魔王の継承者
◆ 1、弐ノ塔、帰還す ◆
弐ノ塔は、本拠地に戻った。
緑深く、水豊かなカルデラである。
夕方ごろに、しずしずと5連につながった塔が降りてゆくと、留守番のコボルドどもが旗振って歓迎してくれた。
<ええとこじゃな>
「うむ」
トンボどんとソラトバンは、上空からこの光景を眺めた。
夕闇に沈みゆくカルデラ。ソラトバンの『鷹の目』、そしてもうひとつの能力である『夜目』に、くっきりと見える。
湖と草原。日当たりのよい木立ち。こぢんまりしたコボルドの家。小さな畑。静かな牧場・・・。
「ええとこじゃ」
<のう>
ずしーん・・・・・・!!
中央の本塔が大きな穴に着地。続いて、十字に連結された攻撃塔2基・飛行塔2基が地面に突き刺さる。
<こちらおふくろ。着陸完了じゃ。周囲の様子はどうか>
「トンボ・ソラトバン。異常なしじゃ」
<チラーニ・チーニャ、異常なし>
<浮鬼・再鬼、同じく異常なし>
<──よろしい。では待機を解除する。おつかれさんじゃ>
「おつかれー」
ソラトバンは、左右の握りを中央に寄せ、手前に引いた。さらに、鐙(あぶみ)を引きつけ、こちらは外へ開く。
<お、急降下か>
「うむ」
<ほじゃ行くぞ>
乗り手席が、前に転がった。
──トンボどんが、急激に頭を下げたんである。
ほとんど真っ逆さまに、地面めがけて落ちてゆく。
「わははwww 下げすぎじゃ!」
<ほじゃ、上げるか?>
「まだまだ・・・まだじゃ・・・よし! このへんで!」
手を、ガバッと左右に開く。足は閉じて、下に踏み込むようにする。
トンボは、急激に上昇に転じた。
見えない巨人の手が、首の後ろにかかった。
目に見えず手にも触われぬ『力』が、乗り手甲をギシギシ言わせ、ソラトバンを屈服させようとする。
若き乗り手は、樵(きこり)で鍛えた背筋で、これに耐えた。
頭を起こす。
小さな覗き窓の中を、夕闇のカルデラが流れ去る。
びゅんびゅん後ろに・・・
そして、カルデラの外輪の峰々が見え・・・
やがて、うっすら浮かぶ星々が見えてきた。
「うおおお!!」
<わっはっは!>
2人ではしゃいでおると。
<・・・なにやってんだ><コボルドがビビってるだろ~?>
チーニャとチラーニからクレームが入った。
「はははw すまん、すまん。いま降りるわい」
残照に煌めく(きらめく)黄金の残像を残して、トンボは夕闇のカルデラに舞い降りた。
さあ、休日の始まりである。
◆ 2、ナンガラックたちは、仕事中 ◆
弐ノ塔は休日に入った。
・・・と言っても、みんなが寝とるわけではない。
さっそく働いとる連中も居った。
帰還した翌朝から、土木工事に汗(?)を流す者も居ったのだ。
ガゴン、ガゴン、ガゴン・・・!!
崖に杭打つ音が響いてくる。
カルデラの外側。
峰を越えて外に出たところで、塔からは見えない位置である。
その崖の上に、ナンガラックが2鬼並んで立ち、ぶっとい丸太の杭をズゴーン、ズゴーンと地面に突き刺しておる。
ナンガラック。
どちらも、浮上筒を装備しておる。重力を打ち消して空中に浮かぶ、魔法の巨大筒。
鬼体前面に2本。背面にも2本。
浮上筒サンドイッチ・ナンガラックである!
