歴女JK謀神の子供を産む   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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三村ではなく三吉家でした申し訳ない


1516年 謀聖の戦略(尼子経久視点)

 毛利元就が有田中井手の戦いの戦いで圧勝した時から時間を遡り、1512年の京から出雲に帰国する時に尼子経久の計略は始まっていた。

 

 在京している間に武田元繁と接触し、安芸の正当統治者は武田元繁であると煽り、安芸統一の暁には出雲の尼子と強力して大内家を引きずり降ろす案を伝えていた。

 

 勿論口約束であり、どうとでも解釈できるし、大内義興にも弁明できる余地を残したままであったが、1512年に厳島の神主家が家督争いになったことでまず武田元繁を大内義興は京から安芸に戻すが、離反し、大内義興の注目が安芸に向いている間に守護であった京極家の当主が病にかかってしまい、国元が危うい……という理由で帰国し、尼子経久は京から幼い当主の母親を呼んで当主代行をさせて負担を軽減させていたのだが、1514年にその子が病没してしまい、尼子経久は京で大内義興と将軍の仲が悪化していることを知っていた為に将軍の味方をする見返りに京極家の外戚を理由に京極家の守護職を尼子家が継承することに成功する。

 

 同時に進めていた伯耆侵攻であるが、これは長男が戦死する大打撃を受けたが、尼子経久の弟尼子久幸と次男の尼子国久の尽力で伯耆を制圧、2国を有する大名へと成長し、隣国の山名領への侵食を始めていた。

 

 西の山名領だけでなく、安芸、石見方面の情報収集を積極的に行っており、尼子経久の忍び衆(鉢屋衆)を使い、謀略に使う材料を集めているが、毛利領内の金の流れがおかしいことに気が付く。

 

「ふむ……毛利の次男の奥方だだいぶ特殊なようであるが……奥方を表に出すのは騙しで裏に誰か居るな」

 

 この時尼子経久は深読みをしてしまい、彩乃の功績を未来人達も言うような各々の功績を集めた物であると判断し、技術奪取を狙ったが、毛利の防諜力により断片的な技術しか奪えず、模造の多くは失敗することになるが、未来の品種の米を奪うことに成功し、米の増産には成功することになる。(勿論肥料不足で最大収穫量ではないが)

 

「資金の流れは椎茸が大量に採れる場所を発見したからか……ふむ毛利か……酒飲みの当主も頑張っているが、家臣か一族に切れ者が混じっているな。面白い。まずは盤上に引っ張り出すとするか」

 

 尼子経久は出雲国人衆を焚き付けて毛利領を侵攻させたり、毛利と仲の良い宍戸家を攻撃し、圧力をかけ続けたが、すると当主の毛利興元が亡くなったという情報が入ってきた。

 

「ふむ、嫡流には男児が居なかったな。毛利に尼子と血縁関係になる気があるか亀井、聞いてこい」

 

 亀井とは尼子経久の右腕であり、長く仕える重臣であったが、尼子の急激な膨張に信用できる家臣が少ない欠点があり、しかも信用できても能力が足りなかったりする場合もあり、能力、人徳、信用全てを満たしている家臣は亀井秀綱しか居なかった。

 

 尼子経久の謀略の実行役でもあり、必然的に多忙になってしまうことがしばしばあったのである。

 

「いえ、経久様、毛利は先手を打った様です」

 

 亀井は毛利家の家督継承の経緯を書いた書類を尼子経久に見せる。

 

「なるほど、新当主に毛利元就の長男と毛利興元の長女を婚姻させ、それを大内義興に認められたか……外部に漏れる前に先手を打つか……でも毛利の核が露呈したな。毛利元就……毛利家の絵図を描いているのは奴か」

 

「随分と楽しそうですね経久様」

 

「ああ、亀井楽しいぞ。政久(尼子経久の長男)が生きていれば無理にでも毛利元就を引き抜き、尼子の知略を私の後に担うことも出来る才覚をしておる……が、早めに消さねば尼子の障壁となるだろう」

 

「武田が動く予定ですが」

 

「嫌がらせをしてやれ、そして亀井、毛利元就をよく思っていない家臣に接触し蜜を流し込め」

 

「蜜ですか……私の持ち合わせの蜜でよろしいですかな?」

 

「ああ、空手形で十分だ。毛利元就排除後毛利家の主導権を握れると思わせるだけで良いだろう。実行できれば良し、できなくても家が割れて力が落ちれば十分だ。その間に吉川と接触しておくとしよう」

 

「吉川ですか……経久様の奥様が吉川の夫人でしたな」

 

「ああ、血縁関係があり、大内義興に不義理をしたために、大内家に対して恐怖を抱いているだろう。私の尼子配下になることで保護と重用することを約束すれば転ぶだろう」

 

「ではその様に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 武田が勝ては良し、負けても良いように布石を打っていたが、武田が大敗したことで安芸武田家を同盟相手足り得ないと判断し、安芸国は尼子が直接統治する方向で戦略を修正する。

 

 吉川の大内家からの離反工作は成功し、その時に毛利も一緒に寝返らせることができれば上々と吉川に伝えていたが、毛利は吉川が尼子に付いても大内家を裏切ることをしなかった。

 

「ふむ、毛利元就は義理堅いのか、それとも別の何かを見ているのか?」

 

 謀聖と言われた尼子経久も武士である故に経済を理解するには至っていなかった。

 

 元就が実権を握ったことでようやく経済規模に見合う軍事力を宗家の顔色を伺わずに動員することが可能になり、毛利元就の自由に動かせる約4万貫の財源の内、2万貫を軍事費に充てることができるようになり、1500名の兵、200頭の軍馬を維持することが出来るようになっていた。

 

 そして経済規模は時間が経過するごとに投資が行われて更に膨らんでいく事を尼子経久は理解できていなかった。

 

 尼子経久の中の計算では毛利の動員兵力は最大でも4000名と思われていたが、家臣達にも米の新農法と品種改良された米と小麦の種籾を渡していたこと、流民が流入したことで人口が増加し、動員出来る兵数は6000を超えていた。

 

 毛利単独で1国の軍事力に匹敵していたのである。

 

 そして毛利元就には絶対の自信がある吉田郡山城があり、例え10倍の兵力でも落とせないと自負していた。

 

 その為尼子が本格侵攻してきても大内家の軍が到着するまで時間稼ぎをすることができると判断していた。

 

「三吉家を焚き付けて動きを確認するとするか」

 

 三吉家は備後の国衆で既に尼子の制御下に置かれており、宍戸家とも度々揉め事を起こしていたのである。

 

 尼子経久は兵1000を援軍として送ることで三吉家の兵500と共に毛利家の城である佐々部城(高橋領時代は佐々部砦と言われていたが、毛利元就の命令で砦を改築して備後と出雲方面の防衛拠点にしていた)を落とす事を目的とした。

 

「佐々部城は砦を改築した城、兵も多くて500程度であろう。これで毛利の出方を図り、早期攻撃が難しいとなれば安芸の他の国衆を調略せねばならんな……全く武田元繁め、敗れはしたとしても大敗は無いと思っていたのだがな」

 

 こうして尼子経久は三吉家を焚き付けるのであった。

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