壊れた世界と忘却の星 〜幼馴染がオススメするVRMMOがなんかおかしい〜   作:暁天花

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第十一話 決意と憂い

 二人無事に戦闘を終えたあと。曇り空から降ってくるのは雪ではなく、風情の欠片もない細かな雨だった。

 無造作に伸ばした手のひらをすり抜けていく雨粒を見つめ、レイは

 

「この身体、ホントにすり抜けるんだね」

 

 と感慨深げに呟く。雨の中で佇んでいるのに、レイの手のひらには一粒の水滴すらもつく気配はない。それどころか、着ている軍服や髪ですらも、全く濡れている感触がなかった。

 

「雨粒に当たり判定をつけるとなると、その分演算が膨大な量になるから」

 

 少し離れた位置で雪音が答え、それきり二人の間には微妙な沈黙がおりる。

 

「…………」

「…………」

 

 ……気まずい。

 

 ざぁざぁと降りしきる雨の音が支配する中で。レイは心の中でそう呟いていた。

 

 どんな顔で、どんな口調で雪音と接すればいいのか。レイは分からなかった。

 何もなかったかのように振る舞うのはおかしいし、だからといってずっと神妙な顔をしている訳にもいかない。そんな状態を続けるのはレイとしてもしんどいし、何より雪音に要らない心配をさせてしまうだけだ。

 

 ……いや、違うな。

 

 レイは心の中で頭を振る。

 本当は、どんなことをすべきなのかは分かっている。一度出した答えを、レイは絶対に変えるつもりはない。だから、それを改めて、雪音に伝えなければならないのだ。

 

 ……ボクの想っていることを、正直に。正確に。間違った解釈をされないように、まっすぐに。

 

 けれど。それは、レイにとってはとても難しいことで。色々と考えた挙句、レイは半ば暴走気味に口を開いていた。

 

「正直、この世界がどうとか、ボク達がデータ上の人間だとか。そういうのは、よく分かってないんだ」

 

 雪音がちらりとこちらを向くのが視界の端に見える。逃げるように視線を逸らして、

 

「確かに、こういうのを見てると雪音が言ってることは本当なんだなって思う。……けど、ボクにとって、あの“高崎”は紛れもない本物なんだ」

「私達以外の人々が、同じ行動ルーチンを繰り返しているだけでも?」

 

 無感情な雪音の言葉に「うん」と頷き、

 

「それでも今日まで暮らした生活は本物だし、高崎でつくった雪音との思い出も、ボクにとってはかけがえのないものだと思ってる」

 

 そこで一息つき、レイは短く深呼吸をして、

 

「……だから。ボクにとっては、両方とも現実なんだと思う」

 

 あの高崎は『本当』の世界ではないのかもしれないけれど。たとえこの世界には存在しない、仮想の場所だったのだとしても。ボクにとっては、かけがえのない『本物』の世界だから。

 どちらかを嘘だと断じるなんてことは、できない。

 しばしの沈黙。ちらりと視線を雪音に向けるが、俯いた顔からは何の感情も読み取れなかった。

 

「あなたの現実の受け取り方は分かったわ」

 

 と感情を抑えた声音が届く。

 

「一つ、質問いいかしら」

「……なに?」

 

 真剣なのを察し、レイは雪音に向き直る。向けられた眼差しは、複雑な光を帯びていた。

 

「なんで、一緒に来ようと思ったの?」

「なんでって……」レイは微かに口元を緩め、「雪音が言ったんじゃんか。このサーバーを守らないとみんな消えるって」

「そ、そうだけど……!」

 

 右手を胸元に当て、雪音は睨むような目を向ける。

 

「だからって、あなたが私の要求に応える義理はなかったはずよ。こんな、いついなくなるかも分からない危険な戦場なんて、」

「だから、だよ」

 

 雪音の言葉を、レイは遮る。

 

「いついなくなるかも分からない戦場だから、ボクは雪音と一緒に行くって決めたんだよ」

「な、なんで……」

「……ここに来る前に、言ったでしょ」

 

 小さな声でそう言って、レイは視線をそっぽに向ける。あんなの、今更バカ真面目にもう一回言うだなんてのは絶対に無理だ。

 

「来る前にって……。…………あ」

 

 どうやら雪音も思い出したらしい。そのことを感じて、レイはますますこの場から逃げ出したくなる衝動に駆られる。

 ここに来る前に言ったこと。それは。

 

 『雪音だけに危険を負わせるようなことはしたくないからね』

 

 ――つまり。『危険は二人で一緒に背負おう』とかそんな感じの言葉になるわけで。

 