前は覗き窓をふさぎ、背は中央蓄熱塔に近すぎてモヤモヤ陽炎(かげろう)立てておる。動きづらそう。
それが2人して、丸太の杭で崖の先っちょ、オーバーハングになった部分を突いとるんである。
やがて・・・
崖の先っちょが、崩れて・・・
何十尋も下の急斜面に、もんのすごい音立てて転がり落ちていった。
「ごっつい作業じゃのう」
ソラトバンはこれを、近くの丘の上から見守っておった。
今朝は、チラーニの中である。
乗り手席にチーニャ。弓手席にソラトバン。そして・・・
<うむ。危険な作業じゃ>
・・・ソラトバンの膝の上に、弐ノ塔のおふくろである。
おふくろ。空中浮遊する円錐形の雑務ユニット。ソラトバンに抱っこされた状態である。
<じゃが、必要なことでもある>
「崖崩してどうするんじゃ?」
<あの崖の上に、コボルドの見張り所がある>
「どこじゃ?」
<隠してあるで、そう簡単にはわからんハズじゃ>
「むむ」
ソラトバン、そう言われるとムキになる。『鷹の目』で、探した。
「見つけた。あそこで手ェ振っておる」
<・・・。>
崖の隙間に巧みに隠された岩穴があった。
身を乗り出して手ェ振ってくるコボルドが居らなんだら、ただの影に見えたであろう。
チーニャが右の握りをギッコンギッコン動かした。チラーニが手を振り返す。
<・・・まあ、それでじゃ。死角を潰すための工事っちゅうコトじゃ>
「しかく」
<見えん角度じゃ>
おふくろ、ソラトバンの腕の中でモゾモゾして、2叉フォークになった手を交差させた。『邪魔になって、見えん』を表現したようである。
「なるほど」
<高所は有利じゃ。しかし足元が急所となる。灯台もと暗し──っちゅうコトじゃ>
「足元が急所か・・・」
「ロナンガラーニ、がんばってるね」とチーニャ。
<うむ>
「ちょっと褒めてやろうか」
<いや。アレも長いことナンガラックやっておるようじゃし・・・>
「逆に失礼か」
<うむ>
「そっか」
チーニャは、ソラトバンを振り仰いできた。
黒と青と緑にとろけた瞳が、にっこりとこちらを見てくる。「私は褒められたいけどね!」
「よしよし。よーしよし」
ソラトバンは彼女のツヤツヤの髪と頬を撫でくり回した。
「チーニャはよくやっとる。よしよし。チーニャチーニャチーニャ」
「ネコじゃないんだからな・・・?」
チーニャはすっかり満足そうである。
<場所、変わろうか?>
「ママうるさい」
<はいはい・・・>
◆ 3、ロナンガラーニ ◆
この休暇のあいだに、弐ノ塔では戦力の増強が行なわれた。
まず、先ほどの土木工事でチラッと登場した、彼(?)──
<新入りを紹介する。ロナンガラーニじゃ!>
≪オウ! オ初ニ、オ目ニ、カカリマス≫
ごっつい腕を上げてあいさつする、帝国式蒸気械人ナンガラック。
≪ドリナ、アーニ、ニ、敗北シタ。仲間ニナッタ、ロンガ、アーニ、ジャ!≫
「わー!」「ウォーン!」「ロナンガラーニ!」
コボルドが歓迎する。
一部は旗振って応援団やっておる。旗にはちゃんと『ロナンガラーニ』の名がある。ロナンガラーニの担当整備士であった。
<ロナンガラーニは、ラスカリューミヤの防衛隊所属であったが、>
と、おふくろさんが説明。
<反乱の際、混乱に乗じて山賊に盗み出され、チラーニ遠征班に退治されて、擱座(かくざ)した>
≪一発デ、撃破!≫とロナンガラーニ。
「わー!」「ロナンガラーニ!」
<その後、幽雲洞で修理を受け、進路希望で『弐ノ塔に入りたい』と言うてくれたため、ウチに入ったというワケじゃ>
≪オウ! 感謝!≫
<というわけじゃ。よろしく頼むぞ>
「わー!」「ロナンガラーニ!」
<それでは、ご飯にしましょう>
青空の下で、みんなで歓迎会。
主賓(しゅひん)のロナンガラーニは飯食わんので、代わりにコボルドの娘たちが花輪作って贈った。
ナンガラックは、腰のあたりに作業員が立つ張り出し廊下があるのだが、その手すりを花で飾ってやったんである。
<オウ。花・・・>
ロナンガラーニは、モジモジしておった。
どしーん、どしーん・・・!
食事も終わり、ロナンガラーニは歩きだす。湖のほうへ。コボルドもついてゆく。釣り竿を手にして。
「今日は、釣りか」
<そうでござる!>
海鳥型鬼械人・ウミドラーニどん。バサッと翼広げ、元気に答えた。
その隣で、小型整備ロボのドリノンも、ばっと四腕広げて、こう合わせた。
<拙者モ、ゴザル!>
「ドリナラーニどんは、そっちのボディで行くんか」
<ナンガラック、邪魔>
「いやいや、邪魔なんちゅうことは」
<魚、逃ゲル>
「・・・あー、それはな」
<じっとしておれば、大丈夫でござるが>
<溺レル>
<心配御無用! コボルドには、拙者がついてござれば!>
「狙いは、コイとナマズじゃったか? 期待しとるぞ!」
<お任せあれ! しからばこれにて、ごめん>
バッサバサバサ!
