◆ 79、ソラトバン、不時着す ◆
ごう・・・ごおう・・・
嵐の渦巻く音がする。
「む・・・?」
その音で、ソラトバンは意識を取り戻した。
「落ちとる!」
乗っとるチラーニが、落下しとるのだ。
嵐の空から、荒海へ・・・
一切の制御なしで・・・
真っ逆さまに!
ソラトバンは、弓手席。
逆さま。押さえ枠にぶら下がっとる。物干し竿に掛かったタオルみたいな状態。
息が苦しい。
「チラーニどん。落ちとるぞ!」
呼びかける。
返事はない。
握りになんとか指を届かせ、ガチャガチャやる。肩砲は動いたが、チラーニはなにも言わない。
「どうしたんじゃ。気ィ失っとるんか? しっかりしてくれ、くそ」
<殿!>
と、声がかかった。
チラーニではない。
海鳥型鬼械人・ウミドラーニである。
背の手席に乗っておったのだが──
<浮上ユニット、再起動いたす! 衝撃に備えてくだされ!>
ドサリ。
天井に落ちた。
ウミドラーニどん。席を離れて、逆さまになったチラーニの中を動き始めたんである。
海鳥型鬼械人だけあって、身は軽い。ピョンと飛んで、『左右背窓』に取りついた。
左右背窓。チラーニの背中の窓である。左右2枚ある。
その右側を、海鳥の足で、ガチャリと開けた。
がぱーん!
窓が、全開になった。バッタンバッタンバッタン! 暴れ始める。
暴風が吹き込んできた。
ソラトバンの乗り手甲が、雨で濡れた。
ウミドラーニは、窓に頭を突っ込む。ガチーン! 窓に叩かれた。
外に出る。荒れ狂う風と雨で、一瞬でビショ濡れになった。
だが、彼はめげない。外に這い出した。
白い翼を伸ばし、チラーニが背負っとる大筒に、触れる。
<三つ・・・数えるで・・・ござる・・・!>
暴風に途切れる声で、言うてきた。
「了解じゃ!」ソラトバン、押さえ枠にしがみついた。「ええぞ!」
<3、2、1・・・『浮かべ! 星の鎖をすり抜けて!』>
回転!!!
チラーニが、左に軸回転した! 急激に!
「ぬごお!」
ソラトバンは、ひどい目に遭うた。
逆さまにぶら下げられとる状態で、強烈に、ブン回されたのだ。
アバラが折れそうなほど、圧迫される。
ムッチャクチャに揺さぶられて、視界が乱れる。
バギャ!
乗り手甲が割れる音がした。首のあたりである。
2回転、3回転・・・
グルン・・・グルン・・・!!
軸回転してから・・・
チラーニは、やっと安定した。
右手を下にして、寝そべったみたいな姿勢で、落ちてゆく。さっきよりも、ゆっくりと。
「う、ぐ・・・」
ソラトバン、小さな覗き窓から下を見る。
海が見えた。
白い波頭が、どんどん迫ってくる。
「浮上は効いとるな。じゃが・・・まだ速すぎるようじゃぞ! ウミドラーニどん!」
返事がない。
背後を見る。
誰も居らん。
「・・・吹っ飛ばされたんか?」
がこーん!
浮上筒に、なんかがぶつかった。
<ヒィハァ。加減ができず。申し訳ないでござる!>
・・・ウミドラーニであった。やはり、吹っ飛ばされとったらしい。よく戻って来れたもんである。
「なに。見ての通り、生きとるで」
<次、右、再起動するでござる>
「了解じゃ」
今度はどっちに回るんじゃ?
と、わからなくなりつつ、しがみつくソラトバン。
回転!! 今度は右!
仰向けになって・・・
宙返り!
「おうわあ!」
<起動成功。で、不時着でござるが・・・>
「はぁはぁ。し、島じゃ! 島に下ろしてくれ。列電が、あるハズじゃし!」
<了解でござる!>
ガゴーン・・・! バキバキバキ、ミシッ・・・ベキッ・・・!
チラーニは、不時着した。うつ伏せに。
ソラトバン、押さえ枠を解除して、席から離れた──というか、落ちた。
降り立ったのは、ハッチの内側である。
押してみたが、ビクともせんかった。まあ、しょうがない。うつ伏せに着地したし。
背窓から脱出するしかあるまい。
天井を這い進む。
背の手席の押さえ枠がぶら下がっとる。
その枠に掴まって、木の枝に登る感じで、懸垂(けんすい)。
枠に脇でぶら下がって、背窓に手を伸ばした。
小さな背窓から、脱出──できん! 乗り手甲が引っ掛かって、肩が通らん!
