◆ 6、新鬼械人、ウミドラーニ ◆
「ハツラノッツで、ごっつい爆発があったらしい」
何日か里帰りしとった清雅が、弐ノ塔に顔を出すなりそう言った。
「規模は?」とチーニャ。
「沖の島で爆発があって・・・1里(約4km)離れた漁村で、人が死んだ」
「1里先で?」
「1里先や」
チーニャの姐御は、ソラトバンを見てきた。「・・・1里だとさ」
「アレかのう?」
「心当たりあるん?」清雅は首ひねる。
<『力の筒』の爆発──その疑いが濃厚じゃ>
弐ノ塔のおふくろさんが、そう言った。
<密偵をする>
上半身整備室での、会議である。
チラーニが上半身を床から出しておる。頭に、タコが3機乗っておる。
おふくろさんは、そのチラーニのほうを向いた。
<チラーニ。今回は、そなたが指揮をせよ>
<おっと? はい、了解>
<チラーニ飛行塔で出て、情報を集めて来るんじゃ>
<メンバーは?>
<チーニャ、ソラ。今回は、チラーニに従え>
「はい」「了解じゃ!」
<よろしくね。清雅は来れる?>
清雅、首を振る。「アカン。ウチ、六間洞で重要な式があるんですわ」
<残念>
ぶーん! タコの1機が飛び上がった。
<トンボ様が『行く』って言ってる>
・・・どうやらそのタコ、トンボが操っとるようである。
<うむ。連れてってええぞ>とおふくろさん。<じゃが──言うまでもないが、目撃されたらトラブルになるぞ>
<わかってる。浮鬼は?>
<ダメじゃ。浮鬼とドリナラーニは、ココの守りに使う>
<・・・それって、実質、この2人だけってコトじゃない?>
チラーニ。
でっかい指で、チーニャの姐御と、ソラトバンを差した。
<オレたち、飛び回るわけに行かないでしょ? タコも届かないと思う。誰が2人を支援すんの?>
<ふむ>
おふくろさん。2叉フォークの腕を組んだ。
<ほじゃ、1人付けよう。新人を>
おふくろさんが連れて来たのは・・・
「・・・鳥?」
「ひとつ目の鳥さんじゃ!」
目がひとつしかない、海鳥(うみどり)であった!
白い身体。陶器のようにツヤツヤしておる。
大きな身体。翼が、とても長い。
シルエットは、間違いなく鳥である。
のだが。
目が、ひとつしかないし・・・
胸のとこに、声玉が覗いておるし・・・
「どう見ても、鬼械人じゃな」
<いかにも!>
ひとつ目海鳥が、しゃべった。
胸にハマった声玉を、気持ちよく鳴り響かせて。
<海鳥型鬼械人壱号(いちごう)! ウミドラーニ、参上でござる!>
「初めまして」とチーニャ。
「ウミドラーニどんか。コボルドみたいなしゃべりじゃのう?」
<さよう! 生まれて以来、コボルドの湖遊びを見守るのが、拙者の仕事でござった!>
<万が一の救助役として、泳ぎの得意な鬼械人をな>
と、おふくろさん。
<この子なら、見られても問題あるまい!>
「え?」「え?」「は?」<なに言ってんのママ>
<・・・え?>
「ママ。コレで偽装したつもり?」
チーニャが辛辣な(しんらつな)質問をした。
<・・・。>
<ま、いいや>チラーニが取り持った。<近付かなきゃ大丈夫でしょ。オレより、ずっと役に立つよ>
<お役に立てそうで、これ幸い! この身体を選んだ甲斐がござった!>
「身体を選んだ」
聞き捨てならん一言に、ソラトバンが反応した。
<・・・うむ>
おふくろさんが立ち直った。説明する。
<『御霊の型枠』を始めるとき、カラっぽの鬼械人の身体を並べておいてな。選ばすんじゃ>
「みたまのかたわく」
「そういう呪文だよ」とチーニャ。「鬼械人創造の呪文だ」
「呪文版に書いてある呪文の名前や」と清雅。「起動すると、ずーっと動き続けて、何日か・・・何カ月して、御霊が生まれるんや」
「みたまがうまれる」
「身体のない、精霊みたいな状態の、生命のまとまりや。目では見えんし、手でもさわれん」
清雅は、ぺたぺたとチラーニの腕を叩いた。
「呪文版を身体に組み込んで、初めて、こうなる」
「ははぁ・・・!」
ソラトバン。
でっかいチラーニの上半身を見て、あらためて感心した。
「チラーニどんも、そうやって生まれたわけか。トンボどんも、浮鬼どんも、みんな」
<うん>チラーニうなずく。
ぴょーん。ぴょーん。タコもジャンプした。
「そうかぁ・・・」
膝をついて、ウミドラーニのひとつしかない目を見る。
「・・・ウミドラーニどんは、この身体が気に入ったんじゃな」
<いかにも!>
海鳥型のウミドラーニ。ばさっと翼を広げて胸張った。
わりとデカい。ソラトバンが腕伸ばしたより、翼のほうが広い。背はソラトバンの半分しかないのに。
<今後とも、よろしく! でござる>
◆ 7、ハツラノッツはみなとまち ◆
<ハツラノッツは、港町だ。デカい。人がいっぱいいる。だから、飛行塔は近付けない>
チラーニが、飛行塔を飛ばしながら、そう言った。
<ソラ、チーニャのこと、守ってくれよ>
今回、チラーニは、弐ノ塔がやる作業を代行していた。
飛行塔を飛ばす──という作業である。
「大仕事じゃな」
<責任重大だよね。けど、原理は浮上筒と同じだからさ>
チラーニどん。リラックスした受け答え。
格納庫(=玄関ホール)の壁に繋留された姿は、神像のように安定しておる。
<さてと。ソラ、そろそろ着陸するぜ>
「わかったわい。ほじゃ、また後で」
≪これより、着陸に入る。全員、身体を固定せよ≫
チラーニの声が、塔内に響き渡った。
ずずーーーん・・・!
