◆ 47、首都ハポノ、混乱す ◆
この夏。
首都ハポノは、大いなる混乱と、数え切れぬ死に、襲われた。
まず初めに、悪いニュースがやって来た。
『空飛ぶ島』の裏切り。
鬼械人部隊、3度目となる、壊滅。
乗り手(つまり武家の御曹司ども)は誘拐され、行方不明・・・
不思議なことに、これらの情報は、あっという間に首都に広がった。
外交官どもが首都に帰り着くよりも先に、やけに正確なウワサが、首都に広がったのだ。
じつは、これ、幽雲洞と、太陽神殿のしわざ。
ウワサというものは、先に広めたモン勝ち。
どんなデタラメなウワサでも、先に広まったほうが、みんなの記憶に残ってしまうもの。
幽雲洞の密偵や、太陽神殿の情報担当者は、それをよーくわかっとるわけである。
効果は、バツグンであった。
300万人ともいわれる首都ハポノの人々は、激しく動揺した。
ハポノ貴族は、あわてて引き締めをはかったが、この動揺を打ち消すことはできなんだ。
やがて、会談の責任者であった帝国の外交官がハポノに帰還する。
即、議会に呼び出され、責任を追及された。
「団長閣下は、今回の事件の責任を、どうお考えか?」
「出発前は、『蛮人を説得してみせる』などと、おっしゃっておられましたが・・・?」
・・・で。
ここからが、ハポノ議会のダメなところ。
「責任を追及すべきは、鬼械人部隊ではありませんか?」
「いやいや、犯人はレラというセイレーンだ! あいつを捕らえよ!」
「レラを連れて来たのはミェンノー大臣閣下でしたな・・・?」
「いまは外交庁の聞き取りである。話をそらしてはならぬ!」
──責任の、なすりつけ合いである。
帝国では、議員も外交官も、みーんな、ハポノ貴族である。
強い派閥の大貴族だけが、要職につくことができる。
となれば。
要職が、失敗をしても。
責任追及は、できなくなる。
「おまえの派閥が悪い」
「おまえの派閥だって、馬鹿を責任者にしとるではないか」
「・・・では、新しい役職を作って、そのポストをウチがもらうということで」
「・・・よかろう。それなら、ウチのメンツも傷つかぬ」
と、このようになる。
今回も、また。
レラの重大な裏切りにも関わらず、誰にも、何の処分も、下されることはなかった・・・。
「では、そろそろ閉会のお時間です」
「お待ちください。麦の買い付け予算拡大と、道路補修の予算案修正の審議が、まだ・・・!」
「まーた予算拡大か!」
「道路だと? 空飛ぶ鬼械人に首都が脅かされておるというのに!」
「どうせ『もっとカネを寄越せ』と言うのだろう。これだからミェンノー派は!」
「おい! いまのは聞き捨てならん! 侮辱だぞ!」
「閉会! 閉会!」
こうして貴重な日数が費やされ──
「麦は、どこだ!」
市場に、叫び声が響く。
「麦を! おい、麦を出さないか!」
「ライ麦でもカラス麦でもいい、売ってくれ!!」
麦を買おうと押し寄せた人々が、わめき立てた。
──大いなる混乱が、始まったのである。
◆ 48、もう、どこにも ◆
公称300万人都市、ハポノ。
当然ながら、自給自足など不可能。毎日食料を輸入せねばならぬ。
だが、その食料が・・・
「ないんです! 麦は、もう、どこにも!」
商人が必死に説明する。
「ショラン・ギサンチのせいです。私たちにも、どうにもならんのです!」
「ガタガタうるせえ! 麦をよこせっ!」
空腹で気の立った客が、商人を突き飛ばす。
商人、棚に、ぶつかった。
大きな音を立てて、棚が倒れた。
ガッシャーン!
飾ってあった花瓶が、粉々になった。
・・・この音で、群衆が狂った。
「麦を出せーっ!」「麦ぃーーーっ!!」
「ああ! やめてください。やめ・・・ギャーッ・・・」
「倉庫を開けろーっ!」「麦! 麦を!!」
中庭に出るドアが、叩き壊された。
暴徒がなだれ込む。
津波となって、倉庫にブチ当たる。何人か倒れて悲鳴を上げるが、怒号に呑み込まれる。
倉には、閂(かんぬき)が掛かっておった。
斧が叩きつけられた。
扉は破られた。
中は、ほぼ、空っぽであったが──
非常に良くないことに。ちょっとだけ、中身の入った袋があった。
「寄越せ!!」「子供がいるのよ!! ウチが先よ!!」
奪い合い。
袋が破れ、麦がこぼれる。
拾おうとかがんだ女が、突き飛ばされ・・・その悲鳴も、呑み込まれる。
掴んだ麦を、口に入れる男もいた。リスのように頬をふくらませて、逃げる・・・その背中を、別な男が引きずり倒す。
ドドドドド!!
ひづめの音が、近付いてきた。
「解散せよ! 解散せよ!」
牙士(きし)。
8本足の怪物馬、『牙馬(きば)』に乗った騎兵が、駆けつけたのだ。
「逆らう者は、反乱の罪で、死刑にするぞ!」
長い棒を手にして、大声で警告して・・・
突入した。
牙馬。その背の高さ、人間の頭を越える。
接触しただけで、人がポーン、ポーンと空を飛ぶ。それほどの怪物である。
さらに、牙士が棒を打ち下ろす。人間の頭より高い位置から、ガツンガツンと。
暴徒は逃げ散り、騒ぎは収まった──この場では。
その夜。
カーン、カーン、カーン・・・!
