ソラトバン、鬼械人   作:min(みならい)

34 / 35
ソラトバン、レラと語る

◆ 79、ソラトバン、不時着す ◆

 

 ごう・・・ごおう・・・

 嵐の渦巻く音がする。

 

「む・・・?」

 その音で、ソラトバンは意識を取り戻した。

「落ちとる!」

 乗っとるチラーニが、落下しとるのだ。

 嵐の空から、荒海へ・・・

 一切の制御なしで・・・

 真っ逆さまに!

 ソラトバンは、弓手席。

 逆さま。押さえ枠にぶら下がっとる。物干し竿に掛かったタオルみたいな状態。

 息が苦しい。

「チラーニどん。落ちとるぞ!」

 呼びかける。

 返事はない。

 握りになんとか指を届かせ、ガチャガチャやる。肩砲は動いたが、チラーニはなにも言わない。

「どうしたんじゃ。気ィ失っとるんか? しっかりしてくれ、くそ」

<殿!>

 と、声がかかった。

 チラーニではない。

 海鳥型鬼械人・ウミドラーニである。

 背の手席に乗っておったのだが──

<浮上ユニット、再起動いたす! 衝撃に備えてくだされ!>

 ドサリ。

 天井に落ちた。

 ウミドラーニどん。席を離れて、逆さまになったチラーニの中を動き始めたんである。

 海鳥型鬼械人だけあって、身は軽い。ピョンと飛んで、『左右背窓』に取りついた。

 左右背窓。チラーニの背中の窓である。左右2枚ある。

 その右側を、海鳥の足で、ガチャリと開けた。

 

 がぱーん!

 窓が、全開になった。バッタンバッタンバッタン! 暴れ始める。

 

 暴風が吹き込んできた。

 ソラトバンの乗り手甲が、雨で濡れた。

 ウミドラーニは、窓に頭を突っ込む。ガチーン! 窓に叩かれた。

 外に出る。荒れ狂う風と雨で、一瞬でビショ濡れになった。

 だが、彼はめげない。外に這い出した。

 白い翼を伸ばし、チラーニが背負っとる大筒に、触れる。

<三つ・・・数えるで・・・ござる・・・!>

 暴風に途切れる声で、言うてきた。

「了解じゃ!」ソラトバン、押さえ枠にしがみついた。「ええぞ!」

<3、2、1・・・『浮かべ! 星の鎖をすり抜けて!』>

 

 回転!!!

 

 チラーニが、左に軸回転した! 急激に!

 

「ぬごお!」

 ソラトバンは、ひどい目に遭うた。

 逆さまにぶら下げられとる状態で、強烈に、ブン回されたのだ。

 アバラが折れそうなほど、圧迫される。

 ムッチャクチャに揺さぶられて、視界が乱れる。

 バギャ!

 乗り手甲が割れる音がした。首のあたりである。

 2回転、3回転・・・

 グルン・・・グルン・・・!!

 軸回転してから・・・

 チラーニは、やっと安定した。

 右手を下にして、寝そべったみたいな姿勢で、落ちてゆく。さっきよりも、ゆっくりと。

「う、ぐ・・・」

 ソラトバン、小さな覗き窓から下を見る。

 海が見えた。

 白い波頭が、どんどん迫ってくる。

「浮上は効いとるな。じゃが・・・まだ速すぎるようじゃぞ! ウミドラーニどん!」

 返事がない。

 背後を見る。

 誰も居らん。

「・・・吹っ飛ばされたんか?」

 がこーん!

 浮上筒に、なんかがぶつかった。

<ヒィハァ。加減ができず。申し訳ないでござる!>

 ・・・ウミドラーニであった。やはり、吹っ飛ばされとったらしい。よく戻って来れたもんである。

「なに。見ての通り、生きとるで」

<次、右、再起動するでござる>

「了解じゃ」

 今度はどっちに回るんじゃ?

 と、わからなくなりつつ、しがみつくソラトバン。

 

 回転!! 今度は右!

 仰向けになって・・・

 宙返り!

 

「おうわあ!」

<起動成功。で、不時着でござるが・・・>

「はぁはぁ。し、島じゃ! 島に下ろしてくれ。列電が、あるハズじゃし!」

<了解でござる!>

 

 ガゴーン・・・! バキバキバキ、ミシッ・・・ベキッ・・・!

 チラーニは、不時着した。うつ伏せに。

 

 ソラトバン、押さえ枠を解除して、席から離れた──というか、落ちた。

 降り立ったのは、ハッチの内側である。

 押してみたが、ビクともせんかった。まあ、しょうがない。うつ伏せに着地したし。

 背窓から脱出するしかあるまい。

 天井を這い進む。

 背の手席の押さえ枠がぶら下がっとる。

 その枠に掴まって、木の枝に登る感じで、懸垂(けんすい)。

 枠に脇でぶら下がって、背窓に手を伸ばした。

 小さな背窓から、脱出──できん! 乗り手甲が引っ掛かって、肩が通らん!