飛行塔が、地面に突き刺さった。おふくろさんより、ちょっとヘタクソであった。
夜中にこっそり着陸して、朝まで休息を取って。
夜明けと共に、活動開始である。
<服は、清雅が用意してくれたから、それを着てちょーだい>
と言われたソラトバン。
なんか、えらい綺麗な・・・
ピシッと糊の利いた服を渡されて・・・
当惑しつつも、袖を通して・・・
格納庫に向かったところ・・・
美女が。
長い黒髪を背中に垂らし、スカートをはいた、美女が。
むすっとした顔して、立っておった。
<ソラ、チーニャ。君たちには、新婚夫婦をやってもらう>
◆ 8、新婚夫婦(?) ソラ&チーニャ ◆
「あ・・・姐御」
「こっち見たらコロス」
ソラトバンと、チーニャ。
ぎこちない状態で、海沿いの道を歩く。
朝の風は涼しく、心地よく、チーニャの黒髪とスカートをふわふわとなびかせる。
ときおり、ちょっと強い海風が吹いて、チーニャの丸い帽子を飛ばしそうになる。白い麻で丁寧に編み上げられた、つばつきの丸い帽子である。とても上品で、もともと美人のチーニャがさらに格上げされた感じになっておる。
「くそっ! くそっ!」毒づくチーニャ。スカートが気に入らんらしい。
ソラトバン、複雑な気分で前を歩く。
見たらコロスとか言われたんじゃが・・・
見たいんじゃが・・・
そんな2人の後ろを、ぺたぺたぺたぺた・・・と、ウミドラーニがついてくる。
<どのへんで、別れるでござるかな?>
「あの砂浜がええんじゃないか?」
ソラトバン、前方の砂浜を指差した。
「見たところ誰も居らんようじゃ。街からも、そんなに離れとらんし」
<了解でござる!>
ウミドラーニが砂浜へ降りてゆく。その頭上には、タコが1機浮かんでおった。彼(?)が操るタコである。
砂を蹴散らす感じでヒョコヒョコ歩いていき、海に入る。
白い身体が、波に蹴られて、上下した。
波を乗り越え、岸辺を離れ・・・
スイーーーッ・・・と、ウミドラーニは沖のほうへと泳いでいった。
「飛ばんのかい」とソラトバン。
「飛行ユニットは、まだ誰も付けてないはずだからな」とチーニャ。「そのうち付けるんだろ。あの子に」
「なるほど」
「・・・ソラ。おまえ、泳いだことある?」
「ない。海見るんも、初めてじゃ」
「そうか」
「うむ・・・」
ここで、勇気を出したソラトバン。
チラッと姐御を見て、笑顔でこう言うてみた。
「・・・こんな姐御見るんも、初めてじゃが! いてっ!」
即座に蹴られた。
「いや、姐御。イテッしかしじゃな。不自然じゃろ。嫁さんから目ェ逸らし続けるイテッ旦那とか」
「誰が旦那だ!」
「いや、疑われたくなイテッ。ないじゃろ?」
「くそ。清雅あいつ絶対『してやったり』ってツラしてんぞ・・・」
──そのころ、弐ノ塔の本拠地では。
清雅が、浮鬼の乗り手席で、ニヤニヤ、クスクスと、楽しそうにしておった。
浮鬼の『タコ千里玉』を眺めながら。
玉には、ソラトバンとチーニャが映っておる。
ウミドラーニのタコが見た映像であった。ウミドラーニが、映像を通信で送ってきとるらしい。
その映像の中で。
ソラトバンが、足を蹴られながら・・・
なんとかチーニャをなだめて・・・
横に並んで、歩き始めた。
「ウヒャヒャw」清雅、よろこぶ。「ソラ、結構がんばるやんけwww」
<手ェぐらい取らんかいや>と浮鬼。
「無理やろw チー姉も、たいがい、おぼこやからなぁ」
<言いたい放題やな>
「と・・・とにかく、宿を。宿を取ろう」
街に入ったソラトバン。
ギクシャクしながらチラチラと、隣を歩く美女を見る。
いつもは男物のガッチリした服着とる姐御が・・・
丸みのある、優しい上着とスカートを着て・・・
それが、生まれながらのお嬢さんみたいに、よーく似合って・・・
見るだけで、ドキドキする。
いや、おっぱいとかそういう話じゃなく。
・・・まあ、その、胸の下半分が突っ張っとるトコとか、ものすごいけども。
「なぁ、ソラ」
「な、なんじゃ」
「わ・・・私、思ったんだけどさ」
