それもこれも全部卒論ってやつが悪いんや…
癒治side
「えっと…本当にここで合ってるのかなぁ…?」
4月の第二日曜日、朝7時。
この日は、雲ひとつない快晴だった。
私は、六徳さんに『訓練場に持参してこい』と言われた荷物を持って、教えてもらった住所を頼りに、彼女が紹介してくれた訓練場へ足を運んだ。
目の前に見えるのは、高く聳え立つ山と、その周辺に広がるキャンプ場だった。
…もしかしてこの山って、六徳家の敷地…?
私が六徳家の次元の違いに言葉を失っていると、不意に声をかけられる。
「癒治さん」
振り向くと、そこには心操君が立っていた。
「あっ、心操くん。お待たせしてごめんなさい…」
「いや、俺も今来たとこ」
心操君は、私と同様、ジャージを着て大きなリュックを背負っていた。
私と心操君は、放課後と休日に六徳さんが昔使っていたという訓練場を借りて、ヒーロー科への編入に向けた特訓を受ける事になった。
今はトレーニングキャンプ施設として一般人向けに開設されていて、本来なら入場料を払わないといけないみたいだけど、私達は無料で体験させてもらえるらしい。
だけど、無料で体験するのにはいくつか条件がある。
そのうちのひとつが、着替えやタオル、ロープなんかの必要な荷物は自分達で用意する事だった。
だけど肝心の六徳さんの姿が、どこにも見当たらない。
「六徳さん、いませんね…」
「地図だとここのはずなんだけどな」
事前にラインに送られてきた地図は、確かにこの山を示していた。
どこかに六徳さんがいるはずだと思って、心操君と手分けをして六徳さんを探した。
山の中は、流石に舗装されてはいたけど、登山経験がない人だとちょっとキツい傾斜が所々あった。
「しかし、ここかなり傾斜キツいな…」
「これ、毎日登り降りするだけで相当体力つきそうですよね…」
険しい傾斜のおかげで、訓練場までの道のりを往復するだけでも、今の私達に足りない体力が身につく。
合理主義者の六徳さんらしい場所選びだと思った。
「それにしても、どこにいるんでしょうか…?六徳さ──」
私が六徳さんに呼びかけようとした、その時だった。
上の方から物音が聴こえたので見上げてみると、岩肌を登っている六徳さんの姿が見えた。
彼女は、両手と両脚を使って、器用に岩を登っていた。
六徳さんは、少し遠く離れた岩に狙いを定めて飛び移った。
だけど次の瞬間、六徳さんは手を滑らせて、岩から落ちてしまった。
「あ…!」
「ひっ…!!」
六徳さんが落ちるのを見て、私は咄嗟に両手で顔を覆った。
でも彼女は、そのまま地面に落ちる事はなく、ピンと張った命綱にぶら下がっていた。
そのままロープを使って器用に降りる六徳さんを見て、私は安堵のため息を漏らした。
地上に降りた六徳さんは、私達に気がつくと、タオルで汗を拭いながら歩み寄ってきた。
「やあ、おはよう二人とも。迎えがなくてすまない」
そう言って歩み寄る六徳さんは、上はタンクトップ、下はタイツの上にショートパンツといった、身体のラインがわかりやすい服装をしていた。
見た感じヒーロー科の人達にも劣らない引き締まった身体をしていて、どこがとは言わないけど意外と立派なものをお持ちだった。
地上に降りて軽くストレッチをしている六徳さんに、心操君が話しかける。
「何してんの…?」
「ん?見ての通り、クライミングだよ。この山はクライミングに必要な条件が全て揃った理想的な地形をしているんだ。だから私が買い取って、訓練場として使っていたというわけさ。今は、一般向けのキャンプ場として開設しているが…」
「いや、聞いてないんだけど…」
六徳さんが説明をすると、心操君がツッコミを入れた。
私は、この時点で、六徳さんが何をしようとしているのか大体察しがついた。
こんな所に連れてきた時点で、そうとしか考えられなかった。
「あの、ヒーロー科編入に向けた特訓って、まさか…」
「うむ。君達には体育祭までの間、ここでクライミングキャンプに参加してもらう」
そのまさかだった。
ヒーロー科への編入に向けた特訓って聞いてたから、てっきり筋トレとか戦闘訓練とかをするのかと思ってたけど…
本当にクライミングが、特訓になるのかな…?
