歴女JK謀神の子供を産む   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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1521年 尼子侵攻戦1 松尾城防衛戦

「やはり大内家……いや、大内義興様は信用できるお方じゃ」

 

 後払いとなっていた資金が勘合貿易の成功によりこの年に転がり込み、毛利家の財政状況は大幅な黒字になることができた。

 

 その資金を使って、船山城の拡張と吉田郡山城の再拡張の工事を着工し、継戦能力に重きを置いた改築を行い始める。

 

 人夫の数は前よりも増えた1万人を雇い、毛利領内や宍戸家、天野家や大内家からコンクリートの原料を掻き集めたため、宍戸家や天野家にも資金が流れ込み、意図せず毛利家との友好関係が更に高まっていくのである。

 

 大内家から資材運搬に小早川にも協力してもらったため、小早川にも金が落ちて喜ばれた。

 

 なお毛利家が吉田郡山城の改築工事を行っていることは直ぐに尼子経久の耳に入り、備中の三村氏を降伏に追い込んだ事で、ようやく選択肢が増えた尼子経久はそのまま軍を石見に投入し、大内家優勢だった石見での尼子方勢力を盛り返す事に成功し、いよいよ安芸国への侵攻計画を実行に移す事にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「想定より時間がかかったが……安芸は攻めなければならない地。亀井、安芸情勢を今一度教えよ」

 

 尼子経久が安芸を攻めなければならない理由は宍戸家や毛利家との国境紛争をしていたのもあるが、武田家の救援と瀬戸内海の海運、備後への勢力を広げるためにも必要な戦略的な意味が大きかった。

 

 あとは出雲の守護に京極家から継承したとは言え、未だ国元では尼子家を国守として認めていない国人衆もおり、尼子は国内の不満を外征にて発散させなければならない悲しきモンスターの様な家なのである。

 

 本来なら尼子経久の長男、尼子政久に家督継承をする際に尼子の負の遺産を尼子経久か抱え込んで隠居し、器量、人望どちらにも優れる尼子政久ならば尼子は安定すると思っていたのだが、尼子政久は戦死してしまい、尼子政久の息子……尼子経久からすると孫が成長するまでに尼子の基盤を負債を抱えながら作らなければならなかった。

 

 例え西国の覇者たる大内家と敵対してもである。

 

 既に尼子は石見侵攻により大内家との敵対は確定しており、大内家の勢力範囲である安芸の侵攻を取りやめる道理は無かった。

 

 ……先程瀬戸内海の海運と言っていたが、安芸の重要な点は堺と博多を結び、両方の船が停泊する厳島という神様も居る点である。

 

 神が現代よりも信仰されていた時代、厳島の権威は安芸だけでなく瀬戸内海全域を支配するのに必要な行為であり、厳島の号令があれば瀬戸内海の海賊、水軍はその船に手出しすることが出来なかったのである。

 

 今は厳島神主家が安芸武田家に従っている為、尼子にとって絶好の機会であり、大内家が本腰を入れて安芸武田家が攻め落とされる前に武田家と領土を接して、援軍が送れる様にしなければならなかった。

 

 あとは尼子経久が軍を率いて安芸に侵攻すれば、内応を確約している国人衆の家臣達も存亡をかけて尼子に尻尾を振るだろうと予想……いや、そう策を準備していた。

 

「毛利の城がより強固になる前にカタを着ける。兵を招集し、安芸に侵攻する」

 

「は!」

 

 

 

 

 

 

 

 尼子経久が軍を集めていることは元就の忍び衆である座頭衆(情報収集をする商人、歩き巫女、琵琶法師などからなる忍び衆)によりキャッチし、直ぐに拡張を停止して籠城の準備を始めた。

 

 尼子の前に兵糧を買い込み、人夫達から兵になれるものを集めて武具を貸し出して兵にして各城に派遣していく。

 

 城下町の民は城で匿い、毛利の方も準備を進める。

 

 元就は宍戸方面から軍を向けてくる可能性を考慮して直属の兵1500名は手元に置いていた。

 

「伝令、琵琶砦陥落」

 

 尼子との国境、石見の琵琶砦が陥落したことにより尼子の侵攻が始まったことが判明。

 

 直ぐに石見の藤掛城に石見方面の兵を詰める様に元就は指示するが、尼子は藤掛城は攻めずに南下。

 

