報酬さえ積めば逆に今度はAAに利のある行動をしてくれる――それが、独立傭兵というものだ。それに対し、現状最大の脅威である宙に浮く未確認機はそうでない。所属もわからず、目的もわからない。襲来する予兆もなく、まさに神出鬼没。そのような脅威を野放しにした場合、どのような被害が出るのか――想像するだけで、ジョンソンは吐き気を覚えた。

 苛立ちを見せる操舵手に対し、ジョンソンは「今はアレの方が野放しにできないだろ!」と一喝すれば、不満気ではあれど操舵手は真剣な顔でレバーとペダルの操作に集中したのか、反論はそこで止まった。ふう、と息を一つ吐きながらジョンソンは宙に浮かぶ未確認機を画面越しに睨みつける。

 宙に浮かんでミサイルの雨を降らせつつ、大きな主砲で敵機を射抜く――その姿はパシングが求められていたもの、その完成系のように彼には感じられた。ブースタを用いる事でこれまでの戦闘車両にない走破性を獲得したパシングだが、流石に浮遊し続ける事は想定されていない。しかしながら、浮遊し飛行する兵器というのは、如何なる地形にも左右されない強力な兵器であるのは間違いない。

 パシングはAAにとっては新時代を築くであろう新製品であり、主力製品である。だというのに、眼前にいる未確認機はパシングよりも先にある兵器という事実に対し、ジョンソンは恐怖を覚えていた。一体、どのような陣営がこのような兵器を用意したのか、と。少なくとも、パシングはAAの技術の集大成であり、それを上回るものなど簡単には作れないはずだと車長は考えていた。だからこそ、未確認機に対しての恐怖を車長は拭えない。だが、その恐怖を塗りつぶしながら乗員へと命じる。

「砲手、副砲手は全ての火器を未確認機に向けて斉射! 弾幕を切らすな! 操舵手、回避は基本任せる。敵の砲撃のタイミングだけこっちから知らせる。いいな!」

 ジョンソンの指示に、乗員は『了解!』と声を返す。そして、パシングの全ての火器が火を噴く。主砲に機関銃、ミサイルランチャー。それら全てが未確認機の正面へと向かってゆく。すると、それに合わせるようにもう一機の襲撃犯の駆るヴァルチャからも様々な弾頭が放たれて未確認機へと向かう。どうやら、陽動役はパシングとこのヴァルチャ――一両と一機であり、背後に回り込むのは真迅改一機のみという事らしい、と車長は察する。

 ――うまくやってくれよ。

 恐らく、自身と他の乗員は助からないだろう、とジョンソンは考えていた。だが、そうであったとしても、この所属もわからない得体のしれない化け物を何としても倒さなければ、という義務感から宙に浮く未確認機を画面越しに睨みつけた。何か一つでもこの化け物の弱点を見つけなければ、何かこちらがわに利のある情報を得なければ、と。

 

『カウント一○秒前』

 ハーミットの声を耳に入れながら、ラバーズはトリガーを引いてペダルを踏み込む。警報音が鳴り響くと同時に放たれる主砲をペダルを踏み込み、乗機が地を蹴って跳躍する事で回避しながら、降り注ぐミサイルの雨は左腕のシールドである程度は防ぐ。その過程で、そのシールド一体型ガトリングガンの銃身は被弾で圧し折れ、役に立たなくなった事から、シールドからガトリングガンの部分を投棄して軽量化を図っていた。

 ラバーズの乗機に残されている武装は、アサルトライフルに垂直発射型ミサイルランチャー、スナイパー・レールガンの三つ。ミサイルランチャーからはミサイルを上方へと射出しながら、アサルトライフルで弾幕を張りながらスナイパー・レールガンを時折放つ。しかし、そのどれもが未確認機に直撃する様子がない。まるで、何か未確認機の前方に見えない壁があって、その壁によって阻まれているかのように手前で弾頭が爆散している。

『五秒前』

 これまでの戦闘で熱されていたメインブースタを冷却する事で、可能な限り航続距離を伸ばして飛距離を伸ばした跳躍。それによって、未確認機の背後に回るというのがハーミットの役割だった。だが、背後に回るまでの間にハーミットへ攻撃が向かってしまい、真迅改が撃破されるような事になれば作戦は破綻する。その為にも、ラバーズの駆るヴァルチャと、パシングによる陽動――決死の攻撃は止める訳にはいかなかった。

