私の世直しアカデミア   作:M.T.

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【第一部】第一章 入学編
第1話 現代社会に失望したので世直しします


「あ゛あ゛あ゛あ゛!!い゛た゛い゛、い゛た゛い゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!」

 

 痛い、熱い、怖い。

 誰か助けて。

 

 お父さん、お母さん、どこにいるの?

 わたしはここにいるよ。

 お願いだから、わたしを…

 

 ひとりにしないでよ…!!

 

 

 

 

 

「っ……!!」

 

 目を開けると、見慣れた白い天井が視界に飛び込んできた。

 深呼吸をして、乱れた呼吸を整える。

 脳に酸素が行き届いて、ようやく思考が現実に引き戻される。

 

「夢……か」

 

 髪を掻き上げながら、ボソッと呟いた。

 コンフォーターを捲り、ゆっくりと上半身を起こす。

 ぼんやりと、シルクの手袋をはめた自分の手を眺める。

 右手の手袋を外し、()()()()()()()()()()()()()()を天井の照明に翳した。

 

 事の始まりは中国、軽慶市。『発光する赤児が産まれた』というニュース。

 以降各地で『超常』は発見され、原因も判然としないまま、時は流れる。

 今では、世界総人口の約八割が、“個性”と呼ばれる何らかの特異体質を持つ超人社会となっている。

 “個性”を悪用する犯罪者・(ヴィラン)が増加の一途をたどる中、“個性”を使って(ヴィラン)や災害に立ち向かい、人々を救ける者達がいた。

 世界で最も脚光を浴びている職業…それがヒーローだ。

 その中でも、我が国のNo.1ヒーロー“オールマイト”は、全世界にその名を轟かせ、『平和の象徴』と呼ばれている。

 昨今我が国日本が驚異的な犯罪率の低さを叩き出し、私達が平和な毎日を享受しているのも、オールマイトの功績と言えよう。

 

 そんな世界に生を受けた私も、当然ながら“個性”を持っている。

 私の場合は…何というか、言語化が難しく説明が面倒なので、“個性”の話題を振られる事自体あまり好きではないのだが。

 

 …それにしても、久々に嫌な夢を見た。

 10年もの月日が経っても、傷はまだ私の心の奥深くに残っている。

 時間は絶望を紛らわせてくれるが、消し去ってはくれない。

 自分で言うのも何だが、私は特にそれをいやでも強く実感させられる立場にいる。

 まだ新学期2日目だというのに、まったく幸先が悪いな。

 

 キングサイズのベッドから起き上がり、部屋の照明をつける。

 ふと時計を見ると、朝の4時だった。

 悪夢のせいか、いつもより少しばかり早く目が覚めてしまった。

 寝汗で寝間着が肌に貼りついて気持ち悪い。

 気分を入れ替える為に、東側の窓のカーテンを開けると、窓の外に朝焼けの空と、満開の桜並木が見える。

 

 自室のバスルームに入り、熱いシャワーで寝汗を流す。

 私の父が経営していた企業が取り扱っていた高級シャンプーやトリートメントなどのトイレタリーが、何種類か並んで置かれている。

 私はそのうちの一つを手に取って、入念に身体を洗った。

 身体を洗い終えてシャワーを浴びていると、ふと姿見に映った自分の姿が目に入る。

 

 鏡には、右半分が焼け爛れた自分の顔が映っている。

 眼球を摘出した右の眼窩は窪み、皮膚は引き攣って変色している。

 背中や腹にも、同様に火傷の痕が残っている。

 この姿を見れば、誰もが眉を顰める事だろう。

 実際、今まで腫れ物のように扱われてきた。

 昔は自分の顔を見る度に憂鬱になったものだが、今ではもう何も感じなくなってしまった。

 まるで傷の痛みが引くのに連なるように、心の痛みも感じなくなった。

 

