◆ 23、空飛ぶ塔 ◆
カクカクしたものが、空飛んでやってきた。
午後の空遠く、霞(かすみ)がかっておる。まだ、詳細はわからぬ。
「なんか飛んできたわい」ソラトバン、つぶやく。「あれも、鬼械人かのう?」
「ふふんw」清雅に笑われた。
「なにがおかしいんじゃ」
「じきにわかるわ。お楽しみや」
ソラトバンたち。
鬼械人チラーニの、お腹ン中。
3人横並びで、空を見ておる。
左に、結んだ黒髪も豊かに波打つ、おっぱいでっかい美女チーニャ。
真ん中に、白いキバ見せてニヤニヤしとる鬼の娘、清雅。
右に、我らがソラトバン。冴えない樵の若者である。
・・・ソラトバン。冴えないだけでなく、胴着に穴空き、血まみれである。トンボの弓で死んだときのやつだ。
そのトンボ。
百年前に死んだ、伝説の鬼械人。
チラーニの背後に突っ立っておる。
沈黙し、静止して・・・。
死んだ鬼械人であるから、沈黙しとるのは当然。静止も当然なのだが。
ではなぜ動いておったのか? それはまだ謎である。
チラーニにくらべて、ひと回り小さなトンボ。ほっそりとして、美しい。背中に生えた4枚の透明な翼だけが、大きく見える。
おでこにある丸い眼(のようなもの)が、光っておる。顔は日陰になって、よく見えなかった。
カクカクしたものが、近付いてきた。
山の斜面に、そいつの影が流れておる。
「ごっつい・・・デカいみたいじゃな?」
「ふンw」清雅、笑う。「──にしてもやー。チー姉。コイツに見せてよかったんか?」
「まあ、アカンのだが、」チーニャが答える。「万が一、敵の増援が来たらな」
<オレもう動けないからね?>
「はいはい。よしよし」チーニャさん、適当になだめた。
「ソラよー・・・」と清雅。
「なんじゃ」
「おまえ、覚悟決めろよ?」
「なんのじゃ」
「・・・。」清雅は真面目な顔でこっち見てきた。「チー姉たちの秘密知る覚悟や」
「わかったわい」
「わかってへん」清雅はフンと鼻を鳴らした。「わかってへん顔や」
「わかっとるわい」
「いーや、わかってへん」
「はいはい。よしよし」
カクカクしたものが、ソラトバンたちの頭上に達した。
「で・・・でかい!」
空が!
そいつの底面に、覆われてしもうた!
(まあ、チラーニのお腹ン中から見える範囲が、の話ですが。)
でかいもんに頭上に来られると、本能的にしゃがんでしまう──っちゅうのを、ソラトバンは知った。
あたり一帯を影にして。
カクカクした巨大人工物は・・・
ふわ~~~ん・・・と、迫ってきた。
降りてくるのだ。水鳥が水面に降りるように、森の木々が作る緑の海を押し分けて。
ゴキゴキゴキ・・・ミシミシミシ・・・。
塔の足元が──コマのようにとんがっておる──地面に、突き刺さる。
地響きがした。
木々が、波打った。
「・・・!」
「なんか言えや」
「紹介してなかったな」チーニャが笑った。「飛行塔。チラーニの家だ」
「・・・!?」
◆ 24、ニノトウ母ちゃん ◆
飛行塔は、静止した。
ソラトバンたちの目の前に、塔の壁面がある。
その壁に、扉がある。
正面玄関・・・いや、『城門』と表現したほうが近いかもわからん。
チラーニが「ただいまー」とスタスタ入って行けそうな扉なのだ。
でかい!
その巨大扉。
ぷしゅっ・・・と、空気の音を立てたかと思うと。
上端が壁を離れ、ゆっくりとこちらへ倒れてきた。
水平になって、止まる。『突き出し扉床』とでも言おうか。そんな形になった。
その、突き出し扉床に。
カブトかぶった小さな生きものが、ワラワラと出てきて・・・
「チーササラーニ殿、お待たせでござる!」
あいさつしてきた。
<出迎えご苦労!>
小さな者ども。
尻尾をパタパタ振りながら、キャンキャンわめいて駆け回る。
「地面ナナメ。障害物多し」
「着地に、難あり! でござる!」
うち、1人が、こっちを見上げた。
毛におおわれた顔。黒い目ふたつ。黒い鼻ひとつ。パカッと開いた口に、白いキバ。舌、ダラリ。
「・・・犬?」
「コボルドだ」とチーニャ。「ウチの一族さ」
<引き揚げ作業の担当だね>
コボルドの作業員ども。グルグル走り回る。右往左往した挙げ句、仲間とぶつかったりしておる。
「急ぐでござる!」「落ち着くでござる!」
そんなコボルドの頭上を飛び越して・・・
カクカクしたものが、飛んできた。
小っちゃい飛行物体である。
ソラトバンの上半身より、ひと回り小さいぐらいか?
