◆ 15、チーニャ、きょうがくす ◆
夜になった。
食事を終えたソラトバンと、チーニャの姐御。宿の2階に上がって、廊下の角へ。
カギ開けて、自分たちの部屋に入る。
どーん。
ベット(ベッド)、ひとつ。
「お・・・おう・・・! そ、そうか、新婚さん向けの部屋じゃもんな」
「コロス」
「いやいや・・・」
2人、赤くなりつつ、とにかく室内へ。
「・・・あれじゃ。わ、わしゃあ、床で寝るけぇ」
「そ、そう? 悪いな・・・」
チーニャの姐御、キョロキョロする。
隣の部屋(荷物置き場であった)を覗いてから、
「ま、まあ、とにかく、私は、風呂入るよ。どこだろな? 風呂」
「風呂? ないじゃろそんなもん」
「えっ!? ないの?」
チーニャ、驚愕する。
美しい黒髪、ぱっと波打たせて、ソラトバンを見てきた。
「ウソだろ? 風呂ないの?」
「ふつうの家にゃ、風呂なんぞないぞ。まして2階に・・・」
一応、探してみた。
やっぱり、なかった。
あるのは、夫婦の寝室、荷物置き場、ベランダ(テーブルと椅子がある)。以上である。
「・・・。」チーニャ、呆然とする。「え、じゃあ、どうやって綺麗にすんだよ・・・」
「そうじゃな。わし、ちょっと行って、水もろうてくるわい」
「水?」
「そこにタライがあったじゃろ」
荷物置き場から、タライ引っ張り出す。
ごろん。寝室の床に置く。
「ほんで、暖炉もあるじゃろ」
寝室を温める暖炉を指差す。薪はないが。
「湯を沸かして、タライに貯めて・・・」
「えええええ!? 寝室だぞここ???」
「え? まあ、そうじゃが。タライ置けるの、ここしかないじゃろ」
「お、おっ、おまえの目の前で、湯浴みしろって・・・言うのか」
「あ、いや、わしゃベランダに出とるから」
◆ 16、ソラトバン、いをけっす ◆
お水と薪を買って、左手にバケツ、右肩に薪を抱えて戻ってきたソラトバン。
暖炉に火を入れ、鍋でお湯をつくって、タライに張って、
「はい、どうぞ」
「ありがと。なんか、ごめんね。下男みたいなことさせて」
「わっはっは。ええんじゃ。姐御みたいな美人の下男なら、大歓迎じゃ」
「バカw」
「ほじゃ、また後で」
ソラトバン。
颯爽と笑って(本人のイメージです)、ベランダに出る。
・・・椅子に座ってから、「あ、しもた。呑むモン買ってきときゃよかった」と気付く。後の祭り。呑むものなく、つまむものなく、ボケーッと街並みを眺める羽目になる。
よく栄えた港町であった。
石造2階建ての建物が、この宿だけでなく、いくつも並んでおる。
「こんな都会は、初めてじゃのう・・・」
ソラトバン、ため息つく。
「清雅と姐御に会うてからこっち、まるで、他人の人生のようじゃ」
遠くを眺める。
『鷹の目』の技を発動。
ギューッ・・・と、細部を睨んでみた。
ついうっかり、遠くの家の窓の中を見てしまう。1階建てのふつうの民家。お父さんとお母さんと息子さんが、ご飯を食べておる。息子さんは、うつらうつらしておる。もう夜じゃからのう・・・。
おっと、いかん。覗きをしてしもうた。
ソラトバンは目を逸らした。
宿の前を走る道に、目を向けた。石畳の道。夜だが、まだ人通りがある。じつに活気のある街である。
ずーっと向こうまで見ると、門のところまで道が続いておる。
その門のほうから。
パイプを咥えた髭面の男が、こっちに歩いてくるのが、見えた!
