ソラトバン、鬼械人   作:min(みならい)

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トリーモの、仇討ち

◆ 57、おふくろ操作輪 ◆

 

「サマになってきたじゃないか」

「そうじゃな」

 夏の終わり。雨が何度か降って、カルデラが少し涼しくなった頃。

 チーニャとソラトバンは、鬼械人の飛行訓練を見ていた。

 黒い巨人が、上空を舞っている。

 乗り手は、トリーモ。ソラトバンが助けた謎の少女である。

 彼女は、黒トンボと組んで、ほとんど毎日のように飛行訓練をしておった。

 ドリナラーニどん(黒トンボの中身である)との相性もいいようで、彼が整備ロボやナンガラックに移った時でも、楽しそうにしゃべっとる姿をよく見かけた。

「正式に乗り手にするの? ママ」

 と、チーニャが訊くと、床から生えとる円柱についとる『声玉(こえだま)』が答えた。

<さて・・・? 記憶が戻らんことにはな>

「まあ、そうなるよね」

「いつ戻るんじゃろうな・・・」ソラトバンは青空の黒トンボを見ながら言うた。

「さあな」

 チーニャは、操作輪(そうさりん)をさわった。

 声玉の円柱の手前に、円形の、グルグル回せる大きな輪っかが付いとるのだ。

 ハンドル? 舵輪(だりん)?

 チーニャ、その輪っかを、手前に引く。輪っかが、支柱ごと手前に傾いた。

 もたれかかるように押す。支柱ごと斜め前に傾いた。

<なんじゃ。くすぐったいじゃろ>

「面白いんだもんw そーさりん。でっかいレバーみたいで」

 

 この輪っかは、弐ノ塔のおふくろに移動を指示するインターフェイス。

 単に回せるだけでなく、傾きを指示することもできる。

 『操作輪』と呼ばれておった。

 

「むむむ」

 チーニャがいじり回すので、おふくろも対抗し始めたようである。

 押すと、押し返す。引くと、踏ん張る。言うこと聞かんようになり始めた。

「オマエも手伝え」

「いやいやw 壊れるじゃろ」ソラトバンがたしなめると、

<この程度で壊れやせんが>「この程度で壊れるんなら、いま壊れたほうがいい」母娘に論破された。

「そうかい」

 

 そんなして遊んどると、お客さんがやってきた。

「ちはー! 新しいモン付いたって聞いたでー」「お邪魔します」「お久しぶり」「どうも」

 オーガの娘・清雅(せいが)と、兄貴のゴブリン三兄弟である。

「よう清雅」とチーニャ。「オマエの案、採用されたぞ」

「みたいやな。弐ノ塔ママ、光栄です~」

<ええ案じゃったからな>

「触ってみ?」とチーニャ。

「ええの?」

<ええぞ>

「壊せるなら壊してくれ」

「人前では本気出さんことにしとんねんけどな」

 清雅はブツブツ言いつつ・・・

 操作輪に両手を押し当てて・・・

「ふんぬ」と、全力で押した。

 

 ギリ・・・ギリ・・・ギリ・・・

 操作輪と支柱が軋む(きしむ)。

 

「・・・はぁ。頑丈ですね」

<じゃろ>

 壊れはせんかった。

「で、誰が乗り手やるん?」

「未定」とチーニャ。

<人員不足でな>

「鬼械人のほうが多いものな」とソラトバン。「人増やすんは、難しいもんじゃな」

「・・・。」チーニャが真っ赤になった。

 変な雰囲気となり、「・・・ほじゃ、飯にするか」と、解散になった。

 

 同じころ。

 黒トンボの中でも・・・

<昼飯時>

「あ、もうそんな時間か」

 ドリナラーニとトリーモが、そんな会話をしておった。

 トリーモ。

 ダンゴムシみたいな上半身。

 兜(かぶと)、腕鎧、背中鎧、一体のプレートアーマー。黒灰色、ツヤはなし。関節あり、丸まるほうにだけ自由に動く。

 ──『乗り手甲』を、身に着けておった。彼女専用に新作してもらった装備である。

 工作が精密で、着心地はよい。

 とはいえ重いのは重いので、少女の身体には大きな負担であった。

 特に、着地のときには。

 

 ズ、シィィィン・・・!!

