ナインスルート-TS異世界転生したら人型兵器の部品扱い-   作:暁文空

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007[生体部品強奪/Rusted Parts](終)

『本当にやるんだな?』

 マルトからの通信に対し、「勿論」とハーミットは返す。

 ハーミットは輸送船に残っていた予備の外付けブースタを強奪し、リニアカタパルトも使用しての長距離航行でアルカナ機関へと向かうというのが、今回彼女達の考えたアルカナ機関襲撃のプランだった。

 先程の戦闘でアルカナ機関に所属する強化人間がハーミットに対し攻撃をしてきたとなれば、明確にアルカナ機関ではハーミットは不要という事なのだろうと彼女は結論付ける。その場合、ラバーズはどうなるのだろうか。二日連続で待機が続いていた事を考慮に入れればラバーズもハーミットと同様にアルカナ機関にとっては不要であると推測できる。

 付け加えるならば――。

 

『稼働限界を迎えている第一世代はもう一人いる。こちらで面白い事ができているからな。この場では見逃してやるとも』

 

 この一言は確実にラバーズに対して何かをしようとしている、あるいはもうやっている可能性を示唆するものだった。

 ラバーズの現在地をハーミットは知らない。ラバーズは既にどこかの戦場で命を落としているという可能性も考えられ、もしそうだったのならば、ハーミットの行動は無駄足となる。しかしながら、仮にアルカナ機関の施設内にまだいるのなら、なんとかしてラバーズを強引に連れ出して、このまま脱走してしまいたい――というのがハーミットの考えだった。

 あまりにも幼稚で計画性の欠片もない。そもそも、アルカナ機関の動きが早ければもう間に合わないというもの。だが、アルカナ機関をこのまま脱走してやる、と意志を固めたハーミットに躊躇はなかった。脱走した後どうするのか、という問いについてはハーミットは一切合切考えていなかった。とにかく、今この瞬間のハーミットの脳内はアルカナ機関施設内のラバーズを如何にして救出するか、という事だった。

 アルカナ機関の施設に到着した際、乗機から降りるのは愚策だ。ハーミットの身体能力はアルカナ機関の一般職員にも劣る。携行する武器は一切なく、生身での戦闘でも敵わない。一般職員ですら拳銃は携行していると考えれば、その戦力差は明白。そうなると、ハーミットは乗機から降りずにラバーズと合流し、回収する事が必須だった。彼女は脳裏にアルカナ機関の施設の構造を思い浮かべる。このような事になるのなら、普段から施設内をちゃんと観察しておけばよかった――と悔いながらも、ラバーズの行動範囲を絞り込む。施設のどのあたりに着陸し、壁を破壊すればラバーズに接触できるのかというのを、ハーミットは考える。

 ここまで考えて、ラバーズがいなかった場合についても考えようとして、即座に止めた。結局の所、ハーミットがラバーズを助けるにあたっての大前提は、ラバーズがまだアルカナ機関の施設内にいる事だった。仮に、ラバーズが既に施設の外にいるのなら、ほぼ間違いなくラバーズは既に亡くなっている。それを理解しているハーミットだが、それでもと感情を優先した。これまで抑圧されていたからか、ここにきて妙に人間らしくなったなと彼女自身で自嘲する。

『オッケー。こっちとしても人道的に認められないものをぶっ壊すのは大賛成だ』

「でも、マルトにはメリットはないと思うけど?」

 そんな感情的で計画性のない作戦に乗り気なマルトに対し、ハーミットは感謝しつつも純粋に疑問だった。確かに、マルトの存在はハーミットにとっては非常にありがたい。いなければ今回の作戦は大前提から狂い成立していないのだから。故に、なぜ彼が協力したのかという点が、ハーミットには気がかりだった。どこまで信用していいのか、という点も含めて。

『ハーミット。人間ってのは時にメリットデメリットを一切考えずに気持ちで動くもんだぜ? ムカついたものは壊す。それでいいじゃねえか』

 だが、マルトからはこう返ってくる。あまりにも無鉄砲で、よくそんな気質でアルカナ機関のヘリコプターの運転士を務めていたものだ、とハーミットは思いながらも「ありがとう」と返す。それに対し、マルトは『よせやい。……さて、カタパルト、ユーハブコントロール』と真面目に声をかける。それに合わせて彼女も各計器をチェックしながら「アイハブコントロール」と返す。

「真迅改、発進します」

 リニアカタパルトによる超加速と、外付けブースタによる加速とで一気に速度は音速の域にまで到達する。その強烈なGに僅かに顔をしかめるも、数瞬後には平静を保つ。ここから外付けブースタの使用限界まで用いる事で、アルカナ機関のある島にまで到達するという計算だった。

 

 発進から暫く経った頃。外付けブースタの使用限界を迎えるのを察知したハーミットはそれを投棄、メインブースタを吹かしてアルカナ機関の施設がある島に着陸したその時、彼女が目にしたものは異形の機械だった。見覚えのある景色に見慣れぬ――いや、見た事もない大きな竜のようにも見えるナニカがいた。周囲の建物との比較で凡そ全高四○メートルはあるだろうと彼女は判断する。その異形の姿に最近戦った不明機体ベルゼブの姿を連想した彼女のもとに通信が届く。

『ハーミット。よもやジャッジメントを倒すとはね。君の活動限界はもう過ぎている筈だというのに、まさに君はイレギュラーだったって訳か』

 聞き覚えのない声を耳にして「あなたは?」と彼女は返す。状況的からアルカナ機関の関係者なのだろうと彼女は推測しているものの、その声を知らなければ声の主を知る筈もない。そもそも、ハーミットがアルカナ機関の施設内で顔を合わせた事があるのは、同じ生体部品である強化人間とウィンザー主任技師や警備員のような直接生体部品と接触する職員に限られる。故に彼女の問いは極めて自然なものであり、声の主も『あぁ、そうだった』と何かを納得したかのような声を発して再び口を開く。

『アルカナ機関の長、所長と言えば理解できるかな』

 その言葉にハーミットは怒りを覚える。アルカナ機関では様々な研究が行われている。その中には人道的で平和な研究もありながら、その実その研究資金を稼ぐ為に多くの人道に反した研究が裏で行われている。その内の一つが生体部品――ハーミットのような強化人間を生み出し、その戦力を傭兵という形で売り出すという商売だった。ハーミット個人としては、アルカナ機関の職員全員を恨んではいなかった。それは単に、職員の多くは自らの持つ才能を活かす為に仕事している者であり、生体部品に対して特別何かを感じるなんて事がないというのを知っていたからだ。

 だが、アルカナ機関の長、所長となれば話は変わる。あらゆる非人道的な研究も、アルカナ機関のトップがそれを認めなければ進む事は無い。アルカナ機関に所属する各職員、研究員の提案する内容を全て把握し、それぞれに対して指示を出すのは所長である。それを考えれば、この声の主――所長は、ハーミットのような非人道的な生体部品、強化人間を生み出した張本人という事になる。

