◆ 23、イスリュー尼僧院 ◆
「なにが蒸留所なんかに?」おジャス。不満顔。
「おかしいに・・・」ハル、首ひねる。
エルフの美女2人。木造の建物の中。応接室に、座っておる。
「ここ、蒸留所やったのえ。この応接室も、見覚えあるもん」
「記憶ゴッチャになっとるんちゃうかに? 年寄りのエルフには、ままあることえ」
「まあ、年寄りではあるけども? 職業柄、人や土地の名前は間違わんようにしておるに」
「ふむ・・・」
おジャス、座り直した。
「ま、ええとこで、良かったえ」
「そやに」
綺麗に磨かれた部屋。鉢に出された手洗い用の水も、冷たくて、気持ちがよかった。
さて、そこに。
「お待たせしました」
どんよりした目の娘が、戻ってきた。
年老いた尼僧を連れて。
老尼僧。ダークブルーのローブに、あたたかなオレンジの襟巻き(えりまき)をしておる。太陽の尼僧の服である。
「うむ」その衣を見て、満足そうなおジャス。
「天の女神の尼僧院、イスリューへようこそ、旅の御方。私が院長の──」
そこまで言うて、老尼は目を見開いた。
「もしや・・・ハルさま?」
「はい、そうですが」と、ハル。「あ! レゾニカ」
「ええ、ええ! そうです!」
ハルが老尼に駆け寄る。2人は抱き合った。
「・・・知り合いかに?」とおジャス。
「そえ!」
ハルは、老尼を抱いたまま、笑顔で振り向いた。
「レゾニカ。蒸留所の、親方の奥さま!」
◆ 24、レゾニカ院長と、コローネ ◆
「蒸留所は、閉めまして、」とレゾニカ院長。「こうして、尼僧院を開いております」
「そういうことかに」
おジャスはうなずいて、名乗った。
「我が名は、ジャスt「おジャス。とある高貴な身の剣士さまですえ」
「・・・。」
「・・・。」
おジャスとハル、睨み合う。
ハルが勝った。
「レゾニカ。あなたが、尼さんになったっちゅうことは・・・」
「ええ。夫は、7年前に」
「そう・・・おいしかったに。あなたがたのお酒」
「ありがとうございます。我々も、自信を持っていたのですが」
老尼は首を振った。
「麦収穫税が、大幅に引き上げられ・・・問屋も替わって、仕入れ値を釣り上げられ・・・不眠になった夫は、ある日、突然」
「そう・・・」
老院長。ここで話を変えて、若い娘を紹介した。
「ココロッツバーネです」
「コローネとお呼びください」どんより。
「つい最近、ここに入院したところで。失礼はなかったでしょうか」
「いいえ」ハルはほほえんだ。「とても礼儀正しい姉者ぶりでしたえ」
「うむ」おジャスもうなずく。
「よかった。今日はもう遅いですし。こちらでお泊まりください。お部屋は・・・?」
「あ、同室で」とハル。
「かしこまりました」
老尼は、若い娘──コローネに、部屋を用意するよう申しつけた。
コローネは、優雅に、静かに、退室した。
「ホンマに品のある・・・」とハル。「貴族かに?」
「ええ」院長は眉を下げた。「父が亡くなり、母が再婚して、男子が生まれたとのことで」
「・・・かわいそうに」
この世界、太陽の女神の修道院は、男女ともに結婚禁止であった。
それが貴族に利用されることもあったのだ。邪魔な子供を修道僧にしておき、万が一があったら還俗(げんぞく)させて呼び戻すんである。万が一がなければ、そのまま一生独身で終わらせる。
若いコローネには、まこと、残酷な待遇であった。
修道院にとっても迷惑な話である。だが、宗主国ハポノの貴族を、属州の修道院が訴えたところで、勝ち目はない。よって、横紙破り(よこがみやぶり)に見合う寄付を求めるぐらいしか、できることはなかった。
ハルと院長、思い出話に花が咲く。
おジャス、いじける。
名乗らせてもらえんし、世間話にもついていけんし・・・。
窓のところへ行って、庭を見た。
宵闇に包まれる庭。ほとんど、畑。麦の穂が、静かに揺れておる。
・・・その畑を、横切る影があった。
「誰か居るようやが?」
「はい?」院長、やって来た。「・・・ディルーネさんですね。麓(ふもと)の方です」
「信者かに?」
「いいえ。ですが、よく寄付をしてくださる方で──」
「オーガが、かに?」
◆ 25、ディルーネと、ヤドカリチャリオット ◆
「──そやからな? ウチ言うたってん」
ディルーネ。
若い女。
褐色の肌。茶色の髪。とがった耳は、エルフにしては、ちと短い。
ズングリムックリした荷車のようなものに、座っておる。
誰も居らんのに、話をしておった。
「それ、反乱やん! 絶対乗ったらアカンで! ってな。そしたらやー、何て言うたと思う?」
「反乱と言うたかに?」
「ヒッ!?」
ディルーネは跳び上がった。振り向く。
後ろに居ったのは、おジャス。まったく音を立てず、忍び寄っておった。
「だっだっだっ、誰や!? 誰やアンタ!」
「おジャス」
「は?」
「我は、おジャスと名乗らされる者。そちらも名乗りなえ」