丸い目玉がひとつ、腕が2本。足はナシ。手の指は、農具のピッチフォークみたいな感じの、2叉になっておる。
「な、なんじゃ。気m」
気持ち悪いやつ! と言いかけたソラトバン。あわてて口閉じた。また「ウチの仲間だ」とか言われるんじゃないかと・・・
<オレの母ちゃんだよ>
正解であった。
<初めまして>
カクカクした小さい飛来物がしゃべった。
しゃべった、というか、声だけが鳴り響いたというか。
口はない(どこも動いてない)。音だけしよる。チラーニと同じ方式のようじゃ。
<私は、ニノトウ。チラーニたちの生みの親です>
「弐番目の塔で、弐ノ塔や」と清雅。
「お・・・おお。初めましてじゃ。弐ノ塔の母御(ははご)。ソラトバンじゃ」
<あなたのことは、チラーニから聞いていますよ>
弐ノ塔母ちゃん、ブッ壊れたチラーニの背中をチラッと見てから、
<危ないところでしたね。こちらの事情に巻き込んでしまって>
「いやいや、わしのほうこそ、助けてもろうて・・・」
「ママ。話は後だ」
チーニャが手を上げた。
「敵がそのへんにいるかも知れん」
<そうですね。では、また後ほど>
小っこい飛来物。
弐ノ塔母ちゃん。
ふわ~ん・・・と、突き出し扉床のところへ戻り、コボルドに指示を出し始めた。<鎖を。それから、浮上ユニット・・・>
「そう言や、姐御」
ソラトバンは、チーニャの顔を見た。
おっぱいでっかい美人、こっち見る。
「なに?」
「姐御は、『弐ノ塔のチーサーニャ』ちゅうとったのう」
「あー、」美人、ニッコリ笑った。「そう。私は、弐ノ塔の養子だから」
<オレの妹みたいなもんさ>
「なるほどのう」
◆ 25、星の鎖をすり抜けて ◆
羽ある鬼械人、トンボの引き揚げが始まる。
これが、なかなかの難事であった。
なんせ鬼械人。でかい。重い。人間型なので、不安定。
一体どうするんじゃ、こんな巨人・・・? と、ソラトバンは心配した。
それは。
こうするんである!
≪ドリノン1号、降下でござる!≫
≪ドリノン2号、降下でござる!≫
大きな扉(地面から2尋ほどの高さ)から、小っこい鬼械人が飛び降りた。
ドリノン!
それは、四つ腕の鬼械人!
コボルド2人が縦に重なって、乗り手となる! ダブル乗り手方式の鬼械人!
スリムなそのボディ。犬の檻(おり)を2段に重ねたがごとし!
──と表現すると、アレですが。実際、そういう感じなので。乗り手席、鉄格子で囲まれとるし。
しかし、乗っとるコボルドはやる気満々。
ガチャガチャ。手元の握りを操作。
クイクイッ・・・。鬼械人ドリノンの両腕が動く。
ドリノンの指は、弐ノ塔母ちゃんと同じ。2叉フォーク。この指で、鉄の鎖をガッチリ挟んで、ジャラリジャラリと持って来た。
そうして、地面に飛び降りたんである。
「危な・・・!」
と、ソラトバンはびっくりしたが、
ふわ~ん・・・
ふわ~ん・・・
ドリノンは、羽毛のフワフワ舞うごとく、ゆ~らりゆらりと地面に降下。
4本足で、音もなく着地した。
トンボの足元まで駆け寄ると、
ふわ~ん・・・と、上昇。
トンボの脇を鎖で持ち上げるようにした。
鎖の両端には、コマみたいな形したパーツがついておる。
このコマが・・・
ふわ~ん・・・
ふわ~ん・・・
と、これまた、宙に浮かび上がるのであった!
「浮き、っちゅうことかのう?」
<そうだね。オレの浮上筒にも、アレが入ってんだぜ>
「なんと」
<肩のはバランス取りで、主力はまた別に・・・あ、ほら、いま持ってきた>
ドリノン1・2号が、でっかい筒を運んで来た。
この筒は、ソラトバン、見たことある。
「浮上筒じゃな?」
<そ!>
チラーニの背中にくっついとる、でっかい筒である。
ドリノンはこれを抱えて、浮かび上がった。・・・と思ったら、地面に落ちた。あれれ。筒が重たいようである。
地面を強く蹴って、強引に飛び上がる。
ドリノン1号。うまいことトンボの腰に取りついて、作業を開始。
ドリノン2号。お空に向かって、飛んでゆく。
≪うわあー≫
<はいはい>
チラーニがつまんで、引き戻してやった。
浮上筒。トンボの腰の左右に、固定された。鎖とフックを使っての、強引な装着であるが・・・
≪取り付け完了でござる!≫
≪浮上テストされたし≫
・・・どうやら、いいようである。
4本腕の鬼械人・ドリノンは、待機状態となる。
代わりに、弐ノ塔母ちゃんが、ふわ~ん・・・とトンボに近付いた。
<チラーニ。念のため、支えてください>
<オレ、ちぎれかけなんだけどなー>
母ちゃんに命じられ、チラーニがトンボに手を添える。
<あ、みんな、席に着いてね>
「ンむ」
清雅が、ヒラリと弓手の席に飛び乗った。
がばっと足開いて座ったところで、チーニャがすっと乗り手の席へ。慣れた動きであった。
ソラトバンも、あわてて第三座席へ。清雅と背中合わせに座り、コの字型の枠を引き下ろして、身体を固定する。
<チラーニ、準備完了>
<はい。ドリノン、肩の浮上ユニットを誘導せよ>
≪了解でござる!≫
ドリノンが浮上して、トンボの肩にかかった鎖を握る。
<突き出し扉付近、退避せよ>
「退避でござるー!」コボルド走り回る。ぶつかって、こけた。「ハァハァ。退避完了でござる!」
<よろしい。引き揚げ、開始>
小っちゃな母ちゃん。
2叉の手を、トンボの腰に向けて構えると・・・
<『浮かべ。星の鎖をすり抜けて』>
呪文を唱えて、浮上筒を起動した。
ギシ・・・ミシ・・・
トンボの巨体が音を立てる。
わずかに傾き、チラーニの手に寄り掛かってくる。
<不安定だね>とチラーニ。
<この御方、背中に取り付け具がないから>と弐ノ塔母ちゃん。<まあ、大丈夫でしょう。上げます>
ギシギシ・・・ミシミシミシ・・・
トンボの巨体が、地面を離れた。
それに手を添えたまま、チラーニもゆっくり浮かび上がる。
ドリノン2機は、まるで漁師が網を引っ張るように、トンボの巨体を誘導する。
「クマ狩りみたいじゃな」とソラトバン。
「は?」と清雅。
「いや、みんなして引っ張って、吊るすじゃないか」
「あア?」
「オーガは、やり方がちがうんだよ」チーニャが笑った。「クマぐらいなら、持ち上げるからな。オーガの男は」
「なんじゃと・・・?!」
<オレもなー、万全の状態ならなー。脇抱えてヒョイ、で終わりだったんだけどねー>
<チラーニは作業に集中なさい>
<あ、はい>
トンボが引っくり返らんよう、慎重にバランスを取りながら、ジワジワと入り口へ。
床には着地せず、浮上したまま、ゆっくり進む。
戸口をくぐった。
森の香りが遠ざかった。
ふわーっと温かい、屋内の空気が流れ込んできた・・・
いよいよ、空飛ぶ塔の内部に入ったのだ!