 生体部品の研究がなければ、ハーミットは生み出されなかった。“男性”の記憶を持つ何かは肉体を得る事無く、どこかに散逸していたのだろう、とは彼女も思ってはいる。だがしかし、元から第二の生には興味がない上にこのような生体部品としての生を望んだ事は一度もなく、ハーミットが望んでいるのは人間らしい生活だけだ。その観点で言えば、所長は彼女にとっての敵に他ならない。

「あなたが……っ」

 怒りを口に出し、ライフルの照準を眼前の巨大兵器へと向ける。その巨大兵器の名称を、奥底にあった記憶が引っ張り出す。“ジャヴォック”と称されたそれは、ルート・ゼロのゲーム内においても強敵に類する敵機の一つだった。その巨体の通り、俊敏な動きはできないまでも、上半身がぐるりと三六○度回転する事から旋回力そのものは悪くない。背後をとろうとしても、上半身がぐるりと追従してきてその巨体の頭部と推定される箇所に配置された大型の主砲の照準が向き続けるというのは恐怖でしかない。ゲームのプレイヤーとしてこの強敵と対峙し、初見の時に幾度となく苦戦したという記憶が微かに蘇り、彼女の手が震える。

 そんな震える手であっても、トリガーを引く指は止まらない。一発の弾丸が、一直線にジャオックの頭部へと放たれるが、その弾丸はその寸前で見えない壁のようなものに阻まれて届かない。その様子を見て、ハーミットは舌打ちを一つ。最近戦ったばかりのベルゼブと同様、正面からの攻撃を阻むバリアのようなものを発生させているのを視認して彼女は苛立ちを覚える。ベルゼブと同様というだけあって、このバリアを生成する為に稼働しているジェネレータを狙い撃つ事ができれば、以後は攻撃が通るようにはなる。しかしながら、ベルゼブの時は僚機だったラバーズが不在という事を考えると、状況はかなり厳しいというのが実情だった。

『おや、いいのかい』

 そんな苦悶の表情を浮かべているハーミットを知ってか、ニヤリとした声が彼女の耳に届く。何かを愉しんでいるような、あまりにも気色悪い声を耳にして余計に顔をしかめる彼女は、「何が言いたい」と問いただす。その言葉に、何か意味があった訳ではなかった。ハーミットにしてみれば、どうせ何も情報を得られないのだろうが、何か有益な情報でも油断してポロリと吐いてくれないか――という程度のものに過ぎなかった。だから、耳に届いた言葉をハーミットが理解するのに幾分かの時間を要した。

『あれは君の友人だよ?』

「――は?」

 頭が真っ白になるのをハーミットは感じていた。それでも、照準を合わせられたという警報音に合わせて身体は無意識に乗機を回避運動をさせた。地を蹴り、ブースタを吹かして跳躍すると、先程までいた場所を主砲から放たれた砲弾が通過してゆく。SGの携行できる武器とは比べ物にならない程の大口径と砲身。そこから放たれる砲弾の弾速や貫通力は従来兵器やSGとは比べ物にならない。AAの開発したNBTが一番近いだろうが、それよりも遥かに大きいこの巨大兵器は、現状においてハーミットにとっての最大の脅威だろう。

 そんな存在と、“友人”という組み合わせ。ハーミットはその理解に時間を要した。――正確に言えば、理解した上でその事をちゃんと認識できるようになるまでに時間を要した、だろうか。生体部品、強化人間としての調整を施されて常に冷静な判断を下せる頭は、心情を無視して冷酷な事実をハーミットにつきつける。そのつきつけられた判断を理解するのにハーミットは時間がかかった。

 それは、あまりにも受け入れがたい事実。

「お前、ラバーズを!」

『あぁ、このアルカナ機関製蹂躙兵器“ジャヴォック”の生体部品として組み込んでおいた』

 

 ――誰かが耳元で叫んでいる。

 “それ”はそのように感じていた。“それ”の行動原理はあまりにも単純明快で、視界に捉えた友軍信号のない機体を全て蹴散らす事。それ以外には何も命じられておらず、視界に漸く条件を満たしたものが映った事で漸く自身に命じられた役割を果たす事ができる――と身体を動かした。ジャヴォックと称された身体は鈍重で動きづらいと“それ”は感じていた。今までにない身体の重さに、煩わしさを覚えたものの“今までにない”と思考した事に僅かな引っ掛かりを覚えていた。

 そんな引っ掛かりを思考の片隅へとおいやった時、視界には見た事がある機体の右手に握られたアサルトライフルの銃口がそれを捉えていて、そこから放たれた銃弾を“煩わしい”と認識した瞬間、眼前でその弾丸は見えない壁に見つかったかのように宙で弾かれて落下してゆく。

 目の前には小さな機体がいて、その事を視認した“それ”は主口を大きく開いて(主砲を構えて)砲弾を吐き出した(トリガーを引いた)。ジャヴォックの頭部――口に装備されている主砲、三六○ミリ口部長砲身電磁投射砲(ロング・レールガン)から超高速の弾頭が放たれる。巨体というだけあって、その砲身はあまりにも長く、SGが携行できるサイズのそれと比べてより弾頭を加速させる事に長けている仕組みである。その機構から放たれた砲弾は正しく必殺の一撃に他ならない。

 だというのに、“それ”の眼前にいるSGは地を蹴って跳躍して回避してゆく。その様子を視認している“それ”の思考に浮かんだ機体名は、真迅改――機動性能に特化した強襲用の機体であり、その装甲はあまりにも脆いという事をはっきりと認識する。

『ラバーズ、聴こえるか!』

 ――何かが聴こえる。“それ”はそう認識した。しかしながら、そこまでだった。

 “それ”――ラバーズのなれの果てはその言葉の意味を理解できなかった。言葉を発するための部品や、身体を抱きしめる為の部品は全て、眼前に映る敵機を屠る為の武器に転じている。そして何より、自ら考えて動く為の脳は全て機械的に敵を屠る為の人工知能と一緒になってしまったのだから。

 

『無駄だ。確かにアレは君の友人だが、生体部品に過ぎない』

 生体部品と称されていても、強化人間という優れたSGのパイロットとしてアルカナ機関に貢献してきた、という自負がハーミットにはあった。アルカナ機関が非人道的でハーミットやラバーズをモノ扱いしている事は重々承知のつもりでいた。しかしながら、一人の独立傭兵として、戦況を一変させるパイロットの一人であるという自負を持っているからこそ、眼前にいる友人のなれの果てと認める訳にはいかなかった。文字通りの部品と化しているという宣告は、ハーミットに怒りの感情を抱かせるには十二分過ぎた。

