◆ 7、チーニャとチラーニ ◆
木立の中に立つ巨人──鬼械人(きかいじん)に、ソラトバンは近付いた。
その鬼械人は・・・
┏━丁━┓
6 只 d
・・・こんな形である!
(『丁』が頭のへん。『只』は胴体と足です)。
「いかつい形しとるのう」
ソラトバンは感嘆しつつ、巨人の足元へ。
近付いてみると、その表面はツルツルした塗料で綺麗に覆われておった。
わずかに桜色がかっておる。灰桜(はいざくら)といった色合い。触ってみると、冷たい。金属っぽかった。
「ははあ・・・」
と、ソラトバンが感動しておると、
「とっとと乗れ」
「早うせえや!」
頭上から女2人の声がした。
「はいはい。・・・やれやれじゃ」
巨人の足は、人間の背丈とほとんど変わらぬ。つまり、自分の背の高さぐらいの柱をよじ登る感じになる。
つま先は、針みたいに尖っとるようである。地面に突き刺さっておって、よくわからんが・・・。
脛はまっすぐな円柱で、膝のとこがコケシみたいに丸くなっておる。そこに、太腿がかぶさっておる。つまり──脛と太腿は別のパーツで、脛の頭(コケシみたいなとこ)に、太腿の末端にある凹みがかぶさっとるわけである。で、その2本の円柱を、小さな2本の円柱がつないでおる。
どういう仕掛けなのか、ソラトバンにはわからぬ。
わかるのは、膝の外側(太腿の末端)に、把手らしきもんがあるっちゅうことである。
その把手を掴んで・・・
「んじゃ、巨人どん。失礼して」
・・・登ろうとした、そのときであった!
<はい。どうぞ>
不思議な声が、どっからともなく、響いてきたのは!
「うわあ!」
ソラトバン、びっくりして、足踏み外す。ゴツーン! 頭ぶつける。
「うおう! 痛い」
<大丈夫?>
「だ、誰じゃ?!」
キョロキョロするが、誰も居らん。
上を見る。茶色の髪したキバある娘っ子が、怒りもあらわにこっち見下ろしておった。
「なにやっとーねん」
「い、いや、いまの声・・・」
キバっ子のとなりに、黒髪の女がにゅっと、乳を出してきた。
・・・いや失礼、顔でした。出してきたのは。顔を出してきたのだ。だがその、いやつまりですね。顔より乳のほうが、面積がでかいので。下から見ると。
で、その黒髪の女。
「紹介してなかったな」
と、言うた。
「チーササラーニ。オレの兄貴だ」
「兄貴?」
「こいつだよ、こいつ」パン、パン。黒髪のおっぱい姉さん、巨人の腹を叩く。
<チーササラーニだ。チラーニと呼んでくれ>
「おお・・・しゃべれたんか、巨人どん。いや、チラーニどん」
<うん。まあね。よろしく>
落ち着いて聞いてみれば、穏やかで、優しい声である。
こいつ、ええ奴っぽいのう・・・などと、ソラトバンは思うた。
「わしゃ、樵(きこり)のソラトバンじゃ」
<ソラトバンだね。覚えたぜ>
「で、オレはチーサーニャ」
黒髪のおっp──女が、やっと自分の名を言うた。
オレじゃと。さっきは(このお話では、前回ですがね)『私』じゃったよな・・・?
「弐ノ塔のチーサーニャだ」
「にのとう」
「ンあー」キバっ子がなんか声出した。
「あ。えーと、つまり、オレらの家だ」チーサーニャが言葉を濁す。「オレのことは、チーニャでいいぞ」
「さようか。チーニャの姐御(あねご)、チラーニの兄貴。どうぞよろしゅう」
「うむ」<うむ>
なんか誤魔化されたけどもが。
ソラトバンは、気にならんかった。
夢にまで見た、巨人──鬼械人が、目の前に立っておるんじゃから!
しゃべれる!
そして、腹の中(?)に入れてもらえる!
