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永遠side
私に“個性”が発現したのは、20歳の時だった。
“個性”が発現して体質が変化したせいか変色した髪と瞳を見て、両親は気味悪がって私を捨てた。
それから数年が経った頃、中国で光る赤子が生まれた。
私が加齢によって身体が老化しない体質だと分かると、私の体質に目をつけた連中が私を追ってきた。
オール・フォー・ワンも、そのうちの一人だった。
「そっちに逃げたぞ!!」
「捕まえろ、あの女を絶対に逃がすな!!」
何十年逃げ続けても、オール・フォー・ワンの信者が、私をしつこく追いかけてきた。
私は、陽の当たらないところに隠れて、奴等を撒いてきた。
家族に捨てられた時から、人なんか誰も信じられなくて、ずっと独りで生きてきた。
だけど心のどこかで、逃げ続けていればいつか誰かが何とかしてくれると思ってた。
そうやって100年以上も、現実から目を背け続けてきた。
だけど、永遠にも感じる虚しい時間を終わらせてくれたのが、那由他だった。
クレイドに身を潜めてオール・フォー・ワンのシンパの追跡を撒いていた時、オール・フォー・ワンの息がかかった警察の上層部が私を大量殺人犯に仕立て上げて、何も知らないヒーローや警察に私を捕えさせようとした。
足を怪我して逃げられなくなって、私を殺人犯だと信じ込んだどこぞの正義の味方に追い詰められた時、那由他が颯爽と現れて私を庇ってくれた。
「お前ら寄ってたかって女をいじめてんじゃねーよ」
「あ?何だこのてめぇ!!」
「あぁ?」
「ヒィッ!?」
那由他が威圧すると、私を捕まえようとしていた奴等は、腰を抜かして逃げていった。
追手がいなくなった後、那由他は無邪気に私に笑いかけてきた。
「とりあえずさ、どっか飯食いに行こうぜ」
那由他は、満面の笑みを浮かべながらサムズアップをした。
その笑顔が、永かった孤独の終わりだった。
「なあ、永遠って今いくつ?」
「もうすぐ150歳よ」
「あはは、道理で物知りなわけだ」
那由他は、私に興味を持ったらしく、それ以来私の行くところについてくるようになった。
最初は目的が分からずに警戒していたけど、那由他と過ごす時間は悪くなかった。
私もいつしか、少しずつ那由他に心を許すようになっていった。
私に純粋に興味を持ってくれたのは、彼が初めてだったからかもしれない。
3日が経つ頃には、私は那由他とすっかり意気投合して、まるで旧友同士のように語り合う仲になっていた。
100年間の虚しさと孤独を、彼は経ったの3日で埋めてくれた。
「国中の誰もが、私を殺人鬼だと思い込んで追い詰めてきた。私の事を信じてくれたのは、あなただけだった。ねえ、那由他。どうして私を助けてくれたの?」
「どうしても何も、俺は正しいと思う事をしただけだ。言っとくけど俺は、お前が本当に殺人鬼だったとしても迷わず手を差し伸べてたからな」
私が尋ねると、那由他は当然のように言った。
馴れ合いでも同情でもなく、自分の信念のままに生きる彼の生き様は、私にとっては羨ましいと思うくらいに眩しかった。
私の話を聞いた彼は、不敵な笑みを浮かべながら、ある提案をしてきた。
「永遠が良ければなんだけど…いっそ俺と結婚しちまうっていうのはどうだ?」
「何それ、冗談?」
「俺は結構本気だぜ?俺んとこに嫁いじまえば、お前の命を狙ってるアホも手出しできねえだろ?」
「でも…私、100歳も歳上よ?」
「うん、聞いた」
「私と一緒にいたら、あなたまで命を狙われる」
「今更だわ。俺を誰だと思ってんだ?」
私が言うと、那由他は笑顔を浮かべながら平然と返した。
ただでさえオール・フォー・ワンに狙われている私が六徳家に嫁いだら、那由他が殺されるかもしれない。
それでも彼は、私を守りたいと言ってくれた。
「永遠。俺と一緒に生きよう。絶対幸せにするからよ」
私は、那由他に差し伸べられた手を取った。
生まれて初めて、誰かと一緒に生きたいと思った。
