貧弱でも勝てます   作:砂糖鯨

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ようやっとマジバに到着。火神は次の話で出てきます。



貧弱でもモテます

 

「いらっしゃいませー!」

 

 そういって客に0円スマイルを向ける健気な女性店員の表情には、どこか疲れが滲んでいた。学生や会社員が一気に押しかける時間帯で、しかも夜遅くまで働いていればこうなるのも仕方がないのかもしれない。

 

(あと30分……あと30分でこの苦行も終わるのよ私!気合入れなさい!)

 

 漸く客の列が途切れたところで、彼女は自分の頬を軽く叩く。同じ職場でバイトをしている友人は、「この後彼氏とデートなの」と要らない情報を残して先にあがってしまった。色々と羨ましすぎる。異性にモテると評判な彼女の幸せそうな顔を思い出して、思わず溜息をついてしまった。すると目敏くそれに気付いた先輩が、「その態度で接客とか舐めてんのか?」と辛辣な口調で容赦なく指摘してくる。

 ちょっと早くバイト始めたからって……と恨みがましくじろっと見つめてみるが、本人は既にこちらに背を向けた後だった。脱力して肩を落としてしまったが、よく考えればお客様が来るかもしれないのによりによってレジで溜息をつくというのは、流石にこちらに非があるだろう。反省して再び気合を入れ直していると、入り口の自動ドアが開くのが見えた。いつの間にか曲がっていた背筋をピシッと伸ばし、彼女はハキハキと声を出す。

「いらっしゃいませー!」

 

 

 

 

「――――こんばんは」

 

 

 

 ――――――――0円スマイルに、百万ドルの微笑が返ってきた。

 

 入ってきたのは、近くにある誠凛高校の制服を着た男子高校生。実際にはその後ろにもう1人居たのだが、当然ながら彼女は気が付いていない。

 胸のあたりまで伸ばされた艶やかな黒髪がサイドで纏められ、前髪の横の方には白いメッシュが一房入れられている。男性のロングヘアーというだけでも人を選ぶというのに、この変わった髪型は彼の美しい造形に恐ろしく似合っていた。体の線も細く、まさに儚げな美青年といった形容詞がしっくりくる姿。しかし近寄りがたさのようなものは決してなく、むしろその顔立ちには親しみのある優しげな微笑が浮かんでいる。作り物の愛想笑いというよりは、どこかこちらを労わるような気持ちが伝わる表情だった。

 

 

 ――――い、イケメン………………!!

 

 

(し、しかも良い人だ……!この人絶対良い人だ!!)

 中には店員に挨拶など返さずに、注文だけを言って席へと向かう客も少なくない。にも関わらず、わざわざ丁寧に会釈までして挨拶を返してくれた辺り、彼の人柄がよく分かる。先程先輩の毒舌でダメージを負っていた分、青年の思いやりが心に沁みた。

 感動やら何やらで雷に打たれたように硬直してしまった彼女を見て、青年は笑顔を心配そうな表情に変える。それに気づいた彼女は、慌てて「ご、ご注文はいかがなさいますか!」と定型句を口にした。

(ど、どもった……!)

 羞恥に内心悶絶する彼女には気付かず、青年は誰もいないはずの背後を振り返る。

「黒子君はどうする?奢るよー」

(え?)

「え?」

 女性店員が疑問符を飛ばしたのと、青年の後ろから声が聞こえてくるのは同時だった。

 

(……って、ずっとそこにいたの!?全然気付かなかったんですけど!!)