「はあ・・・まったく、なんちゅうことじゃ・・・」
「早う乗れや、もう!」
◆ 8、鬼械人の、はらのなか ◆
「ほじゃ。改めて。チラーニどん、失礼するぞ」
<はいな>
鬼械人・チラーニの膝の把手を掴んで、よじ登る。
膝関節のカバーっちゅうか、ふくらんだとこに立つ。
手を伸ばす。腰にも把手があった。掴んで、よじ登る。
すでに腹ン中に入っとるチーニャの綺麗な黒髪が、目の前に現われた。
美人である。何かを確認しておる、その横顔。白く、端正(たんせい)。澄んだ瞳は、黒と青と緑に、潤んでおる。
「入れや!」とキバっ子。
うるさいヤツじゃ・・・。
鬼械人の腹の中へ、よっこいしょ! と、入る。
鬼械人の腹は、パカッとフタ開けるみたいにして、前後に開いとる。そこを乗り越えるんじゃが。
この説明で、伝わるかのう・・・?
要は、でっかい宝箱に入るようなもんじゃ。ただしその箱、まあるくて、傾いておる。前が低くなっとるんじゃ。
フタがバターンと閉まったりせんじゃろうな・・・? と、ちょっと不安に思うたわい。
胸のほうに、蝶番(ちょうつがい)があるらしいんじゃが、それがゆるんどったら・・・とかな。
後でこの話したら、おっp──チーニャの姐御に「蝶番じゃない。球関節だ」と言われたが。あと、チラーニの兄貴には<ゆるんでないよ!>と怒られたわい。
まあ、とにかくじゃ。
中には、座席が3つある。
前向いたのが2つ、後ろ向いたのが1つじゃ。
最前席には、おっp──チーニャの姐御が座っておる。
二番目の席には、うるさいキバっ子──清雅(せいが)が、足開いて座っておる。足開いとんのは、そこにチーニャの頭があるからじゃ。座席がかぶさっとるんじゃ。肩車みたいな感じでのう。
ほいでじゃ。3つ目の席は、その清雅の席と背中合わせ。これだけ、後ろを向いとる。
「ボサッとすんなボサボサ坊主。オマエは後ろや」
「そのようじゃな」そこしか席空いとらんものな。「・・・坊主ちゃうわい。もう18じゃ」
「ウチのが歳上や」
「何歳なんじゃ」
「うっさいボケ。ボケカスナス」清雅。気品のある顔立ちから、流れるように暴言を吐きよる。
「くそう」
チーニャと清雅の横をすり抜け、後ろに回る。
太腿がチーニャの頬に当たりそうになって、神経を使うた。そのぐらい、狭いんである。
傾斜した床を登って、清雅と背中合わせの第三座席へ。
座ってみると・・・
ありゃ? 意外。余裕があった。
座席は大きかった。座り心地も上々である。
「ふぅ」
「ハッチ閉じるぞ」
チーニャが宣言して、開いとったお腹──というか、胸板というか──を、バシュッと閉めて、ガチャリとロックした。
3人の乗る空間、密室となる。
「押さえ枠下ろしてみ」と清雅。
「おさえわく?」
「頭ン上に金枠あるやろ? それ。胸の前へ引っ張り下ろすねん」
上を見上げる。
両肩の上から、ぶっとい金属の棒が生えておる。
前のほうでつながっておる。つまり、コの字型の金枠である。
「こ、これか」
お猿みたいにぶら下がって引っ張ると、ゆー・・・っくりとその金枠が降りてきて、胸を押さえる形になった。
「移動中は絶対それせえよ。揺れるから」
「ん? おう」荷車みたいな感じかのう? と、甘い考えのソラトバン。
「メッ・・・・・・・・・ッッチャ!!! 揺れるからな?」見透かされた。
「そ、そうか」
「両手で抱きつくんや。サルみたいに」
「お、おう」
「鬼械人チーササラーニ、起動準備」とチーニャ。「弓手(ゆんで)、背乗り手(せのりて)、報告せよ」
「了解」と清雅。
「うん?」
「背乗り手はオマエや。わかったら『了解』言え」
「何をわかったらじゃ?」
「起動準備!」
「きどうてなんじゃ?」
<オレを起こす、ってことさ>
と鬼械人、チラーニ。
