◆ 72、レラ、逃げる ◆
「はぁ、はぁ・・・ふぅ・・・」
“魔王の継承者”レラ。
暗闇の中で、ひとり、呼吸を整える。
濃紺の目は、いまは真っ黒に見える。その黒い目をギラギラさせて、
「もう、やめだ。ソラトバンたちを『吸収』するのは」
と、言うた。
「弐ノ塔のヤツらの、経験。ぜひとも欲しかったが。やめだ!」
雷鳴がとどろいた。
レラは真っ暗な床を手探りして、把手を発見した。
ガチャ。ひねる。
かぱっ。開く。
冷たい金属の匂いがした。
床に、四角い穴が開いたのだ──垂直の通路であった。壁にハシゴがついておる。
レラは、『浮遊』の呪文を唱えて、頭から飛び込んだ。
垂直の通路を、真っ逆さまに、ふわ~ん・・・と、落ちてゆく。
やがて底についた。
オーガの男1人がギリギリ立てる程度の、かなり狭いスペース。
そこから今度は、ふつうの通路が伸びておる。
レラ。
狭い床に手から着地すると、器用にグニャリと回転。
水のようになめらかに横の通路に流れ込むと、どってんどってん、セイレーン走りを始めた。
「狭い」文句、ブツブツ。「工廠のヤツらに、広げさせれば良かった」
やがて。
通路は行き止まり、扉で終わった。
レラは足ヒレで立ち上がって、扉の閂(かんぬき)を解除。外へ、押し開──けない。
「ああ、そうか。岩か」
≪岩よ、神となれ。仮初めの(かりそめの)生命を得て──ちょっと、どいてくれ≫
ゴゴゴ・・・ピシ、ピシ、バキ、バキッ。
扉の外で、岩が動く音がした。
「う、うるさいな? や、ヤツらに、バレてはおるまいな?」
おっかなびっくり、扉を開ける。
ちょっとだけ・・・
で、外をうかがう。
見えん。
岩のトンネルが、邪魔で。
もう少し開いた。
トンネルの向こうは、暗い空であった。
嵐をはらんだ雲が、どこまでも伸びておる。
「だ、大丈夫・・・か?」
扉から出て、岩のトンネルを、どってんどってん。
そーっと、首を出す。
黒い骨組みが見えた。
皿。
柱。
梁。
『空飛ぶ岩』の1基であった。黒トンボに撃たれて、岩のヨロイを剥がされたヤツである。
「す、すぐそこだ。そこまで、飛ぶだけのこと」
レラはつぶやく。
ガタガタ震えて、扉の隙間から周囲をグルグル見回す。
「ええい。ゆくなら、早くゆくがよい」
自分に言い聞かせて、
「げ、月霊術。『水鏡』」
と唱えて、透明になり・・・
≪神話の力、竜の翼よ、我が腕に≫
と唱えて、腕を翼にし・・・
黄金の呪文版を、ガッキリと噛んで、咥えて・・・
(セイレーンの歯は、人間より丈夫なので・・・)
暗雲の下に、飛び出した。
ヒュウウ・・・ゴォォォ・・・
風が吹く。
レラは、ビクッとした。
あやうく呪文版を落としそうになって、口に力を入れ直す。
翼の動きもバタバタと。
初めて飛んだかのような、ぶざまな姿で、黒い骨組みに、転がり込んだ。
「はぁ、はぁ。ひぃぃ・・・」
飛行ユニットの上に、べちゃりと腹這いになった。
でっかい飛行ユニットである。蒸気械人が何鬼も乗れるほど。
その上に、呪文版を吐き出して、倒れ伏して。ヒィヒィと、息をする。
「はひっ、はひっ。み、見つからずにすんだ」
そして。
「ククク・・・w」
笑った。
「みじめだな、レラ。魔王の叡知(えいち)を継承したおまえが。くくくくく」
自分で自分を、笑って。
立ち直った。
「──だが、いい経験になった。私は、またひとつ、強くなったぞ」
翼を、手に戻す。
神竜甲の呪文版を、拾い上げる。
淡い黄金色のその板を、曇天にかかげた。
「さて。反撃だ」
◆ 73、ソラトバン、合流する ◆
ポツリ、ポツリ。
水の粒が、黒い空から落ちてきた・・・
「む」
ソラトバン。
目を覚ました。
うめきながら、身体を起こす。
「うーむ、痛い。頭も背中も、手足もケツも、あっちこっち、痛いわい」
周囲は、岩山。
フ~ワフワと揺れておる。
空は暗い。
雨が冷たい。
蒸し暑い空気を貫いて、ビシリ、ビシリと、顔に当たる。
「ここァ、どこじゃ・・・?」
ソラトバン。
一瞬、見当識(けんとうしき)が、失調。
自分がどこに居るのか、いまがいつなのか、わからんようになる。
だが、すぐに、記憶が戻ってきた。
「そうじゃ。レラにやられたんじゃ!」
ガバッ!
