ナインスルート-TS異世界転生したら人型兵器の部品扱い- 作:暁文空
災暦四三年九月二日。ハーミットの姿はアルカナ機関のシャワールームにあった。
宙に浮く巨大兵器、ベルゼブを撃破してから一週間以上は経った彼女だったが、違和感を覚える位に出撃する頻度が下がっているのを感じていた。これまでは基本的には出撃の合間に訓練があるという生活だったのだが、ここ一週間に関しては一度出撃したきりで、あとは個室待機ないし訓練時間という生活になっていた。無論、そうであったとしても単なるゲーマーに過ぎなかった”男性”だった頃と比べれば殺伐とした生活なのは間違いない上、職員からの扱いは相変わらずという事を考えれば、生活水準が向上したという訳でもない。
「これは、どういう事なのかしらね」
同様の事をラバーズも感じていたのか、二日連続シャワールームで鉢合わせるという珍事に遭遇した二人は首を傾げる。二人で同じ任務にあたるなんて事は珍しく、それ以上に二人ともが二日連続で出撃なしというのも二人にとっては異常事態と言えた。この異常事態にあたって、ハーミットは奥底に眠っている記憶――“ルート・ゼロ”のプレイヤーだった頃の記憶をなんとか引き出せないかと思考の海に潜る。思い出せる事柄もあれば思い出せない事柄もあり、その基準も定かではない。しかしながら、その乱雑に奥底へと沈んでいった記憶の中には、前日のベルゼブを撃破する際に有用だった情報があるのもまた事実。何かを思い出せないだろうか、と必死にハーミットは考える。
大前提として、ハーミットとラバーズはアルカナ機関にとっては古い強化人間であるというのは要素としてあるだろうとハーミットは考える。後で生産された新たな強化人間になればなるほど、ラバーズのような表情豊かで感情の機微に敏い強化人間は少ない。発言内容に応じて表情が変化するようになってはいても、その奥にある感情を感じられないというのがハーミットから見た最新型強化人間に対する印象だった。それを考慮に入れるのならば、“アルカナ機関はハーミット、ラバーズの代わりになる新型強化人間の生産に成功したのだろうか”という考えにハーミットは思い至る。
それが事実であれば、二人の将来はあまりにも暗い。アルカナ機関は何らかの手段で二人を処分し、新たに生産した強化人間を新たなハーミット、ラバーズとして動かす。そういう未来がハーミットには見えていた。
しかしながら、だからと言ってそれの対策などハーミットには思いつかない。単なる生体部品に過ぎず、アルカナ機関の施設から出る瞬間など出撃の時くらいしかない彼女らにとって、脱走はあまりにも難しい。かつて脱出に成功したフールに関してはウィンザー主任技師というアルカナ機関内部に詳しく、電子戦にも長けているという人材と共にいた事があまりにも大きすぎる。今のハーミット、ラバーズにそういった協力者はいない以上、フールのように脱走に成功するかと言えばそれは殆どの場合失敗するとしか言いようがない。そもそも、フールの脱走方法にしても、綱渡りな面が大きく二人にそれを真似できるかと言えば、確実性に欠けて真似するのにはリスクが大きい。
そして何よりも、前提としてラバーズはどのような状況であれアルカナ機関に敵対するという手段を思いつく事がないという点がハーミットにとっては足枷であった。ハーミットですら生み出されてからの調整によって、感情に蓋をされて本来の感情は抑え込まれて従順な戦力と化しているという自覚があった。その自覚があった上でどうやって脱出しようか等と考えられるのは一重に“男性”としての記憶があるおかげだろうと彼女は考えていた。つまり、この件についてラバーズとの連携は期待できないという事であり、ハーミットの感情を大きく揺さぶる。どうにかしてラバーズと協力してこの状況から脱する事ができれば、と必死に頭を働かせても何も思いつかないまま、時間だけが過ぎてゆく。
「ハーミット?」
考え込んでいるのを見て、ラバーズはそのように声をかける。「ちょっと、考えてただけ」とハーミットが返せば、「まあ、ちょっと暇すぎて考えちゃうわよね」とラバーズは苦笑する。んー、と声を漏らしながらラバーズが右腕をぐるぐると回す。幸いにして、少し筋を痛めただけという診断のようで、上半身は後頚部のSGとの接続口という元々機械と化している部分を除けば生身のままでいられているようだった。その事についてだけは、ハーミットは安堵の息を吐いた。
数日後、ハーミットの姿は乗機のコックピット内にあった。
長期間の移動。まずは乗機を輸送船の甲板に載せた状態のまま、ハーミットが乗機から一度も降りずに数日。身体を丸めながら、定期的に糧食に手を付けて空腹状態にしないように心がける。ふと操縦席内部の画面から外部の様子を窺うも特に目ぼしいものは映っていない。前回は僚機だったラバーズとその乗機の姿も見えていない。今まで通り、普段通りに戻っただけとも言えるが、嫌な予感を覚えている彼女にとって、ラバーズがいないというだけで胸騒ぎが収まらなかった。
そうしてつい先刻になって同じく輸送船に載せられていたヘリコプターのアームで乗機を掴まれ、宙ぶらりんになって今に至る。
『ハーミット、聴こえるか』
そんな中での通信士からの声かけに彼女は息を一つ吐いてから、「聴こえている」と返す。
『とりあえず、出発前にも説明したが、最終確認だ。依頼主はCSC――正確には、CSC内の一企業であるリオネル。作戦目標はCSCの新型兵器公開演習を襲撃し、ヴォルク社の新型兵器を撃破する事。ジャミングしながら外付けブースタで最接近するというのが向こうから提示されたプランだ』
大雑把に言えばCSCがCSCの新型兵器を撃破する事を依頼する――というよくわからない依頼のように見えるが、そもそもCSCが一枚岩ではないというのが重要だった。大小様々な国家及び企業の集まりに過ぎないCSCは、その成り立ちから多くの国家や企業の知識が集結しているだけあって、災暦の世において常に存在感を放っている。しかしながら、その裏ではCSC内部の勢力争いが激しく、常に足の引っ張り合いになっている。それでもこの世界においてある程度の勢力を維持し続けているだけあって、元々の地力がある陣営とも言える。