「くそ」
いったん降りて、乗り手甲を脱ぎ始めた。
その時であった。
ドゴォォォン・・・!
爆音が、嵐の空に、とどろいたのは。
「何の音じゃ?」
<・・・あっ!>
ウミドラーニどんの叫び声。
<殿! 姫が、砲撃受けてござる!>
「チーニャが!?」
ドゴォォォン・・・!
<ドリナラーニ殿、手に、なんか抱えてござって。敵を振り切れぬ様子!>
──後になってわかったことだが。
この時、ドリナラーニは、トリーモを抱いておったのだ。
トリーモ。仇討ちを果たしたが、レラに蹴られて転落した。
落ちてゆく彼女を、ドリナラーニが空中でキャッチ。
そこを、敵の攻撃塔に狙われた──そんな状況であった。
「こりゃいかん。のんびりしてられんわい」
<どっちみち、ノンビリはできんでござる。この島、海に沈んでござるから>
「は?」
<もうすぐ沈むでござるよ>
「先に言わんかい!」
ソラトバン、大慌てで乗り手甲を外す。
背窓から上半身を出したときには・・・
すでに、チラーニのお腹が、波に洗われておった!
「おいおいおいおい!」
チラーニの上に立ち、上着も脱ぎ捨てた。
波の中へ、飛び降りる。
ばっしゃーーーん・・・! ごぼごぼごぼ・・・
いったん水面下に呑み込まれるが、あわてず騒がず、胸を大きくしたまま、浮かぶのを待つ。
「ぶはー! この波! 渦巻いとって・・・ゴボゴボ・・・ぷはー! 泳ぎづらいぞ!」
<こっちに岩があるでござる>
「そ、そうか。ハァハァ」
なんとか、岩の上に這い上がった。
<泳ぎの特訓が生きたでござるな>
「お、おう・・・チラーニどんは?」
<浮かべとくでござる。自重を、九割九分、打ち消して>
「そうか」
それを先にやってくれれば、ハッチから出れたんじゃないんか? と思うソラトバンであった。
まあ『加減ができん』みたいなコト言うとったから、危ないんかも知れんが・・・
・・・まあ、ええわ。
空を見る。だが、豪雨。何もわからぬ。『鷹の目』も、雨を見通すことはできぬ。
「いま、どうなっとる?」
<さっきは無傷だったでござる。いまは、タコがついてゆけず、不明>
短い会話をするあいだにも・・・
波が這い上がって来る。
「くそ」
ソラトバンは、岩から岩へ、そして岩山へ、跳び移った。
登り始める。
「チラーニどんは、アカンとして! トンボどんと、浮鬼(うっきー)どんは?」
<トンボ様は捜索中。浮鬼殿は、奇妙な状況になってござる>
「なに?」
<こちらへ。声を立てんようにしてくだされ>
「・・・。」
忍び足で、ウミドラーニについてゆくと。
ナンガラック3鬼に囲まれて、うつ伏せに倒れた浮鬼の姿が、見えたではないか。
◆ 80、浮鬼とナンガラック ◆
「・・・やられとる!?」
<・・・しーっ>
浮鬼。うつ伏せ。岩に埋まって、動けぬ様子。
岩は・・・黒トンボが列電魔旋弾撃ってきたときに崩れたヤツであろう。
あわれ正鬼・数鬼。妹がブッ放した弾で、ピンチになるとは。
で、その岩を。
ナンガラック3鬼が、ひとつ、またひとつ、取り除いておる。
「・・・助けてくれとる?」
<そのようで。通信するでござるか?>
「してなかったんかい」
<魅了の恐れが・・・>
「はぁ?」
ソラトバン、一瞬、イラッとした。
さっさと通信せんかい! ──と、ウミドラーニをブン殴りたい気分に、ちょっぴり、なった。
だが。
ウミドラーニどん。そもそも、戦闘用の鬼械人でない。
コボルドが水遊びするときの見張り役。コンパニオン・バードなのだ。
だから・・・
「わかった。じゃが、チーニャがピンチじゃ。いますぐ通信をせよ」
<了解でござる>
通信がつながる。
<・・・こちら浮鬼・正鬼や>
「正鬼どん。無事か」
<いまンとこな。攻撃すんなよ? このナンガラックは、降服して、助けてくれとんや>
「じゃが、チーニャは攻撃されとるぞ。どうなっとんじゃ」
<塔は、別らしい>
「べつとは」
<ナンガラックには、塔は制御できへんらしい。通信にも応じへんのや>
「ほじゃ、どうするんじゃ」
<弐ノ塔様が、何とかする──っちゅう話やが>
「できとらんが」
<時間>と、別な声。
「時間を稼げと? 数鬼どん」
<ウム>
「・・・そうじゃな。わかった! 浮鬼どんは動けるか?」
<ムリや>浮鬼が答えた。<腰がイカレとる。浮上筒も潰れた>
「了解じゃ。わしとウミドラーニどんは、トンボどんを探すわい」
<チラ兄ィ>
「ダメなんじゃ、数鬼どん。チラーニどんは・・・気絶したか、あるいは・・・」
<了解や><行け、ソラ><お互い、なんとかしようや>
「おう」
ソラトバンは立ち上がった。
<殿。トンボ様、発見したでござる>
「でかした!」
ウミドラーニに導かれ、ソラトバンは、トンボの元へ。
ドゴォォォン・・・!
