この章はあと2話続く予定。
ニッケル5184676483様、白神 紫音様、高評価をしていただきありがとうございます!
面白いと思っていただけましたら、高評価(特に8・9・10あたり)お気に入り、感想等よろしくお願いします。
9月も中旬に差し掛かり、2学期の授業もだいぶ進んだが、まだまだ厳しい残暑が続いている。
オールマイトの引退によって仕事が増えたが、山根がスケジュール調整をしてくれたおかげで、何とか学業と当主としての業務を両立できている。
4限目の古典の授業が終わり、終業のチャイムが鳴る。
「あーやっと昼だー」
「ハラヘリー」
チャイムが鳴ると同時に、各々が席を立って食堂や購買に向かったり、その場で弁当を広げたりした。
昨日は新井に弁当を作ってもらったから、今日は学食を食べに行く事にしている。
私も教科書を片付けてから、学食を食べに行くため席を立とうとした。
すると私が席を立つタイミングで、前の席に座っている療子が話しかけてくる。
「刹那ちゃん、一緒にお昼食べに行きません?」
「ああ、いいぞ」
療子が昼食に誘ってくれたので、私は仲の良いメンバーで昼食を食べに食堂に向かった。
療子はレバニラ炒めとミネストローネ、御法君は麻婆豆腐、芸民具君はカレーライス、斥口君はペペロンチーノ、矢田君は豚骨ラーメン、そして私は日替わり定食を頼んだ。
ちなみに今日の日替わり定食のメニューは、白米、とんかつ、ワカメの酢の物、お新香、味噌汁だ。
注文してから3分もかからずに食事が提供されたが、私の皿にだけ何故かとんかつと一緒に伊勢海老のフライ(しかも尾頭付き)が盛り付けられていた。
「え、何これ」
思わずぎょっとしてふと厨房の奥を見ると、見ない顔の若い調理スタッフがウインクをしてきた。
絶対あのスタッフが勝手に付け足したな、これ。
そういえば、今週から調理スタッフが新しく入ったんだったか…
私は、伊勢海老フライをおまけでつけてくれた調理スタッフに、生温かい目を向けておいた。
贔屓…もとい、サービス精神旺盛なのは結構だが、正直こんなに食えない。
……誰かに手伝ってもらうか。
「ねえいーんちょ〜。そのエビフライ、3の階乗分の1プラスルート9分の1プラスコサイン60度だけちょうだい」
「全部食いたいならやるから勝手に盗るな」
「わーい、いーんちょ太っ腹ァ!」
「矢田、アンタさ…」
矢田君が私の皿に乗ったエビフライを盗ろうとしてきたので、彼女の目論見を阻止しつつ、エビフライを取り皿に分けて彼女のトレーに移した。
私が貰ったエビフライを我が物顔で食す矢田君を見て、斥口君が引いていた。
結局調理スタッフの好意がこもった伊勢海老フライは、矢田君の腹へと消えた。
まずは何もつけずにジューシーな豚ロース肉とサクサク衣を味わい、酢の物とお新香で口の中をさっぱりさせてから、テーブルの上のソースに手を伸ばす。
…微妙にソースに手が届かない。
「心操君。ソース取って──
つい口癖のように口走ってから、我に返る。
……そうだった。
心操君はもうA組に編入したんだった。
もう2学期も2週目に入ったというのに、いまだに彼がいないという実感が湧かない。
うっかり彼の名前を呼んでしまい気まずくなった、その時だった。
「ん」
私の左側に座っていた生徒が、ソースを渡してくれた。
「ああ、ありが…」
ソースを受け取りつつ、ソースを渡してくれた生徒の方を振り向きながら礼を言おうとする。
私が顔を向けた先には、心操君が座っていた。
「ちゃす」
心操君は、私達に軽く手を振ってきた。
彼の近くには、緑谷君、飯田君、轟君、麗日君、蛙す…梅雨ちゃんがいた。
この広く混雑した食堂内で隣同士になるという偶然に、私達6人は驚きを露わにする。
「人使っち!?ウッソキグゥー!!」
「なんかすっかり仲良さげじゃん、良かったね」
「…まあね」
芸民具君と斥口君が話しかけると、心操君は満更でもなさそうに微笑む。
ちょうどいい機会なので、A組の皆と情報交換をした。
A組の皆は、ビッグ3の通形先輩、波動先輩、天喰先輩から、インターンの話を聞いたらしい。
お話ついでに、A組全員通形先輩にコテンパンにやられたそうな。
私が以前通形先輩と組み手をして勝てたのは、通形先輩の戦闘スタイルを予め知っていたというのが大きいし、何も知らない状態で戦っていたら、腹パンされて
ちなみにインターンは、結局校長の許可が下りず、今期は参加できないそうだ。
まあ、そうなるだろうとは思った。
今年は連合の侵入もあったし、それを抜きにしても、1年でインターンはいくらなんでも早すぎる。
本来インターンとは、学校でしっかり基礎を積んでから送り出すべきなのであって、仮免を取得したからOK!という単純な話ではない。
そういうわけで、インターンの開始は3学期からになりそうだという。
ところで、心操君はうまくやれているのだろうか?
