◆ 57、おふくろ操作輪 ◆
「サマになってきたじゃないか」
「そうじゃな」
夏の終わり。雨が何度か降って、カルデラが少し涼しくなった頃。
チーニャとソラトバンは、鬼械人の飛行訓練を見ていた。
黒い巨人が、上空を舞っている。
乗り手は、トリーモ。ソラトバンが助けた謎の少女である。
彼女は、黒トンボと組んで、ほとんど毎日のように飛行訓練をしておった。
ドリナラーニどん(黒トンボの中身である)との相性もいいようで、彼が整備ロボやナンガラックに移った時でも、楽しそうにしゃべっとる姿をよく見かけた。
「正式に乗り手にするの? ママ」
と、チーニャが訊くと、床から生えとる円柱についとる『声玉(こえだま)』が答えた。
<さて・・・? 記憶が戻らんことにはな>
「まあ、そうなるよね」
「いつ戻るんじゃろうな・・・」ソラトバンは青空の黒トンボを見ながら言うた。
「さあな」
チーニャは、操作輪(そうさりん)をさわった。
声玉の円柱の手前に、円形の、グルグル回せる大きな輪っかが付いとるのだ。
ハンドル? 舵輪(だりん)?
チーニャ、その輪っかを、手前に引く。輪っかが、支柱ごと手前に傾いた。
もたれかかるように押す。支柱ごと斜め前に傾いた。
<なんじゃ。くすぐったいじゃろ>
「面白いんだもんw そーさりん。でっかいレバーみたいで」
この輪っかは、弐ノ塔のおふくろに移動を指示するインターフェイス。
単に回せるだけでなく、傾きを指示することもできる。
『操作輪』と呼ばれておった。
「むむむ」
チーニャがいじり回すので、おふくろも対抗し始めたようである。
押すと、押し返す。引くと、踏ん張る。言うこと聞かんようになり始めた。
「オマエも手伝え」
「いやいやw 壊れるじゃろ」ソラトバンがたしなめると、
<この程度で壊れやせんが>「この程度で壊れるんなら、いま壊れたほうがいい」母娘に論破された。
「そうかい」
そんなして遊んどると、お客さんがやってきた。
「ちはー! 新しいモン付いたって聞いたでー」「お邪魔します」「お久しぶり」「どうも」
オーガの娘・清雅(せいが)と、兄貴のゴブリン三兄弟である。
「よう清雅」とチーニャ。「オマエの案、採用されたぞ」
「みたいやな。弐ノ塔ママ、光栄です~」
<ええ案じゃったからな>
「触ってみ?」とチーニャ。
「ええの?」
<ええぞ>
「壊せるなら壊してくれ」
「人前では本気出さんことにしとんねんけどな」
清雅はブツブツ言いつつ・・・
操作輪に両手を押し当てて・・・
「ふんぬ」と、全力で押した。
ギリ・・・ギリ・・・ギリ・・・
操作輪と支柱が軋む(きしむ)。
「・・・はぁ。頑丈ですね」
<じゃろ>
壊れはせんかった。
「で、誰が乗り手やるん?」
「未定」とチーニャ。
<人員不足でな>
「鬼械人のほうが多いものな」とソラトバン。「人増やすんは、難しいもんじゃな」
「・・・。」チーニャが真っ赤になった。
変な雰囲気となり、「・・・ほじゃ、飯にするか」と、解散になった。
同じころ。
黒トンボの中でも・・・
<昼飯時>
「あ、もうそんな時間か」
ドリナラーニとトリーモが、そんな会話をしておった。
トリーモ。
ダンゴムシみたいな上半身。
兜(かぶと)、腕鎧、背中鎧、一体のプレートアーマー。黒灰色、ツヤはなし。関節あり、丸まるほうにだけ自由に動く。
──『乗り手甲』を、身に着けておった。彼女専用に新作してもらった装備である。
工作が精密で、着心地はよい。
とはいえ重いのは重いので、少女の身体には大きな負担であった。
特に、着地のときには。
ズ、シィィィン・・・!!