 腹の下から、衝撃、突き上げ、重低音が襲ってくる。

 

「っく・・・!」

 下から突き上げられ、肩には乗り手甲の重みがかかる。

 トリーモは全身踏ん張ってこれに耐え、ホッと息をついた。

「ふぅ。馬でジャンプするとき、こんな感じだった気がするよ」

<ソウカ>

「そうさ」

 顔を上げる。

 覗き窓の向こう、だいぶ離れたところに、教師役のトンボ(本家)が着陸するのが見えた。

 その瞬間であった。

「・・・思い出した」

 トリーモが、重大なことを思い出したのは。

 

「空飛ぶ巨人。金色の、『トンボ』──父上に、報告した!」

 

◆ 58、屋上で、2人きりで ◆

 

「ソラトバン殿。2人きりで話したいことがあるので、屋上へ来て頂けませんか」

「え? なんじゃ。あらたまって」

 弐ノ塔。

 チラーニ飛行塔にて。

 トリーモは、ソラトバンを呼び止めて、屋上へ誘った。

「昼飯だぜ?」とチーニャが言うてきたが、

「すみません。すぐに──終わらせますから」

 トリーモは、強引に相手を誘い出した。

 

 広々とした屋上。

 列電魔旋砲の砲台が、中央付近を占めておるが・・・

 エレベーターで上がった周辺には何にもなく、本当に広々としておる。

 トリーモは、端っこに歩いていった。

「おいおい。あんまり端っこに行くと、危ないぞ」

「はい」

 トリーモは振り向いた。

 乗り手甲の兜を、足元に置く。

 深呼吸して・・・

「思い出しました」

「おお! 記憶が戻ったんか」

「はい」

 喜んでくれるソラトバンを、上目づかいに睨んで・・・

 

「私の名前は、ルカツァーネ。

 ハポノ貴族にして魔術師、鬼械人の乗り手、ルクジッコの一人娘。

 ──貴様に殺された男の娘だ」

 

 ・・・短剣を、抜いた。

 

◆ 59、トリーモの、仇討ち ◆

 

「なんじゃと」

「ソラトバン殿。貴様に、仇討ちを、申し込む。け、剣を、か、構えて・・・もらおうか」

 宣告する少女の身体は、ガクガク震えておった。

 向かい合うソラトバンは、じっとして、両手を垂らしたままである。

「け、け、剣を、ぬ、抜けと、言っている」

「聞こえたわい」

「な、なら、さささっさと、構えろッ!」

 声が裏返る少女に、ソラトバンは低い声で、

「訊きたいことがあるんじゃが」

「なんだ!」

「おまえさんの言うたことに、間違いはないか。思い違いじゃとか、記憶違いじゃとかは」

「ない!」

「ほじゃ・・・ええと、おっ父は、いつ、どこで、どうやって、亡くなったんじゃ」

「白々しい! トバ──ソラトバン殿。きき貴様が、殺したに決まっている!」

「いつ、どこで、どうやって?」

「・・・お、黄金の鬼械人。アイツだ」

 少女は、トンボを指差した。

 トンボはまだ草原に残っておる。しゃがみ込んでおった。その足元を、コボルドの子供がウロチョロしておる。グルグル走り回り、鋭い足爪の上に駆け上がってジャンプしたり、トンボの目の前で取っ組み合ったりしておる。