 一方で宍戸家からは三吉家、江田家の備後北部の尼子方の国衆から攻撃を受けており、援軍要請が届いていた。

 

 元就は2方面攻勢に出てきた尼子の兵力を逆算し、援軍に来た天野家の500の援軍をそのまま宍戸家に向かってもらった。

 

 尼子経久率いる尼子本軍はそのまま南下を続け、尼子毛利の国境国衆赤穴家と連携し、補給路を確保すると、いよいよ本格的に安芸へと侵攻し始め、相合元綱が兵2000で籠る松尾城へと迫った。

 

「松尾城は落ちぬ! 兄上の援軍が来るまで踏みとどまるのだ!」

 

 相合元綱は尼子経久率いる1万5000の兵に怯むこと無く籠城を選択し、安芸北部の防衛を担った。

 

「この城に時間はかけられぬ。力攻めだ」

 

 尼子経久の号令により力攻めが始まったが、火縄銃が吉田郡山城の兵に優先して配備されていたため、吉田郡山城に設置されていたバリスタ(大型の弩)を松尾城の防衛設備に置き換えられており、それが尼子の兵に襲いかかった。

 

「亀井様、敵の弓での応戦が激しく近づけません」

 

「盾を構えて接近せよ」

 

「駄目です! 敵は強弓を使っており、木の盾を貫通させています! 兵達の中には死んだ兵を盾にして防いでいる有様です」

 

「亀井様!」

 

「今度はなんだ!」

 

「敵の白い土壁なのですが、1枚岩で出来ており壁を崩そうとした部隊が返り討ちに遭い全滅しました!」

 

「うむむ……退け! 退け!」

 

 尼子の侵攻の第一波を相合元綱は防衛に成功し、籠城側の死者は流れ矢に当たった数名で、尼子の大軍を退かせた事で城兵の士気も上がっていた。

 

「このまま兄上の援軍が来るまで耐えるぞ!」

 

「「「おう!」」」

 

 一方でバリスタを知らなかった尼子家は強弓と勘違いし、弓の名手が城内に多数居ると思い、再度作戦を練っていた。

 

「松尾城程度の城で手間取っていては毛利の本城である吉田郡山城はどの様な要塞になっていることやら……」

 

 家臣の1人が不安を吐露すると、尼子経久は顎髭を撫でながら

 

「ふむ、旧高橋家の者が松尾城には本丸に通じる抜け道があったと言っていたな……その道がまだ使えるか分からんから、明日その道を調べよ。使えそうであれば(尼子)国久、お主が新宮党を率いて突入せよ」

 

「わかったぜ親父!」

 

 尼子経久は尼子の最精鋭部隊である新宮党を投入することを決定し、あくまで松尾城は早期にカタを着けるつもりで動いているのであった。

 

 松尾城が尼子の大軍に囲まれた事は元就の耳に入っており、松尾城が攻撃されていることで縦に長かった毛利領は石見と安芸の中間地点を攻撃されたことになり、石見の家臣達と連絡が取れなくなってしまう。

 

 これにより石見に派遣した兵は使えなくなり、吉田郡山城の城兵は5000名しか集まらないことが確定した。

 

 しかもその殆どが人夫から急遽足軽に仕立てた即応兵である。

 

「尼子の侵攻があと1年遅ければ精鋭兵を3000に増やせたのじゃが……そうなると松尾城兵は今後の戦略を考えて必ず救援しなければならぬな。松尾城は改築したとは言え防衛力の高い城では無い……世鬼! 世鬼はおるか!」

 

「ここに!」

 

「難しいと思うが松尾城内に手紙を届けよ。手段は問わぬ」

 

「わかりました」

 

 世鬼衆は闇夜に紛れて松尾城に接近し、矢文によって松尾城の相合元綱に元就からの文が届いた。

 

『ワシの軍を送り笛の音が響き渡ると同時に破裂音を響かせる。敵が割れたら城を出て敵中突破をし合流』

 

「兄上も無茶を言いなさる」

 

 その翌日、松尾城には降伏を促す使者が訪れ、1日の猶予が設けられた。

 

 尼子はその間に抜け道が使えるかを調べ、相合元綱も兄である元就が出陣するための時間を稼いだ。

 

 そして松尾合戦は次の局面を迎えるのであった。

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