ソラトバン、鬼械人   作:min(みならい)

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もう、どこにも

◆ 47、首都ハポノ、混乱す ◆

 

 この夏。

 首都ハポノは、大いなる混乱と、数え切れぬ死に、襲われた。

 

 まず初めに、悪いニュースがやって来た。

 『空飛ぶ島』の裏切り。

 鬼械人部隊、3度目となる、壊滅。

 乗り手(つまり武家の御曹司ども)は誘拐され、行方不明・・・

 

 不思議なことに、これらの情報は、あっという間に首都に広がった。

 外交官どもが首都に帰り着くよりも先に、やけに正確なウワサが、首都に広がったのだ。

 

 じつは、これ、幽雲洞と、太陽神殿のしわざ。

 ウワサというものは、先に広めたモン勝ち。

 どんなデタラメなウワサでも、先に広まったほうが、みんなの記憶に残ってしまうもの。

 幽雲洞の密偵や、太陽神殿の情報担当者は、それをよーくわかっとるわけである。

 

 効果は、バツグンであった。

 

 300万人ともいわれる首都ハポノの人々は、激しく動揺した。

 ハポノ貴族は、あわてて引き締めをはかったが、この動揺を打ち消すことはできなんだ。

 

 やがて、会談の責任者であった帝国の外交官がハポノに帰還する。

 即、議会に呼び出され、責任を追及された。

「団長閣下は、今回の事件の責任を、どうお考えか?」

「出発前は、『蛮人を説得してみせる』などと、おっしゃっておられましたが・・・?」

 ・・・で。

 ここからが、ハポノ議会のダメなところ。

「責任を追及すべきは、鬼械人部隊ではありませんか?」

「いやいや、犯人はレラというセイレーンだ! あいつを捕らえよ!」

「レラを連れて来たのはミェンノー大臣閣下でしたな・・・?」

「いまは外交庁の聞き取りである。話をそらしてはならぬ!」

 ──責任の、なすりつけ合いである。

 

 帝国では、議員も外交官も、みーんな、ハポノ貴族である。

 強い派閥の大貴族だけが、要職につくことができる。

 となれば。

 要職が、失敗をしても。

 責任追及は、できなくなる。

「おまえの派閥が悪い」

「おまえの派閥だって、馬鹿を責任者にしとるではないか」

「・・・では、新しい役職を作って、そのポストをウチがもらうということで」

「・・・よかろう。それなら、ウチのメンツも傷つかぬ」

 と、このようになる。

 

 今回も、また。

 レラの重大な裏切りにも関わらず、誰にも、何の処分も、下されることはなかった・・・。

 

「では、そろそろ閉会のお時間です」

「お待ちください。麦の買い付け予算拡大と、道路補修の予算案修正の審議が、まだ・・・!」

「まーた予算拡大か!」

「道路だと? 空飛ぶ鬼械人に首都が脅かされておるというのに!」

「どうせ『もっとカネを寄越せ』と言うのだろう。これだからミェンノー派は!」

「おい! いまのは聞き捨てならん! 侮辱だぞ!」

「閉会! 閉会!」

 

 こうして貴重な日数が費やされ──

 

「麦は、どこだ!」

 市場に、叫び声が響く。

「麦を! おい、麦を出さないか!」

「ライ麦でもカラス麦でもいい、売ってくれ!!」

 麦を買おうと押し寄せた人々が、わめき立てた。

 

 ──大いなる混乱が、始まったのである。

 

◆ 48、もう、どこにも ◆

 

 公称300万人都市、ハポノ。

 当然ながら、自給自足など不可能。毎日食料を輸入せねばならぬ。

 だが、その食料が・・・

 

「ないんです! 麦は、もう、どこにも!」

 商人が必死に説明する。

「ショラン・ギサンチのせいです。私たちにも、どうにもならんのです!」

「ガタガタうるせえ! 麦をよこせっ!」

 空腹で気の立った客が、商人を突き飛ばす。

 商人、棚に、ぶつかった。

 大きな音を立てて、棚が倒れた。

 

 ガッシャーン!

 飾ってあった花瓶が、粉々になった。

 

 ・・・この音で、群衆が狂った。

 

「麦を出せーっ!」「麦ぃーーーっ!!」

「ああ! やめてください。やめ・・・ギャーッ・・・」

「倉庫を開けろーっ!」「麦! 麦を!!」

 中庭に出るドアが、叩き壊された。

 暴徒がなだれ込む。

 津波となって、倉庫にブチ当たる。何人か倒れて悲鳴を上げるが、怒号に呑み込まれる。

 倉には、閂(かんぬき)が掛かっておった。

 斧が叩きつけられた。

 扉は破られた。

 中は、ほぼ、空っぽであったが──

 非常に良くないことに。ちょっとだけ、中身の入った袋があった。

「寄越せ!!」「子供がいるのよ!! ウチが先よ!!」

 奪い合い。

 袋が破れ、麦がこぼれる。

 拾おうとかがんだ女が、突き飛ばされ・・・その悲鳴も、呑み込まれる。

 掴んだ麦を、口に入れる男もいた。リスのように頬をふくらませて、逃げる・・・その背中を、別な男が引きずり倒す。

 

 ドドドドド!!

 ひづめの音が、近付いてきた。

 

「解散せよ! 解散せよ!」

 牙士(きし)。

 8本足の怪物馬、『牙馬(きば)』に乗った騎兵が、駆けつけたのだ。

「逆らう者は、反乱の罪で、死刑にするぞ!」

 長い棒を手にして、大声で警告して・・・

 突入した。

 牙馬。その背の高さ、人間の頭を越える。

 接触しただけで、人がポーン、ポーンと空を飛ぶ。それほどの怪物である。

 さらに、牙士が棒を打ち下ろす。人間の頭より高い位置から、ガツンガツンと。

 

 暴徒は逃げ散り、騒ぎは収まった──この場では。

 

 その夜。

 

 カーン、カーン、カーン・・・!