 コックピット内に警報音が鳴り響き続ける。常にジャヴォックの主砲の先にハーミットの乗機があり、砲撃を紙一重で回避し続けているもののそれは彼女の体力気力を削りながらの操縦であり、これが長時間続くようであれば彼女に勝機はない。そもそも、先程までジグルズやクランといった最新鋭のSGと戦闘した後、小休憩をとったのみであるが故に、気力体力は既に万全でない。それを理解しているからこそ、彼女は考える事を止めない――が、そう簡単に解決策が思いつく筈もなく、再び乗機に地を蹴らせて跳躍する。

『どうした、心拍数が上昇しているようだが?』

 ハーミットの乗機である真迅改は、当時は因幡重工の最新型SGだったものをアルカナ機関が性能試験を引き受けてハーミットの乗機としたという経緯があった。その際に、後頚部と機体をケーブルによって繋ぐ事で脳波による操縦を可能とする機構が追加されたのだが、それにはハーミット自身の身体情報を取得する機能が含まれている。その中で、所長はハーミットの心拍数が上昇――つまり、彼女が焦っているという事実をデータで知り、そのように声をかける。既にハーミットを処分する気でいる所長にとってハーミットの身体情報は既に不要であるのだが、だというのにわざわざそのような情報をハーミットに伝えるという行為は嫌がらせ以上の意味を持たないという事を彼女は理解している。だからこそ、「うるさい」と切り捨てながら、ジャヴォックからの砲撃を全て避けながらも考え続ける。

 真迅改の武器はアサルトライフルとレーザーブレード、この二種類しかない。そして、アサルトライフルについてはバリアのようなものに阻まれてその弾丸はジャヴォオックを射抜くには至らず、ブレードもそこは変わらない。ベルゼブのようにバリアを生成する機械を破壊できるようならそれが好機ではあるが、やはりその巨体の正面には配置されていない事からどうにかして背面へと回り込む必要があった。ルート・ゼロのゲーム内での攻略法としても、その驚異的な火力を前に臆することなく接近して、懐に入り込んだ上で背後に回るというものがある。それを実践するだけでいい、というのは彼女には理解できている。しかしながら、リトライができるゲームとは違い、一発勝負である現状はあまりにも意味が違う。

 息を吐きながら、再びペダルを踏み込んで乗機に跳躍させて砲撃を回避する。口径が大きい長砲身のレールガンというだけあって、その弾速や貫通力はあまりにも驚異的であり、仮にシールドでガードをした所でそのシールドを貫通されてそのまま本体にもダメージが入るだろうという推測をし――ある事に思い当たる。

 今、砲弾は砲口から放たれていた。それは間違いなかった。ジャヴォックの頭部、口部とも言える場所にあるロング・レールガンから砲弾がハーミットの所まで吐き出されていた。その口部に照準を合わせて、ハーミットはアサルトライフルのトリガーを引いた。

 ――その弾丸は弾かれこそしたものの、確かに弾痕は刻み込んだ。

 

 口部ロング・レールガンへの僅かな着弾に、それは微かな痛みを覚えた。しかしながら、ダメージとしてはあまりにも軽微。ロング・レールガンを破壊するには至らず、そもそも本体へのダメージとしては皆無である。それがそこに割いた意識は微々たるものであり、あくまでも砲撃を敵機――真迅改へと的中させる事に対して意識を集中させる。

 主砲である口部ロング・レールガンや背面に備え付けられているミサイルランチャー等、様々な火器を用いて真迅改へと攻撃を浴びせてゆく。しかしながら、雨のように降らせたミサイルに関しては、引き付けてから逆方向に切り返す事でその全てを回避され、主砲も発射のタイミングを読んだかのように跳躍して回避し続けられる。

『どうした、敵はSG一機だぞ。早く仕留めろ』

 それに対して、“早く仕留めろ”という指示が入力される。両手の六○ミリ腕部一体型回転式多銃身型機関銃(ガトリングガン)も真迅改へと照準を合わせて、全ての火器が真迅改へ向けて放たれる。だが、これもやはり決定打とはならず、ガトリングガンの数発がシールドによって弾かれるのみ。ミサイルや主砲は相変わらず的中する気配を見せない。そして、今度は腕部へと真迅改のライフルから放たれた弾丸が的中する。

 それの正面には、背面にあるジェネレータのエネルギーを用いた視認できない障壁がある筈だった。エルピスは従来の化石燃料同様にエネルギー資源として優秀な物質だが、発電の際に電力とはならないロスした分が微かに粒子として放出される。この粒子には、凝縮して指向性を持たせる事で強固な壁を生成できるという性質があった。つまり、ジャヴォックと称される巨体の正面に構えられている視認できない壁は、そのエルピスを用いたバリアである。

 その強固さはジャヴォックの持つロング・レールガンに対しても一発は耐えられるという試算がされており、仮にその一発でバリアが霧散したとしても、常にエルピスで発電している事からロスした粒子は再びバリア生成器から放出される――つまり、二枚目のバリアがすぐに用意されるという事だった。

 それにも関わらず、口部ロング・レールガンと腕部一体型ガトリングガンに真迅改のアサルトライフルが的中した。それはつまり、口部ロング・レールガンと腕部一体型ガトリングガンの射線上にはバリアは展開されていないという事だった。エルピスの粒子を用いたバリアは、視認できない強固な壁によって攻撃を防ぐというもの。バリア越しに攻撃ができる訳ではなく、バリアの隙間に主砲やガトリングガンがあるという訳だった。

 バリアのない部分を狙われている――とそれは認識した。だが、その事に対する手段をそれは持ち合わせていなかった。ジャヴォック本体への攻撃は機体正面に展開したバリアと正面装甲によって防御するのが基本設計であり、武器へ攻撃される事を想定されていない。このあたりは、ジャヴォックがあくまでも正式量産の機体ではなく、実験兵器である以上致し方のない欠陥とも言えた。また、一般的なSGであれば照準は自動的にジャヴォック胸部の正面装甲へと合わせられる事が多い中で、現在それの眼前にいる真迅改は手動照準で確りとバリアのない部分を狙ってきた以上、このような状況は間違いなく想定外と言えた。

 一発、二発とガトリングガンに向けてアサルトライフルの弾丸が叩き込まれる。装甲部分と比べると砲塔部分の強度は明確に劣る。甲高い音を鳴らしながら、腕部一体型ガトリングガンの砲塔が少しずつ歪んでゆく。真迅改を捉えるべく連射していたガトリングガンは、その弾を発射する際に歪んだ砲身の中で詰まり、爆発する。他の砲塔も巻き込む形で、両手のガトリングガンは使用不可に陥る。

 残された攻撃手段は、口部ロング・レールガンと背部のミサイルランチャー。カタログスペック上の連続発射間隔での連射を続ける事で、ロング・レールガンの砲身内温度は危険域に迫りつつあった。従来の滑腔砲やライフル砲とは違い、レールガンは比較的新しい技術でありその信頼性という点においてはやや劣っている。その実用性は大分証明されたものの、連射したロング・レールガンを真迅改が幾度となく回避し続けた事でその砲身内部の温度が高まっていた。砲身内の温度が高まれば、砲身の形状にも影響を及ぼす他、レールガンの仕組みそのものに影響を及ぼす事から、その使用については制限がかけられるようになっていた。

