◆ 72、幽雲、追っかける ◆
「おーい、ソラトバン。おーい、弐ノ塔や。どこ行ったんじゃ~?」
巨人が走る。
目がひとつしかないモジャモジャの顔を、あっち、こっちとキョロキョロさせながら。
ズシーン、ズシーンと、麦畑だの、道路だのを踏みつぶして、走る。
「あー! 俺の畑が!」「あー! 橋が壊れた!」
人間たちが悲鳴を上げる。
だが、巨人は気付かない。
「どこじゃー? まったく、あいつらめ。行方不明になりおって!」
文句言いながら走ってゆく。
この大騒ぎを、聞きつけたのか。前方から、何かが飛んできた。2台。赤くて丸っこい・・・カナブンみたいな・・・
巨人もこれには気が付いて、
「おや? 空飛ぶカブトガニじゃ」足を止めた。「もしかして『空飛ぶ台』の兄弟かのう?」
ぶわっさ!
赤いカブトガニ、空中でうなずく。
「やはりな」巨人、うなずく。「妙雅(みょうが)に、聞いたことがあるわい。なるほど、実物はこんな感じか」
ぶわっさ?
赤いカブトガニ、空中でかたむく。
「わしゃ、生き残りの巨人じゃ。幽雲(ユーン)と呼ばれておる。妙雅に会わんとて、冥界にやって来た」
ぶわっさ。
ぶわっさ、ぶわっさ。
赤いカブトガニ2台、互いに顔を見合せ、うなずき、1台が飛び去った。
残った1台が、クイックイッと首振るみたいな動きをする。
「案内してくれるんか?」
ぶわっさ。
「そりゃ助かる。連れが迷子になりよってな。妙雅のところへ行っとると思うんじゃ」
ぶわっさ。
空飛ぶカブトガニに誘導されて向かったのは、険しい岩山であった。
雲まで伸びる頂きに、白い雪がかぶさっておる。
・・・冥界でも雪は降るのかって? 降るみたいですよ。雨だって降るし、霧だって出る。カミナリが鳴ったりもするそうだ。
さてそんな険しい岩山の谷間に、黒い道が通っておった。
「むむ? この道。妙雅の床パネルと同じ素材じゃ」
ぶわっさ。
「やはりな」巨人、うなずく。「この道の先へゆけばええわけじゃな?」
ぶわっさ。
空飛ぶカブトガニは、ここで止まった。幽雲を見送る。『この先はもう迷うことはあるまい』っちゅう意味であろう。
「ありがとさんじゃ」
幽雲はあいさつをして、岩山によじ登った。
・・・なんで道をゆかんのかって? そりゃ、道は曲がりくねっとるからだ。巨体を生かして山登るほうが、圧倒的に速いのだ。
幽雲。穴堀りマニアである。
岩山のどこが硬くてどこが脆い(もろい)か、見抜く能力はある。
またその巨体からは想像もできんほど、登るのがうまい。見る見るうちに岩山を登った。
中腹までやってきた。
背後に、冥界の平原。
前方には、盆地。
岩山に囲まれた、広~い広~い盆地である。火山・・・というわけではないが、カルデラっぽい地形である。涼しい日差しに恵まれ、淡い色の草原が広がっておる。
「ハポノ高原みたいな風景じゃ」
幽雲は呟いて、岩山の峰をひとつヒョイとまたぎ、草原に降り立った。
「やれ。どうやら、見つけたようじゃ」
ふわ~ん・・・。
前方に、巨大な塔が、2基。悠然と空中に浮かんでおる。
「おーい、弐ノ塔や。おーい、妙雅や。わしも話に入れてくれい!」
幽雲は大きな声で呼びかけて、ドッスンドッスンと走って行った。
◆ 73、弐ノ塔、妙雅と交渉す ◆
「うわあ! 地震じゃ」
「幽雲様が追いついてきたみたいやな」
ソラトバンと清雅。草原にて。
突然地面がドッスンドッスンと揺れ始めたので、びっくりする。
「ヤバい。ここアカンわ」
「え?」