座学の方は、レベルの高い普通科の中でも上位にいたから赤点を取る事はまずないと思うが、実技の方は私も全てを把握しているわけじゃないからな。
「ヒーロー基礎学の授業には慣れたか?」
「いや、全然」
私が尋ねると、心操君は首を横に振る。
心操君曰く、まだまだ皆に追いつけそうにないという。
私から言わせて貰えば、あの相澤先生に見限られていない時点で、充分ヒーロー科のレベルについてこれていると思うのだがな。
「前にも言ったが、強くなりたいならいつでも声をかけろ。私が力を貸してやる」
「…気持ちはありがたいけど、遠慮しとく。こっからは自分の力で頑張らないと。それに六徳さん、最近忙しそうだし。これ以上俺の為に時間使わせるのは悪いよ」
「忙しそうに見えるか?」
「うん」
そうか…忙しそうに見えるのか、私は。
悟られないようにしていたつもりだったんだがな。
そんな事を考えつつ、とんかつに箸を伸ばそうとすると、療子が私の顔を覗き込んで話しかけてくる。
「刹那ちゃん、ちゃんと寝ないとダメですよ?私、刹那ちゃんの身体が壊れるのは嫌です」
「……善処する」
「それ善処しないやつ」
「う」
私が返事をすると、御法君から厳しい指摘を受ける。
これでも山根にスケジュール調整してもらって、だいぶ睡眠時間を確保できているのだがな。
「いーんちょ、ウチの豚骨あげる。さっきのエビのお返「やめろ」
矢田君が私のとんかつの皿にラーメンの豚骨スープを分けようとしていたものだから、私は全力で拒否した。
マジでやめろ、せっかくのサクサク衣を豚骨スープに浸すんじゃない。
寄越すんならせめて取り皿に分けろ。
「そういえば人使っち、ヒーロー名はもう決めたんだっけ?」
「一応ね」
「えー聞きたい!」
芸民具君と矢田君は、心操君のヒーロー名を聞きたがった。
すると心操君は、恥ずかしそうに口を開く。
「……ヒプノシスヒーロー“ナイトハイド”」
心操君がヒーロー名を言うと、他の皆はポカンとする。
スベったと思ったのか、心操君が俯きかけると、だ。
「「かっけぇ…!!」」
芸民具君と矢田君は、目をキラキラと輝かせながら言った。
思わぬ反応に、心操君は目が点になっていた。
「チョーイカしてんじゃん!」
「ウィ〜」
「サインちょーだいよ」
「やめろって」
二人に続けて斥口君も、心操君にウザ絡みした。
心操君も心操君で、満更でもなさそうだ。
1学期と変わらないほのぼのした空気感の4人を温かい目で見守っていると、緑谷君が口を開く。
「普通科っていっつもこんな感じなんだ…」
「まあね」
「得意げや!」
緑谷君の言葉に私が頷くと、麗日君が吹き出した。
…そんなにドヤ顔していただろうか?