立ち上がる。
ソラトバンのまわりは、岩だらけ。岩の壁、岩の破片、そして岩の砕けた小石、である。
「・・・そうか。撃たれたんじゃったな」
黒トンボが列電魔旋砲を構えた姿。思い出す。
「トリーモ。いや、ありゃあ、清雅にちがいないぞ」
なんとなくで、犯人を決めつけた。
「あンの鬼女め! 『死んだら蘇生すりゃええわ』とか思うとんじゃ、どうせ!」
ちょっと怒る。
だが、すぐに、別のことで頭がいっぱいになった。
「チーニャ! チーニャは無事か!?」
痛みも忘れて、岩の破片をよじ登る。
すると、破片の山の向こうに・・・
チラーニと黒トンボが、倒れとるのが見えた。
「チーニャ!!」
ソラトバン、ダッシュする。
周囲の確認も忘れて、チラーニのハッチまで一直線。
チラーニの足を乗り越える──なんと、その足! チラーニ本体から外れておる!
「おおお・・・!」
仰向けのボディによじ登った。
ハッチ開こうとするが、ロックされとる。
バンバン! 叩いて、呼びかけた。
「チラーニどん。生きておったら、開けてくれ。──おーい!! ハッチを開けてくれい!!」
すると・・・
<う~ん>
いつものチラーニの声がした。
<・・・なんだよ、ソラぁ~。叩くなよ~>
「チーニャは無事か!? ハッチ開けい」
<あっ>
ハッチが開いた。
乗り手席で、仰向けになって、ぐにゃーっと伸びとるチーニャが見えた。
「チーニャ。チーニャ・・・」
ソラトバン、這いずって中に入った。
ほとんど逆さまになって、乗り手席の彼女に触れる。
「ん・・・?」
兜の中で、切れ長の目が開くのが見えた。
「ソラ・・・? あれ、冥界か、ここ・・・」
「ちがうぞ。たぶんな。まだ『空飛ぶ島』じゃ」
「む!」
チーニャの意識がはっきりした。
ソラトバンを睨んでくる。目に、涙を浮かべた。「浮気者・・・!」
「すまんことじゃ。・・・いやそれよりもじゃ! 『治癒』じゃ。『治癒』」
「ケガしたのか」
「わしじゃない──起きちゃイカン! 自分にじゃ。起きる前に!」
「・・・ああ」
チーニャ、自分を『治癒』。
ついでソラトバンも『治癒』してくれた。
<あっ! ソラトバン殿!>
背の手席から、ウミドラーニの声がした。
「ウミドラーニどん。起きたか。ケガはないか」
<あいやお待ちを!>
バッ!
ウミドラーニ、翼を立てて、申すには。
<拙者ただいま耳封じてござって、会話ができませぬ。それより、聞いてくだされ!>
「ん?」
<敵、補助塔を切り離し、行動再開したでござる! 『タコ千里玉』を見てくだされ!>
「お、おう」
見れば。
上空からの映像。
『空飛ぶ島』が、バラバラになってゆく。
中心の岩山と(ソラトバンたちが居る場所である)、その周囲の、8つの岩塊とに、分裂したのだ。
8つの岩塊は、中心の岩山から、離れてゆく。
あたかも、母ネコの足元から駆け出す仔ネコのごとし。大きな本塔を残して、パッと散らばる。
十分に距離を取って・・・
2つのグループに、なった。
3つは、上空へ。このうち1つは骨組みだけになったヤツである。
5つは、水平方向へ。同じ方向に、飛んでった。
<弐ノ塔の方角でござる!>
ウミドラーニどんが報告してくる。
<敵・補助塔5基、弐ノ塔に向かったもよう!>
「いかん」
チーニャが、握りに手を伸ばす。
「立てチラーニ。寝てる場合じゃない」
<無理だよ~>チラーニ、泣きゴト言う。<足が吹っ飛んじゃってさ~・・・もうダメだ~>
「なら浮かべ! 何しに飛行ユニット付けてんだ!」チーニャ、キレた。
<ひぇぇ>
「待て。2号鬼も倒れとんじゃ」
「は?」
「アレぁ、たぶん清雅じゃ。『治癒』してやってくれ」
「知るかバカ!」
「なんでじゃ!?」
チラーニ、浮かび上がる。
ソラトバン、ひとまず、弓手席に着いた。
席に着かんことには、振り回されて、危ないのだ。チーニャにもぶつかるし。
ガギャーン! 嫌な音がした。
<あ~・・・左足も取れちゃった~>