「なんじゃ」
「あ、姐御っての、おかしいだろ。おかしいよな?」
「おう、そ、そう言えば、じゃな・・・」
2人でギクシャクしながら、大通りを歩く。
朝の通りは、野菜売りとそれを買うお母さん連中、仕事に向かう男連中で、人通りが増え始めるところ。
チーニャはすでに、近付いた男ども全員の目を吸いよせておった。
ソラトバン、なるべく、自分の身体で彼女を隠すようにする。
彼女もジワジワとソラトバンに近付いて、しまいには、体温を感じるぐらいの至近距離になった。
一度はぶつかりそうになり、それで、彼女が手を出してきた。細い手で、ソラトバンの服の背をつまんで。ぶつからないように押しのけつつ──離れないように引っ張りつつ、ぴったりと、側をついてくる。
もう、それだけで。
ソラトバンは、一人前の男になった気分がした。・・・単純なヤツである。
「ほじゃ・・・その、お・・・おまえ?」
「お、おう・・・! あ、あなた・・・」
2人して真っ赤になり、モジモジしながら歩く。
密偵のハズなのに、大変に注目を集めておるが、茹で上がっとる2人、それどころではない。
こりゃ、大変な任務じゃぞ・・・
ソラトバン、汗タラリ。
とにかく宿じゃ、宿で休憩するぞ──と、彼女を宿に連れ込むのであった。
「やっと着いた。姐g・・・お、おまえ。ほれ、宿じゃぞ」
ソラトバン。
入り口の階段を先に上がり、チーニャに手を伸ばしたところ。
「手ェ出したら・・・コロス・・・」
真っ赤になった彼女から、そんな小声が返ってきた。
「あら、これはこれは、お美しい奥様で・・・!」
宿の受け付けには、おばちゃんが立っておった。
しゃべりやすい雰囲気のおばちゃんである。ソラトバン、ホッとした。
「いやー、ありがとさんじゃ。3泊ほどじゃが、部屋はあるかのう?」
「ええ、ございますよ。新婚さんなら、角部屋がよろしいですかねぇ。オホホ」
弐ノ塔のおふくろさんから渡された帝国金貨を出し、お釣りとカギを受け取って。
ソラトバンは、階段へ向かった。
チーニャは無言でついてくる。
ギコ、ギコ・・・木の階段のきしむ音が、ずいぶんうるさい。
ギコギコギコ。上から降りてくる人が居った。右に避ける。
ギコギコ、ギッ。降りてくる人が、止まった。
「あれ?」
声かけられた。覚えのある女の声である。
「アンタら、なんでここに?」
「ディルーネ?」
見上げると。
そこには、ダークエルフの女の姿があった。
「覚えててくれたんやー。久しぶりやねぇ、ソラ君」
ハーフダークエルフ・オーガの女。
尼僧院襲撃のときに出会った、あのディルーネが、上から降りて来たのであった。
「なんでここに?」
「あー、ちょっと、仕事でね? いや、それよりもや。アンタら、結婚したん?」
「コロス」
◆ 9、アンタら結婚したん? ◆
「へぇ~~~、新婚旅行ねえ!」
ディルーネは大きな声で言うてから、小声で「・・・ウソやろ?」
「はっはっは、お恥ずかしい!」
ソラトバンも大声で笑ってから、小声で「・・・そっちは何しに来たんじゃ。やっぱり、密偵か?」
「いやあー、めでたいねぇー!」
「ありがとさんじゃー!」
「はい、お待たせ。お魚とレモンのスープです」
「ありがとー」
朝食のテーブル。
ディルーネ(密偵)と新婚夫婦(偽装。密偵)、相席である。
ソラトバンたちは、外で食事をするつもりだったのだが・・・
ディルーネに「情報交換せえへん?」と言われ・・・
宿の女将(おかみ)に「お2人なら、いまからでも出せますよ」と言われ・・・
この宿で、朝食を取ることにしたのであった。
「酸っぱいスープじゃな」
「レモンや、レモン」
「初めて食う味じゃ。お・・・おまえは、どうじゃ?」
「お・・・おいしいですわ、あ、あなっ・・・た」
「初々しいなー。バレバレで」
ディルーネはスープを呑み、茶色のパンを千切って口に入れて・・・ちょっと眉を寄せた。
ソラトバンも、茶色のパンを口にした。
「む・・・?」
なんか、変に酸っぱい。そして、ほろ苦い。