「・・・バ、バッツワーノじゃ!」
帝国の鬼械人部隊長。
敵である。
えらいことじゃ。
・・・じゃが、まだ距離がある。
ソラトバンは『鷹の目』で相手の目がどっち向いとるかまでわかる。だが、相手からはこっちが、小豆の粒ぐらいにしか見えんハズである。じゃによって、まだ大丈夫じゃ。じゃが、バッツワーノの戦士の目、油断なく周囲を見回しておる。
近付かれたら、気付かれる。
ソラトバンは顔を伏せ、ゆー・・・っくり立ち上がる。そーっと窓を開けて、背中から寝室に入った。
「・・・ちょっ! ソラっ!」姐御、悲鳴上げた。「やっぱりおまえっ!!!」
「しーっ! 静かにしてくれ。いま説明するから」
ソラトバン、後ろ手に姐御をなだめて、窓を閉めた。
「・・・バッツワーノじゃ。道、歩いて、こっちへ来よるんじゃ」
「・・・ホントか?」
「誓ってじゃ」
「ちょっと壁向いて、目ェ閉じて立ってろ」
「はい」
ぴちゃ・・・。
姐御が立ち上がる音がした。
ぴた、ぴた、ぴた。濡れた裸足で近付いてきて・・・
「そのままだぞ?」ぴと。ソラトバンの肩に、濡れた手を置いてきた。
「お、おう」
触るのやめてほしいんじゃが。逆に興奮するから。──とは言えんソラトバンである。
「・・・。」
「黒い髭の男じゃ。パイプを吹かしとる」
「ああ、あれか──まずい、こっち見られた」
「えっ」
「じっとしてろよ?」
チーニャの手が、ソラトバンの首の後ろを撫でて、逆の肩に回った。
耳元に温かいものが近付いてくる。姐御の唇であった。
「・・・カーテン締めるのに、ふ、不自然になると、まずいからさ」
「・・・お、おう」
シャッ。
姐御がカーテン締める。外の風景が遮られ、正真正銘、2人きりの空間になった。
「大丈夫かのう?」
「まあ、気付かれてはいないだろ。私は面識ないし・・・『いいモン見た』程度の表情だったよ」
「くそ」
「くそってなんだよw」
「いやぁ・・・」
沈黙。
「・・・。」姐御、なんか迷っとる。「ソラ」
「なんじゃ・・・?」
「おまえ、どう? ・・・いやその、つまり、弐ノ塔は」
「弐ノ塔? そりゃあ、ええとこじゃと思うぞ」
「そ、そうか。うん・・・」
姐御はまだ何か言いたげじゃが、口に出せん様子。
っちゅうか、アンタいまハダカじゃないんか?
「・・・チーサーニャの姐御」
「な、なに?」
「わしゃ、アンタに会えて良かったと思っとる」
「・・・!」
「清雅もじゃが、」
「あ、そう」
「いや、清雅に蘇生されたから姐御に会えたっちゅう意味でな」
「う・・・うん?」
「わし、まるで自分が生まれ変わったみたいな気分じゃ。いまの人生は、楽しいわい」
「・・・そう」
「姐御のおかげじゃ」
「ふふふ。私たちがぜいたくできるのは、弐ノ塔ママのおかげだぜ? あと、コボルドな。畑耕して、牛や羊の世話をしてさ」
「そうじゃな」
「けど、良かったよ。巻き込んじゃったの、気にしてたんだ。恨まれてないかって」
「恨むなんぞ・・・」
沈黙。
ソラトバン。意を決して、何かしようとした。その瞬間。
「寒っ・・・」チーニャが呟いた。
「あ、そりゃいかん。ええと・・・」
「ソラ?」
「うん?」
「・・・。」
女の優しい手が、ソラトバンの背中を掴む。
ソラトバン。再度意を決して、ゆーっくりと、振り向いた。
ハダカのチーニャに、腕を回す。
美女は、豊かな胸をふたつとも、こちらに預けてきた・・・
◆ 17、トンボ、離陸する ◆
朝が来た。
ソラトバンとチーニャは、ベットの中から、一緒に起き出した。
互いの肌の温もりがサーッと逃げてゆく。ソラトバンは大変残念に思った。だが、急ぎの仕事がある。
朝食を取って、すぐ、街を出た。
街道を歩く。チーニャがくっついてきたので、ソラトバンは彼女の腰に手を回した。
今朝の2人なら、たしかに『新婚夫婦』の見た目である。
ぺたぺたぺた。海鳥っぽい白いのが、波打ち際からこっちにやってきた。
<いかがしたんでござるか?>
「ウミドラーニどん」
海鳥型鬼械人、ウミドラーニである。
遠くから見ると白い海鳥。だが近付けば、目がひとつしかないので「ちがう」とバレる。そういう子である。
「チラーニどんに伝えてくれ。今日、晴れとるし、トンボどんで偵察しよう。歩いて帰還する──とな」
