◆ <チラーニ、帰還せよ> ◆
イスリュー尼僧院。
火付け強盗との戦いは終わった。火の燃える音だけが、庭に響く。
おジャスさま。ヤドカリを撫でる。なにか言葉をかけておる。動かんようになってしもうた鬼械人・ヤドカリチャリオットに・・・。
ソラトバン。ため息をつく。間に合わんかったか・・・と。
そんなタイミングであった。
母艦である弐ノ塔から、通信が入ったのは、
<こちら弐ノ塔・おふくろ。まもなく、数鬼付近の空き地に着陸する>
「おう」
気を取り直して、応答する。
「チラーニ・ソラトバンじゃ。数鬼兄貴は大丈夫か?」
<数鬼は大丈夫。尼僧はまだわかりません。チラーニは、おジャスさまでしたか? 彼女を連れてきてもらえますか?>
「おジャスさまをか? 疑っとるんじゃないいのか?」
<疑ってます。しかし、怪我をした尼僧を、夜の森に放置はできない>
「そりゃそうじゃが」
<ならば、館を護衛していた? おジャスさま? にも、話を通すのが筋です>
「なるほど」
<あと、注意です。ナンガラックらしき影が州都方向に見えたと、見張りが言っています。館から4町(約440m)ほど>
<近いね>とチラーニ。
「了解じゃ。急いで話をして、おジャスさま連れて行くわい」
──という指示を受け取って。
ソラトバン、振り向く。「姐御」
「なに?」
「おジャスさま、乗せてええかのう?」
「まあ、しょうがない。ママの指示も、そういう意味だろう」
「ほじゃ、ハッチ開けるわい」
「ん。チラーニ、念のため、腕でガード」
<了解>
開けた。ゴツン。チラーニどんの腕に当たる。半分開いたとこで止まった。
「おジャスさま! わしじゃ。ソラトバンじゃ」
「──やはり、そなたか。正義の鬼械人乗り」
「アレはわしじゃ・・・いやいや。急ぎ、話があるんじゃ。避難した尼さんたちのことで」
「なに?」
「移動しながら話したい。乗ってくださらんか?」
「ええのかに?」
「うむ。わしの・・・ええと・・・上役(うわやく)が認めたことじゃ」
ぐい。膝で突つかれた。「誰が上役だ」
「承知した。ほな、お邪魔するが・・・これ、足、よじ登ってええんかに?」
<どうぞ~>
「では」
ひら~り。
おジャスさま。
チラーニどんの足(猫爪の入っとるふくらみ)を、踏んだかと思うと・・・
膝の出っ張りに手を掛け・・・
白い衣を、はためかせて・・・
一気に、舞い上がってきた!
まるで、花びらの風に舞い上がるがごとし!
「おおう!」
「お邪魔しますえ」
にょろり。
ハッチ半分しか開いとらんのに、入ってきよった。
<蛇みたい>
「褒められたと取っておく」
ほほえんでから。
おジャスさま、地面を見て、しばし瞑目(めいもく)。
「──友よ。野晒しにすること、許してたもう。いずれ戻る」
「どうぞ、こちらへ」とチーニャ。「この枠で身体を押さえます。そこの窓は、背面警戒・脱出用で・・・」
チーニャの姐御が、背の手席のアレコレを教えておる。
よし。
「チラーニどん。浮鬼どんを起こそう。移動開始じゃ」
浮鬼は、右膝を破壊され、跛行(はこう)の状態。
浮上機能で浮かんでもらって、チラーニで引っ張る。
<慣性は打ち消せないから、注意してね>
「かんせい」
<えっとね、魔法の荷車を想像して。どんなに重いものを積んでも、なめらかに走る>
「うむ」
<でもブレーキがついてない>
「そりゃいかん」
そーっと、引っ張ってみた(把手でそういう動きをしたっちゅうことじゃ)。
止めてみた。把手が、ググッ・・・と、引っ張られる。
把手が引っ張られるっちゅうのは、チラーニどんが動かしとるんじゃ。重さを、わしに伝えるためにのう。
「重たいわい」
<うん。ホントはもっと重たいけどね。そういう感じだと思っといて>
<遊ぶな・・・>清雅の低~い声がした。
「すまん。重さの確認じゃ。もうせんから」
慎重に動き始めた、そのときであった。
「二つ半ウエ、飛来物あり。高速。一つ半方向へ」
おジャスさまが、鋭く警報した。もう方向報告を覚えたらしい。
「ひらいぶつ」
「攻撃か」チーニャ、覗き窓を引き下ろし、グルグル回して確認。「わからん。どこだ」
「発射地点は、二つ半シタ、麓の丘陵、木陰。撃ち手は見えず」
「・・・見えん。暗すぎる」
「第二弾。第三弾。方向同じ。こちらを狙っておるのではなさそうやが」
「──チラーニ! 弐ノ塔に警告しろ!」
チーニャが叫ぶのと同時に、
<緊急通信入った>
<こちら弐ノ塔・おふくろ。飛行塔が攻撃を受けている。チラーニ、至急帰還せよ>
◆ 35、弐ノ塔、砲撃される ◆
ドガッ、バギャァァァン!!!