とはいえ、依頼文から読み取れるものとして今回の依頼は正しく足の引っ張り合いというのは目に見えていた。今回の新型兵器公開演習というのは、言い換えてしまえば新型SGの正式採用コンペティションというものであり、ここで正式採用を勝ち取れば暫くの間安定した取引が見込めるとなれば、同じCSCの企業――ライバルの新型兵器が劣るものであるというネガティヴアピールをすればいいというのが今回の依頼の趣旨だった。特に、今回名前の出ているリオネル、ヴォルクの両社はCSCが立ち上げられた当初から今に至るまで事あるごとに対立しており、今回もその類なのは間違いない。あからさまな足の引っ張り合いな依頼内容を耳にして、ハーミットは呆れてため息を一つ。そんなハーミットの様子に気を向ける事なく、通信士は説明を続ける。
『作戦領域はCSC領の端、広大な敷地の演習場だ。周辺には監視塔やら砲台やらが設置されてるって話だが、これらについてはリオネル社がどうにかするって話らしい』
コックピットの画面上でもその情報を視認したハーミットは、内心では“どこまでその通りなのだろう”と考える。前者、作戦領域については疑いようがないとしても、リオネル社が砲台等についてどうにかする、というのは果たしてどこまで信じられるのかという事だ。あくまでもCSCの防衛施設と考えれば、その内部の一企業であるリオネル社にどうにかできるものなのだろうか。
そのようなことを考えている間にも、通信士からの説明は続く。
『今回、撃破対象の機体はヴォルク社の“ジグルズ”。情報によれば、まだ試作段階の先行生産機のようで、この新型兵器公開演習に向けてギリギリ間に合わせたものとの事らしい。ま、互いに対立してるっていうならこの情報も正しいのか知らないけどな』
通信士の言葉に、ハーミットも“それはそう”と内心で同意する。同一グループと言えど、それ以前からの因縁がある企業同士ともなれば、今回みたいな依頼が来る事も踏まえてヴォルク社がリオネル社に偽の情報を掴ませていたとしても不思議ではない。そう考えると、この依頼文に添えられている情報の正確性などわかったものではない。
しかしながら、ハーミットにはこの世界を模したゲームをプレイした“男性”の記憶も有している。その記憶の大部分は霞んでしまっているものの、ことこの世界の機体についての知識はうろ覚え程度には残っていた。
今回の標的である“ジグルズ”はCSCに在籍するルートにおいては扱いやすい機体としてカテゴライズされる。最新鋭機というだけあって、使用可能になるのは大分後であるものの、その性能は最新鋭機という肩書きに恥じないものである。騎士甲冑を思わせるフォルムは鈍重そうに見えるものの、メインブースタや姿勢制御ブースタ等に優れ、外見からは想像できない機動力を持つ万能機である。
弱点としては、その分大きくて重たい武器を背負うと見た目通りの機動性となる点が挙げられるが、機体質量を活かした蹴りや体当たりはそれを受ける側からすれば脅威に他ならない。質量の差をもって相手を圧し潰す事ができる為、携行できる武器が少ない事は然程気にならないのだ。
そんなアテにできるようなそうでないような記憶を引き出した事で、大きなため息を一つハーミットは漏らす。結局は自力でどうにかしなければならないという事実は、言ってしまえばいつも通りでしかない。そんな彼女のため息を耳にした通信士は『お、わかってるようだな』と何かを察した風に口を開く。
『俺の知るヤツに比べて大分賢いなハーミット。流石はベテランだ。……ああ、それと。ジャミングだが、相手の電子防護はリオネル社が妨害してくれるんだとサ。……ホントに内輪もめ過ぎないかコレ?』
「……そんなに喋っていて大丈夫?」
これまで接した事のあるアルカナ機関の通信士はそこまでおしゃべりではない。一番饒舌な人間が来た、と驚いてハーミットはつい尋ねてしまった。すると、『ハハ、単にお喋り好き過ぎってだけさ』と返ってくる。
『そもそも、今回、この輸送機の運転士も兼任していてね……話し相手が欲しかっただけさァ』
通信士兼運転士の言葉に、ハーミットは「え?」と声を漏らす。『ん? どうした?』という声がハーミットの意識には届かない。通常、通信士と運転士は二名に分かれているのが定石だ。兼任などハーミットは聞いた事が無い。アルカナ機関はそこまで人材不足だったかと考え、そんなはずはないと考え直す。
何か裏がある。ただ、その裏が何かわからない。ハーミットがどれだけ考えようとも結論は出ず、出撃の時を待つのみ。
『作戦領域に接近、そろそろ起動させろハーミット』
その言葉にハーミットは「了解」とだけ返し、乗機の戦闘システムを起動させて、各計器の確認をする。いつも通りに異常がない事を確認して「こちらハーミット、いつでも行ける」と通信士に報告する。すると通信士は『オッケー。それじゃ、カウント行くぞ』と声をかける。ここまで人間味のある通信士がいただろうか、と無駄な思考を始めそうになってハーミットは首を振る。
『三、二、一、投下――』
通信士のカウントダウンに合わせてハーミットは腰部の外付けブースタを点火させ、ジャミングをかけながら作戦領域の外から超加速で中央へとすっ飛んで行く。ここで時間をかける利点は一切ない。超加速、超高速移動によって短時間で接敵し、目標を速やかに撃破しつつ速やかに撤退する。それこそが今回の作戦の大前提だった。
レーダーには予めマーカーされていた作戦目標――ヴォルク社のジグルズとされる反応が映っている。そこに向けて一直線に迫る。モニターにも僅かに小さな機影が映り、予め見せられた資料と一致する事を確認した。間違いない、とハーミットは感じながら外付けブースタを切り離し、本体のメインブースタで更に接近する。
だが、僅かな違和感を彼女は覚える。その違和感の正体を理解できないまま、ハーミットはジグルズへと接近し外付けミサイルランチャーのトリガーへと指をかけ――。
――唐突な警報音に素早く反応してメインブースタの噴射を停止し、姿勢制御ブースタを一気に吹かす。急制動、無理矢理な回避運動ながら、本来の進路へ向けて何かが放たれる。その弾速からレールガンの類だろうとハーミットは推察する。だがその数はあまりにも多く、脚部に取り付けていた外付けのミサイルランチャーへ被弾、ハーミットは速やかに投棄する事を決め、誘爆するより前に切り離す。
まるで、待ち伏せされていたみたいだ――とハーミットが内心で呟きながら乗機を着地させると同時に、レーダーにマーカーされていたジグルズも迫ってくる。
レールガンで狙撃をしてきた機影――ヴォルク社の従来機“クリムヒル”が四機に、当初からの目標であるジグルズが一機。更には先程までは静かだった砲台や地上の戦車からも砲弾が放たれる。
「くそ、罠か――!」