「くそ」

 いったん降りて、乗り手甲を脱ぎ始めた。

 その時であった。

 

 ドゴォォォン・・・!

 爆音が、嵐の空に、とどろいたのは。

 

「何の音じゃ?」

<・・・あっ!>

 ウミドラーニどんの叫び声。

<殿! 姫が、砲撃受けてござる!>

「チーニャが!?」

 

 ドゴォォォン・・・!

 

<ドリナラーニ殿、手に、なんか抱えてござって。敵を振り切れぬ様子!>

 

 ──後になってわかったことだが。

 この時、ドリナラーニは、トリーモを抱いておったのだ。

 トリーモ。仇討ちを果たしたが、レラに蹴られて転落した。

 落ちてゆく彼女を、ドリナラーニが空中でキャッチ。

 そこを、敵の攻撃塔に狙われた──そんな状況であった。

 

「こりゃいかん。のんびりしてられんわい」

<どっちみち、ノンビリはできんでござる。この島、海に沈んでござるから>

「は?」

<もうすぐ沈むでござるよ>

「先に言わんかい!」

 

 ソラトバン、大慌てで乗り手甲を外す。

 背窓から上半身を出したときには・・・

 すでに、チラーニのお腹が、波に洗われておった!

 

「おいおいおいおい!」

 チラーニの上に立ち、上着も脱ぎ捨てた。

 波の中へ、飛び降りる。

 

 ばっしゃーーーん・・・! ごぼごぼごぼ・・・

 いったん水面下に呑み込まれるが、あわてず騒がず、胸を大きくしたまま、浮かぶのを待つ。

 

「ぶはー! この波! 渦巻いとって・・・ゴボゴボ・・・ぷはー! 泳ぎづらいぞ!」

<こっちに岩があるでござる>

「そ、そうか。ハァハァ」

 なんとか、岩の上に這い上がった。 

<泳ぎの特訓が生きたでござるな>

「お、おう・・・チラーニどんは?」

<浮かべとくでござる。自重を、九割九分、打ち消して>

「そうか」

 それを先にやってくれれば、ハッチから出れたんじゃないんか? と思うソラトバンであった。

 まあ『加減ができん』みたいなコト言うとったから、危ないんかも知れんが・・・

 ・・・まあ、ええわ。

 空を見る。だが、豪雨。何もわからぬ。『鷹の目』も、雨を見通すことはできぬ。

「いま、どうなっとる?」

<さっきは無傷だったでござる。いまは、タコがついてゆけず、不明>

 短い会話をするあいだにも・・・

 波が這い上がって来る。

「くそ」

 ソラトバンは、岩から岩へ、そして岩山へ、跳び移った。

 登り始める。

「チラーニどんは、アカンとして! トンボどんと、浮鬼(うっきー)どんは?」

<トンボ様は捜索中。浮鬼殿は、奇妙な状況になってござる>

「なに?」

<こちらへ。声を立てんようにしてくだされ>

「・・・。」

 

 忍び足で、ウミドラーニについてゆくと。

 

 ナンガラック3鬼に囲まれて、うつ伏せに倒れた浮鬼の姿が、見えたではないか。

 

◆ 80、浮鬼とナンガラック ◆

 

「・・・やられとる!?」

<・・・しーっ>

 

 浮鬼。うつ伏せ。岩に埋まって、動けぬ様子。

 岩は・・・黒トンボが列電魔旋弾撃ってきたときに崩れたヤツであろう。

 あわれ正鬼・数鬼。妹がブッ放した弾で、ピンチになるとは。

 

 で、その岩を。

 ナンガラック3鬼が、ひとつ、またひとつ、取り除いておる。

 

「・・・助けてくれとる?」

<そのようで。通信するでござるか?>

「してなかったんかい」

<魅了の恐れが・・・>

「はぁ?」

 

 ソラトバン、一瞬、イラッとした。

 さっさと通信せんかい! ──と、ウミドラーニをブン殴りたい気分に、ちょっぴり、なった。

 だが。

 ウミドラーニどん。そもそも、戦闘用の鬼械人でない。

 コボルドが水遊びするときの見張り役。コンパニオン・バードなのだ。

 だから・・・

 