飛んできたのは、大槍であった。
人間だと持ち上げるのがやっとというほどの、太い、重い、木の槍。
それが、夜空を飛んできて──
弐ノ塔の玄関脇に、命中した!
砕けた槍の破片が、飛び散った。
いま、まさに、玄関へ上がろうとしておった、褐色の女の左右に。
「ひぃ?!」
ハーフダークエルフ・オーガのディルーネ。悲鳴を上げ、階段途中でしゃがみ込む。
「なにこれ?! なにこれ!」
「上がれ! 早ぅ上がれ!」
ゴブリンの数鬼。バンバン床を叩いて、叫ぶ。
突き出し扉床。
飛行塔正面玄関の、入り口である。
いま、この入り口は、地上から2尋の高さにある。大人の男の身長の2倍。当然、ふつうに登れる高さではない。そこで、移動式の階段を地面に設置して、尼僧たちを上がらせておったところ。
意識のない尼僧コローネを運び込むのに、えらい苦労をした。やっと彼女を運び込み、院長や尼僧が上がり──残るは、元気なディルーネと、階段を回収する整備鬼械人・ドリノンが2機。そんなとき。
大槍による攻撃──砲撃が、襲って来たのである。
2発。
3発。
4発。
夜空をカッ飛んでくる、死の大槍。
命中した槍は、弐ノ塔の壁を打ち鳴らし、凹ませる。
外れた槍は、樹木にぶち当たって樹皮を砕き、白い木肌に深々と傷をつける。
地面に落ちても安全とは言えぬ。破片が高速で飛び散り、石ころなども弾け飛ぶからである。
「弩砲(どほう)や! この塔が狙われとるんや」と数鬼。「上がれ! 死ぬぞ」
「こ・・・腰、抜けて・・・」
「情けないヤツ!」
数鬼は階段を駆け降りた。
ディルーネの後ろ襟を掴んで、引きずり上げる。「ぐえー!」
四つん這いになってヨタヨタと塔に逃げ込む彼女のお尻のあったところを、大槍がすっ飛んでった。
ガゴン!!! グッシャア! 空き地向こうの木に当たって、砕ける。
≪ドリノン帰還せよ。階段は放置。── 階 段 は 放 置 じ ゃ と言うておる!≫
弐ノ塔のおふくろさんも、殺気立っておる。
<き、帰還するでござる!>
<オウ! キカン!>
飛び込むドリノンにぶつかるぐらいの勢いで、玄関の突き出し扉床がハネ上がって、扉に戻った。
≪玄関閉鎖。緊急浮上します。移動禁止。何かに掴まるか、床に伏せてください。玄関砲、けむりだま装填・・・≫
コローネが目を覚ましたのは、こんな急場のさなかであった。
ドゴン!!!
ドゴン・・・ォォン・・・!!
なんかものすごい音がして、ドキッとなる。
「ああ、良かった。コローネ。気が付きましたか」
「院長先生」
「そのまま! 起きてはいけません」
老尼僧のレゾニカ院長と、先輩の尼僧が、2人してコローネにのしかかってくる。
グラグラグラ!
床が、揺れた。
「え、えっ?」コローネ、おびえる。
「大丈夫、お味方の塔の中ですから。塔の・・・」
と、なだめてくれる院長先生なのだが。
なんか・・・そのシワシワの手が・・・震えてるんですけど?
「こ、この塔、な、な、何ですか?」先輩も、ガタガタ震えておる。
すると。
「──心配いりませぬ。私の、古い知り合いですえ」
コローネの視界に、ハイエルフの美人が入ってきた。
スカルドのハルさま。今夜、客として尼僧院を訪れた、院長の知り合いである。
匍匐前進(ほふくぜんしん)してきたらしい。
ドギャァァァン!!!
強烈な音がして、コローネたちのそばに破片が飛び散った。
「あああ! 突き刺さった、突き刺さったで!」
ディルーネというエルフ女がジタバタと逃げてくる。ハルにしがみついた。
壁を見れば、砕けた槍の残骸が突き出しておる。貫通してきたらしい。
ドリノンたちがやってきて、尼僧たちをかばうように立った。
移動禁止と言われたのに・・・コローネは、そんなことを考えた。
ドン! ゴゴゴゴゴ!
強烈な揺れが襲ってきた。
「ひぃぃ!?」院長と先輩が、コローネにしがみついてくる。
「ぐぇ・・・」コローネ、息ができぬ。
「じ、地震!? なあこれ地震?」
「心配いりませぬ。心配いりませぬ」ハルさまの声。「空へ逃げるのえ。じきに、安全になりまする・・・」
そら・・・?
意味がわからない。
みんなの声が、遠くなる。
コローネは院長と先輩の体重に潰され、また意識をなくしてしもうた。
◆ 36、浮上大盾、登場 ◆
「飛行塔じゃ!」
ソラトバン、前方の小さな窓で、飛行塔を確認。
槍が1本、どてっ腹に突き刺さっておる。白煙が渦巻いておる・・・が、こりゃ、けむりだまの煙じゃな。
ズゴゴゴゴ・・・と、揺れとるのはなんじゃ?