その間にも、砲撃はとどろく。
ソラトバンは、あえて、空を見ずに走った。
(見たってなんにもならん。足が遅くなるだけじゃ。最善を尽くすんじゃ)
自分に言い聞かせて。
岩山を回り込んだところで・・・
右腕を失ったトンボと、対面した。
◆ 81、ナンガラック腕 ◆
「おお、トンボどん!」
ひどい状態であった。
右腕は脱落。岩のあいだに落ちておる。
ハッチ付近に損傷。歪んだハッチは、半開きになっておる。
後頭部に凹み。倒れたときに打ちつけたか?
てっきり、死んだと思ったが・・・
<ソラか・・・>返事が、あった。
「トンボどん! 生きとったか」
<なんとかな>
トンボどん。ピクリとも動かずに答える。
<・・・じゃが、なんも見えん>
「目が?」
<空間認識機がやられてござるか?>と、ウミドラーニ。
<らしいな>
「それじゃ・・・列電は、撃てんのか」
<戦闘、続いとるのか?>
「そうじゃ。チーニャが、危なくて」
<先に言わんかい! 乗れ!>
ウミドラーニが、目となった。
タコ飛ばし、映像をトンボに送る。トンボはそれを『見て』、周囲の状況を把握した。
ソラトバンが、足となった。
鐙(あぶみ)で、トンボの足を操って。
岩につまずきそうになったら、鐙をグイッと引き上げる。乗り越えたら、鐙をグッと踏みしめる。
変な話だが。
これまでで一番、トンボと一緒になれた気がした。
なんとか、列電魔旋砲を、拾い上げる。
トンボを片膝立ちの姿勢にさせて、ソラトバンは、弓手席へ。
第二握りを手にする。実戦で使うのは、これが初めて。
握りには問題ナシ。
──だが。
「トンボどん。フラついとるぞ」
<すまん。平衡(へいこう)器も、ダメなようじゃ・・・>
砲口が、まったく静止せず、ユラユラと不規則に揺れ続けるのだ。
仕方のないことではあった。
島全体が、海の上で、荒海に揉まれておるのだから。
その揺れるステージの上で、視力と平衡感覚ナシで、片腕で撃つなど・・・
「無理じゃ。これは。──ドリナどんに通信ひらけ」
<はいよ>
「こちらトンボ・ソラトバンじゃ。チーニャ。聞こえるか」
<・・・ソラっ!! 生きてた!>
「うむ。じゃが、トンボどんが重傷でな。列電の狙いが──」
<わかった。そちらに誘導する。位置と進入角度を指定しろ>
話はついた。
敵をおびき寄せ、近距離で撃つのだ。
これなら、片腕でも当てれんことはない。
<・・・殿、ハッチが半開きでござる>
「・・・わかっとる。わしが合図したら、耳ふさぐんじゃぞ」
<拙者はともかく、殿が。拙者が乗り手甲を回収して来るでござるから・・・>
「ええんじゃ。それより、揺れを減らす方法を考えよう。策はあるか?」
<むむ・・・>
<支えがあれば、マシになるハズじゃ>と、トンボ。<浮鬼よ。支えはできんか?>
<ダメですわ。俺は。不甲斐ない(ふがいない)>
<我に策アリ>数鬼が答えた。
ズシーン、ズシーン・・・!
ナンガラックが1鬼、こちらにやって来た。
「え?」
<二脚>
「にきゃく」
<わかったわい、数鬼よ>トンボが理解した。<ソラ。そいつを、ワシの前に座らせろ>
ドシーン・・・!!