 火事を知らせる鐘の音が、響き渡った。

 

「今度は、火付け強盗か!」

 牙士隊が駆けつけたところ。

 大通りの路上で、積み上げられた家具が、ゴウゴウと燃えておった。

「・・・家具?」

「なぜ、こんなところで」

 

 ガンガンガンガン・・・!

 炎の向こうから、『争乱発生』の銅鑼(どら)の音が聞こえてきた。

 

「──そういうコトか!」

「やられましたな」

 牙士(きし)隊長と副隊長。歯ぎしりをする。 

「火付け強盗と思わせて──」

「目的は、足止めと」

「迂回路は?」

「ありませぬ。牙馬を通せる道は、ここしか」

「川沿いの、土手道は?」 

「去年崩れて、そのままです。補修の予算が付かんとかで」

「くそっ! どうしてこう、必要なところにカネが回って来んのだ!」

 

 混乱は、広がってゆく・・・

 

 貴族は、重ねて引き締めをはかった。

 夜間の外出を禁じ、巡回を増やし、夜遅くまで営業しとる店は閉店させ・・・

 だが、先のウワサで動揺している人々は、貴族を信用しない。

 

「フン。なにが『食料はそのうち調達される』だ。どうせ何もできんクセに」

「バッツワーノの乱から、負けてばっかりだもんな」

「秘密兵器とか言ってた例のアレも、大失敗って話じゃないか?」

「太陽の司祭さまを殺したとか、ミェンノー派は、アタマがおかしいんじゃないか」

「・・・ミェンノーが悪い」

「こんな時でも、丸々と肥えてやがるもんな・・・」

「そうだ。俺たちが飢えるのは、ミェンノーのせいだ・・・!」

 

 そもそもにして。

 ハポノ人は、食事の6~7割を麦に頼っていたので。

 その麦が、ないというのは──単純計算で、200万人が死ぬレベルの危機である。

 引き締めた程度で、収まるハズがなかった。

 

 麦問屋は、片っ端から襲撃された。

 倉が空っぽになると、次は貴族の邸宅が襲われた。

 事ここに至って、ようやく議会は焦り始めた。

 焦って何をしたかというと・・・

 

「私は、内臓をわずらってしまってな・・・後のことは、頼む」

 強い派閥の大貴族が、逃げて。

 平民出身の文官に、後始末を押し付けたのである。

 

「いざとなったら、これだ!」

 平民たちは憤った(いきどおった)。

 だがともかく、考えられる限りの手を打つことはした。

「『ギサンチ独立国』に打診してみるしかあるまい」

「望み薄だな。外国のほうが・・・ナダラカンとか。応じてくれるとしたら、あそこだ」

「増産はできんのか? 豆でも芋でもいい。腹の足しになるものなら」

「狩猟はどうだ。漁業は。干すか塩漬けにすれば、ここまで運べるだろう」

「魚なら見込みがあるが・・・川船で運ぶことになるか?」

「丸太の運搬船がある。増税で廃業が出ていたハズだ。あれを借り上げろ」

「資金がないが・・・」

「債権でやるしかあるまい」

「出納(すいとう)庁が認めるか?」

「私が行く。あそこも貴族が逃げて、平民が担当だ。どれほどの危機かは、わかっとるハズだ」

 

 だが、必死の努力も、成果ははかばかしくなかった。

 

 ギサンチ独立国は、激怒。「貴国にふさわしい贈り物は、麦ではない。刃と死だ」とまで言ってきた。

 増産は、農家が応じてくれんかった。「どうせタダで徴発するんだろ?」と、そっぽを向く。

 かろうじて成果を上げたのは、狩猟と、漁業と・・・

 

 外国──ナダラカンへの、食料輸出依頼であった。

 

「親愛なるナダラカンよ。食料を売ってくれ。これまでの両国関係を、どうか思い出してくれ」

 と、頼んだところ、

「我が国にも余裕はない。貴国が、突然、麦輸出を停止なさったこと。どうか思い出して頂きたい」

 と、手厳しい返答をされたが・・・

 

 それでも、食料をいくらか、送り出してはくれたのである。

 

◆ 49、外国の事情・ナダラカン ◆

 

 海洋都市国家ナダラカン。

 帝国からは、海を渡った向こう側である。

 

 その領主館では、帝国の『食料くれ』依頼に、激しい議論が起こったという。

 

「虫が良すぎる!」

 議論は、帝国批判、一色であった。

「我が国が、麦の価格を是正するよう申し入れたとき、帝国は何をした?」

「使節を暗殺しようとした!」

「そうだ! それも、鬼械人部隊を差し向けて!」

「うむ。太陽神殿のレッケンサーニ兄者。危うく、殺されるところであった」

「つい最近もだ。ヨスベロゴンチの太陽神殿が、『空飛ぶ島』に破壊されたそうじゃないか?」

「二度の凶行。太陽神殿は激怒しておる。これで、帝国を助けろと?」

「このナダラカンに、太陽の神殿を裏切れと言うのか」

「あんな国、見捨てるべきだ!」

 

 ・・・こうした激しい議論を収めたのは、まだ若い領主であった。

「諸君。帝国は、少なくとも現時点では、我が国の敵ではないのだから・・・」

 そう言って、有力者たちをなだめたんである。

「たしかに、帝国は虫が良すぎる。諸君の言う通りである」

「そうですぞ!」「ビタ一文やりたくないところです」「ヘタに助ければ、付け上がりますぞ」

「そこでだ。酒と魚でも送って、お茶を濁そうではないか? ささやかな気持ちとしてな」

 