どこまでが仕組まれているかは現状ハーミットにはわからない。誰を嵌める為のものなのかもわからない。しかしながら、この場における侵入者を確実に撃破するためのものである事には変わりない。ジャミングが通用しなかったという事は、電子防護についての妨害は失敗したのか、それとも最初から電子防護を妨害するつもりすらなかったのか。それについては現状考えても致し方ない、とハーミットは動揺を最小限に留めつつ、ハーミットは乗機を一瞬たりとも静止させずに近場の砲台や戦車へと銃口を向ける。
新型SGであるジグルズを相手にすると考えた際に、その横槍を入れて来る存在がこの場にはクリムヒル四機に無数の砲台、戦車がいる。この中で、最も手頃に落とせるのが動かない砲台。それでいて、ハーミットの乗機に最も一撃で致命傷を与えられるのも砲台からの砲弾であるのは間違いない。一つ、二つと砲台をアサルトライフルで撃ち抜いて沈黙させていく。
しかしながら、砲台に狙いを定めようとするたびに、四機のクリムヒルからの狙撃によって妨害される。それでも着実に砲台の数を減らしているのはハーミットが数多くのSG乗りの中でも上澄みだからと言える。この妨害には「くそ」と悪態をつきながらも、クリムヒルの一二○ミリ背部携行型滑腔砲から放たれた砲弾を回避する。その回避運動と同時に一機へと接近しながら左腕をライフルからシールドへと持ち替えて、レーザー刃を展開。それに気づいた敵機が後退しようとするがハーミットが乗機に左腕を振るわせるのが先だった。一刀両断し、クリムヒルは残り三機。
一先ずは数を減らした、と一息つきたいハーミットだが、そうもいかない。クリムヒルはまだ三機も残っており、本命のジグルズ、数多く配備されている戦車や砲台といった敵勢力は健在なのだから。
「気に食わない作戦だな」
ヴォルク社製SG“ジグルズ”のコックピット内で眼前のモニターに映る敵影――“真迅改”を視認しながらそう呟いたのはヴォルク社のパイロット、クルトだった。ヴォルク社の新型試験機、と銘打たれている“ジグルズ”だが、クルトの知る限りでは完成度は正式採用機のそれであり、そこに隙は無い。その事をよく知る彼にとって、このような不意打ちのような作戦については自身の力量を評価されていないように感じられ、不快であった。
クルトには誇りがある。彼の経歴はヴォルク社のSGパイロットから始まる。そこから、ヴォルク社が傘下に入っているグループ、CSCの正規兵へと至る。ヴォルク社のエースはCSCという複数の企業の集まりでのエースに登りつめ、社内社外問わずその名を知らしめたと言っていい。そうして迎えた今回の新兵器コンペティション。CSCのエースに上り詰めた彼が古巣の新型に自ら乗るというのは、彼にとっても、古巣のヴォルク社にとっても大きな意味を持つ。CSCにヴォルク社あり、を大きく知らしめる好機に他ならない。だからこその今回の作戦ではあるが、それをすんなりと受け入れられる程クルトは何もかもを受け入れる人間ではない。
無論、正規のパイロットである以上は作戦行動の意味は理解しており、可能な限り損害を減らすという上層部の考えも理解している。それに表立って反旗を翻すような子供ではない以上、上層部の指示には従う他ない。ただ、自身はヴォルク社――いや、CSCのエースパイロットであるという自負があるクルトにとっては、自身の誇りを汚されるような感覚に陥っていた。
しかしながら、それはそれ。冷静を保ちクルトはジグルズのメインブースタを吹かしながら、真迅改へと接敵する。相手は所謂高機動型SGであり、動きの機敏さや最高速度についてはジグルズを上回っているという事をクルトは数値の上では理解している。だが、これは多対一。クリムヒルによって妨害を受けている真迅改は自由に動ける訳ではない。クリムヒルの七八ミリSG背部携行型レールガンによる牽制射撃が行われると、その度に進路を塞がれる真迅改の動きが僅かに鈍る。その状態で砲台や戦車からの砲撃に対処し続ける敵機に対しクルトは内心では感心するものの、それはそれとジグルズの火器を真迅改へと向ける。
ジグルズの左腕に持った三七ミリ
「この程度でジグルズをやれるものかよ!」
クリムヒルが砲撃支援型だとすれば、ジグルズは近中距離万能型。装甲、機動力、最高速度に積載量――それらを高い水準で兼ね備えている。機動力、最高速度を重視すれば装甲や積載量は犠牲になる。逆に装甲や積載量を重視すれば機動力や最高速度は鈍る。真迅改は明らかに前者であり、あまりにもピーキーすぎる機体である。CSCの現正式採用機であるマルセー社のラファルもその類であり、それに搭乗した事もある彼はその事をよく知っている。
当たらなければどうという事はない、なんて言葉を聞いた事はあっても、それができるなら苦労しない。その点で言えば、クルトに言わせれば高機動型は欠陥機である。かといって、機動力が皆無な機体というのもSGである必要性がない。だからこそ、クルトの思う最高傑作は万能型であり、現在搭乗しているジグルズなのである。
「くそ、厄介な……」
対するハーミットはと言えば、アサルトライフルがあっさりと弾かれる様を見て苛立ちを隠せない。ゲームプレイヤーとしての記憶であれば、この場では弾かれているアサルトライフルでも多少はダメージが入っている様を画面表示で視認できたのだが、今の現実ではそうもいかない。無情にもアサルトライフルは弾き返され、無力感を覚えざるを得ない。
プレイヤーとしての旧い知識も総動員して思案するも、現状の手持ちで確実に一撃を通すとすれば、レーザーブレード以外にはないという事実が彼女につきつけられる。
今回、ジグルズが相手と知っていてこの装備だったのは単純に、今回の作戦が強襲作戦で不意打ちであったというのが多分に含まれている。このような一対多となる前にジグルズの懐へと潜り込み、レーザーブレードを叩き込むという作戦だったのだから。ジャミングも通用しないとなれば、小細工ナシで随伴機のクリムヒルを片付けながらジグルズの懐へと迫る必要がある。
静かに息を静かに吸って吐く。一呼吸の後、ハーミットは意を決してペダルを踏み込む。ジグルズから一気に距離をとりながら、クリムヒルへと照準を合わせる。砲台、戦車、クリムヒル――これらからの砲撃に晒されながら、ジグルズの懐に入るのはあまりにも無謀だった。せめて一対一にしなければ、と近くの敵から潰す事を決める。