「・・・ウチは、ディリシトルーネ。ディルーネって呼ばれとる」
「こな夜分(やぶん)に、何をしておる」
「寄付よ。ほらコレ」
ディルーネは、荷車(?)から、革袋を取り上げた。
ジャラリ。銀貨が入っておる。
「見ての通りの、ハーフダークエルフやからね。近所の奥さん連中がイヤな顔しよんねん。そやから、夜にね」
「ハーフダークエルフ・オーガかに?」
「・・・。」ディルーネ、不快そうな表情になる。「なに? いきなり詮索(せんさく)して」
「所属を述べよ」
「なんで述べなアカンの? ココ僧院やで? 牢屋ちゃうで」
「ここは太陽の僧院。して、我は裁きの剣。よって、疑惑を解き明かそうとしておる」
「さばきのつるぎ」
「うむ」
「ジャスティスさま? 仲裁(ちゅうさい)の」
「・・・ほう?」おジャス、頬がゆるんだ。「なかなか、勉強家のようやに?」
「まーね?」
ディルーネ。座り直した。
「そっか。仲裁の女神さまの騎士なら──『裁きは法によるべし』やんな?」
「うむ」
「ほな、まあ、正直に言うけど。ウチは、そう。オーガとダークエルフのハーフです」
「ふむ」
「ラスカリューミヤには、ダークエルフ居留地があんねんけどね。そこに住んどって・・・」
女の指差した方向。
ショラン・ギサンチ州都、ラスカリューミヤの、夜景がある。
総督の城、繁華街、住宅地、城壁・・・そして、村・麦畑・草原、村・麦畑・草原、沼沢地・・・
広々とした、麦の国の平原。
その中で、女の指が示したのは、州都の城壁付近。ゴチャッと固まった貧民街であった。
「・・・ハポノ貴族に目ェ付けられてね。レゾニカ院長に、助けてもろたんよ。そやから、お礼に、寄付をね」
ドチャ。ディルーネ、革袋を、荷車のごときものの荷台に、置き直した。
荷車のごときもの。
荷台部分は、大八車である。
が、前半部分は・・・何だかわからぬ。ズングリムックリした物体。
「それなにえ? 足が生えておるようやが」
「ふふんw これはねぇ、」
ディルーネ。ニヤーッと笑う。
ぽんぽん。なでなで。謎の物体を、可愛がる。
「ヤドカリチャリオットや」
「は?」
「ヤドカリ」
おお、なんと。荷車の正体は、ヤドカリであった。
「──なワケないに」
「あんねんなー、それが」
「ヤドカリなんて?」
「ヤドカリチャリオット。戦車」
女、めっちゃニコニコしておる。
「鬼械人よ。むかーしのね」
◆ 26、乗り手・ソラトバン ◆
ところ変わって、こちら、弐ノ塔。
飛行塔の中の格納庫の中の鬼械人チラーニの中の、乗り手席である。
「ええと、」
ソラトバン。
ゴクリと喉鳴らす。
「き、鬼械人、チーササラーニ。発進じゃ!」
命令した。
すると・・・
<は~い。チーササラーニ、発進しま~す>
かる~い返事があって・・・
ぐぐっ・・・。
身体が、座席に沈み込んだ。
巨人が、動き出した。
──乗り手・ソラトバンの、指示に従って!
ソラトバン。
なんと、チラーニどんの、乗り手席に座っとるんじゃ!
乗り手席じゃぞ!?
ちょっと座らせてもろた・・・とかじゃないぞ?
正真正銘、乗り手。このまんま、外に出るんじゃ!
大興奮である。
彼の目の前には、テーブルがある。
それは、半円形に広がった、操作盤。
把手があり、輪っかに収まったコマがあり、タコ千里玉があり、声玉がある。何なのかわからん小さな宝石もある。見とるだけで、目が回りそう。
盤の下には足を突っ込む空間があり、鐙(あぶみ)がある。
正面は、壁である。ハッチ。出入り口である。ハッチ下端には、小さな窓。正面と斜め方向、合わせて3つ。
ソラトバン、両手を握り締めた。把手についとるレバーを、ギュッと。
<それ、空気砲の引き金だぜ、ソラ>
「うおっ」
<力抜きな>
「そうそう。今夜は、下見だから」
背後で、チーニャの姐御の声がした。
「お、おう」
ソラトバンの心臓、ドキドキする。
失敗した! っちゅうのと。
あと、姐御の声が、近い・・・っちゅうのと。
チーニャの姐御。
今夜は、弓手席に座っていらっしゃる。
その位置──美人の姉さんの、両膝が、耳ンとこにくるぐらい。
ソラトバンも、若いので・・・ドキドキはします・・・
「チラーニは、操り人形じゃない。全部やろうとしなくていいんだ」
<そうそう。馬だと思って、任せてくれよな>
「馬はオマエみたいにうるさくないぜ」
<オレ、うるさくないもんね>
軽口叩いとるあいだに・・・
チラーニは、飛行塔の、外に出た。
突き出し扉床──玄関の扉が倒れて、テラスみたいになるヤツ──の、先端に、立つ。
小さな3つの覗き窓に、星がいっぱい。星の海に浮かんだかのよう。
夜空は広く、大地は遠い。地平線は遥か下。
ごおおお・・・ビュゴォォォ・・・。
風の音。ハッチの外で、渦を巻く。
ここから・・・飛び降りるんか・・・?
死ぬじゃろ・・・!
