ソラトバン、鬼械人   作:min(みならい)

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酒と、コローネ

◆ 72、幽雲、追っかける ◆

 

「おーい、ソラトバン。おーい、弐ノ塔や。どこ行ったんじゃ~?」

 巨人が走る。

 目がひとつしかないモジャモジャの顔を、あっち、こっちとキョロキョロさせながら。

 ズシーン、ズシーンと、麦畑だの、道路だのを踏みつぶして、走る。

「あー! 俺の畑が!」「あー! 橋が壊れた!」

 人間たちが悲鳴を上げる。

 だが、巨人は気付かない。

「どこじゃー? まったく、あいつらめ。行方不明になりおって!」

 文句言いながら走ってゆく。

 この大騒ぎを、聞きつけたのか。前方から、何かが飛んできた。2台。赤くて丸っこい・・・カナブンみたいな・・・

 巨人もこれには気が付いて、

「おや? 空飛ぶカブトガニじゃ」足を止めた。「もしかして『空飛ぶ台』の兄弟かのう?」

 ぶわっさ!

 赤いカブトガニ、空中でうなずく。

「やはりな」巨人、うなずく。「妙雅(みょうが)に、聞いたことがあるわい。なるほど、実物はこんな感じか」

 ぶわっさ?

 赤いカブトガニ、空中でかたむく。

「わしゃ、生き残りの巨人じゃ。幽雲(ユーン)と呼ばれておる。妙雅に会わんとて、冥界にやって来た」

 ぶわっさ。

 ぶわっさ、ぶわっさ。

 赤いカブトガニ2台、互いに顔を見合せ、うなずき、1台が飛び去った。

 残った1台が、クイックイッと首振るみたいな動きをする。

「案内してくれるんか?」

 ぶわっさ。

「そりゃ助かる。連れが迷子になりよってな。妙雅のところへ行っとると思うんじゃ」

 ぶわっさ。

 

 空飛ぶカブトガニに誘導されて向かったのは、険しい岩山であった。

 雲まで伸びる頂きに、白い雪がかぶさっておる。

 ・・・冥界でも雪は降るのかって? 降るみたいですよ。雨だって降るし、霧だって出る。カミナリが鳴ったりもするそうだ。

 さてそんな険しい岩山の谷間に、黒い道が通っておった。

「むむ? この道。妙雅の床パネルと同じ素材じゃ」

 ぶわっさ。

「やはりな」巨人、うなずく。「この道の先へゆけばええわけじゃな?」

 ぶわっさ。

 空飛ぶカブトガニは、ここで止まった。幽雲を見送る。『この先はもう迷うことはあるまい』っちゅう意味であろう。

「ありがとさんじゃ」

 幽雲はあいさつをして、岩山によじ登った。

 ・・・なんで道をゆかんのかって? そりゃ、道は曲がりくねっとるからだ。巨体を生かして山登るほうが、圧倒的に速いのだ。

 幽雲。穴堀りマニアである。

 岩山のどこが硬くてどこが脆い(もろい)か、見抜く能力はある。

 またその巨体からは想像もできんほど、登るのがうまい。見る見るうちに岩山を登った。

 中腹までやってきた。

 背後に、冥界の平原。

 前方には、盆地。

 岩山に囲まれた、広~い広~い盆地である。火山・・・というわけではないが、カルデラっぽい地形である。涼しい日差しに恵まれ、淡い色の草原が広がっておる。

「ハポノ高原みたいな風景じゃ」

 幽雲は呟いて、岩山の峰をひとつヒョイとまたぎ、草原に降り立った。

「やれ。どうやら、見つけたようじゃ」

 ふわ~ん・・・。

 前方に、巨大な塔が、2基。悠然と空中に浮かんでおる。

「おーい、弐ノ塔や。おーい、妙雅や。わしも話に入れてくれい!」

 幽雲は大きな声で呼びかけて、ドッスンドッスンと走って行った。

 

◆ 73、弐ノ塔、妙雅と交渉す ◆

 

