元就が国東半島北部海岸地域を占領したことにより豊後の制海権も大内側に大きく傾き、豊後の海岸沿いが大内水軍によって略奪が本格化。
これに対応するために国東半島中心部にある小門牟礼城の田原氏と国東半島南東部にある杵築城に集めた兵と各戦線から何とか抽出した兵2500の合計6000を対毛利に当てた。
大友義鑑は戦争において敗北は時間の問題と悟り、外交でこの状況を打破することを選択。
将軍を動かした休戦命令を引き出す事を目論んでいた。
そのためには、京での政治工作期間を考えて戦線を3ヶ月持たせる必要があり、快進撃を続ける毛利軍を足留めしなければならなかった。
そんな元就の元に忍び衆から小門牟礼城に兵糧を運搬している場所を発見したという報告があり、小部隊を送り込んで兵糧を燃やす嫌がらせを行ったところ、次は大規模な兵糧部隊が攻めて来るという情報を掴んだ。
元就はやけに情報の精度が良いことを疑問に持ち、二重策に出る。
兵糧を奪うための部隊を近隣住民から集めた兵にやらせて、元就率いる本隊は隠れて様子を見るというのを行った。
どうしても大友側の作戦が三国志の袁紹軍対曹操軍の官渡の戦いの前哨戦で行われた補給部隊を囮に軍を釣る計略に情報が流れる速さがどうしてもおかしいと思ったのと、小規模な部隊とは言え襲われたルートを使って更に兵糧運搬するのはおかしいと思ったからである。
元就の予想は的中し、農民兵達が兵糧に群がったところを弓矢で射られ、大友軍が襲いかかってきたのである。
それを元就は逆に伏兵としていた兵1000名に射撃させて大部分を討ち取ってしまう。
「元就様、敵将らしき人物を捕らえました」
「ほう、連れてくるのじゃ」
すると銃弾を足に受けてびっこを引いて歩く者が連れ出された。
「曹操軍軍師荀攸の策略……延津の戦いの輜重隊を囮に使う策じゃな。考えたのはお主か?」
「想像に任せます」
「若いな……お主20かそこらじゃろう。名は何と言う」
「石宗……角隈石宗です」
元就はその名前を聞いてあぁ、コイツが作戦立案したなとわかった。
将来的に大友の将全ての師と言われるだけの知略と品性を持ち、あの明智光秀も放浪時期に角隈石宗を師事を受けたという真偽が定かでは無い書状があり、それだけ影響力の大きい人物であった。
「惜しいのぉ……なぁ石宗、ワシの部下にならんか」
「は?」
「大友は一度ここで攻め滅ぼす。それが終わったらワシの息子達の教育をしてみないか?」
「何を馬鹿な事を……策を見破られた将に価値など……」
「ワシはお主になら1万貫の俸禄を与える価値があると感じておるが……」
「馬鹿なお人だ。足をやられて動くこともままならない私にそんな価値は無いでしょう」
「いやいや、それだけワシはお主を買った。まぁ見ておれ、国東半島の城は数日のうちに落とすからのぉ……」
とりあえず捕虜として角隈石宗の足を衛生隊が治療する。
弾丸を抜き取り、焼酎で消毒しながら傷口を綺麗な糸で縫い、包帯で固定した。
これでも歩くのは辛いというので、専用の籠を用意させた。
兵糧運搬をしていた部隊が壊滅したことで、無理に兵を集めた事が災いした小門牟礼城及びその付城は食料が十分に支給されず、雑兵が逃げ出してしまい、その雑兵が逃げ出した道から裏道が割れてしまい、小さな城だったために即日に落城。
元就はその城を破却すると軍を南東に移動させて杵築城を包囲。
杵築城は平城の為兵を詰めるには良いが防御力に乏しい城であり、未来の石垣や天守閣のある立派な城ではなく、土壁や木の柵、空堀等で防衛しているため更に堅城とは程遠い城だった。
元就は即座に噴進弾の使用を決定し、10発を正面に発射し、城壁に突き刺さった物もあれば、飛び越えて城内に侵入したのもあり、それが大爆発を起こした。
城内に数千の兵が詰めていたこともあり、百数名が一瞬で肉塊になり、城壁が穴だらけになったことで雑兵達は大混乱に陥り、第二波が発射されると我先にと城内から雑兵が逃げ出してしまうのであった。
そして飛び出してきた兵を待ち構えているのは鉄砲隊であり、次々に射殺されていき、杵築城の正面の空堀には血の池が出来上がっていた。
それをこれでは戦にならないと杵築城の城主は切腹して城兵の助命を嘆願し、元就はこれを受け入れて杵築城は落城。
国東半島は約5日で制圧となるのだった。
元就はそのまま国東半島から南の大神氏が籠る日出城を包囲し、救援に駆けつけた大友軍を釣り出して待ち伏せの末に大打撃を与え、大友の戦線は崩壊。
杉軍が豊後西部を制圧し、最初の目標であった宇佐郡も制圧。
大友家の勢力は豊後東部を残すのみとなり、ここで大内義興が調略を行っていた菊池家当主菊池義武は大友義鑑の弟ながら大友家の当主になるために行動を開始。
菊池勢力から援軍として3000の兵を集め、それを兄大友義鑑の居る大友館を襲撃し、援軍だと思っていた弟の突如の裏切りに対応できずにそのまま戦死。
菊池義武は大友重治に名を戻し、そのまま大内義興に降伏し、大友重治の大友家継承と豊後と肥後の守護代職を与え、従属化させる。
同じ頃に少弐氏も恒例行事の当主の戦死が起こり、少弐勢力は降伏し、1年も経たずに反大内連合軍は瓦解。
大内家は肥後、豊後、筑後の3カ国を従属させて影響力を広めることに成功した。
「青田買いの時間じゃな!」
元就は粛清吹き荒れる豊後の各勢力に接触し、菊池家から流れてきた家臣達を優遇し、場合によっては粛清する大友重治に対して逃亡したり反乱を起こし家族を逃がすための候補地として元就が逃亡先を提供し、元服前の雷神立花道雪(戸次孫次郎)だったり、将来大友三家老と呼ばれる吉弘鑑理、臼杵鑑速、吉岡長増(全員まだ10歳未満)を青田買いに成功する。
元就は毛利家に大友オールスターのエースとクリーンナップを引き抜く所業を行い、更に既存の家臣達と競わせることで相乗効果で仕事の不正を防ぎつつ、業務を円滑化させるのであった。
そして角隈石宗に特例で未来の書物を見せたところ
「ここに住んでも……いや! 司書にさせてください!」
と元就と彩乃の集めた書庫の本の虫になる宣言を行い、とりあえずやらせてみることにした。
すると本に書いてある事を色々試したり、元就が作った教科書の編纂作業をしたり、三国志の軍略を纏めたりと生き生きと生活するようになり、その知識を学び舎で教える教師の役目も担う様になる。
歴史に名を残す天才軍師が教師をしているので、教えられた家臣や子供達もメキメキとレベルアップしていき、毛利家の質量共に多い家臣団形成の礎となるのだった。