「酸っぱいやろ?」とディルーネ。「コレねぇ・・・ここらじゃ、貧民の食べモンなんやけどね」
「貧民の」
「そう。そやから、ほら」
ディルーネが目で示した方向では・・・
「おいおい! 女将。なんだこのパンは。ええ?」
「ライ麦のパンですよ、お客さん」
「ンなこたァわかっとるんだよ。なんでこんなモンを朝飯に出すのかって。高い宿代取っといてだよ」
「すみませんねえ。小麦が入って来なくて・・・ライ麦も高くなって、ホントに困ってるんですよ」
・・・と、女将さんが客の苦情に対処しておった。
「おまえは、大丈夫か?」
「調子乗んなコロス」
姐御に訊いてみたら、小声で脅された。
まあ実際、いまのはちょっと調子乗っとったけれども。
恥ずかしがりすぎじゃろ。逆に可愛いくてたまらんわ。
「ホンマ可愛いなぁ、アンタの奥さん」
「コロス・・・」
「おまえさんとこは、大丈夫なんか?」
「さあ? 連絡難しいねん。早馬がズタボロになっとるしね、いま」
「はやうま」
「帝国のお手紙ネットワークよ。去年、全額自己負担になってね、」
「ぜんがくじこふたん」
「早馬はねぇ、帝国の馬なんよ。でも、お世話は地元の人間がさせられんねん」
「そんなアホな」
ソラトバン、驚く。
馬っちゅうのは、超高級品である。手に入れるのも難しいし、維持費がこれまたものすごい。裕福な農家でも、牛や豚ならともかく、馬は・・・っちゅうレベルである。
「他人の馬を飼うなんぞ、貴族でも嫌がるじゃろ」
「そうよ。そやから、去年まではお金が出とったんよ。それが、去年『改正』されて、なくなったん」
「・・・成り立つんか? それ」
「成り立つワケないやん。夜逃げ続出よ」
「あ、それで、早馬がズタボロなんか」
「そうそう」
「手紙を出したくても、出せんと」
「出しても届かへん。そやから、連絡できへんねん。知り合いの行商人とかが居るときだけよ」
「ふむ・・・」
ソラトバンは、姐御を見た。
以心伝心。姐御、赤い頬っぺたに、うっすら涙目のままで・・・
「協力できるかも知れんぜ?」
「・・・通信できるってこと?」
「そっちが出す内容次第で」
「なるほど」
ディルーネ。
居住まいを正した(いずまいをただした)。自分の持つ情報を、しゃべり出す。
「トントバッツワーノの部隊が、こっちに来たんよ」
「バッツワーノ。帝国鬼械人部隊の?」
「そう。補給に来たらしい。それから数日して、爆発があった。爆発のことは?」
「ウワサだけ」
「──ほな、ご飯食べたら、お散歩しよ。見晴らしのええとこあるから」
食事を終えた3人。小高い丘へと歩く。
「手ェつながへんの?」とディルーネ。
「うるさい黙れコロス」
「不ッ自然やなー。新婚夫婦が、磁石が弾き合うみたいな歩き方ァー。不ッ自然ぇーん。偽装結婚みたーい」
「チッ」チーニャ、ソラトバンの手首をガッと掴んだ。
「うおっ」ソラトバン、バランス崩す。
「しっかりしろ」
「急に掴むからじゃろ」
「うわー、おふたりさん、もしかして仲悪いん?」
「くそくそくそ」
チーニャは怒気を放ち・・・するっと、指をソラトバンの指のあいだに滑り込ませた。
急にぴったりくっついてくる。顔だけは必死に背けとるが、腕や太腿はくっついて、ぶつかり合う状態となった。
「なんでウチ見るん? レズ? 旦那のことキライなん?」
「くーーー・・・ッ・・・」
チーニャ、喉の奥で猫みたいに唸ってから、突然、
「ねぇ、あなた?」
「オウ!? は、はい?」
背の高いチーニャ。ソラトバンの鼻の先あたりに、彼女の目がくる。
切れ長で綺麗な目である。気が強くて知性の高い彼女の中身が、そのまま宝石になったみたいな。
その瞳を、ちょっと潤ませて・・・
甘~いかすれ声で・・・
「今夜・・・どうなさるおつもり?」
「げふっ」
ソラトバン、咳き込み、よろめく。
「やっぱりな」チーニャはそんな彼を冷たく見下ろした。「おまえ、私に手ェ出すつもりだったな」
「いや違っ、ちがうぞ。そんなんじゃなくてじゃな、」
「あー、おもしろ」