 そんなトンボを指差して、

「アイツを見た。父上に報告した。父上たちは急いで出撃して──それで──亡くなったんだ」

「どこで見たんじゃ?」

「ハ、ハツラノッツ」

 言ってから、少女は眦(まなじり)を吊り上げた。

「時間稼ぎをするな! あ、仇討ちを受けるのか、逃げるのか、どっちだ!」

「逃げはせんが、」

 ソラトバンは辛抱強く相手をする。

「・・・わしゃ、ハポノの貴族じゃないから、よくは知らんが。仇討ちっちゅうたら、決闘じゃろ?」

「そうだ!」

「少なくとも、どっちか死ぬワケじゃろ?」

「当然だ!」

「なら、一大事じゃないか。思い違いがあっちゃイカン」

「誤魔化さないで、私の相手をしろ!」

「誤魔化しとらん。トリーモ。おまえさんを大事に思っとるから、ちゃんと確認を──」

「私は! ルカツァーネだ!!」

 少女は絶叫した。

「トリーモじゃないし! オマエの妹なんかじゃないし! こ、こんな所に・・・いていい身分でもない!」

「・・・。」

 ソラトバンは、落ち着いた色の目で、見つめ返して、

「ほじゃ、ルカツァーネ。おまえさんが大事じゃから、確認しとるんじゃ」

「そうやって、時間稼ぎを・・・!」

「なんと言われようと、確認はする。イヤなら、仇討ちも、イヤじゃ」

「くそっ!」

「さ、ちゃんと言うてみよ。おっ父は、いつ、どこで、どうやって、亡くなったんじゃ」

「・・・。」

 少女の口からは。

 答えは、出て来なかった。

「──見とらんのじゃろ」

「!」

 ルカツァーネは、黒髪をべっとり汗で濡らして、後じさった。

「わ、私は・・・帝国貴族の娘だ」

「どうやらそうらしいな」

「どうやらじゃない! これは本当の話だ!」

「疑っとるワケじゃない。じゃが、鵜呑み(うのみ)にもできんのじゃ。すまんな」

「・・・。」

「外交っちゅうヤツじゃ。いや、ちがったかな? まあ、そういうヤツじゃ」

「そうやって・・・時間を稼いで、あの女に助けてもらうつもりだな」

「なに?」

「卑怯者。弱虫。田舎者。いつもあの女にデレデレして。トンボがいなけりゃ、何もできないクセに」

「・・・む」

 ソラトバン、眉を寄せる。

 それから、チラッとトンボのほうを見た。

 トンボも、何故か、こっちを見た。コボルドの子供たちも、こっちを見た。

 少女はそれには気付かず続ける。

「弐ノ塔に食わせてもらって、トンボに戦ってもらって、おいしい思いだけして」

「むむ」

「穀潰し(ごくつぶし)っ!」

「ぬぐぐ・・・!」

「仇討ちを受けてみろ! 真の戦士だと言うのなら!」

「いや、わしゃ、樵(きこり)じゃけぇ」

「・・・この、クズっ!」少女は、キレた。「ヘラヘラすんな! それでも男か!」

「まともな男はな、トリーモ。女子供を殺したりは、せんのじゃ」

「──なら、突っ立ったまま、仇討ちされて死ね!」

 少女が短剣を握り直した、そのとき。

 

≪話は終わりでいいかな?≫

 

 声が轟いて・・・

 2人の横手の、屋上のフチから、ヌーーーッと・・・

 

≪チラーニ参上~≫

 

 チラーニの上半身(頭はないですがね)が、姿を現わしたのであった。

 

◆ 60、ハポノのお嬢ちゃん、落っこちる ◆

 

<動くなよ~? ハポノのお嬢ちゃん。オレは男じゃないから、女の子でも撃っちゃうぜ~?>

「いやいや、撃つんじゃない」とソラトバン。

<いや撃つからね? ココでしくじったら、オレ、チーニャに殺されるし>

「やめんか。膝ンとこの『力の筒』引っこ抜くぞ」

<ソラ?! それ冗談になってないからね!?>

 などと、チラーニとソラトバンがやり合っとるうちに・・・

 少女は、フラフラと、下がって・・・

「さ、最初から、このつもりで。私の仇討ちなんか、受けるつもり、なかったんだ」

 呆然と(ぼうぜんと)、つぶやいて・・・

 短剣を、カチーンと、屋上に落として・・・

 

 足を踏み外した。

 

 初めから、屋上の端っこに立っておったのに。

 下がりすぎて、とうとう足を踏み外してしもうたんである。

「あ」

 後ろに倒れるようにして、落下する。

「トリーモ!」

 ソラトバン、弾丸のように、ダッシュ。

 ダダッと2歩、屋上を蹴って、ダイブした。

 手を伸ばし、少女の右の手首を掴む。引っ張る。腰に手を回す。抱き締めた。

 

 だがすでに、空中。

 2人とも。

 首都のどんな建物よりも高い、空にいた。

 