◇◇◇
「それじゃ、委員長また明日」
「ああ」
授業が終わり、荷物をまとめた私は、療子達と一緒に靴を履き替えに一階に降り、下駄箱の前で靴を履き替えた。
私以外は全員寮なので、下駄箱の前で解散した。
そのまま正門に向かうと、山根が正門の前に車を停めてくれていた。
山根の運転する車に乗った私は、屋敷へと向かう車の中で、タブレット端末で最新のニュースをチェックした。
嚊田を追放する準備は着々と進めているが、追放して終わりではない。
奴を追放した事によって、却って国民に不安を与えては意味がない。
これまで事件の被害者に経済的支援を行ったり、有力な企業に積極的に投資をしたり、国民の意識を変える為にオンラインセミナーを開催したりして、一部の国民の意識を変える事には成功した。
だが、この国全体が変わる為には、新たなトップが必要だ。
一応、次の首相を任せられそうな候補はいるにはいるのだが…
ニュースを一通りチェックしながら、知人に電話をかけた。
電話の相手は、嚊田の告発に協力してくれる心強い助っ人だ。
「お忙しいところ申し訳ございません、飛田さん。お送りした動画なんですが、上手く編集できそうですか?」
『ああ、例の動画かい?彼女に確認してみるよ。どうだいラブラバ?』
『ええ、バッチリよジェントル!』
『流石だラブラバ、仕事が早い!』
なんと、もう既に編集が終わっていたとは。
愛美さんは仕事が早くて本当に助かる。
電話越しにイチャイチャしているのを聞かされながら、甘ったるいゴールドティップスインペリアルを飲みつつ、作戦の打ち合わせを続ける。
「…ありがとうございます。それでは、また後ほどご連絡を差し上げますね」
打ち合わせを終えた私は、電話を切り、引き続き手元の資料に目を通した。
飛田弾柔郎さんと愛美さん。
夫婦でプロヒーローとIT企業経営をしていて、弾柔郎さんはエラスティック事務所の所長兼IT企業『GeL Inc.』の副社長、愛美さんは夫の弾柔郎さんのサイドキック兼GeL Inc.の社長であり凄腕のプログラマーだ。
かつては人生のどん底にいた弾柔郎さんだったが、父の知人が学園長をしている通信制高校に入学して仮免を取得し、歴史に名を残すという夢を叶える為、ヒーロー活動の傍ら動画配信者として啓蒙活動をしていた。
その動画を見て心を動かされた愛美さんが、弾柔郎さんの事務所に押しかけ今に至る、というわけだ。
私はGeL Inc.の株を10%ほど保持しているが、今もなお株価は絶賛高騰中。やっぱり今の時代、IT業界がアツいね。
私がSNSを開設する時に手助けをしてくれたのも、この二人だ。
ちなみに夫婦関係は極めて良好で、生後6ヶ月の娘もいるアツアツ夫婦だ。
私が勘解由小路先生に提案されたのは、先生主催の政治資金パーティー、そこで汚職を暴露する計画だ。
私がこの飛田夫妻にお願いしたのは、義爛さんの雇った探偵が撮影した証拠動画の編集と、告発用のSNSアカウントの作成、そして告発動画の撮影に必要な環境の整備だ。
私もそれなりに長く動画配信をしているが、ぶっちゃけこういうのはその道のプロに頼んだ方が早い。
二人が嚊田告発に協力してくれるのなら、これ程心強い事はない。
二人だけでなく、多くの有能な大人が私の作戦に協力してくれているのだ。
何としてでも成功させなくてはな。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ああ、ただいま」
家に帰ると、使用人が玄関の両脇に整列して私の帰りを待っていた。
黒いスーツを着た使用人が、一切の乱れなく整列し、ちょうど45度に腰を折り曲げて立っていた。
私が使用人達に帰りの挨拶をしていると、メイドの亜楼と小雪が、私の荷物を回収しに来てくれた。
「お嬢様。たった今、劫波坊ちゃんの授業が終わったところでございます」
「ウム」
亜楼と小雪が、私の荷物を回収するなり、今日の勉強の報告をしてくれた。
劫波達5人の事は、私が責任を持って引き取る事にした。
今は、社交の場に出しても恥ずかしくないように、学校の勉強以外にも基礎教養を叩き込んでいるところだ。
とりあえず、当面は簡単な日本語に加え、テーブルマナーや挨拶などの礼儀作法を教えるつもりだ。
「それにしても、坊ちゃんの覚えの早さには驚かされました。まだ勉強を始めてからひと月も経っていないにもかかわらず、基本的な礼儀作法や日本語の基本的な文法をほとんど全て覚えてしまわれて」
「それだけではございません。坊ちゃんは、座学も大変優秀でして。こちら、坊ちゃんの本日の小テストでございます」
「ほう」
そう言って亜楼は、採点済みの小テストを私に見せた。
今日のテストは、数学、日本語、物理学、近代史の4科目だ。
小学校レベルの勉強が全て終わったので、今は中学レベルの勉強をしているそうだが…
亜楼に渡されたテストの結果は、全て9割を超えていた。
誤答の問題も、間違えたというよりは、言語の差による問題文の解釈の違いが原因で、それさえなければ全て100点満点だ。
もしや劫波は、劫波ではなく…スーパーミラクルてんしゃい劫波たん…!?
