歴女JK謀神の子供を産む   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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1524年 1525年 元就の九州遠征1

 彩乃が10人目となる女の子を産み落とし、麦という名前が付けられ、元就が外交で積極的に外遊し、房元も中央集権による一国人衆からの脱皮にそれぞれ力を入れて1年が終わり、元就は大内義興に呼ばれて山口の大内館に1525年に入って直ぐに訪れていた。

 

「久しいな元就」

 

「(大内)義興様もご健康そうでなによりなのじゃ!」

 

 一緒に来ていた吉見正頼は完全に萎縮しまっている為に義興も気を使って居ない者として扱った。

 

「しかし元就、家督が息子にあるからと自由に動き過ぎなのではないか? お供を小僧1人だけとは流石に危険だぞ」

 

「なに、大内家の領内は治安に優れているから賊に襲われる筈が無いのじゃ! それにワシが人を連れて動いたらやましい事を企んでいると思われるのも毛利にとって悪いのじゃ」

 

「私はそんなに自由に動ける元就が羨ましく思う時もあるぞ。大内家の当主として重い大将でないといけないからな」

 

「心中お察し致しますのじゃ」

 

「いや、当事者であるお前にはわかるまい……まあ良い。元就も癒えた事だし来年から北九州戦線に客将として加わって欲しい」

 

「若輩者の浅知恵で良ければ幾らでもお貸ししますのじゃ」

 

「活躍すれば特上の褒美を与える……私の次女をお主の倅に嫁がせる」

 

「は? ……いやいや、家格が足りんのではないですか? 毛利はあくまで外様なのじゃが」

 

「そう思っているのは大内家の内部を知らない人だけだ。房元に盛就……奴らは人誑しかなんかか? 大内の家臣達だけでなく貴族や僧達も絶賛していて悪いが一国人に抑え込んでおく訳には行かなくなった。(大内)義隆なんかは勝手に2人と義兄弟の杯をしているくらいだ。今回の遠征で元就の才覚が紛れでないと分かれば安心して娘を預けられる。義隆の代か、その次の代には大内家の重臣の中に毛利家が入っているかもしれんな」

 

「そうなるように頑張りますのじゃ……じゃあもう少し野心を出してもいいかのぉ」

 

「なんだ四国にでも手を出すのか」

 

「やはりわかりますのじゃ?」

 

「毛利が武田家の水軍勢力を吸収する動きをしたところからな。目的はなんだ?」

 

「大内家と毛利家の財源……勘合貿易に関することじゃ」

 

「ほう、続けよ」

 

「目的は土佐。大海に繋がっておるが、気候が暖かく、薩摩の様に暖かいが土の質が悪い場所ではなく、しっかりしている……故に南国の作物が育つのじゃが次なる商品の仕込みをしたいのじゃ」

 

 元就は袋から白い粉を見せる。

 

「砂糖じゃな」

 

「ほう、砂糖か。確かに琉球や明から輸入しなければならない物かつ高値の品であるが」

 

「勘合貿易に頼り切りも危ないじゃろうて……畿内に売れる品や勘合貿易で高値で買わされている砂糖の量を減らせればその分だけ違うものを運ぶことが出来るのじゃ。それに他の作物も色々と育てる実験が出来そうな土地が土佐なのじゃよ」

 

「銭の巡りを理解しているのだな。国人の視点ではないぞ」

 

「もっと巨大な銭の流れを経験してのぉ……土地に凝る理由はそこで生産できる作物の価値で十分じゃ」

 

 大内義興は地図を広げて駒を置く。

 

「安芸、備後、伊予、土佐……4カ国を与えるにはそれ相応の対価が必要だぞ」

 

「人質……は要らんじゃろうし、大友を滅亡させるが良いかのぉ」

 

「大友を滅ぼせたのならば四カ国を与える実績にはなりうるな。どうする? やるか?」

 

「毛利の活路は四国じゃ。やるに決まっておる!」

 

「毛利の力を見せてもらおうか」

 

「準備をする故に2ヶ月時間が欲しいのじゃ。それで良いかのぉ」

 

「ああ、それは与える。負けてもらっても困るからな」

 