 

 声の聞こえた方に視線をやると、そこには水色の髪の男子生徒が立っていた。表情は薄いが顔立ちは整っており、世の女性達には可愛らしいと評される部類だろう。彼もまた、青年と同じ制服を纏っている。思わずお客様相手に突っ込みたくなるのを何とか堪えていると、青年の後輩らしいその高校生は遠慮するように首を振った。

「いえ、そういう訳には……」

「まあまあ、ちょっとした入部祝いってことで」

 先輩に奢らせることに気が引けているらしい彼に、青年は気にするなとばかりにひらひらと片手を振った。それから少しだけ照れたようにポリポリと頬を掻き、先程の微笑とはまた違った、にへっと気の緩むような笑顔を浮かべる。

「それに俺、後輩に何か奢るのってちょっと憧れてたんだよね」

(何それ可愛い)

 思わず真顔になりそうなのを必死でこらえる。すると、後輩の彼も観念したのか、口元を緩めて「それじゃあ、御馳走になります。ありがとうございます」と礼を言った。

 

「黒子君何がいい?」

「バニラシェイク一択です」

「え、それだけ?折角だから何か他にも頼まない?」

「あまり食べると、夕飯が入らなくなってしまいますから」

「日向達と食べに来ると、結構がっつり注文してるけどなあ。あいつらの食べる量が多すぎるだけなのかな。あ、じゃあバニラシェイクと、俺はサラダと野菜〇活でお願いします」

 恐ろしくヘルシーな注文を口にした青年に彼女が驚いていると、彼の後輩も同じことを考えたのか「先輩も人の事言えませんよ」と突っ込んだ。いや、アンタらそれ2人とも食べ盛りの男の頼む内容じゃないから!という女性店員の心の叫びは、当然ながら彼らには届かない。よく見れば2人とも、男性にしてはやや頼りないほど華奢な体つきをしている。最近危機的状況になりつつある自身のウエストに思いを馳せ、彼女はどこか遠い目で「畏まりました……」と声を発した。

 

 一端レジを他の店員と交替し、厨房に彼らの頼んだ品を伝えに行くと、同僚たちは目を丸くして驚いていた。

「え、さっき入ってきたのって男子高校生じゃなかった!?そんだけで足りんのかな!?」

「やっぱそうだよねえ……草食系男子って奴かな」

「いや確かに見た目草食系っぽいけど。っていうかアレイケメン過ぎじゃね?俺アイドルが入ってきたのかと思ったもん。爆発すればいいのに」

「あ、私も見た見た!あのカッコよさは最早罪でしょー!」

 ……まさかあの青年も、見も知らぬマジバの店員によって犯罪者にされているとは思うまい。そんなことを考える彼女が、当然ながら厨房での会話が本人の耳に筒抜けになっていることを知る由もない。ちなみに肝心の彼は、ショックを受けたような顔で突然「草食系……」と呟き、隣の後輩から不審なものを見るような視線を頂戴していた。何だかひょろいと言われたようでしょんぼりしている彼の耳には、後半からの「イケメン」の部分は完全にすっぽ抜けている。優れた聴力も、コンプレックスの前には無意味であった。

「何だっけ?こないだ雑誌で女子が見てた、あの高校生モデルの」

「キセリョ?」

「そー、そのキセリョよりイケメンじゃね?」

「いやそれはない」

「真顔…………」

「えー、そう?私はあっちの彼の方が美形だと思うけど」

 やいのやいのと話し込んでいると、「客が途切れたからって無駄話してんじゃねぇ!」と先程の先輩から一喝が入った。話をしていた店員たちは、皆一様にびくりと肩を震わせる。勿論彼らも喋りながら手を動かしてはいたのだが、誰も逆らえずにすぐさまその場は静まり返った。ちなみにその頃、レジに並んでいるはずの客が1人全く同じように肩を跳ねさせていたのだが、隣の後輩からは以下略。

 

 品物が品物だったので、彼らの注文したメニューはあっという間に準備が終わった。

「じゃあ中原さん、これ例のイケメンに持ってって!」

「っていうか、サラダしか頼まないのにドリンク2つ……?」

 どうやら彼らも、青年の後ろにいたもう1人には気が付かなかったようだ。彼女は苦笑しながらも「はーい」と返事をして、随分軽いトレーを受け取った。

 