「ただいま、劫波」
私は、講堂で勉強をしていた劫波に声をかけた。
すると劫波が、私に気付いて口を開く。
「おう。姉貴。帰ってたのか」
劫波が、椅子に座ったまま私の方を振り向く。
劫波は綺麗にアイロンがけされたシャツとズボンを身につけていて、髪は短く切り揃えられている。
やはり相変わらず劫波は可愛い。
劫波の顔を見たら、疲れとかストレスとか全部吹き飛んだ。
世界一可愛い、私の天使。
「亜楼から聞いたよ。勉強を頑張っているそうじゃないか」
「…別に大して難しくもねえよ。こんなの」
私が劫波を誉めると、劫波は何でもないように素っ気なく返事をした。
相変わらずぶっきらぼうな口調だが、最初に出会った時に比べれば、かなり口調が柔らかくなったように思う。
私から言わせて貰えば、異国の地で文化や言語を習得しただけで、充分すごい事だと思うのだがな。
私の経験上、郷に入っては郷に随う、そんな当たり前の事ができない人間がほとんどだったから。
ところで、ロップ達の姿が見えないが…一緒に勉強していたんじゃないのか?
「ロップ達は?」
「先に勉強終わって手伝いしてる。俺だけ追加の課題やらされてんだよ」
「そうか」
劫波曰く、他の4人は先に勉強を終えて使用人の手伝いをしていて、私の弟である劫波だけ追加の課題が出されたそうだ。
今更だが、5人ともびっくりするくらい素直に言う事を聞いてくれるから、私としてはとてもありがたいんだよな。
もっと嫌がったり抵抗したりするものだと思っていたから、ここまで素直に授業を受けてくれるのは、正直意外だった。
まあ劫波以外の4人は、劫波をサポートする為に必要な教養を身につけるという意図もあるのだろうが…
元々5人とも、自分の為の勉強は嫌いではないんだろうな。
などと考えていると、劫波は椅子に座ったままぐっと伸びをした。
「あー、やっぱ金持ちの生活は肌に合わねえなぁ。こんな面倒な事覚えなきゃなんねえんだから」
そう言って劫波は、背もたれにもたれかかる。
面倒、か…
私にも、そんな事を思っていた頃があったな。
まだ父と母が生きていた頃に当家に仕えていた婆やがとても厳しい人で、物心ついた時から礼儀作法を厳しく叩き込まれたのを今でも覚えている。
そのおかげで今人脈作りに役立っているから、あの時厳しく躾けられた事は有り難くはあるのだがな。
「そのうち慣れるさ。それまでゆっくり覚えていけばいいから」
「ん」
私が劫波の頭を撫でながら言うと、劫波は目を細めながら短く返事をする。
私は、周囲からの信頼を勝ち取る為に、幼少期の時間の大部分を自己研磨に費やした。
だからこそ劫波には、私の分まで自由な人生を歩んでほしい。
劫波が六徳家の人間である事が世に知られた時、劫波が不利にならないように基礎教養を教えているわけだが、その後の事までとやかく言うつもりはない。
誰になんと言われようと、これが私の姉としてのエゴだ。
「そろそろ腹が減っただろう?もうすぐ夕食の支度が終わるから、一緒に食堂に行こう。小雪、今日の夕食のメニューは?」
「ハンバーグステーキでございます」
「ハンバーグ…」
小雪が私の質問に答えると、劫波は腹を鳴らし、じゅるっと涎を啜った。
余程腹が減っていたんだな。
劫波ってばほんと可愛い。
この日は、劫波に叩き込んだテーブルマナーの実践という意味で、劫波率いる逢魔刻団の皆と一緒に夕食を食べた。
劫波は、若干ぎこちない手つきではありつつも、教わったテーブルマナーをほぼ完璧に実践し、その姿はまるでどこかの貴公子のようだった。
この日のメインディッシュは、新井特製の黒毛和牛ハンバーグだ。
ちなみにウチではハンバーグのソースといえば、7日間かけてフォン・ド・ヴォーから作る新井オリジナルブレンドのデミグラスソースだが、今日は劫波に合わせてトマトケチャップベースの甘い味付けのソースにしてもらった。