腹の下から、衝撃、突き上げ、重低音が襲ってくる。
「っく・・・!」
下から突き上げられ、肩には乗り手甲の重みがかかる。
トリーモは全身踏ん張ってこれに耐え、ホッと息をついた。
「ふぅ。馬でジャンプするとき、こんな感じだった気がするよ」
<ソウカ>
「そうさ」
顔を上げる。
覗き窓の向こう、だいぶ離れたところに、教師役のトンボ(本家)が着陸するのが見えた。
その瞬間であった。
「・・・思い出した」
トリーモが、重大なことを思い出したのは。
「空飛ぶ巨人。金色の、『トンボ』──父上に、報告した!」
◆ 58、屋上で、2人きりで ◆
「ソラトバン殿。2人きりで話したいことがあるので、屋上へ来て頂けませんか」
「え? なんじゃ。あらたまって」
弐ノ塔。
チラーニ飛行塔にて。
トリーモは、ソラトバンを呼び止めて、屋上へ誘った。
「昼飯だぜ?」とチーニャが言うてきたが、
「すみません。すぐに──終わらせますから」
トリーモは、強引に相手を誘い出した。
広々とした屋上。
列電魔旋砲の砲台が、中央付近を占めておるが・・・
エレベーターで上がった周辺には何にもなく、本当に広々としておる。
トリーモは、端っこに歩いていった。
「おいおい。あんまり端っこに行くと、危ないぞ」
「はい」
トリーモは振り向いた。
乗り手甲の兜を、足元に置く。
深呼吸して・・・
「思い出しました」
「おお! 記憶が戻ったんか」
「はい」
喜んでくれるソラトバンを、上目づかいに睨んで・・・
「私の名前は、ルカツァーネ。
ハポノ貴族にして魔術師、鬼械人の乗り手、ルクジッコの一人娘。
──貴様に殺された男の娘だ」
・・・短剣を、抜いた。
◆ 59、トリーモの、仇討ち ◆
「なんじゃと」
「ソラトバン殿。貴様に、仇討ちを、申し込む。け、剣を、か、構えて・・・もらおうか」
宣告する少女の身体は、ガクガク震えておった。
向かい合うソラトバンは、じっとして、両手を垂らしたままである。
「け、け、剣を、ぬ、抜けと、言っている」
「聞こえたわい」
「な、なら、さささっさと、構えろッ!」
声が裏返る少女に、ソラトバンは低い声で、
「訊きたいことがあるんじゃが」
「なんだ!」
「おまえさんの言うたことに、間違いはないか。思い違いじゃとか、記憶違いじゃとかは」
「ない!」
「ほじゃ・・・ええと、おっ父は、いつ、どこで、どうやって、亡くなったんじゃ」
「白々しい! トバ──ソラトバン殿。きき貴様が、殺したに決まっている!」
「いつ、どこで、どうやって?」
「・・・お、黄金の鬼械人。アイツだ」
少女は、トンボを指差した。
トンボはまだ草原に残っておる。しゃがみ込んでおった。その足元を、コボルドの子供がウロチョロしておる。グルグル走り回り、鋭い足爪の上に駆け上がってジャンプしたり、トンボの目の前で取っ組み合ったりしておる。
そんなトンボを指差して、
「アイツを見た。父上に報告した。父上たちは急いで出撃して──それで──亡くなったんだ」
「どこで見たんじゃ?」
「ハ、ハツラノッツ」
言ってから、少女は眦(まなじり)を吊り上げた。
「時間稼ぎをするな! あ、仇討ちを受けるのか、逃げるのか、どっちだ!」
「逃げはせんが、」
ソラトバンは辛抱強く相手をする。
「・・・わしゃ、ハポノの貴族じゃないから、よくは知らんが。仇討ちっちゅうたら、決闘じゃろ?」
「そうだ!」
「少なくとも、どっちか死ぬワケじゃろ?」
「当然だ!」
「なら、一大事じゃないか。思い違いがあっちゃイカン」
「誤魔化さないで、私の相手をしろ!」
「誤魔化しとらん。トリーモ。おまえさんを大事に思っとるから、ちゃんと確認を──」
「私は! ルカツァーネだ!!」
少女は絶叫した。
「トリーモじゃないし! オマエの妹なんかじゃないし! こ、こんな所に・・・いていい身分でもない!」
「・・・。」
ソラトバンは、落ち着いた色の目で、見つめ返して、
「ほじゃ、ルカツァーネ。おまえさんが大事じゃから、確認しとるんじゃ」