<こちらおふくろ。塔の機能に異常はない。緊急離陸中で揺れとるだけじゃ>
おふくろさん、素の口調。
<チラーニ、浮上大盾を飛ばすで、キャッチせよ>
<了解。ソラ、手放して>
「お、おう」
チラーニが右手を上に伸ばした。
小さな窓からは全然見えん。だが、右の把手の動きで、なんとなくわかった。『把手がこう動いたらチラーニはこう動いとる』っちゅうのが、感覚でわかるようになってきたのだ。
がしっ! 揺れが伝わってきた。チラーニの右手が大きなものを掴み、その慣性を打ち消すために『力の筒』が働いた──その、なめらかで重々しい揺れが。
<浮上大盾、キャッチ>
<離陸するまで、玄関を防御せよ>
<了解。ソラ、制御戻す>
「はいよ」
ソラトバン、把手握る。
よくわからんまま、とにかく飛行塔の玄関前へ。
盾っちゅうとったな? とにかく、攻撃の飛んでくる方向にチラーニどんを向けて・・・
「・・・前が全然見えんのじゃが?」
「千里玉みろ千里玉」
言われて、タコ千里玉を見てみると。
チラーニどんは、でっっっかい盾を、両手で構えておった。
メッチャクチャでかい盾である。チラーニの全身がすっぽり隠れるほど。
盾の上のほうに、握りがある。
下のほうには、浮上ユニットがついておる。コマみたいな形したやつが、左右の隅っこに1つずつ。
<浮上ユニットつけた盾だよ。神竜のウロコを削っt──>
ガギィィィン!!!
盾になんか激突した──感触が、把手にきた!
「うっひぃ!?」
<大丈夫。この盾、飛行塔の壁より硬いから>
「そ、そうか。・・・あ、タコもっと高くしてくれんか。塔の状態も確認したい」
<了解>
タコ上昇。地面を離れようとする弐ノ塔の様子が、斜め上から観察できた。
大槍がまた1本、塔に突き刺さる。
「壁抜かれとるぞ!」
<カバーしきれない。あの高さなら、人間には当たらないはず>
「ソラ、オレたちが撃ち返さないとダメかも知れん」
「敵が見えんのにか?」
「突撃するんだよ」
「た・・・盾持って、一緒に上がるっちゅうわけには・・・いかんのか?」
<オレ、重いから>
「浮上が遅いんだ。チラーニは」とチーニャ。「浮鬼ならついて行けるんだが・・・」
「ほじゃ、行かそう」
ソラトバン。
ここは、やせ我慢した。
本当は・・・逃げたい!
飛行塔の中に転がり込んで、早ぅ上がってくれ! とか、ピィピィ言う身分になりたい。
が。
わしは、乗り手じゃ! ・・・と、やせ我慢したんである。
「浮鬼どんは、乗り手も鬼械人も怪我しとる。ナンガラックが来たらまずい」
「おジャスさまはどうするんだ?」
「どっか安全なとこで降りてもろうて──」
「どこにだよ」
「──鬼械人乗りよ。お気づかいは、無用に願いたい」
言い合いは、おジャスさまに断ち切られた。
「我も、戦士なれば。覚悟はできておる。打って出るならば、連れてゆけ。背中の目として使うがよい」
「じゃが・・・しかし・・・ええんか?」
「くどい。時を無駄にすな」
「──わかったわい」
ソラトバン。
自分が乗せた女の生命が、自分の肩にかかる──という重みに、じわりと恐怖を感じつつ。
「浮鬼どんに通信じゃ」
<ひらいた>
「浮鬼どん、この盾、使うてくれ。弐ノ塔と一緒に上がるんじゃ」
<坊主>浮鬼の声。
<オマエぁ・・・どないすんねん>清雅の声。
「わしは、」
ソラトバン。ちょっと震えつつ、宣言した。
「ヤ、ヤツラに、ひ、ひと泡・・・吹かせてやるんじゃ!」
◆ 37、蒸気械弩砲を、踏みつぶせ ◆
やると決めたら、動いた方がよい。
じっとしとると恐怖がつのる。
ソラトバンは、動いた。
把手と鐙を力一杯動かして、チラーニどんを走らせたんじゃ。
浮上筒の機能をいっぱいに使うて、木々を飛び越え、夜空に躍り出る。
いったん木々の上に出たら、浮上能力を落として、落ちる。木の幹が迫ってきたら、また浮上を強めて、幹を蹴る。
上下の動きは浮上で制御できる。じゃが、水平方向は操作しとらん。
どんどん速度が上がってゆく!
──眼下に広がる、夜の森へ。加速しながら、落ちてゆく!