 だが。

 この『ささやかな気持ち』。首都に届くことはなかった。

 

「船団長! 海賊です! 当方の3倍!」

「なんだと!?」

 海賊に、待ち伏せされたのだ。

 ナダラカンの組んだ船団、5隻に対して・・・

 海賊船が、16隻。ズラッと並んで、待ち構えておったんである。

「バカな。ハツラノッツは、すぐそこだぞ! 海軍は何をしておる?」

「1隻も見当たりません・・・と言いますか、そのぅ」

「なんだ?」

「中央の海賊船・・・あれ、ハツラノッツ海軍の旗艦“夜の女王”号じゃないですかね・・・?」

「な・・・んだと・・・!?」

「そうだ。間違いありません。艦首弩砲の、台座のキズ。見覚えがあります」

「私は、最右翼の3段ガレーに見覚えがありますぞ。地元の豪族の船だ。艦首に立っとる男が、族長です」

「──荷を、捨てろっ!」

 船団長は、あきらめた。

「全船、荷を捨てて反転! 距離があるうちに、逃げるのだ!!」

 

「ハツラノッツは、海賊に転じたようです・・・」

 逃げ戻った船団長。

 謝罪してから、ナダラカン領主に説明した。

「・・・政情不安定とは、聞いておったのですが」

「証拠はあるのか?」

「私たちが捨てた荷を、海賊と、地元の漁師が、仲良く拾っておりました」

「むむ・・・!」

 ナダカラン領主は腕を組む。

「しかし、なぜ、海軍の旗艦が? 公式にはなんと言っている?」

 ナダラカン領主。

 同席していた事務官を見た。

「はい、閣下」と事務官。「ハツラノッツは『艦・乗組員・整備士が、丸ごと逃亡した』と主張しております」

「そんなバカな──というところだが」

「海軍縮小を迫られ、旗艦を解体しようとしたが、その前に逃亡、と」

「海軍縮小?」領主は首をひねる。「ハツラノッツは、帝国の海の玄関なのに?」

「はい。公式に、明言しております」

「ミェンノー派の貴族とケンカしたってウワサで」と船団長。

「なんのケンカだ」

「領主暗殺の補償をせよと、迫ったとか」

「なるほど。実行犯はバッツワーノ──帝国の部隊長だものな」

「そうです」

「それで、圧力を掛けて、黙らせようとした」

「ハツラノッツが折れると思ったんでしょうな」

「ところが、『縮小したぞ』と返された。艦を丸ごと逃がしておいて」

「ムチャクチャな言い訳が通るモンですなぁ」

「君も試してみるかね?」

「とんでもない!」

 

「──というワケで、我らのささやかな気持ちは、ハツラノッツの民を救ったらしい」

「もうダメだ、あの国は」

 有力者たちは、サジを投げた。

「救いようがない。もう、放っときましょう」

「我々は、あんな国のためにも、できることはしたのですから・・・」

「同感だ」

 領主はうなずいた。

「今後は、我が国のためにできることをしよう──まずは、ハツラノッツに、代金を頂かねばな?」

 

 この後、ナダラカンは、自慢の海軍でハツラノッツの『海賊』船を何隻か沈めることになるが・・・

 その詳細は省く。

 

 ともあれ、帝国はこうして、友好国からも見捨てられていったのである。

 

◆ 50、ておくれ ◆

 

 もはや、何もかもが、手遅れ。

 『どうすれば』との問いに、もう、答えはなかった。

 

 首都に、飢餓がやってきた。

 何万人もの生命が消え、その霊は冥界に旅立った。

 

 この年の夏は、暑かった。

 高温。万単位の死者。飢えて栄養失調となった人々。

 となれば、次に来るのは──

 

 疫病(えきびょう)である。

 

 死者の数は、わからない。

 死んだ者だけでなく、逃げた者もいるからである。

 とはいえ、300万人が逃げ込めるような場所は、世界のどこにも存在せず・・・

 逃げた者も、ほとんどは死んだ。生き延びた者は野盗になって、死神の手伝いをした。

 

 首都ハポノは、人を集めすぎたのだ。

 

 過密問題は、先帝の頃から、議題になっていたのだが・・・

「300万という人口は、火薬だ。何か問題が起きたとき、暴発する恐れがある」

「人口を散らさなければならぬ」

「予算を付けて頂きたい」

 ・・・ここからが、いつものハポノ議会。

 強い派閥の強い貴族が、おいしい仕事を掴み取る。掴むだけ掴んで、何もしない。

 トラブルが起きたら、責任逃れをする。

 結局、なんの対策も取れぬまま、破滅の日を迎えることになる。

 ちなみに、この問題の責任者もミェンノー派であった。

 

 さて。その最大派閥の、首領。

 ミェンノー大臣。

 ここまでの人生、一度も責任を取ったことはなかったが・・・

 この夏。ついに、ツケを払うことになった。

 

「ミェンノーを殺せーーーっ!!」

「殺せ! 殺せ! ミェンノー、殺せ!」

 

 丘の上の邸宅に、暴徒が押し寄せて来たんである。

 

◆ 51、ミェンノー邸の戦い ◆

 

「問題は、ナンガラックと、牙士です。閣下」

 

 真夏の午前。

 白く灼けた丘を、ゆら、ゆら・・・と揺れながら登ってくるのは、平民だけではなかった。

 ナンガラックが3鬼。

 さらに、牙士も3騎。同行しとるんである。

 

 鬼械人の乗り手。牙士。いずれも、貴族である。

 つまり──貴族が公然と大貴族を襲った、これは、内乱であった。

 