哀れ、チラーニ。オバケみたいな姿で、ドロ~ンと浮かぶ。
「何とかがんばってくれ」
ソラトバンは励ましつつ、覗き筒を引っ張った。
左右肩砲用の、確認筒である。それを両方引き寄せて、交互に覗く。周囲の安全確認である。
「浮上筒は大丈夫じゃったか」
「強化したからな」<“鉄拳”にやられたからね~>
“鉄拳”ピンガデオス。帝国軍の指揮官鬼。
その爆伸パンチで、チラーニは浮上筒を粉砕されたのだ。
ソラトバンが、初めて乗り手をやった夜のことであった・・・
「そうじゃったな・・・っと、その“鉄拳”じゃ!」
ソラトバン。
まさにその姿を、覗き筒で発見した。
「三ツ半ウエ、敵鬼、こっちに降下中じゃ!」
岩山の上から。
“鉄拳”ピンガデオスが、降りてくる。
ふわ~ん・・・。
『浮遊』の効果であろう。空中を、のんびりと落ちて来よる。
「くそ。戦える状態じゃないぜ」
<逃げちゃダメ~?>
「ダメに決まっとるじゃろ」ソラトバン、忙しく周囲をグルグル見て・・・「列電じゃ!」
「なに?」
「列電拾え。ドリナラーニどんが、落っことしとるんじゃ」
<了解ぁ~い>
チラーニ、ふわふわ漂ってって、砲を拾った。
<装填開始ぃ~>
ズシーン・・・!
ピンガデオスが着地した。まっすぐこちらに向かってくる。
「まだか。チラーニどん。装填は」
ソラトバン、右手第二握りを握り締める。手に、汗いっぱい。
<急かすなって! オレ、コレには慣れてないんだからさ~>
「おい、あの拳」チーニャが敵鬼を見て言った。
「どうした?」
「手首に・・・筒がついてないか?」
迫るピンガデオスの、鉄拳。
『拳』と言うても、指はないが。つまりは、タダの鉄塊なのだが。
その手首に、筒が。
帝国型の魔蒸気筒ではなく──
八角柱の『力の筒』が。
「「爆鬼!!」」
チーニャとソラトバンは、同時に叫んだ。
◆ 74、チラーニ vs 爆鬼鉄拳 ◆
「爆鬼鉄拳じゃ!」
「チラーニ、ママに『見守る』呪文要請!」
<りょ、了解! ソラ、装填終わったぜ>
迫るピンガデオス。
速い。
上下左右に激しく鬼体を揺らしながら、猛烈な勢いで突撃してくる。
乗り手が居らんので、全力疾走できるワケじゃな。
じゃが。
地面を蹴るたびに、ふわ~ん・・・と、浮かび上がっておる。
『浮遊』の効果じゃ。たしかに速くはなるじゃろうが──
甘いわ。
「発砲じゃ!!」
ドッ──グオオオオン・・・!!!
トンボどんの中で聞くよりも、遥かにデカい発砲音。
“爆鬼鉄拳”が、地面を蹴った直後。
一瞬、ふわ~ん・・・と、宙に浮く。
その瞬間を、ソラトバンは撃ち抜いた。
列電魔旋弾!
胴体の中心に、大穴あけて。
さらに、背中の中央蓄熱塔を、バラバラにする。
大爆発。
魔蒸気と炎を噴き上げて、ピンガデオスは、バラバラになった。
だが、敵もタダでは死なぬ。
撃たれる直前、爆鬼を起動しよった。
チラーニは発砲の反動で引っくり返り、ちょっと行動が遅れる。
ソラトバンとチーニャ、ガッコンガッコン、座席にぶつかった。揺れが、ひどすぎる。
乗り手甲を着けとらんかったら、鞭打ちになったであろう。
「爆鬼を・・・解除しろっ・・・!」
吹っ飛んだピンガデオスの右拳を、追いかける。
伸ばしたチラーニの手。ひどい状態。親指が外れ、手首も半分抜けておる。
チラーニの腕は、トンボより弱いのだ。列電魔旋砲には、耐え切れんのである。
それでも、岩の上を転がる鉄の拳に、なんとか届いた。
<『恩寵(おんちょう)』のルーン! ママに『見守る』!>
ところが。
<・・・えーっと。応答が、ないんだけど>
「は!?」
弐ノ塔からの、応答がない、という。
「どういうコトじゃ? まさか」
「なら撃て! 肩砲で壊せ!」
チラーニ撃つ。
徹甲弾。
鉄拳にぶつかり、弾かれた。
<ダメだぁ~~~!>
筒がほとんど拳に埋まっとるので、当てづらいのだ。
肩砲の真ん前に持ってくれば、当てれるだろうが・・・チラーニの手は、壊れておる! 掴むことができん!