「アア?」
「はい、到着ゥー」
ディルーネ、立ち止まる。
海の向こうを指差して、
「あそこ。見える? あのチョンと突き出したのが、実験島」
◆ 10、実験島とは ◆
海に浮かぶ島である。
ここからだと、大きな汚いカメみたいに見える。
足元の黒っぽいところは、岩壁と、岩礁(がんしょう)。
背中を覆う緑と黒は、松の木々。
ソラトバン、グッ・・・と集中して、その島を見た。
すると、島の詳細が、手に取るように見えた。まるで、鷹の目で見たかのように。
波打ち際近くの木は、無傷である。
だが、上へと見てゆくと、だんだん木がひどい状態になってゆく。
葉が散り、枝が折れておる。
太い幹が折れておる。
てっぺんの木は、なくなっておる。バキバキに砕けた切り株だけが残り、木の姿がない。
一体どこに・・・? と、島を眺めると、波打ち際とか、森の中とかに、倒れた木が散らばっとるのが見えた。
まるで、空高いところへ吸い上げられて、一斉に落ちてきたかのよう。
樵であったソラトバンは、枝や幹の断面を見れば、およその日数がわかる。
爆発のあった日に、折れたらしい──と、推測ができたのであった。
「島の向こう側で、爆発があったようじゃな」
「え? なんでわかったん?」
「木がこっちに吹っ飛ばされて来とる」
「アンタもしかして、魔術師? 『鷹の目』とか使うとる?」
「さあ。どうじゃろな・・・」
ソラトバン、ちょっとヒヤリとする。
『鷹の目』。
とある人物からもらった、超常の技の名前を、ディルーネがピタリと言い当てたので。
そしてまた、言い当てられて初めて「あ、そうか。わし、『鷹の目』使うとったんか」と気付いたからであった。
なにしろこの技、勝手に発動するし。
とある人物も、この技のこと、説明してくれなんだし。
ディルーネに言われて初めて「あ、わし、使うとったんか」と気付いたわけであった。
「・・・おまえさんこそ、魔術でも使うとるんか? 他人のことにずいぶん鋭いのう」
「これァただの技よ。密偵のね」
ディルーネ。
あっさり密偵であることを認めた。
「爆発があったときね。ウチ、宿ン中に居ったんやけどね。ごっつい風が吹いてね」
「爆風か?」とチーニャ。
「たぶんね。ほんで、島のほう見たら、バカでっかい雲が上がっとんねん」
「雲」
「うん。こーんな・・・」
ディルーネは、地面に絵を描いた。
大きな円の下に、スカートのような1本足。
──キノコ雲の絵を。
「街ン中、大騒ぎよ。『ドラゴンや』『火山や』『神竜(じんりゅう)や』言うてね」
「死んだ人も居ったそうなが」
「うん。それはあっち」
ディルーネが指差した海岸には、漁村があった。
ソラトバン、『鷹の目』を発動。
つぶれた木造家屋が見えた。
散らばった破片が見えた。
穴だらけの屋根に登ってノロノロと修理をする、漁師らしい男の姿が見えた。
砂浜も、よく見れば、砂が内陸のほうへ押し流されておる。荒れ狂った風の痕跡が、波紋となって残っておった。
「・・・なんでこんな、人の居るところで試すんじゃ」
ソラトバンは、拳を握った。
「人の生命を、なんじゃと思っとる」
「人と思うてへんのやろ。ここ、属国やし」
「自治都市じゃなかったか? ハツラノッツは」とチーニャ。
「建前は、ね」ディルーネは肩をすくめた。「──こんなモンかな? 爆発については」
「ふむ」
チーニャはうなずいた。
ソラトバンの指を、柔らかい指でキュッと握ってくる。
「・・・なんじゃ?」
「どう思います? あなた」
「ウホ」ソラトバン、ゴリラになる。「え、えっとォ! な、何がじゃ?」
「バカw」
「あ・・・ああ・・・ええと、あと1つ、訊いてみたいが」
「どうぞ」とディルーネ。
「あんたは、どっちの味方じゃ?」
「幽雲洞」
「む。幽雲洞はどっちの味方じゃ?」
「いまんトコは、どこの味方でもないハズよ。最新の事情は、ウチ、わからへんけど」
「反乱軍につくのか?」とチーニャ。
「わからへん。幽雲様は、帝国にはつかへんと思うけど。そっちは?」