 敵機を仕留めようと、口部ロング・レールガンから砲弾を放とうとして、放てなかったという事にそれは気づいた。

『何をしている! 早く仕留めないか!』

 再び“早く仕留めろ”という指示が入力されるが、使用できる火器が現状では背面のミサイルランチャーのみ。上半身をぐるりと旋回させて真迅改を常に正面に捉えながら全ての発射口からミサイルを放つが、やはりその全ての間を縫うように真迅改はジャヴォックへと接近する。副砲というよりも牽制用として備え付けられていた三○ミリ機関銃でも弾幕を張って近づかせまいとするが、ロング・レールガンやガトリングガンと比べて口径が小さい事から威力もお察しであり、それらは真迅改の左腕に装備されているシールドによって弾かれる。幾つかの弾痕をつけるが、それだけ。そのシールドからはレーザー刃が展開され、その状態のまま真迅改が迫る。

 

 ハーミットがペダルを踏み、メインブースタを吹かして真迅改が跳躍した先はジャヴォックの頭部の前だった。

 眼前にはジャヴォックの頭部。口部ロング・レールガンが真迅改を捉えようと向けられているが、発射される気配を見せない。先程まで防戦一方、主砲を避け続けていたハーミットにとっては我慢勝ちとも言える展開だった。ハーミットにとってレールガンは使った事がある武器であり、その欠陥もよく知っていた。尤も、ジャヴォックがこのようにレールガンを酷使するかという点については確信がなく、“こうなったら理想的”程度の計画だったが、薄氷の上とも言える薄い道を駆け抜ける事に成功したのだった。

 というのも、ハーミットとしてはレールガンを連射する場面というのはそう多くなく、確実に的中する距離から敵機を貫通させる為に撃つというものであるから、ハーミット自身はその欠陥に苦しめられた事はない。同様に、ラバーズも本来的中しない状態で連射するようなパイロットではない。その筈だった。

 恐らくはラバーズ本人の元から備わっている思考能力は失われているのだろう、とハーミットは結論づけた。ハーミットは決して、この世界における全ての知識を持っている訳ではない。ルート・ゼロというゲームについてはプレイヤーとしてあらゆる知識を持っていたであろう“男性”の記憶という微かな参考資料を持っているに過ぎず、強化人間と称される生体部品についての細かな知識というのは、ゲーム中あるいはゲーム関連書籍に記載されていない箇所については一切の情報を持ち合わせていない。この世界においてはハーミットは一人の強化人間、一つの生体部品でしかなく、技術者でもなければ科学者でもない。だからこそ、眼前にいるジャヴォックの動く仕組みもわからなければ、ラバーズが今どのような状態にあるのかすらもわかりはしない。

 ――だが、そうであったとしても、ハーミットの意志は決まっていた。

「ラバーズを返せェェ!」

 とうに失っていたと彼女自身が思っていたもの。彼女の奥底に眠っていた、誰にでもある特別ではないもの。理不尽な現状に対して抱いている激情が、彼女が突き動かしていた。目の前の巨大兵器を倒した所でラバーズが助かる可能性は低いという事を、ハーミットの冷めている箇所が脳裏で囁く。諦めた方が良い、逃げてしまった方が良い、と。だが、そうであったとしても、眼前にいると思われる友人にも等しい存在の助かる確率が微かでもあるのならと彼女は愛機を動かす。

 シールド一体型レーザーブレードを装備している左腕を一振り、レーザーブレードによる一太刀をジャヴォックの口部ロング・レールガンの砲身に浴びせる。強固な正面装甲を持つ戦車等であっても一太刀で一刀両断する切れ味を持つレーザーブレードに、砲身が耐えられるはずもなく真っ二つに切断して先端が地面に落ちてゆく。それを視界の端に入れながらも、警報音を耳にした瞬間、ジャヴォックの頭部を蹴りながらブースタを吹かしてその場を離れる。ジャヴォックの頭部を巻き込む形で砲撃が放たれていて、ハーミットが回避した事でジャヴォックの頭部へと直撃した。

「邪魔をするなァ!」

 砲撃が来た方へと咄嗟にアサルトライフルを向け、ハーミットはトリガーを引く。視認できていた訳ではないが、ハーミットの推測が当たっていたのか、アサルトライフルから放たれた弾丸が着弾するよりも前に、着弾予想地点から一機のSGが飛び出てくる。

『全く、予備戦力まで使わせられるとは。やはり君はイレギュラーだ』

 所長からの通信に対し、「最初から全て投入しておけば良いものを」と至極尤もな事をハーミットは返す。ハーミットがジャヴォックに対しここまで優勢に戦えていたのは、前提としてハーミットが特別に優れたパイロットだったからというのもあるが、一対一という一機相手に集中できるという環境だったからというのも大きい。仮にジャヴォック一機とSG三機といった布陣でハーミットを囲んでいた場合の勝機はなかっただろう――といのが、ハーミットの見立てだった。画面上に映るマップへ視線をチラリと移せば、先程飛び出て来た一機のSGを含めて新たな敵性反応が三つ。ちょうど、ハーミットが脳内でシミュレートしていた通りの三機。――つまり、この戦力を初めからハーミットにぶつけていたのなら、ハーミットに勝ち目はなかったという訳だった。

『でも、いいのかね。友人を撃破してしまって』

 所長からの一言。その一言は、ハーミットにとっては悩みの種そのものだった。ラバーズを連れて逃げるという当初の目的を果たすにせよ、このまま逃げるにせよ、眼前のジャヴォックを撃破せずにこの場を離れるのは厳しいというのが彼女の見立てであった。主砲のロング・レールガンやガトリングといって主だった武装を破壊できたものの、背面部から大量に放たれるミサイルは回避ができるとはいっても、何度も回避運動をさせられ続けていれば追い詰められるのは軽量で装甲の薄い真迅改の方だった。そこに対し、ミサイルの回避運動に専念させないよう攻撃してくるSG三機。そうなると、これまで回避し続けて来たミサイルランチャーについても回避そのものが厳しくなってしまうというのが、ハーミットには見えていた。

 そして、ジャヴォックにはラバーズが取り込まれている。どの程度人間の形が残されているのか、そもそもジャヴォックのどこにコックピットがあるのか――それが彼女には一切わからなかった。ジャヴォックはあまりにも巨大な兵器、これまで見て来たSGやNBT、従来兵器といった代物のどれとも異なるものであり、これまでの経験や知識ではラバーズの位置が一切わからない。“ルート・ゼロ”プレイヤーとしての記憶もこの場では一切役に立たず、「クソ」と悪態をつく。