「わかった。じゃが、チーニャがピンチじゃ。いますぐ通信をせよ」

<了解でござる>

 通信がつながる。

<・・・こちら浮鬼・正鬼や>

「正鬼どん。無事か」

<いまンとこな。攻撃すんなよ? このナンガラックは、降服して、助けてくれとんや>

「じゃが、チーニャは攻撃されとるぞ。どうなっとんじゃ」

<塔は、別らしい>

「べつとは」

<ナンガラックには、塔は制御できへんらしい。通信にも応じへんのや>

「ほじゃ、どうするんじゃ」

<弐ノ塔様が、何とかする──っちゅう話やが>

「できとらんが」

<時間>と、別な声。

「時間を稼げと? 数鬼どん」

<ウム>

「・・・そうじゃな。わかった! 浮鬼どんは動けるか?」

<ムリや>浮鬼が答えた。<腰がイカレとる。浮上筒も潰れた>

「了解じゃ。わしとウミドラーニどんは、トンボどんを探すわい」

<チラ兄ィ>

「ダメなんじゃ、数鬼どん。チラーニどんは・・・気絶したか、あるいは・・・」

<了解や><行け、ソラ><お互い、なんとかしようや>

「おう」

 ソラトバンは立ち上がった。

<殿。トンボ様、発見したでござる>

「でかした!」

 

 ウミドラーニに導かれ、ソラトバンは、トンボの元へ。

 

 ドゴォォォン・・・!

 その間にも、砲撃はとどろく。

 

 ソラトバンは、あえて、空を見ずに走った。

(見たってなんにもならん。足が遅くなるだけじゃ。最善を尽くすんじゃ)

 自分に言い聞かせて。

 

 岩山を回り込んだところで・・・

 

 右腕を失ったトンボと、対面した。

 

◆ 81、ナンガラック腕 ◆

 

「おお、トンボどん!」

 

 ひどい状態であった。

 右腕は脱落。岩のあいだに落ちておる。

 ハッチ付近に損傷。歪んだハッチは、半開きになっておる。

 後頭部に凹み。倒れたときに打ちつけたか?

 

 てっきり、死んだと思ったが・・・

 

<ソラか・・・>返事が、あった。

 

「トンボどん! 生きとったか」

<なんとかな>

 トンボどん。ピクリとも動かずに答える。

<・・・じゃが、なんも見えん>

「目が?」

<空間認識機がやられてござるか?>と、ウミドラーニ。

<らしいな>

「それじゃ・・・列電は、撃てんのか」

<戦闘、続いとるのか?>

「そうじゃ。チーニャが、危なくて」

<先に言わんかい! 乗れ!>

 

 ウミドラーニが、目となった。

 タコ飛ばし、映像をトンボに送る。トンボはそれを『見て』、周囲の状況を把握した。

 

 ソラトバンが、足となった。

 鐙(あぶみ)で、トンボの足を操って。

 岩につまずきそうになったら、鐙をグイッと引き上げる。乗り越えたら、鐙をグッと踏みしめる。

 

 変な話だが。

 これまでで一番、トンボと一緒になれた気がした。

 

 なんとか、列電魔旋砲を、拾い上げる。

 

 トンボを片膝立ちの姿勢にさせて、ソラトバンは、弓手席へ。

 第二握りを手にする。実戦で使うのは、これが初めて。

 握りには問題ナシ。

 

 ──だが。

 

「トンボどん。フラついとるぞ」

<すまん。平衡(へいこう)器も、ダメなようじゃ・・・>

 

 砲口が、まったく静止せず、ユラユラと不規則に揺れ続けるのだ。

 

 仕方のないことではあった。

 島全体が、海の上で、荒海に揉まれておるのだから。

 その揺れるステージの上で、視力と平衡感覚ナシで、片腕で撃つなど・・・

 

「無理じゃ。これは。──ドリナどんに通信ひらけ」

<はいよ>

「こちらトンボ・ソラトバンじゃ。チーニャ。聞こえるか」

<・・・ソラっ!! 生きてた!>

「うむ。じゃが、トンボどんが重傷でな。列電の狙いが──」

<わかった。そちらに誘導する。位置と進入角度を指定しろ>

 

 話はついた。

 敵をおびき寄せ、近距離で撃つのだ。

 これなら、片腕でも当てれんことはない。

 

<・・・殿、ハッチが半開きでござる>

「・・・わかっとる。わしが合図したら、耳ふさぐんじゃぞ」

<拙者はともかく、殿が。拙者が乗り手甲を回収して来るでござるから・・・>

「ええんじゃ。それより、揺れを減らす方法を考えよう。策はあるか?」

<むむ・・・>

<支えがあれば、マシになるハズじゃ>と、トンボ。<浮鬼よ。支えはできんか?>

<ダメですわ。俺は。不甲斐ない(ふがいない)>

<我に策アリ>数鬼が答えた。

 

 ズシーン、ズシーン・・・!