見れば、巨人がまっすぐこっちに走ってくる。踏みつぶされるコース。
「うわあ! 止まってくれ、幽雲どん」
「立て。逃げるぞ」
清雅に引っ掴まれたソラトバン。女とは思えんパワーで半分空中に浮かびつつ、自分でも走り出した。
幽雲のコースから直角に逃げて、大きな岩の影へ。ドッスン! ドッスン! 岩が浮かび上がるほどの地震を起こしながら、幽雲が駆け抜けた。
「迷惑千万(めいわくせんばん)じゃ!」
やがて、地震は収まった。幽雲が止まったからである。
「ヤレヤレやわホンマ」ゴロンと岩に転がる清雅。
「後で文句言うてやらにゃ・・・」
ソラトバンはブツクサ言って、巨人の背中を眺めた。
幽雲どんの背中。髪の毛がモジャモジャしておる。
弐ノ塔(本塔)の姿。いつもの通り、空に浮かんでおる。
そして、黒い連塔の姿──
9基の塔からなる、空飛ぶ連塔である。
中央に、巨大な塔。弐ノ塔よりひと回りデカい。そこから放射状に、8基の副塔がつながる。うち1基は砲塔になっており、でっかい大砲が備わっておった。いまは、その大砲は誰も居らん方向に向けられておる。
黒々とした塔が9基も並んで空中に浮かぶ姿は、圧巻であった。弐ノ塔が小っちゃく見えてしまう。
この連塔が、妙雅。
弐ノ塔と同じ、空飛ぶ生き物。幽雲と弐ノ塔が、教えを乞いに来た相手であった。
≪久しぶりですね。幽雲。相変わらずのようで≫
妙なる(たえなる)声。黒い中央塔から、鳴り響く。
答える幽雲の声も、盆地を囲む岩山にこだまして、ソラトバンたちにもよーく聞こえた。
「元気そうじゃな、妙雅」
≪冥界にいるのを元気と言うかどうか?≫
「いやいや。綺麗な姿に戻っておるじゃないか。美人じゃぞ」
≪まあそうですね!≫
「・・・口説いとるw」と清雅。
「・・・幽雲どん、あんな軽口叩けるんじゃな」
≪話の続きをしたいんじゃが?≫弐ノ塔が割り込んだ。
≪時間制限がある──っちゅう話じゃったな?≫妙雅が、弐ノ塔と同じ御国言葉になった。≪テキパキ行こう≫
≪弐ノ塔の国は、トンボを蘇生するつもりじゃ。トンボの承諾も得ておる。じゃがしかし、障害が2つある≫
≪弐ノ塔の国とな? オマエも偉くなったもんじゃな≫
≪混ぜ返すんじゃないわ≫
≪はいはい。障害とは?≫
≪ひとつは呪文版。これが直せんことには、蘇生ができん。もうひとつは飛行ユニット。修理ができず、運用に難がある≫
弐ノ塔は、少し高度を下げた。お辞儀であろうか?
≪それで、おぬしに頭を下げに来た。どうか、私に、秘伝を授けてください≫
≪・・・。≫
黒い連塔のほうは、ぐるーん・・・と、回転した。
砲塔がこっち(ソラトバン方向)を向く・・・かと思うたら、その前に止まって、ぐるーん・・・と逆回転。元に戻った。
そして、こう言うた。
≪呪文版が手に負えんのはわかる。ルーン使っとるしのう。じゃが、飛行ユニットはなんでじゃ?≫
≪なんでとは?≫と、弐ノ塔。
≪トンボのヤツぐらい、わかるじゃろ?≫
≪いや、わからん。トンボの遺体は確認した。私には修理できん≫
≪なんでできんのじゃ?≫
≪なんでと言われても・・・≫
空飛ぶ塔2人(2基?)、沈黙する。
幽雲が口をひらいた。「飛行ユニットの伝授に、支障があるか?」
≪ない。約束でもあるし。あんまり強力な鬼械人を造ってほしくないとは思うが≫
≪人間を圧倒するな、っちゅう意味か?≫と、弐ノ塔。
≪まさにということじゃ≫
≪ウチは、そのつもりはない≫
「わしもない」と、幽雲。「量産するつもりもないしのう」