 画面上に映る敵SGは三機、その全てがAA社製SGのヴァルチャ――ラバーズが以前まで搭乗していたものと同型機。それぞれが背中に構えていたミサイルランチャーから小型のミサイルをばら撒き、真迅改へとミサイルの雨が降り注ぐ。ジャヴォック背面部のミサイルランチャーも健在である事から、先程よりも更に濃い弾幕が襲い掛かる。

「ホント、邪魔だなァ……ッ!」

 苛立ちを覚えながら、ハーミットは残骸を盾にしながら回避運動を続ける。避け切れない分をなんとかシールドで受け止めながら一旦意識をジャヴォックから三機のヴァルチャへと移す。現状、ジャヴォックからラバーズを救出する手立てがない以上、救出について意識を向ける為に邪魔な三機を仕留める事が最優先と彼女は判断した。

 三機のヴァルチャはどれも同様の武装構成をしていた。右背にミサイルランチャー、右手にアサルトライフル。左背には滑腔砲と左手にサブマシンガン。相変わらずミサイルランチャーによる小型ミサイルの雨を垂れ流しながら、左背の滑腔砲が真迅改へと向けられる。ロックオンされた事を示す警報音を耳にしながら、ハーミットはペダルを踏み込んで乗機を跳躍させる事で滑腔砲から放たれた砲弾を躱す。しかしながら、強引な回避運動で体勢を崩したのを三機のヴァルチャは見逃さない。そこへアサルトライフルやマシンガンから放たれた弾幕が襲い掛かる。咄嗟に装備していた左腕のシールドでガードするが、シールドが耐えきれない事を察したハーミットはシールドを手放す。その判断の通りに、シールドはハーミットの眼前で爆発四散した。

 これで残された武器は、右背に残してあったシールド一体型レーザーブレードと、両手のアサルトライフルのみ。ただでさえ、決定打が少ない状況でさらに攻撃手段が減った事に思わず彼女は舌打ちする。焦りや怒りを覚えながらも、その裏ではこれまでの経験から冷静に判断していた。三機のヴァルチャはハーミットの知るラバーズと比べれば動きは甘く、少なくとも強敵という訳ではない。一対三――ジャヴォックも含めれば一対四という数的不利の状況を考えれば乗り越えるのは決して容易でないが、一対一の状況さえ作る事ができればどうにかできる――という考えがハーミットには思い浮かんでいた。

 

 ハーミットは知る由もないが、ラバーズと比べて三機のヴァルチャの動きが甘い、と認識しているのはこの場においてはハーミットだけだった。このヴァルチャに搭乗している強化人間はラバーズよりも後に生産されており、数値の上ではSGの操縦により最適化されているとされている。

 しかしながら、実際の戦場というのは数値だけでは測り切れないものがある。反応速度や操縦の正確性と言った部分は確かにこの場の三機が上回っているだろう。だが、状況に応じた臨機応変な対応力に関して言えば、経験値というものがものを言ってくると考えれば、ベテランであるラバーズの方がそう言った面で上回っているのも一理あった。

 

 眼前でシールドが爆発四散している最中に、ハーミットは肩部にあるステルス、ジャミング機能を作動させる。ジャヴォックの索敵性能がどれほどのものかを彼女は知らない。しかしながら、三機のヴァルチャの索敵性能は平均よりやや上であり、真迅改の肩にあるステルス、ジャミング機能の影響下では真迅改は操縦席内の画面に映る事はない。

 これは、アルカナ機関の傭兵としての経験と、“ルート・ゼロ”のプレイヤーとしての知識の両面において確かなものであり、ハーミットは自信を持ってこの作戦をとる。体勢を整える一歩目、そして地を蹴る二歩目、それと同時にメインブースタを吹かして三機のヴァルチャの内一機に向けて飛翔する。

 ジャヴォックの索敵性能が高いからか、継続してジャヴォックの背面ミサイルランチャーから小型ミサイルの雨が降り注ぐが、それを推力だけで強引に振り切る。ミサイルの軌道を見た三機のヴァルチャのパイロットがハーミットの乗機の位置を察する事ができた所で、既に一機のヴァルチャの眼前に真迅改は迫っていた。既に右腕のアサルトライフルをシールド一体型レーザーブレードへ切り替え、レーザー刃をとっくに展開し振りかぶっていた。一機のヴァルチャはそこから反撃に転じようにも、真迅改が右腕を振るい終える方が早かった。真迅改によるレーザー刃の一太刀は、ヴァルチャの操縦席のある胸部を真っ二つに斬り裂き、撃破に至る。

 

『どうした、なぜアレを撃破できない!』

 指揮官である所長の言葉を耳にいれながら、ヴァルチャのパイロット――強化人間のハイエロファント(教皇)は撃破目標である真迅改の姿を見て恐怖を覚えていた。相手は旧式の強化人間、しかも稼働限界を迎えて性能は落ちていると聞かされていてのこの惨状と考えれば、動揺するのも無理はなかった。ハーミット以外のここにいる全員が、稼働限界――感情による利点と欠点を確りとは把握していなかった。感情によって操縦の精度にムラが出てしまうのは確かにマイナスだろう。しかしながら、その感情による昂りなどをうまく御す事で普段よりも高い集中力で物事に取り組む事ができる、という点においては稼働限界――感情による起伏が生まれる事――というのは、決してマイナスだけではない。

 だが、アルカナ機関の側はその事を理解できない。強化人間という研究は、あくまでも無人操縦という技術の妥協点として生まれたという事を考えれば、無理もないかもしれない。アルカナ機関にとっての目標というのは、無人操縦であり、人間という感情に振り回される存在ではないのだから。特定の状況では正確に特定の戦術を行う――それができてこそ、と考えているからこそ、そのあたりにブレが出ているハーミットは処分する対象でしかない。

 しかし、ハーミットは倒れない。ジャミングの有効時間が切れた真迅改に地を蹴らせ、ハイエロファントらが搭乗するヴァルチャからの集中攻撃をするりと回避していく。その様子にハイエロファントは「ひィ……ッ」と声を漏らす。じりじりと精神がすり減っていく事を自覚できず、ただただ集中力を少しずつ欠いていく。それは、アルカナ機関の考える“稼働限界”そのものである。その事に気が付いて、『くそ、どうなっている……!』と所長は声を荒げる。『落ちろ、落ちろォ!』と僚機であるエンペラー(皇帝)も取り乱した様子を晒している。

 アルカナ機関の側が有利であるはずだった。新品の強化人間を三体――ハイエロファント、エンペラー、エンプレス(女帝)と、稼働限界を迎えた強化人間を文字通りの部品として再利用したもの。機体で言うならヴァルチャ三機にジャヴォック一機。撃破目標は真迅改が一機と数的有利がある以上は、まず間違いなく勝てる戦いの筈だった。