「うわあ! 地震じゃ」

「幽雲様が追いついてきたみたいやな」

 ソラトバンと清雅。草原にて。

 突然地面がドッスンドッスンと揺れ始めたので、びっくりする。

「ヤバい。ここアカンわ」

「え?」

 見れば、巨人がまっすぐこっちに走ってくる。踏みつぶされるコース。

「うわあ! 止まってくれ、幽雲どん」

「立て。逃げるぞ」

 清雅に引っ掴まれたソラトバン。女とは思えんパワーで半分空中に浮かびつつ、自分でも走り出した。

 幽雲のコースから直角に逃げて、大きな岩の影へ。ドッスン! ドッスン! 岩が浮かび上がるほどの地震を起こしながら、幽雲が駆け抜けた。

「迷惑千万(めいわくせんばん)じゃ!」

 やがて、地震は収まった。幽雲が止まったからである。

「ヤレヤレやわホンマ」ゴロンと岩に転がる清雅。

「後で文句言うてやらにゃ・・・」

 ソラトバンはブツクサ言って、巨人の背中を眺めた。

 幽雲どんの背中。髪の毛がモジャモジャしておる。

 弐ノ塔(本塔)の姿。いつもの通り、空に浮かんでおる。

 そして、黒い連塔の姿──

 

 9基の塔からなる、空飛ぶ連塔である。

 中央に、巨大な塔。弐ノ塔よりひと回りデカい。そこから放射状に、8基の副塔がつながる。うち1基は砲塔になっており、でっかい大砲が備わっておった。いまは、その大砲は誰も居らん方向に向けられておる。

 黒々とした塔が9基も並んで空中に浮かぶ姿は、圧巻であった。弐ノ塔が小っちゃく見えてしまう。

 

 この連塔が、妙雅。

 弐ノ塔と同じ、空飛ぶ生き物。幽雲と弐ノ塔が、教えを乞いに来た相手であった。

 

≪久しぶりですね。幽雲。相変わらずのようで≫

 妙なる(たえなる)声。黒い中央塔から、鳴り響く。

 答える幽雲の声も、盆地を囲む岩山にこだまして、ソラトバンたちにもよーく聞こえた。

「元気そうじゃな、妙雅」

≪冥界にいるのを元気と言うかどうか?≫

「いやいや。綺麗な姿に戻っておるじゃないか。美人じゃぞ」

≪まあそうですね!≫

「・・・口説いとるw」と清雅。

「・・・幽雲どん、あんな軽口叩けるんじゃな」

≪話の続きをしたいんじゃが?≫弐ノ塔が割り込んだ。

≪時間制限がある──っちゅう話じゃったな?≫妙雅が、弐ノ塔と同じ御国言葉になった。≪テキパキ行こう≫

≪弐ノ塔の国は、トンボを蘇生するつもりじゃ。トンボの承諾も得ておる。じゃがしかし、障害が2つある≫

≪弐ノ塔の国とな? オマエも偉くなったもんじゃな≫

≪混ぜ返すんじゃないわ≫

≪はいはい。障害とは?≫

≪ひとつは呪文版。これが直せんことには、蘇生ができん。もうひとつは飛行ユニット。修理ができず、運用に難がある≫

 弐ノ塔は、少し高度を下げた。お辞儀であろうか?

≪それで、おぬしに頭を下げに来た。どうか、私に、秘伝を授けてください≫

≪・・・。≫

 黒い連塔のほうは、ぐるーん・・・と、回転した。

 砲塔がこっち(ソラトバン方向)を向く・・・かと思うたら、その前に止まって、ぐるーん・・・と逆回転。元に戻った。

 そして、こう言うた。

≪呪文版が手に負えんのはわかる。ルーン使っとるしのう。じゃが、飛行ユニットはなんでじゃ?≫

≪なんでとは?≫と、弐ノ塔。

≪トンボのヤツぐらい、わかるじゃろ?≫

≪いや、わからん。トンボの遺体は確認した。私には修理できん≫

≪なんでできんのじゃ?≫

≪なんでと言われても・・・≫

 空飛ぶ塔2人(2基?)、沈黙する。

 幽雲が口をひらいた。「飛行ユニットの伝授に、支障があるか?」

≪ない。約束でもあるし。あんまり強力な鬼械人を造ってほしくないとは思うが≫

≪人間を圧倒するな、っちゅう意味か?≫と、弐ノ塔。

≪まさにということじゃ≫

≪ウチは、そのつもりはない≫

「わしもない」と、幽雲。「量産するつもりもないしのう」

≪量産せんのか? てっきり、あの工房でやるもんかと≫

「弐ノ塔よ。わしは、妙雅の最期を見ておる。同じ道を進むつもりはない」

≪そうか≫

≪よかろう。ほじゃ、弐ノ塔に伝えておこう≫

 