「うおおおお!」叫ぶソラトバン。
「さっき見たのやが、」冷静なおジャス。「やはり、麓の丘陵が射出点で、間違いなしやえ」
「よく見えますね?」チーニャも落ち着いておる。
「我に、『光』のルーンの術あり。目に見える物事の検知力、そなたの及ぶところではない、鬼械人乗りの娘よ」
「・・・。」
「ソラよ。その丘陵やが、手前は、沼沢地(しょうたくち)やえ。注意されたし」
「それ、確定情報ですか?」
「今日、山登った際、チラッと見た。葦原(あしはら)に、淀んだ色合い。沼沢に違いなし」
「確認したわけではないんですね」
「うむ。ゆえに、深さなどはわからぬ」
「なら、沼かどうかもわからないのでは?」
「沼沢に違いなしと言うておる」
「わかった。突っ込まんよう、気を付けるわい」
なんか、ケンカになりそうじゃ。話を変えよう。
「チラーニどん。タコ先行させることはできんか?」
<できない。タコ、こんな速く、飛べ、ない>
木を蹴って坂落としの突撃を敢行しつつ、チラーニ。
<落ち着いたら、館で、拾ったの、出す>
「了解じゃ」
これは、失敗じゃった。
タコがない状態で突撃したのは。
所詮、初陣の素人っちゅうことじゃな。
尼僧院の山を下り・・・
沼じゃという葦原を迂回し・・・
そこから今度は、おジャスさまの言う丘陵(の森)を、登って・・・
とある木立ちを、飛び越えた瞬間!
眼下に、鬼械人らしき物体が現われた。
それも──3機!
「居ったぞ!」
<帝国軍、蒸気械弩砲(じょうきかいどほう)!>
それは、脚の生えたクロスボウ。
平たく四角いボディの上に、人間よりもでっかい弩。
ボディの四隅から生えるカニみたいな脚。
左右に広げた腕が、ねじりバネで動く、大型弩。ウインチで弦を引き絞る。ものすごいパワーが出るやつである。
そして、四角ボディと四つ足は、紛れもなく帝国式の蒸気械人。
ふつうなら人間が手作業で回すウインチも、蒸気械式の腕が担当しておって、弩砲のそばに人は居らぬ。
「おおお! や、やってやるわい!」
千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンス。
ソラトバンは、鐙を動かした。
チラーニ。その意図を理解。浮上機能をカット。
端っこの弩砲の上に、落ちて。
両足で、踏みつける!
「猫爪じゃ!」
ゴギャアン!!!
チラーニの両足から生えた3本×2足、合計6本の爪が、弩砲を砕く!
大鷲のウサギを狩るがごとし! 弩砲はバラバラとなった!
さらに、ズシンと、大型鬼械人・チラーニの体重を乗せてやった。
哀れ蒸気械弩砲、四脚すべてベチャンとなり、伸びちゃいかんとこまで伸び、魔蒸気筒がめげて(壊れて)しもうた!
ばしゅううう・・・! 蒸気噴いて、停止する。
チラーニには勢いがついておる。慣性である!
ソラトバン、無理に止まろうとせず、前へ飛び降りる。
把手を引いて、身体をねじって──
「姐御!」
「ホイ来た散弾砲! けむりだま!」
ドゴン、ドン!
チラーニの右肩・左肩砲、連射。
散弾が、2機目の蒸気械弩砲に殺到した。弩砲を操作する細い鬼械腕が、壊れた。これで弩砲は動かせぬ。
けむりだまは3機目に命中。白煙に包み込む。壊れてはおらんが、しばらく攻撃はできまい。
これで、弐ノ塔を脅かす弩砲は、一時沈黙させたことになる。
だが。
前方の岩場の陰から、1機、2機、3機・・・と、
ナンガラック! 四角いボディの、大型蒸気械人が、その巨体を現わした!
「退却だ、退却しろ、ソラ。弩砲を飛び越して戻れ。チラーニ、左右両肩、散弾装填」
<左右散弾装填>
「わかったわi──」
「二つ半、敵鬼! 接近中」おジャスさま警報。「他の鬼械人より速いえ。注意せよ!」
「え、えっ!?」
虚を衝かれるソラトバン。
右後方から、迫ってきたのは。
「待っていたぞ、ソラトバン」
角張った胴体の中。
立つスペースもないほど低い天井の下。
パイプを咥えて、蒸気械人を操作する男──
「そして、ティモとかいう女。部下の仇、ここで取らせてもらう!」
──黒髭パイプの、バッツワーノという男であった。
◆ 38、“鉄拳”ピンガデオス ◆
<新型?!>
チラーニの知らない、新型。
オーガとの戦争のために開発された、純戦闘型の蒸気械人であった。
その手は、拳の形をしておる。
ただし、指はない。
鉄の固まり。
ギュッと握ったような形に成形された、巨大なハンマーである。
ピンガデオス。
というのが、この蒸気械人の名称である。
指揮官のための重装甲でボディをよろいつつ、ナンガラックよりも軽く、速い。
その速度は──ソラトバンの隙を突くには、十分であった。
「前に倒せっ!」
姐御。
ソラトバンの後頭部を、膝蹴りにしてきた。
「なんじゃ?! いたいがな」
ごりごりごり。めっちゃ押してきよる。
つんのめって、前倒しとなる。「うおっ」
チラーニどんも、つんのめって、前倒しとなる。<うわあ>
ちょうどよく、背中の砲が前を向いたところで──
「鉄鎖砲ォ!!!」
ドゴン!
背中の砲が、火を噴いた。
鉄の槍が、撃ち出される!
ガラララララッ・・・!
真っ黒な鎖が、伸びてゆく!