≪量産せんのか? てっきり、あの工房でやるもんかと≫
「弐ノ塔よ。わしは、妙雅の最期を見ておる。同じ道を進むつもりはない」
≪そうか≫
≪よかろう。ほじゃ、弐ノ塔に伝えておこう≫
「ひとつ、決まったようやな」
「まったく、話が早いわい」
清雅とソラトバンは、野次馬じゃ。
でっかい岩に寝そべって、涼しい風を楽しみながら・・・
何が決まって、今後どうなるのか・・・
理解しようとしておる。
「人間を圧倒っちゅうのは、弐ノ塔が帝国をボコボコにするっちゅう意味かのう?」
「そんな小っちゃい話ちゃうやろ」
清雅、岩の上の小さな草むしって、投げた。
「弐ノ塔ママと幽雲様が組んで、トンボ量産してみ? どうなる」
「どうなるんじゃ」
「ちったァ考えんかい、アホウ」寝そべったまま蹴ってきよった。
「いたいな。・・・そりゃまあ、強いじゃろうな。あんな速さで、空飛ぶんじゃもの」
「うん」
「チラーニの兄貴と戦ったとき、わし、何回も『空に逃げたい』と思うたが、」
「アカンぞ? 絶対やんなよ」
「うむ。兄貴にも言われたわい」
「それで何人も死んどるからな。撃竜界でな」
「六腕ロボ?」
「そや。ゴブリンの新兵が敵に囲まれて、逃げようとして浮かび上がって」
「わしと一緒じゃな」
「ナンガラックに鎖引っ掛けられて、引っ張られて、地面に叩きつけられて」
「ああ・・・」
「まー、同じコトされたら、トンボだって乗っとる人間は死ぬやろけど」
「飛ぶのが速けりゃ、当たらんものな」
ソラトバンは、うなずいた。
「相手の攻撃は当たらん。こっちは空から撃ち放題。強いわな」
「そうや。細かいこと上げりゃ、もっとあるけど・・・」
清雅。
こっちを見てきた。
黄色い目がキラキラしておる。
「・・・トンボ量産したらな、ウチら、世界征服できるぞ?」
「アホなことを言うんじゃないわ」
「世界征服すりゃ、金も、オンナも、酒も、いくらでも手に入るぞ?」
「いらんわ。持て余すだけじゃ」
「誰にも襲われへん身分になれるぞ? 覆面どもに誘拐されることもないぞ?」
「・・・。」
清雅、ニヤーッと笑った。「安全になりたいやろ? 幸せになりたいよな?」
「ふんw」
ソラトバン、笑うた。
「だまされんぞ。わしを試すんじゃない。まったく、馬鹿にされたもんじゃ」
「なんでや。世界征服すりゃ、安全になるんちゃうか?」
「ならん。村長は、村人から妬まれる(ねたまれる)モンじゃ。世界征服したら、世界中から妬まれるに決まっとる」
「ふふンw」
清雅も笑った。もう試すのはやめて、「安心したわ」
≪呪文版については──≫
空飛ぶ塔と巨人の話はつづく。妙雅が、こう言うた。
≪ここへ持って来い。そしたら、直してやろう≫
≪持って来る。・・・それだけでええんか?≫
≪ええぞ≫妙雅の声に、笑いが混じる。≪持って来れるんならな≫
≪どういう意味じゃ?≫
≪とにかく、それが条件じゃ。呪文版については、何かを教えることはできん。持って来たら直してやろう≫
「あー・・・」清雅が天を仰いだ。「こらアカンわ」
「何がアカンのじゃ」
「ママと合流したら話す。妙雅様、蘇生には反対なんや、たぶん」
◆ 74、旅行の最後に ◆
≪清雅よ、何がアカンのじゃ?≫
ふたたび、空の旅。
弐ノ塔に乗って、ソラトバンと清雅は岩山を降りる。
幽雲は「積もる話がある」っちゅうことで、妙雅のところに残った。時間が許す限り、話をするそうである。
で、2人が見えんところまで降りてきたところで・・・
「あの条件、アカンわ。弐ノ塔ママ」と、清雅が言い出したんである。