ソラトバンは──
「なんも見えん!!!」
と、心の中で叫んでおった。
彼の座席、後ろ向きですからね。
◆ 26、固定完了でござる! ◆
トンボが運び込まれたのは、『飛行塔』の1階。
正面扉入ってすぐの、広間であった。
巨大な広間である。
天井も高い。チラーニが浮かび上がって移動できるのだから・・・高さ、5尋はあろうか?
ソラトバンの住んどる小屋ぐらいなら、縦横に3軒ずつ、それも3段重ねて積み込めるほどじゃ!
壁の高~いところに、ぐるっと歩廊が巡っておる。壁から突き出した、半空中歩廊である。高さは、チラーニの肩のへん。
その歩廊にコボルドが何人か居って、「オーライ、オーライ!」とか言うておる。
ドリノンがやって来る。鉄骨を抱えて跳び上がると・・・
≪脇支え、取り付け完了!≫
≪股間支え、取り付け完了!≫
「脇支え、1つ高い! 1段下ろせ!」
壁に、鉄骨を突き入れた。
その鉄骨に、脇と股間を乗せる形で、トンボを安置する。
ドリノンが鉄の鎖でもって、鉄骨とトンボを固定。
このようにして、トンボを壁に繋留した(けいりゅうした)。
「おお・・・」
またしてもソラトバンは、クマ狩りを連想した。
剥いだ毛皮を、木の枠を使うて、ピンと張って乾かす。そんな光景である。
けど、黙っておいた。
チラーニが、トンボと同じようにして、壁に繋留されたからである。
「チラーニどん、クマの皮みたいじゃな!」
・・・などとは、さすがに言えんからのう。代わりにこう言うといたわい。
「すごい施設じゃのう・・・」
<だろ! いやー、ソラは話がわかるなー!>
≪チーササラーニ殿、固定完了でござる≫
<はーい。ありがと>
「じゃ、降りるとしようか」
チーニャがハッチを開いた。
下を見ると・・・
意外と、高さがある。まあ、同じ高さなら、降りるときのほうが高く見えますからね。
ソラトバンが少しビビったところで、
≪階段をどうぞ! でござる!≫
ドリノンが、大きな階段を持って来てくれた。
チーニャがその階段に乗って、降りてった。トントントン。床に着くや、カンカンカンと足音鳴らして歩み去る。
あれ? 姐御のやつ、さっさとどっか行ってしもうた。急ぎの用事でもあるんかいのう?
次、清雅。この鬼っ娘は、床に降りると猫みたいに伸びをし、あくびをして、ボケーッとその場に残った。
次、ソラトバン。
ハッチを乗り越える。
手が少し震えておる。足も、フラフラする。今日は、大変だったので・・・。
「やれ、助かったわい」
この階段がなかったら、落っこちとったかもわからん。
手すりをしっかり掴んで、床まで降りる。
踏みしめた床は、薄い鉄の音がした。
「はぁ・・・」
「お疲れ」
「いや、清雅もな。それと、蘇生のこと、ありがとさんじゃ」
「あれァ、ウチが勝手にやったことや」
「いやいや・・・それにしても、ふぅ。巨人に乗るんは、体力いるのう」
「ンあ」
そのとき。
「サイキ以下3人、お邪魔する!」
入り口に、赤い肌した小男どもが、よじ登ってきた。
テケテケテケ・・・走ってくる。
「あ、」ソラトバン、そっち見た。
「おう」と、赤い小男。
「こりゃどうも。清雅の兄貴・・・の、皆さんかのう?」
入って来たのは、顔がそっくりの、ゴブリン3人組であった。
◆ 27、ゴブリン三兄弟 ◆
「あー、」清雅が横に来た。「場所わかったァ?」
「おう」「おう」「おう」と3人。「お清(おせい)。大変やったみたいやな」
「ンむ。ふァー」清雅はあくびをした。「・・・トンボが出てな」
「こいつか」
赤い小男3人。壁に立つトンボを見る。
「これが、トンボか」「この輝きが、神竜甲(じんりゅうこう)か」「・・・小っこいな」
「メッチャ強かったで。チラ兄の猫蹴りが通らんかってん」
「何ッ!?」再鬼がカッと目を見開いた。「岩をも砕く、猫爪が──だと?」
<会心の当たりだったんだけどねぇ>とチラーニ。壁にくっついたままで。
「しかも不意打ち喰ろーてな。あわや真っ二つや。こいつが」
どん!