<かしこまってござる! ──伝えたでござる。返信あり>
「なんじゃ?」
<了解ぁ~い。ところで、昨夜はいかがでしたか?>
「うるさい」チーニャは赤くなった。
「・・・わしら、付き合うことにしたわい」ソラトバンは正直に答えた。
<了解でござる!>
ウミドラーニは、ぺたぺたぺた・・・と海へ戻っていった。
飛行塔が隠れとる谷間に向かって、結構な時間、歩く。
丘を越え、山を回り込んで・・・
チーニャの姐御が口数少なかったので、ソラトバンはちょっと心配した。
「言わんほうが良かったか?」
「ん・・・いやぁ・・・、」姐御はモゴモゴした。「清雅にからかわれるだろーなと思ってさ」
「あー」
「あいつ、私からしたら、妹みたいなもんでさー。ずっとチラーニに乗りたい乗りたいって言ってさ」
「そうなんか」
小っちゃな清雅が、チラーニの足元で騒ぐ。
想像してみて、ソラトバンは笑った。
「なんか、意外じゃな」
「そうか? 鬼械人大好きだろ、あいつ」
「言われてみりゃ・・・トンボどんにも大喜びで乗っとったのう」
「その清雅に・・・オマエと、そのぅ・・・付き合うとか、言いづらいんだよ・・・!」
ばしばし。
姐御、背中叩いてくる。「もー・・・!」
「なんじゃ。なんで叩く」
「おまえ・・・たくましいよな! 思ってたより!」
などと。
まさに新婚の夫婦のごとき、馬鹿会話しつつ、歩いておると。
「あ、トンボ様だ」
空飛ぶ巨人が、2人の前に舞い降りてきたのであった。
<おはよう>
淡い黄金色した鬼械人。背中の羽を、ぶーん・・・と震わせてから、止まる。
何度見ても、スマートでカッコええ巨人である。
片膝立ちになって、着いた左膝に手を添えた姿も、じつにスマート。
よじ登るのにも都合がよい。洗練された待機姿勢であった。
「この姿勢いいな。チラーニにも教えるか」
「チラーニどん、高すぎるからのう」
胸のハッチを開けて、中へ。
中には、前後2人ぶんの座席がある。
姐御は何も言わずに後ろ、弓手(ゆんで)の席に着いた。
「・・・姐御」
「乗り手はオマエだろ?」
「おう・・・! トンボどん。乗り手席、座らしてもらうぞ」
<おう。ようこそ、弐ノ塔のお二人さん>
トンボどんの、乗り手席。
チラーニとちがって、丸太をまたぐような形状になっておる。
なめらかな金属の枠が乗り手席の股間に通っておって、そこをまたいで、左右の鐙(あぶみ)に足を掛けるのだ。
席に着くと、すぐ後ろに姐御の存在を感じる。弓手席が極めて近いのだ。姐御の太腿がソラトバンのシートを挟み込む距離である。
ベルトを留め、操作の確認をする。
本当に確認だけである。ソラトバンもチーニャも、トンボに乗る日のため、勉強はしてきたので。
乗り手席は、チラーニと同じである。手元の握りがトンボの腕、足元の鐙がトンボの足となる。
ちがうのは、飛行中の命令であった。
<手足開いたら『減速せよ』、閉じたら『増速せよ』じゃ>
「こうじゃな? 減速せよ」
ソラトバン、左の握りを左へ、右の握りを右へ開く。足も左右に開いた。
<そうじゃ。減速は、急にやると失神することがあるぞ>
「気を付けるわい」
<あとは、腕だけ開くと『起こせ』、足だけ開くと『伏せろ』、屈むと『降下』、伸びると『上昇』などじゃが・・・>
「そのへんは、まだピンと来んのじゃが・・・」
<じゃろうな。今日は、ワシのほうで勝手に飛ぶわい>
──と、こんな感じである。
確認も済んで、離陸となる。
<試験は十分にやった。じゃが、現世で人を乗せて飛ぶんは、百年ぶりじゃ>
トンボどんが、最後の注意をする。
<ワシも慣れんところがある。ちょっとでも不具合あったら、すぐ言うてくれ>
「わかったわい」
「わかりました」
沈黙。
「おまえが乗り手だろ」突っ付かれた。
「あ、ああ、わしが『飛べ』っちゅうてええんか」
<うむ。今日からは、おまえさんが乗り手じゃ>
「おおう・・・!」
ソラトバン、感動である。
「ほじゃ──空飛ばん、鬼械人の英雄よ!」
<おう!>
トンボどんは立ち上がり、ゆっくりと2・3歩進み、走り始め、それから、地面を蹴った。
ぶうううーーーん・・・!
背中のほうから、低い音が聞こえてくる。震動が、ソラトバンの手と足に伝わってきた。
ぐぐぐっ・・・!
