私の世直しアカデミア   作:M.T.

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第2話 相澤先生、入学式に出席してください

 目を覚ますと、白い天井が見えた。

 シルクのシーツから身体を起こすと、東窓から差し込んだ朝日が私の顔を照らした。

 窓の外には、澄み渡った青空と、満開の桜が見える。

 窓を開けると、冷たい風が部屋の中に吹き込んで、眠気を一気に吹き飛ばしてくれた。

 

 自室のバスルームで汗を流し、ワンピースタイプの部屋着に着替えて眼帯をつけ、髪を軽く頭の後ろで括った。

 するとその直後、ノック音が聴こえ、私が許可を出すと山根が入室してくる。

 

「おはようございます、お嬢様」

 

「ああ。おはよう、山根」

 

「既に朝食の支度が出来ております。どうぞこちらへ」

 

「ありがとう」

 

 山根は、私を朝食の席へと案内してくれた。

 1階に降りて渡り廊下を渡ってすぐのところに、日本家屋の別館がある。

 私や使用人達の生活スペースは洋館にあるが、別館には父と母の仏壇が置いてある和室や宴会場、大浴場、あとは道場などがある。

 

 山根に案内された和室には、手の込んだ本膳料理が配膳されていた。

 外には、入念に手入れを施された日本庭園が広がっていて、庭に植えられた桜の花びらが春風に乗って舞い散っている。

 

 今日は、雄英高校の入学式の日。

 高校デビューに相応しい、最高の空模様だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 朝食を終えた私は、新調した雄英高校の制服に袖を通した。

 アイロンがけされたワイシャツを着て緑のスカートを履き、朱色のネクタイを締めタイタックタイプのネクタイピンをつけ、最後に襟と袖に緑のラインが入ったグレーのジャケットを羽織れば、ピカピカの雄英生の完成だ。

 余談だが、雄英の制服は、ヒーロー科、普通科・サポート科、経営科とでデザインが若干異なる。

 私が今着ている、エポレットを留める金ボタンが二つ付いていて、袖口に緑のラインが一本入っているタイプの制服が、普通科の制服だ。

 …それは良いのだが、スカート丈が短いと思うのは私だけか?

 

「大変お似合いですよ、お嬢様!」

 

 私が着替え終わると、メイドが興奮気味に話しかけてくる。

 私の制服の新調をメーカーに依頼してくれたのは、彼女だった。

 

「スカート丈は本当にこれで合っているのか?」

 

「はい、先日メーカーに問い合わせたのですが、この長さで間違いないそうです」

 

「…そうか」

 

 そういう事なら、仕方ない…か。

 まあ、そのうち慣れるだろう。

 

 着替えを終えた私は、その格好で両親の仏壇へのお参りを済ませてから、新しいローファーを履き外に出た。

 まだ登校時間までには余裕があったので、山根が庭で記念撮影をしてくれた。

 これから新たな学び舎へと足を運ぶ私は、晴れやかな気分で山根の運転する黒のベンツのリムジンに乗り込んだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「到着しました、お嬢様」

 

「ありがとう」

 

 リムジンで揺られる事数十分、山根が雄英の正門から少し離れた場所にリムジンを停めた。

 車を降りて正門に向かって歩いていると、正門の前に報道陣が集まっていた。

 何の事はない、毎年恒例の風物詩だ。

 オールマイトを輩出したエリート校の入学式となれば、当然全国の記者達が集まってくる。

 まあ、きちんと許可を取った上で入場時刻を待っている分には問題ないのだが、中にはアポを取らずに押しかけてくる不届者がほぼ確実に混じっているらしいから、鬱陶しい事極まりない。

 だが、私が正門の前まで足を運ぶと、新入生にインタビューをしようと屯していた記者達は、まるでモーセの海割りの如く道を開けてくれた。

 どうやら、思っていたよりは物分かりが良いようだ。

 

「ここからは私一人で構わない」

 

「承知しました。お気をつけて」

 

 私が山根と別れて正門を潜ろうとした、その瞬間だった。

 

 

 

「死ねぇっ!!」

 

 突然、報道陣に紛れていた男が、ナイフを手に握って私目掛けて突進してきた。

 するとその次の瞬間には、山根が軽やかな身体運びで男を地面に組み伏せた。

 

「がぁっ!!」

 