火事を知らせる鐘の音が、響き渡った。
「今度は、火付け強盗か!」
牙士隊が駆けつけたところ。
大通りの路上で、積み上げられた家具が、ゴウゴウと燃えておった。
「・・・家具?」
「なぜ、こんなところで」
ガンガンガンガン・・・!
炎の向こうから、『争乱発生』の銅鑼(どら)の音が聞こえてきた。
「──そういうコトか!」
「やられましたな」
牙士(きし)隊長と副隊長。歯ぎしりをする。
「火付け強盗と思わせて──」
「目的は、足止めと」
「迂回路は?」
「ありませぬ。牙馬を通せる道は、ここしか」
「川沿いの、土手道は?」
「去年崩れて、そのままです。補修の予算が付かんとかで」
「くそっ! どうしてこう、必要なところにカネが回って来んのだ!」
混乱は、広がってゆく・・・
貴族は、重ねて引き締めをはかった。
夜間の外出を禁じ、巡回を増やし、夜遅くまで営業しとる店は閉店させ・・・
だが、先のウワサで動揺している人々は、貴族を信用しない。
「フン。なにが『食料はそのうち調達される』だ。どうせ何もできんクセに」
「バッツワーノの乱から、負けてばっかりだもんな」
「秘密兵器とか言ってた例のアレも、大失敗って話じゃないか?」
「太陽の司祭さまを殺したとか、ミェンノー派は、アタマがおかしいんじゃないか」
「・・・ミェンノーが悪い」
「こんな時でも、丸々と肥えてやがるもんな・・・」
「そうだ。俺たちが飢えるのは、ミェンノーのせいだ・・・!」
そもそもにして。
ハポノ人は、食事の6~7割を麦に頼っていたので。
その麦が、ないというのは──単純計算で、200万人が死ぬレベルの危機である。
引き締めた程度で、収まるハズがなかった。
麦問屋は、片っ端から襲撃された。
倉が空っぽになると、次は貴族の邸宅が襲われた。
事ここに至って、ようやく議会は焦り始めた。
焦って何をしたかというと・・・
「私は、内臓をわずらってしまってな・・・後のことは、頼む」
強い派閥の大貴族が、逃げて。
平民出身の文官に、後始末を押し付けたのである。
「いざとなったら、これだ!」
平民たちは憤った(いきどおった)。
だがともかく、考えられる限りの手を打つことはした。
「『ギサンチ独立国』に打診してみるしかあるまい」
「望み薄だな。外国のほうが・・・ナダラカンとか。応じてくれるとしたら、あそこだ」
「増産はできんのか? 豆でも芋でもいい。腹の足しになるものなら」
「狩猟はどうだ。漁業は。干すか塩漬けにすれば、ここまで運べるだろう」
「魚なら見込みがあるが・・・川船で運ぶことになるか?」
「丸太の運搬船がある。増税で廃業が出ていたハズだ。あれを借り上げろ」
「資金がないが・・・」
「債権でやるしかあるまい」
「出納(すいとう)庁が認めるか?」
「私が行く。あそこも貴族が逃げて、平民が担当だ。どれほどの危機かは、わかっとるハズだ」
だが、必死の努力も、成果ははかばかしくなかった。
ギサンチ独立国は、激怒。「貴国にふさわしい贈り物は、麦ではない。刃と死だ」とまで言ってきた。
増産は、農家が応じてくれんかった。「どうせタダで徴発するんだろ?」と、そっぽを向く。
かろうじて成果を上げたのは、狩猟と、漁業と・・・
外国──ナダラカンへの、食料輸出依頼であった。
「親愛なるナダラカンよ。食料を売ってくれ。これまでの両国関係を、どうか思い出してくれ」
と、頼んだところ、
「我が国にも余裕はない。貴国が、突然、麦輸出を停止なさったこと。どうか思い出して頂きたい」
と、手厳しい返答をされたが・・・
それでも、食料をいくらか、送り出してはくれたのである。
◆ 49、外国の事情・ナダラカン ◆
海洋都市国家ナダラカン。
帝国からは、海を渡った向こう側である。
その領主館では、帝国の『食料くれ』依頼に、激しい議論が起こったという。
「虫が良すぎる!」
議論は、帝国批判、一色であった。
「我が国が、麦の価格を是正するよう申し入れたとき、帝国は何をした?」
「使節を暗殺しようとした!」
「そうだ! それも、鬼械人部隊を差し向けて!」
「うむ。太陽神殿のレッケンサーニ兄者。危うく、殺されるところであった」
「つい最近もだ。ヨスベロゴンチの太陽神殿が、『空飛ぶ島』に破壊されたそうじゃないか?」
「二度の凶行。太陽神殿は激怒しておる。これで、帝国を助けろと?」
「このナダラカンに、太陽の神殿を裏切れと言うのか」
「あんな国、見捨てるべきだ!」
・・・こうした激しい議論を収めたのは、まだ若い領主であった。
「諸君。帝国は、少なくとも現時点では、我が国の敵ではないのだから・・・」
そう言って、有力者たちをなだめたんである。
「たしかに、帝国は虫が良すぎる。諸君の言う通りである」
「そうですぞ!」「ビタ一文やりたくないところです」「ヘタに助ければ、付け上がりますぞ」
「そこでだ。酒と魚でも送って、お茶を濁そうではないか? ささやかな気持ちとしてな」
だが。
この『ささやかな気持ち』。首都に届くことはなかった。
「船団長! 海賊です! 当方の3倍!」
「なんだと!?」
海賊に、待ち伏せされたのだ。
ナダラカンの組んだ船団、5隻に対して・・・
海賊船が、16隻。ズラッと並んで、待ち構えておったんである。
「バカな。ハツラノッツは、すぐそこだぞ! 海軍は何をしておる?」
「1隻も見当たりません・・・と言いますか、そのぅ」
「なんだ?」
「中央の海賊船・・・あれ、ハツラノッツ海軍の旗艦“夜の女王”号じゃないですかね・・・?」
「な・・・んだと・・・!?」
「そうだ。間違いありません。艦首弩砲の、台座のキズ。見覚えがあります」