「それがヒーロー科への編入と、どう関係があるんだよ?」
心操君が質問すると、六徳さんはストレッチをしながら答える。
「クライミングは全身運動だから、全身の筋肉を効率よく鍛えられるんだ。特に筋力や柔軟性、バランス力を鍛えるのに適している。有酸素運動と無酸素運動を組み合わせた運動だから、筋力を鍛えると同時に基礎代謝を高める効果もある。実際にやってみればわかると思うが、クライミングは登り始める前にまずイメージをして、そこから戦略を立てて登るというプロセスが極めて重要だ。目標に向けた戦略を立てる訓練をする事で、思考力が身につく。そしてこれが最大の魅力だが、初心者でも始めやすく続けやすい。どうだ?ヒーロー科への編入に向けたトレーニングにうってつけだと思わんか?」
「た、確かにそう言われれば…」
「実際にヒーロー活動をする時は、足場の悪い場所で救助活動をしなきゃいけないケースもあるだろうしな」
六徳さんの説明を聞いて、私も心操君も納得した。
でも私、スポーツ経験ほとんどないけど大丈夫なのかな…?
そりゃあ、ヒーロー科に入る為にジム通ったりとかはしてたけど、ほとんど意味なかったし…
「あの…私、クライミングって初めてなんですけど…大丈夫なんでしょうか…?」
「しっかり準備運動をすれば大丈夫だよ。私の指示に従いさえすれば、君達が大怪我を負う事はないから安心しろ。まずは一番簡単なコースから始めてみようか」
そう言って六徳さんは、私達を訓練場に案内してくれた。
だけどその途中、立ち止まってニィッと笑顔を浮かべる。
「あ、ちなみに…今日から3週間、死ぬほどキツい思いをする事になるだろうが…覚悟しておけよ?」
六徳さんの笑顔に、思わず背筋が寒くなるのを感じた。
だけどここで諦めたら、ヒーロー科に入れるチャンスをドブに捨てる事になる。
私達は既に、何十歩も遅れてる。
だから周りの何十倍、何百倍も努力しなきゃダメなんだ。
「「よろしくお願いします…!!」」
私と心操君は、六徳さんに頭を下げて頼み込んだ。
こうして、ヒーロー科の編入に向けた、私達の猛特訓が始まった。
◆◆◆
刹那side
私は、心操君と癒治君の現状のデータを見つつ、二人に指導をした。
入学二日目の午後の授業中に実施した体力テストの結果を確認する。
二人とも、ヒーロー科を目指す人間にしては低すぎる数値だ。
ここから3週間で『まだマシ』レベルに引き上げるのにはそれ相応の努力と覚悟がいる。
そして体育祭が終わった後も、それ以上の努力が必要になるが…これは私自身の挑戦でもある。
六徳家の当主たる者、クラスメイトの1人や2人、ヒーロー科に行かせられずしてどうする。
ちなみに私が二人の特訓にクライミングを選んだのは、効率よく筋力や体力を鍛えられ、同時に思考力が身につくというのもあるが、最大の理由は別のところにある。
その最大の理由とは、モチベーションの維持だ。
漠然とした目標に向けて弛まずに努力を続けられる程、人は気が長くない。
だが『より高い場所に登る』、『より難しいコースをクリアする』といった具体的かつ短期的な目標であれば、それを達成する為に努力する事は難しくない。
これは持論だが、最良の結果を得る為の努力を続ける上で一番大切な事は、努力をする本人が楽しむ事だと思う。
ヒーロー科の授業でも救助訓練などの一環で似たような訓練があると聞くし、ヒーロー科の編入に向けた特訓にはうってつけだと考えた。
「もっと肘を伸ばせ。肘が曲がっていると、余計に筋力を使う」
「はい…!」
「腕の力で無理矢理身体を引き上げようとするな。背中の筋肉に意識を向けるんだ」
「ああ…こうか?」