身体が座席に沈み込む。
陸を離れ、舞い上がると、座席が前に傾いた。
──トンボどんが、うつ伏せになったのだ。
手を広げ、足は軽く開いて、細~い『大』の字になって、高速飛行に入ったんである。
と、ここで。
丸太をまたぐような座席の造りが、効果を発揮した。
「馬の鞍(くら)みたいだな」チーニャが、耳元で囁く。
そう。
鞍にペタンと伏せて乗っとるような姿勢になるのだ。
もしも、この『鞍』がなかったら、身体はベルトで宙吊りにされ、苦しい思いをしたことであろう。
「なるほどのう」
<おまえさん、冥界でも乗ったじゃないか>
「いやぁ・・・恥ずかしながら、あん時はもう、ホンマに訳もわからんでのう・・・」
<いまは落ち着いとるな>
「うむ。気持ちええわい。最高じゃな。空飛ぶんは」
<そうじゃろう、そうじゃろう>
・・・まあ、窮屈な姿勢ではあるが。
長距離を旅するなら、チラーニどんじゃな。と、ソラトバンは思った。
「ところで、姐御、馬乗ったことあるんか?」
「ちょっとだけ。ハポノ人は、ある程度の金持ちは、女の子にも乗馬をやらせるのさ」
「金持ちじゃったんか」
「どちらかと言えば。父は商人だった。私は、これでも、お嬢様育ちさ」
「そんな感じじゃものな」
「えっ? そう?」
「なんとなくお上品じゃし。風呂がない!? っちゅうて、びっくりするし」
「・・・ああw」
<チラーニから通信じゃ>
「おう。つないでくれ」
<おはよ~。こちら飛行塔・チラーニ>
声玉からチラーニどんの声がした。
<今日はトンボ様の提案通り、高空から偵察をしてもらう>
「わしの『鷹の目』でギリギリのとこから、じゃな」
<そうそう。地形はトンボ様が覚えてる。ウミドラーニも君たちが使っていいからね>
「うむ」
<万が一の場合は、逃げて。最悪、飛行塔まで逃げていい。列電魔旋弾、持って来てるからね>
「飛行塔を見られてもいいから──ってことだな?」とチーニャ。
<そーゆーコト>
「了解じゃ」
通信を終えて、トンボはぐんぐん高度を上げた。
海が丸く見えるほど、高く上がったんである・・・
◆ 18、謎の通信 ◆
実験島の上空までは、あっという間であった。
だが、そこからが、少し手こずる。
「・・・雲が邪魔じゃな」
<見えんか?>
「うむ。視界にばっさばっさ雲が飛び込んで来て、焦点が合わん」
<んじゃいったん飛び越して、やり直そう>
──初回は高く飛びすぎ、雲で視界が遮られて、失敗。
島の上空を通過してUターン。2回目。
「いかん、舟が居る」
<雲に入るぞ>
──島の近くを小舟が何隻が通りかかったので、念のため、雲中に退避。
「漁師の舟かのう」
「あんな爆発があったのにな」
「まあ、仕事じゃからな。休んだらオマンマ食い上げじゃし・・・」
Uターン。3回目。
ようやくじっくり偵察ができた。
ちなみに、ソラトバンが覗いとるのは、ハッチ下部の覗き窓である。
内側の鉄ブタを開けると、ガラスの窓がある。そこから外が見えるのだ。
もともとは、こんなところに穴はなかった。帝国のヤツらが、トンボどんが死んどるときに、穴を開けたんじゃ。
その穴をふさぐとき、弐ノ塔のおふくろさんが<どうせじゃから覗き窓つけよう>ちゅうて、窓をつけたらしい。
トンボどんは<強度が下がるじゃろ・・・>と、気に喰わん様子であった。
さて、見えたものは。
まず、島。
焼け焦げた更地。叩き潰された丘陵。薙ぎ倒された森。
爆発の惨状(さんじょう)。街から見たときには、見えんかった光景である。
次に、蒸気械弩砲(じょうきかいどほう)。
四つ脚の、平たい台みたいな鬼械人である。蒸気で動く帝国式のヤツ。
それが、焼け焦げた平原にポツンと座っておる。
「守備兵かな」とチーニャ。
「それが、弩砲がついとらんのじゃ」
呼び名の由縁であるところの、弩砲が、取り外されておる。頭の上、スカスカである。
見える限りでは、頭の砲がないという以外に違いはない。じーっと座っておって、異変も感じられぬ。
「人は乗ってるか?」
「わからん。付近には人の姿はないが」
「人間がいるなら、爆発実験はしないだろう。だがいないのなら・・・」
「全然居らんな。見える範囲で、島のどこにも人は居らん。海にも──ああっ!?」
「どうした」
「海に、娘が居る!」
島のすぐ側、海の上に、岩が突き出しておって。
その岩に。
若い娘が、もたれかかっておる!