「そうやって、時間稼ぎを・・・!」
「なんと言われようと、確認はする。イヤなら、仇討ちも、イヤじゃ」
「くそっ!」
「さ、ちゃんと言うてみよ。おっ父は、いつ、どこで、どうやって、亡くなったんじゃ」
「・・・。」
少女の口からは。
答えは、出て来なかった。
「──見とらんのじゃろ」
「!」
ルカツァーネは、黒髪をべっとり汗で濡らして、後じさった。
「わ、私は・・・帝国貴族の娘だ」
「どうやらそうらしいな」
「どうやらじゃない! これは本当の話だ!」
「疑っとるワケじゃない。じゃが、鵜呑み(うのみ)にもできんのじゃ。すまんな」
「・・・。」
「外交っちゅうヤツじゃ。いや、ちがったかな? まあ、そういうヤツじゃ」
「そうやって・・・時間を稼いで、あの女に助けてもらうつもりだな」
「なに?」
「卑怯者。弱虫。田舎者。いつもあの女にデレデレして。トンボがいなけりゃ、何もできないクセに」
「・・・む」
ソラトバン、眉を寄せる。
それから、チラッとトンボのほうを見た。
トンボも、何故か、こっちを見た。コボルドの子供たちも、こっちを見た。
少女はそれには気付かず続ける。
「弐ノ塔に食わせてもらって、トンボに戦ってもらって、おいしい思いだけして」
「むむ」
「穀潰し(ごくつぶし)っ!」
「ぬぐぐ・・・!」
「仇討ちを受けてみろ! 真の戦士だと言うのなら!」
「いや、わしゃ、樵(きこり)じゃけぇ」
「・・・この、クズっ!」少女は、キレた。「ヘラヘラすんな! それでも男か!」
「まともな男はな、トリーモ。女子供を殺したりは、せんのじゃ」
「──なら、突っ立ったまま、仇討ちされて死ね!」
少女が短剣を握り直した、そのとき。
≪話は終わりでいいかな?≫
声が轟いて・・・
2人の横手の、屋上のフチから、ヌーーーッと・・・
≪チラーニ参上~≫
チラーニの上半身(頭はないですがね)が、姿を現わしたのであった。
◆ 60、ハポノのお嬢ちゃん、落っこちる ◆
<動くなよ~? ハポノのお嬢ちゃん。オレは男じゃないから、女の子でも撃っちゃうぜ~?>
「いやいや、撃つんじゃない」とソラトバン。
<いや撃つからね? ココでしくじったら、オレ、チーニャに殺されるし>
「やめんか。膝ンとこの『力の筒』引っこ抜くぞ」
<ソラ?! それ冗談になってないからね!?>
などと、チラーニとソラトバンがやり合っとるうちに・・・
少女は、フラフラと、下がって・・・
「さ、最初から、このつもりで。私の仇討ちなんか、受けるつもり、なかったんだ」
呆然と(ぼうぜんと)、つぶやいて・・・
短剣を、カチーンと、屋上に落として・・・
足を踏み外した。
初めから、屋上の端っこに立っておったのに。
下がりすぎて、とうとう足を踏み外してしもうたんである。
「あ」
後ろに倒れるようにして、落下する。
「トリーモ!」
ソラトバン、弾丸のように、ダッシュ。
ダダッと2歩、屋上を蹴って、ダイブした。
手を伸ばし、少女の右の手首を掴む。引っ張る。腰に手を回す。抱き締めた。
だがすでに、空中。
2人とも。
首都のどんな建物よりも高い、空にいた。
<あっ>チラーニ反応できず。
<バカめ。『浮遊』。『浮遊』>
おふくろの声がした。
雑務ユニットで、塔の外に回り込んでおったんである。
ソラトバンとトリーモは、あっちゅう間にその前を落っこちてったが──
死の落下の、残り3分の1といったところで──
ソラトバンの落下が、急減速。
一瞬遅れて、トリーモも急減速した。
だが厳しい。
ソラトバンが先に減速したせいで、抱いとった腕がほどけた。少女は姿勢を崩し、頭から落ちてゆく。
減速はしとる。だが、まだ速すぎる。このまま頭を打ったら──
「くそっ」
ソラトバンは、なんとか彼女の足首を掴んだ。
引っ張って、丸めてやる。
幸い彼女は乗り手甲を(兜以外は)着けたままである。
引っ張っただけで、勝手に丸くなった。ダンゴムシ構造の勝利である!