 シャワーを浴び終えた私は、バスタオルで身体を拭き、下着と肌着を身につけた。

 化粧台の鏡を眺めながら、ドライヤーで髪を乾かす。

 いつものように右眼に眼帯をつけ、丁寧にアイロンがけされたセーラー服に袖を通す。

 着替えを終えた私は、スマホで今日のニュースにざっと目を通し、星座占いの欄をチェックする。

 今日のラッキーカラーは…ピンクか。

 

「ピンク…っと」

 

 化粧台の引き出しを開けて、その中からピンク色の星座の飾りがはめ込まれたバレッタを取り出す。

 髪を所謂カチューシャ編みにし、余った髪をバレッタで留めてポニーテールにする。

 身支度を終え、ちょうど部屋の外に出ようかと考えたその時、ノック音が聴こえる。

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

 私が許可を出すと、眼鏡をかけ白髪と髭を貯えた60代くらいの老紳士が私の部屋に入ってくる。

 彼は山根、私の家に仕えている使用人だ。

 山根は、ちょうど身なりを整え終わった私を見るなり、少し驚いたような表情を浮かべる。

 

「これはこれは。お嬢様がもうお目覚めになっていらしたとは」

 

「お前こそ、何の用だ?私を呼びに来るのには、まだ早いが」

 

 山根は毎日朝の6時頃に、朝食の準備ができ次第私を呼びに来てくれる。

 いつも私を呼びにくる時間までには、あと1時間以上ある。

 何故今日に限って1時間も早く私を呼びに来たのか疑問に感じていると、山根が微笑みながら口を開いた。

 

「おや。今日が何の日か、お忘れですか?」

 

「ムッ…」

 

 …そうだった。

 私とした事が、すっかり忘れていた。

 今日は、父と母の命日だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おはようございます。父上、母上」

 

 私は、60畳の和室の仏壇の前に敷かれた座布団の上に正座をして、線香に火をつけ、香炉に立てた。

 台の上に置かれたりんを鳴らし、数珠を持ったまま合掌する。

 仏壇には、私の父と母の遺影が飾られ、二人の好物だった水菓子が置かれている。

 仏具は、山根が毎日手入れをしてくれているおかげで、自分の顔が映る程に表面が綺麗だ。

 私がお参りを済ませると、山根が話しかけてきた。

 

「早いもので、今日でちょうど10年になりますね」

 

「…そうだな」

 

 あれは10年前、私が4歳の頃。

 身勝手な(ヴィラン)が私の家に侵入し、挙げ句の果てに火をつけた。

 私の顔の火傷は、その時にできたものだ。

 

 (ヴィラン)の狙いは、私だった。

 私の“個性”を悪用する為に、まだ幼い私を攫うつもりだったのだ。

 両親は、私を逃がそうとして命を落とした。

 幼い娘と、一生かけても使いきれない程の巨額の財産を遺して。

 

 父と母を目の前で生きたまま焼かれ、私自身も顔を焼かれ、そのまま(ヴィラン)に連れ去られるのを覚悟したその時、山根が私を助けてくれた。

 山根は、私を庇って重傷を負いながらも、命懸けで犯人を追い払ってくれた。

 ヒーローが駆けつけてきたのは、全てが終わった後だった。

 

 私が意識を取り戻したのは、事件から3週間後の事だった。

 全身に火傷を負った状態で病院に救急搬送された私は、皮膚が焼けて捲れた激痛で目を覚ました。

 私と山根は何とか一命を取り留めたものの、結局父と母は助からなかった。

 犯人はすぐに捕まったが、証拠不十分で不起訴になった。

 

 私は、くだらない理由で両親を殺した犯人が許せなかった。

 いつかまた善良な人々を脅かすかもしれない犯罪者が野放しにされている現状を、何としてでも変えたかった。

 どんなに時間がかかったとしても、絶対に捕まえて厳罰を与えると心に決めた。

 私は、何度も警察に再捜査を依頼したが、所詮は子供の戯言、誰も聞く耳を持ってはくれなかった。

 それでも私は、犯人を捕まえる為にできる限りの事をした。

 だが事件は、思いもよらない形で終息を迎えた。

 