「私は、最右翼の3段ガレーに見覚えがありますぞ。地元の豪族の船だ。艦首に立っとる男が、族長です」
「──荷を、捨てろっ!」
船団長は、あきらめた。
「全船、荷を捨てて反転! 距離があるうちに、逃げるのだ!!」
「ハツラノッツは、海賊に転じたようです・・・」
逃げ戻った船団長。
謝罪してから、ナダラカン領主に説明した。
「・・・政情不安定とは、聞いておったのですが」
「証拠はあるのか?」
「私たちが捨てた荷を、海賊と、地元の漁師が、仲良く拾っておりました」
「むむ・・・!」
ナダカラン領主は腕を組む。
「しかし、なぜ、海軍の旗艦が? 公式にはなんと言っている?」
ナダラカン領主。
同席していた事務官を見た。
「はい、閣下」と事務官。「ハツラノッツは『艦・乗組員・整備士が、丸ごと逃亡した』と主張しております」
「そんなバカな──というところだが」
「海軍縮小を迫られ、旗艦を解体しようとしたが、その前に逃亡、と」
「海軍縮小?」領主は首をひねる。「ハツラノッツは、帝国の海の玄関なのに?」
「はい。公式に、明言しております」
「ミェンノー派の貴族とケンカしたってウワサで」と船団長。
「なんのケンカだ」
「領主暗殺の補償をせよと、迫ったとか」
「なるほど。実行犯はバッツワーノ──帝国の部隊長だものな」
「そうです」
「それで、圧力を掛けて、黙らせようとした」
「ハツラノッツが折れると思ったんでしょうな」
「ところが、『縮小したぞ』と返された。艦を丸ごと逃がしておいて」
「ムチャクチャな言い訳が通るモンですなぁ」
「君も試してみるかね?」
「とんでもない!」
「──というワケで、我らのささやかな気持ちは、ハツラノッツの民を救ったらしい」
「もうダメだ、あの国は」
有力者たちは、サジを投げた。
「救いようがない。もう、放っときましょう」
「我々は、あんな国のためにも、できることはしたのですから・・・」
「同感だ」
領主はうなずいた。
「今後は、我が国のためにできることをしよう──まずは、ハツラノッツに、代金を頂かねばな?」
この後、ナダラカンは、自慢の海軍でハツラノッツの『海賊』船を何隻か沈めることになるが・・・
その詳細は省く。
ともあれ、帝国はこうして、友好国からも見捨てられていったのである。
◆ 50、ておくれ ◆
もはや、何もかもが、手遅れ。
『どうすれば』との問いに、もう、答えはなかった。
首都に、飢餓がやってきた。
何万人もの生命が消え、その霊は冥界に旅立った。
この年の夏は、暑かった。
高温。万単位の死者。飢えて栄養失調となった人々。
となれば、次に来るのは──
疫病(えきびょう)である。
死者の数は、わからない。
死んだ者だけでなく、逃げた者もいるからである。
とはいえ、300万人が逃げ込めるような場所は、世界のどこにも存在せず・・・
逃げた者も、ほとんどは死んだ。生き延びた者は野盗になって、死神の手伝いをした。
首都ハポノは、人を集めすぎたのだ。
過密問題は、先帝の頃から、議題になっていたのだが・・・
「300万という人口は、火薬だ。何か問題が起きたとき、暴発する恐れがある」
「人口を散らさなければならぬ」
「予算を付けて頂きたい」
・・・ここからが、いつものハポノ議会。
強い派閥の強い貴族が、おいしい仕事を掴み取る。掴むだけ掴んで、何もしない。
トラブルが起きたら、責任逃れをする。
結局、なんの対策も取れぬまま、破滅の日を迎えることになる。
ちなみに、この問題の責任者もミェンノー派であった。
さて。その最大派閥の、首領。
ミェンノー大臣。
ここまでの人生、一度も責任を取ったことはなかったが・・・
この夏。ついに、ツケを払うことになった。
「ミェンノーを殺せーーーっ!!」
「殺せ! 殺せ! ミェンノー、殺せ!」
丘の上の邸宅に、暴徒が押し寄せて来たんである。
◆ 51、ミェンノー邸の戦い ◆
「問題は、ナンガラックと、牙士です。閣下」
真夏の午前。
白く灼けた丘を、ゆら、ゆら・・・と揺れながら登ってくるのは、平民だけではなかった。
ナンガラックが3鬼。
さらに、牙士も3騎。同行しとるんである。
鬼械人の乗り手。牙士。いずれも、貴族である。
つまり──貴族が公然と大貴族を襲った、これは、内乱であった。
「お逃げください」
ミェンノーの護衛隊長は、目をギラギラさせて言った。
彼も貴族だが・・・頬はコケ、髭も剃り残し、髪は油が足らずバラついておる。
飢えているのだ。彼のような、身分ある戦士ですら。
「裏に牙馬を用意しました。護衛を2人、お付けします」
「おまえたちは」
「我らは、敵の牙士を食い止めます。──さ、お逃げ下さい」
護衛隊長は剣を帯び、牙馬に乗って、暴徒どもの前に姿を現わした。
ミェンノーの護衛牙士は、10騎。
敵は、数百である。
それでも、隊長は大声で命じた。
「解散せよ! ここは、ミェンノー大臣のお屋敷である。反乱罪に問われる前に、解散せよ!」
「うるせえ!」「ハポノをこんなにしておいて!」「そうだそうだ! ミェンノーを出せ!」
ズシーン、ズシーン・・・。
ナンガラックが進んできた。鬼械の腕を横に振って、『どけ』とジェスチャーしてくる。
護衛隊長は、手の平を立てて、バターンと倒した。──『倒れろ』。
ナンガラックが、突撃してきた。
「突撃! 暴徒を散らして、牙士を釣る!」
護衛隊長も、カウンター突撃を命じた。
「ハポノの歴史に、我らの勇姿を刻むは今ぞ! 神馬の兵の神髄を、鬼械の奴隷に見せつけよ!」
八本脚の怪物馬で、丘を駆け下る。
ナンガラックが腕を振るが、遅い。すり抜けて、暴徒を狙う。
ドロロロロ・・・ッ!!