ビビリまくるソラトバン。
と、そこに。
<浮鬼(うっきー)から通信>
「つなげ」とチーニャ。
<こちら浮鬼・清雅>
「返事しろ」
「お、おう! チラーニ・ソラトバンじゃ」
<なにしとんねんソラァ~>
「なにて」
<後ろ詰まっとんじゃー。はよ行かんかいボケェ~>
<ビビっとんかワレェ~>再鬼どんの声もした。
<弐ノ塔の新入りも大したことないのォ~>正鬼どん(?)の声もした。
<美人背負っとんねやろォ~? 男見せんか~い>浮鬼の声までした。
「くそっ、寄ってたかって!」
ソラトバン、奮起する。
「いま行くわい! チラーニの兄貴、降下じゃ!」
<右の鐙を持ち上げて、左の鐙で床を軽く蹴ってみて>
「こ・・・こうか?」
<よっこらしょ>
とーん。
チラーニが、左足で跳んだ。地平線に向けて──
──落下!
ゾワゾワゾワッ・・・!
来た! ゾッとするような感覚! 内臓が浮き上がる。髪の毛が逆立つ!
「うぅぅひいぃぃぃ・・・!」
<ウキキキ! 通信ひらきっぱなしやぞソラァ~!>
乗り手としての、初陣は。
こんな感じで、始まった。
◆ 27、初陣! 乗り手・ソラトバン ◆
飛び降りたのは、2体の鬼械人である。
チラーニ
┗乗り手:ソラトバン 弓手:チーニャの姐御
浮鬼
┗乗り手:再鬼 右弓手:清雅 左弓手:数鬼(正鬼どんじゃなかった)
目的は、情報収集である。
この州には古くからオーガの集落があり、トンボ世代の『力の筒』の製造もやっとるという。
ただ、現状がわからん。帝国軍に包囲されとったりしたら、えらいことである。
よって、現地の情勢を探る。
幸い、ここに、目立たん樵が1人居る。
「木炭売りに来たんじゃがー」
などと、越境してきたフリすれば、まず大丈夫。バカな若者で通るはずである。
<これを持って行きなさい・・・>
と、弐ノ塔のおふくろさんに持たされた木炭もある。
この木炭。
真っ黒で、カチンカチンいうほど硬い。
ソラトバンも造ったことはあるが・・・完全に、負けじゃ。なんじゃこれ。メッチャ高級品じゃぞ。くそ。負けた。
悔しがったら、おふくろさん、若干のけぞっておった。
そんな感じで計画立てとる最中に、姐御が言い出したんである。
「ついでに、訓練もするか。ソラ、オマエ乗り手な」
<初陣だね!>
「なに、軽い偵察さ」
ただ。
訓練を兼ねた軽い偵察という、この予定。
地面に着くより早く、崩れ去った。
「・・・姐御。火事じゃ」
「なに?」
「大火事じゃ。一つ半シタ、たぶん・・・都が、燃えておる」
◆ 28、火付け強盗 ◆
チーニャが伸縮式の筒を引き下ろし、覗き込んだ。グルグル回して確認し・・・
「ギミラス・ハバヒロイの左岸。州都だな。おい、これ、大災害になるぞ」
「うむ」
ソラトバンの視界。
3つの小さな窓のうち、正面と右前に、チロチロ揺れる赤い炎が見える。
複数の地点で、赤い火が踊り、黒い煙が渦巻いておる。
「延焼にしては多すぎるな・・・」
「付け火かのう?」
<反乱かな?>
「先祖代々の都に放火するか?」
<タコ飛ばす?>
「いや、着陸を急げ。あと、弐ノ塔に通信」
<はいよ>
チラーニの降下速度が、上がった。
ソラトバン、悲鳴をこらえる。よし。ガマンできた。少し・・・慣れてきた・・・か?
さらに速くなった。
「ひぃーーー!?」
ダメじゃった。
ザワザワザワ、バキバキ! ──ズシーン・・・!
枝と葉を、散らかして──チラーニが、森の切れ目に着陸した。
つづいて浮鬼が、チラーニから三つ方向、半町(約50m)の地点に着陸した。──と、通信してきた。
「タコ2機出せ。1はチラーニ上空。2は浮鬼上空。浮鬼に通信ひらけ」
<了解。・・・タコ1発進。タコ2発進。通信ひらいた>
「こちらチラーニ・チーニャ。タコを展開する。周囲警戒頼む。計画は保留だ。ソラは出さない。キャンプ設営もしない」
<浮鬼・清雅、了解。四半町で、チラーニの三つ方向を警戒する>
「よろしく」
<提案があんねんけどな>
「なんだ?」
<数鬼兄ィ、偵察に出そか?>
「ふむ。ソラと相談させてくれ」
<はいよ>
「ソラ。どう思う?」
「え? ええと、そうじゃな」
ちょっと吐きそうになっとったソラトバン。気合入れ直して、考える。
・・・数鬼どんか。正鬼どんかと思うとった。まあ、それはええわい。
「まずじゃが、出したらアカン理由があるんか?」
「六間洞に借りを増やしたくない」
「ほじゃ、わしが一緒に出ようか?」
「却下。チラーニの手が減る。あと、たぶんオマエ邪魔」
「・・・鬼械人は、無人でも動けるんじゃろ?」
<動けるけど。──えーとね。お手玉を想像して>
「お手玉」
<自分が回せる限界まで、お手玉をしてます>
「はい」
<その最中に、前進! って言われたら?>
「いや無理じゃろ」
<オレは、できるんだ。ソラが鐙踏んでくれればね>
「なんでじゃ」
「そういう生きものなんだよ。足をソラに貸してる、って感じらしい」
<そう。どうぞ使ってね、って感じ>
「乗り手や弓手は、そのために居るんか」
<そうだよ>
「なるほど、わかったわい!」
ソラトバン、イメージできた。