<あっ>チラーニ反応できず。

<バカめ。『浮遊』。『浮遊』>

 おふくろの声がした。

 雑務ユニットで、塔の外に回り込んでおったんである。

 ソラトバンとトリーモは、あっちゅう間にその前を落っこちてったが──

 死の落下の、残り3分の1といったところで──

 ソラトバンの落下が、急減速。

 一瞬遅れて、トリーモも急減速した。

 だが厳しい。

 ソラトバンが先に減速したせいで、抱いとった腕がほどけた。少女は姿勢を崩し、頭から落ちてゆく。

 減速はしとる。だが、まだ速すぎる。このまま頭を打ったら──

「くそっ」

 ソラトバンは、なんとか彼女の足首を掴んだ。

 引っ張って、丸めてやる。

 幸い彼女は乗り手甲を(兜以外は)着けたままである。

 引っ張っただけで、勝手に丸くなった。ダンゴムシ構造の勝利である!

 彼女は十分に減速した。が、ソラトバンは速くなった。

 で、地面にぶつかる。

「ぐえっ」

「ぎゃっ」

 ソラトバンは頭から、トリーモはお尻から、それぞれ柔らかい草むらに落っこちて・・・

 

 ・・・ま、結果を言えば、2人とも助かったのであった。

 

「やらかしてくれたな」

 チーニャが、片手で撃てる小型クロスボウ(弩)を手に、近付いてきた。

 両脇をドリノン(整備ロボ)が固めておる。

 そのドリノンたちが、少女を捕縛にかかった。

「動くなよ、クソガキ」

「・・・はい」トリーモは素直にうなずいた。

「・・・あ、いや、動いてもいいぞ。私に撃たせてくれ」

「いいえ」

 鉄の鎖と掛け金を組み合わせた拘束具で、トリーモの胴と腕がグルグル巻きにされる。

 ガチャリ。掛け金がかかった。もう逃げれない。

 チーニャは、倒れたままのソラトバンに手をかざして、『治癒』。

 背後をトリーモが引っ立てられていくが、もう見向きもしない。

「ごめんなさい。私が間違っていました」

「・・・。」返事もしない。

「思い出しました。仇は、ソラトバン殿。あなたではなかった」

「・・・なに?」

 

「父の仇は、魅了の人魚と、私でした」

 

◆ 61、ソラトバン、ちょっとこたえる ◆

 

<あー・・・そうやね。ルクジッコのお嬢ちゃんやわ。見たことありますわ>

 

 と、通信で答えたのは、鈴雅(れいが)。

 バッツワーノの奴隷にされ、レイサーネと呼ばれておったオーガの女である。

 

<間違いありませんか>と、弐ノ塔のおふくろが確認すると、

<変身の魔術使うとるんでない限りはね>との返答。

「それはないえ」

 同席しとった灰色髪のエルフ、ハルが首を振る。

「幻術の類は、一切はたらいておらぬ」

「そなモン使うておったら、私も気付いておるえ」

 おジャスも、金髪ポニテをブンブンした。

<ありがとうございます。鈴雅様、ご協力感謝します>

<いえいえ>

 

 トリーモの正体は、確認できた。

 しかし・・・

 

<どうしたものやら>

 おふくろの雑務ユニット、傾く。

 その声玉に、チラーニが割り込んだ。

<厄介なもの見つけてくるよね~、ソラは>

<うむ>

「さすが、我が見込んだ男なり」おジャスさま、満足げ。「天晴れ、正義の鬼械人乗り」

「人見つけるんに正義もなんもないに」とハル。

「見当違いの仇討ちを防いだことを言うておる」

「あ、それはそうやに」ハル、うなずく。「ほんで、そのソラ君はどないかに? ケガのほうは」

<安静にしておりますが、問題はなさそうです>

<問題はチーニャのほうだよね~>

 