「ひとつ、決まったようやな」

「まったく、話が早いわい」

 清雅とソラトバンは、野次馬じゃ。

 でっかい岩に寝そべって、涼しい風を楽しみながら・・・

 何が決まって、今後どうなるのか・・・

 理解しようとしておる。

「人間を圧倒っちゅうのは、弐ノ塔が帝国をボコボコにするっちゅう意味かのう?」

「そんな小っちゃい話ちゃうやろ」

 清雅、岩の上の小さな草むしって、投げた。

「弐ノ塔ママと幽雲様が組んで、トンボ量産してみ? どうなる」

「どうなるんじゃ」

「ちったァ考えんかい、アホウ」寝そべったまま蹴ってきよった。

「いたいな。・・・そりゃまあ、強いじゃろうな。あんな速さで、空飛ぶんじゃもの」

「うん」

「チラーニの兄貴と戦ったとき、わし、何回も『空に逃げたい』と思うたが、」

「アカンぞ? 絶対やんなよ」

「うむ。兄貴にも言われたわい」

「それで何人も死んどるからな。撃竜界でな」

「六腕ロボ?」

「そや。ゴブリンの新兵が敵に囲まれて、逃げようとして浮かび上がって」

「わしと一緒じゃな」

「ナンガラックに鎖引っ掛けられて、引っ張られて、地面に叩きつけられて」

「ああ・・・」

「まー、同じコトされたら、トンボだって乗っとる人間は死ぬやろけど」

「飛ぶのが速けりゃ、当たらんものな」

 ソラトバンは、うなずいた。

「相手の攻撃は当たらん。こっちは空から撃ち放題。強いわな」

「そうや。細かいこと上げりゃ、もっとあるけど・・・」

 清雅。

 こっちを見てきた。

 黄色い目がキラキラしておる。

「・・・トンボ量産したらな、ウチら、世界征服できるぞ?」

「アホなことを言うんじゃないわ」

「世界征服すりゃ、金も、オンナも、酒も、いくらでも手に入るぞ?」

「いらんわ。持て余すだけじゃ」

「誰にも襲われへん身分になれるぞ? 覆面どもに誘拐されることもないぞ?」

「・・・。」

 清雅、ニヤーッと笑った。「安全になりたいやろ? 幸せになりたいよな?」

「ふんw」

 ソラトバン、笑うた。

「だまされんぞ。わしを試すんじゃない。まったく、馬鹿にされたもんじゃ」

「なんでや。世界征服すりゃ、安全になるんちゃうか?」

「ならん。村長は、村人から妬まれる(ねたまれる)モンじゃ。世界征服したら、世界中から妬まれるに決まっとる」

「ふふンw」

 清雅も笑った。もう試すのはやめて、「安心したわ」

 

≪呪文版については──≫

 空飛ぶ塔と巨人の話はつづく。妙雅が、こう言うた。

≪ここへ持って来い。そしたら、直してやろう≫

≪持って来る。・・・それだけでええんか?≫

≪ええぞ≫妙雅の声に、笑いが混じる。≪持って来れるんならな≫

≪どういう意味じゃ?≫

≪とにかく、それが条件じゃ。呪文版については、何かを教えることはできん。持って来たら直してやろう≫

 

「あー・・・」清雅が天を仰いだ。「こらアカンわ」

「何がアカンのじゃ」

「ママと合流したら話す。妙雅様、蘇生には反対なんや、たぶん」

 

◆ 74、旅行の最後に ◆

 

≪清雅よ、何がアカンのじゃ?≫

 

 ふたたび、空の旅。

 弐ノ塔に乗って、ソラトバンと清雅は岩山を降りる。

 幽雲は「積もる話がある」っちゅうことで、妙雅のところに残った。時間が許す限り、話をするそうである。

 で、2人が見えんところまで降りてきたところで・・・

「あの条件、アカンわ。弐ノ塔ママ」と、清雅が言い出したんである。

 