ナンガラックが、岩山に座った。
そして、両手を頭上に。×印に、クロスさせた。
その腕に・・・
ガコーン。
列電魔旋砲の先端を、乗せる。
「──落ち着いた!」
二脚ならぬ、ナンガラック腕の銃架(じゅうか)である!
「ナンガラックさんよ、ありがとさんじゃ!」
<同胞ノ、依頼ニツキ>
ナンガラックから返信があった。
「同胞?」
<ドリナラーニどんが、通信で頼んだそうでござる>とウミドラーニ。
「なるほど」
<加エテ、>
「うん?」
<我等、ルクジッコ閣下ニ、親愛ノ情アリ。御令嬢ノ件──感謝>
『鷹の目』に黒トンボの姿が映るまでに、3度、砲撃音がした。
その時には、白波がトンボの足を濡らしておった。
浮鬼は、すでに水没しとったらしいが──何も言うては来なんだ。
「みんな、耳ふさげ。撃つぞ」
それからは、あっと言う間であった。
黒トンボが肉眼サイズになり──かわした! 射線から、逸れたのだ。
攻撃塔が、出現──豪雨をカチ割って!
黒トンボを追って回塔しかけて、途中でやめる。
こっちへ突っ込んで来た。
暗黒の砲口を、ソラトバンは見た。
「ふん」
引き金を引いた。
ばごん!!!!! トンボの左腕が、跳ねた。
衝撃。
ソラトバンは、全身を激しく叩かれて、何が何だかわからんようになった。
◆ 82、ソラトバン、オバケになる ◆
<ひええええ! オバケぇ~~~!!>
「・・・ん?」
目を覚ましたらば。
チラーニどんが。
洞窟の天井で、悲鳴を上げておった。
「なにやっとんじゃ。チラーニどん」
チラーニどん。
綺麗な姿に戻って──その綺麗なボディで、カエルみたいなポーズしておる。
天井に張りついて、ガタガタ震えとるんである。
<ソ、ソラ!?>
「そうじゃが」
<ソラトバケ!>
「なんじゃそりゃ」
<いつから、そんなにでっかくなったんだよ!>
「デカく?」
ソラトバン、自分を見下ろす。
チラーニを見上げる。
同じサイズであった。
「・・・ああ」
ソラトバン、笑う。
「ココじゃ、みんな、こうなるんじゃ」
<は?>
「そういうトコなんじゃ、ココは」
<・・・どこだよ? ココって>
「冥界の入り口じゃ」
ソラトバンは、立ち上がった。
「わしら、死んでしもうたようじゃぞ、チラーニの兄貴よ」
2人のいる、ココ。
さびしい、ほらあなは。
死者がみんな通ることになる、冥界の入り口だったんである。
<ウソだろ>
チラーニ、降りてきた。
ふわ~ん・・・。
音もなく着地。
<どうすんだよ>
ちびチラーニどん。ソラトバンと、ほぼ同じ背丈であった。
鉄鎖砲の先端の分だけ、高いかな・・・ぐらい。
ソラトバンは、その背中を、ぽんぽんと叩いた。
「大丈夫じゃ。この先どうなるか、わし、知っとるし」
<バカヤロー>
「は?」
<チーニャはどうすんだって言ってんだよ・・・>
「む・・・」
<なにがあったのさ?>
「うむ。歩きながら話そうじゃないか」
洞窟を下りながら、話をした。
<・・・オレ、落雷で死んだの?>
「たぶんな」
<ソラは、自分で列電魔旋砲撃って死んだワケ?>
「たぶんな」
<バカだな~w>
「バカじゃないわいw」
<初めて会った時だって、巨人に夢中で、突っ込んで、死んでさ~>
「あン時とはちがうぞ。ちゃんと、最善を尽くした。みんなのために」
<バカだな~・・・>
チラーニどん、また、こっち見るようなポーズする。
<・・・ソラって、巨人っぽいよね>
「なんの話じゃ」
<これで、目がひとつならな~。立派な巨人なのにな~>
「「「ぐぐぐおおおーーー。。。」」」
・・・イビキとどろく洞窟を過ぎて、さらに下る。
<・・・な、な、な、何アレ!?>
「ケルベロス様じゃ」
<毛皮のオバケに見えたけど>
「丸まっとるからじゃ」
<追いかけて来ない?>
「心配いらんぞ。外から来るモンは、素通しなんじゃ」
知ったかぶるソラトバンである。
で。
坂道を、下り切って。
光でいっぱいの空間が、見えてきたところで──
「ん?」
先客が、こちらを振り向いてきた。
濃紺の髪した、セイレーンの娘が。
「レラ!」
◆ 83、ソラトバン、レラと語る ◆
レラ。