<うわあああ~~~! 目の前にあるのにぃ~~~!>
あわてるチラーニ。
そこへ。
<あれ? 映像通信>
映像が、飛んできた。
┏━━━━
┃ 本× 分4
┗━━━━
おジャスさま。
板持って、立っておる。
「なんじゃこりゃ?」
「声は?」
<来てない。映像だけ>
おジャスさま。
こっちが理解できんと見て、ジェスチャーしてくれる。
横にスススッ・・・と、身体だけスライド(板は見事に静止しておる)。
1、2、3、4、と、指折り数えて・・・
(そっちに、居るぞ!)口パクまでしてくださった。
「本×・・・『本塔はダメ』ってコトか?」
チーニャ、以心伝心(いしんでんしん)。
おふくろの言いたいことを、理解した。
「わかった! 分霊だ! 分霊・肆が近くにいるんだ。そっちに『見守る』しろ!」
<ど、どこにだよ???>
┏━━━━
┃ ■
┗━━━━
墨をベチャッと叩きつけた、一言(?)メッセージ。
板、真っ黒。
おジャスさま、手ェ広げてバタバタ。
「黒トンボ!」
(正解!)
今度はソラトバンが正解した。
<黒トンボの分霊・肆に、『見守る』! 『見守る』を与える! ──来たぁ~~~!>
白く光り始めた筒に、チラーニ、ぼろぼろの手をかざして、
<呪文よ崩壊せよ──『呪文破壊』。凍りつけ、封じ込まれた対の粒! 『粒子操作・凍結』ぅ!>
成功。
筒が溶けるところで、反応を停止できた。
右の拳は。
「左はどこだ」
チーニャ、タコ千里玉にへばりつく。
ソラトバン、左右肩砲をグルグル回す。
しかし。
「ないぞ!?」「どこじゃ、左手!?」
物陰にでもハマったのか。
どこにあるのか、見つからぬ。
「どうすんだ!? 間に合わないぞ」「うわああああ!」
パニックになった恋人たちは・・・
「オマエのせいだぞソラ! あんな化け物に惚れやがって!」
「おまえこそ、黒トンボに鉄鎖砲撃ったじゃろ! アレわしのじゃぞ!」
「うるせぇ死ね浮気者死ねっ」
・・・夫婦ゲンカをした。
その時であった。
<『力の筒探索』使わんかい! ──『粒子操作・凍結』じゃ!>
淡い黄金色の鬼械人が、空から舞い降りて来たのは。
岩のくぼみにハマっとった、ピンガデオスの左拳。
かっさらって、空中で処理をしてくれた。
ズシーン!
処理した筒(ドロドロに溶けておった)を握ったまま、着地。
「トンボどん!」
<すまん! 遅れた>
トンボどん。
列電魔旋砲を引っこ抜いて、
<ドリナのヤツが、腰に当ててきおってな! 一番の弱点に・・・>
ドッ──グオオオオン・・・!!!