「冥界にはモノ持ち込まれへんねん。ウチの術では」

≪なんじゃと?≫

「弐ノ塔ママも、いま、雑務ユニットとか飛行塔、あらへんでしょ?」

≪・・・うむ≫

「そういう感じになんねん。ハゲてまうねん」

「・・・。」ソラトバン、自分の髪撫でる。

「そっちのハゲちゃうわ」蹴られた。

≪呪文版は持って来れんのか?≫

「うん。うちの術では」

「トンボどんを連れて来たんじゃ、ダメなんか?」

 ソラトバンは、訊いてみた。

 本人が来てくれれば、それで済むような気がするが・・・

「いやアカン」

 ・・・清雅さんによれば、答えはNOであった。

「冥界の肉体は、現世の肉体とは別モンや。一緒やったらトンボ様動かれへんやろ。死んだまんまになる」

「それもそうか」

≪妙雅のヤツめ・・・不可能と知っとって言うたんか・・・≫

「それはわからへんけど。ウチの知っとる限りでは、直接来る以外、方法ないですわ」

「歩いて来れるんか? ここ」

「来れる、けど、人間には入り口が見つからへんようになっとんねんなー」

「結局ダメじゃないか」

「うーん。一応、もしかしたらの、心当たりはあんねんけど」

「なんじゃ?」

「本人が隠しとるみたいやから、悪いけどオマエには言われへん。後で弐ノ塔ママにだけ話すわ」

「えー・・・」

≪ああ。なるほど。たぶん、わかったわい≫

「たぶん、それで正解ですわ」

「なんなんじゃ」

 なんか、解決したようじゃが。ソラトバンは、蚊帳の外(かやのそと)であった。

「ところで、おふくろさん。飛行ユニットのことは、いつ習うんじゃ?」

≪もう習うた≫

「は?」

≪空飛ぶ台の通信で、すべて伝授されておる≫

「つうしん」

≪手紙みたいなモンじゃ。一瞬で読み書きでき、どんな離れたとこにも届く≫

「そんな馬鹿な」

≪バカとはなんじゃ≫

「訳がわからん。そんな手紙、あってたまるか」

≪ある。人間がこの世に存在しとるのと同じぐらい確かに、この世に存在しとる≫

「えー・・・」

 

 弐ノ塔は、岩山を抜けた。

 平原に出る。冥界を照らす明かりは、夕焼けっぽくなってきた。

「もう夕方じゃのう」

「うん」

「そろそろ、帰ったほうがええんじゃないか?」

 すると。

 清雅が、背中を向けたまま・・・「帰ってええんか?」

「は? どういう意味じゃ?」ソラトバンは首をひねった。「帰らんかったら、死んでしまうんじゃろ?」

 すると。

 清雅は、振り向いて・・・「オカン(おっ母)に会わんでええんか?」

 

 ソラトバンは、父母に会うた。

 2年前に死んだおっ父とおっ母。流行り病で、食うものも足りず、やせ衰えて死んだのであったが・・・

 冥界では、ツヤツヤした顔して仲良くしておった。

 弐ノ塔が迫って来たのでビックリし、そこから息子が降りてきたのでビックリする。腰を抜かしての再会となった。

 ソラトバンも、初めは戸惑ったが・・・

 話し始めてみれば、確かに、おっ父とおっ母であったので・・・

 2年のあいだの出来事。空飛ぶ巨人は本物だったということ。

 自分がこれから、どう生きていくつもりか。

 そうしたことを話して・・・

 清雅が「悪いけど、そろそろ時間や」っちゅうまで、一緒に過ごしたのであった。

 

「すまんな」

「いや。・・・いや。ええんじゃ。行こう。おふくろさん、出してくれ」

 両親が手を振っておる。弐ノ塔は、丘を超えるまで、ゆっくり移動した。

「・・・ほな、術解くからな。初めは動くなよ。急に動いたら、ケガするぞ」

「了解じゃ」

≪じっとしとるわい≫

 

 ごつん!