彼女は十分に減速した。が、ソラトバンは速くなった。
で、地面にぶつかる。
「ぐえっ」
「ぎゃっ」
ソラトバンは頭から、トリーモはお尻から、それぞれ柔らかい草むらに落っこちて・・・
・・・ま、結果を言えば、2人とも助かったのであった。
「やらかしてくれたな」
チーニャが、片手で撃てる小型クロスボウ(弩)を手に、近付いてきた。
両脇をドリノン(整備ロボ)が固めておる。
そのドリノンたちが、少女を捕縛にかかった。
「動くなよ、クソガキ」
「・・・はい」トリーモは素直にうなずいた。
「・・・あ、いや、動いてもいいぞ。私に撃たせてくれ」
「いいえ」
鉄の鎖と掛け金を組み合わせた拘束具で、トリーモの胴と腕がグルグル巻きにされる。
ガチャリ。掛け金がかかった。もう逃げれない。
チーニャは、倒れたままのソラトバンに手をかざして、『治癒』。
背後をトリーモが引っ立てられていくが、もう見向きもしない。
「ごめんなさい。私が間違っていました」
「・・・。」返事もしない。
「思い出しました。仇は、ソラトバン殿。あなたではなかった」
「・・・なに?」
「父の仇は、魅了の人魚と、私でした」
◆ 61、ソラトバン、ちょっとこたえる ◆
<あー・・・そうやね。ルクジッコのお嬢ちゃんやわ。見たことありますわ>
と、通信で答えたのは、鈴雅(れいが)。
バッツワーノの奴隷にされ、レイサーネと呼ばれておったオーガの女である。
<間違いありませんか>と、弐ノ塔のおふくろが確認すると、
<変身の魔術使うとるんでない限りはね>との返答。
「それはないえ」
同席しとった灰色髪のエルフ、ハルが首を振る。
「幻術の類は、一切はたらいておらぬ」
「そなモン使うておったら、私も気付いておるえ」
おジャスも、金髪ポニテをブンブンした。
<ありがとうございます。鈴雅様、ご協力感謝します>
<いえいえ>
トリーモの正体は、確認できた。
しかし・・・
<どうしたものやら>
おふくろの雑務ユニット、傾く。
その声玉に、チラーニが割り込んだ。
<厄介なもの見つけてくるよね~、ソラは>
<うむ>
「さすが、我が見込んだ男なり」おジャスさま、満足げ。「天晴れ、正義の鬼械人乗り」
「人見つけるんに正義もなんもないに」とハル。
「見当違いの仇討ちを防いだことを言うておる」
「あ、それはそうやに」ハル、うなずく。「ほんで、そのソラ君はどないかに? ケガのほうは」
<安静にしておりますが、問題はなさそうです>
<問題はチーニャのほうだよね~>
「許してやってくれんか」
治療室。以前、トリーモも寝かされたことのあるベットに、ソラトバンは仰向けになっておった。
横に、チーニャが座っておる。手元には、まだ、小型クロスボウがあった。
「・・・オマエが言うことじゃない」
「わしが許してやって欲しいと思うとんじゃ」
「保護者気取りかよ」チーニャはトゲトゲしい。
「そこまで甘い考えじゃないが、」
ソラトバンは、穏やかであった。少し弱々しいと言うてもよい。仰向けに寝とるのもあるが。
「あの子、おっ父が、もう居らんワケじゃろ」
「母親は生きてるらしいぞ。奴隷になってるけどな」
チーニャはクロスボウをカリカリと爪で引っ掻いた。
「・・・あいつもそうしてやりたい気分だ」
「やめんか」
「帝国へ送り返せば、そうなるぜ?」
「そうなんか?」
「謀叛人の一味だからな」
「謀反人か・・・」
「あいつは、罪人の娘だ。もう貴族の娘じゃない。本人は、まだ知らんようだが」
