「おお、お主が尼子の倅か」
「は、はい……」
大内館では毛利家が尼子家を滅亡に追いやったので捕らえられた6歳の尼子三郎四郎が大内義隆の前に連れ出されていた。
勿論毛利房元も戦勝報告をするために一緒に居た。
「世は乱世故に力無ければ滅ぼされるが常……まぁ運が悪かったと思え」
「はい……いぇ……正直安堵しております……」
「安堵か?」
「毎晩の様に降り注ぐ砲弾。城のどこに居ても聞こえてくる砲音、守兵達が次々に肉片へと変わり生きた心地がしませんでした。正気を失い、私は今でも夢に見ます。恐ろしく恐ろしく……どうか仏門に入れることを許してください」
「それは駄目だ。お主にはまだ利用価値がある。尼子の親族衆だった新宮党は腹を切らせたり、仏門に入れた。お主だけが尼子を再興に使える駒だ。それをもって潜伏している反乱分子を炙り出す」
「そ、そんなぁ……」
「なに、お主は大人しくしていれば安全に暮らせる事は約束してやる……それよりも房元! よくやってくれた」
「いえ、陶隆房殿達が新宮党を削って無ければこの様に順調に進む訳には行かなかったです」
「そうか……陶や内藤の力はまだ必要だからな。侵攻失敗の責任は取らせねばと思ったが」
「今謹慎中でしたよね。流石に謹慎は解かれては?」
「うむ、今回の事で懲りたであろう。それと房元、今回の件は足利義維様も喜んでおったぞ。義維様は弟の盛就を今まで評価していたが、今回の尼子の件で房元も高く評価している」
「いえ、私は(大内)義隆様に喜んでくださるのが一番嬉しいのでそれ以上は」
「嬉しいことを言ってくれるで無いか! どうだ! 今夜一緒に楽しもうではないか! 尼子攻めのことを詳しく語ってほしいが」
「望まれるなら久しぶりに熱く語りましょうや」
「それでこそ房元よ!」
毛利房元と大内義隆が熱く語り始めた事で尼子三郎四郎は解放され、大内義隆が用意した山口郊外の屋敷に住むことになった。
尼子3代に仕える重鎮亀井秀綱も大内に投降していた。
亀井秀綱は房元から能力を買われて毛利家の家臣に誘われたが、尼子経久に拾い上げてもらった恩を捨てることはできないと断り、幼い三郎四郎と同じ屋敷で生活をすることになる。
そんな尼子屋敷に何を考えてか山口留学をしている毛利元経が度々屋敷に出入りするようになっていた。
「元経兄ちゃん」
「よぉ三郎四郎元気か」
「今日は気分が良いんだ……お茶また点ててくれる?」
「あぁ良いぞ」
自己肯定感の低い元経と戦争のトラウマで重度の臆病になっていた2人は年が離れていたが馬が合った。
毛利元経が24歳(数え年)なのに対して尼子三郎四郎が6歳である。
史実では尼子攻めの最中に病没し、方や大名として尼子義久として尼子最後の当主となり、尼子滅亡後は毛利の客将として余生を過ごした男の交わりである。
何か運命的なのが繋がったのかもしれない。
「私は偉大な尼子を滅ぼしてしまった駄目な男なのです。爺様や父上は月山富田城で何度も尼子の窮地を打破してきたのに私は……」
「仕方がないさ。年の割にはよくやったよ」
「そうでしょうか……」
「私も兄上達が凄すぎていっつも自分は駄目な奴だと気に病んでしまう。側室の子供だし、兄上達が皆領主になっていく中、私は山口で連絡役だぞ。妻も作れずに! 三郎四郎も辛いかもしれないが活躍できる場がきっとあるはずだ。なんなら私と一緒に政務や文学の勉強をするか?」
「役立つのでしょうか……」
「気を紛らわすのには使えるぞ。なんなら一緒に茶器でも作るか」
「今お茶を飲んでいる湯飲みですか?」
「そう。そういうのを作るの。楽しいぞ」
「や、やってみたいです」
元経も最初は毛利と度々敵対していた尼子とはどんな敵だったのか探るつもりだったが、三郎四郎の境遇があまりに辛い物と精神が壊れかけているのを見て、自分も能力の高い兄達と比べられて辛い思いをしたことから離れた場所にいる弟を可愛がるように元経は三郎四郎を可愛がった。
ある時は貴族達と一緒に交流をし、ある時はお寺で仏教を習い、ある時は元経と一緒に茶器を作り、絵や書道をしたりと三郎四郎にとって楽しい時間を過ごした。
亀井も三郎四郎が夜な夜なうなされていることを知っていたために見守りはするが、やりたいことをやらせてあげようととやかく言うことはしなかった。
尼子という巨大勢力が崩壊したことで奈良公方の足利義晴の味方が更に無くなり、勢力は更に減衰。
一方で山口の幕府は更に権威を強めるが、周囲からは完全に大内家の傀儡にしか見られないようになる。
また尼子討伐を祝い、朝廷は大内義隆の官位を更に上げ、従二位と兵部卿の役職が与えられた。
この兵部卿という役職は朝廷の軍事部門の長であり、本来であれば朝廷の軍事関連……兵の徴兵や軍の差配を担う役職であり、鎌倉時代以降実権は征夷大将軍に奪われていたが、征夷大将軍の下の兵部卿が差配するということで朝廷は実権を失っていた権限の回復を狙う動きをしたのである。
幕府から権限を奪うような行為であり本来では幕府が激怒してもおかしくないが、足利義維は大内義隆の傀儡に成り下がっており、抵抗する気力も兵力も味方も居なかった……が、何を思ったか毛利に対して大内による幕府の権限を削る行為を止めて欲しいと要請してきたのである。
いきなりの命令に毛利房元は驚愕し、房元はこの命令書を直ちに大内義隆に提出。
大内義隆は将軍が勝手に家臣を動かそうとした行為に今回は注意で済ませた。
ただ今回の一件で足利幕府では巨大化した大内の権威を担保するのは朝廷で十分であると判断し、いかに将軍の権限を大内に移せるかを探ることになるのであった。
幕政の殆どを大内の家臣が代行していたので内情を探るのは簡単であり、幕政の政務の効率化だったり簡略化を理由に大内への権限が譲渡されていくのだった。