 あるヴィジランテが、私の両親を殺した犯人を惨殺したのだ。

 顔も知らないどこぞの誰かが、図らずも私の復讐を代行してくれたというわけだ。

 だが私は、奴に感謝した事など一度もない。

 つくづく、自分本位で無責任な事をしてくれたと呆れるばかりだ。

 自分のしている事が、(ヴィラン)と同じだという事が何故わからない?

 どんなに綺麗な理由を並べようと、所詮は私の両親の命を奪った暴力という行為の肯定だ。

 人殺しを英雄と称える連中も、悍ましくて吐き気がする。

 

 かつては私も、ヒーローになりたいと思っていた頃もあった。

 だが、今は違う。

 私の両親が殺され、山根が命懸けで(ヴィラン)から私を守っていた時、誰も来なかった時点で、ヒーローに対する幻想などとうに潰えた。

 ヒーローも、万能ではなかったという事だ。

 悲しいかな、それが現実だ。

 

 別に私は、両親を助けに来なかったヒーローを責めるつもりはない。

 ただルールを守っていただけの人間を責める道理など、あるはずもない。

 ヒーローが(ヴィラン)に負けたのではない。

 負けたのは、法であり、教育だ。

 平和ボケしてろくにヒーローを管理できていなかったツケが回ってきたのだ。

 真に正すべきは、弱者に手を差し伸べず、本来あるべき抑止力をろくに機能させず、裁かれるべき人間をのさばらせているこの世界そのものだ。

 我が国の国民のほとんどがこの事に気づかないのは、No.1ヒーロー(オールマイト)に頼り切っている弊害と言わざるを得ない。

 オールマイトももう、若くはない。

 ヒーローとして活動できなくなる日が今日かもしれないという事に、国民全員がいい加減気づくべきだ。

 

 私は暴力など信じない。

 暴力に屈したら、私の両親を殺した奴に負けた事になる。

 私はいずれ官僚になって、この国を一から作り直す。

 誰かがやらねばならないのなら、私が成し遂げる。

 身勝手な理由で善良な人々を脅かす者達に、一人残らず然るべき罰を受けさせる。

 それが私の使命であり、悲願だ。

 

「お嬢様」

 

 不意に、山根から声をかけられる。

 その声が、私が長い間考え事をしていた事を気づかせてくれた。

 私は、一度ため息をついてから、自分一人で考え込んでいた事を山根に詫びた。

 

「…すまない。少し、考え事をしていた」

 

「僭越ながら、この老いぼれから一言助言をさせて下さいませ。何でもご自分の力で解決なさろうとするお嬢様の姿勢は、大変素晴らしゅうございます。しかし…いい加減、人を頼る事を覚えてはいかがでしょう」

 

「ム…」

 

「どんなに些細な事でも、何なりと私めにお申しつけ下さい。私はたとえ何があろうと、お嬢様のお側におります故…」

 

 そう言って山根は、私に向かって深く頭を下げた。

 言われてみれば…確かに私は一人で抱え込みすぎていたかもしれない。

 誰よりも信頼していた父と母を失い、どうやって人を信頼すればいいのかわからなくなっていたのだろう。

 それでも山根は、私の苦労を察して、いつでも私が何かを言う前に寄り添ってくれた。

 感謝してもし切れない。

 山根がいなければ私は、今日まで生きる事などできなかった。

 

「山根。お前は、父上が幼い頃から我が家によく尽くしてくれた。ありがとう。これからもよろしく頼むよ」

 

「もったいなきお言葉」

 

 私が言うと、山根は微笑みながらまた頭を下げた。

 もうこれ以上、あれこれと思い悩むのはやめよう。

 それよりも今は、すべき事がある。

 