幸いにして、真迅改とジグルズの間には相当な速度差がある。無論、それを埋めるのが周囲からの支援砲撃の雨なのだが、だとしてもそれには限界がある。決して、その差は皆無にはならない。ジグルズのマシンガンの弾幕からすり抜け、一機のクリムヒルへと狙いを定め、右腕のアサルトライフルを叩き込む。これをクリムヒルはシールドで弾き返す。だが、ここから更にもう一段階ペダルを踏みこめば、真迅改は更に速度を上げてその背後へ。そこから急制動、急旋回をさせると、クリムヒルもそれになんとか追従しようとするが、追いつかない。そこへ左腕のレーザーブレードを一閃すれば、クリムヒルをまた一機撃破に至る。更に、その流れで右腕のアサルトライフルを砲台へと叩き込み、着実に砲撃する敵勢力の数を減らしてゆく。
「これで二つ……!」
数が減れば、それだけその後が楽になる。そう言い聞かせる。それは事実ではあるものの、ハーミット自身の消耗という点について目を瞑ったものというのを忘れてはならない。だが、それを考えないようにしなければ集中力を保てないという感覚が彼女にはあった。
「く、しぶとい……!」
長々と様々な攻撃を捌き続ける敵機――真迅改の姿に、クルトはこの感想を漏らさざるを得なかった。戦闘が始まってから既に幾ばくの時間が流れている。気が付けば、僚機であるクリムヒルは残り一機。周辺にある砲台や戦車はまだ十数以上残っているのだが、真迅改はここまで突出した回避能力を見せつけている。長期戦になって集中力が途切れているだろう、という状況ですらその動きに隙が無かった事をクルトは驚きをもって理解した。
だが、だとしてもクルトは眼前にいる真迅改を撃破しなければならない。それが今の彼の結論とも合致していた。
『隊長、大丈夫ですか……?』
クリムヒルに搭乗する彼の部下からそのような問いをかけられると「なんとかな」と息切れしながら答える。『それはよかったです』とクルトの隣にクリムヒルが立つ。『こっちがなんとか隙を作って見せます!』とクリムヒルが真迅改へと接敵する。真迅改が行うメインブースタの噴射と比べた場合には大人と子供位の差というのが明確にあった。クリムヒルが真迅改へと迫るよりも、逆に真迅改がクリムヒルに接敵する方がより速く、より早く近づく。真迅改の左腕にあるシールドからレーザー刃が現れ、振りかぶる。これを目の当たりした時、身がすくんでその一撃を受けるか、気づかずに一閃されてしまうかの二択になる筈だ。
しかしながら、クリムヒルは臆する事なく真迅改へと接敵する。これに対して真迅改はブースタを吹かして距離をとろうとする。だが、前進するのと後退するのを比較した場合、本体ブースタの取り付けられている箇所を考慮に入れた場合、前進する方がより速いというのが自然な話だ。つまり、真迅改が距離をとろうとしているこの瞬間の速度は、決して遅くはないのだが、その他の状況と比べても本来の性能が発揮できる状態ではないというのが正確なところだ。
その状態の真迅改を追い詰めるべく、クルトも乗機――シグルズを駆る。メインブースタを吹かし、地を蹴りながら素早い動きで真迅改がクリムヒルへと意識を向けている隙に自身のより強みの生きる所へと移動する。――それは、真迅改の背後。長時間にわたる戦闘は、どちらにとっても負の要素があるのは間違いない。長引けば長引くほど、お互いにその力を消耗していく。
そうして、クリムヒルが真迅改の懐へと潜り込んだその瞬間、真迅改の動きががらりと変わる。状況の変化に素早く対応したのか、クリムヒルから距離をとるのではなく、ブレードで一閃しようとしているのがクルトには見てとれた。これで、クリムヒルに乗っている彼の同僚の命はもうない、と冷静沈着なクルトの頭は理解していた。それに対し思う所がないとは言わない。しかしながら、そうなったとしても、この眼前にいる真迅改を撃墜しなければと彼は意を決する。
今が好機、と判断したクルトはジグルズの左腕に携行されているショットガンを構えさせ、必中の距離であると画面上に表示された瞬間、クルトはトリガーを引いた。それは一直線に真迅改へと向かい、その場で炸裂。轟音を立てながら爆発を起こしたのだった。
「や、やったか……?」
不意に漏れ出る言の葉。その直後、その爆発の中から現れ出た真迅改のレーザー刃がクルトを貫き焼いた。彼にとって幸いだったのは、真迅改を撃破したと信じたままその身体をレーザー刃で熱され蒸発した事だろうか。
ハーミットがやった事は単純至極。ジグルズが接近するのを察知した段階で、クリムヒルを盾にする事を決めていた。ジグルズが攻撃してくるだろう、というタイミングに合わせて直前に撃破したクリムヒルを盾にし、そのクリムヒルが爆破した瞬間、多少なりとも隙を見せるであろうジグルズを仕留めるというものだった。
クリムヒルの爆発に巻き込まれてもいけないのに、爆発から早く逃れすぎてもいけない。その爆炎の中に紛れ込み、晴れるよりも前にジグルズの懐へと踏み込む必要がある。それも、ジグルズが無防備になっているという前提で真正面から行く必要があった。これはまさしく仮定ありきの作戦であり、博打にも近いという認識をハーミットは持っていた。
だが、その賭けには勝った。周囲に敵影はない。
「なんとか、目標そのものは達成できた……が……」
しかしながら、状況が状況だった。罠に嵌められた以上、作戦目標を達成したからと言って安心ではない。気を緩められない、と気を引き締め直そうとしたその瞬間に、警報音が鳴り響く。その音に敏感に反応したハーミットは咄嗟にペダルを踏みこみ、乗機に地を蹴らせてその場から瞬時に離れる。そこへ一直線に何かが飛来し、ハーミットの背後にあった柱を一撃で粉砕する。自身の気が一瞬緩んでいたという反省は後回しに、レーダーを見てみれば先程まではなかった筈の敵勢力を表す点が表示されているのを見てとった。
新手の存在にハーミットは顔をしかめる。そこへ考える暇を与えないかのように砲台からの砲撃。舌打ちをしながら、ハーミットは回避する。
『まさか合流できずじまいとは……流石は先輩だ』
そこへ、一つの通信。“先輩”という言葉にハーミットは「まさか」と声を漏らす。これに対し『そのまさかですよ』とハーミットと同様に鈴の音が鳴るかのような澄んだ声の主は返す。
『随分と勘がいいですね……そこも先輩らしい。――だから、先輩はここで消えるのですが』
新たに現れた機影は四つ。
まずはCSC従来の正式採用機であるマルセー社の“ラファル”が三機。ハーミットの登場する真迅改とは似た設計思想により生まれた高機動型。装甲強度を抑えて機動性を追求したその機体は細身で、どことなく戦闘機の機首を思わせる胸部の突起が特徴的だった。