「・・・。」
「戻れば当然奴隷に落とされる。いや、拷問と口封じで死ぬか。弐ノ塔と関わったと知られたら」
「チーニャ」
「じゃあどうするんだよ! このまま置いとくのか? またトリーモトリーモって可愛がるつもりか?」
「・・・わからんが、」
ソラトバンは、爪カリカリしとるチーニャの手を握った。
「どうしたらええかは、わからんが。残酷なことは、やめようじゃないか」
「聖人か」
「ちがうぞ。これは、おまえさんや、わしや・・・弐ノ塔のみんなの、健康のためじゃ」
「健康のため?」
「残酷なコトしたら、気分悪いじゃろ」
「・・・。」
「思い出せば吐き気もするし、眠れんし」
「・・・まあな」
「おまえさんに、そうなって欲しくないんじゃ」
「そっか」
チーニャはクロスボウから手を離し、ソラトバンに指をからめた。
ソラトバン。彼女の白い指になめらかに絡みつかれながら、
「しかしなぁ」
「なんだよ」
「『穀潰し』っちゅわれたんは、ちと、堪えた(こたえた)わい」
「バカ。オマエはトンボを見つけた。トンボを連れて来た。トンボと相性のいい乗り手だ。役に立ってるだろ」
「・・・つまり、トンボがすべてじゃないか」
「・・・・・・そんなことはない」
「なんでためらった」
「くくく」
「なんで笑った」
「おまえは役に立ってる。これからも。元気になったら教えてやる」
チーニャは、ソラトバンの耳に唇を寄せた。
「・・・おまえのベッドで」
<チーニャの御機嫌、直ったようだね~>
<扱いの難しい娘じゃな>
<親に似るよね~>
<口の減らん息子じゃな>
弐ノ塔は結局、トリーモ(ルカツァーネ)を、軟禁しておくことにした。帝国に送り返しはせんかったのだ。
このことは、後になってみれば、正解であったと言ってよい。
なにしろ、危機を救ってくれたのだから。
ただ、彼女が口にした貴重な情報をスルーしたことは、失敗であった。
『魅了の人魚』という、重要な情報を、追及せずに放置したのは。
それが、危機を招くことになったのだから。
◆ 62、魅了の人魚 ◆
夏が終わり、秋が来た。
この年の秋は、嵐と共に始まった。
うなりを上げる風。大地を叩きのめす雨・・・
その音が染み通ってくる軟禁室の中で、トリーモは日記をつけていた。
取り立てて重要なことは書いておらぬ。中身はすべてチェックされるし・・・
「日記は証拠に取られることがある。中身には気を付けなさい」
・・・父にも、そう言われたので。
それだから、父の死についても、その前後の状況を書くことはしなかった。
──魅了の人魚のことも。
あの日、ルカツァーネは、高台に出て、海を見張っておった。
空飛ぶ巨人がまた侵入してきたら、一番に見つけてやるつもりだった。
油断なく防衛に協力すれば、父も無事に帰って来るハズだと、願掛けのような気持ちで。
・・・そこで見つけたのが、魅了の人魚だった。
黒い髪の女。波間に頭を出して、ハツラノッツの市街を眺めておった。
いったん沈んで姿を消し、また別の海面に現れる。
服は着ておらず、日に焼けた乳房は丸出しである。
初めは、海女(あま)かと思った。
次に、密偵ではないかと考えた。
『鷹の目』で市街を見ているのではないか? 私と同じように。
それが正解と告げるように、相手がこちらを見た。
目が合った。
まずい。
あわてて目を逸らす。
相手を見失った。『鷹の目』は、視野の中心付近でしか機能しないのだ。