ウミドラーニ、翼をはばたかせたかと思うと・・・
弾丸のごとく、すっ飛んでいった!
「速ッや」清雅、つぶやく。
「飛べたんかい」
<飛行ユニット付けたら、ああなった>おふくろ、説明する。<アレは軽いからのう>
<ホナ、コレニテ>
ドリナラーニのほうは、ふわ・・・と浮かんで、4本の脚で歩き出す。
これは、以前からできるやつ。浮上歩行である。
「こっちは飛行ユニットなしか」
<うむ。アレには別の予定があるけぇ>
「別の予定」
<秘密じゃ>
「なんでじゃ」
「おまえには秘密にしてくれって、本人がさw」とチーニャ。
「ドリナラーニどんが?」
<明日になればわかるわい>
「はぁ」
と、消化不良になるソラトバンの横で。
びたん。びたん。
レモンちゃんが、足ヒレで地面叩いておる。
レモンちゃん。正しくは、マテレーニャ・レモノーノ。
上半身は、若い娘。
下半身は、真っ青なイルカみたいな感じ。
つまり人魚。この世界では『セイレーン』と呼ばれておる。
見た目にたがわず、泳ぎが得意。陸を走るより圧倒的に泳ぐ方が速い。
びたん。びたん。
「・・・なんじゃ。レモンちゃんも釣りしたいんか?」
「泳ぎたい」
「泳いで来たらええんじゃないか?」
「ソラも、泳ぐ?」
「いや、わしゃ、泳げんから」
「かなづち!」
「そうじゃ。金槌じゃ」
「じゃーね!」
レモンちゃん。どってんどってんと重たい音立てて走り始めた。
気付いたドリナラーニが引き返してくる。レモンちゃんを背負って、湖へ行った。
ちなみに、釣りはほとんど坊主。
レモンちゃんが、慣れない湖に苦戦しつつ、フナやハヤを捕まえて丸坊主回避してくれたそうである。
◆ 4、飛行試験 ◆
で、翌日。
ソラトバンたちの前に、弐ノ塔の大型鬼械人が勢ぞろいした。
チラーニどん。
トンボどん。
浮鬼どん。
新入りのロナンガラーニどん。
そして、くろがね色のトンボである。
いま、乗り手はみんな地面に立っておる。
チーニャと清雅はソラトバンの隣に居るし、レモンちゃんとウミドラーニどんも近くに居る。
コボルドの整備士も、全員並んで見守っておる。
弐ノ塔のおふくろさんを見てみたが、首を横に振った。
・・・つまり、黒トンボには誰も乗っとらんのである。
「もしかして・・・」
ソラトバン。
黒トンボの歩き方を、よーく見た。
左右に、少し大きく身体を揺するクセがあるようじゃ・・・
登山家みたいな感じで・・・
帝国の蒸気械人に、この歩き方するタイプが居ったのう・・・
「ドリナラーニどんか!!」
≪オウ! 正解ジャ!≫黒トンボが答えた。≪マコト、光栄ナ、コトジャ!≫
「おおお!!」
「こらこらw」
思わず駆け出すソラトバン。抱き着いて止めるチーニャ。
おっぱいの感触で、ソラトバン、ピタッと止まる。ブレーキ効果抜群である。
「す、すまん」
「もう・・・w」
「フヘヘ」清雅、ニヤケる。「ほんで、この面子で飛行テストするっちゅうワケですね?」
<うむ>
おふくろさんは、うなずいた。
<ホンマは、ナンガラックで試験をしたかったんじゃ。じゃが、安全確保に時間がかかってな>
≪ナンガラックハ、重イ!≫
「なるほど」
<ほじゃけ、今日は黒トンボの試験をお願いしたわけじゃ>
「そうかぁ・・・」
ソラトバン。惚れ惚れと、黒トンボを眺める。
「かっこええぞ! ドリナラーニどん!」
≪オウ!≫
<・・・チッ>チラーニ舌打ち。「こらw」チーニャが叱った。
最初に、トンボが離陸する。お手本飛行ということか。
淡い黄金色の鬼体が、鮮やかな夏の空に舞い上がったところで、いよいよ試験である。
<チラーニ。おまえから行くんじゃ>
<了解ぁ~い>
◆ 5、チラーニ、飛ぶ ◆
「がんばれー!」ソラトバンとチラーニ担当整備士、旗振って応援する。
<へへへ。見てなよ~?>
チラーニどん。
まずは、浮上ユニットを起動。関節にかかる自重を和らげる(やわらげる)。
ズッシリと重みに耐えておった膝や足首が、フッ・・・とゆるむのが見て取れた。
地面を蹴る。
ズシン! と彼の足音が響いてきた。
完全には自重を消しとらんようである。
いつもはネコのようにスイスイ歩くチラーニが、ズシン! ズシン! と、雑草の生い茂る斜面を駆けおりて・・・
<よいしょ!>
最後のひと蹴り!