そしてもう一機。これはこれまでハーミットが得た情報にはない未確認機。全体的には細身でありつつ、要所に追加装甲を施されており装甲と機動性を両立させようとした事が見てとれる。十装甲なジグルズと比べると装甲は減っているように見える事から、ハーミットはこの機体を高機動型寄りの万能型であると推察する。また、これまでに姿を現したクリムヒル、ジグルズ、ラファルとは方向性の違う風貌は、それらとは異なるメーカーの手によるものなのを第三者には察せられた。
『リオネル社先行生産機“クラン”。アルカナ機関の“ジャッジメント(審判)”があなたを消す為に受領した機体です』
この言葉を受けて、ハーミットの脳内でありとあらゆる点が繋がり線となった。
ハーミットは既にアルカナ機関においては旧型の強化人間。そして、不自然な活動のない期間にアルカナ機関の者とは思えない通信士兼運転士。これまでにはなかった事が立て続けに起こり、状況を整理できていない中で、この戦闘中のショックが一気にその状況を整理させるに至った。
――アルカナ機関とCSCが結託し、リオネル社がヴォルク社の新型機体を撃破を依頼する、という偽の依頼でハーミットをおびき出し撃破するというのが、この作戦の全貌だった。
『騙して悪いですが、仕方のない事です。――消えて下さい、ハーミット』
いつかはアルカナ機関によって自身は消されるかもしれない、と思っていたハーミットとしても、このような形で消そうと考えていたとは考えておらず、驚きを隠せない。ハーミットとしてはあるとすれば、アルカナ機関の施設内で就寝中にでも薬を盛るといった番外戦術だった。SGの操縦技術以外にはろくに教えられていないハーミットは、飲食物――といっても水分補給の為の水と糧食しか口にしないのだが――に毒を混ぜられてしまえばそれに抗う術はない。少なくとも、こうして刺客を送り込む方が手間はかかっているように彼女には感じられた。
しかしながら、現実として刺客を差し向けられていた。それはハーミットにとっては本当に予想外であり、驚かざるを得なかった。
その隙をつくべく、潰し切れていなかった砲台からの砲撃が彼女を襲うが、これをこれまで通り回避し続ける。地を蹴り、ブースタを吹かしながら直線的な動きを避け、移動先を読ませないように動き続ける。
彼女――ジャッジメントの駆る機体、クランは実際には見た事ないにせよ、“ルート・ゼロ”の知識を有するハーミットの記憶の奥底からその機体性能を読み取る。
リオネル社製新型SG“クラン”。それは、コンセプトとして産んだメーカーこそ違えど同グループの機体である“ラファル”の正当後継機とも言える高機動型に分類でいるSGである。先程まで相手にしていたジグルズとは正反対ではあるものの、これまでの高機動型SGと比べると比較的強固な装甲を持つ最新鋭機。“ルート・ゼロ”のオンラインランクマッチでの人気も高く、プレイヤーとしてはよく知る機体であった。
そして、眼前にいるクランはと言えば、右腕にショットガン、左腕にはサブマシンガンを携行している。背部の片割れには長い筒のようなものが取り付けられている。この武器に関して言えば、記憶の奥底にもない代物であったものの、とりあえずは相手を“強い”と断定した。その未確認兵器がどれだけ強いか、弱いかを考えている暇など、今のハーミットにはない。
悩む時間はないと意を決しハーミットは一対四ではなく、一対一を繰り返すような展開に持ち込もうとする。だが、それを安易にさせまいとするのが敵の考え。ラファルはその高い機動力で一気に真迅改へと接近する。ハーミットが砲台に意識を向けているからこそ、本来の速度差からは考えられないような光景が繰り広げられる。ラファルの右腕に携行されているショットガンが真迅改を捉えようとして、その寸前に気づいたハーミットはシールドを構えてそれを受け止める。しかし、残るラファル二機も別々の方向から包囲するかのように背部携行用ミサイルランチャーから誘導弾を発射してゆく。
真迅改へ自動追尾で迫る弾頭に対し、ハーミットはまずは機体の進路を右へ向けて引き付けると、頃合を見て逆方向へ機体を動かしてするりと誘導弾を回避する。“ルート・ゼロ”というゲームにおいて、プレイヤーにとっては必須スキルとも言える誘導弾の回避の仕方そのものである。これを実際のペダルや操縦桿で器用にやってのけるあたりにハーミットの並外れた実力が窺える。
しかしながら、攻撃はそれで終わりではない。誘導弾とは別に、ラファルの右腕に携行されているサブマシンガンによる弾幕が真迅改へと襲い掛かる。決して威力があるわけではないものの、軽量で装甲強度に難のある真迅改がまともに受けて良いものではない。シールドを掲げ、弾幕をなんとかシールドで弾き返しながら近くのラファルへと遅いかかろうとする。メインブースタを吹かし、背後に回り込もうとしたところで警報音が鳴り響いて咄嗟に進行方向を切り替える。すると、襲いかかろうとした相手の背後をクランの背部に携行されている滑腔砲の砲弾が通り過ぎる。
『やはり簡単にはいきませんね。警報音からの反応速度が段違いだ』
淡々と、ハーミットを値踏みするかのようなジャッジメントの声がハーミットの耳に届く。ジャッジメント自身は意識していないだろうが、その淡々と評価されているという状況に対してハーミットは不快感を覚えていた。
ハーミットの特筆事項として挙げられるのは、やはり類まれな操縦技術と反応速度だった。決して身体能力は他の強化人間に比べて優れている訳ではない。身体強度はパイロットスーツによる身体保護と彼女の操縦技術込でなんとか身体が壊れない程度でしかなく、生身での戦闘については戦闘訓練を受けていない一般人と比べても脆弱である。そんな彼女がここまでSGの操縦者として長く活動できているのは、身体能力と違って明確に数値で表す事が難しい分野にこそあった。
アルカナ機関は第二第三のハーミットを生み出すべく強化人間技術のブラッシュアップに全力を注いだ。ただ単にハーミットと同等の身体能力を持つ強化人間、生体部品を多く生産した。しかしながら、ハーミットに匹敵する力の強化人間はおらず、結果として大半が早々に戦線離脱した。それでも、何度も繰り返しハーミットの戦闘データ等を参考に、より最適化された強化人間を生み出すべく地獄のような強化人間の生産がハイペースで行われた。
そうして漸く完成品に至ったのが、たった今、ハーミットを消そうと動いている少女――生体部品の“