「そうだ。なかなか筋がいいな」
私は、自分が登るところを見せつつ、二人にアドバイスをした。
二人とも筋がいいのか、少しコツを教えただけで、1時間もかからずに中級者レベルの課題もこなせるようになった。
実力が足りないというだけで、才能はあるんだな。
「あっ…!」
「クソッ…」
順調に私が与えた課題をこなしレベルを上げていた二人だったが、クライミングを始めてから1時間が経った頃、とうとう二人が行き詰まった。
私のアドバイスに従って身体を動かしても、ゴールまで辿り着けなくなってきたのだ。
何度も挑戦しているうちに二人とも疲労が溜まってきたらしく、地面に座り込んで息が上がっていた。
「癒治君は、事前に配ったトレーニングメニュー通り、下半身に重点を置いて筋力を高める方向でいこう。心操君は…筋力というよりは、柔軟性が足りないな。トレーニングメニューに、柔軟を取り入れてみようか」
「「うす…」」
私がアドバイスをすると、二人は肩で息をしながらも返事をした。
初心者向きのトレーニングとはいえ、正直、二人とも一度も音を上げずについてくるとは思わなかった。
二人とも、トレーニングをしてこなかったのではなく、効率よく体力をつけるやり方を知らなかっただけだったようだ。
…まあ、“個性”が攻撃に応用できない者が雄英ヒーロー科のレベルについていこうと思ったら、プロヒーローに直接教えを乞うか、それこそ特殊部隊の訓練にでも参加するかしかないから、無理もないが。
この様子なら、もう少しギアを上げてみてもいいかもしれない。
「あ、そうそう。普段使わない筋肉を使って疲れたろう?二人に差し入れだ」
そう言って私は、プロテインシェイカーを二人に渡した。
中には、ドブのような色の粘ついた液体が入っている。
「当家専属のドクターが作ったプロテインドリンクだ。筋肉疲労を通常より早く回復させる効果がある。本来なら二時間未満のトレーニングを週3のペースで行うのが理想なんだが、時間がないんでな。一日三時間、週5ペースの特訓に耐えられるように身体を改造する」
私が説明すると、二人の顔がみるみる青白くなっていく。
言いたい事は何となくわかるが、時間がないのだから仕方あるまい。
私は、二人の肩に手を置いて微笑んだ。
「効果は私が保証する。飲め」
私が微笑むと、二人は顔を引き攣らせて弱々しく頷いた。
誤解を招きそうなので弁解しておくが、私が二人に飲ませたのは、全然ヤバい薬とかそういうものではない。
トレーニングで損傷した筋繊維の回復を早める…要はトレーニングのインターバルを短縮する為のサプリメントだ。
不眠不休で特訓できるようになるものでなければ、もちろん短期間で“個性”や筋力を増強する効果などはない。
むしろ本来時間をかけて行われる筋肉の修復が劇的なスピードで行われる分、人によっては筋肉痛や発熱といった副作用が出るし、十分に睡眠をとらなければ効果が得られない。
またしても持論になるが、最良の結果を出す方法は、本人の身の丈に合った努力を長期間継続する事だと思う。
休息を取らずに四六時中続けて効果が出るトレーニング方法などあるはずがないし、ましてやトレーニングをせずに強くなれるなどといううまい話は論外だ。
ちなみにドリンクの見た目がアレなのは、ウチのドクターのせいだ。
私が二人を鍛えるという話をしたら、わざわざ珍しい材料を仕入れて特製ドリンクを作ってくれた。
それはいいんだが…
ドクターは医者としての腕は確かだし、調合した薬の効き目も保証するが、奴は料理が絡むと何故か見た目が特級呪物になってしまうのだ。
味が悪いわけではないのだが、とにかく見た目が悍ましい。