鉄鎖つきの槍! 銛(もり)みたいな形状した、重い槍!
ゴオオオと夜空を切り裂いて、飛んでゆき・・・
前方の岩場に、当たって・・・
返しトゲが、バッと、傘開くように、開いて・・・
ガキン! と、岩に引っ掛かった!
「浮上! 巻き取れ!」
<はいはい、はい>
チラーニが浮上。ウインチを巻く。
ついでに、地面を蹴って、ジャンプ。
巨体が浮き上がり、一気に岩場へと引き寄せられた。
迫り来るバッツワーノ機より、遥かに速いスピードで!
「うおわあああ」
チラーニの姿勢。でんぐり返り状態となった。
前につんのめった姿勢で、背中のウインチを巻き上げ、ほぼ水平に飛んだためである。
ソラトバン、身体を抑える金枠にぶつかり、パニック。なんもできん。
おジャスさまはちがった。「三つ方向、上空、飛行塔らしき姿あり」いとも冷静なるレポート。
チーニャも一味ちがった。「しねっ! しねっ!」吠えながら、左右の引き金を引く。「サーニのバカっ! しねっ!!!」
左右肩から散弾をブッ放し、岩場の下にいるナンガラックに浴びせる。
だが、弾は、拒まれた。装甲に弾かれ、1発も通らない。
<対鬼(たいき)ナンガラック!>
岩場に着地、鉄鎖槍を左手で拾いながら、チラーニ。
<清雅が言ってた。撃竜界攻略機。浮鬼級の一寸五分砲は、ほとんど弾かれるって>
「二寸砲もダメっぽいな。散弾では・・・。左けむり。右散弾で」
<あいよ>
こちらを取り囲まんとする、ナンガラック。
その前面に、追加装甲あり。
見るからに重たそうな、黒光りする金属板を、格子状にぎっしり配置したもの。
ラメラー式の鎧。この装甲が、散弾を弾いたのだ。
ついでに、腕もふつうのナンガラックとはちがった。鎖になっておる。手首のとこから鎖が生えて、末端に鉤手がついておる。
この鎖を、ビュンビュン振り回して──投げつけてきた。
チラーニは、かわした。
鉤手は足元の岩に引っ掛かった。ナンガラックが引っ張る。岩が砕け、足場が少し、崩れた。
<この鎖で、オーガの重装歩兵を引きずり倒したんだって>
ジワジワと、対鬼ナンガラック──鎖手・ラメラー装甲ナンガラックが、輪を狭めてくる。
いまのところは、問題ない。鎖の攻撃は予備動作が大きく、速度も遅いので、見てからかわせる。
だが、近付かれてしまえば、そんな余裕もなくなる。
「飛んじゃダメかのう?」
「遅いって言ったろ」
<空中から引き落とされたら、君ら、死ぬよ>
「む」
「新型は、“鉄拳”と呼ぼう」とチーニャ。「あいつは格闘機っぽいから、飛べば逃げれるかも知れんぞ」
「ふむ」
「だからまずナンガラックをやり過ごす。周囲をチェックだ」
タコ千里玉で、地形を見る。
チラーニの立っとるのは、岩場。孤島のようなもんである。
足元は、対鬼ナンガラック8体によって包囲されておる。その囲みの外は・・・
前・・・下り坂。炎上する州都が見える。対鬼ナンガラックが3体、遅れて上がってくる。
右・・・森。木々が密すぎて、中には入れん。
後・・・弩砲の陣地。戻れば“鉄拳”と鉢合わせになるだろう。
左・・・葦原。おそらく沼地。この方向は急斜面で、ナンガラックの包囲に穴がある。
「後ろはダメじゃな」
「そうだな。挟み撃ちになる」
「飛ぶのは危険──っちゅうことは、右手の森もダメじゃ」
「うむ」
「前はナンガラック。左は沼・・・行くトコなくないか?」
「チラーニ。対鬼ナンガラックの弱点聞いてないか?」
<視界が狭い。足元に罠があっても突っ込んでくる>
「仕掛けてる暇なんて、ないぜ」
「くそ」
ソラトバン、震え出す。
しゃべっとる間にもグングン迫ってくる敵。
まるで『死』が迫ってくるよう。震えが、止まらん。
「に・・・逃げ出したい気分じゃ・・・」
<降りてもいいぜ? 二度と乗せないけど>
「じゃろうな。そうじゃろう」
ソラトバン、ガクガク震えつつ、腹をくくった。
「──ほじゃけ、いまのは、ナシじゃ!!!」
移動開始!
岩を蹴って、走る!
左へ!
「おい、どうする気だ」「そっちは沼沢地やと言うておる」
「元ナンガラックの兄貴が言うとったんじゃ!」
ソラトバンは、叫んで答えた──
「ナンガラックは、オモイ!」
◆ 39、ナンガラックは、オモイ ◆
ドンバッチャーン!!! ベチャベチャベチャ!