新井の作る特製デミグラスソースが絶品なのは言うまでもないが、ケチャップやウスターソース味のハンバーグソースもそれはそれで美味いという事を、ランチラッシュ先生の特製ハンバーグ定食を食べて初めて知った。
劫波も、新井の作ったハンバーグが気に入ったらしく、おかわりを要求していた。
「ふぅっ」
夕食を終えた後、私は自室に戻り、ガラス張りのシャワールームでシャワーを浴びた。
大浴場の温泉もいいが、最近は暑いし湯船に浸かる時間すら惜しいので、簡単にシャワーで済ませてしまっている。
時短重視でいっその事、朝のシャワーをやめてシャワーの回数を一日一回に減らしてしまおうかとも考えたが、それを提案したら山根に却下された。解せぬ。
高級ブランドのボディソープを使って身体を入念に洗い、シャワーで泡を洗い流す。
身体を洗い終えた後は、バスタオルを使って身体を拭き、夜用の下着を身につけ、無駄に大きく育った脂肪の塊をブラのカップの中に入れる。
高校に入っても胸の成長は止まらず、お陰で今まで使っていたブラのサイズが合わなくなってしまった。
……背はたいして育たなかったのに、何故乳ばかり育つ?
などと非生産的な思考をしつつ、ショート丈のタンクトップとショートパンツに着替えてから、ドライヤーで髪を乾かす。
ヒーロー向けのサポートアイテムの製造も行っているメーカーが販売している最新式の高級ドライヤーは、“個性”科学を応用したものらしく、髪にダメージを与える事なく短時間で乾かす事ができる優れものだ。
髪を低めの位置でヘアクリップで留め、オーバーサイズのパーカーに袖を通したその時、ドアの方からノック音が聴こえてきた。
「お嬢様、失礼します」
「ああ、入れ」
私が許可すると、山根が部屋に入ってくる。
山根は、アンティーク調のペーパーナイフの刃先を自分に向け、封筒とナイフを私に手渡してきた。
「お嬢様。郵便物が届いております」
「誰からだ?」
「勘解由小路様からです」
先生からか…
まあ、手紙の内容は大体察しがつくが、目を通しておくか。
私は、山根からナイフと封筒を受け取り、その場で封筒を開封した。
封筒の中には、二枚の紙が入っていた。
一枚は、先生主催の政治資金パーティーへの招待状だった。
政治資金パーティーの話が出た時点で、私が招待を受ける事は既に決まっていたので、これについては何の驚きもない。
だが問題は、二枚目の紙だった。
同封されていたもう一枚の紙に目を通した私は、その場で招待状の返事を書いて山根に渡した。
「……政治資金パーティーの招待状だ。これを先生に返信しておいてくれ」
「承知しました。もう一枚のお手紙はいかがなさいましょう?」
「シュレッダーにかけて処分しておけ」
「かしこまりました」
私が命令すると、山根は深く頭を下げて承諾する。
山根は、私が返した手紙を綺麗に折りたたみつつ、私の格好をちらりと見て口を開く。
「…お嬢様」
「何だ?」
「お言葉ですが、もう9月も半ばですので、いい加減身体を冷やすような格好は控えた方がよろしいかと」
「ムッ」
山根が、私の格好を見て咳払いをしながら苦言を呈してきた。
こんな格好で悪かったな。
夏場は涼しい格好していないと、頭に熱が籠るんだよ。
◇◇◇
1週間が終わり、日曜日。
この日は、人と会う約束をしている。
髪をポニーテールにしてグレーのレディーススーツに身を包んだ私は、山根の運転するヘリに乗って東京に向かった。
私が向かったのは、東京の大学病院、その精神科病棟だ。
病院に確認したところ、家族以外からの差し入れは禁止との事で、仕方なく手ぶらで向かった。
そうでなくとも、相手が相手だから、お見舞いの品を持っていくのは考え物だがな。
今から会うのは、嚊田を失墜させる作戦に必要不可欠なキーパーソンだ。
この人が嚊田を糾弾してくれれば、世論は一気に嚊田批判に傾く。