「同じだな。どことも組んでない。六間洞とは友好関係だが戦争同盟ではない。帝国につくことはないだろう」
「幽雲洞が頼んだら、組んでくれる?」
「弐ノ塔は、人間の争いを左右したくないと考えている」
チーニャは真面目に答えた。
「ウチの武器は、圧倒的だ。我らが王は、それを人間に向けるのを、嫌がる」
「帝国であっても?」
「帝国であっても」
「オーガの女子供を虐殺した、バッツワーノであっても?」
「ああ」
「冷たい国やね」
話は終わった。
「さて。それじゃ、こっちの支払いをしようか」
チーニャは空を見て、口をパクパク動かし、足元を指差した。
「・・・なにやっとんじゃ姐御」
「合図したんだよバカ野郎」
しばらくして。
1羽のツヤツヤした海鳥が、こっちに飛んできた。
「・・・なんかヨレヨレしてへん? あのアホウドリ」
「飛ぶのヘタクソじゃな」
「慣れてないんだろ。海の近くは、風が強いからな」
「・・・海鳥やのに?」
<お待たせでござる!>
やって来たのは、海鳥ならぬ、ウミドラーニ。
目がひとつしかない、海鳥型鬼械人であった。
「よく来てくれた」とチーニャ。「コイツに、幽雲洞と通信させてやりたいんだ。チラーニにそう伝えてくれ」
<かしこまってござる! 少々お待ちくだされ!>
「ウミドラーニどんじゃ」
と、ソラトバンが紹介すると。
ディルーネ、ソラトバンの腕をバシッと叩いて、「ちょ、なにこれ!?」
「なにて」
「何コレ何コレ! メッチャ可愛いやん!」
「・・・可愛いかのう」
「メッッッチャ可愛い! 鬼械人?」
「うむ」
「うわー! うわー! 抱いてもええ?」
<えー・・・少々お待ちくだされ。通信でござるが。拙者とチラーニ殿が内容を耳にしますが、よろしいでござるか?>
「あ、中継してくれるんや? うん、ええよ」
<では準備をば>
「ほんで、抱っこしてもええ?」
<拙者、大の大人(だいのおとな)でござるが・・・>
「うん。抱っこしてもええ?」
<ま、まあ・・・お手柔らかに>
ディルーネ、ウミドラーニを抱き上げる。「うわー、軽い!」
<拙者、中スカスカでござるから>
「浮上ユニットも効かしてくれとんねやろ?」
<それは、まあ・・・>
「気ィ効くやん。ええ子やねー」
<大の大人でござるが・・・>
◆ 11、ディルーネ、通信する ◆
<こちらチラーニ。通信中で~す>
チラーニの声がした。
ウミドラーニの声玉に、通信先の声が届いたわけである。
<克鬼(こっき)殿をお呼びしてるとこだけど、もうしゃべれるから。ご自由にどうぞ~>
「えー、こちらディリシトルーネ。誰か居るー?」
<・・・ええと。こちら、ディジャルーク。いま克鬼殿がいらっしゃる。もうしばらくお待ちを>
「お兄ちゃーん、元気ィ?」
<いや、ディルーネ。他人の前ではだな・・・>
「ん、間違いないね。このしょっぱい対応。本物やわ」
<おまえな・・・! っと、克鬼殿がいらっしゃった。いま代わる>
・・・という感じで会話するディルーネから、ソラトバンたちはちょっと離れた。
声の聞こえんところまで下がって、2人で海を見る。
「やっぱり、『力の筒』かのう? 爆発は」
「そうであって欲しいところだな」
「・・・どういう意味じゃ」
「筒なら、帝国には造れん。数に限りがあるだろ」
「なるほど」
「だが・・・」
チーニャは腕組みして、海を睨んだ(にらんだ)。
指が離れてちょっと涼しいソラトバンである。
「いずれ、造れるようになるよな。帝国も。こういう爆弾を」
「ありがとー。ほな、また夕方にでも」
ディルーネが通信を終えて、立ち去った。
「ついでだし、」とチーニャ。
<深刻な事態みたいだし、>と、チラーニ。
「会議しようぜ」
◆ 12、爆鬼 ◆
「会議か。了解じゃ。・・・で、どうしたらええんじゃろうな?」
「ママの言ってた通りなら、『半径1里に入らない』が答えだな」
「えらい遠いが・・・」
「条件は相手も一緒さ。1里以内じゃ使えない──つまり、接近戦してるあいだは大丈夫ってコトさ」