 山根に組み伏せられた男は、情けない声を上げながらうつ伏せに倒れ込んだ。

 私はそのタイミングとほぼ同時に、後ろへ飛び退く形で雄英の正門を潜った。

 

「お嬢様、お怪我はございませんか?」

 

「ああ。問題ない」

 

 山根が得意の護身術で男を無力化すると、周りの記者達は感心した様子で山根に拍手を送った。

 山根は、我が家に古くから伝わる捕縛術で男を拘束すると、そのまま警察へ通報した。

 

「はい。事件です。たった今、刃物を持った不審な男を確保しました。ええ、場所は……」

 

 私を刺そうとした男は、悔しそうな顔で私を睨んでくる。

 …なるほど、どこからか私が雄英に入学するという情報を入手した()()が、刺客を送り込んできたのか。

 手口の雑さを見るに、安価で雇ったアマチュア…といったところか。

 

 世界有数の名家である六徳家の血を引く者には、敵が多い。

 六徳家の名声に嫉妬する者、逆恨みをする者、死体を売り捌こうと目論んでいる者…挙げればキリがない。

 本家の人間ともなれば死体ですら1億ドルの値がつくというのだから、世も末だ。

 幼少の頃からずっと命を狙われ続けてきた私は、今ではもはや暗殺慣れしてしまっている。

 “個性”の使用が制限されず教師陣が命を保証してくれる雄英の敷地内へ即座に飛び込んだのも、そういった無礼者へ対処する方法を、経験をもって身につけているからだ。

 四六時中命を狙われ、オールマイトがいるこの国すら安息の地とは言えないが、六徳家当主の宿命として受け入れるしかないのだ。

 そんな事を考えていた、その時だった。

 

「チクショウ…せめてあの小娘だけでも道連れに…!」

 

 山根が取り押さえていた男が、最後の力を振り絞ってか、口から鋭利な棘のようなものを伸ばしてきた。

 取り押さえられてもなお私を殺そうとするだけの余力があったとは、正直想定外だ。

 四月だというのに、異常なまでに発汗している。

 もしやブースト薬でも打っていたのか?

 命を削る違法薬物を使ってまで私を殺そうとする度胸と諦めの悪さは、もはや賞賛に値する。

 だが、正味問題はない。

 

 男が“個性”を使って棘を伸ばした次の瞬間、ブザー音が鳴り、地面から頑丈で分厚い金属の壁が瞬く間にせり上がり、正門を完全に封鎖してしまった。

 これが、噂に聞く『雄英バリアー』か…(名前がダサいとかそういう事は指摘しないでおこう)。

 学生証や教員証、入場許可証等の通行許可IDを持っていない者が雄英の敷地内に入ろうとすると発動するセキュリティーシステムだ。

 上質な特殊合金でできた厚さ1mの壁は、並の人間では突破できない。

 私が雄英にいる限り、そこらの暗殺者では、私を殺す事は不可能だ。

 入学式の前にほんの些細なトラブルに巻き込まれてしまったが、あとは山根に任せて教室に向かうとしよう。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 その後、事前に頭の中に叩き込んだマップの通りに広大な敷地の中を歩き、何のトラブルもなく校舎に到着した私は、1年C組の教室に辿り着いた。

 目の前には、高さ7m前後の巨大なドアがある。

 おそらく、異形型の“個性”持ちに配慮したユニバーサルデザインなのだろう。

 そんな事を考えつつ、教室の扉を開けたわけだが…

 

 

 

 ――シンッ…!!

 

 

 

 私が教室に入った瞬間、さっきまで話し声が聴こえていた教室が一気に静まり返った。

 教室にいるほとんど全員が背筋を伸ばして椅子に座っており、まるで訓練された軍隊だ。

 

 彼らが急に静かになった理由は、十中八九私だ。

 世界に名を馳せる六徳家の人間を敵に回せばどうなるかを、この国の国民の多くは身をもって知っている。

 それだけ六徳の名が知れ渡っている事を、喜ぶべきなのか、憂えるべきなのか…

 

 黒板に貼られた座席表で自分の席を確認し、窓側の一番後ろの席に座る。

 すると私の席の近くに座っていたクラスメイト達が、緊張した面持ちで私の方を一瞥し、互いに顔を見合わせた。

 おそらく私に話しかけていいのかどうか戸惑っているのだろう。

 …そういえば、中学の入学式の時もこんな感じだったな。

 