幅跳びするみたいな感じで、宙に上がった!
<お・・・お・・・お・・・!>
背中を押される感じで、のけ反って、飛び始める。
いまにも、引っくり返りそう。見るからに不安定な状態である。
<頭を下げるんじゃ。チラーニ。立っとると、コケるぞ>
<お・・・おお・・・!?>
ウミドラーニどんの声玉から、トンボとチラーニの交わす通信が聞こえてくる。
空中でオタオタと手足を動かしておったチラーニが、ガバッと一気にうつ伏せになった。
──かと思うと、そのまま頭が一気に地面を向いた!
落ちてくる!
<ほげぇ~~~!>
<ビビるんじゃない! 背を伸ばせ! 前を見て、推力上げるんじゃ!>
<ひぇぇ>
頭から地面に突っ込んでゆくチラーニどん。
血も凍るような恐ろしいシーンが続いたあと・・・
ぶおっ・・・ぉぉん・・・!!
重々しい風切り音を立てて、チラーニどんの鬼首が、上がった!
でっかいチラーニどんの腹。雑草の上を、飛び抜ける。
ざあっ・・・と、緑の波が広がった。
飛んでゆく。
初めは、まるで溺れる人のよう。水面に顔を上げようとして必死になり、かえって沈んで水を呑む。あたかもそのように。
だが、やがて進路が上を向く。
そこからは、まるで振り子のよう。ある瞬間には地面と平行に進んでおったものが、次の瞬間にはなめらかに天へと駆け上る。あたかもそのように、チラーニは青空へとのぼっていった。
<お・・・う・・・うわあああーーー!>
「な、なんじゃ!?」
<うひょーーー! 空飛んでるぅぅぅ~~~!!>
「なんじゃ。喜びの声かい」
「びっくりさせんなよw」チーニャが笑った。「大丈夫なのか?」
<大丈夫だよ~~~ん。オレ、もうコツ掴んだもんね~>
<風に注意しろよ。山の近くは気流が乱れるで>
<大丈夫だいじょ──うひゃっ>
カルデラの外へ飛び出そうとしたチラーニ。
突然アゴを上げたかと思うと、空中でジタバタしだした。
失速する。
ストーンと山の向こうへ落ちてった・・・と思ったら、浮かび上がってきた。
<言わんこっちゃない>
<い、いきなり、下から風が来て、抑えようと思ったら、今度は落っこちて>
<飛行塔で慣れとんじゃないんか>
<飛行塔は、浮上オンリーじゃったけぇ>と、おふくろ。
<い、いやいや、もう大丈夫だよ~>
「信頼できんわ」
「降りてから言え」
<うるさいな~。大丈夫だって>
しばらく飛行を続けたチラーニ。
やがて、トンボと一緒に帰ってきた。
ゆったりと下降してきて・・・
地面付近でガバッと頭を起こして、着地する。
ズガガガッ、ズゴォォォン!!!