「島を見とるようじゃが・・・」
「なんでこんな沖に1人で? 舟は」
「ない」
「流されたのか?」
「いや。いたって、気楽な様子じゃ。鼻唄でも歌っとる感じじゃ。この島のこと、知っとるとは思えん」
ソラトバンは、背後を振り向いた。
すぐ側に、昨夜抱き合った美女の顔がある。
「・・・どうする?」
「・・・オレたちは、密偵だぜ?」
「それはそうじゃが」
<ウミドラーニから通信じゃ>
「なんじゃ?」
<こちらウミドラーニ。先ほどから、妙な通信が聞こえるでござる>
「通信じゃと? 誰からじゃ」
<相手が名乗らず、不明でござる。すごくヘタクソで、同じことをくり返してござる>
「何と言うとる?」
<クルナ。筒。死。クルナ・・・っちゅう感じでござる>
<方角・距離は>と、トンボどん。
<方角は、ハツラノッツ市街付近から見て、実験島方向。距離は不明。打ち返せばわかるでござろうが・・・>
<相手にバレるわな>
<さよう>
「トンボどんには聞こえんのか?」
<聞こえんが・・・>
<通常の通信ではござらんで。周波数送るでござる>
<・・・む。聞こえたわい。クルナ、筒、死──たしかにそう言うておる。真下。実験島の方向からじゃ>
「なら実験島発信だな」と姐御。「だが、誰が?」
「・・・。」
ソラトバンは、砲を外された蒸気械弩砲を見た。
ぴくりとも動かず座り込んどる蒸気械弩砲。武器もなく、恐らく搭乗者もなく、整備するでもなく、分解されるでもなく。
そして、その蒸気械人を、じーっと眺めとる岩の上の娘。
2人は・・・見つめ合っとるようにも、思えた。
「娘に呼びかけとるんじゃないか? こっちに来るなと」
「通信で? 口で言えばいいだろ」
「口で言えんのじゃろ」
ソラトバンは、トンボどんの右手握りを、握り締めた。
「──蒸気械人には、声玉がついとらんから」
◆ 19、第二の爆発 ◆
「馬鹿な。帝国の蒸気械人が通信するなんて、聞いたことない」
チーニャが、ソラトバンの意見を否定した。
「第一、ヤツら、目が見えんのだ。娘を見て『こっちに来るな』と言ったりはしない。何も見えないんだから」
「・・・こちらから通信したらどうじゃ? そうすりゃ、わかるじゃろ」
「話しかけるって!? おまえ『偵察』の意味わかってるか?」
「じゃが、帝国の蒸気械人が、目が見えるようになり、通信できるようになっとるなら──それは、確認せにゃならんじゃろ」
<御命令あらば、拙者がやるでござる>と、ウミドラーニどん。<露見した場合、拙者のほうが安くつくでござる>
「安いとか抜かすな!」チーニャがキレた。「生命に安いも高いもあるか!」
<しかし実際・・・>
「むむむ・・・」
ソラトバン、悩む。
娘をどうするか。
謎の通信をどうするか。
トンボどんが見られるかも知れん。チーニャを危険に晒すかも知れん。
何もせずに黙って引き返すのが、密偵としては当然じゃろう。それはわかる。
じゃが。
<通信が変わったぞ>
<マモナク。マモナク。クルナ。クルナ。と言うてござる>
ソラトバンは、決断した。
「姐御、すまん」
「やるのか」
「トンボどんは英雄じゃ。もしも、あの蒸気械弩砲が叫んどるのなら──応えてやるのが、英雄じゃ」
「ふんw」耳元で、チーニャが笑った。「付き合ってやるよ。今日は、女房役だからな」
「おう!」
ソラトバンは、丸くなった。『降下せよ』の合図。
「トンボどん! 娘をかっさらうぞ!」
<おう!>
「ウミドラーニどん。通信を試せ。相手が誰なのか、訊いてみよ!」
<了解でござる!>
空飛ぶ巨人は、舞い降りた。
広げておった手をすぼめ、脚をぴったり閉じ合わせて──真っ逆さまに、海面に突っ込む!
雲の高さに居ったのが、息も吸えんでおるうちに、もう波頭が見えてくる!
そこから急激に、頭を起こす!
「ぬわあああ」
「ぐ・・・!」
ソラトバン、チーニャ、『鞍』に押しつけられる。座席が、ギシギシと、きしんだ。
どぱぁぁぁん・・・!!!
一瞬、爆発かと錯覚するような音がした。
・・・トンボどんが、海面に、足を突き刺したのであった。
右足を刺し、左足は折り畳んで、スネを水につける。片膝立ちである。
波を砕いて、ザザザザザッ・・・! と、すべってゆく。
娘に接近した。速度も十分落ちた。
覗き窓に、ビビりまくっとる娘の顔が見えた。
「外部放送じゃ。手を出してやってくれ」
<おう>
≪乗れ!≫ソラトバンは、叫んだ。≪そこに居ると、死ぬぞ! 乗れ!!!≫
娘は・・・
トンボを見、蒸気械弩砲を見、トンボを見て・・・
空飛ぶ巨人の手に、飛び乗った!
「離脱じゃ!」
トンボは海面を蹴った。水しぶきが立つほど低い空を突っ切って飛ぶ。
「上がらんのか?」
<時間が、かかる!>トンボどんは、切迫した声で答えた。<通信が、また変わっとんじゃ!>
<カウントダウンしてござる! 3、2、1・・・>
島が爆発した。
光の球がふくらみ、波が蹴立てられ、竜巻が起こる。
土と海水が大空に巻き上がる。
波の壁が、トンボに迫る。
そしてその壁よりも早く、目に見えない波がやってきた。
ごおん!!!