葦原に駆け下りたチラーニ。
ドロッドロの沼を、高々と蹴散らして、走った。
<すべるぅ~>
沈みはせん。浮上機能がある。
だが、コマみたいな形した足は、泥を掻くには、まったくもって、不向き。
それでも、なんとか、走っとる・・・? ぐらいの速度で、前進した。
・・・ところで。
帝国軍の鬼械人乗りは、基本的に、宗主国人。ハポノ人である。
彼らの祖国は、高原ハポノ・ウマーノ。極端に乾燥した岩がちの土地である。どこを走っても足が沈むということがない。
それだから、彼らの頭には、常に信頼できる固い大地のイメージがあった。
これが、思わぬ失敗の原因であった。
属州ショラン・ギサンチの──水はけの悪い土地の常識が、頭に入ってなかった、ということが。
ナンガラックは、追いかけた。
泥など気にせず、突進した。罵声を、チラーニの背中に浴びせながら。
「逃げるか、“長腕”!」
「内通者の話じゃ、オンナが乗り手だそうだな? 確かめてやる!」
「仲間の仇だ! ブッ殺してやる」
鎖が飛んできた。1つが命中し、鉤がチラーニの右手に引っ掛かる。
<捕まった!?>
「構わん! 慣性じゃ!」
ソラトバンは、気にしない。むしろ鎖を利用して、相手の方に振り向く。
「けむりだま撃っとくぞ」
姐御が自分の判断で発砲。左肩からけむりだまを放ち、敵の視界を奪った。
で、鎖であるが。
チラーニは、浮上しておる。足を踏ん張ることができぬ状態。
ふつうなら綱引きに勝てるはずがない。
だが、走ってきた勢いがある。慣性。
そして、ナンガラックの足は、すでに、ヌルヌルした沼に踏み込んでおる。
結果。
ヌルリ。ズブズブズブ!
ナンガラックの足が、泥にめり込み・・・
ぐらーーーり・・・・・・・・・四角いボディが、こっちに傾き・・・
ビターーーン!!!
泥の中に、ブッ倒れた。
仲間の機体も、白煙の中を突撃してきて・・・
ヘビー級の重量+追加装甲の重さもそのまま、勢いよく沼に足を突っ込んで・・・
ビターーーン!! ドバーン! ゴパァァァン・・・!
頭から、深い泥沼に、ダイブした!
「ははは! 簡単に引っ掛かりよったわい」
向こう岸までたどり着いたソラトバン。高笑い。
対鬼ナンガラックども。
4機が沼にブッ倒れ、沈黙。おそらく乗り手が気絶しておる。
2機が足を取られ、あわてて抜けようとして逆の足もハマり、バランス崩して手もハマり、四つん這いとなって、擱座(かくざ)。
1機が仲間に腕を引っ張ってもらおうとして・・・両方ともコケて、ビターン!
「ふぅ、やれやれ」汗拭う。「・・・ところで、“鉄拳”はどこじゃ?」
周囲を見る。
対鬼ナンガラックが3機。沼を避けて、回り込んで来ておる。
そして、先ほどの岩場の上に、蒸気械弩砲がヨチヨチとよじ登るのが見えた。弩砲をこちらに向けてきよる。
「・・・居らんぞ」
ソラトバンがイヤな予感を覚えたところで、
「三つ半、至近に“鉄拳”!!!」
“鉄拳”、ピンガデオス型。
チラーニが背にしておった森の中から、不意打ち。
低い姿勢で突っ込んできて──
「ピンガデオス! 右、爆伸(ばくしん)!!!」
右腕を爆発させながら、ストレートを放ってきた。
◆ 40、必殺、爆伸パンチ ◆
低い姿勢から、蛇の噛みつくがごとき、ストレート。
その瞬間!
右肩の魔蒸気筒が、爆発!!
右肘の魔蒸気筒が、爆発!!!
ふだんの、蒸気機関的な動作(排気はしないので、いわゆる蒸気機関とはちがいますがね)ではなく!
内燃機関的──爆発的燃焼でもって、動作をさせた!
明らかに設計を逸脱した、ムチャクチャな用法!
筒が膨らむほどの爆発!
関節、爆発的に、伸長!
“鉄拳”は──砲丸のごとく、撃ち放たれた!
これぞ、ピンガデオス必殺! 爆伸パンチ!
ゴ、ギャァァァァン・・・!!!
必殺パンチが、チラーニの右浮上筒にヒット。一発で、破壊した。
内部のコマ──浮上ユニットが、こぼれ落ちる。
<ふげぇ~~~!!!>
ガクン。
チラーニの身体が、沈んだ。
浮上筒で浮いておった巨体が、重力に捕まった!
右足が、泥に突き刺さる!
さらに・・・
殴られた衝撃で・・・
上体が前へ、倒れてゆく!
「ぬおおおお・・・!!!」
ソラトバンは。
激怒した。
チラーニどんが!
また、壊された!!!
・・・という、怒りである。
この怒りによって、恐怖は吹っ飛んだ。
素晴らしい反応速度が、神経に下りてくる。
自分でも信じがたいほどの、判断速度。考えるよりも速く、身体が動く。
名付けるならば──神懸かり(かみがかり)モード!