だけど那由他の婚約を白紙にしてまで六徳家に嫁いだ私に対して義兄や使用人達は冷たく、最初はいじめられたりもした。
それでも私は、那由他と結婚する事を選んだ。
彼の思い描く未来を、彼と一緒に生きたかったから。
でも私が那由他と結婚したのは、もう一つ理由があった。
「ねえ、那由他。子供を作らない?」
那由他から六徳家の秘密を聞かされた私は、ある晩那由他に提案した。
六徳家には、どの世代にも必ず、他を圧倒するカリスマと超人的な才能を持った子供が生まれる。
だけどその代償として、その子供は短命の呪いを負って生まれてくる。
さらに厄介な事に、呪いのせいで世代を経るごとに六徳家の子供の寿命は縮んでいく。
だから私は、その負の連鎖を断ち切る為に、那由他の子供を産む事にした。
「子供ができれば、これからの人生に希望が持てると思うの。あと、これは私の願望なんだけどね。私は人よりも長生きだから…六徳家の呪いを打ち消せるかもしれないでしょ?私は、あなたと、あなたの子供を救いたい。だから結婚したの」
もし私が那由他との子を妊娠したら、その子は私の長寿の体質を受け継ぐ事ができるかもしれない。
或いは、私の『不老』と那由他の呪いが打ち消しあって、人並みの寿命の子供が生まれるかもしれない。
それは他の誰でもない、私にしかできない事だから、私は那由他と結婚した。
「お前、バカじゃねえの?解けるかどうかもわからない呪いから俺を解放する為に、俺の子を産むってのか?」
「そうよ。あなたは、ずっと独りぼっちだった私を救ってくれた。今度は私が、あなたを救う番よ」
「俺が言うのもなんだが…お前も大概ナッツだな」
「あら、嫌い?」
「最高」
私が髪留めを外してカーディガンを脱ぐと、那由他が私をベッドに押し倒した。
私は那由他の首に両腕を回して、自分から彼に口付けた。
その晩、私は那由他と求め合った。
お互い体力が尽きるまでやった後、那由他は私の隣で赤ちゃんみたいに身体を丸めて眠った。
キングサイズのベッドは、二人で寝ても広々と使えるくらい広かった。
那由他が目を覚ますと、私はお腹を撫でながら言った。
「那由他。私、何があってもこの子を幸せにするから。笑顔の絶えない家族にしようね」
「うん。ありがとな、永遠」
私がお腹を撫でながら言うと、那由他も私の手の上に自分の手を重ねた。
その日からひと月くらい経って、私は女の子を妊娠した。
私達はその子に、『刹那』と名前をつけた。
随分と永い時を生きてきたけど、娘ができてからが、人生の中で一番幸せな時間だった。
100年以上も、無駄な時間を過ごしてきた。
逃げ続けていれば、いつかは誰かが何とかしてくれると思ってた。
逃げた先に希望があるはずだと、まやかしに縋ってきた。
だけど、逃げるのはもうやめた。
私がずっと探し求めていた最高のヒーローに出逢えたから。
那由他に出会って、ようやくわかった。
私は、彼を救う為に生きてきたんだ。
◆◆◆
オールマイトside
六徳少女から出動要請を受けた私は、雄英の教師陣と一緒に六徳家の本邸へと駆けつけた。
普段は何でも自力で解決してしまう彼女が私を呼んだという事は、彼女の力をもってしても敗色濃厚なほど厄介な
頑なに私を頼らない彼女が自分を曲げてまで私に助けを求める程の
オール・フォー・ワン。
ワン・フォー・オールを受け継いだ私にとっては、戦う事は避けられない宿敵だ。
私が駆けつけると、いくつもクレーターができた庭に、使用人達が重傷を負って倒れていた。
オール・フォー・ワンは、六徳少女から“個性”を奪おうとしていた。
私は、オール・フォー・ワンが六徳少女の“個性”を奪う前に、奴目掛けて拳を振り抜いた。
だが私が振り抜いた拳は、オール・フォー・ワンに当たる事なく空を切った。
奴は、移動系の“個性”を使って回避していた。
私の攻撃を回避したオール・フォー・ワンを視界に収めた相澤くんが、“個性”を使って奴の“個性”を封じた。
奴は今、発動型と変形型の“個性”を使えない。
ここには、六徳少女が招集したヒーロー達がいる。
今度こそ、ここで奴を仕留める!!