「ん゛んっ…」

 

 私が咳払いをすると、近くの席に座っていたクラスメイトがビクッと肩を跳ね上がらせる。

 いくら何でも緊張しすぎだと思う。

 このままでは埒が明かないと思い、その場にいたクラスメイト全員に聴こえるように言った。

 

「あー、そう緊張しないでくれ。君達は、私と3年間を共に過ごす級友なのだから」

 

 私が言うと、クラスメイト達は少し緊張が解けたようだが、それでも私に対してまだ遠慮しているのか、さっきまでのように雑談したりはせず大人しく座っていた。

 後から来た者も私を見るなり私語を慎んでそそくさと自分の席についたものだから、何だか複雑な気分だ。

 机の上の書類に目を通しているとドアが開き、紺と黄色のツートンカラーのショートボブの女性が教室に入ってきて礼儀正しく挨拶をした。

 

「皆さん、はじめまして。…欠席者はいませんね。僕は黒瀬亜南。スペースヒーロー“13号”として活動しています。今年度から、皆さんの担任を務める事になりました。よろしくお願いしますね!」

 

 13号先生が自己紹介をすると、他のクラスメイトが驚きの表情を見せる。

 彼女は普段宇宙服のようなコスチュームを着ていて、関係者以外にはその素顔を見せた事がない。

 私が推薦入試を受けた時も、コスチューム姿で試験官を担当していた。

 その13号先生が普通にレディーススーツを着て教壇に立っているのだから、生徒が驚くのも無理はない。

 

 スペースヒーロー“13号”。

 災害救助で活躍している紳士的なヒーローだ。

 てっきり普通科の担任は普通の教員だと思っていたのだが、プロヒーローが担任だとは。

 さすがは最高峰のヒーロー教育機関、といったところか。

 

「早速ですが、これから体育館で入学式を行います。皆さん、名簿順に廊下に並んでください」

 

 私達は、13号先生の指示通りに廊下に並んだ。

 私は、当然のように最後尾だ。

 これまで毎回名簿順で最後だった私にとっては、もはや最後尾が定位置になっている。

 一度だけ同じクラスに綿辺という名前の男子がいて、最後尾じゃなかった事はあったが。

 そんな事を考えつつ、前を歩くクラスメイト達についていき、体育館へと向かった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 その後は、普通に入学式が行われた。

 体育館には、私達新入生の他にも、新入生の家族や記者達、そして六徳グループの系列会社の重役達が集まっていた。

 今年度から雄英で教師をする事になったオールマイトが壇上に上がると、新入生達はクラス関係なく歓声を上げた。

 中には感極まって“個性”を出す生徒や、ブツブツと何かを言っている生徒もいた。

 皆して大事な式の途中によくそんなに騒げるな、と思ったが…

 生のオールマイトを目の前にしても冷静な私の方が異端なんだろう、多分。

 

 え?ヒーロー科A組?

 普通に入学式に出席していたが、何か?

 事前に連絡も入れずにクラス全員入学式を欠席させる非常識な担任なんて、いるはずがないだろう?

 

 入学式は何のトラブルもなく普通に終わり、私達新入生は出席者達に拍手を送られながら会場を後にした。

 新入生と担任は、ガイダンスを受けるために各自教室に戻った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

相澤side

 

「どうしてこうなった…」

 

 伸びた髪を頭の後ろで纏め着慣れない黒の背広を着た俺は、頭を抱えながら誰にともなくそう呟いた。

 俺は相澤消太。今年の1年A組の担任だ。

 入学式が終わった後、俺は自分のクラスの生徒を先に教室に戻らせ、背広からヒーローコスチュームに着替えた。

 すると俺の同期の山田…ボイスヒーロー“プレゼント・マイク”が絡んでくる。

 

『HEY相澤オツカレ!今年はちゃんと入学式出席してエライな!』

 

「うるさい山田。さっさと自分のクラスに戻れ」

 

『ヒュー』

 

 着替えを終えた俺は、持ち前のテンションの高さでこれっぽっちも嬉しくない褒め方をしてくる山田を適当にあしらってから、自分の教室へと向かった。

 …着替えで時間を取られるなんて、全く合理的じゃない。

 そもそも俺は、入学式なんて悠長な行事に出る予定じゃなかった。

 何故俺がこんな事を…

 