太鼓を並べて乱打したような、ものすごい足音を立てて・・・
八本脚の怪物馬が、人間の群れに突っ込んだ。
坂道を登る途中であった暴徒。怪物馬の足音だけで腰が引けておった。
そこに、圧倒的な質量での、体当たり。
圧勝であった。暴徒、ドミノ倒し。
「生命が惜しくば、逃げ散れい!」
ミェンノーの牙士は、暴徒の悲鳴に勝つほどの大声で怒鳴って、剣を抜いた。
牙馬の右腹を暴徒に向け、ゆるく前進しながら、打ち下ろす。
次々に、暴徒が死んだ。
逃げ始める。
切り崩し成功であった。
──だが、仲間の1騎が、突然、死んだ。
ナンガラックが反転して、追いついてきたのである。打ち下ろされた巨腕が──ちょうど牙士が暴徒に対してやったように──牙士を殺したのだ。
残った9騎は、ふたたびナンガラックの足元を駆け抜けて、今度は暴徒の右側面に回ろうとする。
ここで敵牙士が動いた。
「通さぬ!」
護衛隊長の進路が、ふさがれた。
「牙士の名折れめ!」隊長は叫んだ。「反乱に加担するとは」
「フン! 謀叛の大罪人に、『おとなしく投降しろ』と伝えるがよい」
「なに・・・!?」
「ミェンノーは、『空飛ぶ島』で鬼械人部隊を誘拐し、帝国の支配をもくろむ謀叛人である」
暴徒側の牙士。薄ら笑いを浮かべて、言い放った。
「引き渡せ」
「断る!」
「ならば死ね!」
敵牙士も、剣を抜いた。
左からはナンガラックが迫り、右には暴徒が戻ってくる。
「もはや、これまでか」
護衛隊長。
敵の牙士に、突撃した。
「だが──牙士だけは、殺しておく!」
牙馬同士がぶつかった。棹立ちとなる。
両者、鞍にしがみつき、なんとか落馬を免れた。すれちがいざまに剣を振る。
敵牙士の、剣先。護衛隊長の胸に迫った。
護衛隊長は──回避せなんだ。
そのまま、敵の首を打つ。敵は即死。だが隊長も、胸を貫かれた。
「ぬぐう!」
剣を、取り落としつつ・・・
「時間を・・・稼げっ・・・!」
怪物馬を、暴徒に突っ込ませて・・・落馬した。
牙馬は、隊長の遺志に従ってか──あるいは狂乱してか、暴徒の中で、暴れ回った。
体当たりでハネ飛ばし、後ろ足で蹴り飛ばし、巨大な門歯で噛みついて振り回す。
まさに、歴史に名を刻む暴れっぷり。
誰も、この怪物を抑えることはできなんだ ──ナンガラックの巨腕が、振り下ろされるまでは。
こうして、護衛隊長が時間を稼ぐ間に。
ミェンノーは、丘の裏手を駆け下りて、首都の郊外へと逃げ出すことができたのであった。
だが、しかし。
「ミェンノーがいたぞーーーっ!!」
「こっちだ! こっちにいるぞーっ!」
川沿いの道を走るミェンノーら4騎は、いまだ、暴徒に追われていた。
牙馬の八脚をもってしても逃げ切れぬのは──
「クソっ! 道が崩れておる!」
道路が、崩れておったからである。
◆ 52、ミェンノー、逃亡する ◆
「・・・そう言えば、去年の増水で崩れたといって、予算の申請が上がっておったな」
ミェンノーは首を振った。
「まだ直しとらんとは! 役人も業者も、無能だらけだ」
「本当ですね」奴隷が相槌を打つ。「閣下は、いつも足を引っ張られておいでで」
「まったくだ」
「──閣下。馬を降りて、逃げて下され」護衛が言った。
「馬を? 追いつかれてしまうではないか」
「この先に、川船の駅あり。そこまで逃げれば、舟を得る望みがございます」
「ぬう・・・」
ミェンノーは川を見た。
「泳ぎの心得なら、あるが?」
「川は、動きが鈍ります。石などを投げつけられれば、危険です」
「そうか・・・」
「できるだけ時間を稼ぎます。さ、お早く」
「・・・。」
ミェンノーは馬を降りた。
「忠義は忘れぬ。おまえたちの名は、きっと残してやるからな」
「はい」
奴隷と2人、崩れた道をなんとかして乗り越え、先に進む。
若い奴隷は、元気だが・・・
ミェンノーは、汗だくであった。
牙馬に乗るだけでも、汗をかくほど、暑いのに。
ボロボロと崩れる道を、四つん這いになって乗り越え・・・さらに、走って逃げねばならんのだから。
「はぁ、はぁっ・・・ま、真夏の日中に、やることではないぞ」
「閣下、あと少しです。あと少しで、川船の駅──あっ!?」
「ど、どうした・・・?」
「駅にも、ヤツらが」