「お待たせいたしました!こちらバニラシェイクとサイドメニューのサラダ、野菜〇活になります!」

「「ありがとうございます」」

 図らずも声を揃えてしまったらしい彼らはきょとんとしてから、お互いの顔を見て僅かに照れたように笑う。

 刺客か。お前らは私を萌え殺すために差し向けられた刺客なのか。そんなことを0円スマイルの裏で考えている女性店員の心中を知る筈もなく、青年は丁寧な仕草で彼女からトレーを受け取った。すると後輩の彼が、「僕が持ちます」と青年から半ば強引にトレーを受け取る。その様子に、思わず営業用のそれとは違う笑みがこぼれた。

 その時ふと、彼らが通学鞄以外にもスポーツバッグを肩から提げているのに気が付く。先程「入部祝い」という言葉も出ていたし、もしかしたら2人とも見た目によらず運動部にでも所属しているのかもしれない。だとすれば、この時間まで部活動に励んでいたということだろう。彼女は思い切って口を開いた。

 

「あ、あの……部活ですか?頑張ってくださいね!」

 

 ――――ま、またどもった……!

(っていうか、馴れ馴れしいと思われたかな。ナンパしたかったわけじゃないんだけどな、いやまあ下心がないっていえば嘘になるけど!こう、応援したくなったっていうか!)

 恥ずかしいやら気まずいやらでかかかと赤くなる顔の熱を抑えきれず、かといって目の前に客がいるというのに顔を逸らすこともできず、もう早く行ってくれとばかりに彼女は「あ、ありがとうございました……」と尻すぼみな定型句を口にした。の、だが。

 

 

「…………こちらこそ!」

 

 

 青年は、先程のような行儀の良い微笑ではなく、それは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 

 ――マジバの一角に、ふわりと花畑が広がる。

 否、実際にはそれは幻覚だったのだが、彼女が周りを見れば隣でレジを打っていた先輩も目をごしごしと擦っている。イケメンの笑顔ヤベェ……!とマジバ店員たちが戦慄していると、彼は去り際に更なる爆弾を落としていった。

 

「ありがとうございます。えっと」

 そういって、ちらりと目線を下げる。その先にあったのは、彼女のネームプレートだった。

 

 

 

 

 

「――――そちらもお仕事、頑張って下さいね。中原さん」

 

 照れくさそうに、ふわりと笑った。

 

 

 

 

 

 その瞬間。彼女の脳内では白い教会のベルが鳴り、大量のクラッカーが賑やかに音を立て、民衆が拳を突き上げて歓声を上げ、空高くファンファーレが響き渡った。

 

 

 

「……?おい中原、そんなにフラフラしてどうしたよ?」

 まさか体調でも悪いのか?と普段では考えられないほど気遣わしげな先輩にも突っ込むことなく、彼女は熱に浮かされたような様子で口を開く。

 

 

「…………いえ。ちょっと赤い実が爆発しただけです」

「爆発?!!!」

 

 

 大声で突っ込まれたことも気にせず相変わらずぽーっとした様子で、見かねた先輩によって奥へと引きずられていく女性店員。完全に上の空である。

 青年――真白と共に席へと向かいながらレジの方を振り返り、一部始終を見ていた黒子の手の中のトレーが、ミシリと不吉な音を立てる。そんな彼は、中学時代のチームメイトの1人を思い出していた。

 

「黄瀬君とはまた違った腹立たしさですね………………チッ」

「?!!」

 

 

 その夜、某呟きSNSのとあるアカウントにて、『チワワがライオン並みの殺気を放っているなう』という謎のツイートがあったという。

 

 

 

 

 

 




初対面の女性にはときめかれますが、学校など接する機会が多くなるにしたがって恋愛対象から介護対象にシフトしていきます。よって恋愛的な意味ではあんまりモテない。哀れ。
愛されてはいます。あと観賞用。


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