もんのすごい地響きを立てて地面に突き刺さったチラーニ。そのまんま、前にコケた。うつ伏せに倒れる。
<ほげぇ・・・>
「大丈夫か! チラーニどん」
<油断したぜ・・・>
ぐったりと地面に伸びとるチラーニを見て。
<うむ>おふくろさんは、うなずいた。<成功じゃな>
◆ 6、黒いトンボ、ドリナラーニ ◆
浮鬼は、器用なところを見せた。
離陸の時こそ、少し手こずり、姿勢が安定するまではチラーニと同じようにジタバタしたのだが。
飛び始めると危なげなく、上昇・下降もあくまでなめらか。
難所となるカルデラ外輪の峰にも挑んだが、鬼体が急に上下しても体勢を崩すことなく、手足でバランス取って乗り切る。
戻ってきて・・・頭を起こした後は、浮上ユニットを強力に効かせて、しばらく浮遊。
全身で風を受けて速度を十分に落としてから、着地したんである。
離陸と同様、浮上&飛行のハイブリッド着地をやって見せたわけであるが。
<バカもん!>
トンボ先生は、怒った。
<遊覧飛行じゃないんじゃ! 戦闘想定して着地せんかい>
<ハイ! 先生>
浮鬼、頭を下げる。
<怒られてやんの>
<そっちこそ、コケといてからに>
<ちくしょ~>
<では最後。黒トンボ・ドリナラーニ>
「がんばれー!」ソラトバンとチラーニ担当整備士、旗振って応援する。
<ちなみに、ドリナラーニも併用型じゃ>
「トンボ型なのに、併用にするんか」
<今日はな>
<万が一の場合、浮上ユニットあったほうが安全じゃしのう>と、トンボ。
「あー、墜落防止か」
<それもあるし、>とおふくろ。<このほうがええとなったら、トンボもこうするし>
<ま、ワシに勝てるとは思えんがのう!>
<・・・。>
「ドリナラーニどん? 今日は試験じゃ。無理はしちゃいかんぞ」
<・・・。>
「おふくろ」
<・・・構わぬ。やりたいようにやってみよ>
「おふくろ!?」
<なんぼ壊したって構わぬ。ただひとつ。人と家畜の上に落ちるな。死ぬ時は、1人で死ね>
<・・・了解ジャ>
「おい!」
黒トンボ・ドリナラーニは、地面を蹴った。
強い地響き。チラーニのときより重い。
黒いトンボの材質は、幽雲どん謹製(きんせい)の、スペシャルな鋼鉄なのだ。重いのだ。
してまた、『兵器』との、見た目の圧力もある。
その黒トンボが、殺気立った走りをする。
ソラトバンたちは、沈黙した。
最後のひと蹴り。
トンボ型の鋭い爪先が、地面をえぐって、跳ぶ。
ドリナラーニは、いきなり頭を低く、ほぼ水平に近い状態に倒した。
一瞬ガクッと高度が落ちる。地面スレスレになる。雑草を切り払うほど!
そこから、猛烈に加速して・・・
見えない手で、地面を突き飛ばすように・・・
大空へと、舞い上がった!
<ソラトバン!>
「なんじゃ」
<ワシャ、負ケンゾ!>
ドリナラーニは、そう宣言して。
まずは、左右にスラロームしてみせ・・・
峰越えでは、バランスを崩したが、無謀なほどの加速で立て直し・・・
ソラトバンの頬を風が叩くほどの速度で戻ってきて・・・
着陸に入った。
だが。
足が地面に接触した瞬間、つんのめってしまう。
弾き飛ばされるように前転。
離陸に使った斜面を穴だらけにして、ゴロンゴロンと転がる。
仰向けに倒れて、さらに数十尋、斜面をすべり落ちる。
・・・そして、ようやく停止した。
ロナンガラーニが駆けつけて、黒トンボを助け起こす。
トンボも舞い降りて、ズシーン! と、彼らの隣に着地した。
<速すぎたな>
<無念・・・>
<見所のあるヤツじゃ。練習には付き合ってやるけぇ、また飛んでみろ>
泥まみれ、草まみれ。
足と背中のパーツを歪めて戻ってきたドリナラーニ。
<スマンコトジャ>
と、おふくろさんに謝った。
<整備士に謝れ>ツーンと澄まして、おふくろ。<直してくれるんは、おまえさんの整備士じゃけぇ>
<・・・オウ!>
コボルド整備士が駆け寄る。十分距離を空けた状態でだが、ドリナラーニについてゆく。
「・・・ドリナラーニどん」