「朝食の準備ができております。どうぞこちらへ」

 

「ああ」

 

 山根が、今日の食卓へと私を案内してくれた。

 私は気分を切り替えて、広い和室を後にした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「いただきます」

 

 私は、家の庭にセッティングされた席で朝食を食べ始めた。

 ウチの庭師が手入れした庭には美しい花が咲き誇っており、庭の中心に建てられたガゼボにセッティングされた白いアンティーク調のテーブルには、シェフが作った朝食が配膳されている。

 

 私の家では、食事の場所というのが特に決まっていない。

 普段は食堂か和室で食事を摂る事が多いのだが、私が希望すれば使用人が好きな場所に食事の用意をしてくれる。

 今朝は天気が良く暖かくなるとの予報だったので、庭で朝食を摂る事にしたのだ。

 

 私は、木々や花々が織りなす美しい景色を眺めながら、使用人が次々と運んでくる朝食を口にした。

 我が家の所有する農地で採れた新鮮な食材をふんだんに使った、朝から食べるには手の込んだフルコースだ。

 庭の中からは、池に水が流れる音や、鳥の囀りが聴こえる。

 たまには、野外での朝食も悪くない。

 

「お嬢様、お茶のおかわりをお持ちしました」

 

「ありがとう」

 

 汚れの目立たないシンプルなワンピースに身を包んだメイドが、ティーセットを運んでくる。

 彼女は山根の孫娘で、ウチのメイドとして働いてくれている。

 以前は炊事に洗濯、掃除、庭の手入れ、家計管理といった家事は全て山根が担ってくれていたが、山根ももう若くはないので、彼にもしもの事があった時の為に使用人を新たに雇ったのだ。

 もちろん私とて、家の事を全て山根に任せきりにしていたわけではない。

 新しく雇う使用人に仕事の引き継ぎをする為、まずは私が山根の仕事を全て覚えた。

 “個性”の都合上、仕事を覚える時間なら腐る程あった。

 新しく来た使用人達には、私がマンツーマンで仕事を教えた。

 そのおかげで、今では皆しっかり自分の仕事を覚え、何の不安もなく家の事を任せられるようになった。

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

 朝食を終えた私は、この日のニュースやスケジュールのチェック、それから最後の身支度を終えてから、山根の運転する車に乗り込んだ。

 窓の外に、私の住んでいる屋敷が見える。

 私の家は、自然に囲まれていて、日本家屋の部分と西洋家屋の部分に分かれている屋敷だ。

 前の屋敷は全焼してしまったが、山根が知り合いの建築士に頼んで新しい屋敷を建ててくれたのだ。

 家の周りには、広大なイングリッシュガーデンと、手入れの行き届いた日本庭園が広がっている。

 

 私の家は、それなりに歴史のある名家だ。

 特に超常黎明期以降は、私の父方のご先祖様が事業で莫大な資産を得た事で、世界的に有名な一族となった。

 今ではサポートアイテムや日用品、食品、医療、工業、不動産、観光業など、幅広い分野で事業を展開している巨大組織に成長し、我が家の当主であった私の父は、高額納税者番付に名を刻んでいた。

 オールマイトがNo.1ヒーローなら、父は経済界のNo.1だった。

 父が生前経営していた事業は伯父達が継いだが、父の所有していた土地や財産は私が譲り受けた。

 私も、伯父に遅れをとってはならないと考え、父の遺産を慈善活動に使っている。

 

「到着しました、お嬢様」

 

「ありがとう山根」

 

 山根が、私の通う中学校の正門から少し離れた場所に車を停めてくれた。

 車から降りると、山根が頭を深く下げて私を見送ってくれた。

 

「いってらっしゃいませ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ねえ、本当にいいの?」

 

「ですから、先程からそう申し上げているのですが」

 