「冥界にはモノ持ち込まれへんねん。ウチの術では」
≪なんじゃと?≫
「弐ノ塔ママも、いま、雑務ユニットとか飛行塔、あらへんでしょ?」
≪・・・うむ≫
「そういう感じになんねん。ハゲてまうねん」
「・・・。」ソラトバン、自分の髪撫でる。
「そっちのハゲちゃうわ」蹴られた。
≪呪文版は持って来れんのか?≫
「うん。うちの術では」
「トンボどんを連れて来たんじゃ、ダメなんか?」
ソラトバンは、訊いてみた。
本人が来てくれれば、それで済むような気がするが・・・
「いやアカン」
・・・清雅さんによれば、答えはNOであった。
「冥界の肉体は、現世の肉体とは別モンや。一緒やったらトンボ様動かれへんやろ。死んだまんまになる」
「それもそうか」
≪妙雅のヤツめ・・・不可能と知っとって言うたんか・・・≫
「それはわからへんけど。ウチの知っとる限りでは、直接来る以外、方法ないですわ」
「歩いて来れるんか? ここ」
「来れる、けど、人間には入り口が見つからへんようになっとんねんなー」
「結局ダメじゃないか」
「うーん。一応、もしかしたらの、心当たりはあんねんけど」
「なんじゃ?」
「本人が隠しとるみたいやから、悪いけどオマエには言われへん。後で弐ノ塔ママにだけ話すわ」
「えー・・・」
≪ああ。なるほど。たぶん、わかったわい≫
「たぶん、それで正解ですわ」
「なんなんじゃ」
なんか、解決したようじゃが。ソラトバンは、蚊帳の外(かやのそと)であった。
「ところで、おふくろさん。飛行ユニットのことは、いつ習うんじゃ?」
≪もう習うた≫
「は?」
≪空飛ぶ台の通信で、すべて伝授されておる≫
「つうしん」
≪手紙みたいなモンじゃ。一瞬で読み書きでき、どんな離れたとこにも届く≫
「そんな馬鹿な」
≪バカとはなんじゃ≫
「訳がわからん。そんな手紙、あってたまるか」
≪ある。人間がこの世に存在しとるのと同じぐらい確かに、この世に存在しとる≫
「えー・・・」
弐ノ塔は、岩山を抜けた。
平原に出る。冥界を照らす明かりは、夕焼けっぽくなってきた。
「もう夕方じゃのう」
「うん」
「そろそろ、帰ったほうがええんじゃないか?」
すると。
清雅が、背中を向けたまま・・・「帰ってええんか?」
「は? どういう意味じゃ?」ソラトバンは首をひねった。「帰らんかったら、死んでしまうんじゃろ?」
すると。
清雅は、振り向いて・・・「オカン(おっ母)に会わんでええんか?」
ソラトバンは、父母に会うた。
2年前に死んだおっ父とおっ母。流行り病で、食うものも足りず、やせ衰えて死んだのであったが・・・
冥界では、ツヤツヤした顔して仲良くしておった。
弐ノ塔が迫って来たのでビックリし、そこから息子が降りてきたのでビックリする。腰を抜かしての再会となった。
ソラトバンも、初めは戸惑ったが・・・
話し始めてみれば、確かに、おっ父とおっ母であったので・・・
2年のあいだの出来事。空飛ぶ巨人は本物だったということ。
自分がこれから、どう生きていくつもりか。
そうしたことを話して・・・
清雅が「悪いけど、そろそろ時間や」っちゅうまで、一緒に過ごしたのであった。
「すまんな」
「いや。・・・いや。ええんじゃ。行こう。おふくろさん、出してくれ」
両親が手を振っておる。弐ノ塔は、丘を超えるまで、ゆっくり移動した。
「・・・ほな、術解くからな。初めは動くなよ。急に動いたら、ケガするぞ」
「了解じゃ」
≪じっとしとるわい≫
ごつん!