ソラトバン、清雅に背中をどつかれる。「げほっ」
「そうか」再鬼が、ジロリとソラトバンを見上げてきた。値踏みする目である。「よう生き延びたな」
「妹さんのおかげじゃ。テッカホウっちゅうので、こう、斧を受けてくれてのう」
<鉄鎖砲ね>
「トンボを倒したんも、妹さんじゃ。三段砲?」
<そう、散弾砲ね。乗り手を仕留めたんだよね>
「・・・散弾で?」と再鬼。「猫爪の通らん装甲を?」
<そう。不思議だよね>
「清雅さまの超鬼術・英雄ショットや」と清雅。
<なにそれ。そんな術あんの?>
「あるわけないやろ」
<・・・。>
「・・・穴」ゴブリン三兄弟のうち、いちばん遠く、斜めに立っとるのがボソッと言うた。
<ああ、どっかの穴を通った可能性ね? そうだね。調べてみる。後で教えたげるよ>
「了解」
再鬼は、ソラトバンのほうに向き直った。
「改めて名乗っとこか。我らゴブリン三兄弟。清雅の兄。俺、再鬼」
「俺、ショーキ」
「俺、スーキ」
「正しい鬼と書いて正鬼、数奇な鬼と書いて数鬼や」
清雅さんよ。毎度、字ィ教えてくれて、ありがたいんじゃが・・・
ソラトバンは、文字の読み書き、できんのじゃ。すまんのう。
「ショーキどん。スーキどん。よろしゅう。ソラトバンじゃ」
「うむ」「うむ」「うむ」
再鬼どんは、棍棒持っとるからわかる。態度デカいし。
あとの2人は、わからん。
見た目が一緒すぎる! 顔から服装まで! なんか特徴つけてくれ!
これじゃうかつに名前呼べんわい!
「なんかあったら、俺に言え」
「わかったわい。再鬼どん」助かった。
「ではな」
「・・・しっかりした兄貴じゃな」
「頭固いだけや」と清雅。「ふぁーア。眠」
三兄弟とのあいさつを、終えたところで。
「ソラトバン殿。お疲れさまでございまする!」
コボルドが1人、駆け寄ってきた。
「お風呂の用意がしてございまする。いかがです?」
「風呂じゃと! こりゃまた、ぜいたくな。わしなんかが、入ってええんか?」
「はい。ぜひ! ──と、チーサーニャさまに言われておりまする」
「おお・・・」チーニャの姐御、この準備を急いでくれたんか。感動じゃ。「ほじゃ、お言葉に甘えようかのう」
◆ 28、お風呂で、おっぱい!? ◆
≪飛行塔、浮上します≫
弐ノ塔母ちゃんの、アナウンスの声、聞きながら。
可愛らしいコボルド(メスか?)に、案内されるまま。
階段上がり、廊下抜け、ゴウンゴウンと音のする分厚い扉、通りすぎ。
やって来ました、浴場に。
ソラトバンは、服を脱ぐ。
「服は洗いますので、出して下さいませ」
「すまんことじゃ」
血で汚れ、穴開きたる樵服。お願いしますと手渡した。
コボルド、それで引き下がり、いまはソラトバン、1人だけ。
「この部屋、わしの家ぐらいでっかいんじゃが・・・服脱ぐだけの場所なんか?」
キョロキョロする。
脱衣場っちゅうヤツである。そんなん知らんソラトバン。「棚の多い部屋じゃ」などと考える。
手荷物は棚へと言われておったので、小物入れを、棚へ。火打ち石とか針とか糸とか小刀とか入っとる小袋である。
どうやら、先客が居るらしい。
近くの棚に、誰か他人の持ち物が置いてあった。湯の流れる音も聞こえてくるし。
「風呂かぁ・・・」
借りた手拭(てぬぐい)で股間を隠しつつ、引き戸を開けて、入る。
「おっ父が生きとったころ、神殿で入れてもろうたぐらいかのう? 祭ンときに」
ソラトバンも、水浴びはする。
だが、湯浴みはしない。薪がもったいない。
なので・・・
湯気でいっぱいの風呂場に入って、ソラトバンの感動したことといったら・・・
「おお・・・! あったかいわい」
出した声が反響する。
ざばー・・・と、湯を流す音がしたので、そっちにあいさつした。
「どなたか知らんが、後からお邪魔します」
すると。
返ってきたのは、チーニャの姐御の声であった。
「ええ。どうぞ、ごゆっくり」
「んんん???」
白い背中。黒い髪。
流れるお湯に包まれる──木の椅子に、陶器のようにくっついた、むっちりとした──おしり。
桶を持ち上げ湯を流す、柔らかな腕。その横に、透き通るような、丸い、ふくらみ・・・
「こ、こ、こりゃ」ソラトバン、横を向いた。「し、失礼をした」
「んー?」
チーニャさん、なんと、こっちを振り向いてきた。
ソラトバンは横を向いておる。向いておるのだが・・・
視界の端っこに、白くて柔らかな、毬(まり)のごときものが・・・ぷるんぷるん揺れるのが・・・
「ふふふ。私が入ってるの、知らずに入ってきたのか」
『私』になっておる。
「しし、知らんかった。案内されて、なんも考えんと。すまんことじゃ」
「あら、そう。飛行塔の風呂は、ここひとつだからなぁ」
チーニャは、また身体を洗い出した。
視界の端っこに、ぷりんぷりん動く白いおしりが・・・
「・・・あ、まさか。お清は来てないだろうな?」
「き、来とらん。来とらんと、思うが」
「ならいい」ざばー。「あの子は、いいとこのお嬢だから」
「はぁ」
「下手に手ェ出すなよ? 殺されるぞ」
「え」
「オーガは、頭に血が昇るの速いからね」
チーニャさん。
た・・・立ち上がった!