「助かるのじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 大内義興との会話後に元就は急ぎ安芸国の吉田郡山城に戻り、元就が武功を立てれば伊予と土佐の領土切り取りの許可を大内義興から出たこと、大内義興の娘を房元に嫁がせる事の約束がされた事を報告し、ならば全ベットの方が良いと房元も判断し、毛利精鋭の常備兵3000を送り込む事が決定された。

 

 国元を離れる長期遠征や弾薬面の補給がちゃんと出来るかの不安はあるが、当主である房元自らが補給計画を立案すると張り切っているので任せた。

 

 元就は長陣で留守にするからと彩乃と怜とハッスルし、2人を孕ませつつ、出陣となった。

 

 

 

 

 

 

 

 北九州では肥前や筑後方面の少弐軍には大内側が優勢、豊後の大友戦線は劣勢であり、豊前宇佐郡を管理していた佐田一族が防衛戦で敗北し、中津港がある中津城と豊前中部の要所長岩城にて防衛線を引き直していた。

 

 元就率いる軍は中津港から中津城に入城し、毛利軍は遊兵として動く権限が与えられていたが、豊前方面を担当していたのが亡き兄興元の妻の父であり毛利家と縁戚でもある杉興長の一族でもある豊前守護代杉重祐だったので、挨拶も早々に元就に宇佐神宮の奪還を依頼されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 宇佐郡奪還の作戦計画としては杉軍5000と長岩城兵2000が宇佐郡西部に侵攻し、その間に元就率いる毛利軍3000が宇佐郡北部の宇佐神宮を奪還、宇佐郡各地に建てられた砦を破却し、豊後高田港の占領を命令された。

 

 彩乃経由で事前に豊前、豊後の未来の地図を取り寄せ、大まかな地形は把握していたが、忍び衆を放って情報収集を行わせていた。

 

 直ぐに犬丸川の下流……今津と呼ばれる場所に大友軍の砦が建設中であるという情報を掴むと出陣。

 

 建設途中の為に兵が500名も居なかった為に力攻めでも簡単に攻略し、そのまま天津砦も攻略した。

 

 2日で2つの砦を落としたことで大友にも情報が流れ、毛利軍が伊呂波川を翌朝渡河しようとしているという情報を流し、大友軍2000を釣り出した。

 

 暗闇が晴れる頃には毛利軍は渡河を終えて防衛陣地を構築しており、渡河途中と勘違いした大友軍は毛利軍に突っ込んだが、約元就が持ち込んだ1人2丁……6000丁の火縄銃が火を吹いた。

 

 射手1名に装填手1名で4丁で運用し、射手が1発撃つ間に装填手が次弾を用意しておき、撃ち終わってすぐの銃は他の銃を装填する間に冷却するというのをやっていた。

 

 そのため途切れることの無い射撃が実行され、大友軍は銃を見たことも無かった為に1射目で前衛が一瞬で壊滅したことも理解できずに、中衛も射撃を受け、崩れ逃げる中衛と後衛が衝突し、大友の陣が崩壊したのを見て騎馬隊500騎が追撃を仕掛ける。

 

 目ぼしい武将達は討ち取られ、兵達も四方に逃げ去り、大友軍2000は消滅。

 

 障害が消えたことで毛利軍は善光寺砦、城井砦を破却して侵攻開始から5日で最初の目標の宇佐神宮の奪還に成功する。

 

 宇佐神宮を補給拠点にした元就は長浜の港から大内水軍に守られた毛利の補給船団から弾薬の補給を受け一時休息をとる。

 

 その間に忍び衆が情報を集めるが、杉軍による猛攻を受けて宇佐郡南部も大友家が劣勢で守りに入っていると情報を受けると、進撃を開始。

 

 豊後国東半島制圧を戦略目標と定めた。

 

 まずは先手を取り、最初の目標であった豊後高田港を占領すると、そのまま国東半島北東部にある富来城を包囲し、新兵器噴進弾を城門に向けて発射。

 

 パシューンという音とともに飛んでいった噴進弾は先端の鉄の槍部分が城門横の土壁に突き刺さり、そのまま爆発。

 

 爆発の勢いで城門や周囲の土壁が吹き飛び、第二射が発射され、二の丸の城壁も崩壊。

 

 そのまま毛利軍が一気になだれ込み、富来城は落城。

 

 富来城を居城にしていた富来一族も捕らえられたものの、噴進弾の恐怖を周囲の城に伝播させるためにあえて解放されるのであった。

 

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