弐ノ塔の雑務ユニットが床に倒れる音で、ソラトバンは目を覚ました。
<・・・いたい>
「大丈夫か、おふくろさん」
頭だけ動かして、見てみれば。
おふくろさんの雑務ユニット(小さい塔みたいなやつじゃ。手がついとるヤツな)、転がらんよう岩を噛ましてあったのに、その岩乗り越えて顔面を床にぶつけておる。顔面というか、まあ八角錐の一面じゃが・・・ひとつ目が地面にぶつかっておる。
「動いたらアカンって言われたじゃろ」
<ちゃんと目が覚めてから動いたんじゃ>
「しょうがないのう」
ソラトバン、起き上がって、おふくろさんを助けようとした。
・・・あれ? 毛布に頭から突っ込んでしもうた。
「ぐえっ」
清雅がうめく。
なんと、ソラトバン。清雅の上に、×の形に重なって倒れてしもうたんである。
冥界旅行に出る前には、距離があったのだが。どうやら、清雅がこっちに倒れて眠ったようである。加えて、いまソラトバンがそっちに移動しようとして倒れたので、空いとった距離を乗り越えて、ぶつかってしもうた。
男の胴体で、女の子の柔らかいお腹を押しつぶしてしもうた。これはいかん。タダではすまんぞ。
「すまん清雅」
「後でコロス」
「いや。いま、俺がやる」
浮鬼から再鬼どんが降りてきた。やっぱり、タダじゃすまんかったわい。
◆ 75、コローネ、話を耳にする ◆
「ばーかwww」
戻ったら、チーニャの姐御に大笑いされた。
姐御、留守番のあいだ、チラーニの乗り手席で待機しとったらしい。
そこに浮鬼どんから、<ソラが清雅を押し倒した>っちゅう通信が入ったそうじゃ。
なんじゃそりゃ! 嘘ッパチ(嘘八百)じゃわ! ・・・と説明したら、笑われたっちゅうわけじゃ。
「おふくろさんがコケたんで、助けようとしたのに・・・」
<・・・>
おふくろさん、そっぽ向きよった。おのれ。
「うひゃひゃw」姐御、めっちゃ笑っとる。「だから言ったろ? 清雅はヤバいぞって」
「手ェ出したんじゃないっちゅうのに」
「うひゃひゃ」
「蘇生してもろたのも、冥界連れてってもろたのも、感謝しとるのにのう。やらかしてしもうたわい」
と、会話しながら。
食堂へ向かって、廊下の角を曲がった途端。
「ひっ!?」
若い尼僧と、ぶつかりそうになった。
「うおっ。びっくりした」
「あ、コローネ」
姐御が呼びかける。
若い尼僧。名はコローネ。鳶色の髪した、どんよりした表情の、あの娘であった。
そのコローネ。どうやら、こちらの話を聞いたらしい。ギョッとした表情をして、
「そ・・・そうか。この塔は、オーガの・・・」
などと、ブツブツ言い出した。
「オーガがなんだって?」と姐御。
「・・・いえ。失礼」
コローネ。頭を下げて、そそくさと歩み去った。
その後ろ姿を見送って・・・
「不注意だったな、ソラ」
「なにがじゃ?」
「太陽の信者はさ、蘇生術を、禁忌(きんき)にしてるんだ」
姐御。頭の後ろで、手ェ組んだ。おっぱい、たぷんとなる。いつ見てもすごい・・・。
姐御がジロッと睨む。あわてて目ェそらす。バレバレである。
「すまん。迂闊(うかつ)じゃった」
「尼がいるあいだは、廊下でしゃべるのはやめようぜ」
反省した2人であったが・・・
幸い、この失敗は、問題にはならなんだ。
コローネは、姐御が心配したようなことはせんかったからである。太陽神殿に報告したり、帝国に訴えたりとかは。
・・・もっとも、ちょっと予想外の行動はしたのだが。
◆ 76、おっことす ◆
<尼を降ろす>
翌日、弐ノ塔のおふくろさんが、そう宣言した。
<院長が行き先を決めたそうじゃ。なので、とっととそこに落っことす>
「落っことすじゃと!」