両社を単なる兵器として敢えて表現するならば、新品同然のジャッジメントに対し、長年の戦闘によって経年劣化したハーミットという比較になる。そして、それはアルカナ機関の考えるジャッジメントに対する最終試験とも言える戦いだった。今よりも劣悪な環境で生産されたにも関わらず、ここまで一線級であり続けた異端者、それを乗り越える事はアルカナ機関の強化人間生産部門にとっての悲願だった。同時に、ハーミットという廃品同然の部品を最後に活かそうという作戦でもあった。
そういった裏事情を、ジャッジメントは特に知り得ない。ジャッジメントからすれば、ハーミットをこの手で倒す事によって“ジャッジメント”という名義に対して箔をつけるという意味しか知らない。ここで、一対一に拘るような子供っぽさは一切ない。上層部からの指示で、「そうしろ」と言われたら「そうする」以外の選択肢を持ちえない。それが、一般的なアルカナ機関の強化人間の常だった。
故に、ジャッジメントの思考は極めて単純だ。
――眼前のハーミットを撃破しろ。
ただそれだけだ。口はよく回るものの、そこにジャッジメント特有の感情がある訳でもなし。あったとて、それは周囲との会話を円滑にするためだけに設けられた機能の範囲内でしかない。
ともあれ、考える事が少ない以上、ハーミットの動きを観察してから行動に移るまでの思考時間を極力短くすることに成功できている。SGという最強の陸戦兵器の戦闘はそれだけ一瞬が生死を分ける戦いであり、そう言った状況においては思考はシンプルである方が迷いは少なく、相手に恐怖を与える。脅威に感じさせる。
それにも関わらず、ジャッジメントとハーミットの戦闘は長引いていた。随伴機のラファル三機がいて尚、ジャッジメントの眼前にはハーミットの駆る真迅改が映ったままである。しかも、クリムヒル四機とジグルズ一機を相手にした後の連戦でこの状態なのである。マシンスペックや、身体能力を考えればまず間違いなくジャッジメントの側が優勢なのは間違いない。攻勢に出ていて、傍目から見ても優勢なのはジャッジメントの側だろう。だが、それだけでは片づけられない粘り強さのようなものが、ハーミットにはあった。
「くそ……っ」
なかなか減らない敵の数に対し、苛立ちを漏らすハーミット。これまで以上の窮地が、彼女の奥底に霧散していた筈の“男性”の記憶を呼び覚ましているのか、あるいは単にハーミット自身が戦いの中で成長しているのか。真相はわからないまでも、今のハーミットにはこれまで以上の人間らしさが見てとれ、これこそがアルカナ機関の考える稼働限界、異端と言える箇所であった。
兵器はただ兵器としてあるべき。
感情による揺らぎはマイナスでしかない。
そういった思想であるアルカナ機関にとって、こうして感情的になることは強化人間の稼働限界、寿命と考えていた。
対するジャッジメントにはそういった様子は見受けられない。この状況が続けば、いずれハーミットを倒せる筈と信じて疑わない。いや、より正確にいうなれば、“疑う事を知らない”、だろう。彼女達にとって確りと数値に現れるデータというのは絶対であり、そのデータに基づいてこの作戦が決行されているのだから、信じて当然なのである。だからこそ、ジャッジメントとその随伴機の動きには余裕が見てとれ、ハーミットはその隙のなさに苛立ちを覚えつつ、それを理性で御していく。
周囲に散開しているラファルからの散発的な攻撃。一見無造作に見えるそれは、ジャッジメントの駆るクランの下へと誘う巧妙な罠。それを初見で読んだハーミットは、ラファルからの攻撃を容易に回避できる見えた道を選ぶ事なく、強引に盾を構えながら一機のラファルの下へと接敵する。その際、ラファルの構えている滑腔砲から放たれた噴進弾を盾を少し斜めに構えると僅かに弾道が逸れて明後日の方向へとすっ飛んで行く。連射はできない、と判断してハーミットはペダルを強く踏み込み真迅改のメインブースタを最大出力で吹かす。その意図を察したジャッジメントだが、反応が遅れる。あくまでもハーミットは自身の用意した回避ルートを進んでくると予想しており、そういう連携作戦だった。その通りに動かなかったという事実に、身体がついてこない。それは、接近されたラファルのパイロットも同様。そして、その隙を見逃さないハーミットではない。
器用に乗機に地を滑らせ、ドリフトターンを決めながらラファルの背後をとると、流れるような動作でレーザー刃を背後から一刺しする。その直後には速やかに後退してラファルの爆発から距離をとる。漸く一機撃破したという事で、ハーミットは小さく息を吐いた。
『……やはり、あなたは異常だ……!』
これに対し、不思議なものを見た気分で声を荒げるのはジャッジメントだった。彼女にとって、SGの操縦というのは綿密に組み立てられたプログラムのように正確無比なものである。要は、特定の状況ではその状況に最適な行動を必ず実施するという無人操縦プログラムを参考にした、いかなる状況でもブレない操縦である。
それはそれで、利点はある。考える事がよりシンプルになり、思考時間が短くなるのは勿論、操縦に意識をより割く事ができる。事実、そのおかげでジャッジメントやラファルはハーミットに対してずっと攻勢を保ち続けていたのだから。
しかしながら、弱点もある。それは、想定していない状況になった場合には、対応策を用意できないという点だ。
無論、一切対応策を用意してはいた。ここまでの戦いでそういった対応策によって対処できていたケースは少なくなかったのだから。しかしながら、このタイミングで対処できなかったのは、ここまでの戦いでジャッジメントたちにもある程度の消耗があったという点。もう一つは、単純にハーミットの戦術の引き出しが多いという点だ。
かつてはゲームという形で“ルート・ゼロ”という世界、SGという機体の特性を薄れながらも記憶していた事によって、ありとあらゆる戦術がハーミットの身体にはしっかりと刻まれていた。その結果、ジャッジメントたちはその稀有な戦術、動きによってラファルを一機失う事となった。
たかが一機。しかしながら、この一機は大きな意味を持っていた。それは、一対多という状況でありながら、すり抜けるように一機を撃破したという事は、数が減っていけばよりハーミットには利があるという事。ハーミット自身の消耗も考えるべきではあるものの、クラン、ラファル二機の動きを見てみれば、当初と比べてハーミット以上に反応速度や操縦精度には陰りが見える。それを自覚しないまま、ハーミットの動きに追従できなかったジャッジメントは現状に怒りを覚える。