「お逃げください」

 ミェンノーの護衛隊長は、目をギラギラさせて言った。

 彼も貴族だが・・・頬はコケ、髭も剃り残し、髪は油が足らずバラついておる。

 飢えているのだ。彼のような、身分ある戦士ですら。

「裏に牙馬を用意しました。護衛を2人、お付けします」

「おまえたちは」

「我らは、敵の牙士を食い止めます。──さ、お逃げ下さい」

 

 護衛隊長は剣を帯び、牙馬に乗って、暴徒どもの前に姿を現わした。

 ミェンノーの護衛牙士は、10騎。

 敵は、数百である。

 それでも、隊長は大声で命じた。

「解散せよ! ここは、ミェンノー大臣のお屋敷である。反乱罪に問われる前に、解散せよ!」

「うるせえ!」「ハポノをこんなにしておいて!」「そうだそうだ! ミェンノーを出せ!」

 

 ズシーン、ズシーン・・・。

 ナンガラックが進んできた。鬼械の腕を横に振って、『どけ』とジェスチャーしてくる。

 

 護衛隊長は、手の平を立てて、バターンと倒した。──『倒れろ』。

 

 ナンガラックが、突撃してきた。

 

「突撃! 暴徒を散らして、牙士を釣る!」

 護衛隊長も、カウンター突撃を命じた。

「ハポノの歴史に、我らの勇姿を刻むは今ぞ! 神馬の兵の神髄を、鬼械の奴隷に見せつけよ!」

 八本脚の怪物馬で、丘を駆け下る。

 ナンガラックが腕を振るが、遅い。すり抜けて、暴徒を狙う。

 

 ドロロロロ・・・ッ!!

 太鼓を並べて乱打したような、ものすごい足音を立てて・・・

 

 八本脚の怪物馬が、人間の群れに突っ込んだ。

 

 坂道を登る途中であった暴徒。怪物馬の足音だけで腰が引けておった。

 そこに、圧倒的な質量での、体当たり。

 圧勝であった。暴徒、ドミノ倒し。

「生命が惜しくば、逃げ散れい!」

 ミェンノーの牙士は、暴徒の悲鳴に勝つほどの大声で怒鳴って、剣を抜いた。

 牙馬の右腹を暴徒に向け、ゆるく前進しながら、打ち下ろす。

 次々に、暴徒が死んだ。

 逃げ始める。

 切り崩し成功であった。

 ──だが、仲間の1騎が、突然、死んだ。

 ナンガラックが反転して、追いついてきたのである。打ち下ろされた巨腕が──ちょうど牙士が暴徒に対してやったように──牙士を殺したのだ。

 残った9騎は、ふたたびナンガラックの足元を駆け抜けて、今度は暴徒の右側面に回ろうとする。

 ここで敵牙士が動いた。

「通さぬ!」

 護衛隊長の進路が、ふさがれた。

「牙士の名折れめ!」隊長は叫んだ。「反乱に加担するとは」

「フン! 謀叛の大罪人に、『おとなしく投降しろ』と伝えるがよい」

「なに・・・!?」

「ミェンノーは、『空飛ぶ島』で鬼械人部隊を誘拐し、帝国の支配をもくろむ謀叛人である」

 暴徒側の牙士。薄ら笑いを浮かべて、言い放った。

「引き渡せ」

「断る!」

「ならば死ね!」

 敵牙士も、剣を抜いた。

 左からはナンガラックが迫り、右には暴徒が戻ってくる。

「もはや、これまでか」

 護衛隊長。

 敵の牙士に、突撃した。

「だが──牙士だけは、殺しておく!」

 牙馬同士がぶつかった。棹立ちとなる。

 両者、鞍にしがみつき、なんとか落馬を免れた。すれちがいざまに剣を振る。

 敵牙士の、剣先。護衛隊長の胸に迫った。

 護衛隊長は──回避せなんだ。

 そのまま、敵の首を打つ。敵は即死。だが隊長も、胸を貫かれた。

「ぬぐう!」

 剣を、取り落としつつ・・・

「時間を・・・稼げっ・・・!」

 怪物馬を、暴徒に突っ込ませて・・・落馬した。

 

 牙馬は、隊長の遺志に従ってか──あるいは狂乱してか、暴徒の中で、暴れ回った。

 体当たりでハネ飛ばし、後ろ足で蹴り飛ばし、巨大な門歯で噛みついて振り回す。

 まさに、歴史に名を刻む暴れっぷり。

 誰も、この怪物を抑えることはできなんだ ──ナンガラックの巨腕が、振り下ろされるまでは。

 

 こうして、護衛隊長が時間を稼ぐ間に。

 ミェンノーは、丘の裏手を駆け下りて、首都の郊外へと逃げ出すことができたのであった。

 

 だが、しかし。

 

「ミェンノーがいたぞーーーっ!!」

「こっちだ! こっちにいるぞーっ!」

 川沿いの道を走るミェンノーら4騎は、いまだ、暴徒に追われていた。

 牙馬の八脚をもってしても逃げ切れぬのは──

 

「クソっ! 道が崩れておる!」

 

 道路が、崩れておったからである。

 

◆ 52、ミェンノー、逃亡する ◆

 

「・・・そう言えば、去年の増水で崩れたといって、予算の申請が上がっておったな」

 ミェンノーは首を振った。

「まだ直しとらんとは! 役人も業者も、無能だらけだ」

「本当ですね」奴隷が相槌を打つ。「閣下は、いつも足を引っ張られておいでで」

「まったくだ」

「──閣下。馬を降りて、逃げて下され」護衛が言った。

「馬を? 追いつかれてしまうではないか」

「この先に、川船の駅あり。そこまで逃げれば、舟を得る望みがございます」

「ぬう・・・」

 ミェンノーは川を見た。

「泳ぎの心得なら、あるが?」

「川は、動きが鈍ります。石などを投げつけられれば、危険です」

「そうか・・・」

「できるだけ時間を稼ぎます。さ、お早く」

「・・・。」

 ミェンノーは馬を降りた。

「忠義は忘れぬ。おまえたちの名は、きっと残してやるからな」

「はい」

 