<すぐ走れる状態にする、って意味だね>
「車に油差すみたいなもんかのう?」
<あー、そうそう。そういう感じ>
「なるほど」
それならわかるわい。
荷車の、木の車輪な。油差さんと、ギシギシいうて、動きよらんのじゃ。
というて、油差しすぎると、今度はベチャベチャとなり、砂ボコリ噛んでブッ壊れてしまいよる。
こんなでっかい巨人の車輪・・・車輪じゃなかったけどもが・・・となりゃあ、油差すのも・・・
「大変じゃな」
<はい?>
──あ、ちなみにじゃが。
チラーニの兄貴は、口でしゃべっとるわけじゃない。鬼械人には、口はないからのう。
『声玉(こえだま)』っちゅうもんで、声を出しとるんじゃ。
乗り手の席の前に据え付けてある、黒い、綺麗な玉じゃ。
これがビリビリッと震えて、声を出しよる。
ええ声じゃぞ。柔らかい、優しい、歌手になれそうな声でのう・・・。
◆ 9、背乗り手よし ◆
「ジャイロ回転よし、水平よし」とチーニャ。「腕握り(うでにぎり)、鐙(あぶみ)、よし。──乗り手よし」
「右肩散弾砲、握りよし。装填よし」と清雅。「左肩けむりだま、よし。背負い鉄鎖砲(てっさほう)、よし。──弓手よし」
「弓手よし了解」
「・・・わし、何すりゃええんじゃ?」
「後ろの窓開けてみ。両方」
「まど」
見れば、ソラトバンの正面(鬼械人の背中じゃぞ)に、丸い穴があった。
穴。左右に2つ。
外の景色が見えておる。
・・・なんか、ぐんにゃり曲がっとるけれども。
こんな『窓』、ソラトバンは見たことない。彼の小屋の窓は、ただの壁の穴である。
窓っちゅうのは、木の板でふさぐもんじゃないんか? なんで、向こうが見えとるんじゃ?
うーむ・・・。
見れば、窓の下に掛け金がついておる。
「ははあ。これじゃな?」
ガチャリ。
シュパッ・・・『窓』が、外に向けてはね上がった。
森の空気が流れ込んできた。ぐんにゃり歪んどった景色が、真っ直ぐになる。──直接見とるから、当然じゃが。
窓を閉める。景色、ぐんにゃり。
「なんじゃこりゃ」直接見るより、上下左右に広く見えるようである。「見えんはずのが、見えよるわい」
「あぁン?」
清雅が振り向いてきた。彼女の髪が耳に当たった。爽やかな香り。柑橘系の香水か? 金持ちじゃのう・・・。
「あー、いや、ほれ、窓閉めたら、視界が広がりよんじゃ」
「ああ。魚眼やからな」
「ぎょがん」
<視界を広くするために、景色が歪むガラスを入れてあるのさ>
「窓でっかしたら弱ぁなるからな。浮上筒とか鉄鎖砲とかで、どうせ見えへんし」
ふじょうつつ。
てっさほう。
わからん単語だらけである。
しかしまあ、色々と工夫があるんじゃということは、わかる。
「職人が造ったからくりみたいじゃな・・・」
<あ、それ、母ちゃんが聞いたら喜ぶよ>
「そうか?」
<うん>
「窓、ちゃんと開いたか? 通れるか?」と清雅。
「とおれるとは」
「そこ、非常口やから」
「ひじょうぐち」
「言葉通じへんなワレ~」清雅が軽くキレた。
<万が一の、出口だよ。お腹ハッチが開かなくなったときのね>
「はあ、そういうことか。うむ。完全に開くぞ。・・・しかし、出るにはきつそうじゃ」
「おまえは出られへんかもな。無駄にデカいしや」
「無駄じゃないわ。出れなんだら、出口にならんじゃろが」
「まあ、おまえはどうでもええから、」
「よかないわい」
「ちゃんと開くか、ふさがったりしてへんかだけ見とけ」
「まあ、してへんが」
「ほんなら『左右背窓(せまど)よし』って言え」
「左右背窓よし」
「浮上筒は?」
「ふじょうづつ」
「窓から首出して、左右見てみ」
「いま閉めたとこじゃぞ・・・」
「ブツブツ言わんとやれや」
「へいへい」