 ナンガラックが1鬼、こちらにやって来た。

 

「え?」

<二脚>

「にきゃく」

<わかったわい、数鬼よ>トンボが理解した。<ソラ。そいつを、ワシの前に座らせろ>

 

 ドシーン・・・!!

 ナンガラックが、岩山に座った。

 そして、両手を頭上に。×印に、クロスさせた。

 その腕に・・・

 ガコーン。

 列電魔旋砲の先端を、乗せる。

 

「──落ち着いた!」

 

 二脚ならぬ、ナンガラック腕の銃架(じゅうか)である!

 

「ナンガラックさんよ、ありがとさんじゃ!」

<同胞ノ、依頼ニツキ>

 ナンガラックから返信があった。

「同胞?」

<ドリナラーニどんが、通信で頼んだそうでござる>とウミドラーニ。

「なるほど」

<加エテ、>

「うん?」

<我等、ルクジッコ閣下ニ、親愛ノ情アリ。御令嬢ノ件──感謝>

 

 『鷹の目』に黒トンボの姿が映るまでに、3度、砲撃音がした。

 その時には、白波がトンボの足を濡らしておった。

 浮鬼は、すでに水没しとったらしいが──何も言うては来なんだ。

 

「みんな、耳ふさげ。撃つぞ」

 

 それからは、あっと言う間であった。

 

 黒トンボが肉眼サイズになり──かわした! 射線から、逸れたのだ。

 攻撃塔が、出現──豪雨をカチ割って!

 黒トンボを追って回塔しかけて、途中でやめる。

 こっちへ突っ込んで来た。

 暗黒の砲口を、ソラトバンは見た。

「ふん」

 引き金を引いた。

 

 ばごん!!!!! トンボの左腕が、跳ねた。

 衝撃。

 ソラトバンは、全身を激しく叩かれて、何が何だかわからんようになった。

 

◆ 82、ソラトバン、オバケになる ◆

 

<ひええええ! オバケぇ~~~!!>

「・・・ん?」

 

 目を覚ましたらば。

 チラーニどんが。

 洞窟の天井で、悲鳴を上げておった。

 

「なにやっとんじゃ。チラーニどん」

 

 チラーニどん。

 綺麗な姿に戻って──その綺麗なボディで、カエルみたいなポーズしておる。

 天井に張りついて、ガタガタ震えとるんである。

 

<ソ、ソラ!?>

「そうじゃが」

<ソラトバケ!>

「なんじゃそりゃ」

<いつから、そんなにでっかくなったんだよ!>

「デカく?」

 ソラトバン、自分を見下ろす。

 チラーニを見上げる。

 同じサイズであった。

「・・・ああ」

 ソラトバン、笑う。

「ココじゃ、みんな、こうなるんじゃ」

<は?>

「そういうトコなんじゃ、ココは」

<・・・どこだよ? ココって>

「冥界の入り口じゃ」

 ソラトバンは、立ち上がった。

 

「わしら、死んでしもうたようじゃぞ、チラーニの兄貴よ」

 

 2人のいる、ココ。

 さびしい、ほらあなは。

 

 死者がみんな通ることになる、冥界の入り口だったんである。

 

<ウソだろ>

 チラーニ、降りてきた。

 ふわ~ん・・・。

 音もなく着地。

<どうすんだよ>

 ちびチラーニどん。ソラトバンと、ほぼ同じ背丈であった。

 鉄鎖砲の先端の分だけ、高いかな・・・ぐらい。

 ソラトバンは、その背中を、ぽんぽんと叩いた。

「大丈夫じゃ。この先どうなるか、わし、知っとるし」

<バカヤロー>

「は?」

<チーニャはどうすんだって言ってんだよ・・・>

「む・・・」

<なにがあったのさ?>

「うむ。歩きながら話そうじゃないか」

 

 洞窟を下りながら、話をした。

 

<・・・オレ、落雷で死んだの?>

「たぶんな」

<ソラは、自分で列電魔旋砲撃って死んだワケ?>

「たぶんな」

<バカだな~w>

「バカじゃないわいw」

<初めて会った時だって、巨人に夢中で、突っ込んで、死んでさ~>

「あン時とはちがうぞ。ちゃんと、最善を尽くした。みんなのために」

<バカだな~・・・>

 チラーニどん、また、こっち見るようなポーズする。

<・・・ソラって、巨人っぽいよね>

「なんの話じゃ」

<これで、目がひとつならな~。立派な巨人なのにな~>

 

「「「ぐぐぐおおおーーー。。。」」」

 

 ・・・イビキとどろく洞窟を過ぎて、さらに下る。

 

<・・・な、な、な、何アレ!?>

「ケルベロス様じゃ」

<毛皮のオバケに見えたけど>

「丸まっとるからじゃ」

<追いかけて来ない?>

「心配いらんぞ。外から来るモンは、素通しなんじゃ」

 知ったかぶるソラトバンである。

 