 弐ノ塔の雑務ユニットが床に倒れる音で、ソラトバンは目を覚ました。

 

<・・・いたい>

「大丈夫か、おふくろさん」

 頭だけ動かして、見てみれば。

 おふくろさんの雑務ユニット(小さい塔みたいなやつじゃ。手がついとるヤツな)、転がらんよう岩を噛ましてあったのに、その岩乗り越えて顔面を床にぶつけておる。顔面というか、まあ八角錐の一面じゃが・・・ひとつ目が地面にぶつかっておる。

「動いたらアカンって言われたじゃろ」

<ちゃんと目が覚めてから動いたんじゃ>

「しょうがないのう」

 ソラトバン、起き上がって、おふくろさんを助けようとした。

 ・・・あれ? 毛布に頭から突っ込んでしもうた。

「ぐえっ」

 清雅がうめく。

 なんと、ソラトバン。清雅の上に、×の形に重なって倒れてしもうたんである。

 冥界旅行に出る前には、距離があったのだが。どうやら、清雅がこっちに倒れて眠ったようである。加えて、いまソラトバンがそっちに移動しようとして倒れたので、空いとった距離を乗り越えて、ぶつかってしもうた。

 男の胴体で、女の子の柔らかいお腹を押しつぶしてしもうた。これはいかん。タダではすまんぞ。

「すまん清雅」

「後でコロス」

「いや。いま、俺がやる」

 浮鬼から再鬼どんが降りてきた。やっぱり、タダじゃすまんかったわい。

 

◆ 75、コローネ、話を耳にする ◆

 

「ばーかwww」

 戻ったら、チーニャの姐御に大笑いされた。

 姐御、留守番のあいだ、チラーニの乗り手席で待機しとったらしい。

 そこに浮鬼どんから、<ソラが清雅を押し倒した>っちゅう通信が入ったそうじゃ。

 なんじゃそりゃ! 嘘ッパチ(嘘八百)じゃわ! ・・・と説明したら、笑われたっちゅうわけじゃ。

「おふくろさんがコケたんで、助けようとしたのに・・・」

<・・・>

 おふくろさん、そっぽ向きよった。おのれ。

「うひゃひゃw」姐御、めっちゃ笑っとる。「だから言ったろ? 清雅はヤバいぞって」

「手ェ出したんじゃないっちゅうのに」

「うひゃひゃ」

「蘇生してもろたのも、冥界連れてってもろたのも、感謝しとるのにのう。やらかしてしもうたわい」

 と、会話しながら。

 食堂へ向かって、廊下の角を曲がった途端。

「ひっ!?」

 若い尼僧と、ぶつかりそうになった。

「うおっ。びっくりした」

「あ、コローネ」

 姐御が呼びかける。

 若い尼僧。名はコローネ。鳶色の髪した、どんよりした表情の、あの娘であった。

 そのコローネ。どうやら、こちらの話を聞いたらしい。ギョッとした表情をして、

「そ・・・そうか。この塔は、オーガの・・・」

 などと、ブツブツ言い出した。

「オーガがなんだって?」と姐御。

「・・・いえ。失礼」

 コローネ。頭を下げて、そそくさと歩み去った。

 その後ろ姿を見送って・・・

「不注意だったな、ソラ」

「なにがじゃ?」

「太陽の信者はさ、蘇生術を、禁忌(きんき)にしてるんだ」

 姐御。頭の後ろで、手ェ組んだ。おっぱい、たぷんとなる。いつ見てもすごい・・・。

 姐御がジロッと睨む。あわてて目ェそらす。バレバレである。

「すまん。迂闊(うかつ)じゃった」

「尼がいるあいだは、廊下でしゃべるのはやめようぜ」

 

 反省した2人であったが・・・

 幸い、この失敗は、問題にはならなんだ。

 コローネは、姐御が心配したようなことはせんかったからである。太陽神殿に報告したり、帝国に訴えたりとかは。

 ・・・もっとも、ちょっと予想外の行動はしたのだが。

 

◆ 76、おっことす ◆

 

<尼を降ろす>

 翌日、弐ノ塔のおふくろさんが、そう宣言した。

<院長が行き先を決めたそうじゃ。なので、とっととそこに落っことす>

「落っことすじゃと!」

<言葉の綾(ことばのあや)じゃ>

 

 尼たちを落っことしたのは、ショラン・ギサンチの地方都市であった。

 首都に戻すという案もあったのだが・・・

「危険だ。また帝国軍とぶつかるかも知れん」と、チーニャが反対し、

「アカンアカン」

 ハーフダークエルフ・オーガの密偵ディルーネも、強く反対した。

「ウチ行ってきたけどな。ラスカリューミヤはアカン。ヒト死にまくりや。太陽の神殿も襲われとるしな」

「では、私のツテのある都市に」

 尼僧院長が、そう決定したのである。

 