 放課後、進路相談室にて。

 私は担任に進路の相談をしていたのだが、担任が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 私の学年では、生徒が担任に一人ずつ進路相談をする事になっていたのだが、他のクラスメイトが数分で終わったのに対し、私はかれこれ30分くらい担任と話をしている。

 というのも、私の新しい担任がこれまた厄介なのだ。

 

「君の成績なら、ヒーロー科に推薦してあげられるんだよ?本当に推薦入試受けなくていいの?」

 

「結構です。私は、ヒーロー科に行く気はありませんので。他を当たって下さい」

 

 しつこく私の進路を強引に決めようとしてくる担任に、私は営業スマイルを浮かべながら答えた。

 私の面談だけ長引いている理由は、私に雄英高校ヒーロー科への推薦入学の話が来ていたからだ。

 

 『国立雄英高校』。

 国内最高峰のヒーロー育成機関で、“オールマイト”や“エンデヴァー”といったトップヒーロー達を多く輩出している名門校だ。

 一学年四学科、計11クラスが開設されており、その中でもヒーロー科は2クラス計40名が定員なのだが、そこへ毎年1万人以上のヒーロー志望の受験生が集まる。

 偏差値79、倍率300倍という狭き門を潜り抜けたエリートのみが所属できる。

 さらにそのヒーロー科の中でも、クラスに男女1人ずつ、計4人のみ推薦枠が用意されている。

 

 担任曰く、私を雄英ヒーロー科に推薦してやるとの事だが、生憎私はヒーロー志望ではないので、丁重にお断りしているところだ。

 このやりとりも、これで7回目だ。

 ここまで来ると、いい加減しつこい。

 自分のクラスから雄英進学者を出したいという魂胆が見え見えだ。

 

 余談ではあるが、私は昨年の全国模試で1位を獲り、格闘技も一通り齧っている。

 だからこうして、担任が私に推薦の話を持ってきたというわけだ。

 別に、担任の気持ちが全くわからないわけではない。

 雄英ヒーロー科の推薦枠なんて、他の生徒なら喉から手が出るほど欲しがるものなのだから。

 この担任からすれば、私のしている事は、1等の宝くじをドブに捨てているのと同じ事というわけだ。

 だからって、要らないと言っているのに30分も食い下がるのは教育者として問題があるのではないか?

 

 私の第一志望は、雄英普通科だ。

 ヒーロー志望の学生からすれば、普通科はヒーロー科に落ちた者が行くところだというイメージが強いのだろうが、雄英レベルにもなれば、普通科の生徒も国内で一握りのエリートの集まりだ。

 実際、例年雄英普通科の卒業生の6〜7割が国立大御三家に進学しているというデータもある。

 ヒーロー科なら入学した時点でヒーローになる事がほぼ確定するが、普通科なら、医者だろうと、弁護士だろうと、税理士だろうと、どんな進路にも進めるのだ。

 トップ官僚になりたい私からすれば、これ以上ない進学先だ。

 

「そこまで私を雄英に推薦したいのであれば、普通科の推薦を下さい。確かウチの学校、普通科の推薦もありましたよね?」

 

「うーん…普通科、ねぇ…」

 

 私が担任に直談判すると、担任は露骨に嫌そうな顔をした。

 どんなに好意的に解釈しても、教師としてあるまじき態度だ。

 …これは、学科差別と捉えて良いのだろうか?

 こういうのは、録音でもしておいて教育委員会に訴えればいいのか?