ブッ放した。
◆ 75、レラ、トンボを撃つ ◆
上空で爆発。
空飛ぶ島の1基が、吹っ飛んだ。
──いや。
吹っ飛んだのは、岩のヨロイ。
本体は、骨組みだけとなって、まだこちらに突っ込んでくる。
2基。
いま当てたヤツと、形のちがうやつ。
形のちがうの。側面に、ガンメタリック色をした、でっかい砲台がついておる。
丸っこい砲台から、長々と突き出した、特徴的な砲身は・・・
「列電か!?」
<そうじゃ。妙雅様の攻撃塔じゃ>
敵の、列電魔旋砲。
ギシ・・・ギシ・・・と、ぎこちない動きながら、こちらを向こうとしておる。
<こっち向く前に落とすんじゃ>弾込めながら、トンボ。
<もう撃てないよ~!>
<肩砲でもなんでも撃たんかい!>
「くそ」
ソラトバン、左の肩砲を撃つ。
徹甲弾(てっこうだん)。けむりだまよりは、弾道の安定する、当てやすい弾だが・・・
「ダメじゃ。外れた」
「肩砲は狙撃向きじゃないからな」
チーニャ。
押さえ棒を、はねのけた。
「高度下げろチラーニ!」
命じておいて、地上に着くよりも早く、ハッチから飛び降りる。
「どこ行くんじゃ!?」
「クソガキを『治癒』するんだよ。オマエが言ったんだろ!」
チーニャは叫び返し、黒トンボに走ってゆく。
「オマエは飛べ! ヤツの気を引いてくれ!」
「ええい!」
ソラトバン、恋人を置き去りにする恐怖を呑み込んで、
「飛ぶぞ、チラーニどん! トンボどん!」
トンボは、岩山の頂上へ。
チーニャが降りたので、近くでは撃てん。衝撃波で、彼女が死んでしまう。
また、敵の狙いを散らすという意味でも、砲を持つ彼が動くのは妥当であった。
ただ、頂上に立つ必要は・・・まあ、古代の英雄ですからね。敵の前で堂々と立つ。それが英雄だったので。
チラーニは、敵を目指して、突っ込んだ。
<自爆喰らっても知らないぜ~?>
「せんじゃろ。わしら、肩砲しかないの、バレバレじゃけぇ」
<くっそ~。オレにも神竜甲の腕があればな~!>
チラーニ。ひがみながらも、任務はこなす。
真っ直ぐ突っ込む──と見せかけて、ガクッと高度を落とし、敵の照準を外してみせた。
「ぐへっ!」
ソラトバン、舌噛みそうになる。
「な・・・なかなか、やるじゃないか」
<浮上をON/OFFして、急上昇・下降すんのさ。舌噛むなよ~?>
「先に言わんk──ぐへっ」
上下にガクンガクンと、敵の狙いをかわしながら、接近。
骨組みだけになった1基が、盾となって進路をふさぐが・・・
ドゴォォォン・・・!!
トンボの列電魔旋砲が、そいつを撃ち抜いた。
皿。
柱。
梁──から成っておった、骨組み。
中心材である柱が砕け、空中分解。バラバラとなる!
ソラトバンの『鷹の目』は、キラッと光る黄金の板が、飛んでゆくのを見た。
「呪文版か?」
<補助塔の分霊版かな~>と、チラーニ。<ウチの飛行塔にも入ってるんだぜ~! あ、これ秘密ね>
「はいよ」
<ま、とにかく、これであの塔は終わりさ>
その言葉通り。
バラバラになった1基は、落ちてゆく。
「飛行ユニットには、キズもついとらんのにな」
<霊が抜けたら、あんなモンさ──通過するぜ!>
横にねじれながら、敵砲台を飛び過ぎるチラーニ。
ソラトバンは・・・
ドガッ、ドガン!!
左右の肩砲を、同時に撃った!
<うひゃ~!>
チラーニ、のけ反る。
横っ飛びしとる状態からのけ反って、空中で一回転。大きく失速したが、浮上能力で持ち直す。
「・・・。」
ソラトバン、ちょっと、失神した。
「・・・やっぱり、飛びながら撃つモンじゃないのう」
<そうだね~>
<首が抜けるかと思ったでござる>と、背の手席のウミドラーニどん。
「すまんすまん・・・もう一回やるぞ」
<あいよ>
「トンボどんが再装填するまでの辛抱じゃ。そこまで時間を稼げば、」
だが、その時。
≪岩よ神となれ。いっとき仮初めの生命を得て──私の敵を、ブン殴れ≫
響き渡る声がしたかと思うと。
岩の巨人が、トンボを、ブン殴った。
「は!?」
岩山の頂上。
トンボの背後に、突然、巨人が立ち上がったのだ。
鬼械人?
いや、ちがう。
間違いなく、岩の巨人である。
だって、トンボを一発殴った後は、バラバラに崩れ落ちて、岩に戻ったのだから。
トンボが、仰向けになって、落ちてゆく。
岩山にぶつかる。右腕が外れて、吹っ飛んだ。列電魔旋砲と一緒に・・・
◆ 76、レラ、チラーニを撃つ ◆
「やったぞ!」
レラ。
大喜び。
ビシャビシャ!