本名:マテレーニャ・マレッジラゲーニャ。
自称:“魔王の継承者”。
なめらかな、日焼けした肌もあらわなセイレーンは。
こちらに、向き直って・・・
「オマエは、・・・ええと。誰だっけ?」
などと、言い出した。
「ソラトバンじゃが」
「ああ!」レラ、ぱんと手を打つ。「そうそう。ソラトバン。そんな名前だった」
「・・・。」
ソラトバン、秘かに傷付いた。
だが、それどころじゃない。確認をする。
「アンタも死んだんか」
「そのようだな」
「わしのコト覚えとらんのは・・・なんでじゃ?」
「それはだな・・・」
レラ。
手近な岩の上に、座った。
彼女は、広い洞窟の側である。陽光(?)に照らされて、その美貌は明るく輝いておる。
「・・・妙雅の経験を『吸収』した時に、脳ミソがダメになったようなのだ」
「なんと・・・」
ソラトバン。
やはり、手近な岩に座った。
こちらは、まだ、ほらあなの中である。薄暗がりの中。
「・・・アンタも、記憶喪失なんか?」
「おまえもか?」
「いや。ルカツァーネがじゃ」
「ルカツァーネ・・・」レラ、首をひねる。
「それも覚えとらんのか」
「待て。いま思い出す。・・・元は、ハイエルフの姫君を守る『鷹の目』の女剣士の名。武家の娘の名として好まれ・・・」
「アンタが『御霊繰り糸』かけた相手じゃ。つい最近」
「ああ!」
<あのさー、わかんないフリしたって、罪は消えないぜ?>
チラーニ、辛辣な(しんらつな)ことを言った。──ソラトバンの背中に隠れながら。
「誰だ? オマエ」
レラは目を細めて、
「あ! 待て! オマエは記憶にある!」
手を叩いて、喜んだ。
「工兵弐型(こうへいにがた)」
<・・・なぜ、その名を知っている?>
チラーニは、警戒体勢になった。
肩砲が動いて、レラを狙った──ので、ソラトバンは手をかざし、撃てんようにした。
「ふん」
セイレーン。鼻を鳴らし、肩をすくめる。
「妙雅が知っていたのだ。私も知るのは当然のこと」
<妙雅様が?>
「弐ノ塔が自慢してきてな? 『私も鬼械人を造ったぞ』などと」
<ウソだ。オレが生まれた頃には、妙雅様は死んでた>
「手紙でだ」
<死人に手紙? どうやってだよ>
「ハルモニアー様が、届けてくださった」
<・・・。>
チラーニは、警戒態勢を解いた。ソラトバンの隣に座る。
<ソラ>
「なんじゃ」
<どうやらコイツ、ホントに妙雅様を『吸収』したみたいだぜ?>
「ふむ・・・」
ソラトバンは、レラを見た。
いまは、いわゆる人魚の姿。レモンちゃんより、なよやかな。
美しいセイレーン。儚いほほえみ。
だが。
妙雅の知識を『吸収』したのなら──弱いどころではない。深刻な脅威である。
「・・・レラさんよ、」
「そんな顔をするな」レラは目を逸らした。「私は、もう、なにもわからぬ、お魚にすぎん」
「なにもわからぬ、じゃと」
「自分が何をしたかは覚えているが、」
ぺちん。
レラは、足ヒレで岩を叩いた。
「・・・『なぜ』それをしたのか、わからぬ。その行為の持つ意味も」
「っちゅうても、知識はあるワケじゃろ?」
「そんな顔をするなと言っている」
レラは、イライラした。
「私は、自分が誰の味方なのかすら、もはや、自分ではわからんのだから」
「そんなバカな」
「オーガの敵だったルクジッコと、オーガの味方だった妙雅。自分がどっちなのか、わからぬ」
「・・・。」
「オーガは、敵か。味方か? 私には『どっちでもある』としか、感じられぬ。──すべてが、この調子なのだ」
「そんなコト、あるんか?」
「あるのだ」
<・・・うん。まあね。あるかもね>
チラーニが同意した。
<鬼械人で言うところの『経験衝突の障害』だよね>
「そう! それだ」
「けいけんしょうとつのしょうがい」
<鬼械人の記憶は、別な世界にあるんだけどさ~、>
チラーニ、難しい話をする。
<間違って重ね合わさっちゃうコトがあるんだよ>
「かさねあわさる」
「2人の鬼械人が、同じ場所に記憶を書き込んでしまう、重大事故だ」とレラ。
「・・・。」
<そうするとさ、記憶はゴッチャになるし、主観が壊れちゃうんだってさ~>
「しゅかんがゴッチャになる」