 

 結局私は、そこから20分かけて担任を説得した。

 私の将来のキャリアプランや将来施行しようと考えている政策、私が官僚になったらいかに母校に貢献できるか等々、できるだけ志望理由が魅力的に伝わるように語った。

 話し合いの末、担任がやっと私に雄英の普通科の推薦をくれた。

 本来10分もかからないはずの面談を、1時間も受ける羽目になった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…まさかあそこまで食い下がられるとは思わなかった」

 

「それは災難でございましたね」

 

 ようやく担任との面談を終えた私は、帰りの車の中で山根に愚痴を吐いた。

 私の話を聞いた山根は、苦笑いを浮かべながら私の話を聞いてくれた。

 

「お嬢様は非常に才能に溢れたお方ですから、担任としてはどうしてもヒーロー科にお嬢様を入学させたかったのでしょうね」

 

「だからって、1時間も食い下がるのはどうかと思う。私がヒーロー以外の進路を目指しちゃいけないか?」

 

「返す言葉もございません」

 

 私がその時の事を話すと、山根が私のフォローをしてくれた。

 こういう時、山根は中立の立場で私の話を聞いてくれるからとても助かっている。

 

「…まあ、普通科の推薦をくれただけありがたいという事にしておくか。すまないな、つまらない話に付き合わせて」

 

「滅相もございません。お嬢様の心中、お察しします」

 

 私は、山根と話しながらタブレットでニュースのチェックをしている。

 すると、たった今、新しいニュースが飛び込んできた。

 田等院駅周辺にヘドロ状の(ヴィラン)が出現し、中学生が人質にとられたのを、オールマイトが助けたというニュースだ。

 (ヴィラン)が人質の“個性”を悪用して街に多大な被害を出していたせいで他のヒーローが手をつけられず、事件現場へ別の中学生が駆けつけて事態がさらに悪化してしまったところを、オールマイトが全て解決してくれた…というのが事件の概要だ。

 このニュースに違和感を覚えた私は、眉を顰めながら口を開いた。

 

「……わからない」

 

「何がです?」

 

「何故このニュースでは、さも事件が一件落着したかのように取り上げられているのだ?肝心な事は何も解決していないではないか」

 

「と、仰いますと?」

 

「他のヒーロー達は、オールマイトが来るまで少年を救えなかったのだぞ。少年が助かったのは結果論じゃないか。ヒーローも国民も、この現状にいい加減危機感を抱くべきだ」

 

「オールマイトが築いた平和の弊害…という事でございましょうな」

 

 私が言うと、山根も憂いを帯びた声で私の言いたい事を代弁してくれた。

 私がこの事件で問題視しているのは、オールマイトが来るまで誰も少年を助けられなかった事だ。

 

 誤解のないように話しておくと、私は別にその場にいたヒーロー達が少年を助けなかった事を非難しているのではない。

 自分の力では事件解決に貢献できないと判断したのであれば、人に任せるという判断は正しい。

 無理にでしゃばって被害を拡大させたのでは、本末転倒だ。

 問題なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではないだろうか。

 ヒーロー飽和社会でありながら、適材適所がまるでできていない。

 私の父と母が殺された時もそうだった。

 10年前の凄惨な事件から、何も学んでいない。

 私が官僚になったら、まずは今のヒーローのシステムを考え直す必要がありそうだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……よし、始めるか」

 

 あれから、10ヶ月が経った。

 私は、地下のトレーニングジムで準備運動をしている。

 私が今いるのは、パルクール用のジムだ。

 天井からロープが吊るされていたり、壁が斜面になっていたり、高さ3m以上ある足場が飛び石のように並んでいたりと、あらゆる状況に応じたランニングができるコースになっている。

 準備運動を終えた私は、タイム計測器をセットする。

 計測器でタイムの計測を始めるのとほぼ同時に、左手の指の肉球で自分の身体に触れた。

 そして、そのままスタート地点から走り出し、あらかじめ決めたコース通りに障害物に挑戦した。

 

「ふっ……!」

 

 私は、綱渡りやクライミングなどの、コース上にある障害物を順路通りに攻略した。

 ジムを一周してからスタート地点に戻り、自分の手の指の肉球同士を触れ合わせて“個性”を解除してから計測器を止めると、タイムが表示される。

 

 また、100分の1秒台か…

 …まだまだ、発展途上だな。

 

「…よし、もう一回…」

 