 しかし、相手となる一機というのが、アルカナ機関の最高傑作だったハーミットというのが、アルカナ機関側の数的有利を覆していた。これまでは数値の上での有利不利を覆してきた自陣の最高戦力が、敵に回るとこうも厄介なのだという事を、アルカナ機関所長は今この瞬間になって漸く理解し始めていた。

 指示を出す側が混乱しているのならば、その指示を受ける側は余計にどうすればいいのかわからなくなっていた。基本に忠実に動いていると、その動きを読んでいるかのようにハーミットからの攻撃が飛んで来る。集中攻撃する事で真迅改の足を止める事さえできれば、という作戦にも関わらず、逆に真迅改から器用にアサルトライフルによる牽制射撃が飛んで来る事で思うように敵に攻撃を絶え間なく浴びせるという事ができないでいた。純粋に、基本に忠実な動きをすればするほど、ハーミットの掌の上になってしまうという事実を認識できず、ただ単にパイロットの中で元々想定していた相手の能力が上方修正されていく。ハーミットのカラクリに気が付く事さえできていれば、本来の実力より上に見積もる事はなかっただろうに、よりハーミットという存在が絶対的なものにすら感じ始めていた。

「来るな、来るな、来るなァア!」

 そこに冷静さは欠片程もない。後退しながら手持ちの武装全てのトリガーを引く。ミサイルランチャー、滑腔砲、アサルトライフルにサブマシンガン。それら全てによって弾薬の雨霰を降らせる。

 

 雨霰とまで行ってしまうと、相手が冷静さを欠いていようとハーミットにとっては回避が至難である事に変わりはない。怯えて冷静さを失っていようとも、身体に染みついた動きというのは恐怖で硬直しがちな身体を確りと動かしてくれる。その手の類といえる一斉射撃と後退はハーミットにとっては十分に脅威だった。

 真迅改の現在の武装で、遠距離戦を優位に戦える武器は存在しない。アサルトライフルは近中距離、ブレードは至近距離が射程と考えれば、ごく自然な事だった。ハーミット自身、近中距離により適正がある事を理解していて、だからこそ両背にシールド一体型レーザーブレードを装備し、両手にアサルトライフルというシンプルかつ軽量な武器を普段使いに選択していた。故に、遠距離からの弾幕となると、回避しながら耐えるという選択をしなければならない。どこかで隙を見つけて接敵できれば、また状況も変わるだろうが、それを見つけるまでは大人しくしている必要がある。気力体力は有限だ。それが尽きるまでには勝負を決めたい、と焦る気持ちをなだめながら、回避に専念する。

 残敵はジャヴォック、ヴァルチャ二機の計三機。それらからのミサイルの雨は傍目からは隙間がないように見えたが、それをゲーム“ルート・ゼロ”の基本テクニックである一方向に引き付けてから逆方向へ制動させるというミサイル回避術を着実にこなしていく。会慌てて距離をとろうとしたところで、誘導弾というのは追いかけて来る。しかしながら、SGと比べると細かな制動ができず、進行方向を急に変える事はできない。故に、急な方向転換にはついてこられず、回避できる隙間ができるという訳だった。

 着実に回避できる方法だとはいえ、これをずっと続けるとなればはミットの気力体力の消耗は抑えきれない。やり直し、リトライができるゲームとは違い、一つのミスが文字通りの命取りである以上、集中を切らす事はそのまま死に直結する。ミサイルの雨が第二波、第三波と迫ってくる中にあっても、冷静さを失わずに機体を動かし続ける。その様はまるでダンスのように美しさすら感じられるが、それは命のかかっている状況という緊張感で生まれた代物だった。

 そして、第三波を切り抜けた所で、意を決してハーミットはペダルを踏み込んだ。そこへジャヴォックからのミサイルが飛来するが、これを一機のヴァルチャに接近しながらも左右へと機体を切り返してミサイルをやり過ごす。二機のヴァルチャからのミサイルはない。

 これがゲームであれば、ヴァルチャに搭載されているミサイルはより多かっただろう。ゲームにおいてはリアリティよりもゲーム性を重視する都合上、物理的には入らないだろう弾数が入っている事になっていたりする。しかしながら、現時点でハーミットが敵対するヴァルチャには現実的な弾数しか入っていない。これは、先程とは異なりゲームではなくハーミットとしてこの世界を生き抜いてきたからこその知識や勘で、ヴァルチャの携行しているミサイルランチャーが弾切れを起こすタイミングを計っていた。

 ミサイルランチャーが弾切れだとしても、アサルトライフルやサブマシンガン、滑腔砲といった火器があるのは事実。接近を許したヴァルチャはそれらを構えて一斉射をかける。それらは確かに装甲の薄い真迅改で受けようものなら撃破されてしまうだろう代物――だが、ハーミットは真迅改に地を蹴らせ、メインブースタを同時に吹かす事で一気に加速させる事で、相手のFCSが真迅改を捉えるよりも前にヴァルチャの懐へと潜りこむ。ここまで来ると、照準など関係ないと、ヴァルチャは弾幕を張り続ける。しかし、ここで地を蹴り頭上を獲る事でその照準が真迅改を捉えるよりも前にヴァルチャの背後へと着地する。着地の瞬間、姿勢制御ブースタを一気に吹かして地を滑るように旋回しながら、シールド一体型レーザーブレードのレーザー刃を展開してヴァルチャの背後へと突き刺す。そこへ、既にレーザー刃の刺された友軍など友軍ではないかのように、残る一機のヴァルチャからのアサルトライフル、滑腔砲等による弾幕ややジャヴォックからのミサイルの雨霰が降ってくる。これを予想していたハーミットは、レーザー刃を突き刺した直後には真迅改に地を蹴らせ、その場を後にする。大小さまざまな弾頭が一機のヴァルチャへと注ぎこまれ、大爆発を起こす。

 ――その瞬間に、ハーミットは再度のジャミングを起動させた。

 

 爆炎の中に身を潜ませ、姿が見えなくなった瞬間のそれによって、ハイエロファントは完全にハーミットの真迅改を見失った。

 気が付けば、ジャヴォックと自身のヴァルチャしかこちらの戦力がなく、本来ならば正確な指示を下す筈のアルカナ機関の長はハーミットが撃破できていないという事実に苛立ちを募らせ冷静さを欠くのみ。正確な指示が欲しいハイエロファントにとって、この状況はあまりにも良くないものだった。じり、と乗機を後ずさりさせる。その行為にどれほどの意味があるのか、ハイエロファントにはわからない。寧ろ、この行為は無意識にハーミットから距離をとろうとしただけのもの。だが、姿を消しているハーミットが前方にいるのか、それとも既に背後にいるのか、それがわからない以上はこの行為には何の意味もなかった。

 ジャヴォックからの支援攻撃も当てにならない。そもそも、真迅改に当てようとしたものがこちらに当たる可能性も高い上に、そもそもジャミングでジャヴォックも真迅改を見失っている以上、こうして自機の近くにハーミットの真迅改がある以上は支援には期待できないのが普通だった。

