……取り敢えずアニメ観よう。
4月。私立誠凛高等学校入学式。
桃色の花弁が舞う中、在校生たちが目を輝かせて、新入生に自分の所属する部活動のビラを配り続けている。
「ラグビー興味ない!?」
「将棋とかやったことある?」
「日本人なら野球でしょ!」
「水泳! チョーキモチイイ!」
「バスケー!バスケ部!バスケ部はいかがですかー!」
「え、売り物?」
思わずと言った調子で、同じバスケ部のビラを配っていた青年が、隣で呼びかけをしていた男子生徒に突っ込んだ。
いかにも儚げといった風貌で、体の線も男子高校生にしてはかなり細く見える。が、その顔に乗った表情は朗らかで、繊細そうな外見とは裏腹に人懐っこい印象を与えていた。顔立ちも整った女性のそれと見紛うほどに美しく、すれ違う女子生徒たちは頬を染めながら彼に視線をやっている。
青年は肩甲骨のあたりまで伸ばした黒髪をサイドで結び、それを前へ流している。側頭部には一房白いメッシュが見られ、高校生にしては奇抜なスタイルだが、不思議と整った容姿にその髪型はマッチしていた。
「別に変じゃなくね? 真白」
「いや小金井、いかがってことないだろう」
「伊月まで……。他にどう言やいいんだよ」
小金井と呼ばれた猫目の青年は、不服そうに口をとがらせる。その視線を受けたもう1人の黒髪の男子生徒・伊月は、待ってましたとばかりに笑って人差し指を立てた。
「新入生はバスケ部、バスケットだけに助っ人募集中」
「もういいよ伊月のダジャレは……。水戸部ー、声出してこうぜー!」
「……(コクリ)」
頷きつつも、水戸部と呼ばれた長身の青年はやはり無言でチラシを手渡していく。いつものことなのだが、小金井はガクッと肩を落とした。
「結局出さねえのかよ、声……」
「バスケー!チョーキモチイイ!」
「お前は出しちゃいけない声出してるから!それ水泳部のだから!!!」
見れば先程自分に突っ込みを入れてきたはずの青年――真白アンリが、堂々と他の部活の宣伝文句を真似しながら新入生の群れに突入しようとしている。懲りずに「日本人ならバスケでしょ!」と叫び始めた真白の頭を引っぱたくと、苦笑いしている水泳部の部員たちと目が合った。気まずすぎる。
「もー、お前のせいで要らない恥かいたじゃんか!」
「大丈夫だって。向こうにもバスケ部の宣伝文句使っていいよって言ってきたから」
「ええぇ?」
小金井が首を傾げていると、確かに水泳部の方からは別の文句が聞こえてきた。
「水泳ー!水泳部はいかがですかー!」
「何してくれてんのお前!!」
「へぶっ」
遠慮なしにもう1度頭を叩かれイケメンにあるまじき声を出した真白は、後頭部を擦りながら納得いかなそうに顔をゆがめた。
「さっき小金井も自分で変じゃないって言ってたじゃないか」
「だからってそれとこれとは話が別だっつーの!てか自分が言ってたのを教えればよかっただろ!」
「いや、俺はあんまり声張らなくても新入生の方から来てくれてたし。男子は皆ガッカリした顔で歩いてったけど」
「ああ……」
大方、遠くからはこの青年がとんでもない美少女にでも見えたのだろう。お近づきになろうとして歩み寄った相手が男子の制服を着ていた瞬間を想像し、小金井は新入生たちにちょっぴり同情した。こういうことをさらっと言っても嫌味に聞こえないのは、人徳という奴なのだろうか。いずれにしてもイケメン滅びろ。
そんな物騒なことを考えていると、真白はふらふらと再び人混みの方へ消えていった。見ると、その右手にはいつの間にか、見覚えのない紙製の栞が握られている。誰かの落とし物でも拾ったのだろうか。――あいつ体弱いんだから、無理して体調崩さなきゃいいけどなあ。世話焼きな部分のある小金井はそんなことを考えたが、既に友人の背中は人の群れに遮られて見えなくなっていた。
「すいませーん」
「…………」