 まず、2里ほど離れた地点に、飛行塔が着陸。

 空から降りてくる塔を見て、羊飼いが目を真ん丸にしとったけれども・・・

「この程度気にしてたら、どこにも降りれん」と、チーニャの姐御が判断した。「じゃ、行ってくる」

「行ってらー」

「気を付けてのう」

 浮鬼から見送る清雅とソラトバン。

 姐御は、荷車の御者になる。手綱を軽く振った。ガッチョン。ドリナラーニどんが動き出した。

 ・・・弐ノ塔には、馬とかロバとかは乗ってませんのでね。荷車引くとなると、整備ロボ・ドリノンの仕事になるのだ。

 ドリナラーニ車。尼たちに合流した。

 エルフのご令嬢2人も一緒である。剣士のおジャスさまと、荷物背負ったハルさま。

「出発しましょう」

 レゾニカ院長が言って、みな、歩き始めた。

 先頭は、尼僧院長と、ハルさま。しゃべりながら歩く。つづいて尼たち。最後に、おジャスさまと、ドリナラーニ車である。

 ・・・で、ずーっと離れたところに、浮鬼どんがついてゆく。

「万全の体勢じゃな」

 ソラトバン、感心する。

 清雅の手元のタコ千里玉に、上空からの偵察映像が映っておる。チラーニの兄貴が、タコ飛ばして支援してくれとるんである。

 ちなみに、チラーニ本人はまたしてもお留守番。飛行塔にて、タコ飛ばしに専念してくれておる。

「それにしてもじゃが、」

「なんや?」

「あの尼さんたち、浮鬼どん見ても、オーガの鬼械人じゃ! とか、騒がんかったのう」

「ああ」

<ショラン・ギサンチはな、昔っから、オーガと仲ええらしいわ>

 と、浮鬼どん。

<尼僧院にヤドカリチャリオットがあったやろ? あれもそうや>

「あれァ、賠償らしいで?」と清雅。「むかし、幽雲洞がここの人間と戦って、負けたんやって」

「え? 幽雲洞が負けた?」ソラトバン、耳を疑う。「信じられんのじゃが」

<その戦ァ、アレや。戦士同士が国境でチマチマやるヤツやろ>

「そうそう」

「あー・・・鬼械人は使わずに、っちゅうことか」

<そらそうや。地元民との縄張り争い程度で六腕ロボ出したらオマエ・・・オーガの恥やないか>

「そうか。そうじゃな」

<小さい戦はするけども、終わったらヤドカリ贈る程度に仲良しやったんや>

「ディルーネも偉そうにしとったわ。ヤドカリ贈ったったから、ここの麦畑は大きくなったんや! っちゅうて」

「うらやましいのう。オーガと仲ええとか」

「・・・そうか?」

「うん。鬼械人見れて」

「・・・。」

<帝国が入ってからは、オーガと取引したら捕まるようになったらしいがな>

「浮鬼どん、詳しいのう」

<おう。幽雲洞のヤツらと通信したからな。情報たっぷりや>

「なるほど」

 

 トコ、トコ、トコ・・・。

 尼たちと荷車が、進んでゆく。

 浮鬼は、浮上歩行でついていく。・・・のだが、わりと頻繁に、立ち止まって待つ必要があった。

「おっそ」清雅、貧乏揺すりする。

<コラコラ。鐙(あぶみ)揺すんな。走りたァなってまうやろ>

「おっそいねん」

「まあ、遅いわな」

<──っと、チラーニの兄貴から通信や>

「つなげぇー!」

 イライラしとった清雅。めっちゃ嬉しそうにする。

<こちらチラーニ。御鬼の一つ半方向、木立の中、武装した男、7人>

「浮鬼・清雅了解。よっしゃあー、コロスぞー!」

 清雅、迷うことなく、浮鬼どんを出した。

 したところ。

 武装集団、悲鳴を上げて、逃げてった。

「ウソやん・・・」

「まあええじゃないかwww 血ィ見ずに済んで」

「笑うなボケェ~・・・」

<しかし、ここらも物騒になっとるようやな>

「そうじゃな」ソラトバン、ちょっと心配する。「尼さんたち、大丈夫じゃろうか」

「それァ尼たちの運命や。ウチらにゃどうにもできん」

 