視界の端っこに・・・すらりと輝く、おっぱい美女の、裸体が・・・!
「チラーニがさ、殴られたことがあってさ」
「オ、オーガにか?」
「そう。すねのとこ。凹んじゃってさ。信じられる? パンチでよ? オーガは怪物だよ、アハハ」
たぷん、たぷん!
揺れるものを隠しもせず、チーニャの姐御は、お風呂に入る。
見てない。見てないぞ。見とらんのじゃが。
彼女の美貌が、ニヤッと笑った気がした。
いやな予感。
村で生活してきたソラトバン。女どもの悪巧み、知らんわけではない。
昨日までの友人を罠にかけ、陰口でもって吊るし上げ、指一本触れぬままイジメ抜く──恐るべき悪巧み。
それに、ちょっと似た空気。
ソラトバンは、察知した。
「いやー、すまん! チーニャの姐御。ゆっくりされとるとこ、まこと、すまなんだ。わしゃー、出直すわい」
「えぇ・・・?」ニヤニヤ笑いが深まったようである。「出て行けなんて、言わないわよ? 今日は、迷惑かけたしね?」
わよ。
「いやいや、そんな」
「巻き込んじゃって、ごめんね? ホントに」
ぱしゃぱしゃ。お湯の音がする。
チーニャの姐御、お湯の中でうつ伏せになって、足伸ばしてばしゃばしゃやっとるようである。
もしも、そちらを見れば・・・視界の端っこでぷるぷるしとる、白いものが、見えるわけであるが・・・!
「いや、いや、もう、はぁ」もう話の中身なんぞ上の空である。
「万が一があったら、親御さんに顔向けできなくなるとこだった」
「いやーぁ・・・」
どうも話の相手をせねばならんようである。
しょうがない。
ソラトバン。
ガチガチに緊張しつつ、身体を洗うことにした。
「・・・わしゃ、おっ父もおっ母も死んどるで、別に」
「そう」ばしゃばしゃ。「私と一緒だね」
「姐御もか?」
「11歳のときにね。山賊に」
「山賊か・・・」村人の天敵である。
「たぶん、帝国の脱走兵だろうって、レッケンサーニの兄者は言っていた」
「あの騎士さまか」
「そう。兄者は外人だが、たまたま帝国を訪れててね。私の一家が襲われているところに通りがかって」
チーニャは湯船に頬を乗せた。
「あっという間に山賊を斬り倒して、私を抱き起こしてくれた」
「あの御方、強そうじゃものな」
「うん、すごく! ・・・それで、孤児院に連れてってくれる、って話になってね」
「ほう」
「色々あって、弐ノ塔に拾われたのよ」
「え?」
色々ありすぎじゃないか?
どう繋がったんか、わからんわ。
「弐ノ塔っちゅうのは・・・孤児院じゃったんか?」
「はっはっは」チーニャ、笑う。「んなワケあるか」
「じゃろうな」
「孤児院に向かう途中、山賊の仲間が復讐に来てさ。追い詰められて。逃げ込んだところで、弐ノ塔と出会ったのさ」
「なるほど。それで、ここで暮らすようになって、チラーニの兄貴と出会うたわけか」
「そう。助ける代わりに、乗り手を1人くれ──と言われてね」
「乗り手」
「人間の乗り手が欲しい。抜けることは許さない。一生、弐ノ塔で暮らしてもらう、とね」
「それは・・・ちと、重たい話じゃな」
「うん。兄者も困惑してね。それで、私が手を上げた。兄者が喜んでくれるかな、ってね・・・」
ため息。
色っぽすぎて、困るんじゃが!
しかも、よその男に恋い焦がれてのため息じゃし! そんなもん、聞きとうなかったわい!