<言葉の綾(ことばのあや)じゃ>
尼たちを落っことしたのは、ショラン・ギサンチの地方都市であった。
首都に戻すという案もあったのだが・・・
「危険だ。また帝国軍とぶつかるかも知れん」と、チーニャが反対し、
「アカンアカン」
ハーフダークエルフ・オーガの密偵ディルーネも、強く反対した。
「ウチ行ってきたけどな。ラスカリューミヤはアカン。ヒト死にまくりや。太陽の神殿も襲われとるしな」
「では、私のツテのある都市に」
尼僧院長が、そう決定したのである。
まず、2里ほど離れた地点に、飛行塔が着陸。
空から降りてくる塔を見て、羊飼いが目を真ん丸にしとったけれども・・・
「この程度気にしてたら、どこにも降りれん」と、チーニャの姐御が判断した。「じゃ、行ってくる」
「行ってらー」
「気を付けてのう」
浮鬼から見送る清雅とソラトバン。
姐御は、荷車の御者になる。手綱を軽く振った。ガッチョン。ドリナラーニどんが動き出した。
・・・弐ノ塔には、馬とかロバとかは乗ってませんのでね。荷車引くとなると、整備ロボ・ドリノンの仕事になるのだ。
ドリナラーニ車。尼たちに合流した。
エルフのご令嬢2人も一緒である。剣士のおジャスさまと、荷物背負ったハルさま。
「出発しましょう」
レゾニカ院長が言って、みな、歩き始めた。
先頭は、尼僧院長と、ハルさま。しゃべりながら歩く。つづいて尼たち。最後に、おジャスさまと、ドリナラーニ車である。
・・・で、ずーっと離れたところに、浮鬼どんがついてゆく。
「万全の体勢じゃな」
ソラトバン、感心する。
清雅の手元のタコ千里玉に、上空からの偵察映像が映っておる。チラーニの兄貴が、タコ飛ばして支援してくれとるんである。
ちなみに、チラーニ本人はまたしてもお留守番。飛行塔にて、タコ飛ばしに専念してくれておる。
「それにしてもじゃが、」
「なんや?」
「あの尼さんたち、浮鬼どん見ても、オーガの鬼械人じゃ! とか、騒がんかったのう」
「ああ」
<ショラン・ギサンチはな、昔っから、オーガと仲ええらしいわ>
と、浮鬼どん。
<尼僧院にヤドカリチャリオットがあったやろ? あれもそうや>
「あれァ、賠償らしいで?」と清雅。「むかし、幽雲洞がここの人間と戦って、負けたんやって」
「え? 幽雲洞が負けた?」ソラトバン、耳を疑う。「信じられんのじゃが」
<その戦ァ、アレや。戦士同士が国境でチマチマやるヤツやろ>
「そうそう」
「あー・・・鬼械人は使わずに、っちゅうことか」
<そらそうや。地元民との縄張り争い程度で六腕ロボ出したらオマエ・・・オーガの恥やないか>
「そうか。そうじゃな」
<小さい戦はするけども、終わったらヤドカリ贈る程度に仲良しやったんや>
「ディルーネも偉そうにしとったわ。ヤドカリ贈ったったから、ここの麦畑は大きくなったんや! っちゅうて」
「うらやましいのう。オーガと仲ええとか」
「・・・そうか?」
「うん。鬼械人見れて」
「・・・。」
<帝国が入ってからは、オーガと取引したら捕まるようになったらしいがな>
「浮鬼どん、詳しいのう」
<おう。幽雲洞のヤツらと通信したからな。情報たっぷりや>
「なるほど」
トコ、トコ、トコ・・・。
尼たちと荷車が、進んでゆく。
浮鬼は、浮上歩行でついていく。・・・のだが、わりと頻繁に、立ち止まって待つ必要があった。
「おっそ」清雅、貧乏揺すりする。
<コラコラ。鐙(あぶみ)揺すんな。走りたァなってまうやろ>
「おっそいねん」
「まあ、遅いわな」
<──っと、チラーニの兄貴から通信や>
「つなげぇー!」
イライラしとった清雅。めっちゃ嬉しそうにする。