「今日のところは引き上げるとしよう。だが覚えておけオールマイト。次会う時は、君を殺す時だ」
私がオール・フォー・ワンを仕留めようと距離を詰めた瞬間、私の目の前で何かが爆ぜた。
次の瞬間、大量の煙が視界を覆い、奴を見失った。
ほんの一瞬、煙の中で何かが揺らぐのを目で捉えた私は、煙を薙ぎ払って拳を振りかぶった。
「待て!!」
私はオール・フォー・ワンを追おうとしたが、奴は相澤くんの“個性”が弱まる一瞬の隙を突いて、ワープの“個性”で逃げ果せた。
煙が晴れる頃には、奴の姿はどこにもなかった。
「Shit!!!」
私は、行き場を失った拳を握りしめながら叫んだ。
オール・フォー・ワンは、今までに何度も六徳家の人々を狙い、今も六徳少女を毒牙にかけようとしていた。
六徳少女だけじゃない。
奴は罪のない人々を弄び、壊し、支配してきた。
私は、それが許せない。
「六徳さん!!」
担任の13号が、六徳少女に駆け寄る。
六徳少女は、幼い少年を抱きかかえながら一点を見つめていた。
彼女の腕の中にいる少年は、衰弱して意識を失っている。
だが、これだけ激闘の跡が庭中に残っているというのに、この二人だけはほとんど傷を負っていなかった。
きっと、倒れている使用人達が、命懸けで二人を守っていたのだろう。
「これだけの増援に囲まれて、逃げおおせるとは」
「完全に出遅れたな…」
「それよりも今は、この子達の治療をしないとね。手伝っとくれ」
私達は、重傷を負っていた使用人達を救助し、森の中で気を失っていた巨人の身柄を警察に引き渡した。
幸い誰も死んでいなかったが、重傷者が多く、リカバリーガールと六徳家の医療班が総出で治療にあたった。
まったく、己の不甲斐なさに腹が立つ。
私がもっと早く来ていれば、こんな事には…
◆◆◆
刹那side
あの後、屋敷に駆けつけたヒーローが、当家の黒服と共に後始末にあたった。
亜楼達が倒した巨人は、厳重に拘束された状態で警察に引き渡された。
そして山根をはじめとする使用人と逢魔刻団の皆は、ウチの医療班とリカバリーガールをはじめとする医療系のヒーローが治療をした。
手術が終わった後、私はつきっきりで山根の看病をした。
氷水で冷やしたタオルを絞り、額の汗を拭う。
山根は、オール・フォー・ワンの攻撃で身体を滅多刺しにされ、臓器を損傷する重傷を負い、医与が手術をして一命を取り留めた。
他の使用人は医与やリカバリーガールの“個性”で助かったが、山根と劫波だけは、いまだに意識を取り戻さない。
山根は、手術は成功したものの、高熱を出して魘されている。
山根ももう歳だ。
もしこのまま熱が下がらなければ、最悪の事態も覚悟しておかなければならない。
山根は、私なんかを庇ったせいで、致命傷を負った。
山根はいつも私を支えてくれて、暴走しがちな私を制御してくれていた。
4歳で両親を失った私が今日まで生きていられたのは、山根のおかげだ。
私は山根の事をずっと、父親のように思っていた。
お前がいなくなったら、誰が私を支えてくれるというんだ。
「お嬢様。そろそろお休みになった方が…」
「…何故言わなかった」
私が山根の看病をしていると、医与が声をかけてきた。
私は、話しかけてきた医与を問い詰めた。
「お前は知ってたんじゃないのか。劫波の寿命が残り僅かだって事…どうして教えてくれなかったんだ!?」
医与は、劫波の寿命が残り僅かだという事を知っていたはずだ。
国内最高レベルの医療知識を持つ医与なら、患者を診れば余命がどれくらいかをすぐに割り出せる。
私が劫波の余命の事を知っていれば、オール・フォー・ワンに付け入る隙など与えなかったし、山根が私を庇って致命傷を負う事もなかった。
私が問い詰めると、医与は目を逸らしながら口を開く。
「言えるわけないでしょ、そんなの…」
医与は、絞り出すように言った。