やっとのことでたどり着いた、川船の駅には。
すでに、別の暴徒どもが、たむろしておった。
「どうしましょう」
「うむ・・・」
ミェンノーは、前後を見た。
前。川船の駅。群がる暴徒。まだ、こちらに気付いた様子はない。
後。いまのところ、人影はナシ。だが、いずれ追い付いて来るだろう。
左右は・・・
左。川。その向こうは、郊外。丘陵に、ブドウ畑が広がっておる。
右。こちらもブドウ畑だが、首都中心方向である。
「・・・やはり、川を渡るしかあるまい」
「危険です」
「他に道はない。こんなところで死ぬワケには行かん」
「・・・わかりました。では、これを」
奴隷は、水筒を取り出して、中身を空にした。
「浮きにしてください」
「助かる」
ついで、奴隷はミェンノーの上着を脱がせた。靴のヒモもほどいて、脱がせる。
服を自分の頭の上に、靴は大事に手に持って・・・
岸辺の葦(あし)を、かき分けた。
「参りましょう」
「うむ」
川へ。
奴隷が葦を踏み倒してくれるが、蚊とアブがうっとうしい。
ようやくたどり着いた水は、冷たかった。
「・・・。」
「いかがなさいました?」
「・・・いや。陛下が溺れた時のことを思い出してな」
このとき。
追っ手どもが、姿を現わした。
あとほんの少し時間があれば、ミェンノーと奴隷は川に入った後で、葦が姿を隠してくれたろう。
だが、まだ、奴隷が水際に立っておった。そのせいで、簡単に見つかってしもうた。
「あそこだ! 川を渡っているぞ!」
「おおーーーい! ミェンノーが、逃げるぞー。船を、出せーっ!!」
「おのれ」
ミェンノーは、必死で水をかいた。
チラッと見れば、川船の綱が解かれ、こちらへ向かおうとしておる。
大型のイカダと小型の小舟に、暴徒が乗り込んでおる。
早く、向こう岸へ上がらねば・・・
だが、身体が重い。冷たい川に沈んでしまいそうだ。
「おお。なぜ人間は、こうも『重さ』というものに、縛られておるのか」
ミェンノーは、憤った。
「これほど高い知能があって、なぜ我々は、鳥になれぬ。魚になれぬのだ」
怒りに任せて身体を動かし、なんとか岸まで泳ぎ着いた。
「はぁ、はぁ・・・」
息切れしながら、後ろを見ると。
舟。
3人の暴徒。
奴隷目掛けて、オールを振り上げておる!
「危ない!」
「!?」
奴隷はとっさに身をかわし、水中に倒れた。
「閣下、靴!」
奴隷は、真っ先に靴を投げて寄越した。それから、オールに飛び付く。
「おまえ」
「閣・・・! お逃げ下っ・・・!」
暴徒は、オールを渡すまいとして、引っ張った。
バランスを崩す。舟が横転。グルリと横転して・・・
バシャーン!
暴徒3人、全員、川に転落した。
「ここは、私が!」
奴隷は奪ったオールを振り上げ、振り下ろす。暴徒を叩き伏せる。
勝ちそうな雰囲気だが・・・
後から、イカダがやって来る。10人を超える敵を乗せて。
向こう岸から、暴徒が泳いで来る。何十人と、次々に水に飛び込んで。
「おお。おお! さらばじゃ!」
ミェンノー大臣は、逃げ出した。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・あ、あれは!?」
ヨタヨタと逃げるミェンノー。
思いがけない幸運に見舞われた。
「私の牙馬ではないか!」
前方に、濡れた牙馬が現れたのだ。
馬具からして、先ほど乗り捨てた馬に間違いない。
「おおい! こっちへおいで!」呼ぶと、
「ゴロロロロッ・・・」
雷のように嘶いて(いなないて)、牙馬はやってきた。
ミェンノーは、重たい身体をなんとか引きずり上げた。鞍に抱き着く。
「はぁ、はぁ。よ、よく来てくれた。逃げるぞ。なんとしても、逃げ延びるのだ!」
速度では、ふたたび優位に立った。
だが、結果はまだわからない。
牙馬は、ふつうの馬よりも、遥かに重いので。
二頭立ての馬車が走れる道でなければ、安全には走れぬ──と、言われていた。
「街道に出れば・・・いや。街道は、待ち伏せ、野盗の危険がある」
ミェンノーは、ブドウ畑の広がる丘を目指した。
ブドウの木のあいだ、収穫用の農道を、駆ける。
「ミェンノーがぁー・・・逃げたぞぉぉぉ・・・!」
暴徒の声がした。
「ブドウ畑にィ・・・牙馬で、入ったぞぉ・・・!」
伝言だ!