その神懸かった神経で・・・
彼の身体が取った、選択は・・・
上半身は、倒れるままに、左へねじる。
左手で、背後をチョップ。
ついで、左足で後ろ回し蹴り。
・・・という、とっさの撃ち返しであった。
これが、ピタリと、ハマった。
左手に持っとった鉄鎖槍が、ピンガデオスの右手首に、引っ掛かる。
これは、神懸かりとしか言えぬ。狙ってやったのではないし、やれと言われても、ソラトバン自身、できん。
だがまあ、樵としての日常動作に、似たものはあった。斧でヒョイと枝を引っ掛け、引き寄せて、果実を取ったりする。そんな動作である。それが無意識に出たとは言える。
チラーニどんが、以心伝心(いしんでんしん)で、その動作を結実させてくれた。
鉄鎖槍で、ガッキンと、ピンガデオスを引き寄せる。
そして。
引き寄せた鼻面を、左足で、突き蹴り飛ばす。
「猫爪じゃあああ!!!」
<おおう!!!>
ゴッ、バッ!!!!!
爪が、ピンガデオスの胴体右を、こそぎ取った!
げに恐ろしきは、チラーニの足。
帝国の指揮官機の装甲を、蹴り抜きおった!
「爆し──ッ?!!」
左の爆伸パンチを打つ構えであった、バッツワーノ。
蹴りの衝撃で、前に、後ろに、頭を叩きつけられ、一瞬で意識を失った。
左の爆伸パンチが入っておれば、彼の勝ちであったろう。
だが。
バッツワーノが操るピンガデオスよりも。
チラーニ&ソラトバン、一心同体の2人のほうが、速かったのだ。
チラーニは前につんのめり、逆立ちとなる。
浮上筒が死んだ彼のボディは重たすぎ、ナンガラック同様、踏み留まることはできんかったのだ。
だが、わずかな時間だけ・・・
肩砲の射界に、転がるピンガデオスが入った。
「姐御! 撃っ──ぱぁ!?」
撃ってくれ。と、言おうとしたソラトバン。
逆立ちになったせいで、上へ、ずり上がり・・・
姐御のおっぱいに、突っ込んだ。
ちょうど彼女が前倒しになっとったせいで・・・
ソラトバンの顔面が、まともにおっぱいと対面して・・・や、やわらかい!
「おッふ?! こらソラおまえッ!?」
「撃っぷあ。もごもご!」
「いやーーーん!!!」
叫びながら、姐御が発砲した散弾。
転がるピンガデオスの、背中に命中。
ビシバシビシ!
硬い装甲に半分が弾かれ、何発かがめり込み・・・
数発は、中央蓄熱筒に繋がるワイヤーを、強打した。
ワイヤー、切断。
中央蓄熱筒、暴走・・・・・・・・・爆発!!!
魔蒸気の毒々しい煙を噴き上げて。
ピンガデオスは、粉々に吹っ飛んだ。
ソラトバン。
初陣にして、帝国軍鬼械人部隊長バッツワーノを破る、の巻であった。
◆ 41、これで終わり ◆
「・・・姐御。おジャスさま。無事か?」
「うむ」おジャスさまはケロッとしておる。
「しねっ。しねっ」
チーニャの姐御。太腿で首挟んで、頭どついてきよる。
おっぱいに顔突っ込んだので、キレたか。うむ。無理もない。
チラーニは、仰向けに泥の中に倒れておる。おジャスさまの眼前、2つある左右背窓は、泥でいっぱいである。ふつうなら、おびえるところであるが・・・
「天晴れ(あっぱれ)。正義の鬼械人。これはもう、褒美をやらずには済まされぬ」
「いや、そりゃありがたいんじゃが」
<動けないんだよなー>
タコ千里玉。上空に浮かんだタコのもたらす光景。
仰向けに倒れたチラーニ。
手足、沼にめり込んでおる。泥ン中に、大の字。
浮上筒が1本死んだため、自重の半分ぐらいの重さでもって、沼にズブズブと沈んでおる。
起き上がることが、できんのである。
そして・・・
周囲に、恐る恐るといった様子で、対鬼ナンガラックが、集まって来て・・・
「くそ。これで終わりなんか」
「言ったろ? 鬼械人は、無敵じゃないって」
太腿でギューッと首締めつつ、姐御は、ソラトバンの頭を撫でてきた。
足を、ソラトバンの胸のとこで交差して、引っ張ってくる。
「ウソじゃろ・・・」
ソラトバン、小さな覗き窓から空を見上げた。
こんなのは、いやじゃ・・・
死にとうない・・・
もっと、飛びたかった・・・
その空に。
八角錐っぽい形の塔が、見えた。
「ありゃ?」
<浮鬼から通信>
<ソラ。そのまま、ジッとしとれ>
「数鬼どん!」
<正鬼や>
「すまんことじゃ」
<ジッとしとれ。ごっつい弾持ってきたからな。絶対、動くな。ハッチも開くな。ええな?>
「お・・・おう? 了解じゃ」
塔から、なんか飛び降りてきた。
右足ダラーンとした、ゴブリンみたいな姿のやつ。
<射撃準備せよ>おふくろさんの声。<構え。狙え。3、2、1──撃て>
ドッ、ゴッ!!!