 で。

 

 坂道を、下り切って。

 光でいっぱいの空間が、見えてきたところで──

 

「ん?」

 先客が、こちらを振り向いてきた。

 

 濃紺の髪した、セイレーンの娘が。

 

「レラ!」

 

◆ 83、ソラトバン、レラと語る ◆

 

 レラ。

 本名:マテレーニャ・マレッジラゲーニャ。

 自称:“魔王の継承者”。

 

 なめらかな、日焼けした肌もあらわなセイレーンは。

 こちらに、向き直って・・・

 

「オマエは、・・・ええと。誰だっけ?」

 

 などと、言い出した。

 

「ソラトバンじゃが」

「ああ!」レラ、ぱんと手を打つ。「そうそう。ソラトバン。そんな名前だった」

「・・・。」

 ソラトバン、秘かに傷付いた。

 だが、それどころじゃない。確認をする。

「アンタも死んだんか」

「そのようだな」

「わしのコト覚えとらんのは・・・なんでじゃ?」

「それはだな・・・」

 レラ。

 手近な岩の上に、座った。

 彼女は、広い洞窟の側である。陽光(?)に照らされて、その美貌は明るく輝いておる。

「・・・妙雅の経験を『吸収』した時に、脳ミソがダメになったようなのだ」

「なんと・・・」

 ソラトバン。

 やはり、手近な岩に座った。

 こちらは、まだ、ほらあなの中である。薄暗がりの中。

「・・・アンタも、記憶喪失なんか?」

「おまえもか?」

「いや。ルカツァーネがじゃ」

「ルカツァーネ・・・」レラ、首をひねる。

「それも覚えとらんのか」

「待て。いま思い出す。・・・元は、ハイエルフの姫君を守る『鷹の目』の女剣士の名。武家の娘の名として好まれ・・・」

「アンタが『御霊繰り糸』かけた相手じゃ。つい最近」

「ああ!」

<あのさー、わかんないフリしたって、罪は消えないぜ?>

 チラーニ、辛辣な(しんらつな)ことを言った。──ソラトバンの背中に隠れながら。

「誰だ? オマエ」

 レラは目を細めて、

「あ! 待て! オマエは記憶にある!」

 手を叩いて、喜んだ。

「工兵弐型(こうへいにがた)」

<・・・なぜ、その名を知っている?>

 チラーニは、警戒体勢になった。

 肩砲が動いて、レラを狙った──ので、ソラトバンは手をかざし、撃てんようにした。

「ふん」

 セイレーン。鼻を鳴らし、肩をすくめる。

「妙雅が知っていたのだ。私も知るのは当然のこと」

<妙雅様が?>

「弐ノ塔が自慢してきてな? 『私も鬼械人を造ったぞ』などと」

<ウソだ。オレが生まれた頃には、妙雅様は死んでた>

「手紙でだ」

<死人に手紙? どうやってだよ>

「ハルモニアー様が、届けてくださった」

<・・・。>

 チラーニは、警戒態勢を解いた。ソラトバンの隣に座る。

<ソラ>

「なんじゃ」

<どうやらコイツ、ホントに妙雅様を『吸収』したみたいだぜ?>

「ふむ・・・」

 

 ソラトバンは、レラを見た。

 いまは、いわゆる人魚の姿。レモンちゃんより、なよやかな。

 美しいセイレーン。儚いほほえみ。

 

 だが。

 妙雅の知識を『吸収』したのなら──弱いどころではない。深刻な脅威である。

 

「・・・レラさんよ、」

「そんな顔をするな」レラは目を逸らした。「私は、もう、なにもわからぬ、お魚にすぎん」

「なにもわからぬ、じゃと」

「自分が何をしたかは覚えているが、」

 ぺちん。

 レラは、足ヒレで岩を叩いた。

「・・・『なぜ』それをしたのか、わからぬ。その行為の持つ意味も」

「っちゅうても、知識はあるワケじゃろ?」

「そんな顔をするなと言っている」

 レラは、イライラした。

「私は、自分が誰の味方なのかすら、もはや、自分ではわからんのだから」

「そんなバカな」

「オーガの敵だったルクジッコと、オーガの味方だった妙雅。自分がどっちなのか、わからぬ」

「・・・。」

「オーガは、敵か。味方か? 私には『どっちでもある』としか、感じられぬ。──すべてが、この調子なのだ」

「そんなコト、あるんか?」

「あるのだ」

<・・・うん。まあね。あるかもね>

 チラーニが同意した。

<鬼械人で言うところの『経験衝突の障害』だよね>

「そう! それだ」

「けいけんしょうとつのしょうがい」

<鬼械人の記憶は、別な世界にあるんだけどさ~、>

 チラーニ、難しい話をする。

<間違って重ね合わさっちゃうコトがあるんだよ>

「かさねあわさる」

「2人の鬼械人が、同じ場所に記憶を書き込んでしまう、重大事故だ」とレラ。

「・・・。」

<そうするとさ、記憶はゴッチャになるし、主観が壊れちゃうんだってさ~>

「しゅかんがゴッチャになる」

<狂っちゃうってコトさ>

「そう。私は、狂えるセイレーン・・・」

 レラは、広い洞窟を見ながら、語った・・・

 