重い音がして、トンボが突然加速した。
「なんじゃ!?」
<衝撃波に追いつかれた>
さらに、波の壁が・・・崩れ落ちてくる! トンボの巨体を、呑み込んで・・・
・・・その真っ白に泡立つ波を、トンボは突き抜けた。
青空に海水の霧をなびかせながら、高度を上げてゆく。
爆発から逃げ切ったのだ。
トンボは。
「・・・通信は?」
<途絶えたでござる>
◆ 20、コイツ、しっぽがある ◆
山まで飛んで、着陸したトンボどん。
両手で包み込んでおったものを、そーっと、開いた。
「大丈夫か! しっかりするんじゃ」
ハッチを開いたソラトバン。
娘を見て、「え・・・?!」
「どうしたんだ?」
ニュッと脇から出て来たチーニャ。
娘を見て、
「・・・なあ、ソラ」
「うん」
「なんでコイツ、しっぽがあるんだ?」
トンボの手の中に横たわっとる娘。
上半身、素っ裸。おっぱい丸出し。
下半身も、素っ裸。鱗(うろこ)キラキラ、ヒレ丸出し。
上半身が、人間。
下半身は、おさかな。
つま先は、クジラみたいな足ヒレ。
娘は、人魚。
セイレーンと呼ばれる種族であった!
<気絶しとるようじゃ>
「無事ならええんじゃが・・・」
「オマエはあっち向いてろ。私が診る」
ソラトバンは、あっち向いた。まあ、若い娘さんがおっぱい丸出しじゃからな。人間じゃないけどもが。
チーニャは、手の平を娘にかざして・・・
「えーと・・・確か、こんな感じで」
ぽわ~ん。
チーニャの手が、輝いた。
「・・・よし! できたぞ。治癒(ちゆ)の術! もういいぜ、ソラ」
ソラトバンが振り向くと。
胸にタオルを巻いた娘が・・・
ぱちくり。
目を開いて、周囲を見回しておった。
「治癒術だよ。あのときもらったやつ。うまく効いたみたいだ」
「あー」
ソラトバンが『鷹の目』をもらったときに、チーニャは治癒の術をもらったのだ。
今日、その使いどころがやって来たわけである。
「おさかなの足した娘さんよ。どうじゃ? 気分は」
「ここどこ?」娘が口を開いた。「あなたサンキュー?」
「ここは、ハツラノッツじゃ。その近くの、山ン中じゃ」
「ハツラノッツ?」
「おまえさんは、危うく、爆発に巻き込まれるところだったんじゃぞ」
「ばくはつ?」
「蒸気械弩砲が『危ないから離れよ』っちゅうてくれたんで、わしらが駆けつけて、助けたんじゃ」
「じょうきかいどほう?」
セイレーンの娘は首をかしげたあと、こう言うた。
「聞こえてた。何か言ってるから、見に来たの」
「聞こえてた?」
「何か・・・音。≪声≫?」
「悪いが、娘さん。私たちは、急ぐんだ。ゆっくりはできない」
チーニャが話を遮った。
「自分で帰れるか? 帰れるんなら、私たちはこれで失礼する」
「ここどこ?」
娘は周囲を見回す。
山の中。人に見られたくなかったので、森の中に着陸しておる。なので、見通しがまったく利かぬ。
「・・・それもそうじゃな。海まで降ろしてやるで、そのまま手に乗っとってくれ」
「???」
トンボが離陸すると、包み込んだ両手の中から、か細い悲鳴が聞こえた。
娘は海に戻ると、まさに水を得た魚のごとく、スイスイスイーッ・・・と泳いで、波間に消えた。
しばらくして、バシャッと頭を出して、
「ありがと!」
「どういたしましてじゃ」
「私、マテレーニャ・レモノーノ! あなたは?」
「ソラトバンじゃ」
「ソラ、トゥー、バン! お仕事に、戻るから。お礼、できないけど。ごめんね」
「ああ。何の仕事か知らんが、がんばってくれ」
「ダークエルフ、逃がすんだよ! じゃーね、ソラ・トゥー・バーン!」
バシャーン。
「・・・ダークエルフを逃がすじゃと?」
「もうちょっと引き留めりゃよかったな・・・」
スイスイスイーッ・・・と泳ぎ去るセイレーンのしっぽを、ちょっと後悔して見送る2人であった。
◆ 21、偵察班、怒られる ◆
トンボに乗って、帰還する。
ウミドラーニどんも回収した。
「無事か? ウミドラーニどん」
<拙者は無事でござる! が、タコはなくしてしもうた>
ということで、損害はあったが全員無事、という結果である。
飛行塔に着艦。
まず、怒られる。
<オレ『安全第一』って言ったよね!?>
「すまんことじゃ。チラーニどん」
「まあ、情報も手に入ったからさ」