ふと医務室の奥に目を向けると、薬品のケースやメモ書きが机の上に散らばっている。
よく見るとそれらは、細胞の壊死を防ぐ薬や、それに関連する研究のメモ書きだった。
もしかしたら医与は、私に黙って劫波の寿命を伸ばそうとしていたのかもしれない。
それはきっと、私が真実を知れば、心に深い傷を負うと考えたからだろう。
医与だけじゃない。
ここにいる誰もが、劫波の件について私に踏み込ませないようにしていた。
私だってかつて療子に同じ事をしたのに、いざ自分が同じ事をされると、無性に腹が立つ。
主人である私にさえ黙っていた医与達に怒りを覚えると同時に、己の身勝手さと自己矛盾に嫌気が差してくる。
「…もういい。少し、頭を冷やしてくる」
「お嬢様…」
「ついて来るな!!」
医務室を去ろうとした私を医与が引き留めようとするのを、私は怒鳴りながら振り払った。
私が医務室のドアを開けた、その時だった。
「お…嬢…様……」
山根が、私に声をかけてきた。
振り向くと、山根はいまだに魘されていて、譫言のように私を呼んでいた。
私は、乱暴に扉を閉めて医務室を立ち去った。
◇◇◇
「……はぁ」
何をやっているんだ、私は。
私のせいで山根が刺されたというのに、山根と劫波を助けようとしている人達にまで八つ当たりして…
あの時もそうだった。
何もできないくせに、私と劫波だけでも逃がす為に父を置いて逃げた母や、私だけでも助けようとしてくれた山根を責めた。
自分の無能さを棚に上げて、母や山根の足を引っ張った。
あの頃と、何も変わっていないじゃないか。
「何やってんだ、クソ!この役立たず、ふざけんな!」
私は、何度も自分の頬を殴りつけた。
こうでもしなければ、怒りをまた誰かにぶつけてしまいそうだった。
顔が腫れ口の中が切れて血が垂れるのも気にせず頬を殴り続けていると、誰かに腕を掴まれた。
「やめろ」
振り向くと、私の後ろにはナガンさんが立っていた。
ナガンさんは、私の右手首を強く掴みながら、私に向かって言った。
「世の中には、どうにもならない事もある。誰が何と言おうと、お前の判断は正しかった。私達は、自分の意志でお前の判断に従ったんだ。誰にも、お前を責める筋合いはない。自分を責めている暇があったら、これからどうするのかを考えろ」
「でも、私…もうどうしたらいいか…」
「それに今回は、前回とは違う事がある。見ろ」
ナガンさんが指をさすと、廊下の奥から足音が聴こえてくる。
見ると、廻兄や被身子、そして療子が来ていた。
「刹那ちゃん!!」
顔を上げると、療子が駆け寄ってくる。
万が一当家の者達で侵入者を捕えきれなかった時に備えて、今動けるプロヒーローを屋敷に呼んでいた。
だがそれでも被害が拡大した時に備えて、医者や治癒系の“個性”持ちにも連絡しておくよう医与に頼んでおいたのだ。
療子は、私の顔を見るなり、ギョッとした表情を浮かべて尋ねてきた。
「どうしたの、その顔!?誰かにやられたの!?」
「いや、これは…」
療子が私を心配してくるものだから、私は事情を説明しようとした。
するとその時、ナガンさんが私に歩み寄った。
「刹那。皆、お前を助ける為にここへ来たんだ。お前の今までの行動ひとつひとつが、ここにいる皆の心を動かした。お前が、人の命を救うんだ」
そう言ってナガンさんは、私の肩に手を置いた。
何で、忘れていたんだろう。
今の私には、助けてくれる人達がいる。
私が間違って、躓いた時、正してくれる人達がいる。
私は、そんな大事な事を忘れて、失敗ばかりを悔いて、皆を裏切ろうとしていた。
もう、過ぎた事を悔いて卑屈になるのはなしだ。
私は、自分で殴って腫れた頬を叩いた。
「……痛い」
思ったより痛くて、自分で自分を叩いた事を後悔した。
だけどその痛みのおかげで、頭が冴えてきた。
まずは、山根と劫波をすぐにでも助けないと。