この特製プロテインドリンクも、ヘドロみたいな見た目のくせしてイチゴ味だ。
元々は不味い薬にイチゴミルクを混ぜて飲みやすくしたらしいが、味がマシになった代償にモザイクをかけないと見せられない代物が完成した。
人前に出せないものを作るなと何度言っても直らなかったので、もうそういう個性として認めるしかないと諦めた。
正直この液体Xを二人に勧めるのは気が引けるが、ただでさえ出遅れてる二人がヒーロー科に追いつくには、ドクターの協力が必要不可欠だ。
頭の中で誰にでもない言い訳をしつつ、私は二人への指導を続けた。
本来一日あたり2時間のトレーニングを週3ペースで続けるものを、一日あたり3時間に増やし週5ペースにしたところで、体育祭までにヒーロー科レベルに仕上げるのは無理な話だが、それでもトレーニングの頻度を増やせるなら増やしておくに越した事はない。
せめて3週間後の体育祭の時には、爪痕を残せるくらいには強くなっていてほしいものだ。
◆◆◆
心操side
「よし。一旦休憩にしよう」
「はい…」
特訓を始めてから2時間が経った頃、六徳さんが声をかけてきた。
六徳さんの指導は的を射ているし、効率的かつ合理的だとは思うが、シンプルにものすごくキツい。
普段しないような運動をした上に、六徳さんのスパルタ指導のおかげで、まだ午前中だというのに立つのもやっとなくらいヘトヘトになっていた。
だがそんな俺達に追い討ちをかけるように、六徳さんが口を開く。
「ところで、腹が減ったな」
六徳さんの何気ない一言に、俺と癒治さんが顔を見合わせる。
すると六徳さんが、真顔で腕を組んだまま首を傾げる。
「ん?何を突っ立っている?早く飯の支度をしたまえ」
「「………」」
六徳さんの言葉を、俺と癒治さんはただ黙って聞く事しかできなかった。
訓練場の後片付けや食事の準備は全部俺達でやる事、それが訓練場をタダで使わせてもらう二つ目の条件だ。
訓練場を使わせてもらっている上にわざわざ時間を割いて特訓に付き合ってくれているわけだから、それくらいの見返りは至極当然だとは思うが…
六徳さんは、家に一流の料理人を住まわせてるだけあって、食へのこだわりが強い。
ただでさえ疲れてるのに、彼女のお気に召すものを俺達に作れるとは思えない。
それくらい、六徳さんもわかってるはずだ。
合理主義者の六徳さんの事だから、何かしらの意図があるんだと思うが、今の俺じゃ全く見当もつかない。
俺が彼女の意図を探ろうとしていると、癒治さんが恐る恐る六徳さんに尋ねる。
「あの…その事なんですけど、私達がご飯を作る事に何の意味があるんでしょうか?」
「何だ、不満か?」
「あっ、いや、別にそういうわけじゃなくて…その…私、家庭料理しか作った事ないので、六徳さんに満足してもらえるものを作れないと思うんですけど…」
癒治さんが、俺の疑問を代わりに六徳さんに質問してくれた。
すると六徳さんは、読んでいたトレーニング本を閉じて口を開く。
「つべこべ言わずに早く作れ」
「「……はい」」
地を這うような六徳さんの声に、俺達は首を縦に振るしかなかった。
俺と癒治さんは、訓練場のキッチンを借りて昼飯を作った。
昼飯は、六徳さんに作ってもらった献立を見て作った。
昼の1時前には作り終わって、六徳さんと一緒に食べたわけだけど…
「……ご馳走様」
六徳さんは、一言も話さずに食べ終わった。
美味いとも不味いとも言わないもんだから、気まずくて、昼飯の間ずっと味がしなかった。
昼飯が終わった後、俺と癒治さんは後片付けをした。
「…ご飯、味しませんでしたね」
「わかる…」
誰にともなく呟く癒治さんの言葉に、俺は共感の言葉を漏らした。