上空で、パッと炎が花開いた。
タコ千里玉が、爆発で満たされた。
チラーニの内部も、衝撃と轟音で、いっぱいになる。
チーニャの姐御が悲鳴を上げて抱きついてきたようじゃが、その声も、まったく聞こえなんだ。・・・あ、でも、おっぱいは柔らかかったわい。
・・・気が付けば。
チラーニは上体を起こし、沼の中に座っておった。
正面に、浮鬼が居るようである。
<・・・、・・・・・・・・・、・・・・・・>
チラーニがなんか言うとるが、聞こえん。耳がガァーンガァーンと鳴っておる。
かぱ。ハッチが開いた。
浮鬼が、目の前に居った。
右膝は壊れたままで、ダラーンとなっておる。
冷たい夜気が流れ込んできた。それで、中がものすごく暑くなっとったことに気付いた。
浮鬼のハッチも開いた。ゴブリン兄弟が、左右の弓手席に乗っておる。乗り手席は、空っぽである。
盛んになんか言うてくる。だんだん声が聞こえるようになってきた。
「・・・大丈夫か。おい」「耳聞こえんのか」
「いま、だんだん聞こえるようになってきたわい」
「そうか」「爆裂弾はこれがあるからな」
「乗り手はカラにしてきたんじゃな」
「そうや」「俺ら、射撃に専念したんや」
<落っこちんのは、浮鬼様に任せとけっちゅう話や>浮鬼が威張った。<お手柄やのう、ソラ>
「そっちもじゃ。おかげで命拾いしたわい」
空見れば、飛行塔。
地上を睥睨(へいげい)しておる。
ソラトバンにはその姿が、のけぞったおふくろさんに見えて。
ちょっと、笑ってしもうた。
◆ 42、蘇生成功です ◆
「・・・む?」
黒髭の男。ベットの上で、目を覚ました。
そばに、女が立っておる。オーガの女である。そのオーガが、
「蘇生は成功です、バッツワーノ隊長」
と、言うた。
「ああ、そうか。俺は、死んだのか・・・」
男は、ソラトバンに殺されたバッツワーノ隊長であった。
「今回は危ないトコやったんですよ」
オーガの女。
焦げ茶色の髪。黄色の目。
牙は小さめで、唇をしっかり閉じると見えんようになる。
赤い腕章を巻いた、クリーム色の服を着ておる。帝国軍の看護婦の制服である。
腕組んで、ため息つく。
「キルビンナックの坊やがしくじって、こっち来てへんかったら・・・いまごろ私も処刑台や」
「オマエを買った甲斐があったよ、レイサーネ」
バッツワーノは起き上がった。シーツがめくれる。もじゃもじゃの胸毛があらわになった。
「フリチンでカッコつけんとってください」
レイサーネ。オーガの女。冷たくあしらって、背中向ける。
「認めて頂けたんなら、解放してください。そういう約束でしたよね?」
「覚えがない。オーガは終身奴隷だ。いまの帝国法では。・・・これ、前に言ったよな?」
「記憶は大丈夫みたいですね」
コップに水汲んで、優しく差し出すレイサーネであった。
帝国には、奴隷がいた。
使い潰される犯罪奴隷から、レイサーネのような蘇生術師奴隷まで、さまざまな奴隷が。
あまりに数が多いので、反乱を防ぐため、所有者が死んだら奴隷は全員死刑──と、定められておった。
バッツワーノが死んだので、彼女も死刑──っちゅうことである。
が。
この時代の帝国。ハポノ貴族に不利な法は、機能しない。たとえば、「奴隷は生前に相続していた」と、貴族がウソをつけば、役所は沈黙した。訴えたところで、どうせ貴族が勝つし・・・
レイサーネも、腐った行政と司法のおかげで、命拾いしたのであった。
「州都、えらいことになってますよ。一面大火事で、総督邸が囲まれて」
「よし。しばらく姿を隠すぞ」
「笑いが止まらんでしょ?」
「笑いはせん。必要だからやったまでだ」
「キル坊とはちゃうわけですね。安心しました」
「樵を脅したそうだな」
「脅した? 誰の報告ですそれ? 脅すどころか、ナイフで切り刻む気ィ満々でしたよ」
「・・・。」
バッツワーノは水を口にする。適度に温めてあり、呑みやすかった。
パイプを探した。レイサーネが水差しのとこから取ってくれた。新品だ。
「これじゃない」
「探したんですけどね」
「・・・。」咥えた。「キルはどこだ」
「まだ現場。“長腕”の筒の中身、必死こいて探しとる。いまごろ泥んこちゃう?」
「ああ。壊したっけな」
バッツワーノはコップを覗き込んだ。
「あいつらを、舐めとったようだ」
「撃竜界も一目置いてた相手ですから」レイサーネ。立ち上がる。「ほな、ウチはこれで。しばらく安静ですよ」
「は?」
「は? やないねん。安静や。安静。身体造り直して降霊しての蘇生やねんから」
レイサーネ、噛みつく。
「息子が成人するまでは、私も生きてたいからねぇ・・・」
ポケットに手ェ突っ込んで、部屋を出てった。
バッツワーノは水を呑み干した。
そして。
「計画がバレたら、みんな死刑さ。俺も、おまえも。おまえの息子もな」
相手に聞こえない声で、呟いた。