<自爆はせんのか?>と、トンボの声。
「は?」
「自爆じゃと?」
<オーガはやったぞ。『爆鬼(ばっき)』っちゅうてな>
「『力の筒』でか?」
<いや。火薬じゃが。ゴブリンに爆弾抱かせて、突っ込ますんじゃ>
「なんちゅうコトを・・・」
<蘇生術があるとな。そういう戦術を考えるキチガイが出てくるんじゃ>
<ウチはやらないけどね>とチラーニ。<ところで、トンボ様。島の上を飛ぶって言ってたよね?>
<ああ。偵察な>
「アンタが目立ったらまずいんじゃないんか?」
<・・・見つからんようにやるけぇ>
「バレたら、帝国は殺気立ちますよ?」とチーニャ。「ここは本土じゃないが、海軍基地があるんですから」
<わかっとる、わかっとる。じゃが、島の裏側を見にゃなるまい?>
「うーむ・・・」
ソラトバンは、冥界でトンボに乗ったときのことを思い出した。また、つい先日のレースのことを。
あの速さを、この空に投射してみる。
青空を横切って、猛スピードで飛ぶ巨人・・・
「・・・ダメじゃ。『空飛ぶ巨人じゃ!』と騒ぐヤツが出るぞ」
「おまえみたいにかw」
<ほじゃけど・・・うーんと高いトコを飛べば>
<タコ届かないよ?>
<むむむ・・・>
トンボ、悔しそうに、黙り込む。
<飛ぶなっちゅうんか・・・このワシに・・・>
「あ、いや、ちがうんじゃ。なるべくアンタを巻き込みたくないだけじゃ」
ソラトバン、あわててトンボをなだめる。
「飛ぶのは、いますぐにでも飛びたい気分じゃが、」
「あ、そうだよ。オマエが飛べよ」とチーニャ。
「は?」
「遠くまで見えるんだろ?」
「『鷹の目』か! そうか!」
<どういうこと?>
ソラトバンとチーニャ。『鷹の目』について説明する。
<そんなモン持っとるんなら、先に言わんかい>とトンボ。
「いや、なんか、トンボどんが乗せてくれんから」
<テストしとったんじゃ! 人間を乗せる前に!>
「そうじゃったんか」
<じゃ、それで行こうぜ>
<よし! とっとと帰って来い、ソラん坊>
「いまからかい。朝も早うから歩いて出て来たっちゅうのに」
<若いクセに文句言うな。走って帰って来んか>
「チーニャを置いて帰れるか」
「・・・。」<・・・。>
一瞬、みんな沈黙する。
<あー、そうじゃな。ほじゃ、戻ったらでええわい。ごゆっくり>
<お邪魔さま~>
「・・・え? いや、ちょ」
<通信切れたでござる>
「いやいや、おいおい。姐御、なんか言うてやってk──」
「コロス」
◆ 13、港町の風景・でたらめスカルド ◆
お昼は、2人で街を歩いて過ごした。
呼び捨てにしたせいでキレてしもうたチーニャの姐御に、甘いモンおごって、御機嫌取ったり・・・
人の多い店で昼飯を食って、人々の会話に聞き耳を立ててみたり・・・
清雅やコボルドどもに、お土産を買うたり・・・
四つ辻で、スカルド(弾唱詩人)が歌っとるのを聞いたりもした。
「さあ次は、正義の鬼械人の歌ァ~! 歌のあとは、謎の大爆発についてだよ~、おひねりはこちら!」
などと抜かすスカルドである。
その歌は、デタラメであった。
「邪悪なオーガの山賊が、狙いをつけたは、修道女!
あわや! というとき、現われたのは、帝国の武神、蒸気械人!
乗るのはオーガも恐れる帝国の、偉大な軍人、トントバッツワーノ!
鉄の拳で撃ち抜いて、人喰い巨人のオーガども、醜い小人ゴブリンを、1匹残らず、根絶やしだ!
ああ、しかし、さりながら!
修道女とは、結婚できぬ。
2人は悲しい別れを告げて、それぞれの道へと、歩み出す・・・」
などという。
ムチャクチャである。
『正義の鬼械人』の元ネタは、チーニャ操るチラーニなのに。帝国軍人に、スリ替わっておる。
そんなスカルドであったから、爆発のニュースも推して知るべし(おしてしるべし)。
「あの爆発は、オーガのしわざ!
おっそろしい人喰い鬼ども!
ショラン・ギサンチの麦畑を荒らしただけでは、飽き足らず・・・
なんと、この港までも、死者の街にするつもりなんだ!