山根は一命を取り留めたが、問題は劫波だ。
自分で呼吸ができない程に衰弱していて、いつ命を落としてもおかしくない。
もう劫波には、時間が残されていない。
一刻も早く、助ける方法を見つけ出さないと。
「あの」
私が気持ちを切り替えたその時、ラットが声をかけてくる。
ラットだけではなく、逢魔刻団の皆が来ていた。
皆は、部下達ほどは重傷ではないものの、何ヶ所かに包帯を巻いていた。
「僕達にも、手伝わせてくれませんか」
そう言ってラットが、替えのタオルや薬品を持ってきた。
私は彼等に対して、思うところがないわけじゃない。
プロヒーローでもないのに出しゃばって怪我をして、そのせいで医与達の手を煩わせるなど、馬鹿という他ない。
だが、彼等を強く止めなかった私にも責任がある。
結果論ではあるが、もし彼等が乱入していなければ、亜楼達が殺されていたかもしれないのもまた事実だ。
それに、自分達なりに弟を救おうとしている彼等を責める道理など、あるはずがない。
劫波も、私よりは彼等が側にいてやった方がいいはずだ。
「……勝手にしろ」
私が一言だけ言い放つと、4人はすぐに手術室へと駆けつけた。
◇◇◇
「状況は?」
「とりあえず、怪我人は全員命を取り留めたわ。だけど、彼だけは…」
そう言って医与は、医務室に廻兄達を案内した。
医務室の検査用カプセルには、人工呼吸器を装着した劫波が眠っていて、逢魔刻団の皆が、つきっきりで劫波の看病をしていた。
医与の治療を受けている劫波を見て、廻兄が医与に尋ねる。
「誰だ」
「劫波くん。お嬢様の弟よ」
「生きていたのか?」
「色々あってね。生きてる事がわかったからウチで引き取ってたんだけど、全身のあらゆる臓器が衰弱していて、余命があと半年もないの。今は薬で細胞の壊死を食い止めているけど…」
そう言って医与は、パソコンで検査結果を打ち出した。
廻兄は、医与に提示された検査結果を見て口を開く。
「全てがうまくいけばの話だが、お前の弟を助けられるかもしれない」
「え…?」
「お前の因子を移植して定着させる。お前が母親の因子を受け継いだように、こいつにもお前の因子を移植すれば、あと半年で死ぬのを回避できるかもしれない。ただ、ハッキリ言ってハイリスクな賭けだ。壮絶な苦痛を伴う上に、失敗すればほぼ確実に死ぬ。それでもやるか?」
「劫波…」
廻兄の言葉を聞いて、私は思わず唇を噛み締めながら、検査カプセルの中で眠る劫波に目を向ける。
私は劫波よりも母の体質を濃く受け継いだから、母と同じ時を操る“個性”が発現した。
歳を取らない母の体質を受け継いだ私は、人とは歳の取り方が少し違う。
私が短命の呪いを軽減できたように、劫波にも母の因子を移植すれば、呪いを解く事ができるかもしれない。
ここに母はいないから、代わりに私の因子を移植する。
だがこの方法は、高いリスクを伴う。
私がこの“個性”を使いこなせているのは、六徳家の人間が持つ高い脳の処理速度や適合能力と、自分の肉体の老化を遅らせる母の体質を半分ずつ受け継いでいるからだ。
私の因子を、同じ体質を持たない人間に移植すれば、身体が新しい因子に適合できずに命を落とす事になる。
劫波は六徳家の血を引いているが、だからと言って死のリスクがないわけではない。
もし失敗すれば、劫波の死を早めてしまう事になる。
そんな大事な決断を、私一人でしていいはずがない。
私は、逢魔刻団の皆の方を見た。
するとカイマンが、覚悟を決めた表情で言った。
「やってくれ。何もせずに死ぬのを待つくらいなら、生きられる可能性に賭ける」
「もしダメだったら、その時はその時だ。俺らが向こうで団長に詫びてくるよ」
カイマンとシャムが言うと、他の皆も頷く。
皆、劫波を助けたいという気持ちは同じだった。
私は、劫波本人の気持ちを確かめる為に、劫波の手を握りながら尋ねる。
「劫波…」