<狂っちゃうってコトさ>
「そう。私は、狂えるセイレーン・・・」
レラは、広い洞窟を見ながら、語った・・・
「私は、ちょっとだけしか、生きていない。
私は、ずーっと生きてきた。
私は、鬼械人の母。オーガの守護者。
私は、鬼械人を恐れ、オーガを殺して奴隷にした。
・・・どれが自分なのか、もはや、わからぬ」
「・・・。」
話を聞いたソラトバン。
そんなコトがあるんか・・・
恐いのう・・・
と、一度は納得したが。
──いやいやいや! と、考え直した。
「レラさんよ」
「なんだ」
「つかぬコトをうかがうがな、」
「なんだ」
「アンタ、何歳なんじゃ?」
「18だ」
「わしと一緒か!」ソラトバン、びっくりする。「そんな若かったんか」
「若くはない。何百年の記憶を『吸収』したのだから」
レラは澄まして言ったが・・・
ソラトバンは、切り捨てた。「アホか」
「アホだと!?」
「自分の人生じゃないじゃろ。そんなモン」
「・・・なに?」
「レラさんよ。わしが思うに、人生っちゅうのはじゃな・・・」
ソラトバンは、レラに語った・・・
「人生っちゅうのは、自分の身体で、味わうモンじゃ。
自分の目で、ものを見て。
自分の手で、人に触れ。
自分の身体で、子供をなして。
最後は、自分の身体におさらばする。
・・・それが、人生っちゅうモンじゃろう」
「ソラトバン。オマエは、私が『生きてない』と言うのか」
「そこまでは言わんが」
「言ったじゃないか」
「言うとらん」
「言った!」
「他人の経験を吸うのは、『生きる』のとはちがう──と言うたんじゃ」
「・・・ふむ?」
「アンタは、18歳の女じゃ。わしと一緒じゃ。まだ若いんじゃ」
「わかい?」
レラは首をひねった。
「私は、魔王の継承者だ」
「そうかも知れんが」
「私は、何百年分もの経験を、吸収した」
「そうじゃろうけどもが」
「──なのに、『若い女』なのか」
「うむ」
ソラトバンは、うなずいた。
「たったの18年。やっと大人になったばっかり。自分の人生、始まったばっかりじゃ」
「自分の人生・・・」
レラは、ぼーっとした。
「・・・そんなもの、あったかな? なかった気がするな? 魔王様の≪声≫を聞いて以来というものは」
「いつの話じゃ、それ」
「3年前だな」
「わりと最近じゃな」
「魔王様がお隠れになった日のことだ。≪声≫だけが、マテンに帰って来た」
レラは、遠くを見た。
「美しい・・・大波のような≪声≫。私は、それを浴びて、継承者となった」
<それってさ~、『吸収』ってコト?>
「いや。≪声≫の継承だ。『吸収』は、また別の時にやった。自分でな」
「継承か・・・」
ソラトバン。
ふと、気が付いた。
わしも経験したコトあるんじゃないか? そういうの。
「・・・もしかして、ルーンの技を頂く、みたいな感じか? 『鷹の目』を授かる──みたいな」
「ああ、そうだな」レラはうなずいた。
「ほじゃ、魔王様は、アンタに≪声≫を授けたワケか。なんで、アンタを選んだんじゃ?」
「・・・わからん」
レラは、自信をなくした。
「私はずーっと、自分が選ばれたと思っていた。うれしくて、幸せだった・・・」
ため息をつく。
「だが、いまとなってみれば、わからぬ」
しょんぼりする。
「なんでだろうな? なんで、私は『選ばれた』などと、思い上がったのだろうな?」
・・・そして、イジイジと、岩をいじり始めた。
「恥ずかしい。バカなセイレーン。魔王様に選ばれたなどと、勘違いして」
「なんじゃ。急に落ち込んで」
「だって、そうじゃないか。あんな小娘に負けて。なにが継承者だ。魔王様の名を穢しただけだ」
「はははw なに言うとんじゃ」
「なにを笑っておる!」
「わしら、アンタと必死で戦ったんじゃぞ。なあ?」
<そうだね~。ってか、オレたち、死んでるしね~>
「それは・・・うむ」
レラ、ちょっと自信を回復する。
「だけど、選ばれたワケではないので、」
「なんでわかるんじゃ」
「なんでって」
「魔王様に訊いたんか?」
「?」レラは、キョトンとした。
「訊きもせずに、わかるワケないじゃろ。他人の頭の中なんぞ」