「来るな」

 じり、とまた一歩後ろに下がる。恐怖がそのまま操縦に反映されていた。なんの理屈も通らないその行動こそ、ハイエロファントが機体ではなく人間であるという証拠。どれだけ機械であろうとしても、機体であれと願われたものであっても、人間の身体を得ている以上は間違いなく人間だった。人間である以上は恐怖を完全に克服する、なんて事はできない。それができるとすれば、人間の身体を完全に捨て去る他ないが、ハイエロファントはまだ人間の部類であった。

「くる、な……」

 口から漏れ出るは怯えの感情。脳は恐怖に支配され、意識せずとも怯えが出力されているが故に、ハイエロファント自身はそのような事を口走っているとは一切思っていない。このような感情を御しているのがハーミットや一般的な他のSGパイロットであるとはハイエロファントは知らない。強化人間は洗脳や調整といった方法で感情を抑え込み、その発露を防止するといった手段がとられていた。その仕組みが活きていれば、この恐怖の感情も表に現れなかっただろう。しかしながら、ハーミットとの戦闘の中で奥底の恐怖心を刺激され続けた事で、その仕組みは崩壊していた。感情のコントロールをその仕組みに頼っていたハイエロファントに、自力で感情を御し直すだけの力はなかった。

「く――」

 ――くるな。そう言おうとしたその瞬間、どこからともなくレーザー刃がハイエロファントの身体を焼き切ったのだった。最期の瞬間まで、ハイエロファントは恐怖でその身を満たされていた。

 

 ――僚機がいない。

 その事に、“それ”は気が付いた。そして、その瞬間に敵機――ジャミングの効果時間の切れた真迅改がその姿を現す。一対一となった訳だが、状況としては当初のものに戻ったと言っても良い。

 ロング・レールガンやガトリングが使用不可能になったとて、ミサイルの残弾はまだ豊富にある。“それ”は真迅改に向けてミサイルを一斉射する。幾度となく“それ”の口――ロング・レールガン――や腕――ガトリングガン――を傷つけた外敵に対し放つ様は、身の回りの羽虫を嫌って狩ろうとする肉食獣のようだった。

 しかしながら、その羽虫――真迅改はそのミサイルをこれでもかと回避し続ける。戦闘が開始してから大分長い時間が経過したというのに、真迅改の動きに陰りは見えない。

『くそ、こちらのアプローチが間違っているとでも言うのか!』

 指示を入力する側も、動揺を隠せず“それ”に対して明確な指示を入力できていなかった。故に、その場その場の判断は全て“それ”に委ねられていた。そもそも、アルカナ機関の長はあくまでも研究職であり、戦闘のプロフェッショナルという訳ではない。勿論、戦場に求められる能力がどういうものなのか、という点については詳しくはあったものの、実際の戦場がどのようなものなのかという点についてまでは把握し切れていなかった。

 指示が入力される事はなく、事前に入力済だった指示に従って“それ”は動くのみ。眼前に映る真迅改へ向けてミサイルを撃ち続ける以外にできる事はなかった。

 

 ――戦場において、数値が全てではない。

 その事実を、誰もが見落としていた。実際の戦場はその場にいる人間が動いている以上、その人間が持ち合わせているもの――感情も戦場における大きな要素の一つであった。この感情というものを排除し、実力を表す数値こそを絶対のものとしていたアルカナ機関だったが、そう簡単に感情は支配できないという事実を見落としていた。それはなぜか。

「なるほど、ハーミット。お前か……!」

 なぜそうなったかを、アルカナ機関の長はこの場において漸く気が付いた。

 ――ハーミットが感情をうまく抑制して結果を出してしまっていたから。

 この一言で片付いてしまう、とても単純な答え。

 生産直後のハーミットは、様々な欠陥――言語習熟の遅れなど――を抱えながらも、実戦投入直後から多大な戦果を遺していた。脳波からは明確に感情の初をが抑制され、まさに完成品とも言える強化人間そのものであった。その再現を目指して多くの強化人間が生み出されて来たものの、それらはハーミットの再現とまではいかない。長期間稼働し続ければ、次第に感情を表に出していき、本来想定していた性能を発揮しきれずに撃破されていく。

 それでも、結果が出せてしまった。結果が出ていたからこそ、アルカナ機関はハーミットをただ模倣する事をやめられなかった。ハーミットこそが感情をうまく御す事ができ、極限状態にあっても本来の実力を発揮し続ける事ができる天然の強者――模倣するだけでは到達できない極地であるという事に、誰もが気づけなかった。

 「……ハーミットのデータは?」

 傍目から見て冷静さを取り戻したように見えるアルカナ機関の所長は、近くに控えていた職員にとう尋ねると、「収集しております」と返ってくる。それを聞いた所長は「よし、なら大丈夫だな」と答える。

 「所長、このままでは危険です!」

 余裕を見せ始めた所長に対し、職員の一人がそう告げる。どちらが優勢かは明らかだった。最初は優勢だった筈のアルカナ機関側は、気が付けばハーミットによって壊滅寸前にまで追い込まれていた。残る戦力はジャヴォックのみ。他の強化人間は出撃中で戻ってくるまでには時間がかかる。そのジャヴォックすら主兵装を壊されている以上、アルカナ機関の敗北は秒読みと言えた。しかし、「は、何を言う」と所長は応える。

「目の前に理想のデータがあるのだ。収集しなくてなんとする」

 その目には職員など映っていなかった。あまりにも様子のおかしい所長の姿を見て、職員の何人かが持ち場を勝手に離れようとして、未だに所長に付き従う職員によって撃ち殺される。アルカナ機関内部は地獄絵図となっていた。

「さあ、見せてくれハーミット。今度こそ強化人間の答えを――」

 そこに常人は一人も残っていなかった。

 

「くそ、やっぱりラバーズの位置がわからない……!」

 傍目からは優勢と見えるハーミットだったが、ハーミット自身としてはラバーズの回収が元々の第一目標だっただけに、ラバーズを如何にして回収すればいいのかという疑問が解消されておらず、優勢とは一切感じていなかった。更に言えば、アルカナ機関の保有する強化人間が出撃している地から戻って来た場合には残弾不足でジリ貧になるのは目に見えていた。実際に戻ってくるか、いつ戻ってくるかはわからずとも、時間制限があるのは事実だった。

 降り注ぐミサイルを雨を常に避け続け、気力体力も消耗している。一瞬の気のゆるみから、肩部のジャミング装置へ被弾してしまい、ジャミング装置を慌てて投棄する。真迅改の近くで小爆発を起こし、その衝撃にハーミットは顔を僅かにしかめる。

『――撃って』

 ふと、そのような声がハーミットには聴こえた。ノイズ混じりで、本当にそのように言っていたかはわからない。果たして、その声がハーミットの思う相手なのか。それすらもわからない。しかしながら、この場においてジャヴォックを急いで撃破し、アルカナ機関そのものを壊滅させない事には、現時点での身の安全を確保できないという変わらぬ事実があった。