俺が皿を洗っていると、癒治さんが疑問を口にした。
「それにしても、六徳さんはどうして食事の準備や掃除を私達にやらせるんでしょうか…?」
「あー、それね。俺も気になってた。訓練場をタダで貸す見返りにしては弱いよな?」
俺達が料理や掃除を代わりにやったところで、普段から本職の人にやってもらってる六徳さんにとってメリットはほぼないはずだ。
訓練場をタダで貸し特訓に付き合う見返りと言うには、あまりにも弱すぎる気がする。
六徳さんの事だから、きっと何か考えがあっての事なんだろうけど…
「…これも何かの訓練だったりして」
「え?」
「例えば、災害時を想定した救助訓練…とか、チームワークを鍛える訓練…それか、精神力を鍛える訓練かも…?」
「……考えすぎじゃない?」
六徳さんの思惑を深読みする癒治さんに、ツッコミを入れた。
その後も、トレーニングの続きをしたり、ランニングやストレッチをしたりして六徳さんに言われたメニューをこなした。
帰る時、六徳さんは訓練場の管理人に声をかけた。
「今日はありがとう。おかげでいい特訓になった」
「お役に立てて光栄です。お嬢様のお友達なら、いつでも大歓迎ですよ」
六徳さんが礼を言うと、管理人は笑顔を浮かべた。
こうして、俺達のヒーロー科への編入に向けたトレーニングの1日目が終わった。
◇◇◇
トレーニングを始めてから、数日後。
「遅いぞ貴様ら!そんなのでヒーローになれると思っているのか!?そのナリで、人様が救えるか!?」
「はぁっ、はぁっ…」
俺と癒治さんが走っていると、六徳さんが後ろ向きで俺達の前を走りながら活を入れてくる。
俺と癒治さんは、六徳さんに貸してもらったウェイトベストをジャージの下に着て、いつものランニングコースを走っていた。
余談だが、基礎力向上のために風呂の時と寝る時以外は常にウェイトベストをつけているように言われている。
六徳さんは、他の普通科の生徒にも一緒に特訓をしないか声をかけてたけど、地獄のトレーニングの内容を話したら皆何かと理由をつけて断って、結局志願者は一人も増えなかった。
特訓は勉強と並行してこなさなきゃいけないわけだから、就職を視野に入れてる奴は、ヒーロー科への編入を保証されてるわけでもないのに勉強時間を削ってまで身体を鍛えたいとは思わないんだろうし、仕方ないんだろうな。
つーか、俺達が負荷をかけて走ってるとはいえ、何で後ろ向きで走ってしかも大声で怒鳴る余裕まであるんだよ…
自称公務員志望の六徳さんにさえ、俺達は基礎力で何十歩、何百歩も遅れを取ってる。
ここで躓いてる場合じゃないんだ。
そう決心してギアを上げようとしたその時、癒治さんが俺を追い抜かした。
「癒治さん…?」
癒治さんは、ほぼ全力疾走と変わらないスピードを維持して走った。
正直、ここ数日間の彼女の成長スピードは、目を見張るものがあった。
もちろん彼女自身の才能や、六徳さんの的確な指導のおかげではあるんだろうけど、それだけじゃ説明がつかない…もはや
絶対何か裏がある。
だけど俺が余計な事をすれば癒治さんの努力を無駄にしちまう気がして、六徳さんに密告する気にはなれなかった。
俺がスピードを上げて二人に追いつこうとした、その時だった。
「あ…!」
突然、目の前を走っていた癒治さんが倒れ込んだ。
◇◇◇
俺と六徳さんは、倒れた癒治さんをジムに運んで、いざという時のために六徳さんが呼んでいた彼女専属のドクターに診てもらった。
彼女は、顔色を悪くして寝込んでいる癒治さんを診療して、すぐに診察結果を伝えた。
「貧血ね。ここ数日の間に、“個性”を濫用するような事はなかった?」
「…………」