 「私は、ちょっとだけしか、生きていない。

  私は、ずーっと生きてきた。

  私は、鬼械人の母。オーガの守護者。

  私は、鬼械人を恐れ、オーガを殺して奴隷にした。

  ・・・どれが自分なのか、もはや、わからぬ」

 

「・・・。」

 話を聞いたソラトバン。

 そんなコトがあるんか・・・

 恐いのう・・・

 と、一度は納得したが。

 ──いやいやいや! と、考え直した。

「レラさんよ」

「なんだ」

「つかぬコトをうかがうがな、」

「なんだ」

「アンタ、何歳なんじゃ?」

「18だ」

「わしと一緒か!」ソラトバン、びっくりする。「そんな若かったんか」

「若くはない。何百年の記憶を『吸収』したのだから」

 レラは澄まして言ったが・・・

 ソラトバンは、切り捨てた。「アホか」

「アホだと!?」

「自分の人生じゃないじゃろ。そんなモン」

「・・・なに?」

「レラさんよ。わしが思うに、人生っちゅうのはじゃな・・・」

 ソラトバンは、レラに語った・・・

 

 「人生っちゅうのは、自分の身体で、味わうモンじゃ。

  自分の目で、ものを見て。

  自分の手で、人に触れ。

  自分の身体で、子供をなして。

  最後は、自分の身体におさらばする。

  ・・・それが、人生っちゅうモンじゃろう」

 

「ソラトバン。オマエは、私が『生きてない』と言うのか」

「そこまでは言わんが」

「言ったじゃないか」

「言うとらん」

「言った!」

「他人の経験を吸うのは、『生きる』のとはちがう──と言うたんじゃ」

「・・・ふむ?」

「アンタは、18歳の女じゃ。わしと一緒じゃ。まだ若いんじゃ」

「わかい?」

 レラは首をひねった。

「私は、魔王の継承者だ」

「そうかも知れんが」

「私は、何百年分もの経験を、吸収した」

「そうじゃろうけどもが」

「──なのに、『若い女』なのか」

「うむ」

 ソラトバンは、うなずいた。

「たったの18年。やっと大人になったばっかり。自分の人生、始まったばっかりじゃ」

「自分の人生・・・」

 レラは、ぼーっとした。

「・・・そんなもの、あったかな? なかった気がするな? 魔王様の≪声≫を聞いて以来というものは」

「いつの話じゃ、それ」

「3年前だな」

「わりと最近じゃな」

「魔王様がお隠れになった日のことだ。≪声≫だけが、マテンに帰って来た」

 レラは、遠くを見た。

「美しい・・・大波のような≪声≫。私は、それを浴びて、継承者となった」

<それってさ~、『吸収』ってコト?>

「いや。≪声≫の継承だ。『吸収』は、また別の時にやった。自分でな」

「継承か・・・」

 ソラトバン。

 ふと、気が付いた。

 わしも経験したコトあるんじゃないか? そういうの。

「・・・もしかして、ルーンの技を頂く、みたいな感じか? 『鷹の目』を授かる──みたいな」

「ああ、そうだな」レラはうなずいた。

「ほじゃ、魔王様は、アンタに≪声≫を授けたワケか。なんで、アンタを選んだんじゃ?」

「・・・わからん」

 レラは、自信をなくした。

「私はずーっと、自分が選ばれたと思っていた。うれしくて、幸せだった・・・」

 ため息をつく。

「だが、いまとなってみれば、わからぬ」

 しょんぼりする。

「なんでだろうな? なんで、私は『選ばれた』などと、思い上がったのだろうな?」

 

 ・・・そして、イジイジと、岩をいじり始めた。

 

「恥ずかしい。バカなセイレーン。魔王様に選ばれたなどと、勘違いして」

「なんじゃ。急に落ち込んで」

「だって、そうじゃないか。あんな小娘に負けて。なにが継承者だ。魔王様の名を穢しただけだ」

「はははw なに言うとんじゃ」

「なにを笑っておる!」

「わしら、アンタと必死で戦ったんじゃぞ。なあ?」

<そうだね~。ってか、オレたち、死んでるしね~>

「それは・・・うむ」

 レラ、ちょっと自信を回復する。

「だけど、選ばれたワケではないので、」

「なんでわかるんじゃ」

「なんでって」

「魔王様に訊いたんか?」

「?」レラは、キョトンとした。

「訊きもせずに、わかるワケないじゃろ。他人の頭の中なんぞ」

「・・・。」

 