 奴隷と2人、崩れた道をなんとかして乗り越え、先に進む。

 若い奴隷は、元気だが・・・

 ミェンノーは、汗だくであった。

 牙馬に乗るだけでも、汗をかくほど、暑いのに。

 ボロボロと崩れる道を、四つん這いになって乗り越え・・・さらに、走って逃げねばならんのだから。

「はぁ、はぁっ・・・ま、真夏の日中に、やることではないぞ」

「閣下、あと少しです。あと少しで、川船の駅──あっ!?」

「ど、どうした・・・?」

「駅にも、ヤツらが」

 

 やっとのことでたどり着いた、川船の駅には。

 すでに、別の暴徒どもが、たむろしておった。

 

「どうしましょう」

「うむ・・・」

 ミェンノーは、前後を見た。

 前。川船の駅。群がる暴徒。まだ、こちらに気付いた様子はない。

 後。いまのところ、人影はナシ。だが、いずれ追い付いて来るだろう。

 左右は・・・

 左。川。その向こうは、郊外。丘陵に、ブドウ畑が広がっておる。

 右。こちらもブドウ畑だが、首都中心方向である。

「・・・やはり、川を渡るしかあるまい」

「危険です」

「他に道はない。こんなところで死ぬワケには行かん」

「・・・わかりました。では、これを」

 奴隷は、水筒を取り出して、中身を空にした。

「浮きにしてください」

「助かる」

 ついで、奴隷はミェンノーの上着を脱がせた。靴のヒモもほどいて、脱がせる。

 服を自分の頭の上に、靴は大事に手に持って・・・

 岸辺の葦(あし)を、かき分けた。

「参りましょう」

「うむ」

 

 川へ。

 奴隷が葦を踏み倒してくれるが、蚊とアブがうっとうしい。

 ようやくたどり着いた水は、冷たかった。

 

「・・・。」

「いかがなさいました?」

「・・・いや。陛下が溺れた時のことを思い出してな」

 このとき。

 追っ手どもが、姿を現わした。

 あとほんの少し時間があれば、ミェンノーと奴隷は川に入った後で、葦が姿を隠してくれたろう。

 だが、まだ、奴隷が水際に立っておった。そのせいで、簡単に見つかってしもうた。

「あそこだ! 川を渡っているぞ!」

「おおーーーい! ミェンノーが、逃げるぞー。船を、出せーっ!!」

「おのれ」

 ミェンノーは、必死で水をかいた。

 チラッと見れば、川船の綱が解かれ、こちらへ向かおうとしておる。

 大型のイカダと小型の小舟に、暴徒が乗り込んでおる。

 早く、向こう岸へ上がらねば・・・

 だが、身体が重い。冷たい川に沈んでしまいそうだ。

「おお。なぜ人間は、こうも『重さ』というものに、縛られておるのか」

 ミェンノーは、憤った。

「これほど高い知能があって、なぜ我々は、鳥になれぬ。魚になれぬのだ」

 怒りに任せて身体を動かし、なんとか岸まで泳ぎ着いた。

「はぁ、はぁ・・・」

 息切れしながら、後ろを見ると。

 

 舟。

 3人の暴徒。

 奴隷目掛けて、オールを振り上げておる!

 

「危ない!」

「!?」

 奴隷はとっさに身をかわし、水中に倒れた。

「閣下、靴!」

 奴隷は、真っ先に靴を投げて寄越した。それから、オールに飛び付く。

「おまえ」

「閣・・・! お逃げ下っ・・・!」

 暴徒は、オールを渡すまいとして、引っ張った。

 バランスを崩す。舟が横転。グルリと横転して・・・

 

 バシャーン!

 暴徒3人、全員、川に転落した。

 

「ここは、私が!」

 奴隷は奪ったオールを振り上げ、振り下ろす。暴徒を叩き伏せる。

 勝ちそうな雰囲気だが・・・

 後から、イカダがやって来る。10人を超える敵を乗せて。

 向こう岸から、暴徒が泳いで来る。何十人と、次々に水に飛び込んで。

「おお。おお! さらばじゃ!」

 ミェンノー大臣は、逃げ出した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・あ、あれは!?」

 ヨタヨタと逃げるミェンノー。

 思いがけない幸運に見舞われた。

「私の牙馬ではないか!」

 前方に、濡れた牙馬が現れたのだ。

 馬具からして、先ほど乗り捨てた馬に間違いない。

「おおい! こっちへおいで!」呼ぶと、

「ゴロロロロッ・・・」

 雷のように嘶いて(いなないて)、牙馬はやってきた。

 ミェンノーは、重たい身体をなんとか引きずり上げた。鞍に抱き着く。

「はぁ、はぁ。よ、よく来てくれた。逃げるぞ。なんとしても、逃げ延びるのだ!」

 

 速度では、ふたたび優位に立った。

 だが、結果はまだわからない。

 牙馬は、ふつうの馬よりも、遥かに重いので。

 二頭立ての馬車が走れる道でなければ、安全には走れぬ──と、言われていた。

「街道に出れば・・・いや。街道は、待ち伏せ、野盗の危険がある」

 ミェンノーは、ブドウ畑の広がる丘を目指した。

 ブドウの木のあいだ、収穫用の農道を、駆ける。

 

「ミェンノーがぁー・・・逃げたぞぉぉぉ・・・!」

 暴徒の声がした。

「ブドウ畑にィ・・・牙馬で、入ったぞぉ・・・!」

 伝言だ!

 大声で叫んで、情報を広めておるのだ!