最大の問題は、精神病院に入院している彼女がそれに応じてくれるかという事だったが、息子さんにも協力してもらって定期的にカウンセリングを行い、私の話を聞いてくれる程には回復していた。
「本日は、お忙しい中お話し合いの時間を取っていただきありがとうございます」
「………はい。本日はよろしくお願いします」
私が笑顔を浮かべながら言うと、
心労が祟ったせいか、痩せ細っていて80代に見えるほど老け込んでいるが、前に見た時よりも顔色は良さそうだ。
「お身体の調子はいかがですか?」
「おかげさまで、今日はいつもより快調です」
私は、夏奈子さんに話しかけながら、病室の端に置いてあったパイプ椅子を持ってきて広げる。
するとその時、引き出しの影に置かれていたゴミ箱の中に、牛さんヨーグルトの容器が捨ててある事に気がつく。
病院食についていたものではないだろうし、彼女がわざわざ自分で買いに行ったとも考えにくいので、おそらく誰かがお見舞いに持ってきたものだろう。
「息子さん、お見舞いにいらしていたんですね」
「…ええ」
私が話しかけると、夏奈子さんが小さく頷く。
彼女もまた、嚊田に人生を狂わされた被害者の一人だ。
奴のせいで、車椅子なしでは動けないほどに身体は衰え、自由がない生活をしている。
今は、週に一度息子さんがお見舞いに来てくれるのが、数少ない楽しみだという。
彼女の唯一の救いは、親孝行な息子がいた事だろう。
「例の件ですが…息子から話は聞きました。突然の事で混乱して、すぐには信じられませんでしたが…正直、あの人がやりそうな事だとは思いました。それで、決めたんです。国民の皆様の為にも、これ以上あの人をのさばらせるわけにはいかないって。できる事なら、あの人が悪行の数々を続けていた事、今すぐにでも国民の皆様にお詫びしたいです」
夏奈子さんは、項垂れてハンカチで涙を拭いながら語った。
夏奈子さんは嚊田の卑劣な行いに心を痛めているようだが、正直、彼女が国民に詫びなければならない事など何一つないと思う。
彼女は奴に心を壊された被害者で、むしろ反省しなければならないのは国民の方だ。
嚊田の“個性”はあくまで正常な判断をできなくするだけで、奴の思い通りの決断をさせる洗脳効果は無い。
つまり、たとえ奴の“個性”の影響下に置かれていたとしても、奴の犯した罪の責任は、奴を選んだ国民の責任でもあるのだ。
あの老害が彼女の心を壊したのだから、むしろ愚民どもが彼女に謝るのが筋というものだろう。
私は、夏奈子さんに自分の意見をハッキリと伝える事にした。
「貴女の前で彼を悪く言うのは、少々気が引けますが…無礼を承知で言わせていただきます。彼の事で貴女が気に病む必要などありませんし、ましてや責任を負う必要もありません。奴が貴女にしてきた卑劣で度し難い仕打ちの数々は、必ず何かしらの形で裁かなければなりません。同じ女性として、私は貴女を救いたい。その為に私にできる事があれば、何でも致しますわ」
「…ありがとうございます」
私が夏奈子さんの手を握りながら自分の意見を伝えると、夏奈子さんは静かに俯き涙を流した。
面会が終わり、病室を出て廊下を歩いている途中、心の中で冷静にほくそ笑んでいる自分がいる事に気がついた。
私は、彼女の嘆きに理解や同情こそすれ、全く共感を示す事ができない。
だからこそ、目的を果たす為なら傷心の女性だろうと平気で利用してしまえるのだと思う。
だが、彼女を救いたいという気持ちに嘘偽りはない。
その為に私は、嚊田を政界から追放する事に決めたのだから。
◆◆◆
???side
「っし…」
義爛さんに頼まれた仕事を終えた俺は、口座に振り込まれた報酬の金額を確認した。
俺の口座には、一生遊んで暮らせるだけの大金がしっかり振り込まれていた。
約束の報酬金額と、ぴったり同じ金額だ。
「しっかし…あんなやべえもんが撮れるとはな」