 そしてそれは、『男女間』ならば世間的にはそのままの言葉通りの意味では取られることは少なくて。

 けれど、ボクと雪音は女同士だから、そのままの意味でとられる言葉でもあるわけで。だから、この想いが雪音に伝わるなんてことは思ってもいないけれど。

 けれど。レイは『世間的な意味』を込めてその言葉を発してしまったものだから、恥ずかしい気持ちで一杯だった。

 

 

 

 

 そして。レイはそんなふうにずっと目を逸らしていたから、雪音が同じように照れた表情をしていたことは知る由もなかった。

 

 

 

  †

 

 

 

 指令されていた〈ODEE(オーディー)〉の討伐が終わり、戦場ヶ原に帰ってレイと別れた後。

 雪音は自分の家に転移して司令との通信を開いていた。

 

「――以上のことから、今回発生した〈ODEE(オーディー)〉は天使(エンジェル)型の“変異種”だと思われます」

 

 言って、雪音は先ほどの戦闘を脳内に思い返す。

 いつも通り衝撃波の光線をかいくぐり、胸部にある七色の心臓を打ち破ろうとした瞬間。あの〈ODEE(オーディー)〉は、心臓の前に七色の強固な『壁』を展開した。

 

 二枚羽根ではない、四枚羽根の天使(エンジェル)型自体はこれまでにも時々出現していた。けれど。『壁』を作り出して防御するというのは、今までに一度も確認されていない行動だ。

 

『……そちらの方は了解した。変異種については、引き続きこちらで調査を行っておく』

 

 天空(あまそら)司令の言葉に、雪音は無言でこくりと頷く。

 

 ……実を言うと、このところ〈ODEE(オーディー)〉が今までにない行動をとる事が増えてきているのだ。

 

 ただの偶然なのか、はたまた何かの予兆なのか。詳しいことはまだ何も分かっていないが、いずれにせよ原因は特定しなければならない問題ではある。

 でなければ、いずれ、問題に対処しきれなくなる可能性がでてくる。

 そしてそれは、〈戦場ヶ原〉サーバーが破壊されることを意味する。

 しばしの沈黙ののち、天空(あまそら)司令が静かな声で問う。

 

『それで。レイチェル・ステラフォード()()()の件はどうなったんだ? 一応、正規入隊証の授与が行われたとの報告は聞いているが』

「それについては報告の通りです。レイチェル・ステラフォードは、現実時間の今日一五時二六分に〈UNSIF(アンシフ)〉に正式入隊致しました。間違いありません」

 

 感情を極力排した声音で言い切り、雪音はすぐに口を噤む。通信の向こうで小さく息を吐く気配があり、

 

『……了解した。彼女の設定変更は直ちに実行させておこう』

「ありがとうございます」

 

 と、雪音はホログラムの画像に頭を下げる。音声通話なので相手に見えることはないが……まぁ、半分癖みたいなものだ。

 

『では、これにて今回の任務は完了とする。二人ともよくやってくれた。感謝する』

 

 天空(あまそら)司令がそう言ったのを最後に、通信が途切れる。後に残るのは真っ暗な部屋に浮かぶ『通信終了』のホログラム文字と、窓から差し込む仮想の月の光。

 軍服のままベッドに座り込み、そのまま倒れ込む。

 脳内にちらつくのは、桃色の髪をした少女の姿。

 

 ……これで、ようやく桜木(さくらぎ)先輩の代わりは埋まった。

 

 レイは強い。だから、当分の間戦力には余裕ができるだろうなと雪音は思う。ここ一年はずっと戦力不足だったから、レイの加入はとても心強い要素だ。

 

 ……それに。これで、私は晴れてレイと同じ時間で生きることができるんだ。ずっと同じ時間を共有することができる。知らない間に数日経っていて、サーバーの中と外の時差に戸惑うというこもなくなるのだ。

 戦力不足は解消して、私は今までよりももっとレイと一緒に過ごすことができる。こんなにいいことはない。

 

「…………なわけ、ないでしょ」

 

 右腕で目を覆って、雪音は嘲笑(ちょうしょう)を含んだ声音で独りごちる。

 確かに、戦力不足は解消した。レイともっと一緒に過ごすことができるようになった。

 

 ……だけど。

 

 それは、レイを自分と同じ危険な戦場に()()()()()しまったということだ。

 ()()、レイを戦わせることになってしまった。

 その事実が、ずっと心の中に渦巻いている。

 

 ――君は、本当にそれでいいのか?

 

 と。天空(あまそら)司令に言われた言葉が、やけに脳裏に響いていた。

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