窓開けたときに言わんかい・・・心ン中で、ブツブツ言いつつ。
身を乗り出すには、『押さえ枠』が邪魔なので、金枠を押し上げる。
座席から立ち上がり、背窓(せまど)の片っぽ開けて、首を突き出す。
キョロキョロ。
ぶっとい筒が、左右の視界をふさいでおった。
「おおう」
えらいデカい筒である。子供ぐらいならすっぽり入ってしまいそうじゃ。
「石ついとるやろ。光っとるか? 何色や」
「石・・・」
左右の筒に、それぞれ石がついとる。親指の爪ぐらいのサイズ。緑色に光っておる。
「・・・うむ。光っとる。緑色じゃな」
「左右ともにか?」
「左右ともに緑」
「ほんなら『左右浮上筒よし』や」
「左右浮上筒よし!」
「ほな、戻って『背乗り手よし』で報告終わりや」
戻るか。
その前に、下チラッと見た。
たっか! 平屋にしか住んだことないソラトバン。ほんの2尋でも、「高っ!」となる。
さて。
座席に戻り、金枠を下ろs「窓閉めんかい!」──立ち上がって窓を閉め、掛け金ガチャリ、座席に座り、コの字枠を引き下ろして、
「背乗り手よし!」
「背乗り手よし了解」とチーニャ。
「はーぁ、もうホンマ」と清雅。「時間かかるわ~」
「指示出す順番がおかしいんじゃ」
「・・・ア?」
「私語やめ」とチーニャ。「チラーニ、発進準備」
<発進準備始めます。関節を暖めています・・・>
「『きどうじゅんび』ちゃうんか?」
「それはもう終わったわ。私語すんなボケ」
「ボケとはなんじゃ」
「うっさいぁボケェ~」
「オレの後ろでケンカすんな」とチーニャ。「2人とも置いてくぞ」
「ンあーい」「はい。すまんことじゃ」
<浮上筒、起動します・・・>
ぐい。
ソラトバンの身体が、座席に押しつけられた。
「うおっ」
「大丈夫」とチーニャ。「少し浮いただけだ。正常動作だ」
「う、浮いた・・・?」
「こいつ空飛ぶからな」と清雅。
「おお・・・!」
「昼は飛ばんぞ」とチーニャ。「目立つし」
<関節の動作確認中・・・>
座席が揺れる。
不規則に小さく、左右に揺れたり前後に揺れたりした。
<肩砲および背負い砲の動作確認中・・・>
ソラトバンの頭上で、わずかな動作音がした。
背窓の内側──2つの窓の中間あたりで、何が動くのがチラッと見えた。
「なんか動いたようじゃが」
「背負い砲が、左右の窓の上にある。いま関節のチェックで動かした。視界に入ったはずだ」
「せおいほう・・・」
「担当はオレや」清雅もオレ言い出した。
<発進準備よし。──鬼械人、よし>
「鬼械人よし了解」
チーニャがうなずいた。
「発進!」
◆ 10、鬼械人、発進! ◆
鬼械人が、前に傾く。
ソラトバンの感覚で言えば、よっこいしょ! と背負われた感じである。座席が持ち上がり、後ろに倒れた。頭が座席に押しつけられるぐらいに、後ろに傾く。
そうして──
鬼械人が、走り出した!
ズン・・・・・・・・・! ズン・・・・・・・・・!
それは・・・地面を蹴る音であろうか?
ずいぶんゆっくりと、揺れておる。上下に大きく。
それは、荒海をゆく舟のような揺れであった。だが樵のソラトバン、舟に乗ったことがない。生まれて初めての揺れである。
押さえ枠に、ソラトバンは抱きついた。
それにしても・・・ごっつい長い歩幅である。
一歩踏み出してから、ひとつ・・・ふたつ・・・と数えたあたりで、やっと次の一歩、っちゅうぐらい。
そういえば、こいつ、浮いとるっちゅうとったのう?
──そう。
鬼械人・チーササラーニは、その巨体をふわ~んと浮遊させた上で、地面を後ろに蹴っておるのだ。
巨大な重量を、ほとんど『浮上筒』で打ち消して。ほぼ、真後ろに蹴っとるんである。
ソラトバンは、背窓の向こうを流れる木々の速度に驚いた。
魚眼の中を流れる景色。
もんのすごく、速い!