「…ふん、まあいいわ。この程度なら、一日安静にしていれば治るはずよ。お大事に」
そう言ってドクターは、隣の部屋に移動した。
六徳さんは、深くため息をついてから、癒治さんに向かって言い放った。
「私の作ったメニューを守っていれば、貧血になどならなかったはずだ。君、“個性”を勝手に使って不眠不休でトレーニングをしていただろ」
「………」
こんな事だろうとは思っていた。
実際、特訓を始めてから今日までの癒治さんはおかしかった。
それこそ、三日三晩不眠不休でトレーニングをするくらいじゃないと、あの成長スピードは説明がつかない。
六徳さんは、癒治さんの自殺行為に関して、俺にも問い詰めてくる。
「心操君。その様子だと、君も薄々気付いていたんじゃないのか?」
「…ああ」
「ならば君も同罪だ。ヒーローを志す者が自殺行為を黙認するなど、聞いて呆れる。見損なったぞ」
耳が痛かった。
ヒーロー志望なのに、何で癒治さんが無理をしてるのを止めようとしなかったんだ。
俺のせいで…
「待ってください…心操くんは、悪くないです……私が、勝手にやった事なんです…」
「癒治さん…」
「私は、他の人よりずっと遅れてるから…何百倍、何千倍も努力しなきゃ…」
癒治さんは、拳を握りしめて悔しそうに言った。
俺が誰よりも立派なヒーローになりたいように、彼女にだって譲れないものがあるんだ。
俺には、癒治さんがここまでする気持ちが、少しだけわかるような気がした。
すると六徳さんは、またため息をついて癒治さんに向かって言い放つ。
「馬鹿馬鹿しい。何事も、ただ闇雲に続ければいいというものではない。何かを継続して得たものがあって初めて、人はそれを『努力』と呼ぶんだ。君がやってきた事は、ただの時間の浪費…と言う他ないよ」
「……ごめんなさい」
六徳さんが言うと、癒治さんは消え入りそうな声で謝った。
苦しそうにしている彼女を見て、六徳さんは呆れたような表情を浮かべながら口を開く。
「ただまあ、今回の事に関しては、私の監督不行届が原因でもある。私には、これ以上君達を責める資格はない。だが、君達は私との約束を破った。これは事実だ。そこでだ。罰として心操君は今日から4日間、癒治君は一週間、一切のトレーニングを禁止する。今回はそれで許す」
「「!?」」
「ああ、言い忘れていたが…謹慎期間中も、掃除と昼飯の用意は引き続きやってもらうからな。君達がいなくなったら、一体誰が私の昼飯を用意してくれるというんだ」
………あ。
そういう事か。
わかった気がする。
六徳さんが、俺達に雑用をやらせていた理由が。
「お大事に」
そう言って六徳さんは、自分の荷物をまとめて先に帰った。
ジムの医務室には、俺と癒治さんだけが残った。
癒治さんは、消え入りそうな声で俺に話しかける。
「ごめんなさい…私のせいで、心操くんまで…」
「気にするな。連帯責任っていうだろ。今日の片付けは俺がやっておくから、しっかり休んで体力回復させとけ」
俺が言うと、癒治さんは弱々しく頷いた。
俺は、さっき気づいた事を癒治さんに話す事にした。
「俺さ…わかった気がする。何で六徳さんが、昼飯の支度や掃除をやらせてたのか」
「え…?」
「六徳さんは、わかってたんじゃないかな。俺や癒治さんが、トレーニングメニューを守らずに無理しちまうんじゃないかって事。だから責任を伴う仕事をさせて、俺達が無理しすぎて体調を崩すのを防いでたんじゃないのか?」
六徳さんが俺達に料理や掃除をやらせたのは、オーバートレーニングを防ぐためだ。
彼女は、俺達がトレーニングメニューを守らずに我流で自主練をしちまう事を、想定していたんだと思う。