私が尋ねると、劫波はそれに応えるかのように私の手を握った。
自分で動けない程に衰弱しながらも、劫波の目はまだ死んでいなかった。
私は、改めて廻兄に頭を下げて頼み込んだ。
「お願いします。弟を、助けて下さい」
私は、弟が助かる可能性に賭ける事にした。
◇◇◇
その後、劫波に因子を移植する為、私はまず検査着に着替えて、検査用のカプセルで一通りの検査を受けた。
医与が“個性”で出した麻酔で私をリラックスさせてくれて、移植の準備が整った。
「それじゃあ、始めるわよ」
医与が私の腕に針を刺そうとした、その時だった。
「待って下さい」
突然、被身子が待ったをかけた。
被身子は、検査用に採った私の血を啜って、私の姿に変身した。
「これで、刹那ちゃんが2人です。その方が、負担が軽く済むでしょ」
「被身子…」
被身子は、『早くやれ』と言わんばかりに、手術台の上に乗った。
医与が被身子にも私と同じ麻酔を施し、劫波が暴れないように拘束具を装着し、手術が始まった。
まず医与は、私と被身子の腕に採血針を刺して血を抜き、“個性”を使って血液中の成分を分離させ、“個性”因子のみを摘出した。
因子を抜いた血は私達の体内に戻し、抽出した因子を点滴で劫波に投与する。
因子が身体に定着するよう、廻兄が劫波の身体を分解し、再び修復した。
するとだ。
「ぐぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
劫波は、猛獣のような叫び声を上げながら、拘束を引きちぎる程の力で暴れた。
全身から脂汗を流し血を吐きながら暴れる劫波を見て、ロップが血相を変えて駆け寄る。
「団長!!お前、何を…!?」
「新しい因子に適合できるように、分解と修復を繰り返して身体を作り変えてる。因子が身体に定着するまでは、地獄のような痛みが続くだろうな」
廻兄は、劫波に駆け寄ろうとするロップを止めながら平然と言った。
地獄の苦しみから生還して呪いに勝つか、このまま体力が尽きて死ぬか、二つに一つだ。
今もなお苦しんでいる劫波に対して、私は何もしてやる事ができない。
私は、地獄のような苦しみと戦っている劫波に、どうか今の苦しみを耐えた先の未来に光がありますようにと、心の中で祈った。
だが、私の祈りが天に届く事はなかった。
劫波の治療を始めてから数時間が経ち、劫波はとうとう叫び声すら上げなくなった。
今まで暴れていた劫波の腕がだらんと力なく下がり、心電図の数値が0になる。
心肺停止した劫波を見て廻兄が険しい表情を浮かべていると、医与が前に出てきた。
「どいて、私がやる!」
医与は、“個性”を使って両手に電気を纏うと、劫波の胸に触れて心臓マッサージを始めた。
一定の間隔で心臓を圧迫しつつ電気を送り込み、蘇生を試みる。
だが5分間心臓マッサージを続けても、劫波の心拍が復活する事はなかった。
医与が諦めかけたその時、療子が前に出て劫波の近くに立った。
「療子…?」
療子は、腰につけたポーチから注射器を取り出すと、注射器に繋がったチューブを劫波の口に含ませ、スカートをたくし上げて左脚の付け根に注射針を刺した。
すると療子の血が注射器からチューブを通って、劫波の口の中に流れ込む。
「刹那ちゃんを救けたいって、ずっと思ってた。こんな私にも、救ける事ができるって教えてくれたのは、刹那ちゃんだから…今度は私が、救けるんだ…!」
そう言って療子は、自分の血を劫波に飲ませた。
だが療子の“個性”は、人を癒す事はできても、蘇らせる事はできない。
療子が血を飲ませても、劫波が目を覚ます事はなく、療子の顔色が悪くなっていく一方だった。
そしてとうとう、血を失いすぎて身体を支える力すらなくなり、椅子から転げ落ちて床の上に倒れる。
「療子!!」
「療子ちゃん!」
私と被身子は、床の上に倒れた療子に駆け寄り、療子を横抱きにした。