「わしら、主人と御者みたいなもんじゃな。わしが御者。姐御が護衛。チラーニの兄貴がご主人さまじゃ」
「そうそう」
<ちがうよ>
「チラーニが主人」
<主人はチーニャでしょ>
「・・・ま、まあええわい。そろそろ清雅がキレる頃合いじゃ。わしの意見は、『頼もう』じゃ」
「借り作りたくない理由はわかってる?」
「ウチらァ、生命かけて貢献したんやぞォ~? トンボよこせやー・・・とか、清雅に言われるからじゃろ」
「フw まあ、そう」
「わかるんじゃが、数鬼どん、わしの村に平気で入って来たからな。忍びの技能、アテになると思うんじゃ」
「なるほど。よし。数鬼兄貴の偵察、チラーニ班は賛成だ──と、伝言してくれ」
<了解。・・・『わかった。出た』>
「タコ3出すか」
<数鬼の支援だね>
「そう」
<オレ、動けなくなるけど>
「しょうがない。ソラ。チラーニはお手玉限界だ。周辺警戒、しっかりやるぞ」
「この小っちゃい窓でか?」
「乗り手は、タコ千里玉を主に見るんだ」
「あ、これか」
タコ千里玉。タコからの映像が映る玉である。
火事に向かって飛ぶタコ1の映像・・・
チラーニの頭(ないけど)のてっぺんが見えるタコ2の映像・・・
数鬼の上空をついてゆく、タコ3の映像・・・
が、パッ、パッ、パッと、順番に切り替わっておる。
把握しつらいんじゃが・・・まあ、文句言わんと、がんばるか。
・・・・・・・・・む? なんか見えたぞ。
「待った。いまの」
<コレかな? タコ1>
「それじゃ! 姐御、見てくれ」
黒々とした木造の館。
火に、囲まれておる。
20人ほどの男どもが、たいまつを持って──武器を持って、館を囲んでおる。
「不穏な様子じゃ」
男どもは、一見、烏合の衆である。
農夫っぽいやつ。武器は、殻竿(からざお)、ナタ、木の槍、カマなど。
戦士っぽいやつ。小剣、棍棒、六尺棒。
そいつらが・・・
戦士風の男の、合図に従って・・・
たいまつを、塀に押しつけよった!
「火付け強盗じゃ!」
「ソラ。オレたちは、人助けに来たんじゃない・・・」
は?
ソラトバン。かなりムカッと来て、後ろを見上げた。
チーニャは、困り顔であった。
「鬼械人は、強い。けど、無敵じゃないんだ。なんにでも首を突っ込んでたら、死ぬぞ」
「む」
言い返せん。
首突っ込んで死んだ男じゃからな、わし。
タコ千里玉に目を戻す。
チラーニどんは、まだタコを止めてくれておった。
そのおかげで、気付けた。庭を歩くズングリムックリした物体に。
「兄貴。ココ寄ってくれ! ココ」玉を、つっつく。
<ん>
「ソラ」
「ちがうんじゃ。コレ見てくれ姐御」
近付いたタコが、映したのは・・・
大きなハサミを、動かし・・・
ズルズルと、前進し・・・
塀を燃やす強盗どもに、対峙せんとする・・・
大八車引きずった、鬼械人! ヤドカリチャリオット!
そして。
玄関から、飛び出して・・・
白い衣、ひらめかせ・・・
大八車に、飛び乗る。
エルフの剣士──おジャスさまの、姿であった!
◆ 29、ソラトバン、決断す ◆
「助けに行くぞ」
ソラトバン、決断す。
鐙を踏み込み、握りを前に傾ける。
チラーニの兄貴、指示に釣られて、動き出す。
「ダメだ。待て。チラーニ、動くな」
「──姐御! 何言うとる。火付け強盗じゃぞ。それに、これ、鬼械人じゃ」
「いいから、いったん止まれ」
「わしは行く。兄貴がアカンっちゅうなら、ここで降りる!」
「落ち着けって。おいチラーニ、止まれ!」
<・・・オレは、ソラに従う>
「チラーニ」
<中でケンカされたらさ、全員降ろすか、乗り手に従うって、決めてんだ、オレ>
「・・・クソッ。この! 新入りが!」
チーニャ、膝でソラトバンの頭をゴツンと蹴ってきた。
「いてっ。蹴るのは反則じゃろ!」
「うるせえ」ゴツン。
「こっちだってガマンしとんじゃぞ」
「ウソつけ」
「ウソじゃないわい」
あんたが男なら、『人助けに来たんじゃない』のとこで、掴みかかっとるわい!
「なにがガマンだ。オレの乳ジロジロ見てんだろいっつも」
「うっ」
チラーニは、進む。速度が次第に上がってゆく。
<オイ何しとんねん。どこ行くんや>
清雅から通信が入った。
「あれ、言うとらんのか」
<何がや!>
「ああいや、チラーニどんが」
「いまチラーニは手一杯なんだよ」ゴツン。
「くそ。痛いわい」
<なにがクソじゃアホぁ~!>
「すまん清雅。火付け強盗じゃ。鬼械人じゃ」
<は?>
「火付け強盗を見つけたんじゃ。鬼械人と、わしの生命の恩人が、巻き込まれとる。助けにゆく。手伝うてくれ」
<生命の恩人?>
「おジャスさまっちゅう、エルフの剣士さまじゃ」
<ああ。あの胡散臭い(うさんくさい)>
<いきなり動くなや。坊主>と浮鬼。<とりあえず追随しとるけれども。数鬼出たっちゅうたやろ? 置いてきぼりやぞ>
「すまんことじゃ」
<タコ・・・片付けて、いい? つらい>とチラーニ。
「ああ。えっと、ほじゃえっと」
「・・・。」チーニャさん、何も言うてくれん。
忙しいぞ。乗り手ってこんな忙しいんか? 目が回りそうじゃ。
えっと、大事なタコはどれじゃ?