「ミェンノーがぁ・・・逃げたぞぉ・・・ブドウ畑にィ・・・!」

 

「──しつこい!」

 声は、牙馬よりも速い。

 どこまも、追ってきた。

 やがて、牙馬の足が乱れ始めた。

 速度が、人間が走るのより遅くなる。

「おまえとも、ここまでか」

 ミェンノーは、ふたたび馬を降りた。

「御苦労であった。どこへでも行くがいい。──さらばだ」

 

◆ 53、ミェンノー、すくわれる ◆

 

 徒歩で、丘を登るミェンノー。

 その背中に、死神の声が届いた。

「ウォン、ウォン、ウォン!」

 イヌの声が。

「これは、ダメかもわからぬ」

 匂いを追跡されては、逃げ切れぬ。

 それこそ、川にでも飛び込んで、泳ぎ下るしか・・・

 だが、丘の上である。川など存在せぬ。

 仮にあっても、いまの体力では溺れること必定(ひつじょう)。

「イヌごときに。このミェンノーがっ・・・!」

 丘を、登り切った。

 その眼前に。

 崖。

 3階建てのアパート・・・よりも高いぐらいの、切り立った崖。

 その向こうには、大河があったが・・・降りる道がない。

「私が鳥なら、逃げ切れた。私が魚なら、大河に飛び込めた。だが、私は人間であった」

 ミェンノーが、がっくりと膝をついた、その時であった。

 

 空から、岩山が、降りて来たのは。

 

「どうした、ミェンノーよ」

「お・・・おお・・・! レラ!」

「ひどい姿だな」

 翼のあるセイレーン。

 下半身の青いウロコも鮮やかに、美しい声で、語りかけてくる。

「た、助けてくれ! 追われておるのだ」

「そのようだな」

 

 セイレーンの、レラ。

 “魔王の継承者”を名乗る娘。

 淡い黄金色の呪文版を撫でて、島を、近付けてきた。

 

「助けるには、ひとつ、条件がある」

「な・・・なんだ?」

「そなたの経験を、私に捧げよ。私の力となって生き続けると──そうだな、『正義の眼』にかけて、誓え」

「私を、奴隷にするというのか?」

「ちがう。欲しいのは、経験だ。そなたの心身を縛りつけることはせぬ」

「・・・なぜ、太陽神殿を襲った? 乗り手たちは、どこだ?」

 ミェンノーが油断なく訊くと。

 レラは、ほほえんだ。

 魅了の笑み。

 百戦錬磨の政治家であるミェンノーが、ぽーっと、惚ける(ほうける)。

「そんなことを、知る必要はあるまい?」

「お・・・おお・・・そうでしたな。レラ様。おっしゃる通りだ」

 ミェンノーは疲れた身体をシャキッと伸ばした。

「誓いましょう。『正義の眼』にかけて。私の経験を捧げ、御身の力となって生き続けると」

「いい子だ」

 レラはうなずいた。

「では飛べ」

「・・・は?」

「イヌが迫っておる。さっさと飛べ」

「と言われましても・・・」

 

 『空飛ぶ島』の床面は、だいぶ上である。

 どんなにがんばってジャンプしたって、届きはせんのだが・・・?

 

「ウォンウォン! ウォンッ! バウワウ!」

 イヌが姿を現わした。飛び掛かられるまで、あと2~3秒。

「う・・・うおおおっ!」

 ミェンノー。

 破れかぶれで、飛んだ。

「『浮遊』。──ナンガラック、そいつを拾ってやれ」

 

 落下してゆく、ミェンノーの身体を・・・

 ふわ~ん・・・。『浮遊』の呪文が、宙にただよわせた。

 ギィィィ・・・! 巨大な腕が伸びてきて、ミェンノーの身体を、受け止めた。

 

「ナンガラックの・・・腕か!?」

「掴まれ。上昇するぞ」

 

 馬鹿なイヌが1匹、ジャンプしてきた。

 だが、噛みつかれる寸前で、島が上昇。イヌは崖下へ落ちていった。

 ナンガラックの手にしがみついたミェンノーは、ホッと息をつく。

 それから、手の主を見た。

 ナンガラック。

 逆さまに、生えておる。

 島の下側に──岩の中から、逆さまに、ナンガラックが生えておるのだ。

「どういうことだ・・・?」

 ギシ。

 ナンガラックが、ちょっと動いた。

「下部の守りだ」と、上のほうにいるレラ。「前回、下からやられたのでな」

「はぁ・・・」

 ここでミェンノーは、ナンガラックが無人であることに気付いた。

「の、乗り手は!? 乗り手はどこに」

「心配はいらぬ」

 レラの楽しそうな声がした。

「みな、経験を私に捧げ、私の力となって生き続けておる」

 

◆ 54、ミェンノー、レラの力となる ◆

 

 ミェンノーは、逃げ切った。

 帝国の誰も、『空飛ぶ島』についてくることはできぬ。

「ミェンノーが・・・逃げたぞぉ・・・!」という叫び声も、やがて聞こえなくなった。

 

「は・・・ははは・・・! わっはっはっは!」

 島の上に移動したミェンノー大臣。

 固い岩の上に寝転んで、笑った。

「そうだ! これこそ、私にふさわしい。我が知能にふさわしい待遇じゃ!」

「元気になったか」

 レラが、ワインの瓶を持って現れた。

 翼を、手に戻して。

 どってんどってん・・・と、ハネ歩いて、現れたのである。

「呑め」

「これは・・・かたじけない!」

 ワインに、チーズ。どこからくすねて来たのやら。

 ミェンノーは、喜んで胃袋を満たした。

「人生でいちばん美味い酒を頂きましたぞ、レラ様!」

「そうか」

「かくなる上は、このミェンノーめに、なんでも申しつけてくだされ」

 ミェンノーは、ひれ伏した。

「御身のような強い王に、お仕えすること。文官の本望にございますれば」

「ほう?」

 レラは首をかしげた。

「強い王が望みか」

「はい。高い知能、美しい精神を持つ貴種(きしゅ)だけが、大国にふさわしい王であり・・・」

「そうか」

 レラは立ち上がって、そっぽを向いた。

 