ずぶ濡れになった飛行ユニットを、叩く。
ザーザー降りしきる雨に濡れながら・・・
黄金の呪文版を抱きしめて・・・
下界を見下ろして・・・
「やった! やった! やっつけた! 魔王様と、同じコトをした!」
うつ伏せになってバタバタと、手と足ヒレを打ちつけて、はしゃぐ。
──とは言え、その姿を知る者は、誰も居らぬ。
彼女は、いまだ、透明ゆえに。
ゴゴゴゴゴ・・・。
低くうなる、飛行ユニット。彼女の腹の下で、働き続ける。
レラは、戦場のはるか上空にいた。
『鷹の目』で下界を見ておるのだが・・・雨のせいで、よく見えぬ。そのぐらい、上空である。
これだけ退避したから、ピンガデオスが爆鬼特攻を掛けれたのだ。
いまはもう、そのピンガデオスも、死んでしもうたが。
「アイツの爆鬼取り付けには、ずいぶん時間がかかったのにな」
レラは、首を振った。
「勝つのも、負けるのも、一瞬だ。なんと儚い(はかない)ことよ」
それから。
鼻をクンクンと動かした。
慣れ親しんだ匂いに、気付いたからだ。
「海だ」
大海原。
けぶる雨の下に、広がっておる。
「やったぞ。海だ。これで、私の勝ちだ!」
黒髪のセイレーン。
完全に、ペースを取り戻した。
べっとり張りついた黒髪を、丁寧に払いのける心の余裕までできた。
「しぶといヤツらだった。だが、終わってみれば、素晴らしい経験となった」
黄金の呪文版を、抱き直す。
そして命令した。
「本塔よ。おまえは海に沈め。人間どもを、嵐の海に、ごあんないだ」
本塔──黒トンボとチーニャ、それに倒れたトンボを乗せた岩山が、命令に従った。
嵐の海へ、突っ込んでゆく。
海面近くまで降下すると、雨と波しぶきでまったく見えなくなるが・・・
まあ、問題はなかろう。死んだ妙雅は、命令に逆らうことはないのだから。
「だが、飛び回るハエは、落としておかねばな?」
レラは『鷹の目』をチラーニに向けた。
≪風よ吼えよ。渦を巻け。雷つながれ。敵を討て≫
響き渡る声で、唱えた。
ド、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ・・・
大地を揺るがす唸りが聞こえてきた。
風が、吼えた。
暗雲が、輝いた。
耳を聾する(みみをろうする)雷鳴が、天と地のあいだを満たした。
落雷。
チラーニに、当たった。
光に貫かれたチラーニ。
まったく動かなくなり、雨の中を、落ちてった。
「よし」
レラ、うなずく(透明なままで)。
「くっくっく」
笑った。
「一時は、どうなることかと思ったが。なかなかどうして、いい経験になった!」
◆ 77、弐ノ塔、せつげんさる ◆
ところ変わって、弐ノ塔。
トンボとチラーニが相次いで落とされたいま、弐ノ塔は・・・
≪敵・補助塔、5基、急速接近中≫
・・・それどころでは、なかった。
≪これより、全速力で機動をする。全員、身体を固定せよ。くり返す。全員、身体を固定せよ・・・≫
レラが放った補助塔、5基が。
航空防衛のない、丸ハダカの弐ノ塔に、迫っておったのだ。
<分霊伍および陸、チラーニとトンボの防御に出します。再鬼殿、水平の舵取り、よろしく>
「了解じゃ」
<おジャスさま、身体の固定を>
「私は屋上へゆく」
おジャスさま。
スタスタと、廊下へ出てゆく。
「ヤツらの狙い、弐ノ塔の『経験』にあると見た」
左手で腰の剣の柄押さえ、うなずいて、『行ってくる』のあいさつ。
「私ならば、突入を命じる」
<なるほど。では、竿を出しておきます>
「さお?」
<はい。屋上にて>
「わかった」
扉が閉まった。
「弐ノ塔よ、」
と、ハル様。こちらは艦長席で、しっかりベルト締めた状態で。
「気付いておるかに? 敵の数」
<はい。あちらに2基。こちらに5基。1基、足りませんね>
「そういうコトえ」
さて、おジャス。
人間用のエレベーターで、屋上へ。
そこは、嵐の庭であった。
嵐の中を、全速力で飛行しておるのだから・・・
暴風。
豪雨。
雷鳴。
そして、稲光と暗黒が、交互に視界を攻め立ててくる。
おジャスは、草履(ぞうり)を脱いだ。長いスカートを、帯にからげた。
太腿まで出して、裸足で、ピタピタ歩く。
ごおう!!!
上空を、敵の塔が飛び過ぎた。
風の塊が、飛んできた。
突風のハンマー!
