壊れた世界と忘却の星 〜幼馴染がオススメするVRMMOがなんかおかしい〜   作:暁天花

14 / 27
断章Ⅱ 消えた星と雪の音
断章Ⅱ 消えた星と雪の音


 後から来た『藍原(あいはら)』と名乗る軍服の少年に連れられた地下のサーバールームで、雪音はレイ達の帰りを待っていた。

 首にかけたレイのデータ記憶体を握り締め、目を瞑って再び会えることだけを願い続けながら。

 

 けれど。帰って来たのは、桃色の髪の少女と、彼女に付き従う亜麻色の髪を持つ少女だけで。金色の髪も真紅の双眸も。私の大好きな人の特徴を持つ人はどこにもいなかった。

 ぎこちない動きで辺りを見回す雪音に、桃色の髪の少女は深く頭を下げる。

 

「ごめん。助けられなかった」

 

 そう、確かな声で告げながら。

 

「え……?」

 

 雪音の口からは呆けたような声が出る。

 だって。この人は、レイのことを助けに行くって。そう、言っていたのに。

 なのに、助けられなかった? 

 真っ白な頭の中で、桃色の髪の少女が放った言葉がゆっくりと意味を成していく。『助けられなかった』。それは、レイがここに来ることは絶対にないことを示していて。

 

 そのことを理解した途端、雪音の瞳からは一筋、涙がこぼれ落ちる。その一粒を契機に涙はどんどん溢れ出てきて、雪音の視界と意識をぐちゃぐちゃにしていく。

 足に力が入らなくなり、立ってられなくなって崩れるようにしてその場に座り込む。喉から漏れ出る嗚咽が、静かなサーバールームに悲痛な声を響かせる。

 

 ――レイは、死んだ。

 

 私を逃がすために。誰からも愛されていなかった私を守るために、レイは死んだ。時間を稼ぐために一人で戦って、その末に一人孤独に痕跡すらも残さずに消されていなくなった。

 ――私が、無力なばっかりに。私が、レイを殺してしまった。

 最愛の人を、私は、私のせいで殺してしまった。ずっと私を守ってくれていた人を。世界で一番大切な人を、見殺しにしてしまった。

 慟哭(どうこく)の中で、雪音は後悔と自責の念に胸を締め付けられる。

 

 私のせいで、レイが死んだ。その事実が頭の中で何度も反芻(はんすう)されては雪音を責め立てる。悲嘆にくれることを許さない自分が、自分の心を突き刺していく。

 

「助けるって……、言ったのに……!」

 

 桃色の髪の少女の傍らで、雪音は感情のままに叫ぶ。その言葉が、他責の極みでしかないことを理解しながらも。

 対する桃色の髪の少女は、無言。頭を下げた格好のまま微動だにしない。ただ、黙って雪音の慟哭(どうこく)と的外れな糾弾を聞いていた。

 

 

 

 いったい、どれほどの時間そうしていただろうか。 

 泣いて泣いて、泣きまくって。ひとしきり泣いた後で。

 ゆっくりと深呼吸をする雪音に、桃色の髪の少女は、

 

「……落ち着いた?」

 

 問われて、雪音はこくりと頷く。

 全ての感情を涙で流し切ったと思うほどに、雪音の心は平静を取り戻していた。

 私に、これ以上悲嘆にくれる資格などない。

 

「……月咲さん、だったかな?」

 

 一歩、近づいて。桃色の髪の少女は、雪音と同じ目線に腰を下ろして問う。

 

「あなたは、どうしたい?」

「……」

「私達は、あなたとその“データ記憶体”を受け入れる準備ができてる。あなたが望むなら、この〈戦場ヶ原〉サーバーで君達を保護することができる」

「……」

「私達は――私は、あなたのあらゆる選択を尊重するし、肯定する。……だから。あなた“達”の未来は、あなた自身で決めて」

 

 真っ直ぐ見つめてくる緑色の双眸は、真剣そのもので。雪音はごくりと唾を飲み込む。

 〈戦場ヶ原〉サーバーで保護される条件は、藍原さんと一緒にここに降りてくる過程で聞いた。

 彼いわく、このサーバーは容量が他のサーバーと比べて少ないらしい。そのため、保持できる記憶は最長で直近の五年分。それより昔の記憶は、全て削除されることとなっているのだ。

 

 ……たとえどんなに大切な記憶でも。それが五年より以前の記憶ならば、全て機械的に抹消される。

 

 もう一つの()()()も、あるにはある。けれど。そちらを選ぶつもりは毛頭なかった。

 目を閉じて心を決め、雪音は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。

 

「……ここって、何か書くものってありますか?」

 「え?」と桃色の髪の少女は一瞬驚いたような顔をして、

「待機室にならあると思うけど……」

 

 その言葉に、雪音はほっと胸を撫で下ろす。

 

 ……よかった。これで、私が全てを忘れたとしても記録は残る。

 

 首にかけたデータ記憶体を握り締めて、雪音は決意を込めて告げる。

 

「私とレイを、このサーバーに入れて下さい」

 

 こくりと頷く少女。彼女が口を開きかけたタイミングで「それと」と言葉を続け、

 

「私を、あなた達と一緒に戦わせてください」

 

 ――と。深々と頭を下げて。雪音は頼み込んでいた。

 しばしの沈黙。雪音を見下ろす形で、桃色の髪の少女は突き放すような声音で言葉を返してくる。

 