≪神話の力、竜の翼よ、我が腕に≫

 

 手を翼にした。

 広げて、風を受け、ふわっと舞い上がる。

「どこへゆかれるので?」

「島は海。私は、さんぽだ」

 

 それから数刻、空の旅。

 ミェンノーは島を歩き回ってみたが、人間の姿はなかった。

 蒸気械弩砲とナンガラックが、ぼけーっと立っておるだけ。すべて、無人であった。

 太陽が、西に沈むころ。

 島は、海に出た。

 レラが降りてくる。

 淡い黄金色の呪文版を操作。

 島が減速。高度を下げる。波の音が聞こえてきた。

 眼下は、大海。

 あっちのほうに陸地は見えるが、下は一面、高波うごめく海である。

 

「・・・どうなさるおつもりで?」

「夜だ。私は寝る。空では、見つかりやすい。天気が荒れた時にも、あぶない」

「ははぁ、なるほど」

 

 島は高度を下げる。風に塩味が混ざり始めた。

 

「・・・低すぎるのでは? 波をかぶりますぞ」

「そうだな」

 

 ざぶ~~~ん・・・!!

 島が、着水した。波が、床面を洗った──すぐに、乗り越えてきた!

 

「レ、レラ様!?」

「私はな、ミェンノー」

 レラは首をかしげてミェンノーを見た。

「海の水が、好きだ」

 

 ざっぶぅぅぅん・・・!!!

 波が、押し寄せてきた。

 

「ひつ・・・ひいぃぃっ!?」

 ミェンノー、逃げ出す。

 岩山によじ昇る。空飛ぶ島の中央、ちょっとした丘ぐらいの高さの岩山に。

 レラは波に流され、白い飛沫(しぶき)にまみれながら、ニコニコしたまんまである。

 

 島は高度を下げ続ける。

 

 機械人は、みな、水没した。

 呼吸しとるわけではないから、水没しても死にはせんのだろうが・・・。

 水に流されるのではないか?

 と、見ると、鬼械人ども、足や手でガッチリと岩肌にしがみついておる。

 ・・・慣れている? 水没に???

 

「ひっ、ひぃっ、お、おたわむれは、おやめくだされ。レラ様」

「有効な作戦だと思わんか?」

 楽しそうなレラ。ミェンノーの足元、グルグル渦巻く塩水の中から。

「な・・・なにがです?」

「弐ノ塔と戦うのに、海の中というのは」

「にのとう」

「あの恐ろしい砲も、水中なら撃てぬ。あらゆる手段の、威力がにぶる」

「な、なるほど! そうですな! まことに! ですがその、私を溺れさせる必要はないのでは?」

「ああ、それで焦っているのか?」

「そ、そうですぞ!」

 ミェンノーは、岩山の頂上にたどり着いた。

 以前、金銀キラキラの蒸気械弩砲が立っておった、小さな広場である。

 そこにも波が打ち寄せてきた。

「おおお・・・!」

 ミェンノーはさらに登った。

 もはや人間が立つ隙間もない。

 とんがった岩に抱き着いて、芋虫のごとく登るしかなかった。

「溺れ死んでしまっては──御身の力にも、なれませんぞっ・・・!!」

「逆だ」

 レラは、胸まで沈んだミェンノーに抱き着いて・・・

 

「死んでもらわねば、経験は『吸収』できんのだ」

 

◆ 55、レラ、ミェンノーの罪を知る ◆

 

 しばらくして。

 レラが、浮かび上がった。ミェンノーの死体を手に。

 

 死者におでこをくっつけて・・・

 

「死を超えて。我はそなたに、ものを問う──『言問い(こことい)』。

 朽ちて消え去るその前に、そなたの経験、我に捧げよ──『吸収』」

 

 ・・・呪文を唱える。

 

「できた」

 ミェンノーの死体を放す。

 で、

「おえぇぇ・・・」

 吐いた。

 涙目でしばらく吐いたのち、

「お・・・溺れるというのは、こんなに、苦しい、ものなのか・・・」

 ぼやく。

「水なら、耐えれると思ったが・・・つ、次からは、溺れさせるのは、やめだ」

 

 ・・・この間に、ミェンノーの死体は波にさらわれ、どこへともなく流れ去った。

 帝国を牛耳った(ぎゅうじった)大貴族の、これが、末路であった。

 

「はぁ、はぁ・・・」

 呼吸を整えて・・・

 ユラユラと、立ち泳ぎしつつ・・・

 レラは、沈思黙考(ちんしもっこう)。

 そして、

「──やはりな」

 つぶやく。

「殺して正解だった。ミェンノーめ。先帝を殺しているではないか」

 

 島が浮かび上がった。

 波の中に頭をもたげ、もんのすごい大波を巻き越して・・・海面から、完全に浮き上がる。

 岩山のあちこちに、潮溜り。

 ピチピチとハネる魚が、いっぱい。レラは、それを拾い集めた。

 

「ご飯にしよう」

 魚を、手近な潮溜りに放り込む。呪文版を抱いて、念じた。

 

 ガコン! ガショーンガショーンガショーン・・・。

 島の中央から、音が聞こえてきた。

 

 岩山の中から、気色悪い虫みたいなものが、登場した。

 六脚。

 八角柱を短く切り詰めたような、ボディ。

 ギョロリとした、一つ目。

 

 ──もしも、我らが主人公・ソラトバンが見たら、

「おふくろさんのユニットじゃないか!」

 と、言うたことであろう。

 

 そう。

 それは、弐ノ塔の作業ユニットと、同系統の小型ロボ。

 細部に違いはあるが・・・

 明らかに、同じ文明。同じデザインセンスの・・・気色悪い小型ロボであった。

 

「よしよし」

 レラは、そのロボを可愛がる。頭を撫でた。

 で、流木の上に置いた。自分は離れる。

「ええと・・・こうか?」

 目を閉じて、「えい」と唱える。すると。

 

 ゴッ!