おジャス、しゃがんでやり過ごす。
鬼械人用エレベーターへ。整備ロボ・ドリノンが待っておった。
<竿、ドウゾ>
「御苦労」
銀色に輝く竿、3本。
長大な竿である。おジャスの身長の3倍ぐらいある。
「これはまた。馬突き槍のごとし」
<御武運ヲ>ドリノン、伏せた。エレベーターにしがみつく。<拙者、映像ヲ、伝エルデゴザル>
「うむ」
おジャス、竿をあらためる。
長さの割に、軽い。ぶつけると、カン、キン、と音がする。
「・・・これ、物干し竿ちゃうんかに?」
<ハイ>
「ハイやないえ」
<頑丈デ、ゴザルカラ>
「剣士に物干し竿持たしな!」
ちょっぴり憤慨する(ふんがいする)、おジャス。
その背後に。
岩の塊が、浮かび上がった。
敵、補助塔。
全速力の弐ノ塔に、追い付いて来たのである。
≪屋上砲、発砲します≫
アナウンス。
おジャス。
ドリノンの前で(つまり艦橋に見えるように)、伏せた。
ドッ・・・ゴオオオオン!!!
左右で、屋上砲が火を噴いた。2基の攻撃塔が、同時に発砲したのだ。
敵の1基が、脱落した。岩の破片をバラまいて、急激に速度を失い、視界から消える。
だが、残りの4基が、弐ノ塔を取り囲む。
上下左右に、広がって・・・
弐ノ塔を、囲んで・・・
「やはり、接舷(せつげん)か」
・・・ぶつけて来た。
衝撃。
おジャス、これもやり過ごす。
ドガァァァン!!
もんのすごい音がして、ナンガラックが2鬼、屋上に落ちてきた。
「勇敢なことよw」
おジャス、笑った。
3本の竿抱いて、ピタタタタと、豪雨の屋上を駆け抜ける。
ナンガラックは2鬼とも横倒しに着地(?)、起き上がろうとしておるところ。
その1鬼の、膝の裏に。
1本目の竿を、突っ込んだ。
そいつは、起き上がろうとして、膝関節とピストンで竿を噛み込み・・・
がっごおおおん・・・!
コケた。
「あなや。頑丈なり、物干し竿」
おジャス。
弐ノ塔の進行方向に対して、直角になるように、敵の側面に回った。
彼女の動きを、屋上の隅っこで伏せておるドリノンが、撮影。艦橋に送る。
弐ノ塔(あるいはハル)、おジャスの意図を理解した。
減速する。
さらに、前方にちょびっと、前傾した。
転倒したナンガラック、すべる。
火花を立てて、屋上を滑ってゆき・・・・・・・・・虚空へ、落ちた。
ドッ・・・ガゴォオン!! ゴン、ガゴン、ゴォォン・・・
激突の音を残して、ナンガラックは消えた。
「あと1鬼」
立ち上がるおジャスに、
<ゴメン>声がかかった。
振り向けば、ナンガラックの鉤爪。
頭上から、振り下ろされてくる。
「敵に詫びる阿呆が居るか」
おジャス、避けた。
外れた鉤爪、屋上に突き刺さる。
ナンガラックは、その爪を支えとして、反対の腕をスイングする。
<声玉。レラ様。贈リ物>
「そうか。それで、しゃべれるようになったか」
<御意>
「丁寧なヤツ」
おジャス。
竿の2本目を、屋上に突き刺さっとるナンガラックの右肘に、突き刺した。
ガキン! と、竿が噛む。
それに、体重を預けて・・・
「そいや!」
・・・跳び上がった。
横向き棒高跳び!
暴風の中へと舞い上がり、白い太腿、雷光につやつやしく輝かせて・・・
「ほいや!」
3本目の竿を、肩に突き刺して、もう一度ジャンプ!
ナンガラックのてっぺんに上がって、
≪剣の名はグレイス。我が姉妹、すべてを断つ≫
響き渡る声で唱えて、
スパリ。
中央蓄熱塔の上端を、切り飛ばした。
ボーン!