「……私達の戦いは、凄く厳しいものだよ」

「ええ。分かってます」

 

 即答し、雪音は唾を飲み込む。

 

「……それでも、です」

 

 私はもう、守られるばっかりは嫌だ。大切な人を見殺しにして、それでもなお、誰かに守って貰おうだなんてことは思えなかった。

 今、雪音の胸元にはレイから託された彼女の“データ記憶体”がぶら下がっている。

 同行していた人達がみんないなくなって、雪音とレイの二人だけになってしまった日の夜。雪音は彼女からこのデータ記憶体を託された。彼女が()()()()()()()()、雪音に渡すまでの間の記憶が詰まった、この長方形のデータ記憶体を。

 

 ……二人だけの旅路で交わした約束は、覚えていないだろうけれど。

 

 これは、レイなのだ。

 

「お願い、します」

 

 心からの想いを込めて、雪音は言葉を紡ぐ。

 私は、これまでずっとレイに守られてきた。

 だから。今度は、私がレイを守る番だ。

 サーバーの低い稼働音が部屋に反響し、ノイズとなって静寂を打ち消している。

 しばらくして、桃色の髪の少女が静かに告げる。

 

「待機室は左の扉をくぐったところにある。用事が済んだらここに戻ってきて」

 

 見上げたそこには、『了解』の意を示した緑色の双眸。 

 

「……ありがとうございます。……えと、」

 

 そういや、彼女の名前をまだ聞いていなかった。

 ちらりと再び視線を彼女に向け、

 

「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか……?」

「あれ? 私、自己紹介してなかったっけ」

 

 桃色の髪の少女は眉を上げて呟き、それから微笑をつくって

 

「私は桜木(さくらぎ)(あおい)。階級は大尉で、ここの特殊擲弾兵(てきだんへい)部隊の隊長をやってるよ」

 

 「さくらぎ、さん」と呟く雪音の肩に手を置き、桃色の髪の少女――もとい桜木(さくらぎ)さんは茶目っ気のあるウインクをして言う。

 

「それと。お礼を言う相手は、私じゃなくて司令だよ」

 

 

 

  †

 

 

 

 古びた白紙のノートに、雪音はレイと築いた今までの想い出を一つずつ丁寧に書き連ねていく。

 〈戦場ヶ原〉サーバーに入る――つまり電子化する際の条件として提示されたのは、『直近五年以前の記憶は全て、機械的に削除する』ということ。

 それはつまり、今まで雪音が築き上げてきたレイとの記憶を手放すということでもある。家族や他の人達との思い出などは別にどうでもいい。どうせろくな思い出はないのだから、むしろ消えてくれて清々するぐらいだ。

 

 ……けれど。レイとの思い出は、大切なものだから。

 

 私にとって必要なのは、レイと一緒に築いた記憶。平和で暖かい、穏やかな記憶。たとえこの頭の中からそれが消えようとも、こうして記録に残しておけば、私はこれからも戦える。

 

 ノート一冊を丸々使って思い出を書き残し、雪音はレイと一緒にサーバーへと『移住』した。

 レイはデータ記憶体をサーバーに読み込ませて。私はサーバーに併設された電子化装置に、身体の全てを託して。

 サーバーの中で司令――天空(あまそら)司令にお礼を言って、正式な入隊許可証を貰って。それから、雪音の民間人としてではなく、軍人としての生活が始まった。

 

 空を飛ぶための光の翼〈光量子翼(ルクス・フリューゲル)〉こそ何とか使えたものの、他の〈量子兵装〉という技術は、思っていた何倍も難しかった。

 隣でレイが使っているのをずっと見ていたものが、こんなにも難しかっただなんて。日々の厳しい訓練の中で、雪音は心の中で幾度となく呟いていた。

 それでも、雪音は諦めなかった。日々の訓練とは別に、何時間も自主練を行った。何度も何度も、繰り返し練習して。数ヶ月経つ頃には、何とか実戦レベルにまでは使えるようになっていた。

 それからは毎回率先して任務を引き受け、幾度となく〈ODEE(オーディー)〉と戦った。

 

 全ては、レイを守るために。

 彼女がもう戦わなくてもいいように。今度は、私が守る番だと。そう思って。

 サーバー内の『高崎』でレイが無垢な笑顔を振り撒き、そして彼女と言葉を交わす度に。その思いはますます強くなっていった。

 

 ……それと同時に。微かな寂しさも、心には降り積もっていった。

 

 

 

 そんな日々が()()ほど続いた、()()()()()()()()だった。

 レイが、普通の保存人格ならば絶対に起こりえないをことを言い出したのは。

 いつもと同じ桜の花弁が舞い散り、いつもと同じ言葉で友達と語り合う教室の中で。

 雪音はいつもと同じ『一緒のクラスでよかった』という言葉をレイに送り、彼女は『そうだね』と答えて他愛もない話を始める。

 

 ……はずだったのに。

 

「なんか、前にも全くおんなじこと話した気がするね?」

 

 と。

 レイは、なんだか不思議そうな表情をしながら笑ったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 そして。その日の夜に。雪音の進言のもと、レイの『意識覚醒』を促すようにとの指令が下った。

 

 ――レイを、再び戦場に引きずり戻す指令だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。