「・・・。」
しばらく、レラは、考えた。
それから。
「訊きに行って、いいのかな?」
「アカン理由があるんか?」
「いや。だが・・・『何しに来た』とか、『バカな娘だ』とか、言われないかな?」
「そういうコト言う御方なんか?」
「うん」
「・・・そうか」
「言われたらどうしよう」
「好きにせい」
「好きにする?」
「泣くなり、イジケるなり、自分が感じたままにしたらええんじゃ」
「そんなんでいいのか」
「ええんじゃ」
「・・・。」
レラは立ち上がった。
「訊いてくる!」
≪神話の力、竜の翼よ、我が腕に≫
レラは、手を、≪竜の翼≫にした。広げて、飛び去る──前に、ソラトバンを見た。
「お礼をしておこう」
「え? いや、大したコトはしとらんぞ」
「私が、お礼をしたい気分なのだ。手を出せ!」
「・・・そうか。ほじゃ、ありがたく」
ソラトバンが出した両手に。
レラは、すっかり綺麗になった左右の翼を、重ねた。
「『引力』のルーンの技、『浮遊』を、ソラトバンに授ける」
「ははー!」
「空飛ばんとするオマエ。落っこちても、落っこちても、しぶとく生き延びますように。──じゃあな」
レラは、冥界の大空に舞い上がって・・・
一度だけ、こっちを見て、笑って・・・
輝く空に、溶けてった。
「行ってしもうた・・・」
<ハラハラしたぜ・・・>
「ホンマやわ」突然、背後で、女の声。
「うおっ!?」
振り向けば、そこに。
「ハラハラしたわー。ま~た浮気しとんかと思うてやー」
「清雅! いつの間に!?」
◆ 84、ソラトバンの、やりたいこと ◆
「『浮気しとったら、蘇生すんな!』って言われとったしなー」
清雅。
白いキバ見せて、剣呑な(けんのんな)表情して見せる。
「・・・。」ソラトバン、冷や汗である。「・・・誰に?」
「チー姉に決まっとるやろ」
「あ、はい」うなずいて、時間稼ぎして、「う、浮気なんぞ、しとらんからな?」
「へ~」
「な、なあ? チラーニどん。わしら、浮気なんぞしとらんよな?」
<オレはね>
「おい?」
<ソラは、『おまえさんは、若い女じゃ。うへうへw』とか言ってたっけな~>
「おい!」
「へぇぇ~」
清雅が半歩下がった。帰りそうなポーズ。
「待て!」
ソラトバン。彼女の袖を、掴んだ。
「蘇生してくれ。してくだされ! お願いじゃ!」
「・・・。」
清雅は、ゆっくりと、振り向いて。
「現世でやりたいコト、あるんか?」
「ある!!」
ソラトバン。
自分で気付かんうちに、笑顔になって・・・
「好きな女を、嫁さんにして。幸せな家庭を、作りたいんじゃ!」
すると・・・
「ふへへw」清雅、笑うた。
「なに笑うとんじゃ」
「いやいや。ほな、帰ろか」
「おう!」ソラトバン、立ち上がる。「・・・あ、2人一緒に帰れるんか?」
「鬼術師1人、1月に1人だけや」
<・・・先に行けよ、ソラ>
「いや、兄貴を差し置いて」
<オレが先に帰ったら、チーニャに殺されッだろ!?>チラーニ、取り乱す。<オレ、やだかんな! 先に帰るの!>
「キキキw」
「なにがおかしいんじゃ」
「うるわしい譲り合いしとるトコ、アレやけどなァ~・・・」
清雅、横にズレる。
すると。
彼女の後ろに、もう1人、オーガの女が現れた。
「どうも、ソラトバン殿。チラーニ殿」
「鈴雅(れいが)さん!」
鈴雅。
帝国に捕まって、バッツワーノの奴隷にされとった、お母ちゃん鬼術師である。
「話聞いて、飛んで来ましてん。私も蘇生できますからね」
「おお・・・!」
なるほど、彼女が手伝うてくれれば、『1月に1人』×2──となるワケである。
「さーて、ほな、帰還する前に・・・」
清雅、なにやら目を閉じて、ブツブツと唱えた。
「・・・マテレーニャ・マレッジラゲーニャと、魔王様を、『取り持つ』。・・・これでよし」
「なにをした?」
「後でな。帰ってからや」清雅は急かした。「待たしたら、チー姉、気が狂ってまうわ」
「あ、はい」
◆ 85、ソラトバン、蘇生さる ◆
目を覚ましたらば、ベットの上。
隣には、清雅。あぐらかいておる。
清雅を支えとるのは、整備ロボ・ドリノン。中身はドリナラーニどんか?