「ああそうじゃ。数鬼どんのを維持。他は、落としてもええわい」
<了解。館のタコ1、落とした>
<ほんでソラよー。これァ、約束に入ってへんのやけどな>
「は?」
<『トンボのため』言うて連れ出しといて、オマエの恩返しにタダで利用する気かァ~? っちゅう話や>
「む」
「・・・。」姐御、何も言うてくれん。
「わし個人で済むことなら、何でもするが・・・」
あ。
しもた。『何でも』とか言うてしもた。これ交渉で言うたらアカン言葉じゃないか。
<言うたな。取り消しはさせへんぞ>
「う・・・うむ。言うた。言うたわい」
もうええわ!
言うてもたもんはしょうがない。こうなったら、ヤケクソじゃ。
「元より、清雅にゃ、2つ目の生命をもろうた身じゃ! 何でも言うてこいっちゅうことじゃ!」
<・・・まあええわ。成立や。ほんでなんや。火付け強盗、殺しゃええんか?>
「死んでも構わんが、目的は、鬼械人とおジャスさまの救助じゃ。あと、建物ン中の人を、守る」
<了解や>
<先行くぞ坊主!>
浮鬼、高速浮上走行。わずかに自重を残しておき、ほぼ真横に地面を引っ掻いて走る。
チラーニは遅れる。重いので、速度が出せん。いや、出そうと思えば出せるが、木が避けれん。
浮鬼はスケートするみたいにヒラリヒラリと木を避け、浮き走る。その背中を見て、ソラトバン、左右にステップ。その踏み込みで、チラーニが左右移動。木を避ける。初めはぎこちなかったが、次第になめらかになってゆく。
<膝、注意、ね>とチラーニ。
「ひざ?」
「歩兵戦の話か?」とチーニャ。
<そう>
「ソラ。歩兵相手は、膝に注意だ。膝の関節と『力の筒』のあいだな」
「うん?」
「膝のウラ。棒をネジ込まれると、膝を伸ばせなくなる。最悪、コケる」
「なんじゃ。コケるだけか」
「樵殿にわかるように言うとな? チラーニは、木だ。オレたちは木の上にいる。歩兵は、樵だ」
「・・・絶対に喰らわんようにするわい」
◆ 30、イスリュー尼僧院の戦い ◆
このとき、イスリュー尼僧院では、すでに戦いが始まっておった。
塀が燃え上がり、火の粉が麦畑にも降りかかって、燃え始めておる。
おジャスとヤドカリチャリオットが、賊どもと衝突。斬り結び始めた。
そんな状況である。
「やめて。火だけは!」
老院長が絶叫する。外に飛び出そうとするのを、ディルーネが止めた。「院長! 出たらアカンって!」
「い、院長先生・・・」
「新入り! ボーッとしてんで(してないで)、みんな集め! 避難の準備させェ!」
「わ、私・・・」
コローネは、うろたえた。
ボーッとするなと言われても・・・何をすれば?
「火はダメ──キャアアアッ!」
老尼が、絶叫した。
たいまつが、玄関に投げつけられたのだ。
油たっぷりの、たいまつ。飛び散る油の一滴一滴が、火元となる。
もちろん、扉は閉めてあるが・・・表の壁は、すぐに、燃え上がった。
「おお! あの人と私の、蒸留所! おおお!」
尼たちが、集まってきた。
コローネよりは落ち着いている。だが、持ってきたものはバラバラ。水の入ったバケツ、六尺棒、頭巾と毛布、院長の外套、ホウキと鍋のフタ・・・院長が取り乱しておるせいで、統率ができておらん。
ディルーネはバケツを受け取り、とりあえず、扉の内側を濡らした。だが、表の火には効果がない。
窓の外が赤々と輝き始めた。
「みんな揃いましたかに?」ハルが駆け下りてきた。
「1、2、3・・・コローネちゃんもいるね? 揃ってます!」30歳ぐらいの尼が答えた。
「ほな、裏口へ! おジャスが時間稼いどるうちに、逃げますえ!」
「追いつかれるで?!」とディルーネ。「尼さんの足や。それも、夜やぞ! ウチだけや、走れるん」
「火ィ付けられた以上、ここに居っても、雪隠詰め(せっちんづめ)やえ!」
ハル。コローネの手を、引っ掴んだ。
「あっ・・・!?」
「この賊ども、手慣れておる。先手先手で動くべし!」裏口へ、走った。
「おのれ! 畜生ども!」
おジャス。激怒した。
男が武器持って尼僧院を襲い、住居に火を放つとは!