『無理をするな』と口で伝えたところで、今回の癒治さんみたいに、トレーニングのしすぎで体調が悪いのを隠そうとするかもしれない。
だからあえて責任を伴う仕事を与える事で、俺達が体調管理にも気を配るように図ったんだ。
無理をする事が周りにも迷惑をかけるという事を体験させれば、この先二度と特訓で無理をしようとは思わなくなる。
それが彼女の狙いだったんだ。
「さすが六徳さん…こうなる事も、お見通しだったんですね…」
「とりあえず今は、体調を元に戻す事に専念しとけよ。俺もできる限りの事はするから」
「…ありがとうございます」
俺が癒治さんの看病をすると、癒治さんが微笑みながら礼を言った。
心なしか、さっきより顔色が良くなった気がする。
しばらくして、スーツに身を包んだ老紳士が、医務室を訪ねてきた。
「心操様、癒治様。お迎えにあがりました」
「あなたは…?」
「申し遅れました。私、六徳家専属の執事長の山根と申します。刹那お嬢様から、お二人をご自宅まで送り届けるよう仰せつかっております。どうぞこちらへ」
執事の山根さんは、俺達二人を外に停めてあった黒塗りの高級車へと案内してくれた。
そのシートの座り心地に内心度肝を抜かしていると、山根さんが話しかけてきた。
「お二人とも、お嬢様に何か言われましたか?」
「…約束を破った罰で一週間トレーニング禁止って言われました。正論すぎて何も言い返せませんでした…完全に俺達が悪いから、当然なんですけど」
俺は、六徳さんに言われた事を、山根さんに話した。
すると山根さんは、車の窓から訓練場を見渡しながら口を開く。
「お二人は、7年前までこの山が、不法投棄されたゴミにまみれていた…と言ったら信じられますか?」
「え…?」
「この山では7年前まで、管理者不在なのをいい事に、ゴミの不法投棄や盗伐が頻繁に行われていて、国がまともな対策をしてくれないと近隣住民が憤りを抱えていたそうです。そこでお嬢様がこの山を買い取り、ご自身の力でゴミ拾いや手入れを徹底的に行い、この美しい自然を取り戻したのでございます。あのお方は、常に誰かの為、正しい社会の為を考えています。今回の特訓に関しても、お二人をヒーロー科に編入させる為に最善を尽くすと意気込んでおいででした。お嬢様は自分にも他人にも厳しいお方ですので、言い方や指導内容にご不満もございましょうが…どうかお嬢様をお嫌いにならないでください」
山根さんは、俺達が知らなかった六徳さんの一面を優しげに語った。
俺は、この人の話を聞けて良かったと思った。
六徳さんはいつも正しくて、感情よりも合理や秩序を重視する人だから、きっと冷たいと思われる事も多かっただろう。
だけど少なくとも俺には、共感した気になって耳当たりのいい事ばかり言ってくる奴等より、厳しくも俺の夢に真剣に向き合ってくれる彼女の方が温かく感じた。
「…嫌いになんて、なるはずがありませんよ」
俺は、車の外の景色をぼんやりと眺めながらそう呟いた。
いつの間にか起きていたのか、癒治さんも起き上がって俺の言葉に賛同するように頷いた。
茜色の空は、俺達が家に着く頃にはすっかり暗くなっていた。
主人公ちゃん「力が欲しいか?」
なお、力の代償
・地獄のトレーニング←本人の体力を考慮した上での効果的な方法
・ドブを飲まされる←ただのプロテイン(イチゴ味)
・雑用させられる←オーバートレーニング防止
……あれ?
メチャクチャ健全…
A組の期末前の修行パートいります?
-
書け
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いらん、本編進めろ
-
んなもんより他の番外編書け
-
好きにしな