 事の発端は、1週間前。

 俺の元に来た一本の電話が、全ての元凶だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ちょうど1週間前、俺が職員室で作業をしていると、電話がかかってきた。

 

「…はい。こちら雄英高校」

 

『相澤先生はいらっしゃいますか?少々お伺いしたい事があるのですが』

 

 電話の主は、若い女性だった。

 大人びていて丁寧な口調だったが、声色が未成年のそれだったから、おそらく新入生か受験生だろうと判断した。

 

「相澤は私ですが…どういったご用件でしょうか?」

 

『お忙しい中お電話に対応していただきありがとうございます。私、今年度からそちらに通わせていただきます、六徳刹那と申します』

 

 六徳刹那。

 世界有数の大富豪一族“六徳家”の現当主にして、普通科の推薦入試に過去最高の成績で合格した才女だ。

 俺は彼女の面接を担当した試験官だったが、わざわざ俺を名指ししてきたって事は、今更試験の採点基準の質問でもしに来たか?

 

『相澤先生に確認しておきたいのですが、過去3年間の入学式で、自分のクラスの教え子全員を欠席させた担任がいる…という話は本当でしょうか?』

 

 その質問を聞いて、俺は六徳家の情報網を侮っていた事を自覚させられた。

 わざわざ俺にこの質問をしてくる時点で、彼女は俺が今まで“個性”把握テストの為に入学式を欠席していた事を知っている。

 だが、下手に取り繕わずに毅然とした態度で本当の事を話せばいいだけだ。

 何故なら俺には、何もやましい事なんてないのだから。

 

「…はい。確かに生徒に入学式を欠席させたのは私ですが、それがどうかしましたか?」

 

『まさかとは思いますが、今年も欠席するつもりじゃありませんよね?』

 

 俺が質問に答えると、六徳刹那は即座に次の質問を投げかけてきた。

 

「それが何か問題でも?貴女には関係のない話でしょう?そんな話に付き合っていられる程、私も暇ではないので」

 

『この件については、既に根津校長にご報告しました。何なら、相澤先生本人に直接相談するよう助言を下さったのは根津校長です』

 

「は?」

 

 思わず、間の抜けた声が漏れる。

 …頭が痛くなってきた。

 俺の知らない間に、話がそこまで大きくなってたのか…

 

『相澤先生、今年はちゃんと入学式に出席してください。あ、ただ出席すればいいって話ではありませんよ。身嗜みを整えて、正装で来てください』

 

「いや、だから俺のクラスが欠席しようが、貴女には関係ありませんよね?」

 

『大いに関係あるからこうしてお電話しているんです。御校の入学式には毎年ウチのサポート会社の重役が出席していますが、毎年A組だけいないと話題になってますよ。特に今年の入学式は、六徳家当主の成長を祝う大事な式典でもあるんです。その大事な式で欠席しているクラスがあるとなれば、皆に示しがつきません』

 

「しかし、わざわざ身嗜みを整えて入学式に出る為だけに時間を割くのは、合理的じゃな──」

 

『聞いた話によれば、先生は入学式を欠席する旨を事前に新入生のご家族に伝えていないそうですね。子女の晴れ姿を見る為に遠方からいらっしゃる親御さんもいるのでは?中には、その人でないとできない大事な仕事があったにも拘らず、上司に無理を言って休暇を取った方もいる事でしょう。担任の都合で生徒の親御さんに迷惑をかける事が、合理的だとでも?』

 

「…………」

 

『自由な校風が御校の売りである事は、重々承知しています。ですがどうしても入学式に出席しないというのであれば、善良な市民の貴重な時間を無駄にしてまで欠席しなければならない合理的な理由を、論理的に説明してください』

 

 六徳は、教師である俺に対しても、一切怯まず理詰めしてきた。

 “個性”把握テストをやるから入学式に参加している暇なんかないと言えば、B組は毎年出席しているのだから入学式が終わった後にガイダンスの一環としてやればいいだけの話だと反論され、着慣れない服を着て身嗜みを整えるのが非合理的だと言えば、TPOを弁えない格好をして周囲の信頼を失う方が非合理的だと反論された。