「許してやってくれんか」

 治療室。以前、トリーモも寝かされたことのあるベットに、ソラトバンは仰向けになっておった。

 横に、チーニャが座っておる。手元には、まだ、小型クロスボウがあった。

「・・・オマエが言うことじゃない」

「わしが許してやって欲しいと思うとんじゃ」

「保護者気取りかよ」チーニャはトゲトゲしい。

「そこまで甘い考えじゃないが、」

 ソラトバンは、穏やかであった。少し弱々しいと言うてもよい。仰向けに寝とるのもあるが。

「あの子、おっ父が、もう居らんワケじゃろ」

「母親は生きてるらしいぞ。奴隷になってるけどな」

 チーニャはクロスボウをカリカリと爪で引っ掻いた。

「・・・あいつもそうしてやりたい気分だ」

「やめんか」

「帝国へ送り返せば、そうなるぜ?」

「そうなんか?」

「謀叛人の一味だからな」

「謀反人か・・・」

「あいつは、罪人の娘だ。もう貴族の娘じゃない。本人は、まだ知らんようだが」

「・・・。」

「戻れば当然奴隷に落とされる。いや、拷問と口封じで死ぬか。弐ノ塔と関わったと知られたら」

「チーニャ」

「じゃあどうするんだよ! このまま置いとくのか? またトリーモトリーモって可愛がるつもりか?」

「・・・わからんが、」

 ソラトバンは、爪カリカリしとるチーニャの手を握った。

「どうしたらええかは、わからんが。残酷なことは、やめようじゃないか」

「聖人か」

「ちがうぞ。これは、おまえさんや、わしや・・・弐ノ塔のみんなの、健康のためじゃ」

「健康のため?」

「残酷なコトしたら、気分悪いじゃろ」

「・・・。」

「思い出せば吐き気もするし、眠れんし」

「・・・まあな」

「おまえさんに、そうなって欲しくないんじゃ」

「そっか」

 チーニャはクロスボウから手を離し、ソラトバンに指をからめた。

 ソラトバン。彼女の白い指になめらかに絡みつかれながら、

「しかしなぁ」

「なんだよ」

「『穀潰し』っちゅわれたんは、ちと、堪えた(こたえた)わい」

「バカ。オマエはトンボを見つけた。トンボを連れて来た。トンボと相性のいい乗り手だ。役に立ってるだろ」

「・・・つまり、トンボがすべてじゃないか」

「・・・・・・そんなことはない」

「なんでためらった」

「くくく」

「なんで笑った」

「おまえは役に立ってる。これからも。元気になったら教えてやる」

 チーニャは、ソラトバンの耳に唇を寄せた。

「・・・おまえのベッドで」

 

<チーニャの御機嫌、直ったようだね~>

<扱いの難しい娘じゃな>

<親に似るよね~>

<口の減らん息子じゃな>

 

 弐ノ塔は結局、トリーモ(ルカツァーネ)を、軟禁しておくことにした。帝国に送り返しはせんかったのだ。

 このことは、後になってみれば、正解であったと言ってよい。

 なにしろ、危機を救ってくれたのだから。

 ただ、彼女が口にした貴重な情報をスルーしたことは、失敗であった。

 『魅了の人魚』という、重要な情報を、追及せずに放置したのは。

 

 それが、危機を招くことになったのだから。

 

◆ 62、魅了の人魚 ◆

 

 夏が終わり、秋が来た。

 

 この年の秋は、嵐と共に始まった。

 うなりを上げる風。大地を叩きのめす雨・・・

 

 その音が染み通ってくる軟禁室の中で、トリーモは日記をつけていた。

 取り立てて重要なことは書いておらぬ。中身はすべてチェックされるし・・・

「日記は証拠に取られることがある。中身には気を付けなさい」

 ・・・父にも、そう言われたので。

 それだから、父の死についても、その前後の状況を書くことはしなかった。

 

 ──魅了の人魚のことも。

 

 あの日、ルカツァーネは、高台に出て、海を見張っておった。

 空飛ぶ巨人がまた侵入してきたら、一番に見つけてやるつもりだった。

 油断なく防衛に協力すれば、父も無事に帰って来るハズだと、願掛けのような気持ちで。

 

 ・・・そこで見つけたのが、魅了の人魚だった。

 