黒いトンボ。ソラトバンを見る。
<コノ、鬼体。皆ノ、期待。裏切レヌ>
「おう。あんたは、立派な男じゃ」
<オウ!>
見送ったソラトバン。ちょっと、落ち込んだ。
「わし、調子乗っとったんかのう・・・」
「なんだ急に」とチーニャ。
「いや。ドリナラーニどんを気づかうつもりで、見下しとったんかも知れんなあと、反省したんじゃ」
「ンん・・・」清雅、腕を組む。「正直言うとやー」
「なんじゃ。言うてくれ」
「ウチも『黒トンボ壊すなや! それウチのやぞ!』て思うたけどやー」
「いや、そういう話じゃのうて」
「壊されてもええんか」
「よかないけどもが」
「ま」チーニャが、ソラトバンの肩を叩いた。「誰だって、負けたくはないのさ」
◆ 7、ミェンノー大臣、追い込まれる ◆
ところ変わって、帝国の首都ハポノ。
貴族議会。
帝王御臨席の上で行われる、高貴な議会は・・・
「属州政府転覆の責任を、なんと心得る!」
「大罪人のトントバッツワーノに部隊を一任していた不始末・・・」
「麦は! 麦はいつになったら入ってくるのです! もう限界だ!」
「そもそも早馬網を放棄したことが!」
・・・大荒れであった。
ショラン・ギサンチは、ミェンノー大臣の力の源であった。
主食である麦を、ミェンノー派が支配する。
増税と価格統制で暴利をむさぼり、資金とする。
誰もが知っていることではあった。ただ、黙っていただけなのだ。
だがいまや、事が明白になりすぎた。
ショラン・ギサンチ、完全失陥。
麦の調達、絶望的。この首都ハポノも、飢餓の恐れ。
蒸気械人部隊、壊滅。
乗り手のハポノ貴族が多数戦死。捕虜の身代金要求で、武家は大混乱。
首都処刑場、襲撃さる。
まんまとオーガの死刑囚の脱走を許した・・・それも、鬼械人部隊の内情に詳しい奴隷を!
「大臣閣下! この責任、逃れられると思っておいでではないでしょうな!」
ハポノ貴族どもの攻撃が、ミェンノー大臣に集中したのである。
ここで、ミェンノー派の中堅貴族である議長が、下手を打った。
「愚か者どもめ! その下品な口を閉じよ! さもなくば退席を命じる!」
敵対派の口を封じようとしたのである。
これが、さらなる反発を招いた。
「議長こそ、冷静になられよ。批判を禁じて、なんの議会か」
と、中立派の貴族まで、敵対派の肩を持つ始末。
とうとう、ミェンノー大臣が答弁に立つことになってしもうた。
「栄えあるハポノ貴族の諸君、お怒り、まことにごもっとも」
ミェンノーは、論点をすり替えて、保身を開始した・・・
「今般の(こんぱんの)情勢、まったくもって、痛恨の極み(つうこんのきわみ)。
特に、偉大な先帝がお認めになられた、かの隊長──もはや名前は呼ぶまい!──あやつの裏切りには。
おお! 私も、諸君と同じく・・・胸を痛め、怒りに狂っておる。
だが、諸君。
我らハポノ貴族には、貴族の責務があるはずだ。
いますぐ、やらねばならぬことがあるはずだ。
──そう。鬼械人部隊の、立て直しである!」
・・・そして、部隊再編を、エサにした。
責任追及をやめてくれるなら、鬼械人部隊の利権をくれてやろう、と。
ハポノ貴族は、このエサに釣られた。
議会は円満に閉会。貴族どもは、さっそく工作に走るのであった。
「ああ・・・また、は、発言できなかった」
若き帝王。
第四代ウシャーニ帝。
議場を去りながら、口の中でつぶやいた。
「ま、間違っていると、思いながら。ち、父上のお言いつけに、背いてしまった・・・」
重要な議題を取引の材料にして、失政を招く。
これは、先帝のもっとも嫌うところであったのだ。
先帝がトントバッツワーノを抜擢した(ばってきした)のも、そうした意志のあらわれ。
派閥の勝ち負けではなく、戦の勝ち負けで、軍人を選ぶ。
当たり前のことを、当たり前にやる──『賢帝』と呼ばれた先帝の、それが遺産であった。
だが、抜擢された男は、その意志を裏切り・・・
息子であるウシャーニ帝は、その伝統を継ぐことができず・・・
