壊れた世界と忘却の星 〜幼馴染がオススメするVRMMOがなんかおかしい〜   作:暁天花

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Prologue 忘却の星
Prologue 忘却の星


 

 【〈量子盾(クオンタム・シールド)〉起動。発動枚数、五。使用者後方に重ね合わせ(SuperPosition)展開】

 【警告。残存エネルギー量八%。予測戦闘可能時間一三分】

 【〈光量子翼(ルクス・フリューゲル)〉出力低下。加速度を五から三へと強制移行】

 

 

 

 晩秋の冷たく乾いた風が吹き抜ける、山間にひっそりと佇む廃墟の街並みの中。異形の怪物達の攻撃を掻い潜って逃げ込んだ建物の影で、金髪赤瞳(せきとう)の少女は呻く。

 

「くっそ……! こんなところで……!」

 

 少女の着ているワンピース型の軍服は既にボロボロで、怪我こそないものの息は上がりきっている。はぁはぁと激しく息を吐く端正な顔には、苦悶の表情と共に汗が滴り落ちていた。

 少女の脳内には絶えず数式が流れ、残存の量子(エネルギー)量が少ないことを示すテキストが傍らに表示されている。廃屋の影からちらりと覗いた先には、大量の異形の怪物達が、晩秋の澄んだ青空を飛び回っている姿が映し出されていた。

 

 視線を傍らに戻すと、そこには不安げな顔でこちらを覗き込んでくる少女の姿。服装こそ同じワンピース型の軍服だが、その着こなしはぎこちない。彼女の髪と同じく綺麗な黒瞳(こくとう)は、しかし酷く憂いを帯びていた。

 彼女を安心させるように金髪の少女は赤瞳(せきとう)を細め、それから、なんでもないように言い放つ。

 

「雪音、君だけでも逃げて」

「れ、レイ、あなた、何を言ってるの?」

 

 雪音、と呼ばれた黒髪黒瞳の少女は、金髪の少女に困惑の言葉を返す。しかし、レイ、と呼ばれた金髪の少女は、笑顔を保ったまま、

 

「僕がここに残ってヤツらの注意を引き付ける。だから、雪音はその隙に逃げて。羽根の使い方は……分かるね?」

「い、嫌よ! 私は、レイと一緒に……」

「駄目なんだよ」

 

 戸惑う雪音の言葉を遮って、レイは優しい声音で告げる。

 

「今の僕には、君を守って逃げる力も、ヤツらを撃退する力も残されていない。……それに。このまま僕と君が二人で逃げれば、戦場ヶ原のサーバーに危害を加えてしまう」

 

 戦場ヶ原サーバー。それが、二人が目指していた場所だ。今いる場所――旧福島県下郷町(しもごうまち)から南に約六五キロメートル。たったそれだけの距離が、今のレイ達にはとてつもなく遠い。

 

「サーバーのある場所がヤツらに見つかる。それだけは、絶対に避けなくちゃならない。けれど、今の僕達には、あの化け物達を撒く手段がないんだ」

 

 少女の視界の傍らに映し出された光学映像には、翼を拡げて悠然と空を舞う異形たちが大量に映し出されている。ヤツらに見つかれば最後、並大抵の動きでは追跡を逃れることはできない。

 そして。ヤツらを“サーバー"に近付けることは、絶対にあってはならないことなのだ。

 黙りこくる雪音に、レイは再び笑みを向ける。

 

「それに。僕は軍人で、雪音は民間人でしょ? 民間人を守り、助けるのが軍人たる僕の役目だ。だから……ね?」

 

 しばしの沈黙。

 

「雪音、お願い」

 

 と、レイが更に言葉を続け、雪音はなおも黙りこくって、

 

「…………わかった」

 

 とても小さな、消え入りそうな声で答えた。

 雪音の答えに満足したように笑って、レイは一言。

 

「ありがと」

 

 それだけ呟き、レイは廃屋の影から今一度空の異形達を見上げる。やはりこの周辺にいるということは分かっているらしく、ここを動く気配はない。

 

「僕が出たタイミングで、雪音は南に全速力で逃げて。何があっても、絶対に立ち止まったり振り返ったりはしないこと。いいね?」

 

 ちらりと、後ろに佇む雪音を振り返る。

 

「……うん」

 

 雪音が俯き加減で頷くのに、レイは一瞬だけ小さな苦笑をもらして。次の瞬間、レイは軍人の表情を形作っていた。

 

 【〈光量子翼(ルクス・フリューゲル)〉起動。加速度を五に設定】

 【〈光量子剣(ルクス・シュヴェルト)〉起動。刀身長を二に設定。実体化処理――完了】

 

 右手で()だけの剣を抜き放ち、その刃にあたる部分を半透明に光り輝く物質が形成していく。左手には、レッグホルスターから引き抜いた拳銃が握られていた。

 短く息を吐き、レイは最後に精一杯の笑みを雪音に向ける。

 

「……少しの間だったけど。キミの傍にいられて幸せだったよ」

 

 言い放ち、視線を頭上の異形達へと向ける。刺すような視線を感じながらも、レイは決して振り返らない。

 脳内に表示されたシステムに意識を集中させ、発動した〈光量子翼(ルクス・フリューゲル)〉が光り輝く翼を形成して身体を宙へと浮かばせる。総合演算システムの動作を確認し、正常に作動していることを点検する。

 全ての準備が整ってから、背後で雪音が〈光量子翼(ルクス・フリューゲル)〉を起動したことを確認し。

 

「じゃ、またね。雪音」

 

 言い置いて。レイは異形達のもとへと突撃していった。

 

 

 

 

 

 

 ――――そして。そんなレイに背を向けて、雪音は南へと飛び立つ。

 

 決して振り返らず。

 

 立ち止まらず。

 

 涙を堪えて。

 

 首にかけたデータ記憶体を、強く握り締めながら。

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