大声で叫んで、情報を広めておるのだ!
「ミェンノーがぁ・・・逃げたぞぉ・・・ブドウ畑にィ・・・!」
「──しつこい!」
声は、牙馬よりも速い。
どこまも、追ってきた。
やがて、牙馬の足が乱れ始めた。
速度が、人間が走るのより遅くなる。
「おまえとも、ここまでか」
ミェンノーは、ふたたび馬を降りた。
「御苦労であった。どこへでも行くがいい。──さらばだ」
◆ 53、ミェンノー、すくわれる ◆
徒歩で、丘を登るミェンノー。
その背中に、死神の声が届いた。
「ウォン、ウォン、ウォン!」
イヌの声が。
「これは、ダメかもわからぬ」
匂いを追跡されては、逃げ切れぬ。
それこそ、川にでも飛び込んで、泳ぎ下るしか・・・
だが、丘の上である。川など存在せぬ。
仮にあっても、いまの体力では溺れること必定(ひつじょう)。
「イヌごときに。このミェンノーがっ・・・!」
丘を、登り切った。
その眼前に。
崖。
3階建てのアパート・・・よりも高いぐらいの、切り立った崖。
その向こうには、大河があったが・・・降りる道がない。
「私が鳥なら、逃げ切れた。私が魚なら、大河に飛び込めた。だが、私は人間であった」
ミェンノーが、がっくりと膝をついた、その時であった。
空から、岩山が、降りて来たのは。
「どうした、ミェンノーよ」
「お・・・おお・・・! レラ!」
「ひどい姿だな」
翼のあるセイレーン。
下半身の青いウロコも鮮やかに、美しい声で、語りかけてくる。
「た、助けてくれ! 追われておるのだ」
「そのようだな」
セイレーンの、レラ。
“魔王の継承者”を名乗る娘。
淡い黄金色の呪文版を撫でて、島を、近付けてきた。
「助けるには、ひとつ、条件がある」
「な・・・なんだ?」
「そなたの経験を、私に捧げよ。私の力となって生き続けると──そうだな、『正義の眼』にかけて、誓え」
「私を、奴隷にするというのか?」
「ちがう。欲しいのは、経験だ。そなたの心身を縛りつけることはせぬ」
「・・・なぜ、太陽神殿を襲った? 乗り手たちは、どこだ?」
ミェンノーが油断なく訊くと。
レラは、ほほえんだ。
魅了の笑み。
百戦錬磨の政治家であるミェンノーが、ぽーっと、惚ける(ほうける)。
「そんなことを、知る必要はあるまい?」
「お・・・おお・・・そうでしたな。レラ様。おっしゃる通りだ」
ミェンノーは疲れた身体をシャキッと伸ばした。
「誓いましょう。『正義の眼』にかけて。私の経験を捧げ、御身の力となって生き続けると」
「いい子だ」
レラはうなずいた。
「では飛べ」
「・・・は?」
「イヌが迫っておる。さっさと飛べ」
「と言われましても・・・」
『空飛ぶ島』の床面は、だいぶ上である。
どんなにがんばってジャンプしたって、届きはせんのだが・・・?
「ウォンウォン! ウォンッ! バウワウ!」
イヌが姿を現わした。飛び掛かられるまで、あと2~3秒。
「う・・・うおおおっ!」
ミェンノー。
破れかぶれで、飛んだ。
「『浮遊』。──ナンガラック、そいつを拾ってやれ」
落下してゆく、ミェンノーの身体を・・・
ふわ~ん・・・。『浮遊』の呪文が、宙にただよわせた。
ギィィィ・・・! 巨大な腕が伸びてきて、ミェンノーの身体を、受け止めた。
「ナンガラックの・・・腕か!?」
「掴まれ。上昇するぞ」
馬鹿なイヌが1匹、ジャンプしてきた。
だが、噛みつかれる寸前で、島が上昇。イヌは崖下へ落ちていった。
ナンガラックの手にしがみついたミェンノーは、ホッと息をつく。
それから、手の主を見た。
ナンガラック。
逆さまに、生えておる。
島の下側に──岩の中から、逆さまに、ナンガラックが生えておるのだ。
「どういうことだ・・・?」
ギシ。
ナンガラックが、ちょっと動いた。
「下部の守りだ」と、上のほうにいるレラ。「前回、下からやられたのでな」
「はぁ・・・」
ここでミェンノーは、ナンガラックが無人であることに気付いた。
「の、乗り手は!? 乗り手はどこに」
「心配はいらぬ」
レラの楽しそうな声がした。
「みな、経験を私に捧げ、私の力となって生き続けておる」
◆ 54、ミェンノー、レラの力となる ◆
ミェンノーは、逃げ切った。
帝国の誰も、『空飛ぶ島』についてくることはできぬ。
「ミェンノーが・・・逃げたぞぉ・・・!」という叫び声も、やがて聞こえなくなった。
「は・・・ははは・・・! わっはっはっは!」
島の上に移動したミェンノー大臣。
固い岩の上に寝転んで、笑った。
「そうだ! これこそ、私にふさわしい。我が知能にふさわしい待遇じゃ!」
「元気になったか」
レラが、ワインの瓶を持って現れた。
翼を、手に戻して。
どってんどってん・・・と、ハネ歩いて、現れたのである。
「呑め」
「これは・・・かたじけない!」
ワインに、チーズ。どこからくすねて来たのやら。
ミェンノーは、喜んで胃袋を満たした。
「人生でいちばん美味い酒を頂きましたぞ、レラ様!」
「そうか」
「かくなる上は、このミェンノーめに、なんでも申しつけてくだされ」
ミェンノーは、ひれ伏した。
「御身のような強い王に、お仕えすること。文官の本望にございますれば」
「ほう?」
レラは首をかしげた。
「強い王が望みか」
「はい。高い知能、美しい精神を持つ貴種(きしゅ)だけが、大国にふさわしい王であり・・・」
「そうか」
レラは立ち上がって、そっぽを向いた。
≪神話の力、竜の翼よ、我が腕に≫
手を翼にした。
広げて、風を受け、ふわっと舞い上がる。
「どこへゆかれるので?」
「島は海。私は、さんぽだ」
それから数刻、空の旅。
ミェンノーは島を歩き回ってみたが、人間の姿はなかった。
蒸気械弩砲とナンガラックが、ぼけーっと立っておるだけ。すべて、無人であった。
太陽が、西に沈むころ。
島は、海に出た。
レラが降りてくる。
淡い黄金色の呪文版を操作。
島が減速。高度を下げる。波の音が聞こえてきた。
眼下は、大海。
あっちのほうに陸地は見えるが、下は一面、高波うごめく海である。
「・・・どうなさるおつもりで?」
「夜だ。私は寝る。空では、見つかりやすい。天気が荒れた時にも、あぶない」
「ははぁ、なるほど」
島は高度を下げる。風に塩味が混ざり始めた。
「・・・低すぎるのでは? 波をかぶりますぞ」
「そうだな」
ざぶ~~~ん・・・!!