ハポノの貴族議会は、その遺産を、またひとつ、喰いつぶすのであった。
◆ 8、魔王の継承者 ◆
ミェンノー大臣は、そそくさと議場を後にした。
馬車に乗り込み、「実家にもどる!」と、逃げを打つ。
護衛の騎兵に囲まれて、首都ハポノの市街地を抜けた。
1里(約4km)ほど離れた丘にのぼる。
ミェンノーの一族が支配する丘である。
頂上に、先祖代々の豪邸がある。馬車はそこへ駆け込んだ。
「馬鹿どもめ! ナンガラックが、なんの役に立つ。オーガは空から飛び込んで来るのに」
風呂に入ったミェンノー大臣。
頭を抱える。
「空を支配されては、おしまいだ。それもわからん馬鹿どもに、支配者など、できるものか」
すると。
「その通り」
風呂の天井付近の窓から、声がした。
「空の支配者こそ、この世の支配者だ」
「な、何者!?」
ミェンノー大臣は、裸で湯船から立ち上がった。
「曲者じゃ! であえ、であえーっ!」
「むだなこと」
声の主は、窓をひらいた。
にゅっ。
首を突っ込んでくる。
「女・・・?」
侵入者は、若い娘であった。
しかも、窓から入ってくるその身体は、裸。ヌードである。
日に焼けた肌に、柔らかそうな乳房。
髪は黒だが、青みを帯びておる。目はもっとはっきり青く、群青色(ぐんじょういろ)といったところ。
美しい娘であった──上半身だけならば。
にゅるにゅる。
入り込んできた、下半身。
ウロコ、キラキラ。ヒレ丸出し。まるで、さかなのよう。
つま先は、クジラのよう。
「にッ・・・人魚。セイレーンか!」
「いかにも」
高い位置の窓から、全身を滑り込ませた娘。
重力に任せて落下・・・するかと思いきや、
≪神話の力、竜の翼よ、我が腕に≫
響き渡る声で、そのように歌って・・・
ばさっ!
翼を打ち振るって、ふんわりと、湯船の前に着地して見せた。
・・・なんと。
落下してくるあいだに、腕が、翼に!
黄金に輝く、この世ならぬ翼。
鳥のような、コウモリのような・・・
羽毛のようであり、皮膜のようでもある・・・
摩訶不思議(まかふしぎ)な翼に、変化したのであった!
「閣下!」「お怪我は!?」
戦士が2人、駆け込んで来た。
ミェンノーの身辺の世話をする奴隷も、短剣を抜いて、肉の盾となる。
「つ、翼? セイレーン・・・いや、ハーピーか!?」
「気を付けよ。そやつ、変身の魔術を使うぞ!」
「へ・・・変身ですと!?」
「フンw そんなちゃちなものではない」娘はせせら笑った。「これは、≪声≫」
「声?」
「世界の理(ことわり)に響く、王者の≪声≫。かの偉大なる魔王の≪声≫だ」
娘は翼を広げた。
戦士の1人が、その動きに反応した。
「動くな!」
ナイフを投げつけた。
見事な技術、早業(はやわざ)!
娘の顔の横に、風を切ってナイフが飛ぶ!
≪竜の翼に、刃は通じぬ≫
娘はそう唱え、左の翼でナイフを払った。
カキーン! 金属音を立てて、ナイフが弾かれる。
「むだだと言っておる」
娘は、キズひとつない翼を見せつける。
「人の武器など、利きはせぬ。話を聞くのだ、ミェンノーよ」
「か、閣下。我々が時間を稼ぎます! 逃げてください!」
「・・・待て。攻撃するな」
ミェンノー大臣。
いまは、素っ裸のブヨブヨのおっさんであるが・・・
手をガクガク震わせながらも、太い声で、こう言い返した。
「なにか、提案があって参ったのか。よかろう。その不思議な力に免じて、聞いてやってもよいぞ!」
「フンw 許しなど求めておらぬ」娘は失笑した。「私は、おまえに力を貸しに来たのだ」
「力を貸すだと・・・?」
「そうだ。空を支配する力をな」
そして。
翼を広げて、こう名乗った。
「我が名はレラ。魔王の叡知(えいち)の継承者。できぬことなど、ない」
※このページの修正記録
2025/08/17
新入りナンガラックの名前ですが・・・
× ロンガラーニ
○ ロナンガラーニ
読んだ方は混乱したと思います。すみません。
ちなみに、ドリナラーニ・ロナンガラーニの『ナ』はナンガラックのナです。