「すいませーん」
「…………」
「おおーい、そこの新入生ー」
「…………」
「無視良くない。無視良くないよ」
「…………」
「ねえねえ、そこの水色頭の君だってばー」
「…………え」
黒子が活字を目で追っていた文庫本から顔を上げ、肩ごしに振り替えると、そこには確かに彼に話しかけている上級生らしき青年がいた。その整った顔立ちや、当たり前のように自分の存在を認識されたことに対して僅かに目を丸くする。そんな黒子の様子に気付いているのかいないのか、上級生はにへっと子供のような笑みを浮かべた。
「あ、気づいてなかったのか。本読みながら歩いてると危ないぞ?」
「すみません。ええと……」
「あ、いきなりごめんね。君がこれ落とすのを見ちゃったもんで」
そう言って差し出された右手の上には、今読んでいる小説に挟んでおいたはずの栞。慌ててその場でパラパラとページをめくって確認するが、やはり気づかないうちに落としてしまっていたようだった。几帳面な彼らしく、丁寧に両手でその栞を受け取る。
「あの、わざわざ追いかけて下さったんですよね。お気に入りの栞だったので、助かりました。ありがとうございます」
「礼儀正しいなあ、どういたしまして。君、見たことないけど新入生?」
「はい」
普段、他人に存在を認識してもらうことが極端に困難な黒子にとって、たとえ同級生であっても『見たことがない』と言われるのはそれほど珍しいことではない。だが、彼は実際この誠凛高校の新入生であるし、勿論目の前の上級生に会ったこともないので、その質問にはこくりと頷いた。
「初めまして、俺は誠凛高校2年の真白アンリっていうんだ。君は?」
「僕は黒子テツヤと言います。……あの、アンリってフランスの男性名ですよね。失礼ですが、先輩はひょっとしてハーフの方なんですか?」
「当たりー。黒子君は物知りだなあ、他の人は大体『女の子みたいな名前だね』っていうんだけど」
「以前本で読んだことがあったんです」
そんな風に話し込んでいると、周りの生徒たちの通行の邪魔になってしまっていることに気付く。更に、左手に持っていたチラシの束の存在も思い出してしまった。
「――――やっば!これ早く配り終わんないと主将にシバかれる!」
「あ、お時間とらせてしまってすみませんでした」
「いやいやいや、話しかけたのも話したかったのも俺の方だから気にしないで。じゃあ、俺はこれで」
「はい。先輩も勧誘頑張ってください」
「ありがとう。じゃあな!」
そう言って走り出した背中を見て、ふと1つの疑問が思い浮かぶ。既に人混みに飲まれてしまいそうな真白の姿を何とか見つけ出し、黒子は彼にしては珍しく声を張り上げた。何となく、彼がどんな人間なのかを知っておきたかったのだ。
「――――真白先輩は、何部なんですか?!」
大勢の人間が部活勧誘の為に大声を上げており、その声も周りの喧騒に紛れてしまいそうになっていた。が、真白は確かに立ち止まり、そして振り向いた。驚いたように数回瞬いた後、その綺麗な顔立ちにどこか悪戯っ子のような笑みが浮かぶ。そして、そのまま口を開いた。
「――――バスケ部!!」
「――え、」
驚きで目を見張る黒子をよそに、今度は両手をメガホンのように口元に当てる。
「入学おめでとう!! 誠凛高校へようこそ!!!」
人目を憚らず叫ぶ姿は、この空間の中の誰よりも注目を浴びていて。そしてその視線の先にいるのは誰なのかと生徒たちがこちらの方にも視線を向け出すものだから、たまったものではない。咄嗟にミスディレクションを使い、慌てていたものだから返事もせずに人混みの中へと避難してしまった。表情にこそ出にくいものの、彼とて内心パニックになることくらいはある。
恥ずかしくて、焦って、照れくさくて、それから――――――――黒子はほんのちょっとだけ、泣きそうだった。
貧弱設定はそのうち活かされます。