かまえた剣。火色に煌めき(きらめき)、死の気配、みなぎる。
「いますぐ、火を消せ。さもなくば、全員、死なすえ」
「やってみやがれ!」「死ぬのはそっちだ」「引きずり下ろしてやる」
賊ども、いきり立った。
武器をかざして、攻め寄せる。
おジャス。もう、警告はせぬ。
斬った。武器を、生命を、切り捨てた。
だが・・・敵には、頭の回る指揮者が居ったのだ。
「打ち合うな! そのエルフは手練(てだれ)だ。石を投げろ。たいまつで、火攻めにしろ!」
おジャスは、たしかに手練であった。
だが、その身も危なかったであろう。
知恵ある馬車が、彼女の足になっておらなかったら。
ヤドカリチャリオット。
地面をガリガリ引っ掻いて、縦横無尽の、異形の戦車。
巨大なハサミは、人間の太腿よりもデカく、太い。
そのハサミ足。動きが素早く、重々しい。
ヤドカリ・ブロック! 敵の武器を受け止める。
ヤドカリ・ジャブ! 「お返しじゃ」とばかりに伸ばしたハサミが、一発で賊を吹っ飛ばす!
引きずる大八車がまた、武器や盾にはならねども、おジャスさまの役に立つ。
ふつうに立てば男より、頭ひとつは低いのに。大八車に立つことで、頭ひとつ、上となる!
前方の敵はハサミが倒し、左右の敵は剣が斬る。後ろの敵は、置き去りじゃ。
かかる助太刀あるならば、手練の神剣・おジャスさま、敗れることなどありはせぬ!
「チッ!」
指示役の、戦士風の賊。舌打ちする。
「副長の報告通りの、神剣! 加えてヤドカリチャリオットとは・・・」
「どうします」
「・・・このエルフは、厄介だ。ここで始末したい。おまえの班は、裏へ回れ。尼を捕らえろ。人質にする」
「了解」5人、裏へ走る。
「塀の切れっ端を持ってこい。ヤドカリの足に突っ込んで、足止めするんだ」
「了解」5人、塀を集め出す。
「おまえの班は、投石でエルフを牽制しろ(けんせいしろ)。こちらに来させるな」
「了解!」5人、石を拾い集める者3人、積まれた石を投げる者2人。
「おのれら、賊ではないに? 帝国の軍人か」
おジャスも気付いた。
「戦士の誇りはいかにした。尼僧に武器振る戦士など、畜生よりも、なお悪いえ!」
「誇りなど、帝国に踏まれ、砕けたわ!」
戦士が怒鳴り返す。
「麦を育てた父の子が、麦を食えずに死んでゆく。そんな世界! 怪物となってでも、粉砕してくれる!」
「・・・言うても無駄なら、死をもてその霊(たま)救うてやろう」
「女神気取りの痴れ者(しれもの)が。──やれ!」
「エルフめ!」「属州の恨みを知れ!」「神殿の犬め!」
石が飛んだ。
いくつかが、ヤドカリチャリオットにあたり、ガゴン、ゴヅンと音を立てた。
「む」おジャスにも。白い袖が千切れ、腕に赤い血が浮いた。
さらに、木材抱えた男が突っ込む。ヤドカリの足に、突き込もうと。
「ヤドカリよ。玄関まで引くべし!」
ギシ・・・。
ヤドカリチャリオットは・・・
関節を、軋ませて(きしませて)・・・
大八車を、切り離した。
おジャスさまを、置き去りにする!
「ヤドカリ!?」
そして・・・
一個のヤドカリとなって・・・
指示役の戦士目掛けて、突進した!
◆ 31、ヤドカリ、突撃す ◆
「ヤドカリを止めろ!」
塀の切れっ端が、石が、たいまつが、突進するヤドカリに浴びせられ・・・
石が当たり、たいまつが足元に潜って燃え上がり・・・
ヤドカリの甲羅を凹ませ、腹を炙った(あぶった)。
だが、止まらぬ!
関節に絡んだたいまつをへし折り、パッと飛び散る火の粉をも踏みしだき・・・
戦士の目の前に、切り込んで・・・
ヤドカリ・ジャブ! ジャブ! 左右の男を、突き飛ばし!
ハサミを、大きく、振り上げて・・・
ヤドカリ・フック!
頭の上から襲いかかる、体重乗った、死のフック!
戦士、これを小剣で受け流す──攻撃が、重い! 小剣が落ちた。
ヤドカリ、フック打ったハサミを、曲げたまま──突き上げる。ハサミの根元でカチ上げる!
ヤドカリ・アッパー!
戦士、左手でガード──無謀。腕折れ、吹っ飛んだ!
だが・・・
ヤドカリの、6本の脚が(本物のヤドカリは、10脚なのですが。鬼械人・ヤドカリチャリオットは、6本でした)・・・
塀の切れっ端に刺さって・・・
足が、止まって・・・
「やっちまえ!」「怪物め」「ブッ殺す!」
ヤドカリは、叩きのめされた。
「ヤドカリ!」
おジャス、叫ぶ。
だが石を投げつけられ、たいまつを突きつけられ、思うように近付けぬ。
その間にも、ヤドカリはめった打ちにされておる。
ああ、もうハサミが動かなくなった・・・。
そして、おジャスも、無理に切り抜けようとして、2発、3発と石を喰らい・・・
「ヤドカリ!!」
と、そこに。
≪どけぇぇぇ~~~! 白エルフぅ~!≫
清雅の声で、叫びながら。
赤い鬼械人が、飛び込んできた!
◆ 32、逆転、逆転 ◆
浮鬼!
長い2本の腕を持ち、肩に4つの砲を持つ。ザッパに数えて、六腕ロボ!