俺は、仕事で撮った証拠映像を思い出しながら、誰にでもなくポツリと呟いた。
俺に舞い込んできた仕事の依頼は、あるサポート企業の調査だった。
表向きはヒーロー向けのサポートアイテムを専門にした外資系企業という事になっているが、その実態は、
いつもとは桁違いの報酬金額を見て仕事を引き受けたが、まさかあんな証拠映像が撮れるとは思わなかったぜ。
こんなもんが流出すりゃあ、たった一日で社会が混乱に陥るのは間違いない。
最初は法外な報酬を見て、やべえ犯罪にでも加担させられるんじゃないかと警戒していたが、蓋を開けてみりゃあ普通に探偵の仕事をしただけだった。
まああの証拠映像の事を考えりゃあ、とんでもねえ事に加担しちまったような気もするが。
義爛さんは、今回の仕事の依頼主は
………いや、これ以上の詮索はよそう。
世の中には、知らない方がいい事がごまんとある。
さて…と、これからどうすっかなぁ。
証拠映像を渡した時点で俺はもう用済みだし、受け取るもんも受け取ったし、俺がやれる事はもう無い。
オールマイトが引退してからここいらも物騒になってきたし、この金で海外にでも逃げるか。
せっかくなら、酒と飯が美味い国に行きてえな。
◆◆◆
嚊田side
「そうか、あの小娘が…」
「ええ。探偵を使って証拠を掴んだとの情報を入手しました」
「どうやら、掴んだ証拠をネットに晒して総理を失墜させようと画策しているようですが…」
私は、与党幹事長の安久津と、内閣府特命担当大臣の勘解由小路を行きつけの料亭に呼びつけ、酒を飲み交わしながら報告を聞いた。
安久津と勘解由小路から聞いたのは、六徳家の小娘が、私が
勘解由小路は、六徳家の内情を探る為に、安久津が用意したスパイだ。
私の不正の証拠を掴む為に近づいてきた勘解由小路を言いくるめ、あの小娘のスパイのフリをさせて逆に六徳家の情報を探らせていた。
二重スパイにはとっくに気づいているかと思ったが、いまだにこの胡散臭い男を信用しているとは…所詮は、箱入りの小娘だな。
などと考えていると、勘解由小路が、私に酒を勧めつつ、聞き捨てならない事を口にした。
「…総理。証拠を掴まれているのでしたらいっその事、先手を打って告発される前に辞職するというのはどうでしょう?」
「できるわけないだろ、そんな事!何が何でも揉み消せ!」
勘解由小路の提案に対し、思わず怒鳴り声を上げる。
あの小娘が私を殺せないのは、私が内閣総理大臣という立場に守られているからだ。
もしそれを自ら捨てれば、社会的に殺される。
それだけではない。
今まで手を組んできた
そうだ、証拠を掴まれていようと、揉み消せばいいんだ。
私の任期は、あと1年と少し。
それまで逃げ切れば、私の勝ちなんだ。
そう考えながら酒を飲み干すと、勘解由小路が不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「ご安心ください。彼女が証拠を晒すような事は、この私がさせません。私に考えがあります」
ジェントルとラブラバも救済済みです。
何ならちゃっかり結婚して娘までこさえているという。
この世界線ではプロヒーローになっていて、ヒーロー名は『ジェントル・エラスティック』です。
こいつ、初期案が悪役令嬢だからか知らんけど、秩序側なのにヒーロー側よりヴィラン側との交流方が圧倒的に多い。
本作では、インターン参加の許可が降りなかったため、1年ヒーロー科はインターンに参加していません。
あと食堂のメニューですが、アニメイベントの情報を参考に、本作では以下のように変更しています。
月曜日:白米、焼き魚、煮物、味噌汁
火曜日:白米、鶏の竜田揚げ、青菜のお浸し、豚汁
水曜日:白米、ハンバーグ、サラダ、コーンポタージュ
木曜日:白米、とんかつ、ワカメの酢の物、お新香、味噌汁
金曜日:白米、肉野菜炒め、冷奴、ミネストローネ
土曜日:炒飯、春雨サラダ、中華スープ