<それは3位って言った!>
「・・・ん?」ソラトバン、首ひねる。
<言ったよね? 『君らの安全が1位』って>
「言ってないぜ」とチーニャ。
<あれぇ~・・・?>
「どうしたんじゃ、チラーニどん」
「心配いらん。たまにあるコトさ」
チーニャ。席を立ちながら、説明する。
「鬼械人は、速いんだ。思考がね。1人で考えさせると、考えすぎて混乱するのさ」
「そうなんか?」
<うむ>トンボどん。<ほじゃから、人間と組むんじゃ>
「ははぁ・・・!」
チーニャ&チラーニは、ええ相棒っちゅうワケじゃな・・・と思ったソラトバンである。
で、情報を整理する。
<通信相手(推定:蒸気械弩砲)の返答は、次の通りでござる>
ウミドラーニどんの情報は・・・
・相手は「自分が何なのかわからない」「名前はない」と言っていた。
・何を命令されたのか訊くと、「警告の通信をして、筒を暴走させる。それが命令だ」と答えた。
・爆発を停止できないか訊くと、「できない」と答えた。
・目が見えるのか訊くと、「ターゲットと、そうでないものは、判別できる」と答えた。
・その後、「マモナク。マモナク。クルナ。クルナ」と繰り返し始め、呼びかけに応じなくなった。
・最後にカウントダウンを始め、ゼロで爆発が起こった。
「人魚娘は重要と思っとらんかったんじゃが・・・」
ソラトバンの情報。
・人魚娘の名前はマテレーニャ・レモノーノ。たぶんセイレーン。
・仕事であの付近に来ていた。
・音(もしくは声)を聞いて来たらしい。
・仕事の内容は、「ダークエルフを逃がすこと」。
<爆発について、ママに問い合わせたんだけどね>
チラーニの情報は、弐ノ塔のおふくろさんの分析である。
・帝国の蒸気械人に、知覚能力を与えることは可能である。ナンガラック(ドリナラーニ)で実証済み。
・帝国の蒸気械人も、魔術を教えれば、通信はできる。これもドリナラーニで実証済み。
・『力の筒』を暴走させれるかについては、検証はしてない。だが、やれば、できるじゃろう・・・。
「蒸気械弩砲に『力の筒』を積んで、自爆させた・・・」とチーニャ。「そう思えるよな」
「そうじゃな。しかも、目も見えるようにして、通信もできるようにして」
<目標が識別できんでは、特攻できんからのう>と、トンボどん。
<まあ、そう思ってたほうがいいだろうね>
チラーニが結論した。
<これは、帝国版の『爆鬼』だ。今後、無人の鬼械人が近付いてきたら、爆弾とみなして対処する。そうせざるを得ない>
「こんなモンを・・・使うんか。実際に。人を殺すのに」
「帝国じゃ、鬼械人は道具扱いだからな。『ちょっと高くつく爆弾』ってトコだろ」
<えらい効果的じゃしな>
「許せん話じゃ・・・」
<そうだね>
チラーニもため息をついた。それから、
<さて。情報の整理はできたね。ウミドラーニ、御苦労さん! 休んでいいよ>
<お先に失礼するでござる!>
<──3人には、お話があります>
「うわぁ・・・」<聞きたくないのう・・・>「まったくじゃ・・・」
3人はぼやいたが、チラーニ隊長は許してくれんかった。
きっちり、反省会をやらされたんである。
◆ 22、私は見た ◆
ところ変わって。人も変わって。
ハツラノッツ郊外。山の中。
「・・・見たぞ」
少女が、呟きながら、坂道を登ってゆく。
「私は見たぞ。空飛ぶ巨人。金色の装甲。4枚の羽。オーガの伝説にある『トンボ』って鬼体にそっくりだった」
この少女。
まだ13歳だが、魔術大学に在籍しており、実戦的な魔術をいくつか知っている。
そのひとつが──
「私の『鷹の目』は、はっきり見たぞ。この山の中に、着陸したのを・・・」
──ソラトバンの技と、同じ名前の呪文。『鷹の目』であった。
「やっぱり! 足跡がある! 間違いない。ここに着陸したんだ」
森の中の、ちょっとした空き地。
そこに突き刺さったトンボの足の痕跡を見つけて。
少女は、パン! と手を打ち合わせた。
「父上に報告しなくちゃ! ・・・っと、メモ、メモ」
少女は現場を慎重に歩き回り、ペンを定規代わりに足痕のサイズを測って、メモを取った。
そして、坂道を駆け下りる。
「父上は苦労していらっしゃる。少しでもお力になれれば!」
少女の名は、ルカツァーネ。