その反対。ベットの横に、チーニャ。
「すまん」
手を伸ばした。
彼女は、抱きついてきた。慰めとる間に、清雅が立ち上がる。
「清雅。ありがとさんじゃ。お礼じゃが・・・」
(そのうちな)
清雅は口だけでそう答えて、ニヤーッと笑いながら、ドリノンと一緒に出て行った。
部屋に残ったのは、ソラトバンとチーニャ。
と。
ふわ~ん・・・と浮かぶ、弐ノ塔のおふくろ。
「心配かけたのう、おふくろさん」
<お帰り>
おふくろ、うなずく。
<チラーニも、いま起きたぞ。もう心配はないからな>
「そうか。・・・そっちに居ってやらんでええんか?」
<あっちにも居るで、大丈夫じゃ>
「あ、そう」
チラーニどんがさびしがるんじゃないか? と、思うたのだが。
そこは、並列作業のできる弐ノ塔。チラーニにも付き添っとるようである。
<ほじゃな>
「あ、ひとつだけ」
<──なんじゃ>
「攻撃塔はどうなった? あ、浮鬼は無事か? ・・・そう言や、わしの弾は当たったんかのう?」
<みっつじゃないか>
「いやあ・・・まあ・・・ムニャムニャ」
<浮鬼は生きとる。ナンガラックどものおかげでな>
「おお」
<おまえさんの一撃は、敵の砲身をブッ壊した>
「当たったか!」
<見事にな。敵も撃ったが、砲が割れて威力激減。トンボの装甲で止まったそうじゃ>
「ウミドラーニどんは」
<軽いケガだけじゃ。トンボも、銃架やったナンガラックもじゃ>
「良かったわい」
<──じゃが、戦闘は終わらなんだ。すべての塔が、一斉に自爆をしようとしたけぇ、>
「は???」
<私が制圧した>
「せいあつ」
<私ら、弐ノ塔系の鬼械人には、帝国の蒸気械人も憑依できる。──これは前に言うたな?>
「・・・・・・・・・うむ」
<覚えとらんのか>
「いや覚えとる。ドリナラーニどんのコト・・・じゃよな?」
<あやふやな。まあそうじゃ。で、妙雅も、そうなんじゃ>
「憑依しやすいワケか」
<そうじゃ>
「弱点じゃな」
<まあな。とは言え、相手が妙雅ともなれば、防御も固い。格別の知識と経験が必要じゃった>
おふくろ、のけぞる。
自慢しとるときの角度じゃな。
「さすがじゃ!」
<じゃろ>
「ほで、どうなったんじゃ?」
<なんでじゃ>おふくろ、ガックリする。<なに聞いとった>
「いや・・・」
<本塔、補助塔、攻撃塔──妙雅の遺体、すべて、私の制御下にある。もはや、我がユニット同然じゃ>
「なるほど。そりゃすごい!」
ソラトバン、チーニャ抱いたまま、手を叩く。
「魅了みたいじゃな」
<失礼な。私は、もともと妙雅の分霊じゃぞ。『帰省』と言え>
「寄生か」
<・・・発音がちがうが。まあ、ええが>
おふくろさん、あらためて、出てゆく。
<とにかく、戦いは終わりじゃ。ゆっくりしてええからな>
「うん」
・・・2人きりになって。
「あのぅ。チーニャさんや? 浮気なんぞ、しとらんからな?」
恐る恐る、そんなコトを言うてみると・・・
恋人は、胸に顔を埋めたまま、こんな話をした。
「私さ。行かないことにしてるんだ。冥界に。絶対に」
「なんでじゃ」
「・・・。」
「おっ父とおっ母に、会わんようにしとるんか」
「うん」
「なんでじゃ」
「・・・。」
「弐ノ塔のおふくろに悪いからか」
「うん」
「気にせんじゃろ。あの人は」
「してる」
「そうか?」
「出すのがヘタなだけ」
「・・・ああ」
「石頭」
「w」
ソラトバンは、彼女の綺麗な髪を撫でた。
「いつか。ずーっと先にじゃが。お会いしたいもんじゃな」
「・・・。」彼女は頭をぐりぐりしてきた。
「わしの親にも、自慢したいし」
「・・・じゃ、早い方がいい?」
「ずーっと先がええのう」
「そっか」