それは、ジャッジメントに本来持ちえない要素。感情の発露だった。
「おかしい、おかしい、おかしい、おかしい!」
ジャッジメントからの悲痛な叫びのような、駄々をこねる子供のような声を挙げる。それは、誰の耳に届く事もない。ただ、ジャッジメントの脳波を逐次計測しているアルカナ機関だけが、ジャッジメントの稼働限界を察知していた。稼働限界と判断したハーミットが消耗しつつも戦い続けているのに対し、新品同然だった筈のジャッジメントが稼働限界を迎えてその動きが荒くなっているのはあまりにも皮肉だろう。
「倒してやる倒してやる倒してやる倒してやるゥ! ハァアーミットォオー!」
クラン一機、ラファル二機による連携を継続していけたのなら、勝ち目は十二分にあった。本来ならばハーミットの方が消耗していた筈であり、先に戦闘継続が困難になるのはハーミットが先になる筈だったのだから。しかしながら、感情に振り回され、本来の正確無比な操縦が発揮されないとなれば、戦況は先程までとは真逆になるのはあまりにも自然な事だった。
先程から相手の動きが荒い、連携戦術による圧を感じなくなってきている――とハーミットは確りと察していた。
それがどのような理由かはわからないにせよ、これは好機と気を引き締め直す。自らの消耗も理解している、それでも尚、その限界状態にあっても粘り強く、泥臭くも勝ちを拾いにいこうとする。それが、それこそが数値では測れないハーミットの強さの一端なのは間違いなかった。
先程までのように、ラファルが取り囲んで滑腔砲で真迅改の脚を止めようとするが、各々の位置取りが先程までと比べて甘くなっている。このまま放てば同士討ちになる以上、そのトリガーを引くまでに数瞬を要する事になる。今撃ったらまずい、少しずらして撃たなければ、という本来なら不要な筈の思考と動作を要求される。そのような隙を、ハーミットが見逃すはずもない。
真迅改が地を掛け、蹴り、ブースタで跳躍する。滑腔砲を構えていたラファルの頭上をとり、ライフルを打ち下ろす。ラファルの頭部に直撃し、頭部に集約しているメインセンサー類が機能不全を起こす。胸部にサブセンサーがあるもののそれへの切替が為されるよりも先に、ラファルの背後へと着地、速やかに旋回すると共に予め展開していたレーザー刃で水平斬りする。ラファルの上半身と下半身が真っ二つに割かれて上半身が地に落ちながら爆散する。その爆発に紛れるように真迅改はその姿を消す。
怯えたかのように得物を乱射するラファル。その背後にするりとハーミットは乗機を滑り込ませる。コックピット部分に直接シールドのレーザー刃の口を叩きつけると、そのままレーザー刃を展開させてコックピットに風穴を開ける。
これで、漸くハーミットとジャッジメントの一対一。どちらがより優れているか、という点においてはより正確に測る事ができる状況となっていた。
互いに消耗済。
どちらも高機動型に分類される機体。
アルカナ機関はどちらともに稼働限界という烙印を押している。
あまりにも比較しやすい状況。しかしながら、その精神状態に関して言えば、アルカナ機関の想定外な部分でハーミットが強みを見せていた。そして、それこそがアルカナ機関が今日まで知り得なかったハーミットの真の強さ。強さの源。
人間である以上は逃れられない感情という課題。ハーミットは表向きには人間らしさに欠け、感情の起伏が見られない。だからこそ、脳波等で感情による揺らぎを観測した以上はハーミットの稼働限界はまもなく、とアルカナ機関が判断したのは無理もない。しかしながら、その感情を御しているからこそハーミットは強いという事実をアルカナ機関は知り得なかった。いや、今この瞬間ですらハーミットの強さを技術では説明できないナニカとして処理しようといていた。
「とっとと倒れろよハーミットォ!」
自らがハーミットと同じ、あるいはそれ以上に稼働限界とアルカナ機関に判断されているとは知らず、自分こそがアルカナ機関の最高傑作であると信じて疑わないでいるジャッジメント。彼女は自らの乗機の背部に携行されていた長い筒のようなものを腕部に持ち替えて構える。筒の先端からはレーザー刃が展開される。
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それを目視したハーミットもまた、ライフルは背部に移して両腕にシールド――レーザーブレードを携行する。
レーザー刃同士が接触した場合には互いにすり抜ける。チャンバラのような事はできない。故に、ハーミットは考える。
迫るクランとレーザーランスの刃。これを、レーザー刃には触れないように、機体を屈めながらクランの腕部を器用に左腕のシールドで押し上げる。ほんの少しでも反応、操縦が遅れていればレーザーランスに貫かれてもおかしくないタイミングでのそれは、正しくハーミットだから為せる神業と言ってもいい。そして、残っている右腕をクランの胸部へと押し当てながらレーザーブレードを展開する。
『そん……な……!』
そんな断末魔が、通信越しにハーミットの耳へと届くが、集中を増していたハーミットの心にまでは届かなかった。
一通りの戦闘を終え、レーダーには敵影がないことを確認したハーミットの下へ、『まさか、ここまでやるとは』と通信が入る。
聞き覚えのない声、しかしながら状況としては自らに敵対している組織の者だろう、と判断して沈黙を守る。ここで何かを話す事で利を得る事はない。相手に情報を与えるだけだ、と感じていた。それが正しいかはともかくとして、『嫌われたものですね……そのような昨日はない筈なのですが』と声の主が漏らした事で、ハーミットは声の主がアルカナ機関であると断定する。
『全く、どいつもこいつも仕様にない機能を持つとは。兵器の分際で』
「それで?」
“兵器の分際”という言葉に僅かながらの苛立ちを覚えたハーミットは口を挟む。相手から情報を漏らしてくれたおかげで、相手が純粋に自らの敵であると判断できたが故に、つい漏れ出てしまた言葉であった。これに『ん? ああ、そうだな』と返す。
『この場でハーミットを排除できなかったのは痛手だが、こちらにはまだ切り札がある。逃げられるものなら逃げてみればいい』
その言葉に、ここまで考えないようにしていたこれからのアテがないという事実に「く……」と歯噛みする。これまでのハーミットが傭兵として活動できていたのはアルカナ機関という研究施設が彼女自身のメンテナンスや乗機のメンテナンス、移動手段などを担っていたからだ。ハーミットはここで独り野に放たれたとして、待ち構えているのは孤独な戦い。更に、どこかの企業に拾われた場合には人体実験が待ち受けている可能性が高く、真っ当な生活は送れないだろうという事は目に見えていた。