人間よりも──いや馬よりも速い!
ここは森の中である。不整地なのである。──信じがたい速さであった!
「飛ばしすぎちゃう?」
「うむw」チーニャ、笑うた。「浮上・歩行に落とす」
<了解>
前傾姿勢、元に戻る。
速度も、ゆー・・・っくりになる・・・ゆっくりに・・・・・・ズシン。止まった。
「おい」と清雅。「おい! 大丈夫か」
「・・・お、おう?」
ソラトバン。
夢から覚めたみたいになる。
「な、なんじゃ? どうした」
「大丈夫っぽいな」
「なにがじゃ」
「もうええわ。・・・おもんな(面白くない)」
「なんじゃ!」
「チラーニ、周辺警戒。タコ1機、上空へ」
<了解。タコ1機、オレの上空へ>
がちゃ。
機械音がした。
「?」ソラトバン、キョロキョロする。なんも変わったことはない。
「タコを上げたのさ」
「??」
「斥候(せっこう)さ」
「???」
「チー姉の手元見てみ」と清雅。
身体をよじって、前を見てみる。
チーニャの手元に、水晶玉があった。そこに、ぐんにゃり歪んだ景色が写っておる。
その景色。
ソラトバンには、何の景色かわからなんだ。
上空を飛ぶ偵察機からの俯瞰(ふかん)映像なのだが・・・その発想が、ソラトバンにはないからである。
<木に登って、下を見下ろしたことある?>
そう言われて、やっとわかった。
「ああ! これ、高いとこから見渡した図かい」
<そうそう>
「すごいのう・・・」
<ソラトバンは、呑み込みが早いね>
「ほうか?」
<うん>
「後ろ警戒しとけよ」と清雅。
「ん?」
「オマエ背窓担当や。背窓からは目ェ離すな」
「ははあ。了解じゃ!」
「──さて。じゃあ、ソラトバン」
「なんじゃ。チーニャの姐御」
「話してくれないか。今日、何があったんだ?」
◆ 11、コガネムシ? ◆
「役に立つかわからんが・・・」
ソラトバンは、今日の出来事を話した。
ついさっきの出来事である。話すのは、難しくなかった。
「・・・あとは、死ぬ直前に、『コガネムシ』っちゅう会話を聞いたわい」
「コガネムシ?」
「えっと、『隊長、コガネムシが出た』『ほんなら作戦開始じゃ』みたいな話じゃった」
「そういう口調だったのか?」
「あ、いや。お国言葉は、チーニャの姐御みたいな感じじゃった」
「ハポノ言葉か」と清雅。
初代帝王のお国言葉である。草原の騎馬民族の言葉だ。貴族や文官も好んで使う。
「わからん。わし、ハポノ言葉聞いたことないんじゃ」
「この地方の言葉じゃなかったわけだな?」とチーニャ。
「うん、ちごうた。明らかに、よその言葉じゃった」
「わかった。もうひとつ気になる点がある。鍋が噴くような音がしたと言ったな?」
「うむ」
ソラトバンが撃たれる直前、巨人が左腕を上げるときのことだ。
「しゅううう」・・・という、笛のような、鍋が噴きこぼれるような音がしたのだ。
「蒸気械人やったんか?」と清雅。
「じょうきかいじん?」
「なんで知らんねん。・・・帝国のパチモン鬼械人や」
「ぱちもん」
「イライラするゥー!」清雅がキレた。
<ニセモノってことだね>
「ふむふむ・・・うん! 聞いた甲斐あった」
チーニャがうなずく気配がした。
「ありがとう。ソラトバン。面白い情報だったよ」
「そうか。そりゃ良かったわい」
「じゃ、今度はこっちが話す番だ」と、チーニャは言った。「トンボの話をしよう」
そして、ソラトバンの思い出の『空飛ぶ巨人』について、話し始めた。
◆ 12、トンボは ◆
「トンボは、このチラーニの親戚に当たる。上代(じょうだい)の鬼械人だ」
<トンボは、オレたちの英雄さ!>
「伝説の空飛ぶ鬼械人でね。ハヤブサよりも速く飛び、敵軍を打ち砕いたという」
「ははあ! すごい鬼械人なんじゃな。それでそれで?」
「だが、百年前、魔王と戦って、死んだ」
「・・・なんじゃと」
「魔王の軍勢に、人間が同盟を組んで対抗した。オーガも援軍を送ったが──結果は、全滅さ」
<トンボも重傷を負った。それでも乗り手をかばって、拠点までは退却したんだって>
「そこで力尽きた。──百年前のことさ」
ソラトバンは、絶句した。
自分が見た巨人が、とっくの昔に、死んどったじゃと?