 これが自分のクラスの生徒なら業務妨害と見做して問答無用で除籍処分にしてやるところだったが、六徳は俺のクラスの生徒じゃないからそうもいかない。

 しかも彼女は、家の力に頼るのではなく、自ら正面切って弁論で俺を殴りに来た。

 …入学前から教師を論破しに来る生徒なんか、前代未聞だぞ。

 

 この事は教師陣の間ですぐに話題になり、満場一致で六徳が正しいと言われた。

 その後は察しの通り校長から()()()()()()を戴いて、香山先輩と山田に新しいスーツを用意され、半ば強制的に入学式に参加させられた。

 この日俺は、六徳家の現当主の恐ろしさを、身を以て知る羽目になった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

刹那side

 

 つつがなく入学式を終えた私達は、1年C組の教室でガイダンスを受けた。

 ちなみに、例年入学式をサボる事で有名な相澤先生に私が電話で談判した件に関しては、後に『イレイザー・ヘッド全論破事件』として教師陣の間で語られる事になったらしいが、入学式を無事に終えた今となっては、私には興味のない話だ。

 

 ガイダンスでは、授業についての説明を受けた。

 午前中は英語や数学などの主要科目の授業があるのはどの科でも同じだが、午後の授業は学科ごとに内容が異なる。

 ヒーロー科はヒーロー基礎学の座学や実習、サポート科はサポートアイテムの製作、経営科はプロモーション実習や投機の実践授業など、他の科はそれぞれの進路に向けた実践的なカリキュラムが組まれているが、普通科は少し特殊だ。

 

 まず大前提として、普通科の生徒は、ヒーロー科の入試に落ちたヒーロー科予備軍と、純粋に大学進学を目指している進学希望者の二種類に大別される。

 普通科には模範生がヒーロー科に移籍できる編入制度が設けられており、入試で篩から落とされた者にとっては最後のチャンスだ。

 そしてその逆も然り、ヒーロー科の落ちこぼれが強制的に普通科送りになる事もあり得る。

 

 普通科といえばヒーロー科に入れなかった二軍というイメージがあるようだが、私のように積極的な理由で普通科に来る者も当然いる。

 あまり広く知られてはいないが、実は進学希望者には公務員志望の占める割合が大きい。

 普通に企業に就職するのであれば、ビジネスのノウハウを学べる経営科の方が進学や就職において有利だが、大学受験や資格試験の勉強に時間を使いたい公務員志望者にとってはメリットが薄いので、普通科にはそういう生徒が来る。

 

 そうなると、普通科のカリキュラムは、ヒーロー基礎学を学びたい生徒とガッツリ試験勉強がしたい生徒、両方のニーズを叶えなければならないわけだ。

 そこで普通科の午後の授業は、ヒーロー科の科目の座学と大学受験や資格試験に向けた授業、両方を実施している。

 私はヒーローになるつもりはないが、ヒーロー基礎学には興味のある授業もあるので、それなりに楽しみではある。

 

 授業についての説明を一通り受けた後は、お馴染みの自己紹介タイムだ。

 出席番号1番から順番に、名前と“個性”、それからクラスメイトに言っておきたい事などを発表した。

 ほとんどの生徒は、無難に当たり障りのない事を言っていたが、一人だけ興味を引く生徒がいた。

 

「…心操人使。“個性”は…『洗脳』。問いかけに応じた相手を言いなりにできます」

 

 心操という背の高い男子が自己紹介をすると、他のクラスメイトがざわざわする。

 それまで現代社会にありふれた“個性”の生徒が多かったところで、レアでぶっ壊れ性能の“個性”が来た。

 “個性”の応用として生物を操る事ができる者はウチの家系にもいるが、デフォルトで人を操れる“個性”というのは興味深い。

 だが、私が真に興味を引いたのは、そこではない。

 

「ヒーロー科に行って、誰よりも立派なヒーローになりたいです。よろしく」

 

 私が興味を引いたのは、そう語る彼の“目”だ。

 『ヒーローになりたい』と思ってはいても、入試に落ちた時点で諦めている者がほとんどだ。

 もしくは、ヒーローになる夢を諦めてはいなくても、確固たる意志も信念もなく出来もしない戯言を宣う者ばかりだ。

 だがどんな戯言だろうと、そこに『意志』が宿れば、戯言ではなくなる。

 