 しばらく、レラは、考えた。

 それから。

 

「訊きに行って、いいのかな?」

「アカン理由があるんか?」

「いや。だが・・・『何しに来た』とか、『バカな娘だ』とか、言われないかな?」

「そういうコト言う御方なんか?」

「うん」

「・・・そうか」

「言われたらどうしよう」

「好きにせい」

「好きにする?」

「泣くなり、イジケるなり、自分が感じたままにしたらええんじゃ」

「そんなんでいいのか」

「ええんじゃ」

「・・・。」

 レラは立ち上がった。

「訊いてくる!」

 

≪神話の力、竜の翼よ、我が腕に≫

 

 レラは、手を、≪竜の翼≫にした。広げて、飛び去る──前に、ソラトバンを見た。

「お礼をしておこう」

「え? いや、大したコトはしとらんぞ」

「私が、お礼をしたい気分なのだ。手を出せ!」

「・・・そうか。ほじゃ、ありがたく」

 ソラトバンが出した両手に。

 レラは、すっかり綺麗になった左右の翼を、重ねた。

「『引力』のルーンの技、『浮遊』を、ソラトバンに授ける」

「ははー!」

「空飛ばんとするオマエ。落っこちても、落っこちても、しぶとく生き延びますように。──じゃあな」

 

 レラは、冥界の大空に舞い上がって・・・

 一度だけ、こっちを見て、笑って・・・

 

 輝く空に、溶けてった。

 

「行ってしもうた・・・」

<ハラハラしたぜ・・・>

「ホンマやわ」突然、背後で、女の声。

「うおっ!?」

 

 振り向けば、そこに。

 

「ハラハラしたわー。ま~た浮気しとんかと思うてやー」

「清雅! いつの間に!?」

 

◆ 84、ソラトバンの、やりたいこと ◆

 

「『浮気しとったら、蘇生すんな!』って言われとったしなー」

 清雅。

 白いキバ見せて、剣呑な(けんのんな)表情して見せる。

「・・・。」ソラトバン、冷や汗である。「・・・誰に?」

「チー姉に決まっとるやろ」

「あ、はい」うなずいて、時間稼ぎして、「う、浮気なんぞ、しとらんからな?」

「へ~」

「な、なあ? チラーニどん。わしら、浮気なんぞしとらんよな?」

<オレはね>

「おい?」

<ソラは、『おまえさんは、若い女じゃ。うへうへw』とか言ってたっけな~>

「おい!」

「へぇぇ~」

 清雅が半歩下がった。帰りそうなポーズ。

「待て!」

 ソラトバン。彼女の袖を、掴んだ。

「蘇生してくれ。してくだされ! お願いじゃ!」

「・・・。」

 清雅は、ゆっくりと、振り向いて。

「現世でやりたいコト、あるんか?」

「ある!!」

 

 ソラトバン。

 自分で気付かんうちに、笑顔になって・・・

 

「好きな女を、嫁さんにして。幸せな家庭を、作りたいんじゃ!」

 

 すると・・・

 

「ふへへw」清雅、笑うた。

「なに笑うとんじゃ」

「いやいや。ほな、帰ろか」

「おう!」ソラトバン、立ち上がる。「・・・あ、2人一緒に帰れるんか?」

「鬼術師1人、1月に1人だけや」

<・・・先に行けよ、ソラ>

「いや、兄貴を差し置いて」

<オレが先に帰ったら、チーニャに殺されッだろ!?>チラーニ、取り乱す。<オレ、やだかんな! 先に帰るの!>

「キキキw」

「なにがおかしいんじゃ」

「うるわしい譲り合いしとるトコ、アレやけどなァ~・・・」

 清雅、横にズレる。

 すると。

 彼女の後ろに、もう1人、オーガの女が現れた。

「どうも、ソラトバン殿。チラーニ殿」

「鈴雅(れいが)さん!」

 

 鈴雅。

 帝国に捕まって、バッツワーノの奴隷にされとった、お母ちゃん鬼術師である。

 

「話聞いて、飛んで来ましてん。私も蘇生できますからね」

「おお・・・!」

 

 なるほど、彼女が手伝うてくれれば、『1月に1人』×2──となるワケである。

 

「さーて、ほな、帰還する前に・・・」

 清雅、なにやら目を閉じて、ブツブツと唱えた。

「・・・マテレーニャ・マレッジラゲーニャと、魔王様を、『取り持つ』。・・・これでよし」

「なにをした?」

「後でな。帰ってからや」清雅は急かした。「待たしたら、チー姉、気が狂ってまうわ」

「あ、はい」

 

◆ 85、ソラトバン、蘇生さる ◆

 

 目を覚ましたらば、ベットの上。

 隣には、清雅。あぐらかいておる。

 清雅を支えとるのは、整備ロボ・ドリノン。中身はドリナラーニどんか?