「ほじゃ・・・あれは、わしが見たのは、」
ソラトバン、しばらく考えて、
「あ、そうか! 蘇生じゃな? 蘇生術じゃろ! 清雅がわしにやったみたいな」
「・・・その発想はなかったな」とチーニャ。
「ちゃうんか? でも、蘇生すりゃ・・・」
「できん」と清雅。
「え」
「できへんねん。蘇生は試したらしい。けど、トンボは蘇生できへんかった」
「なんでじゃ」
「知らん」
「そうか・・・」
「ソラトバンよ。空飛ぶ巨人を見たのは、8年前と言ったな?」
「そうじゃ、姐御」
「うん。ならそれは、トンボの遺体だな」
「遺体・・・?」
「8年前、オレたちの弐ノ塔に、トンボが来たんだ」
「は?」
「オレも驚いた。乗り手に訊いたら、『空飛ぶ仕掛けだけを使わせてもらった』ということだった」
「浮遊筒みたいなもんか?」
<そうだね。トンボの場合は、羽根だった>
「死んだトンボを、羽根だけ使うて、飛ばした・・・っちゅうんか?」
「そう」
「できるんか、そんなこと」
「オーガにはできるらしい」
「オーガ・・・」
◆ 13、オーガ ◆
オーガ。
人喰い鬼──っちゅう認識しか、なかったのだが。
どうも、トンボと関わりがあるらしい。
<撃竜界のオーガの守護神だったのさ。トンボは>
「げきりゅうかい」
これには、清雅が答えた。「オーガの都や。むかーし、ドラゴンを撃退したんで『撃竜』。でっかい地下世界やから『界』や」
「はあ。初めて聞いたわい」
「帝国はホンマのこと言わんからな。特に、オーガについては」
背後から、怒りが伝わってくる。
ソラトバンは、気になっとったことを、訊くことにした。
「・・・なあ、清雅よ」
「なんや」
「おまえさん、もしかして、オーガか?」
「は? いまごろか」
「兄貴がゴブリンじゃ言うから・・・にしては見た目が人間じゃし・・・とか思うとったんじゃ」
「ン。ウチはオーガや。オーガの女は、こういう見た目や」
「兄貴とは、どういう・・・?」
「どーもこーもない。実の兄妹や。オーガとゴブリン、同じ種族やし」
「え」
「兄貴らンときは、撃竜界防衛戦の真っ最中でな。どの洞窟も飯が足らんかったらしいわ」
「うん? 飯?」
「母親の飯が足らんと、ゴブリンが生まれてくんねん」
オーガからは、オーガが生まれる。ただし、飯が足らんとゴブリンになる。
ゴブリンからは、ほぼ、ゴブリンが生まれる。
そういう関係だそうじゃ。
「ウチんときは、チラ兄が来てくれたから、余裕あったんや」
<オレ、清雅の誕生祝いにも招かれたんだぜ。弓手の席に乗せてやったんだ>
「・・・わし、オーガのこと、なんも知らなんだわ。すまんのう」
「知らんもんはしゃあない」清雅は口を閉ざした。
「・・・なあ、清雅よ」
「なんやねん」
「おまえさん、わしのこと、食うんか?」
「食うかァ! 阿呆ゥ(アホ)!」
まあ、食うなら蘇生せんと食うわな・・・。
人喰い鬼っちゅうのは、清雅には当てはまらんようじゃ。
◆ 14、誰が? ◆
「しかし、そうか。あの巨人は、死んどったんか」
ソラトバン。
複雑な思いを、噛みしめた。
長年の謎が解けて、スッキリしたという気持ちと・・・
「もう、しゃべれんのか。トンボどんとは」
<そうだね・・・>
「それとな、ソラトバン」
「なんじゃ、姐御」
「去年のことだ。トンボの遺体は、帝国に奪われた」
「・・・。」
「撃竜界がついに陥落してな」
「去年・・・」
これは、ソラトバンも思い当たるもんがあった。