 確固たる意志を持つ者の目は、静かに燃ゆるものだ。

 彼の目を見て、『あ、本気なんだな』と感じた。

 生憎私はヒーローへの憧れも興味も無いが、彼とは気が合いそうだ。

 

 

 

「えっと…ゆっ、癒治(ゆじ)療子(りょうこ)…“個性”は『治癒』…怪我や病気を治す事ができます。私は…すみません、何でもないですごめんなさい…」

 

 その後も自己紹介は続き、私の前の席の小柄な女子が自己紹介をした。

 すると他のクラスメイトが、顔を見合わせて小声で話す。

 

「え…?声ちっさ…」

 

「名前なんて言った?」

 

 おそらく、彼女の声が小さく早口だったので、内容が聞き取れなかったのだろう。

 だからって、本人が見ている前で陰口を叩くのはどうかと思うが。

 

 …さて、次は私の番か。

 特に声を大にして話す事もないが、一応最低限の自己紹介はしておこう。

 私は席を立ち、教室にいるクラスメイト全員を一瞥してから、自己紹介を始めた。

 

「六徳刹那だ。“個性”は『停滞』。触れたものに流れる時間を遅くする事ができる。誰よりも立派な官僚になって、この国を正しき姿へと変える。それが私の使命であり、悲願だ」

 

 私が自己紹介をすると、さっきまでの緩んだ空気が嘘のように、教室に重く張り詰めた空気が流れる。

 …やはり、六徳家の人間を前にして緊張するなという方が無理な話か。

 私は、クラスメイトの緊張を察し、声色を和らげ微笑みながら話を続ける。

 

「それから、これは皆に頼みたい事なのだが…私には気兼ねなく対等に接してくれるとありがたい。三年間、よろしく頼むよ」

 

 言いたい事を全て言い終えた私は、もう一度クラスメイト全員を一瞥してから席に座った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 自己紹介が終わり、この日はこれにて下校となった。

 私は早速、帰り支度をしている心操君に声をかけに行った。

 

「やあ。心操人使君、だったね。少し、話をしてもいいだろうか?」

 

 私が心操君に話しかけると、心操君は緊張した様子で私の顔色を窺いながら口を開く。

 

「…何でしょうか」

 

「君は普段から、クラスメイトに対しても敬語で話すのか?」

 

「いや、そういうわけじゃないですけど…」

 

「だったら、敬語はやめてくれ。自己紹介の時、対等に接してくれとお願いしたはずだ」

 

 私がそう言うと、心操君は戸惑った表情を見せる。

 距離の詰め方を間違えただろうかと思ったが、その心配は杞憂に終わった。

 心操君は、ぎこちない平語で私に話しかけてくる。

 

「何で、俺に話しかけてきたんだ?」

 

「自己紹介の時、君だけが未来を見据えて話をしていた。君という人間に、興味が湧いたんだ。せっかく同じクラスになったのだから、これを機に仲良くなりたくてね」

 

 私は、今思っている事を率直に心操君に伝えた。

 すると彼は、僅かだが驚きを露わにした。

 

「……六徳さんって、変わってるよな。普通、俺と話す時は皆警戒するんだけどな…」

 

「警戒?何故だ?」

 

「今まで皆、洗脳されると思って普通に話してくれなかったんだよ」

 

「…………」

 

「あ、別にいじめられてたとか、そういうわけじゃないけど…こんな(ヴィラン)みたいな“個性”じゃ、無理ないよな……って、ごめん。くだらない愚痴に付き合わせて」

 

 心操君は、自嘲気味に笑いながら愚痴を溢した。

 興味があったから最後まで聞きはしたが…

 彼の話に全く共感できないのは、私だけだろうか?