あらためて探したが、もう、女はどこにもいなかった。
ルカツァーネは、宿舎に帰ることにした。
居残り組の父の部下に伝えよう。不審な女を見たと。
その帰路であった。
「人間の娘よ。友達になってもらいたい。色々と、知りたいことがあるのだ」
空から舞い降りてきた人魚が、優しい声で呼びかけてきたのは。
どうして相手の言いなりになってしまったのか、ルカツァーネにはわからない。
いま目の前にいる人魚以外は、何も目に入らなくなるのだ。
それは、ちょうど『鷹の目』に似ていた。
視野が狭まるというか・・・
彼女以外に、焦点が合わなくなるというか・・・
セイレーンの伝説に、船乗りを誘惑するとある。
あれはこういうことだったのかと、いまになってみれば、そう思えるが。
とにかく、言いなりにされて。
ルカツァーネは、いったん宿舎に戻った。
「友達と出かけてきます」
と門番に伝え、ふたたび山の中へ。
黒髪の人魚(レラと名乗った)と合流。
街中で買った豆と芋のスープを一緒に食べた。
レラは難しい顔をした。
「・・・人間はこんなものを食べているのか?」
「ふだんは麦を食べている」
「麦か」
「いまは、ギサンチの愚かな反乱のせいで、入って来ないんだ」
「ふうん」
「人魚は、なにを食べるんだ?」
「私はセイレーンだ。食べるのは魚だ。あとは、山羊の乳も呑む」
「山羊? 臭くない?」
「妖精の山羊の乳は、甘くて美味い。ピリピリして、元気になる」
「へぇ・・・」
レラは、人間のことを色々と訊いてきた。
密偵・・・にしては、単純すぎる質問であった。
ここはなんという国か? とか、帝国とはどんな国か? とかいうのだ。
この娘は密偵じゃない。いい子だ。
当然だ。私たちは友達だし。
──ルカツァーネは、幸せな気分で、なんでも教えてやった。
「ありがとう。これで人間のことがわかった」
「まだまだ、教えることはいっぱいあるんだけど」
「そうか。しかしひとまず、お礼をしよう。私の自慢の技を見せてやる」
レラは、変身した。
日焼けした腕が、翼になったのだ。
黄金の翼。鳥ともコウモリともつかぬ、摩訶不思議の翼である。
「どうかな」
「すごい・・・こんな呪文、聞いたこともない」
「これは呪文ではない。魔王様の≪声≫」
「魔王様?」
「そうだ」
「3年前、ナダラカンで討伐された、女魔術師のこと?」
「魔術師ではない」レラは不機嫌になった。「魔王様だ!」
これで、『友達』の時間は終わった。
「ちょうどいい。おまえで試そう。魔王様を馬鹿にしたおまえ。実験動物にふさわしい」
≪おまえは何も考えぬ。思い悩むこともない。私に意図を紡がせよ──『御霊繰り糸(みたまくりいと)』≫
レラは、響き渡る声で歌った。
「・・・。」
「右手を上げよ」
「・・・。」ルカツァーネは右手を上げた。
「左手を上げよ」
上げた。
「右を下ろして、左は握る」
そうした。
「よしよし」
レラに頭を撫でられる。
「土石人形(どせきにんぎょう)より、弱いが・・・うまく操れれば、なにかに使えそうだ」
ルカツァーネは、この恐ろしいセイレーンの言いなりとなって・・・
歩き、座り、歌を歌い(ヘタクソだと言われた)・・・
先ほどは訊かれなかった質問に答えた。
「おまえの身分は?」
「ハポノ貴族か。父はどんな権限を持っている?」
「魔術師か。面白い。その経験、『吸収』したいものだ」
「軍に近付くにはどうすればよい?」
そうして、次々に情報を引き出されているところに・・・
父が帰ってきたのだ。