父は、ルクジッコ。鬼械人部隊所属の魔術師である。
遠征中の父から「面会の日程が取れた」と手紙が来たので、大学の休みを利用して会いに来たのだ。
父が何をしているのかは、わからない。軍の機密であるから。
ただ、久しぶりに会った父が、ずいぶんやつれていたので。
きっと苦戦しているのだろうと、心配しとるんであった。
戻ったのは、ハツラノッツ市内の仮住まい。
古い邸宅を鬼械人部隊長バッツワーノが借り上げたもの。
この2カ月ほど、鬼械人部隊員の宿舎となっとるそうである。
父の部屋を確認するが、まだ戻っていない。入り口に取って返す。
「基地に行ってきます。父が戻ってきたら『重要な報告がある』と伝えて下さい」
守衛にそう伝えたところ。
「おおごとですかい?」ハツラノッツ人の守衛は、うなずいた。「わかりました。必ず伝えますぜ」
まだ幼さの残る顔を真っ赤にしながら、基地まで走ったルカツァーネ。
「父に重要な報告があります。会わせてください」
番兵にそう伝えたところ。
「軍人以外はお通しできないんだ。帰ってくれ」
と、拒否された。
「本当に重要な報告なのに!」
「そう言われてもなぁ。何か、証拠でもあるのかね? あるなら、見せてごらん」
「・・・いえ。じゃあ、『報告がある』と、伝言をお願いします」
「伝言も、軍人じゃないとなぁ・・・規則だからねぇ・・・わからないかなぁ?」
ハポノ人の守衛たちは、薄笑い。
少女が怒っても、「そうか、そうか」と馬鹿にして、取り合ってくれぬ。
「ハポノ人はみんなこうだ! 規則、規則・・・規則をサボりの口実にしかしない!」
毒を吐きながら宿舎に戻る。彼女自身も、ハポノ人なのだが。
父の部屋で、メモを整理する。見たこと、思いついたことを、すべて書き留めた。
夜。
やっと、父のルクジッコが部屋に戻ってきた。
見るからに疲れた顔で「・・・ただいま」と言う父に、ルカツァーネは胸を痛めつつ、
「父上。私、空飛ぶ巨人を見ました」
と、メモとノートを渡した。
すると。
「・・・でかした! 誰かに見せたりしたか?」
「いいえ。誰にも」
「おまえは賢い娘だ! 本当によくやってくれた」
「父上・・・」
父は、痛いぐらいがっしりと、ルカツァーネを抱き締めてくれた。
そして、すぐに部屋を飛び出して──行きかけて、
「だが、1人で現場に行ったのは良くないな! 帰ったら、その話をするぞ、カーネ」
「うわぁ」
基地に戻った父──ルクジッコは、バッツワーノ隊長を捕まえた。
バッツワーノ、副官キルビンナックと3人で、盗聴の恐れのない部屋に入る。
「やはり、実験島に飛来したのはトンボだったようです。このスケッチをご覧ください」
「見間違いの可能性は」とキルビンナック。
「私の娘は『鷹の目』を習得しております。それに、こちら。足跡の計測結果です。トンボのサイズに極めて近い」
「トンボの話を、いままでに?」
「いいえ。一度もしていません。娘は、おとぎ話のトンボしか知らん。足のサイズなど、知っとるはずはない」
「現場には?」
「いいえ。まだ」
「すぐに調べろ」とバッツワーノ。「キル、2・3人連れて行け。娘さんも──そうだな、ルクジッコ、同行してくれ」
「了解」「娘も連れて行くのですね?」
「そうだ。案内だけでいい。現場に着いたら、おまえは娘と一緒に宿舎に戻れ」
キルビンナックとルクジッコが立ち上がり、部屋を出た。
1人残ったバッツワーノは、火のついてないパイプを取り出して、噛みしめる。
「トンボを飛ばすとは、敵ながら天晴れだ。空飛ぶ塔よ」
そして、笑った。
「だが──現場に迷い込んだ娘を救った、だと? クックック! それがおまえの弱点というわけだ!」
※このページの修正記録
2025/05/14
「21、偵察班、怒られる」
チラーニの辻褄の合わないセリフ↓ の後に、「言ってないぞ?」という一幕を追加しました(12行)。
> <それは3位って言った!>
元々は、チラーニは出発前にこんな指示をしてたのですが・・・
<優先順位。1位、3人が無事に帰還すること。2位、なるべく見られずに済ますこと。情報収集は3位だよ。チラーニ以上で~す>
推敲ミスでこの発言を削ったせいで、辻褄が合わなくなってしまいました。すまんのう、チラーニ。