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

心操side

 

 俺はつい、今日クラスメイトになったばかりの六徳さんに愚痴をこぼした。

 最初は立場が違いすぎて会話をするのも畏れ多いと思っていたが、俺の話が琴線に触れたのか、グイグイ来るもんだから、余計にこっちがペースを乱されてる。

 …でも、家族以外とこんなに長く会話が続くのなんて、久々だった。

 俺が愚痴を言うと、六徳さんはため息をついてから呆れたように口を開いた。

 

「全く…実にくだらんな」

 

「即答…」

 

「私がくだらないと言ったのは、君が自分の“個性”を『(ヴィラン)みたい』と言った事だ。君は何故、自分の“個性”を(ヴィラン)みたいだと思うのだ?」

 

「…だって、皆そう言ってたし…こんな“個性”持ってりゃ、誰だって悪用を思いつくだろ」

 

「では聞くが、君は『オールマイトに殺されるかもしれない』と思った事はあるかい?」

 

「は?あるわけないだろ。何言ってんだ?」

 

「天候を変える程の衝撃波を撃てるオールマイトなら、人を簡単に木っ端微塵にできるわけだが…オールマイトに殺されると毎日ビクビク怯えている人間なんて、見た事がないだろう?オールマイトが人を容易に殺せる力を持っているにもかかわらず、私や君が殺されずに済んでいるのは、彼が()()()()秩序を守る側の人間だからだ」

 

 六徳さんは、普通に過ごしている他のクラスメイトを一瞥してから、理路整然と語った。

 今活躍しているトップヒーロー達がもし、秩序を破る側の人間だったら…そう言われて冷静に考えてみれば、ゾッとする光景が脳裏に浮かんだ。

 だけどそんな事、今まで一度も考えた事がなかった。

 

「『(ヴィラン)みたい』だの『ヒーロー向き』だのというのは、単なる主観に過ぎん。それをさも真理であるかのように語る事自体がくだらんのだ。力そのものには善も悪もない。たった十数年ぽっちの経験が生んだ偏見など、客観性も、論理性も、取り合う価値もない。重要なのは、力そのものではなく、どう使うかだとは思わんか?」

 

「…………」

 

「そうやって卑屈に構えているから『(ヴィラン)みたい』などと言われるのだ。何もやましい事が無いのなら、堂々としていればいい。君が正しいと信じる行いをすれば、見てくれる者は必ずいる」

 

 六徳さんは、私情を交えず客観的に俺にアドバイスをくれた。

 本質を見抜いた的確なアドバイスは、俺が今まで掛けられたどんな言葉よりも響いた。

 

「私からの話は以上だ。それじゃ、また明日」

 

 そう言って六徳さんは、荷物をまとめて微笑んだ。

 俺は、教室から去ろうとする六徳さんを呼び止めて、一番気になっていた事を尋ねた。

 

「…なあ。何で俺に、こんな話をしてくれたんだ?」

 

「私は目先の出来事になどこれっぽっちも興味が無い。私が興味を抱くものがあるとすれば、それは正しいと信じた道の先にある可能性だ。私が君に興味を持ったのは、誰よりも立派なヒーローになりたいと言った君に可能性を見たからだ」

 

「え…?」

 

「君の“個性”を使えば凶悪犯相手だろうと無血開城できるし、災害や事故のショックで立ち尽くす被災者を逃がす事ができる。君が人の命を救う事が正しい事だと信じるのなら、その先にあるのは幾万人もの命を救える可能性だ。そうやって誰もが少しずつ、正しい社会を創れたらいい」

 

 六徳さんは、俺がずっと誰かに言ってほしかった言葉を掛けてくれた。

 何もかもが吹っ切れて、心が軽くなった。

 …もう、(ヴィラン)向きだとか卑屈になっていじけるのはやめだ。

 最後に俺は、俺の心を救ってくれた六徳さんに礼を言った。

 

「あの…さ、ありがとう。おかげで、今やらなきゃいけない事が何か、少し見えてきた気がする」

 

 俺が礼を言うと、六徳さんは僅かに目を見開いて、優しく微笑みを浮かべた。

 

「どういたしまして」

 

 六徳さんは、そのまま手を振って教室を出て行った。

 彼女は、正しいと信じた道の先に可能性があると言っていた。

 俺は、ずっと憧れてきたヒーローへの道を突き進んだ先にある未来が見たい。

 …なってやるよ、幾万人もの命を救うヒーローに。

 

 

 

 

 




※作者は相澤先生アンチではありません。
ただ、オリ主ちゃんに無理矢理入学式に参加させられて他の教師陣にえらいえらいされる相澤先生が見たかっただけなんです。

ちなみにこの作品でも、基本的に心操君は優遇されまくります。
何故かって?
作者の☆最☆推☆し☆

A組の期末前の修行パートいります?

  • 書け
  • いらん、本編進めろ
  • んなもんより他の番外編書け
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