 ロボが、腹から火を吹いた。

 

 青白い火によって、流木が瞬く間に加熱する。

 海水のしみ込んだ濡れた木が、強引に、燃え始めた。

 バチン! バチン! と爆発音を立てながら。

 

 レラはロボを呼び戻した。

 潮溜りの魚を掴み、ロボの頭に並べる。

 そして、ふたたびロボを火のそばに戻した。

 魚を、火の中に放り込ませる。

 

 バチン! バチン! ジュウジュウ・・・。

 破裂する木の上で、魚が焼けてゆく。

 

 バシィ! ・・・弾けた木片が、ロボにブチ当たった。ロボ、ちょっとよろめく。

 レラはロボを呼び戻し、凹んだボディをよしよしと撫でた。

「さて」

 レラ、振り向く。蒸気械弩砲を見た。

 ギシ・・・? 弩砲君、かたむく。

「うむ。話がある。近う寄れ」

 

 ずしーん、ずしーん・・・蒸気械弩砲が歩いてくる。

 レラから5尋ほどのところで止まり、『伏せ』の姿勢となった。

 

「仲間にも伝えてやってほしいのだが」

 ギシ。

「ミェンノーの経験を『吸収』したところ、ヤツが、先帝を殺していたことがわかった」

 ・・・。

「先帝は『食中毒で死んだ』と発表されたが・・・ミェンノーが毒殺したのだ」

 

 島中で、鬼械人どもが動く音がした。

 蒸気械弩砲がこちらを向いた。ナンガラックが膝を伸ばし、立ち上がった。

 

「ヤツは、先帝のことを『甘い』と考えていたようだ・・・」

 レラは、ジュウジュウ焼ける魚を見ながら、説明した。

 

 「先帝は、『賢帝』と呼ばれ、民に慕われていた。

  『コムワカ帝の、お忍びの旅』などという喜劇も、あったほどた。

  ルクジッコも先帝を慕っていたから、平民だけではなかったのだろう。

  ──ミェンノーは、それが許せなかった。

  甘すぎる。こんな帝王では、国民が付け上がると、考えた。

  それで、先帝と王太子の両方を、暗殺した。

  王太子は生き延びたが、川で溺れて、脳に障害を負った。

  知能が下がり、操りやすくなったので、トドメを刺すのはやめて。

  先帝を毒殺したあと、傀儡(かいらい)に据えた」

 

「・・・これが、ヤツの経験から読み取った事実だ」

 

 ズシン。ズシン。ズシン!

 鬼械人どもが、地面を足で蹴り始めた。

 

「おまえたちの怒りはわかった。・・・だから、島を蹴るのはやめろw」

 レラは、ほほえんだ。

「いいこともあるぞ。ミェンノーは、ナンガラック工廠(こうしょう)の位置を知っていた」

 ちょっと離れたところのナンガラックを見た。

「これで、おまえの膝も直せる。そっちのおまえの、肘もな」

 ギシ・・・。

 レラはうなずき、ちょっと考えた。

「ミェンノーは、牙士の家系だったらしいな。だが、本人は牙士をあきらめた」

 ギシ・・・。

「そうだ。先帝が、おまえたちを生み出したからだ。鬼械人には勝てないと考えた」

 レラは、突っ立っとるナンガラックを見上げた。

「馬鹿なヤツだ。牙士になりたかったのなら、なればいいのにな」

 そして。

 

 ポン、ポン!

 手を叩いた。

 

「今夜の話は、ここまでだ。私は、ご飯だ」

 

◆ 56、レラ、さかなをたべる ◆

 

 作業ユニットを操って、焼けた魚を取り出した。

 足で引っ掻いて取り出した魚は、黒焦げ、さらに、土もついてしまったが・・・

 レラは気にしない。素手で拾って、食べ始めた。

 

「うむ。うむ。うまい」

 魚を食うレラ。

 ムシャムシャ。白身をかじり。火の通った内臓をすすり、バリボリと骨を噛み砕く。

 ギシ・・・?

 背後で伏せたまんまの蒸気械弩砲。

 レラは振り向いて、ほほえんだ。「うむ。うまいぞ」

 ギシ。

「すまんな。私だけ、食べて」

 ギシ、ギシ。

「──ところで、知っているか? この世には『声玉』というモノがあるそうだ」

 ギシ・・・?

「それがあれば、おまえたちは、しゃべれるのだ」

 ギシ・・・!

「楽しみだな?」

 ギシッ!

「うむ」

 レラは立ち上がった。

 手を、翼に変えて、ばさっと飛び、蒸気械弩砲の屋上に上がる。

 翼を手に戻して、ハッチを開き、中に入る。

 ゴロリ。

 床に、横になった。

 蒸気械弩砲も海に沈んだため、まだ海水で濡れとるのだが・・・

 セイレーンであるレラは、海水のベタつきは、気にしない。

「我らは、もっと、もっと、強くなれる」

 ふわあ。

 レラ、あくびをする。

「弐ノ塔のヤツらを、倒し・・・、その経験を『吸収』して、」

 

「・・・魔王様にふわしい継承者に、なって。この世を、面白いところに・・・するのだ・・・」

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