 黒い髪の女。波間に頭を出して、ハツラノッツの市街を眺めておった。

 いったん沈んで姿を消し、また別の海面に現れる。

 服は着ておらず、日に焼けた乳房は丸出しである。

 初めは、海女(あま)かと思った。

 次に、密偵ではないかと考えた。

 『鷹の目』で市街を見ているのではないか? 私と同じように。

 それが正解と告げるように、相手がこちらを見た。

 目が合った。

 まずい。

 あわてて目を逸らす。

 相手を見失った。『鷹の目』は、視野の中心付近でしか機能しないのだ。

 あらためて探したが、もう、女はどこにもいなかった。

 ルカツァーネは、宿舎に帰ることにした。

 居残り組の父の部下に伝えよう。不審な女を見たと。

 その帰路であった。

 

「人間の娘よ。友達になってもらいたい。色々と、知りたいことがあるのだ」

 

 空から舞い降りてきた人魚が、優しい声で呼びかけてきたのは。

 

 どうして相手の言いなりになってしまったのか、ルカツァーネにはわからない。

 いま目の前にいる人魚以外は、何も目に入らなくなるのだ。

 それは、ちょうど『鷹の目』に似ていた。

 視野が狭まるというか・・・

 彼女以外に、焦点が合わなくなるというか・・・

 セイレーンの伝説に、船乗りを誘惑するとある。

 あれはこういうことだったのかと、いまになってみれば、そう思えるが。

 

 とにかく、言いなりにされて。 

 ルカツァーネは、いったん宿舎に戻った。

「友達と出かけてきます」

 と門番に伝え、ふたたび山の中へ。

 黒髪の人魚(レラと名乗った)と合流。

 街中で買った豆と芋のスープを一緒に食べた。

 レラは難しい顔をした。

「・・・人間はこんなものを食べているのか?」

「ふだんは麦を食べている」

「麦か」

「いまは、ギサンチの愚かな反乱のせいで、入って来ないんだ」

「ふうん」

「人魚は、なにを食べるんだ?」

「私はセイレーンだ。食べるのは魚だ。あとは、山羊の乳も呑む」

「山羊? 臭くない?」

「妖精の山羊の乳は、甘くて美味い。ピリピリして、元気になる」

「へぇ・・・」

 レラは、人間のことを色々と訊いてきた。

 密偵・・・にしては、単純すぎる質問であった。

 ここはなんという国か? とか、帝国とはどんな国か? とかいうのだ。

 この娘は密偵じゃない。いい子だ。

 当然だ。私たちは友達だし。

 ──ルカツァーネは、幸せな気分で、なんでも教えてやった。

「ありがとう。これで人間のことがわかった」

「まだまだ、教えることはいっぱいあるんだけど」

「そうか。しかしひとまず、お礼をしよう。私の自慢の技を見せてやる」

 レラは、変身した。

 日焼けした腕が、翼になったのだ。

 黄金の翼。鳥ともコウモリともつかぬ、摩訶不思議の翼である。

「どうかな」

「すごい・・・こんな呪文、聞いたこともない」

「これは呪文ではない。魔王様の≪声≫」

「魔王様?」

「そうだ」

「3年前、ナダラカンで討伐された、女魔術師のこと?」

「魔術師ではない」レラは不機嫌になった。「魔王様だ!」

 これで、『友達』の時間は終わった。

「ちょうどいい。おまえで試そう。魔王様を馬鹿にしたおまえ。実験動物にふさわしい」

 

≪おまえは何も考えぬ。思い悩むこともない。私に意図を紡がせよ──『御霊繰り糸(みたまくりいと)』≫

 レラは、響き渡る声で歌った。

 

「・・・。」

「右手を上げよ」

「・・・。」ルカツァーネは右手を上げた。

「左手を上げよ」

 上げた。

「右を下ろして、左は握る」

 そうした。

「よしよし」

 レラに頭を撫でられる。

「土石人形(どせきにんぎょう)より、弱いが・・・うまく操れれば、なにかに使えそうだ」

 ルカツァーネは、この恐ろしいセイレーンの言いなりとなって・・・

 歩き、座り、歌を歌い(ヘタクソだと言われた)・・・

 先ほどは訊かれなかった質問に答えた。

 

「おまえの身分は?」

「ハポノ貴族か。父はどんな権限を持っている?」

「魔術師か。面白い。その経験、『吸収』したいものだ」

「軍に近付くにはどうすればよい?」

 