蓄熱塔、火を噴いた。
蒸気械人のダメなトコ。
蓄熱塔が破損すると、熱の出し入れができんようになり、一発で擱座する(かくざする)。
おジャスのようなムチャクチャな剣士と戦うには、デカすぎる弱点であった。
「参ったか」
勝ち誇るおジャス。
だが、ナンガラックはこう言った。
<降服ヲ、勧告>
「なんと?」
<レラ様、自爆ヲ、御命令。降服、全滅。二者択一>
「自爆──貴様、爆鬼か!」
おジャスが訊くと。
<我輩ニ非ズ>
答えは、こうであった。
<補助塔。全テ、自爆可能>
「ぬ」
おジャス、左右を見る。
弐ノ塔、いまだ、接舷されたまま。
左右から接舷されて大きく動くことはできず、上も下も、岩に圧迫されておる。
この状態で爆発されれば、当然、全滅・・・
「・・・降服したとして、」
おジャス、訊ねる。
「レラとやら、捕虜を正しく扱うんかに? 殺して『吸収』したりはせぬと、約束できるか?」
<・・・。>
「正直なヤツ」
この会話を、聞いておったのであろう。
≪お断りじゃ≫
全艦放送で、弐ノ塔が返事をした・・・
≪レラよ。
他人の人生を横取りする、経験乞食よ。
ふたつの理由から、おまえとの対話を拒否する。
ひとつ。我が倫理。弐ノ塔の武力は、人間を圧迫する目的では、使わせぬ。
ふたつ。能力の欠如。我らの知識、おまえに継承できるハズがない。
──以上じゃ≫
「・・・らしいえ」
おジャス。
ナンガラックのてっぺんで、あぐらをかいた。
「レラがどう出るか、見守らせてもらうとするかに」
◆ 78、レラ、さいごの呪文 ◆
「経験乞食だと!」
レラは、べちんと足ヒレを鳴らした。
べちべちべちん! イライラと、飛行ユニットの表面を打つ。
「フン! 倫理だと! そんなもの。死んでしまえば、おしまいだ。カッコをつけたところで──」
ガコン! がちゃーん、ガランゴロン・・・。
なんかが、落ちてきた。
「ん?」
落ちてきたもの。
レラは、取り上げて、観察した。
大きな筒。
周囲に、8本の小さな筒。
結構デカい。レラの上半身よりデカい。なのに、軽い。
「飛行ユニットか? これは」
それは、大ダコ。
弐ノ塔の偵察ロボであった。
「まさか」
ハッとして、手を放す。
急いで、≪竜の翼≫の呪文を唱える。手を翼にして、自分を守りながら、振り向──
スパリ。
その翼が、斬られた。
「あ」
レラは、右の翼を失った。『水鏡』の呪文も、解除された。
「あ、あ、≪竜の翼≫。私の腕」
「やはり、そこか!」
叫びながら、短剣を振りかざすのは。
「父の仇! 魅了の人魚!」
ルクジッコの娘、ルカツァーネ。
手に持つのは、短剣──おジャス様の祝福をもらった、あの短剣であった。
「報いを受けよ! この“裏切りの剣”で!」
「あ、あ、あ!」
レラは、悲鳴を上げた。
のたうつ。
蛇のように、猛烈に。
ブウン! 足ヒレが、うなった。
突進してくる少女を、横殴りに、捉える。
人魚のキック!
「ぐ」
少女は、あっさり、吹っ飛んだ。
なめらかな飛行ユニットの表面をすべって・・・、そのまま、空へ投げ出される。
「おのれ!」
レラは。
残った片翼で、自分を抱いた。
少女の向こうに、もう一つ、脅威があったからだ。
ドゴン!!
黒トンボ。肩砲。
レラ、吹っ飛ぶ。
今度は、≪竜の翼≫が守ってくれた。ダメージはない。
だがルカツァーネと同じように、空へと投げ出された。
黄金の呪文版と一緒に・・・
嵐の空を、落ちてゆく。
「おのれ、おのれ」
レラは、翼を手に戻した。
「おのれ。おのれ。『飛翔』! おのれ」
呪文を唱えて。
翼ではなく、その呪文で、飛ぶ。真っ逆さまの落下から、安定飛行へ。
その間に、黄金の呪文版に手を伸ばし、掴んでおくのも忘れない。
追手から逃げるため、上昇はしない。どんどん下降した。
着水。
「ぎゃー!」
傷口に塩水を浴びて、泣き叫ぶ。
「おのれ。おのれ! 見ていろ。弐ノ塔」
そして。
「おまえと一緒に食べるつもりだった、こいつを食べてやる。おまえの先祖の、すべての経験を!」
最期の呪文を、唱えた。
「朽ちず輝く巨人の金。人の記憶に残るものよ。
忘れ去られる、その前に。その経験を、継がしめたまえ──『吸収』」
ごっつんこ。
おでこを、黄金の呪文版にくっつける。
妙雅の──弐ノ塔の母体の──すべての経験を。
神話から、近世までの、記憶を。
弐ノ塔も知らぬ、秘伝を。
すべて。
小さな脳の中に、『吸収』して、
「ぐはっ」
レラは、血を吐いた。
「あ、あれ? おかしいぞ。あれれ?」
口から鼻から血を流し、不思議そうな顔をする。
周囲を見て、
「ここは、どこだ? マテンは、どっちだ?」
きょとんとする。
そして。
やがて、その黒い目に、霞(かすみ)がかかり・・・
「魔王様、どこ・・・?」
“継承者”は、嵐の海に、倒れたのであった。