遠征に出てから、ずっと心配していた父の帰還・・・
なのに、ルカツァーネには何の感慨もなかった。
心はレラに握られたままだったのだ。
崖から転落しても。自分を助けようとした父が、死ぬのを見ても。
何も、感じなかったのだ・・・。
◆ 63、トリーモ、仇討ちを決意する ◆
「・・・こんな話。書いたところで、誰も信じてはくれまい」
トリーモは、そうつぶやいて、日記を閉じた。
大切なことは何も書かれていない日記を。
整備ロボ・ドリノンが近付いてきた。
<日記、拝借>
ドリナラーニだ。
ここのところずっと黒トンボと組んでいたトリーモ。
見た目がそっくりの整備ロボでも、ドリナラーニの発言は聞き分けれるようになっていた。
「どうぞ、ドリナラーニ殿」日記を差し出す。
<・・・デハ、後ホド>
ドリナラーニが出てゆく。
部屋には誰もいなくなった。
「鬼械人に『殿』付けとは」トリーモは自嘲する。「首都に戻ったら、吊るされそうだ!」
ため息をつく。
ノロノロと立ち上がり・・・
床の上で、ダラダラと体操をした。
剣術の練習も始めたが、涙が出てきたので、やめた。
「・・・なにが『カニみたいじゃな』だよ。ハポノ貴族の、正式な馬上剣術だぞ」
椅子を蹴る。
「トバーニの馬鹿」
そんな、ある日のこと。
ゴンゴンゴン。ドアがノックされた。
聞いたことのない叩き方だ。力の強さからして、男か。
弐ノ塔に男は1人しかいない・・・。
「は、はひっ!?」
「六間洞の鬼術師・清雅と、その護衛や。話がある。入ってもええか」
「・・・オーガか」
「そうや」
「・・・どうぞ。どうせ拒否もできないんだろ」
「いや、できるが、」
ドアを開けかけた清雅は、スキマから黄色い片目だけ見せて、
「その場合、オマエは、生命の恩人を見殺しにすることになる」
「・・・とっとと入れよ、オーガ」
「フン」
清雅とゴブリン1人(長兄の再鬼であった)が入ってくる。
2人とも、腕に乗り手甲を抱えておった。
清雅のは新品。
再鬼が抱えておるのは、見覚えのある──トリーモの乗り手甲であった。
「非常事態や。ソラが捕まった」
「・・・え?」
「敵はコイツや。マテレーニャ・マレッジラゲーニャ。オマエは知らんか知らんが・・・」
差し出されたタコ千里玉。
黒い髪のセイレーン。翼で包み込むように──ソラトバンを、抱いておる。
「レラ! 魅了の人魚のレラ!」
「知っとったんか」
「知ってるも何も──ああ! アンタらには言ってなかったけどね!」
「なら、帝国の敵っちゅうコトも知っとるか」
「帝国の・・・? それは初耳だが。私の敵ではある!」
「そうか」
清雅はアゴをしゃくった。再鬼が、乗り手甲を差し出してきた。
「ウチが黒トンボで出る。最後の1鬼や」
「オマエが黒トンボに?」
「アレぁそもそもウチのモンや」
「ソラとな」と再鬼。
「・・・とにかく、オマエのモンやない」清雅は咳払いした。「ソラが居らん以上、ウチの判断で運用する」
「なぜ私を?」
「兄貴はトンボ型の座席と相性が悪い」
「見ての通り、短足やからな」再鬼が足上げた。
「ウチは弓手が得意でな。──乗り手のオマエと、この一戦のみの連合を提案する」
言いながら、清雅は背中を向けた。
さっさと部屋を出てゆく。
「・・・ま、ビビんねやったら(ビビるのであれば)、ウチとドリナでやるだけのコトや」
「わかった! 清雅よ、私も行く!」
トリーモは、乗り手甲をひったくって、オーガの娘を追いかけた。