 結局、目的地には、無事に着いた。

「あー、終わった。あー・・・」

「お疲れさんじゃ」

 と、伸びをしておると・・・

 テテテテテ! と、おジャスさまが走って来て・・・

 

「酒呑むえ!」と、おっしゃった。

 

◆ 77、酒と、コローネ ◆

 

 清雅とソラトバン。浮鬼から降りた。

 尼たちが緊張する中、おジャスさまに付き添われて、荷車のとこまで一緒に歩く。

 2人が合流すると。

「“イスリューの気付け薬”。我らの出会いを記念して、ここで頂くとしよう」

 おジャスさまが、酒瓶を出した。

 ソラトバンが贈った、あの酒であった。

 おジャスさまが、封を切る。ナイフをサラッと使うところが、いかにも剣士っぽい。

 レゾニカ院長が、酒を注いで回った。ほんのちょっぴり。ひと口だけ。

 次に、ハルさまが、水を注いで回った。

 ウィスキーのグラスと水のグラスを両手に持つ形である。

 ハルさまは、ソラトバンのグラスに水を注ぎながら・・・

「・・・舌で受けるのえ」

 と、ささやいてきた。

「・・・え?」

「舌で受けて、唾液とよーく混ぜてから、ゆっくり呑み込む。して、お水を呑んで、お腹を和らげる」

「はぁ」

 なんか・・・

 汚い飲み方じゃな?

 

 で。

 

「初めに、黙祷(もくとう)を。勇敢なるヤドカリチャリオットに。また、反乱の犠牲者に」

 みな、目を閉じる。

「──では、出会いを祝して。みなの行く手に、陽光あれ」

 

 ソラトバン、初めてウイスキーを呑む。

 ハルさまの助言の通り、舌の上で、唾を混ぜ・・・

 ・・・いやいやいや!

 強烈なんじゃが!?

 ゆっくり味わってみるつもりが、びっくりして、呑み込んでしもうた。

 喉が熱い! 胃が熱い!

「げほっ」ソラトバン、咳き込む。あわてて水呑んだ。

「・・・。」清雅、味わっておる。

「ふむ」チーニャ、なんか考えておる。

「なるほど。ええ酒やに」と、おジャスさま。

「そやろ?」と、ハルさま。

「・・・。」院長は、目を閉じて何か祈っておる。

 強烈な酒で、みな、口数が減った。

 静かに、お酒の相手をする感じとなる。

 ソラトバンは、チラッと、あの若い尼のほうを見た。

 若いコローネは、困惑したような顔で盃と周囲の人々を見ておる。

 院長を見て・・・

 それから、なぜか、ソラトバンのほうを見て・・・

 キッとした顔になり・・・

 一気にグイッと、盃を傾けた。ごくり。呑み込んだ。

「ゲホゲホゲホ!」 

 咳き込んだ。

 ひとしきり咳き込んだあとで・・・

 ギロッと、ふたたびソラトバンを見たかと思うと・・・

「そこの、鬼械人乗りの殿方!」

「・・・え? わし?」

「話があります。ちょっと、こちらへ!」

 突然、ソラトバンの袖を、引っ掴んだのであった。

 

「な、なんじゃ? わし、あんたに何もしとらんぞ」

「私の名は、ココロッツバーニャです! 院ではコローネと呼ばれています」

「は、はぁ。わしゃ、ソラトバンじゃ」

「あなたが、蘇生とか冥界とか言っているのを、聞きました!」

 その話か。

 どうしよう。

 振り向くと、尼たち、ザワついておる。チーニャの姐御も、こっちを見ておる。

 まあ、みんなの目もあることだし。黙ってやり過ごすか?