 私は、再び自分に“個性”を発動し、クライミングや綱渡りに挑戦した。

 身体に負荷をかけてみたり、違うコースに挑戦してみたりと、2時間くらいパルクールジムでトレーニングをした。

 日課の運動と“個性”の特訓を終えた私は、軽くクールダウンをしている。

 

 私の“個性”は『停滞』。

 一言で言うなら、時間を操る“個性”だ。

 具体的に言うと、触れた物体に歪みを与え、その物体に流れる時間を遅くする事ができる。

 すると、不思議な事が起こる。

 時間を遅くした分だけ、帳尻を合わせようとするのか、私が“個性”を発動した相手には、周囲のものが遅く動いているように見える。

 相対性理論によれば、物体が速く動くほど、その物体に流れる時間は遅くなる。

 私が“個性”を発動すると、その逆の事が起こる。

 私が“個性”を使った相手は、私が時を遅らせている間だけ、周囲より速く動けるというわけだ。

 時間を極限まで遅くすれば、時間を止めているのと限りなく近い状態にもできるが…デメリットの方が大きいので、実際に試してみた事はない。

 

 “個性”が発現したのは、4歳の頃だった。

 朝起きたら指の腹からプニプニした肉球が生えていて、興味本位で色んなものにペタペタ触っているうちに自分の“個性”が何なのかわかってきた時には、子供心に高揚したのを覚えている。

 父の家系は代々ぶっ壊れ性能の“個性”持ちを輩出しているし、母は長寿の“個性”だったので、私にこの“個性”が発現したのは当然の帰結と言えよう。

 超常社会となった現代でも、時間干渉系の“個性”は珍しいのか、幼少の頃は『エロい事し放題』だの『(ヴィラン)“個性”』だの言われたりしたが、あまり気にしてはいない。

 ちなみに今やっているのは、悪条件下で時間の遅れを緻密に操作する訓練だ。

 

 え?ヒーロー科に行かないのに何故“個性”の特訓をしているのかって?

 普段から“個性”を制御する訓練をしておかなければ、事故を起こすリスクが上がるからだ。

 “個性”は身体能力の一部だから、日頃から鍛えていなければ当然衰えたり暴発したりする。

 私の“個性”は特に扱いづらいから、日頃の特訓で感覚を掴んでおく必要があるわけだ。

 もし何かの拍子にうっかり“個性”を発動してしまった時、制御できないようでは困るからな。

 

 

 

「お嬢様。雄英高校からお手紙が届いております」

 

「ああ」

 

 私がクールダウンをしていると、山根が手紙を寄越してきた。

 手紙の内容は、おそらく先日受けた雄英の推薦入試の結果だ。

 入試は作文と面接の二種類で、作文は志望理由や最近のニュースについて、面接では簡単な質疑応答をした。

 作文は山根に添削してもらったし、面接では頓珍漢な事は答えていないので、まあ大丈夫だろうとは思うが…

 

「合格…か」

 

 封筒に入っていた書類に書かれた『合格』の二文字を見て、思わずため息をこぼす。

 とりあえず、スタートラインは無事に通過した。

 だがこれは、あくまでただの通過点に過ぎない。

 そう考えていると、山根が笑顔を浮かべながら拍手を送ってくれた。

 

「合格おめでとうございます」

 

「…何を言う。お前の支えがあってこその結果だ。ありがとう、山根」

 

「滅相もございません。ささやかですが、お祝いの準備ができております」

 

「ああ…それもいいが、まずは父上と母上にこの事を報告させてくれないか?」

 

「かしこまりました。きっと、お二人とも喜ばれますよ」

 

 私が言うと、山根は笑顔で答え、私を和室に連れて行ってくれた。

 

 つくづく、この世界の不条理に頭を抱える毎日だった。

 だがこの日、私はそんな日々に終止符を打つためのスタートラインを乗り越えた。

 これは、私が世界を変えるまでの物語だ。

 

 

 

 

 

A組の期末前の修行パートいります?

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