 

 その反対。ベットの横に、チーニャ。

 

「すまん」

 手を伸ばした。

 彼女は、抱きついてきた。慰めとる間に、清雅が立ち上がる。

「清雅。ありがとさんじゃ。お礼じゃが・・・」

(そのうちな)

 清雅は口だけでそう答えて、ニヤーッと笑いながら、ドリノンと一緒に出て行った。

 部屋に残ったのは、ソラトバンとチーニャ。

 と。

 ふわ~ん・・・と浮かぶ、弐ノ塔のおふくろ。

「心配かけたのう、おふくろさん」

<お帰り>

 おふくろ、うなずく。

<チラーニも、いま起きたぞ。もう心配はないからな>

「そうか。・・・そっちに居ってやらんでええんか?」

<あっちにも居るで、大丈夫じゃ>

「あ、そう」

 チラーニどんがさびしがるんじゃないか? と、思うたのだが。

 そこは、並列作業のできる弐ノ塔。チラーニにも付き添っとるようである。

<ほじゃな>

「あ、ひとつだけ」

<──なんじゃ>

「攻撃塔はどうなった? あ、浮鬼は無事か? ・・・そう言や、わしの弾は当たったんかのう?」

<みっつじゃないか>

「いやあ・・・まあ・・・ムニャムニャ」

<浮鬼は生きとる。ナンガラックどものおかげでな>

「おお」

<おまえさんの一撃は、敵の砲身をブッ壊した>

「当たったか!」

<見事にな。敵も撃ったが、砲が割れて威力激減。トンボの装甲で止まったそうじゃ>

「ウミドラーニどんは」

<軽いケガだけじゃ。トンボも、銃架やったナンガラックもじゃ>

「良かったわい」

<──じゃが、戦闘は終わらなんだ。すべての塔が、一斉に自爆をしようとしたけぇ、>

「は???」

<私が制圧した>

「せいあつ」

<私ら、弐ノ塔系の鬼械人には、帝国の蒸気械人も憑依できる。──これは前に言うたな?>

「・・・・・・・・・うむ」

<覚えとらんのか>

「いや覚えとる。ドリナラーニどんのコト・・・じゃよな?」

<あやふやな。まあそうじゃ。で、妙雅も、そうなんじゃ>

「憑依しやすいワケか」

<そうじゃ>

「弱点じゃな」

<まあな。とは言え、相手が妙雅ともなれば、防御も固い。格別の知識と経験が必要じゃった>

 おふくろ、のけぞる。

 自慢しとるときの角度じゃな。

「さすがじゃ!」

<じゃろ>

「ほで、どうなったんじゃ?」

<なんでじゃ>おふくろ、ガックリする。<なに聞いとった>

「いや・・・」

<本塔、補助塔、攻撃塔──妙雅の遺体、すべて、私の制御下にある。もはや、我がユニット同然じゃ>

「なるほど。そりゃすごい!」

 ソラトバン、チーニャ抱いたまま、手を叩く。

「魅了みたいじゃな」

<失礼な。私は、もともと妙雅の分霊じゃぞ。『帰省』と言え>

「寄生か」

<・・・発音がちがうが。まあ、ええが>

 おふくろさん、あらためて、出てゆく。

<とにかく、戦いは終わりじゃ。ゆっくりしてええからな>

「うん」

 

 ・・・2人きりになって。

 

「あのぅ。チーニャさんや? 浮気なんぞ、しとらんからな?」

 恐る恐る、そんなコトを言うてみると・・・

 恋人は、胸に顔を埋めたまま、こんな話をした。

「私さ。行かないことにしてるんだ。冥界に。絶対に」

「なんでじゃ」

「・・・。」

「おっ父とおっ母に、会わんようにしとるんか」

「うん」

「なんでじゃ」

「・・・。」

「弐ノ塔のおふくろに悪いからか」

「うん」

「気にせんじゃろ。あの人は」

「してる」

「そうか?」

「出すのがヘタなだけ」

「・・・ああ」

「石頭」

「w」

 

 ソラトバンは、彼女の綺麗な髪を撫でた。

 

「いつか。ずーっと先にじゃが。お会いしたいもんじゃな」

「・・・。」彼女は頭をぐりぐりしてきた。

「わしの親にも、自慢したいし」

「・・・じゃ、早い方がいい?」

「ずーっと先がええのう」

「そっか」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。