<こちらチラーニ。御鬼の一つ半方向、木立の中、武装した男、7人>
「浮鬼・清雅了解。よっしゃあー、コロスぞー!」
清雅、迷うことなく、浮鬼どんを出した。
したところ。
武装集団、悲鳴を上げて、逃げてった。
「ウソやん・・・」
「まあええじゃないかwww 血ィ見ずに済んで」
「笑うなボケェ~・・・」
<しかし、ここらも物騒になっとるようやな>
「そうじゃな」ソラトバン、ちょっと心配する。「尼さんたち、大丈夫じゃろうか」
「それァ尼たちの運命や。ウチらにゃどうにもできん」
結局、目的地には、無事に着いた。
「あー、終わった。あー・・・」
「お疲れさんじゃ」
と、伸びをしておると・・・
テテテテテ! と、おジャスさまが走って来て・・・
「酒呑むえ!」と、おっしゃった。
◆ 77、酒と、コローネ ◆
清雅とソラトバン。浮鬼から降りた。
尼たちが緊張する中、おジャスさまに付き添われて、荷車のとこまで一緒に歩く。
2人が合流すると。
「“イスリューの気付け薬”。我らの出会いを記念して、ここで頂くとしよう」
おジャスさまが、酒瓶を出した。
ソラトバンが贈った、あの酒であった。
おジャスさまが、封を切る。ナイフをサラッと使うところが、いかにも剣士っぽい。
レゾニカ院長が、酒を注いで回った。ほんのちょっぴり。ひと口だけ。
次に、ハルさまが、水を注いで回った。
ウィスキーのグラスと水のグラスを両手に持つ形である。
ハルさまは、ソラトバンのグラスに水を注ぎながら・・・
「・・・舌で受けるのえ」
と、ささやいてきた。
「・・・え?」
「舌で受けて、唾液とよーく混ぜてから、ゆっくり呑み込む。して、お水を呑んで、お腹を和らげる」
「はぁ」
なんか・・・
汚い飲み方じゃな?
で。
「初めに、黙祷(もくとう)を。勇敢なるヤドカリチャリオットに。また、反乱の犠牲者に」
みな、目を閉じる。
「──では、出会いを祝して。みなの行く手に、陽光あれ」
ソラトバン、初めてウイスキーを呑む。
ハルさまの助言の通り、舌の上で、唾を混ぜ・・・
・・・いやいやいや!
強烈なんじゃが!?
ゆっくり味わってみるつもりが、びっくりして、呑み込んでしもうた。
喉が熱い! 胃が熱い!
「げほっ」ソラトバン、咳き込む。あわてて水呑んだ。
「・・・。」清雅、味わっておる。
「ふむ」チーニャ、なんか考えておる。
「なるほど。ええ酒やに」と、おジャスさま。
「そやろ?」と、ハルさま。
「・・・。」院長は、目を閉じて何か祈っておる。
強烈な酒で、みな、口数が減った。
静かに、お酒の相手をする感じとなる。
ソラトバンは、チラッと、あの若い尼のほうを見た。
若いコローネは、困惑したような顔で盃と周囲の人々を見ておる。
院長を見て・・・
それから、なぜか、ソラトバンのほうを見て・・・
キッとした顔になり・・・
一気にグイッと、盃を傾けた。ごくり。呑み込んだ。
「ゲホゲホゲホ!」
咳き込んだ。
ひとしきり咳き込んだあとで・・・
ギロッと、ふたたびソラトバンを見たかと思うと・・・
「そこの、鬼械人乗りの殿方!」
「・・・え? わし?」
「話があります。ちょっと、こちらへ!」
突然、ソラトバンの袖を、引っ掴んだのであった。
「な、なんじゃ? わし、あんたに何もしとらんぞ」
「私の名は、ココロッツバーニャです! 院ではコローネと呼ばれています」
「は、はぁ。わしゃ、ソラトバンじゃ」
「あなたが、蘇生とか冥界とか言っているのを、聞きました!」
その話か。
どうしよう。
振り向くと、尼たち、ザワついておる。チーニャの姐御も、こっちを見ておる。
まあ、みんなの目もあることだし。黙ってやり過ごすか?