「孤児院に入ってたら・・・どうなってたんだろうね?」
「どうじゃろ」わかるわけないが、しかし、「乗り手になって、良かったんじゃないか?」
「そう?」
「兄者を助けたじゃないか。姐御が、今日、あそこに居らなんだら」
「ああ・・・」うっとりとしたため息。「そう・・・そうね。うん・・・!」
こりゃだめじゃ。もうこの、男を思ってハァハァしとるおっぱいさんの側には、居れん。
湯にはつからず、出るしかないわい──と、悲しい決意を固めたソラトバンであったが。
「チぃーーーねぇーーー!」
外から清雅の声がした。
ほぼ、怒鳴り声である。
「はーい」
「訊きたいこと、あんねんけどォー! 入ってー、ええかァー!?」
「・・・クックック、こりゃ、バレたな」チーニャ、悪い笑い。「こっちが出るよ!」
ざぱー。
背の高い、白い肌をした、そそり立つようなヌードが、露になった。
ぴた、ぴた、ぴた・・・
いっしょうけんめい身体洗うフリしとるソラトバンの後ろを。
たぷん、たぷん・・・と、波みたいな音を立てながら。
「じゃ、またね、ソラ」
美しい鬼械人乗りは、悠然と歩いていった。
ソラトバンは、ドキドキする胸を抱えたまま、温かいお湯を楽しませてもらった。
「風呂がこんな恐いとことは知らなんだわい」などと、ブツブツ言いながら。
◆ 29、わかったこと ◆
「もうすぐ食事ができるが、その前に、わかったことを伝えておこう」
風呂上がりのチーニャ姉さん。
上気した肌に、湿った黒髪。ちょっと潤んだ瞳。
とてもいやらし──美しい姐御が、説明をスタートした。
「トンボの現状。どうやって動かしていたか。そして、なぜ散弾で乗り手が死んだのか。この3つだ」
聞き手は。
清雅、ソラトバン、ゴブリン三兄弟、そして小っこくてカクカクした飛行物体・弐ノ塔母ちゃん。
最後に、チラーニ──の、上半身である。
チラーニ君。
床から、生えておる。
胸(ハッチのあるあたり)から上だけ、床から突き出しとるんである。
<ここ、上半身の整備室なんだよね>
「格納庫は寒いからな。ここのほうが良かろうと思ってね」
とのこと。
たしかに、居心地のよい、温かい部屋であった。
信じがたいほど柔らかいソファに座らされたソラトバン。
湯上がりの心地よさもあり、ちがう世界に迷い込んだような気分。
服は、明るい灰色の、肌触りのよいシャツとズボン。麻のようだが、麻とは思えんほど、柔らかい。
それから、肩にふわっとかける羊毛のケープ。体温が調整しやすく、湯上がりにはありがたい。
チーニャも同じケープ掛けておる。ま、彼女のほうは、胸が突き出し歩廊みたいになってますがね。
・・・だめじゃ。
姐御の胸元見ると、湯の中の白い肌がチラつく。
ソラトバン、生唾呑んで、目そらした。気が散って、つらい・・・。
「まずは、これ」
ゴトリ。
チーニャがテーブルに出したのは、大きな金属の筒であった。
ひび割れて変形し、穴が開いておる。
「トンボに取り付けられていた魔蒸気筒だ」
「まじょうきづつ」ソラトバンには何のこっちゃわからぬ。
「関節動かすヤツや。帝国の、パチモン鬼械人方式や」と清雅。「ルーン魔術で、熱の出し入れすんねん」
「熱の出し入れとは?」
「背中にでっかい筒背負って、あらかじめあっためとくねん」
ばしばし。清雅に、背中を叩かれる。
で、背中から肘まで、つつーっと指でなぞられた。
「その熱を、関節の蒸気筒に移してやる。ほしたら、筒が伸びるやろ?」
「なんで伸びるんじゃ」
「魔蒸気筒の中身が沸騰するやろが、阿呆」ハイ暴言出ました。
「中身・・・」筒覗くソラトバン。
「いまは空っぽだ」とチーニャ。
「身体に悪いからな。気ィ付けなアカンねん」
「わし、吸い込んだんじゃが・・・」
「気にすんな」
「どっちじゃ」
「──しかし、」ゴブリンの再鬼が、話を戻す。「魔蒸気は、帝国式。なぜトンボに?」
「賊どもが、トンボの関節を改造したのさ」
「改造」
「オーガ式の『力の筒』を抜いて、帝国式の魔蒸気筒を入れた」
<劣化改造ってとこだね>とチラーニ。
「なんで劣化させんねん?」と清雅。
「わからん」とチーニャ。「魔蒸気を使いたくて使ったのか、やむを得ずそうしたのか」
<『力の筒』が目当ての可能性もありますね。解読しているとか>と、弐ノ塔母ちゃん。
<解読できても、使えないはずだけどねー>
「死んだトンボの関節を、勝手にいじったじゃと・・・?」
ソラトバン、顔をしかめる。
「ひどい話じゃ」
<まったくだよ>
「次はこれだ」
チーニャは、針金を取り出した。
縄のように、よじり合わせた針金である。薄い革で巻いて、保護してあった。
「信じがたいことに、トンボに乗っていた男は、手動でトンボを動かしていたようだ」
「手動?」再鬼、首ひねる。
「鬼械人の御霊(みたま)ナシで、ルーン魔術を自分で唱えて──ってこと」
「なんと・・・!」「ありえぬ」「予想外」ゴブリン三兄弟、驚愕す。
「?」ソラトバン、困惑す。
<ソラ、鬼械人の関節はね、魔術で伸び縮みするんだよ>チラーニ、助け船。
「さっき説明したやろ何聞いとんねんボケェ~」清雅、暴言。
「あー・・・」
そんな暴言吐かれてものう。
人間、知らんことには、鈍くなるもんじゃろが。