これが帝国の魔術師の調べ上げた、本当の本当の、真実だよ~!」
「デタラメじゃ!!!」
ソラトバン、つい、怒鳴ってしもうた。
「爆発は、実験島じゃろ! 帝国軍の! なんでオーガのせいになる」
「おやおや~? お兄さん、世の中を知らないねぇ~?」
スカルドはソラトバンを見下して、鼻で笑って、やり込める。
「その強烈な訛りィ~・・・ハピヤラックの、お上りさんかなァ~? 都会はいかがですかァ~?」
「なんじゃとォ・・・!?」
「おいバカ。やめろ」
「放せ姐御。コイツ、大ボラ吹きじゃ。こらしめてやる!」
「くそっ。このバカ」
チーニャ。
背後から手を回して、ソラトバンを抱き締めた。
ぎゅっ! ぐにぐに。おっぱい押しつけ、唇、耳にくっつけて・・・
「新婚旅行なのよ、あなた? ケンカなんて、およしになって」
「ぶほっ!?」
一発で静かになったソラトバン。
無事、その場を引きずり出されたのであった。
いやはや。
まったくもって、ド素人。
密偵失格もいいところであったが・・・意外な恩恵もあったのだ。
「・・・まあ、そうだよな。実験島だったもんな。爆発」
地元民たちが、そんな風に囁き始めるきっかけになったのである。
囁きは次第に広がってゆき・・・
「アレは、帝国軍の実験事故だろ。アイツら、自分の失敗は絶対に認めねえしよ」
「そうだそうだ。俺たちばっかり責めやがって。ハポノ貴族は、密輸も脱税もやりたい放題だ」
「どうせこのスカルドも、金と女をあてがわれて、言いなりになってやがんだろ」
「ハポノのブタめ」
「でたらめスカルドめ」
・・・でたらめスカルド。もう、何を言っても冷たい視線を浴びるだけ。早々に逃げ出す羽目になったのである。
◆ 14、港町の風景・港湾労働者 ◆
夕方。
ソラトバンは、ガラの悪い地域にも入ってみた。
ただし、チーニャの姐御は宿に帰して、ソラトバン自身も、樵時代の薄汚い服に着替えて──である。
そうすると、やたらに声をかけられるようになった。
「お兄さん。今夜どう?」──売春婦。
「よう兄ちゃん。すげぇクスリあんぜ」──麻薬の売人。
「どうした若者よ。金がないのか? よーし、海軍で一発稼ごう!」──水兵を集める手配人。
すべて無視して、ソラトバンはスタスタ歩いた。
異種族の多い街であった。
ハーフエルフっぽい美男美女がチラホラと歩いておる。
ゴブリンが奴隷にされて、人間に付き従っておる。またオーガの女も奴隷にされておった。
ダークエルフの姿もときどき見かけた。彼らは日光が苦手なので、夜はもっと多いのであろう。
魚を売っとるコボルドも居った。金物積んだ荷車を引いて歩くドワーフも1人だけ見かけた。
桟橋(さんばし)の並ぶ、でっかい港にも降りていった。
荷物の揚げ下ろしをやっとる人夫たちのそばを通るときには、こんな会話が聞こえてきた。
「領主がよォ、洞窟エルフに脅しをかけたらしいぜ」
「へぇ、あの若造がねぇ。偉くなったもんだな?」
「自分はよろしくヤッてたクセにな、ヘッヘッヘ」
別な桟橋では、ダークエルフの一団に出会った。
ダークエルフが15人。人間の護衛が3人。ちょうど船から上陸してくるところであった。
先頭は、ずいぶん若いダークエルフの娘。背もかなり低く、可愛らしい。しかし、身分は高いようだ。他のダークエルフが、頭を下げて話しかけておる。
護衛に睨まれたので、近付くことはできなんだが・・・。
「あー、それ、お姫さんやわ」
宿に戻ってディルーネに訊いたら、答えが返ってきた。
「お姫さまじゃと?」
「うん。クェルデンチャーネ様。海の向こうのダークエルフの有力者よ」
ディルーネは少し声を落として、
「・・・この港の近くにも、ダークエルフの街があんねんけどね、」
「ほう」
「領主様が、そこを攻めるつもりや──っちゅう、ウワサがあってね」
「なんでじゃ? 戦争でもしとるんか」
「ちゃうねん。オーガが逃げ込んだらしいんよ。それで、帝国が『潰せ』って圧力かけとんねん」
「それは本当か?」とチーニャ。
「たぶん。領主様が、『オーガを匿う(かくまう)なら容赦はできん』って、洞窟に最後通告しに行ったからね」
「それで、お姫さんが来たんか」
「『仲立ちするから殺さんといて』ってトコやろね。あとは、『麦売ってください』もあるかな」
「麦」
「ショラン・ギサンチの麦よ。この港を通って、海外に輸出されるんよ。・・・されとったんよ」
「なるほど・・・」
ソラトバン。
雑穀のおかゆを、啜る(すする)。
小麦も大麦も一粒も入っておらん。ニワトリのエサかコレ? っちゅう、貧乏がゆ。
塩焼きの魚がドーンと出て、そっちは美味いのに・・・
「・・・望み薄じゃな」
「バッツワーノが来たってのは、」とチーニャ。「それが目的か。ダークエルフの洞窟を攻略する」
「ウチの予想はちゃうかなー」
「どう予想する?」
「補給して、実験して、爆弾積み込んで、」
ディルーネ。
ナプキンで口を拭う──その動作で、唇を隠して、
「幽雲洞で、」
ぱっ。
・・・と、手を開いてみせた。