『三、二、一』

 ゼロ、とハーミットが口にした瞬間、マップ上に映る真迅改の反応は高速で移動した。

 地を蹴り、メインブースタや姿勢制御ブースタなど、あらゆるものすべてを飛び立つ事に注ぎ込み、その推力で短時間の飛行を可能とする。それは、軽量かつブースタ推力に優れる真迅改でなければ不可能な技。

 そちらには手を出させまい、とパシングからの攻撃の密度がさらに濃くなるのをラバーズは視認する。同時に、ラバーズもやや前進ながら全ての火器を未確認機へと放つ。

「ハーミットは撃たせない! あの子だけは……!」

 ラバーズにとって、ハーミットは数少ない同期ともいえる存在だ。実際に共に過ごした時間こそ短いが、同じ陣営の同じ施設で生活する仲間という意味で、ラバーズにとってハーミットの存在はあまりにも大きい。それは、共に戦場を駆ける僚機というよりも、単に“仲間”と言った方がより正確だった。

 ヴァルチャ、パシングによる一斉射撃を受けて尚、未確認機は一切びくともしない。何らかの手段でその攻撃全てを遮断し、砲撃とミサイルの雨を浴びせてくる。ミサイルの雨の一部が、パシングの履帯やブースタへと的中し、パシングの移動手段が失われる。だが、それでもパシングの攻撃の手は緩まらない。主砲が、ミサイルランチャーが、機関銃が、その全てが未確認機へと放たれ続けている。しかし、移動手段を失えばあとは直撃を受けるのみ。車体上部へ降り注ぐ主砲がパシングを貫通して、パシングはその場で爆発四散する。

 その様を視界の隅に捉えながら、ラバーズはトリガーを引きながらペダルを踏み込んで砲撃の数々を回避してゆく。ヴァルチャの機動性は比較的新型という事もあって及第点ではあれど、真迅改のような機動性に特化した機体と比べれば劣る。ミサイルの雨がアサルトライフルに直撃し、未確認機先端の主砲から放たれた砲弾が右腕を直撃する。その衝撃がコックピットにまで伝わり、自身の右腕に激痛が走った事でラバーズは顔をしかめる。

 ラバーズの身体は決して丈夫でない。最近の出撃でも被弾の衝撃で身体の骨が折れ、神経にもダメージが出た事から義足となった身である。ハーミット同様、後頚部の接続口とコックピットを繋ぎ合わせ、脳波での操縦に対応しているとはいえ、身体へのダメージは操縦にも大きな影響を及ぼす事に違いはない。痛みがある事から感覚は残っていると判断した彼女だが、だとしても現状右手が動かない事に気づいた彼女は、右手が担当していた操縦を全て脳波で制御するようにした。自身の身体よりも、今は機体の操縦をどうにかしなければ、とその判断に彼女は一切の迷いを見せない。

 右腕はどうなるのだろう、という疑問すらも持たずに操縦方法の切替をラバーズは脳波で済ませつつ、左手では照準を未確認機に合わせながらトリガーを引き続ける。必ずハーミットを未確認機の背後まで送り届ける。生体兵器として任務を完了するまでは撤退しない、というだけではない。それ以上の意志が、彼女を突き動かしていた。

 

 マップ上からパシングの反応が消えた事を視認しながら、跳躍し飛行しているハーミットは未確認機ベルゼブとの位置関係を確認する。

 乗機の軽さとメインブースタの推力で強引に上昇しながら接近し、未確認機の直上やや前方へと辿り着いていた。しかし、ここに来てベルゼブの機体上部にある機関銃が火を噴き始める。これまでは攻撃手段として使ってこなかったものの、ハーミットがここまで接近した事で追い払う為に掃射してきたのだろう、と彼女は推測する。左腕のシールドでそれを防ぎながら、そのままハーミットは突き進む。大型の機体というだけあり、機関銃の口径も大きい。連射速度から機関銃という枠に入れてはいるものの、その口径はSGが携行するものと比べると遥かに大きい。その一発が的中するだけでも、SGが携行できる大口径武器に匹敵する。それもあって、左腕のシールドは数発だけ受けて爆散する。それに合わせて、右腕を既にシールド装備に切り替え、構えながら左腕は背中にマウントしていたアサルトライフルに手をかける。――そして、右腕のシールドに二つの弾痕が刻まれた時には真迅改の姿はベルゼブの背後にあった。クルリ、と姿勢制御ブースタを一瞬吹かして乗機を一八○度旋回させて、ベルゼブの背面を視界に入れる。