「・・・ふつうはその、ルーン魔術っちゅうのを、自分では唱えたりはせんっちゅうことか?」
「唱えてなかったろ?」チーニャ、自分を指差す。
「ンなコトしとったら立ち上がるだけでマナ切れするわスカポンが」
「ほじゃ、誰が唱えとるんじゃ?」
<オレさ!>
「チラーニの兄貴が? 自分で呪文唱えて、自分の関節を動かしとるんか?」
<そうさ!>
「ははあ・・・」
呪文で、自分の関節を伸び縮みさせる。
ちょっと想像のつかん話であるが。
「・・・あれ? ほじゃけど、チラーニの兄貴も、唱えとらんかったじゃろ?」
<オレたちの声は、人間には聞こえないのさ>
「え?」
<この声は、あなたたちに聞かせるためのもの>と弐ノ塔母ちゃん。<本来の声では、ないのです>
<本来の声──というか、思考なら、ものすごく速く唱えれるのさ>
「はー! すごい生きモンじゃのう、チラーニどん」
<だろ? だろ?>チラーニ、御機嫌である。
「針金は、何なのだ?」と再鬼。
「中央蓄熱筒と、各関節の魔蒸気筒を繋いでいた」
チーニャは針金を手で握った。
「蓄熱筒は乗り手席の後部に入れてあり、そこからすべての針金が流れ出ていた。手で触れる位置を通って、ね」
<針金にルーン魔術をかけて、熱の出し入れをしてたみたいだね>
「操り人形」正鬼か数鬼のどっちかが、ボソッと言うた。
「そう! まさに、そんな感じだ。数鬼殿」数鬼だったようである。
「えーと・・・っちゅうことは・・・」
ソラトバン、頑張って考える。
「・・・この針金に呪文唱えて、斧を引く、斧を振る、ってやっとったわけか?」
「そう。実際はもっと複雑だが。1つの関節に複数の筒があるからな」
「成程、信じ難し」と再鬼。「非現実的な作業量」
「言われてみりゃ、動き鈍かったわな」と清雅。
<セット呪文は作ってたんだろうけどね。『歩く』とかは>
「ルーン魔術は、命令並べるだけで合成できるからな」と清雅。「そやけど、マナはどないすんねん?」
「コレだ」
ゴトリ。
豪華な宝石のはまったワンド(短い杖)を、チーニャは取り出した。
「触ってええ?」
「どうぞ、鬼術師どの」
清雅はその杖を持った。そして、少し顔色を変えた。
「・・・メッチャ大物や、これ」
「魔泉の杖か?」と再鬼。
「ン」
「ませんのつえ?」
「魔の泉って書いて、魔泉や」と清雅。「マナ吸い込ませて、貯めとけんねん。アホみたいな値段しよんねん」
「ただの賊ではない、か。貴族、神殿・・・」
再鬼の言葉に、チーニャはうなずいた。「あるいは、帝国そのもの」
「最後はこれだ」
コトン。
鉄の玉。
親指の第一関節ほどの、鉄の玉である。綺麗な球ではない。ガタガタしておる。
「いま、全身を通る針金の話をしたね?」
鉄の玉を、チーニャはぽーんと放り上げる。
右手で輪っかを作った。玉はその指の輪を通り抜けた。左手でぱしっとキャッチ。乳、たぷんとなる。
「その針金の経路が、乗り手に死をもたらした」
<ヤツらは、ハッチの枠に穴を掘って、針金を出してたんだ>
「そこに、清雅さまの英雄ショットが決まった」
「ア?」と清雅。
「この弾が、それだ。乗り手の胸を貫通し、座席にめり込んでた」
「・・・何故、ハッチに穴を?」と、数鬼。
「ハッチの枠しか、加工できる場所がなかったようだね」
<神竜甲は、古代巨人文明の最高峰。ウチでも、加工は困難なのさ>
<ハッチ枠が通常金属なのは、寸法合わせでしょうね>と弐ノ塔母ちゃん。<加工しやすい金属で、隙間を埋めたと見ます>
「針金出すぐらい大丈夫じゃ・・・と思うたんかのう?」
「かもな。だが、それで十分だった。清雅さまの超鬼術にはね!」
<そう、英雄ショットにかかればね!>
「ごっついわざじゃのう、英雄ショット!」
ソラトバンだけ叩かれた。なんでじゃ。
「ところで、チラーニどんは大丈夫なんか?」
話が終わったようなので、ソラトバンは訊いてみた。
<ソラはいいヤツだね! オレは大丈夫さ>
「ウチが降霊することになった」と清雅。
「こうれい」
<予備機に降ろしてもらうんだ。ま、引っ越しみたいなもんだね>
・・・なんのことやらわからぬ。
「損傷が大きすぎてな。下手に修理すると、御霊が飛ぶ恐れがあって」
と、チーニャの姐御。チラーニの側に行って、その巨体を撫で始めた。
「みたまがとぶとは」
「まあ、死ぬってことや」と清雅。
「・・・一大事じゃないか」
<大丈夫。降霊は、前にもやってもらったことがある。同一機体なら、ほぼ、ショックはないんだ>
「チラーニどん」
ソラトバンも側にいって、チラーニを撫でた。
<ありがと>
「同一機体と言えばじゃが・・・トンボどんも、元に戻してやれんもんかのう?」
「難しいな」とチーニャ。
<トンボは、古い巨人文明の鬼械人ですからね>と弐ノ塔母ちゃん。
<ウチは母ちゃん方式でね。同じ『力の筒』でも、違いがあるんだ>
「そうか・・・」
ソラトバンは、思い出した。
子供の頃の、あの光景。空を飛ぶ巨人の姿。
あのときにはトンボはすでに死んどったそうじゃが・・・
元気な頃のトンボは、どんな風に飛んどったんじゃろうかのう・・・
「・・・本人に、話ができんかのう」
「話?」
「清雅が、わしにやってくれたみたいにしてじゃ。報告をして・・・相談をして」
沈黙。
わし、また何か阿呆なこと言うたんか?