島が、着水した。波が、床面を洗った──すぐに、乗り越えてきた!
「レ、レラ様!?」
「私はな、ミェンノー」
レラは首をかしげてミェンノーを見た。
「海の水が、好きだ」
ざっぶぅぅぅん・・・!!!
波が、押し寄せてきた。
「ひつ・・・ひいぃぃっ!?」
ミェンノー、逃げ出す。
岩山によじ昇る。空飛ぶ島の中央、ちょっとした丘ぐらいの高さの岩山に。
レラは波に流され、白い飛沫(しぶき)にまみれながら、ニコニコしたまんまである。
島は高度を下げ続ける。
機械人は、みな、水没した。
呼吸しとるわけではないから、水没しても死にはせんのだろうが・・・。
水に流されるのではないか?
と、見ると、鬼械人ども、足や手でガッチリと岩肌にしがみついておる。
・・・慣れている? 水没に???
「ひっ、ひぃっ、お、おたわむれは、おやめくだされ。レラ様」
「有効な作戦だと思わんか?」
楽しそうなレラ。ミェンノーの足元、グルグル渦巻く塩水の中から。
「な・・・なにがです?」
「弐ノ塔と戦うのに、海の中というのは」
「にのとう」
「あの恐ろしい砲も、水中なら撃てぬ。あらゆる手段の、威力がにぶる」
「な、なるほど! そうですな! まことに! ですがその、私を溺れさせる必要はないのでは?」
「ああ、それで焦っているのか?」
「そ、そうですぞ!」
ミェンノーは、岩山の頂上にたどり着いた。
以前、金銀キラキラの蒸気械弩砲が立っておった、小さな広場である。
そこにも波が打ち寄せてきた。
「おおお・・・!」
ミェンノーはさらに登った。
もはや人間が立つ隙間もない。
とんがった岩に抱き着いて、芋虫のごとく登るしかなかった。
「溺れ死んでしまっては──御身の力にも、なれませんぞっ・・・!!」
「逆だ」
レラは、胸まで沈んだミェンノーに抱き着いて・・・
「死んでもらわねば、経験は『吸収』できんのだ」
◆ 55、レラ、ミェンノーの罪を知る ◆
しばらくして。
レラが、浮かび上がった。ミェンノーの死体を手に。
死者におでこをくっつけて・・・
「死を超えて。我はそなたに、ものを問う──『言問い(こことい)』。
朽ちて消え去るその前に、そなたの経験、我に捧げよ──『吸収』」
・・・呪文を唱える。
「できた」
ミェンノーの死体を放す。
で、
「おえぇぇ・・・」
吐いた。
涙目でしばらく吐いたのち、
「お・・・溺れるというのは、こんなに、苦しい、ものなのか・・・」
ぼやく。
「水なら、耐えれると思ったが・・・つ、次からは、溺れさせるのは、やめだ」
・・・この間に、ミェンノーの死体は波にさらわれ、どこへともなく流れ去った。
帝国を牛耳った(ぎゅうじった)大貴族の、これが、末路であった。
「はぁ、はぁ・・・」
呼吸を整えて・・・
ユラユラと、立ち泳ぎしつつ・・・
レラは、沈思黙考(ちんしもっこう)。
そして、
「──やはりな」
つぶやく。
「殺して正解だった。ミェンノーめ。先帝を殺しているではないか」
島が浮かび上がった。
波の中に頭をもたげ、もんのすごい大波を巻き越して・・・海面から、完全に浮き上がる。
岩山のあちこちに、潮溜り。
ピチピチとハネる魚が、いっぱい。レラは、それを拾い集めた。
「ご飯にしよう」
魚を、手近な潮溜りに放り込む。呪文版を抱いて、念じた。
ガコン! ガショーンガショーンガショーン・・・。
島の中央から、音が聞こえてきた。
岩山の中から、気色悪い虫みたいなものが、登場した。
六脚。
八角柱を短く切り詰めたような、ボディ。
ギョロリとした、一つ目。
──もしも、我らが主人公・ソラトバンが見たら、
「おふくろさんのユニットじゃないか!」
と、言うたことであろう。
そう。
それは、弐ノ塔の作業ユニットと、同系統の小型ロボ。
細部に違いはあるが・・・
明らかに、同じ文明。同じデザインセンスの・・・気色悪い小型ロボであった。
「よしよし」
レラは、そのロボを可愛がる。頭を撫でた。
で、流木の上に置いた。自分は離れる。
「ええと・・・こうか?」
目を閉じて、「えい」と唱える。すると。
ゴッ!