すべるように突っ込んで、長い腕で、ブン殴る。
≪火付けするヤツァ~、六腕ロボさまが、皆殺しにしたらァーーー!!!≫
逆転。
たった1機、鬼械人が突っ込んできただけで。
賊ども──誇りを失った戦士どもは、成す術もない。
即死、即死、即死・・・。ヤドカリに群がる賊ども、あっと言う間に、蹴散らされた。
だが、しぶとく機会を狙う男も居った。
指揮者。
ヤドカリの突撃に倒れた、あの戦士。
まだ、生きていて・・・
こっそり、浮鬼の後ろに回り込んで・・・
右手1本で、殻竿を掴んで・・・
「オーガめ。これでも喰らえ!」
突き入れた。
浮鬼の、右膝の裏。
関節と『力の筒』のピストン棒の、あいだに。
ガキィン!
浮鬼の膝関節が、殻竿を噛んだ。
≪ア?≫
浮鬼は・・・
バランスを、崩し・・・
あわてて右膝を伸ばそうとして・・・
ガ、ギボギッ!
『力の筒』ピストン棒を、自分のパワーで、へし折ってしもうた!
浮鬼の右膝が、こわれた! 突然、右膝の力が失われる!
ズウウウン・・・!!!
大木の、樵に切り倒されるがごとく。
土煙立てて、転倒!
そして。
浮鬼にとって、まずいことに。
衝撃で、ハッチが歪んだ。わずかに、隙間が空いてしもうた。
「ハッチ!」
男は、たいまつを拾った。
起き上がろうともがく浮鬼に、飛び乗った。
ハッチの隙間に──たいまつを、突っ込もうとする!
いったい誰が、浮鬼の危機に、間に合ったというのか。
おジャスは、賊に囲まれ、間に合わぬ。
ヤドカリは、もう、動くことはできぬ。
≪清雅ァァァ!!!≫
スライディングで滑り込んだチラーニ以外に、誰が間に合ったというのか!
≪──空気砲じゃ!≫
浮上スライディング・空気砲!
倒れた浮鬼にぶつからん高度をすべってきて・・・
手だけ、ギリギリまで下に出して・・・
ボン!!!!!
手の平から、圧縮空気!
戦士は吹っ飛ばされ、今度こそ死んだ。
外道の指揮も、もはやこれまで。
「・・・退却! 退却だ!」「退却ーっ!」
賊どもは、逃げ散った──いや。退却を選択した。
あっという間に、いなくなった。
表の賊は。
◆ 33、月霊術師、剣を抜く ◆
「行って! 行って!」
スカルドのハル。尼たちのお尻を叩いて、進ませる。
先頭はディルーネ。院長を抱えて走る。ハーフダークエルフというだけあって、闇に戸惑う様子はない。
その後ろに、尼、尼、尼・・・夜目の利かぬ女たちが、互いの服を掴んで歩く。間隔が詰まりすぎ、『走る』というほどの速度は出せぬ。それほど詰めても、夜の森では、互いを見失いそうになる。
最後は、コローネ。
若い彼女が一番走れると考えて、ハルがこの順番を指定したんである。
「最後尾、頼むえ!」
「はい!」
真面目な返事。
・・・新入りの彼女を最後にしたのは、間違いなのだが。
このとき、ハルは、それに気付く余裕がなかった。
背後に、追手があったので。
「──やはり、裏口ふさぎに来たに」
賊が2人。
小剣と棍棒を持って、迫ってくる。
尼より、足が速い。間違いなく、追いつかれる。
ハル。
ふところから、ナイフを抜いた。
「夜空を統べる我が母よ、汝(な)が子の剣を、嘉したまえ(よみしたまえ)──『銀の剣』」
と唱えると、ナイフの刃が輝いた。
「月霊術、『叢雲(むらくも)』」
と唱えると、モヤモヤモヤ・・・と、黒雲が彼女の身体を覆い尽くした。
「月霊術、『水鏡(みかがみ)』」
と唱えると、ゆらゆらゆら・・・と、彼女の位置がズレた。茂みの向こうに、黒雲に包まれた姿が、現われる。
賊が来た。
ハルには気付かず、走り抜け──小剣持っとるほうが、ブッ倒れた。
「ぐわーっ!」太腿に、切り傷。「て・・・敵襲! 敵襲!」
「どこだ」
もう1人が引き返してくる。素早く見回す。
茂みの向こうに、しゃがみ込む女の姿が見えた。
「そこか!」
突っ込んで、棍棒で叩く。
女は、ナイフを使おうとした。だが、棍棒のほうが早い!
命中! 女を、粉々にした!
・・・粉々?
ゆらゆらゆら。
ハルの姿が、賊の背後に、現われる。
無言でナイフを引き、スタタタタ・・・と、逃げてゆく。
「ぬッ!?」賊は、逃げる彼女に気付いた。「待・・・てぇ???」追いかけようとして・・・
ずでんどう!
スッ転ぶ。
見れば、ふくらはぎを切られておった。
「いつの間に・・・」
逃げる女の背中を見るが、モヤモヤと黒雲に包まれて、髪の色すらわかりはせぬ。
「報告にあった、月霊術師か」
「やられた・・・」
捉えがたきは、月霊術師。
ハル、時間稼ぎに成功である。
◆ 34、コローネ、はぐれる ◆
「ハァ、ハァ・・・」
こちらは、コローネ。
前をゆく尼の背中を、イライラする気分で追いかけておる。
先輩の、尼さんたち。
遅い!