「・・・。」

「盗み聞きしてしまったことは、詫びましょう。

 ですが! 冥界へ行くなど、人間のすることではありません」

「・・・。」

「あなたは・・・」

 コローネは深呼吸して、声を小さくした──しようとしたらしい。だが、あんまり小さくなっとらんかった。

「・・・あそこにいるオーガの娘に、たぶらかされているのでしょうか!?」

「え? いや」

「悪いことは言いません。逃げれるうちに、逃げなさい。いますぐにでも。

 いまなら院長先生に助けを求めることもできましょう。

 私も、口添えしてあげますから」

「いやいや」

 黙っとるつもりだったソラトバン。

 ちょっと、ムッと来た。言い返してしまう。

「余計なお世話じゃわ。おまえさん、何様のつもりじゃ」

「・・・は?」

 コローネもムッときた顔をした。

「私はハポノ人です」

「だったらなんじゃ?」

「おまえは属州人でしょう? でしたら、指導に従いなさい。帝国には属州人を保護する義務があるのですから、」

「・・・。」

「あるのですから、つまり・・・なぜ、おまえは、オーガの塔に逃げ込んらのか? そのような必要はないはずれ、」

 尼さん。

 だんだん、ろれつが回らなくなってきた。

 正直・・・

 ちょっと・・・

 カワイイ。

 美人は得である。

 酔っぱらって説教などと。これがソラトバンなら「見苦しい」と失笑されるところじゃぞ。

「はぁ・・・」

「なんれすか!? ため息なんかついれ!」

 コローネは酒で赤らんだ顔でこちらを見上げてくる。

 美人である──だが、幼い。表情が、子供っぽい。

「若いのう」

「は?!」

「おまえさん、まだ死んだこともないんじゃろ」

「なにを言っれるのれす!」

「わしは、もう大人じゃ。誰と付き合おうが、あんたに文句言われる筋合いはない」

「・・・。」

「そしてじゃ。わしは、弐ノ塔のソラトバンじゃ。属州人じゃない」

「そんらことを言っれ。オーガと付き合っれ、空を飛んで。そんら・・・そんにゃこと、人間のすることにゃ・・・」

「はっはっは」

 ソラトバン、笑った。

「おまえさんだって、空飛んだじゃないか。何日も」

「ふぇ・・・?」

「仲間が待っとる。そろそろ戻ろう。──元気でな、コローネちゃん」

「ちゃ・・・?!」

 

 ソラトバン。

 意外といい気分で、清雅のところへ戻った。

 ちゃんと言い返せたということもある。だが、それだけではなかった。

「楽しそうだなオイ?」

「いつの間に仲良くなったんや?」

 チーニャの姐御と清雅に言われて。

「これはアレじゃ、」ソラトバン、にっこりした。「ストレートに訊いてくるヤツは、マシ。っちゅうことじゃ」

「は?」

「ま、帰ろう。例の御方を迎える準備をせんとのう」

「そうだな。──帰りは走っていいからな、ドリナラーニ」

<オウ!>

 姐御、荷車を回す。ドリナラーニどん、キビキビ動く。

 空になった荷台にハルさま乗っけて、荷車は走り始めた。

 

◆ 78、ハルさまの恩返し ◆

 

「・・・うん?」

 ソラトバン、荷車を見直す。

 間違いない。灰色美人のハルさま、荷台に座っておる。

「なんでじゃ?」

 おジャスさまは、尼さんたちと一緒なのに。なんでハルさまだけ?

「本人に訊け」

 清雅は教えてくれんかった。

 なので、飛行塔に戻ってから、御本人に訊いたところ・・・

 

「冥界行くのえ」

 との、ご返答であった。

「冥界じゃと? なんでまた」

「呪文版、妙雅のトコに持ってくのえ」

「え?」

 予想外の返答であった。

「あれ・・・ハルさまがやってくださるんか!? 呪文版を直すのに」

「うん。妙雅、古い知り合いやし」

「なんじゃと! ・・・しかし、冥界は人間じゃ見つからんはずでは?」

「私、人間ちゃうからに」

「なんじゃと!!?」

 ハルさま、にっこり。ウインクして、「ソラくん?」

「は、はい!?」

「尼僧院を助けてくれて、ありがとう。帝国軍と衝突させてしもうて、ごめんね」

「い、いえいえ・・・」

「これでチャラ(貸し借りナシ)っちゅうことで、よろしく!」

 

「お、おい清雅。ハルさま、人間じゃないそうじゃぞ・・・!」

「うん」

「・・・知っとったんか」

「薄々な」

「一体何モンじゃ?」

「本人に訊け」

 清雅はやっぱり教えてくれんかった。

 そして、このときにはもう、ハルさまは出発しておったので・・・

 

 ソラトバンは結局、ハルさまの正体を(おジャスさまの正体も)知ることは、できなんだのであった。

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