 そうして、次々に情報を引き出されているところに・・・

 父が帰ってきたのだ。

 遠征に出てから、ずっと心配していた父の帰還・・・

 なのに、ルカツァーネには何の感慨もなかった。

 心はレラに握られたままだったのだ。

 

 崖から転落しても。自分を助けようとした父が、死ぬのを見ても。

 何も、感じなかったのだ・・・。

 

◆ 63、トリーモ、仇討ちを決意する ◆

 

「・・・こんな話。書いたところで、誰も信じてはくれまい」

 トリーモは、そうつぶやいて、日記を閉じた。

 大切なことは何も書かれていない日記を。

 整備ロボ・ドリノンが近付いてきた。

<日記、拝借>

 ドリナラーニだ。

 ここのところずっと黒トンボと組んでいたトリーモ。

 見た目がそっくりの整備ロボでも、ドリナラーニの発言は聞き分けれるようになっていた。

「どうぞ、ドリナラーニ殿」日記を差し出す。

<・・・デハ、後ホド>

 ドリナラーニが出てゆく。

 部屋には誰もいなくなった。

「鬼械人に『殿』付けとは」トリーモは自嘲する。「首都に戻ったら、吊るされそうだ!」

 ため息をつく。

 ノロノロと立ち上がり・・・

 床の上で、ダラダラと体操をした。

 剣術の練習も始めたが、涙が出てきたので、やめた。

「・・・なにが『カニみたいじゃな』だよ。ハポノ貴族の、正式な馬上剣術だぞ」

 椅子を蹴る。

「トバーニの馬鹿」

 

 そんな、ある日のこと。

 

 ゴンゴンゴン。ドアがノックされた。

 聞いたことのない叩き方だ。力の強さからして、男か。

 弐ノ塔に男は1人しかいない・・・。

「は、はひっ!?」

「六間洞の鬼術師・清雅と、その護衛や。話がある。入ってもええか」

「・・・オーガか」

「そうや」

「・・・どうぞ。どうせ拒否もできないんだろ」 

「いや、できるが、」

 ドアを開けかけた清雅は、スキマから黄色い片目だけ見せて、

「その場合、オマエは、生命の恩人を見殺しにすることになる」

「・・・とっとと入れよ、オーガ」

「フン」

 清雅とゴブリン1人(長兄の再鬼であった)が入ってくる。

 2人とも、腕に乗り手甲を抱えておった。

 清雅のは新品。

 再鬼が抱えておるのは、見覚えのある──トリーモの乗り手甲であった。

 

「非常事態や。ソラが捕まった」

 

「・・・え?」

「敵はコイツや。マテレーニャ・マレッジラゲーニャ。オマエは知らんか知らんが・・・」

 

 差し出されたタコ千里玉。

 黒い髪のセイレーン。翼で包み込むように──ソラトバンを、抱いておる。

 

「レラ! 魅了の人魚のレラ!」

「知っとったんか」

「知ってるも何も──ああ! アンタらには言ってなかったけどね!」

「なら、帝国の敵っちゅうコトも知っとるか」

「帝国の・・・? それは初耳だが。私の敵ではある!」

「そうか」

 清雅はアゴをしゃくった。再鬼が、乗り手甲を差し出してきた。

「ウチが黒トンボで出る。最後の1鬼や」

「オマエが黒トンボに?」

「アレぁそもそもウチのモンや」

「ソラとな」と再鬼。

「・・・とにかく、オマエのモンやない」清雅は咳払いした。「ソラが居らん以上、ウチの判断で運用する」

「なぜ私を?」

「兄貴はトンボ型の座席と相性が悪い」

「見ての通り、短足やからな」再鬼が足上げた。

「ウチは弓手が得意でな。──乗り手のオマエと、この一戦のみの連合を提案する」

 言いながら、清雅は背中を向けた。

 さっさと部屋を出てゆく。

「・・・ま、ビビんねやったら(ビビるのであれば)、ウチとドリナでやるだけのコトや」

 

「わかった! 清雅よ、私も行く!」

 トリーモは、乗り手甲をひったくって、オーガの娘を追いかけた。

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