去年、「都で戦勝パレードやっとるらしい」と、大工のユーノックおやじが言うとったのだ。
「撃竜界に安置されていたトンボの遺体も、強奪された」
「そうか・・・」
「というわけで、今日の話につながる。誰がトンボを動かしたのか? だ」
「仕掛けだけ使うたんじゃないんか?」
「阿呆」と清雅。「帝国に奪われたちゅーたやろ(って言っただろ)」
「いや、そりゃ聞いとったが。できるんじゃろ?」
<オーガにはできた>
「帝国にはできない。──はずだ」
「ほじゃ、誰が?」
「そこがオレたちにもわからんところさ」
チーニャ。
鬼械人のチラーニと2人で、こう結んだ。
「誰が、死んだトンボを動かしているのか?」
<誰が、オレたちの英雄を、亡者(もうじゃ)にしたのか?>
「わかったら──」
<ただじゃおかないね>
◆ 15、戦闘になったら ◆
「なるほどのう」ソラトバン、うなずく。「トンボの話で、清雅が目の色変えたんも、もっともじゃ」
「変えてへんし」
「まあまあ」とチーニャ。「飯でも食うか。チラーニ、追跡は?」
<なし。歩兵なし、鬼械人なし>
「了解。背乗り手は?」
沈黙。
「オマエや!」
「・・・あ、わしか」ソラトバン、あわてて「後ろは、変わったとこはないぞ」
「了解。じゃ、隠れ家まで移動して、飯にしよう」
「ええんか? わし連れてって」
「かまわん。かまわん程度のとこに行く」
「はあ」
「お清。ソラトバンに向きを教えてやってくれ」
「あいよ」
「チーササラーニ、発進」
鬼械人チラーニが、また前傾する。
今度はゆるやかな前傾であった。ソラトバンの座席が少し持ち上がった程度。
ゆっくり歩き始める。ほとんど揺れのない、なめらかな移動であった。
にゅっ。
細く綺麗な指。
ソラトバンの首の左に、いきなり突き出した。
「うおっ」
ソラトバンの左手方向を指して「二つ」。
ソラトバンの頭越しに、背窓を指して「三つ」。
手を入れ替え、ソラトバンの右手方向を指して「四つ」。
「それが方向かいのう?」
「ン」
清雅の簡潔な説明であった。
「四分割や。正面が一。右回りに二、三、四。基準は鬼械人な? オマエがでんぐり返っても、方向は一緒な?」
「お、おう」
「あいだは『半』つけろ。ほな、試験すんぞ。こっち」
にゅっ。
ソラトバンの右斜め前。
「ええと・・・三つ・・・三つ半!」
「正解。こっち」ソラトバンの左。
「二つ」
「正解」
「そっちは見えんがのう」左右には、窓がないので。「二つ半、三つ、三つ半だけじゃ。わしに見えるんは」
「ンむ。報告はそれでええ。けど全部覚えとけ」
「了解じゃ」
「──『四つ半』はどっちや?」
「おまえさんの左手側斜め。鬼械人、左前方じゃ」
「正解や。上下に居るときは『ウエ』『シタ』つけろ。背窓を結ぶ線に対して上下な」
「・・・うん?」
「天地関係なく、っちゅうことや」
「・・・ああ、空が上じゃのうて、鬼械人の頭が『ウエ』か」
「そや。転がったりしたら一瞬混乱するやろ? ──はい、こっち!」
ソラトバンの左斜め前、窓の線より上。
「二つ半、ウエ」
「上出来や」
清雅、手を引っ込める。
「チラ兄も後ろは見れる。けど、戦闘ンなったら忙しい。そやから、後ろはオマエが頼りや」
「・・・戦闘になるんか?」
「『なったら』や」
と、そのとき。
<四つ半シタ、歩兵、20人以上>チラーニの、緊張感のある声がした。<戦闘中>
「なったわ」