『稼働限界を迎えている第一世代はもう一人いる。こちらで面白い事ができているからな。この場では見逃してやるとも』
「……え?」
そして、唐突な声の主による暴露にハーミットは心底から同様した。
第一世代、もう一人。この時点でハーミットのよく知る人物である事がよくわかる。
そして、面白い事。
それは、ハーミットにとっては面白くない事を意味する言葉だった。
『くくく、これで感情が更に揺れるとはな……本当に活動限界だったのだなハーミット。これまでよく稼働し続けてくれた。ではな』
ぷつり、と通信の切れる音がハーミットの耳に届いているにも関わらず、通信が切れた事に一瞬気がつけず「おい待て――」と声を荒げるが、声の主からの言葉は返って来ない。苛立ちを募らせながら、少なくともここからは脱出しなければと作戦領域外へと機体を出そうとしたその瞬間、『すまない、待たせた!』と聞き覚えのある声がハーミットの耳に届く。
「――あなたは」
『突然、アルカナ機関の輸送船から攻撃を受けてな。それを掻い潜ってこっち来た。何かあったんだろ?』
それは、作戦開始前にあまりにも人間味のある言葉をハーミットにかけた通信士兼運転士の男性だった。今は、ハーミットにとってそれが非常に頼もしく感じられた。そして、ハーミットは心の奥底から湧き上がってきた感情を口からそのまま吐き出した。それは、長い間ハーミットが無意識に閉じ込めて来たものだった。
「……アルカナ機関に襲撃をかける。付き合ってくれる?」
『あぁ、いいぞ。まずは輸送船を奪いとるか。カタパルト、必要だろ?』
既にアルカナ機関からの攻撃を受けていただけあって、通信士の彼はノリよくそう答え、『あ、そういや』と続ける。
『悪い、名乗るの忘れてたな。俺はマルト。マルト・キャリーってんだ』
「よろしく、マルト。……じゃあ、一旦回収お願いできる?」
ヘリコプターのアームで機体を固定し、宙に浮く。コックピット内に用意してあった飲料水と糧食に手を伸ばしながらハーミットは目や脳を休ませる。それでいながら、頭の片隅は確りと輸送船を奪いとりカタパルトを使うための作戦を立てつつあった。
輸送船の保有する戦力は一切ない。輸送船に積載されていたのは、マルトの運転するヘリコプターと、ハーミットの真迅改だけだったのだから。一応、輸送船自体に迎撃用の機関砲が数門設置されているものの、その程度であればハーミットの敵ではない。更に言えば、輸送船を強奪してしまえば、輸送船の内に積んである真迅改の予備部品や弾薬も使えるようになる点も考えて、今後どのように動くにせよ必要な物資を得られるのはあまりにも大きかった。
『よし、輸送船が見えた。ここから輸送船まで飛べるか?』
マルトがそう言うと、ハーミットは「もう少し近づける? 接敵されるまでのメインブースタへの負荷と、迎撃された時を考えると足場が無さ過ぎる」と返す。輸送船の側も有利な海上から大きく動く事はない。このままでは、ハーミットは輸送船にとりつく事も叶わない。しかしながら、ヘリコプターが輸送船に近づくのはあまりにも危険だ。ヘリコプターに固定されて身動きのとれない真迅改へダメージを入れる事は勿論、下手をすれば、先にヘリコプターを撃ち落とされてしまう可能性もある。だが、『任せろ』とマイトはただ一言応える。
輸送船に備え付けられている対空気銃がヘリコプターを襲う。しかしながら、対空気銃による弾幕を器用に避けていく。元々真迅改とヘリコプターを輸送する為の船、戦闘用の船舶ではない。乗組員も戦闘に優れる人員ではない事を踏まえれば、作戦領域近辺まで単独で飛行するヘリコプターの運転士の方がより技量に優れ、肝が据わっているのも一理ある。
十分に近づいたと判断したハーミットは「ここまででいい!」と叫ぶと、『わかった! 拘束解除!』とマイトが返し、大きな音を立てながら固定されていた真迅改が自由になる。その瞬間に、ハーミットはペダルを踏み込んでメインブースタを最大限に吹かす。機体が加速し、宙へ飛び出してゆく。対空気銃が慌ててその照準を真迅改へと向けられるがヘリコプターよりも小さな的で、超加速してくるものに対して素早く合わせられるはずもなく、弾幕が真迅改の少し後を追いかけるような形となる。そうすれば、弾幕はいつか真迅改においつく。しかしながら――輸送船にとりついてしまった後だと、話は変わる。
輸送船の甲板の上へと辿り着き、機体を着地させる。そうなると、対空機銃はピタリと撃つのをやめる。なぜならば、撃ち続けてしまえば、船体や甲板、艦橋を破壊してしまうのだから。乗組員も、自らの命と引き換えに真迅改を――ハーミットを仕留めようという覚悟がキマっている人間などではない。艦橋へとアサルトライフルの銃口を突きつけてしまえば、乗組員も大人しくせざるを得ない。
「この船は私達が乗っ取った。指示に従ってもらう」
『そういうこった!』
ハーミットが宣言するのに合わせて、マイトがヘリコプターを輸送船の甲板へと着地させた。無事に輸送船を奪った事でハーミットは安堵の息を吐く。だが、勝負はまだこれから。アルカナ機関へ殴り込みをかけるという大一番が残っている。自らの頬を軽く叩き、気合を入れ直すのだった。
【TIPS】
Disposal(サブタイトル)
廃棄。アルカナ機関にとってはハーミットを廃棄する事ありきの作戦であった。
結果としてハーミットが大暴れして全てがおじゃんになりましたとさ。
ジグルズ(機体)
騎士甲冑を思わせる意匠の機体。防御と機動性を高めておけば強いの精神。
実際、間違っていないがレーザーブレードは防御無視みたいなとこあるから……。
尚、正式採用される模様。
クラン(機体)
シルエットとしては細身。防御は最低限、機動性を高めた方が強いの精神。
結局こちらは高機動でピーキーな機体なので、ジグルズが正式採用されるのは自然な話。
ジャッジメントはハズレくじを引いたとも言える。
ジャッジメント(人物)
最新鋭の強化人間。ハーミットに代わる最高傑作……になる筈だった。
ゲーム『ルート・ゼロ』内でも登場し、それなりに強キャラ感を出してはいた。
尚、猛者プレイヤーの前には単なるSG乗りの一人としてカウントされる。
次話
007[生体部品強奪/Rusted Parts](最終話)
2025/02/01 18:00頃投稿予定