と、ソラトバンが不安になってきたころ・・・
「できるけどな」清雅が言うた。
「できるんか!」
「ンあ。相手が出て来てくれるかどうかは別やけどな。行くことはできる」
清雅はソラトバンをジッと見た。
「連れてったってもええぞ。おまえに、その勇気があるんならな」
「・・・行くって、どこへじゃ?」
「冥界」
「え」
「チラ兄が先や。実家にも報告に行かなアカン。その後なら、やったるで」
「めいかい・・・とは」
「冥界や。死後の世界や。おまえが行きかけとったとこや死に損ない」
「なんちゅう暴言じゃ!」
◆ 30、ソラトバン、村に戻る ◆
その夜。
ソラトバンは、夢のような時間を過ごした。
食事。
コボルドがわんさか群がって、ワンワンと嬉しそうに尻尾を振る食堂にて。
チーニャと清雅という、美女2人に挟まれて。
この世のありとあらゆる肉、捕れる限りの魚、見たこともない果実を出されて。
たっぷりと、食わせてもろうた。
父母が死んで以来、こんなに食ったことはない。
麦の値段がムチャクチャに上がり始めてからは、特に厳しくて・・・。
酒も呑ませてもろうた。
シュワシュワする、甘い麦の酒である。そんなにキツくなく、呑み慣れんソラトバンでも呑めた。
軽く酔ったあたりでチーニャに肩抱かれ、おっぱい押しつけられた。あの熱い、柔らかい弾力は、死ぬまで忘れんであろう。
清雅には、この世のありとあらゆる暴言から面白おかしいのを選りすぐって聞かされた。
ただし、いやらしい暴言はひとつも含まれておらなんだ。そういうとこは、ちょっと可愛いのう──と思っとったら、頭叩かれた。なんでバレたんじゃ。
宴が終われば、フカフカのベット(ベッド)で、朝までグッスリ。
そして、翌朝。
早いウチに目が覚めたソラトバンを、チーニャとチラーニが、同型機の乗り手席に乗せてくれた。
チラーニ同型機。ほとんど、チラーニと同じである。そして新品である。
本来ならチーニャの姐御が座る座席に、真っ先に座らせてもらえるとは・・・!
巨人を夢見て生きてきて、良かった。そう思ったソラトバンであった。
そして。
≪着陸します≫
ズズーン・・・・・・・・・。
飛行塔から降りて。
オーガ三兄弟に見送られて。
ソラトバンは、自分の村に戻った。
「時が来たら、投げ文(なげぶみ)をする」
「すまんが、再鬼どん。わしゃ、字ィ読めんのじゃ」
「なら、絵手紙や。俺らの似顔絵を描く。1人なら『明日』。2人なら『明後日』や。指定日の朝、昨日の場所にて待つ」
「チラーニの兄貴が立っとった場所じゃな?」
「如何にも然様」三兄弟、ヤブの中に消える。「ほんならな(それではな)」
ソラトバンは、1人になった。
身体が重い。
穴の開いた服が寒い。
トボトボと、村に戻った。
大工のユーノックおやじのとこへ向かう。
「ソラトバン! おまえさん、生きとったんか!」
おやじ。
がっしり抱き締め、バシバシ背中叩いてくれた。
「昨日な、修道騎士の一団が通りかかってな、巨人乗りの賊に襲われたというてな」
「おお。それは奇遇なことじゃ。実は、わしも山賊に襲われてのう──」
ソラトバンは、作り話をした。
山賊に襲われて、斧を放り投げ、生命からがら逃げ延びた──と。
チーニャと打ち合わせして決めた作り話である。
『弐ノ塔』のことを知られると困る、ということで。
チーニャの姐御に迫られて(見事なふくらみが腕のとこでポヨンポヨンしとるわ、風呂上がりの香りがただよってくるわで、大変困った)、甘~い声で頼まれて、「絶対しゃべらんわい!」と、約束してしもうたソラトバンであった。
馬鹿な男じゃ。
コロリと引っ掛けられよって。
姐御には好いた男が居ると、わかっとるのにのう。
「──それで、服も破られてのう」
「おまえ、この服! 大穴開いてしもうとるがな。ケガはないんか?」
「うむ。ほじゃけどが、斧を落としてしもうて。すまん。おやじにもろうた斧じゃのに」
「馬鹿め、斧なんぞ! ほれ、こっち使うとけ!」
ユーノックおやじは、錆びた斧をくれた。
ソラトバンは、心を痛めた。斧をなくしたのは、嘘ではないのだが・・・。
その日は、錆びた斧を研いで過ごした。
次の日は、仕事に戻った。
暗くなるまで働き、疲れた身体を冷たい水で拭いて、朝作った粥の残りを食って、湿気たベットに潜り込む。
起きたら、仕事に出る・・・。
ときどき空を見上げたが、変わったものは何にも見えん。
「はぁ」
ため息をつく。
すると、村の者どもに
「また空を見ておる」「巨人は見つかったか?」「巨人は飛んだか? ソラトバン」
と、笑われた。
「いやあ、」
ソラトバンは、苦笑した。
「巨人ちゅうのは、そう簡単には、飛ばんようじゃな」