「・・・。」
「盗み聞きしてしまったことは、詫びましょう。
ですが! 冥界へ行くなど、人間のすることではありません」
「・・・。」
「あなたは・・・」
コローネは深呼吸して、声を小さくした──しようとしたらしい。だが、あんまり小さくなっとらんかった。
「・・・あそこにいるオーガの娘に、たぶらかされているのでしょうか!?」
「え? いや」
「悪いことは言いません。逃げれるうちに、逃げなさい。いますぐにでも。
いまなら院長先生に助けを求めることもできましょう。
私も、口添えしてあげますから」
「いやいや」
黙っとるつもりだったソラトバン。
ちょっと、ムッと来た。言い返してしまう。
「余計なお世話じゃわ。おまえさん、何様のつもりじゃ」
「・・・は?」
コローネもムッときた顔をした。
「私はハポノ人です」
「だったらなんじゃ?」
「おまえは属州人でしょう? でしたら、指導に従いなさい。帝国には属州人を保護する義務があるのですから、」
「・・・。」
「あるのですから、つまり・・・なぜ、おまえは、オーガの塔に逃げ込んらのか? そのような必要はないはずれ、」
尼さん。
だんだん、ろれつが回らなくなってきた。
正直・・・
ちょっと・・・
カワイイ。
美人は得である。
酔っぱらって説教などと。これがソラトバンなら「見苦しい」と失笑されるところじゃぞ。
「はぁ・・・」
「なんれすか!? ため息なんかついれ!」
コローネは酒で赤らんだ顔でこちらを見上げてくる。
美人である──だが、幼い。表情が、子供っぽい。
「若いのう」
「は?!」
「おまえさん、まだ死んだこともないんじゃろ」
「なにを言っれるのれす!」
「わしは、もう大人じゃ。誰と付き合おうが、あんたに文句言われる筋合いはない」
「・・・。」
「そしてじゃ。わしは、弐ノ塔のソラトバンじゃ。属州人じゃない」
「そんらことを言っれ。オーガと付き合っれ、空を飛んで。そんら・・・そんにゃこと、人間のすることにゃ・・・」
「はっはっは」
ソラトバン、笑った。
「おまえさんだって、空飛んだじゃないか。何日も」
「ふぇ・・・?」
「仲間が待っとる。そろそろ戻ろう。──元気でな、コローネちゃん」
「ちゃ・・・?!」
ソラトバン。
意外といい気分で、清雅のところへ戻った。
ちゃんと言い返せたということもある。だが、それだけではなかった。
「楽しそうだなオイ?」
「いつの間に仲良くなったんや?」
チーニャの姐御と清雅に言われて。
「これはアレじゃ、」ソラトバン、にっこりした。「ストレートに訊いてくるヤツは、マシ。っちゅうことじゃ」
「は?」
「ま、帰ろう。例の御方を迎える準備をせんとのう」
「そうだな。──帰りは走っていいからな、ドリナラーニ」
<オウ!>
姐御、荷車を回す。ドリナラーニどん、キビキビ動く。
空になった荷台にハルさま乗っけて、荷車は走り始めた。
◆ 78、ハルさまの恩返し ◆
「・・・うん?」
ソラトバン、荷車を見直す。
間違いない。灰色美人のハルさま、荷台に座っておる。
「なんでじゃ?」
おジャスさまは、尼さんたちと一緒なのに。なんでハルさまだけ?
「本人に訊け」
清雅は教えてくれんかった。
なので、飛行塔に戻ってから、御本人に訊いたところ・・・
「冥界行くのえ」
との、ご返答であった。
「冥界じゃと? なんでまた」
「呪文版、妙雅のトコに持ってくのえ」
「え?」
予想外の返答であった。
「あれ・・・ハルさまがやってくださるんか!? 呪文版を直すのに」
「うん。妙雅、古い知り合いやし」
「なんじゃと! ・・・しかし、冥界は人間じゃ見つからんはずでは?」
「私、人間ちゃうからに」
「なんじゃと!!?」
ハルさま、にっこり。ウインクして、「ソラくん?」
「は、はい!?」
「尼僧院を助けてくれて、ありがとう。帝国軍と衝突させてしもうて、ごめんね」
「い、いえいえ・・・」
「これでチャラ(貸し借りナシ)っちゅうことで、よろしく!」
「お、おい清雅。ハルさま、人間じゃないそうじゃぞ・・・!」
「うん」
「・・・知っとったんか」
「薄々な」
「一体何モンじゃ?」
「本人に訊け」
清雅はやっぱり教えてくれんかった。
そして、このときにはもう、ハルさまは出発しておったので・・・
ソラトバンは結局、ハルさまの正体を(おジャスさまの正体も)知ることは、できなんだのであった。