 正面には主砲に副砲が二つ、機体各所からミサイルを盛大にばらまきながら、機体上部には機関銃――あまりにも火器を満載しているベルゼブだったが、背後から見るとミサイルの発射口こそあれど、背面の多くがその巨体を制御する為の大型ブースタで構成されていた。それを見て、ハーミットはある事を思い出す。

 ――ベルゼブの弱点は、機体背面でむき出しになっている二つのジェネレータである。

 ――遠距離攻撃を阻む視認できないシールドは、機体正面にしか張られていない。

 記憶の奥底から漸く手繰り寄せた強敵の弱点、それを脳裏に浮かべたハーミットは、眼前にいるベルゼブの背面を見る。そして、そこには大型の機械――ジェネレータが外付けされているのが見てとれた。そこから伸びるパイプはその巨体の各部にあるブースタへと伸びており、このジェネレータで発電し、そのパワーを巨体の各部位へと伝えていたのだろうと推察できる。背面に攻撃を防ぐものがないのも、本来このベルゼブが他の機体に上をとられる事を想定していないと考えれば理解もできる。

 だが、そのような事、今はどうでもよかった。真迅改の左手に握らせたアサルトライフルのトリガーを引きながら、右腕のシールドからレーザー刃を展開する。むき出しとはいえ、保護カバーのような装甲に一、二発目の弾丸は弾かれるも、数発連続で違わず一か所に叩き込んだ事で、そのカバーが削れてゆき最後には貫通に至る。装甲のない発電機が耐えられる筈もなく、一基のジェネレータをまずは破壊する。その瞬間を見届ける事なく、ハーミットは乗機の右腕を振りかぶり、レーザーブレードでもう一基のジェネレータを斬り裂く。切断力に優れるレーザーの前に最低限の保護力しかないカバーはなす術もなく、一振りでジェネレータにまで届き爆散した。それを視界に入れながら、ハーミットはメインブースタを吹かして上昇する。

 その瞬間、ヴァルチャの左背にあったスナイパー・レールガンの一射がベルゼブを撃ち貫いた。

 巨体を動かす為のジェネレータ、それが二つとも破壊されたとなれば、機体全面に展開していた不可視の壁――バリアとも表現できる――を展開などできる筈もない。陽動を続け、撃ち続けていたラバーズの攻撃が、未確認機にトドメをさした形となった。

 下方で起きている大爆発から逃れながら、ハーミットはラバーズに声をかける。

「状況終了。周囲の敵影を確認しようか」

『そうね、了解』

 

 一方、某国某所の一室にとある一報が届く。

『“ベルゼブ”が撃墜された、だと?』

 それは、とある巨大兵器――ベルゼブが撃墜された、というもの。この集まりに出席しているものは皆、そのような報告に対して様々な反応を示す。『所詮は試験機だ。課題が見つかっただけマシさ』と冷静に考えるものや、『だが、だとしてもそう簡単にアレがやられる筈なかろう!』と声を荒げるもの。それらを耳にした出席者の一人はため息をつく。

 ベルゼブが撃破された事、その一点に限ればこの報告には価値がなかった。出席者の一人が言うように、ベルゼブは“試験機”に過ぎない。これまでにない新技術を盛り込んだ機体であり、事前に予想された弱点が実際に弱点であるかを確認する為の試験を実施予定だったところ、実際に弱点を撃たれて撃破された、となれば試験の意味があったという事になる。

「独立傭兵――それも、アルカナ機関出身の奴らにやられたというのは本当か?」

 つまり、問題なのはベルゼブを撃破した者の正体だった。その一言を一人が発する事で、この場の空気が一変する。ベルゼブの基本設計が妥当であったか、あるいはそもそも開発するべきではなかったか――そういった議論は中断され、議題はベルゼブを撃破した者についてというものになる。