ロボが、腹から火を吹いた。
青白い火によって、流木が瞬く間に加熱する。
海水のしみ込んだ濡れた木が、強引に、燃え始めた。
バチン! バチン! と爆発音を立てながら。
レラはロボを呼び戻した。
潮溜りの魚を掴み、ロボの頭に並べる。
そして、ふたたびロボを火のそばに戻した。
魚を、火の中に放り込ませる。
バチン! バチン! ジュウジュウ・・・。
破裂する木の上で、魚が焼けてゆく。
バシィ! ・・・弾けた木片が、ロボにブチ当たった。ロボ、ちょっとよろめく。
レラはロボを呼び戻し、凹んだボディをよしよしと撫でた。
「さて」
レラ、振り向く。蒸気械弩砲を見た。
ギシ・・・? 弩砲君、かたむく。
「うむ。話がある。近う寄れ」
ずしーん、ずしーん・・・蒸気械弩砲が歩いてくる。
レラから5尋ほどのところで止まり、『伏せ』の姿勢となった。
「仲間にも伝えてやってほしいのだが」
ギシ。
「ミェンノーの経験を『吸収』したところ、ヤツが、先帝を殺していたことがわかった」
・・・。
「先帝は『食中毒で死んだ』と発表されたが・・・ミェンノーが毒殺したのだ」
島中で、鬼械人どもが動く音がした。
蒸気械弩砲がこちらを向いた。ナンガラックが膝を伸ばし、立ち上がった。
「ヤツは、先帝のことを『甘い』と考えていたようだ・・・」
レラは、ジュウジュウ焼ける魚を見ながら、説明した。
「先帝は、『賢帝』と呼ばれ、民に慕われていた。
『コムワカ帝の、お忍びの旅』などという喜劇も、あったほどた。
ルクジッコも先帝を慕っていたから、平民だけではなかったのだろう。
──ミェンノーは、それが許せなかった。
甘すぎる。こんな帝王では、国民が付け上がると、考えた。
それで、先帝と王太子の両方を、暗殺した。
王太子は生き延びたが、川で溺れて、脳に障害を負った。
知能が下がり、操りやすくなったので、トドメを刺すのはやめて。
先帝を毒殺したあと、傀儡(かいらい)に据えた」
「・・・これが、ヤツの経験から読み取った事実だ」
ズシン。ズシン。ズシン!
鬼械人どもが、地面を足で蹴り始めた。
「おまえたちの怒りはわかった。・・・だから、島を蹴るのはやめろw」
レラは、ほほえんだ。
「いいこともあるぞ。ミェンノーは、ナンガラック工廠(こうしょう)の位置を知っていた」
ちょっと離れたところのナンガラックを見た。
「これで、おまえの膝も直せる。そっちのおまえの、肘もな」
ギシ・・・。
レラはうなずき、ちょっと考えた。
「ミェンノーは、牙士の家系だったらしいな。だが、本人は牙士をあきらめた」
ギシ・・・。
「そうだ。先帝が、おまえたちを生み出したからだ。鬼械人には勝てないと考えた」
レラは、突っ立っとるナンガラックを見上げた。
「馬鹿なヤツだ。牙士になりたかったのなら、なればいいのにな」
そして。
ポン、ポン!
手を叩いた。
「今夜の話は、ここまでだ。私は、ご飯だ」
◆ 56、レラ、さかなをたべる ◆
作業ユニットを操って、焼けた魚を取り出した。
足で引っ掻いて取り出した魚は、黒焦げ、さらに、土もついてしまったが・・・
レラは気にしない。素手で拾って、食べ始めた。
「うむ。うむ。うまい」
魚を食うレラ。
ムシャムシャ。白身をかじり。火の通った内臓をすすり、バリボリと骨を噛み砕く。
ギシ・・・?
背後で伏せたまんまの蒸気械弩砲。
レラは振り向いて、ほほえんだ。「うむ。うまいぞ」
ギシ。
「すまんな。私だけ、食べて」
ギシ、ギシ。
「──ところで、知っているか? この世には『声玉』というモノがあるそうだ」
ギシ・・・?
「それがあれば、おまえたちは、しゃべれるのだ」
ギシ・・・!
「楽しみだな?」
ギシッ!
「うむ」
レラは立ち上がった。
手を、翼に変えて、ばさっと飛び、蒸気械弩砲の屋上に上がる。
翼を手に戻して、ハッチを開き、中に入る。
ゴロリ。
床に、横になった。
蒸気械弩砲も海に沈んだため、まだ海水で濡れとるのだが・・・
セイレーンであるレラは、海水のベタつきは、気にしない。
「我らは、もっと、もっと、強くなれる」
ふわあ。
レラ、あくびをする。
「弐ノ塔のヤツらを、倒し・・・、その経験を『吸収』して、」
「・・・魔王様にふわしい継承者に、なって。この世を、面白いところに・・・するのだ・・・」