療子の顔は驚く程に青白く、全身がガクガク震えていた。
「もういい、やめろ!!これ以上は君がもたない!!」
私は、療子の左脚に刺さった注射器を抜こうとした。
すると療子は、私の腕を掴んで、注射器を抜くのを止めた。
弱っているとは思えないほどに腕を掴む力が強く、療子は強い意志のこもった目で私を見ていた。
「わた…し…が……やら…なきゃ……」
「何故、そこまでして…」
「せ、つな…ちゃ……わ、たし……ずっと、す………」
療子は、私に何かを伝えようとして、そのまま意識を失った。
どいつもこいつも、人の気も知らないで…
本当に、理解に苦しむ。
何故人を助ける為に、ここまでするんだ。
それで死んだら、何の意味もないというのに。
私が療子の小さな身体を抱きしめ、壊れ物を扱うように持ち上げようとした、その時だった。
「ガハッ!!ゲホッ、ゲホッ!!」
突然、後ろから激しく咳き込む声が聴こえた。
振り向くと、ずっと目を覚まさなかったはずの劫波が、拘束具を壊して起き上がっていた。
「あぁ?ここどこだ!?」
劫波は、頭をガシガシ掻きながら尋ねる。
黒一色だった劫波の髪は、一部が母と同じ星空のような藍色に変色していて、瞳の中の星も右眼だけになっていた。
因子の移植が成功し、身体が因子に適合した証拠だ。
劫波が起き上がった、その直後。
「「団長ぉ!!」」
逢魔刻団の4人が、一斉に劫波に駆け寄った。
特にカイマンとシャムに至っては、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
劫波は、目を丸くして戸惑っていたが、満更でもなさそうだった。
だが私は、弟が意識を取り戻したのを素直に喜べなかった。
「療子…療子!!」
私は、療子の脚に刺さった注射器を引き抜き、肩を揺すった。
療子は、元々白い肌がさらに青白くなっていて、私が呼びかけても返事をしなかった。
療子は、劫波を助ける為に、自分の命が危ぶまれる量の血を抜いたのだ。
私が療子の脈を測ろうとしたその時、被身子が注射器の中に残った血を啜った。
療子の姿に変身した被身子は、療子の顔に自分の顔を近づけ…
「ちう」
被身子は、療子に口付け、口移しで血を飲ませた。
するとその次の瞬間、療子の身体が白く光る。
療子の肌はみるみるうちに赤みを取り戻していき、ゆっくりと目が開いた。
「ひ、みこ…ちゃ……せつな…ちゃん…」
療子は、私達を見るなり弱々しくも笑顔を浮かべた。
私は、療子の身体をそっと抱きしめた。
「…刹那ちゃんって、意外と泣き虫なんですね」
私が療子を抱きしめると、療子はクスッと笑った。
療子が目を覚ましてくれて、本当に良かった。
療子が意識を取り戻して安心したその時、後ろから足音が聴こえた。
振り向くと、そこには山根が立っていた。
「申し訳ございません、お嬢様。ただいま戻りました」
いつも通りの山根を見て、私は安堵のため息を漏らした。
馬鹿者、私がどれだけ心配したと思っている。
生きて戻ってくれて、本当に良かった。
…さて。
当面の課題は全て解決した事だし、次の事を考えよう。
まずは、今回の件の後始末だ。
六徳家に侵入者が現れた事はすぐにニュースになるだろうから、早いうちに社会の不安を取り除いておかないとな。
それからオール・フォー・ワンと、奴に与する連中は、まとめて捕まえなければ。
奴等を確保する為の網は、既に張っておいた。
計画実行の日までに、できる限りの事はしておきたい。
今回は失敗したが、次こそ奴等を確実に仕留める。
オール・フォー・ワンには、きっちりとこの分のお返しをしなくてはな。
私を怒らせた代償は、高くつくぞ。
逢魔刻団編もこれで終わりです。
次回からは、原作の林間合宿編にあたる決戦編に突入します。
決戦編が終わったら、初期プロットの軌道に戻ると思います。