『えぇ。撃墜される直前、ベルゼブから取得できた戦闘ログを確認した所、確りと撃破に関与したSG二機の情報を取得していました』

 陸戦の最高戦力に数えられるSGは、その動力としてエルピスを用いた発電機、ジェネレータを内蔵しているのだがそのジェネレータの製造段階でどうしても生じる僅かな誤差によって、稼働時に発生する電波がそれぞれ固有のものになるという特性がある。無論、ジャミング等で電波障害が発生していればそれを読み取る事はできないが、現状の技術ではこの固有の電波を他の電波に改竄するといった事ができない事は明らかにされており、その情報をもとに二名の独立傭兵を割り出したという事は何らかの事情で搭乗者が異なるといった事がない限り、それは確定情報だと言える。企業から直接機体を与えられる正規兵なら兎も角、独立傭兵で複数の乗機を所持しているケースは極めて少なく、WIMU所属の独立傭兵に関して言えば、この固有電波を拾えば確実に特定できると言っても過言ではない。

『情報を解析したところ、二機ともアルカナ機関の息のかかった独立傭兵。真迅のハーミット、ヴァルチャのラバーズ――どちらもWIMUでは特級傭兵に該当する実力者です』

 ハーミット、ラバーズ。それはどちらも独立傭兵としては名の知れた特異な存在だった。独立傭兵の集まりであるWIMUには、名を連ねる傭兵達の実績を一目で把握できるようある程度のカテゴリ分けがされている。単純に依頼を何度遂行したか、という基準で分けられるものだが、そもそも様々な前歴から独立傭兵になるものが多い以上、企業の正規兵と比べて実力が劣る事の方が大半である。それが単独行動する以上、その生還率は極めて低い。それにも関わらず、依頼を遂行した上で生還するという時点で、最低限の実力の保証という事に繋がっていた。

 その中でも、特級はまさしく特例とも言える存在。独立傭兵が安定した職業でないのは明白だ。企業などの陣営から依頼がなければ仕事がなく、その仕事も安全とは限らない。そして、様々な陣営の仕事を請けるという事は、どの陣営にも自身に恨みを持つものがいるという事にも繋がる。その為、上級傭兵の中には特定の企業や陣営から引き抜かれ、正規兵となるというケースも少なくない。それにも関わらず、独立傭兵を続けるような者というのはあまりにも異質である。

 そして、この特級傭兵は数が少ない上にハーミットとラバーズは同期、しかもどちらもアルカナ機関出身という表向きの経歴がある以上、この場に集まった者達の意識はその出身――アルカナ機関へと向けられる。

「アルカナ機関の所長からは何と?」

『“あれらはイレギュラーだった。こちらで近日中に処理を済ませる”――との事です』

『全く、不手際を起こしておいて何を言うか。先に処理をしないとは』

『しかしながら、両名が稼いだ外貨によってアルカナ機関――そして、我々ESAがここまで成長できたと考えると厳しい判断ではあっただろうよ。代わりとなる戦力がなかなか生産できずに苦労したとも聞く』

 アルカナ機関に対する様々な言葉が発せられる。まるでアルカナ機関がESAの傘下にあるかのように、この場に集まった者達は口をそろえてハーミット、ラバーズという生体部品について苦言を呈する。しかし、この集まり――ESAに関わる者達がこの場で話し合うべき内容は、ベルゼブに関するものだけではない。集まりの中の一人が、咳ばらいを一つすると場が突如静まり返り、その人物が発言するのを待つ。そして、一人が口を開いた。

「まあ、良い。ハーミット及びラバーズの処理は、アルカナ機関にやらせるとして、だ。折角こうして皆集まったのだ。――今後の事について、最後の確認をしなければ」




【TIPS】

Coming unknown(サブタイトル)
未確認機が来るぞ気をつけろ!(意訳)
……本当にその通りなんです。

ベルゼブ(機体)
所謂メカアクションあるあるな巨大兵器。
あまりにもあんまりな弱点があったが、そもそもその弱点を狙えるヤツがおかしい。
尚、ゲーム『ルート・ゼロ』ではアプデの度に強くなったり弱くなったりした模様。

次話
006[新型兵器公開演習襲撃/Disposal]
007[生体部品強奪/Rusted Parts](最終話)
2025/02/01 10;00,18:00頃投稿予定
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