 そして、そもそもの話だ。

 ――既に、ラバーズの身体はもう残っていない可能性がある。

 これについて、ハーミットはこれまで直視しないようにしていた。きっと助け出す、と考えていた都合上、その可能性だけは排除して物事を考えていた。しかしながら、過去のアルカナ機関側の発言を振り返れば振り替える程、ラバーズはもう助からない可能性が高いという事実を突きつけられる。

 ――稼働限界を迎えている第一世代はもう一人いる。

 ――こちらで面白い事ができているからな。この場では見逃してやるとも。

 ――このアルカナ機関製蹂躙兵器“ジャヴォック”の生体部品として組み込んでおいた。

 ――確かにアレは君の友人だが、生体部品に過ぎない。

「く、そぉ……」

 仮に無事だったとして、コックピットの位置もわからずにラバーズを連れ出す事は出来ない。そもそも、どうあってもジャヴォックからの攻撃は止みそうにない。このままジリ貧になるよりは、バリアの隙間をとっとと狙って撃破する方が、身の安全を確保できるのは間違いない。

「どうすれば、いい……?」

 だが、決断できずにいた。それは、正しく人間の感情そのものだった。素早く合理的な判断ができるのなら無理はない。それが難しいからこその人間なのだから。このままでは、とハーミットが思ったその瞬間――。

『――もう、終わりに、して』

 そんな、頼み込むような声がハーミットには聴こえた。

 それが本当なのか。それは最早彼女にはわからない。ノイズ混じりで思い返してみると何て言っていただろうか、となるが、最初はそう聴こえていた。その声こそ、ラバーズの声だろうか。声の判別すら難しいが、ハーミットは直感的にそれをラバーズのものだと感じ取っていた。それが果たして本当か。その確信はない。だが――。

「――わかった」

 真迅改で地を蹴り、メインブースタを最大出力で吹かす。一気に加速してロング・レールガンがあった場所まで跳躍するそのまま砲身に沿うようにジャヴォックの懐へと突入する。真迅改を仕留めるべくジャヴォックから放たれていたミサイルが、そのまま追尾していくつかがジャヴォック自身を傷つける。その余波に巻き込まれて真迅改の右手に携行していたアサルトライフルが巻き込まれるが、それを意に介さずシールド一体型レーザーブレードの刃を展開し――。

「さようなら、ラバーズ」

 ――その刃を、そのまま奥まで突き刺して、ジャヴォックの身体を蹴とばしてその場を離脱する。ロングレールガンの残弾が格納されている弾薬庫を貫き、弾薬が誘爆する。本来ならば一撃を受ける事はないだろうと想定されていた箇所への一撃は、ジャヴォックに致命的なダメージを与えた。内部の各所に誘爆し、各所ダメージによってジャヴォックが自壊していく。あちこちで爆発を起こしながら、その巨体がアルカナ機関の島中央に倒れ込む。

 それを見届ける事なく、ハーミットは島のとある場所――アルカナ機関の研究室がある建物へと直行していた。

『友人を仕留めた気分はどうだ? これからもデータ収集をさせてくれるかいハーミット?』

 ハーミットにとっては憎たらしい声が耳に届くが、聴く耳は既にない。あるのなら、この場に来ていないのだから。言い分、言い訳の類であったとしても、聞き入れる事はなかっただろう。無言を貫いたまま、建物をレーザーブレードで叩き斬る。そうすると、先程まで微かに聴こえていた声も一切聴こえなくなった。

「……任務、終了……」

 初めて自分の意志でやり遂げようと思った戦いは、あまりにもほろ苦い形で幕を下ろす事となった。

 

 それからおよそ一か月後。

 災暦四三年一〇月八日。早朝の空を、ヘリコプターがSGをアームで固定しながら飛んでいた。

『作戦内容を説明するぞ』

 ヘリコプターの下部に固定されているのは、真っ白に塗られた因幡重工製のSG“真迅改”。

『依頼主は因幡重工。端的に言えば海樺島にある明華企業群の前線基地への襲撃作戦の支援が今回の目的だ』

 そんな真迅改のコックピットの中には、小柄な少女が一人。各計器を確認しながら、通信士兼運転士による説明を耳に入れる。

『今回も例によって外付けブースタで一気に接敵する。全く、SGを何だと思ってるんだか』

「正確には、私を何と思ってるか、じゃない?」

 鈴が鳴るかのような可憐な声で少女はそう返した。自身の見える様子に『それもそうだな』と通信士――マルトは笑う。

『それじゃ、ハーミッ――いや、九羽(ここは)、準備はいいか?』

 そして、九羽と呼ばれた少女――かつて、ハーミットと呼ばれていた――軽く笑みを浮かべながら、「勿論」と返した。

「――行ってくる」

 ヘリコプターによるアームの解除がされると同時に、外付けブースタを起動させ、彼女は戦場へ向けて飛んで行った。

 

 彼女の姿は未だに戦場にある。

 だが、それでも。彼女は確かに人間らしく、これからも戦い続けるのだった。




【TIPS】

Rusted Parts(サブタイトル)
錆びた部品。つまりは使い古した強化人間の意。
殴りに行く相手は非人道的な方が殴りに行きやすいって言うし……。

ジャヴォック(機体)
クライマックスには巨大兵器を出すべしと古事記にも書いてある(大嘘)。
中にはラバーズの脳だけがあった。つまり、ジャヴォックこそがラバーズの肉体になっていた。
ハーミットが6話でCSCの依頼に向けて研究所を発った直後、その調整が開始された。

ハイエロファント(人物)
新型強化人間の一人。同時期に生産された所謂同期と共にハーミットに立ち向かった。
ゲーム『ルート・ゼロ』では何人かいるアルカナ機関の傭兵の一人、という印象でしかない。


- - - -

【後書き】

 どうも、暁文空です。この度は『ナインスルート【旧版】』を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。一次創作の長編を確りと完結まで書き切って投稿したのは多分初な気がします。別名義で色々書いていた頃の記憶が曖昧過ぎてわかりませんが、今の名義なら多分そうです。
 もともとは、もっと長い作品を想定して執筆していた本作ですが、書いているうちに「序盤のあそこ直したい」「ここに伏線を仕込みたい」「設定が序盤と今とで違くない? 統一させたい」といった直したい病を患ってしまった次第です。
 このままではモチベーションが保てないと判断して、とりあえずは形になっているものを【旧版】と名付けて打ち切りでもいいから最後まで書き切ろう、と決めてこのような終わり方にしたのが本作でした。
 何はともあれ、ここまで約15万字程の作品を読んで下さった方には頭が上がりません。もしよろしければ感想等を書いて下さると非常に喜びます。どのような感想であっても受け止める所存ですので、何卒宜しくお願い致します。
 それでは、また別の作品で。

暁文空
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