追い越してしまいたい・・・
でも、ハルさまに言われたから。
「頼むえ!」と。
だから、言われた通りに、最後尾を守ったのだ。
なのに。
そのハルが、後から・・・ついて来ぬ。
「ハルさま?」
呼ぶが、
「ハルさま!」
返事がない。
振り向いても、誰も居らぬ。
「姉者。ハルさまが・・・」
前を見るが、
「・・・え」
誰も居らぬ。
闇の森があるのみ。
左右を見る。誰も居らぬ。
後ろを見る。ハルは居らぬ。
この時点で、もう、コローネは自分の向きがわからなくなっておった。
あわてて走る。前の尼の、ハァハァ喘ぐ声を追いかけて──
ちがう! これは、自分の呼吸!
木の根に引っ掛かった。転ぶ。
ヤブに引っ掛かった。小枝が、顔に、手に、当たる。柔らかい乙女の肌。少し、傷がついてしもうた。
「痛っ・・・!」
涙ぐみながら、起き上がる。耳を澄ます。
何も聞こえない。
「ひッ・・・」
コローネ。
一瞬のあいだに、自分がいまから失うものを、想像してしまった。
15歳。この世界では、ちょうど成人したばかり。
母親譲りの顔と身体は、ハポノ貴族の息子たちが、必死に色目を使ってくるほど。
頭も悪くないと、自分では思っている。読み書きはできるし、礼儀作法もよく褒められる。
言われた通りに努力してきたのだ。
なのに。
尼僧にされた。もう、結婚もできない。
それでも、ガマンして。
院長先生に言われた通りに、尼僧の生活を学んできたのだ。
なのに。
死ぬのか。ここで。15歳で。子供も生んでいないのに。
「い・・・イヤ! こんなの、イヤだ!」
コローネは、悲鳴を上げた。
これで、完全に見つかってしもうた。
「いたぞ!」
賊が、3人。
暗闇の中から、現われて・・・
手が、掴みかかってきて・・・
コローネは、押し倒された。
痛い。苦しい。痛い・・・
声も出せないほど、恐ろしい。
「ハポノ貴族か」
「この場で殺してやりたいところだ」
「ああ。だが、命令だ。連れて行こう。──立て!」
コローネは・・・
言われた通りに、立ち上がった。
・・・イヤだ。こんなのはイヤだと、心の中で叫びながら。
そのときであった。
ゴキャ。
なんか、鈍い音がした。
コローネの手を縛ろうとしとった男が、声もなく、倒れた。
「おい、どうした──敵かッ!?」
「如何にも然様」
ゴキャ。「ギャッ!」2人目が倒れた。
「ひっ・・・!?」
コローネは縮み上がった。生きた心地もしないとはこのこと。
真っ暗闇でほとんど周囲が見えんのに、その中で、武器がうなる音がし、人が死ぬ気配がする・・・!
ガサゴソ。ヤブを駆け抜ける音がした。
「そこか!」
男、小剣で突く。
突き刺す音と、殴る音が、交錯した(こうさくした)。
「ヌ」
「ぐわっ・・・」
互いに一撃を入れた状態で、コローネを捕まえた賊と、謎の襲撃者が、戦闘する。
賊は戸惑っていた。
敵が、小人だったので。小剣で低い位置を打つのは、難しい。まして夜闇の森では!
襲撃者は、無頓着(むとんちゃく)であった。ブンブン棍棒を振り回し、小剣を弾き、男の手首や膝に軽打を当てていく。
「く・・・くそっ!」
賊がよろめいた。
ゴキャ。勝負あった。
「な・・・なぜ、ゴブリンが・・・尼僧を・・・」
3人目の賊も、倒れた。
襲撃者の勝利である!
「ハァ、ハァ・・・貴様らが気に喰わんからじゃ」
襲撃者が口を利いた。
コローネは、その姿を見た。
棍棒を持った、小鬼。ゴブリン!
「ひ・・・ヒッ・・・」
人喰い鬼!
もう限界。コローネは、崩れ落ちた。
「状況が、わからぬ。浮鬼は、どこじゃ?」
赤い小鬼。
数鬼であった。
偵察に出て、置いてきぼりを喰らったのだ。
女の悲鳴が聞こえたので、来てみたものの・・・
「この尼、なんじゃ? こんな夜更けに。──おい。しっかりせえ」
返事がない。
「失礼」
断ってから、尼僧に触れる。
まずは、髪を触る。頭部──出血なし。
呼吸。あり。脈拍。あり。速いが、乱れはない。
ペタペタペタ。柔らかい身体を触る。首、脇の下、内腿、膝の裏──出血なし。
身体を少し持ち上げてみて、地面を確認。血溜まりもなし。
「頭でも打ったんか?」
次いで、自分の腕を止血した。
こっちのが重傷な気がする・・・。
と、このとき。
ブ ー ン ・・・。
頭上から、タコが降りてきた。
「チーの兄貴か?」
ブンブ ー ン ・・・。タコ、上下する。
「ここで待っとけと?」
ブンブ ー ン ・・・。
「了解じゃ」
タコ、頭上へ去る。
「・・・なんで倒れたんやコイツ」
数鬼は、賊から上着を奪い、倒れた乙女にかけてやった。
※このページの修正記録
2025/03/10
「27、初陣! 乗り手・ソラトバン」
以下の文章から始まる段落を修正。ついでに、段落の最後に2行加えました(初陣だね! のとこ)。
> 幸い、ここに、目立たん樵が1人居る。