壊れた世界と忘却の星 〜幼馴染がオススメするVRMMOがなんかおかしい〜 作:暁天花
作戦会議から六日後。明日に作戦開始を控えた日の昼間。
金曜日の午前の授業を終えたレイと雪音は、机をくっつけて昼食を食べていた。
レイも雪音も手に持っているものは菓子パンの袋で、机の上に置かれているのも銘柄の同じペットボトルのお茶。それぞれの前にはもう一つ未開封のパンが置かれているものの、それに手をつけるような気配は二人ともない。
菓子パンを一口かじり、ごくりと飲み込んでから、
「……最近気づいたんだけどさ」
視線がこちらに向くのを感じつつ、レイはこともなげにその言葉を吐き出す。
「ボク達、味覚とか温度の感覚とかってのもないんだね」
『食べている』という感触はある。けれど。それに伴って伝わってくるはずの味や温度が、レイの口には全くもって届いてこない。
食感と『食べている』感覚はあるのにと、レイは不思議な気分で手に持つ菓子パンをかじる。どうして、今まで気づかなかったんだろう?
と。雪音は口の中にあったパンを飲み下すと、レイの思考を見透かしたかのように、
「このサーバーは、元々兵器開発用のサーバーだったから。避難用へと転換が行われた時に、それらの機能まで実装する余裕がなかったらしいわ」
「……てことは、元々人が住む予定で造られたサーバーにならあるの?」
「恐らくは」と呟いて、雪音は再び手元の菓子パンをかじる。
……本来、『データ』でしかないレイたちは『食べる』という行為を必要としない。しかし何故、自分たちはそんな無意味な行動を毎日とっているのか。その理由は、彼女に訊かなくともレイはなんとなく分かる。
何かを『食べる』行為は、本来あらゆる生物にとって必要不可欠なもの。精神を平静に保つルーチンワークのようなものだ。
それを突然無くしたりすればどんな不都合が起こるのかも分からないし、何より、もし元の人間に戻れるようになった時に、食べる習慣がないというのは色々と良くないはずだ。
そんなことを考えながら、レイも彼女と同じように菓子パンをかじる。味も温度も感じないのに、食感だけがあるのはなんだか落ち着かない。
と。先程の雪音の言葉を思い出して、レイはふととあることを思いつく。
……もしかして。
途端に自分の身体中をぺたぺたと触るレイを、雪音が怪訝な表情で見つめてくる。構わず触ってみるが、やはり、思っていた通りの結果が返ってくる。
……てことは。
レイは視線を目の前、パンをかじる雪音に向ける。
次の瞬間。レイは雪音の両手を上から包み込んでいた。
「……え?」
「やっぱりか」
ぽかんと口を開ける雪音の傍らで、レイはすぐに手を離して視線を自分の手元に向ける。彼女の両手を触ってみても、予想通りの結果が返って来てしまった。
……ということは。
苦笑を浮かべて、レイは呟く。
「やっぱり、ボク達って体温とかもないんだね」
「え……。あ、うん……」
雪音は顔を背けて、要領を得ない曖昧な返事を返してくる。彼女の耳が心なしか赤いのは……気のせいだろう。レイがなるのならともかく、雪音がこの程度のスキンシップで赤くなる理由なんてないのだから。
……少なくとも、レイの知る限りでは。
ともかく話を戻して、
「今回の作戦が成功したら、ボク達の体温とかも感じれるようになったりするのかな」
「……まぁ。サーバーを補強する何かしらのものがあればね」
「そんな都合のいいことは起きない、か」
手に持つ菓子パンを食べ終え、少し考えたのち未開封のパンを鞄に押し込む。ペットボトルのお茶を少し飲んでから、
「……にしても。こういう話してると、ホントに普通の人間じゃないんだなあってつくづく思い知らされるね」
味覚や温度の感覚はなく、片腕を失ったとしても数週間で傷跡ひとつすらなく完治する。呼び出し一つで視界にはあらゆるメニューが映し出され、サーバー内であれば
……いやまぁ、レイに関しては後ろ二年ほどが未だに思い出せないでいるが。それは置いておいて。
ともかく。これらの全ては、普通の人間ならばまず起こりえないもの。
そのことに、レイはなんとも言えない感情がこみ上げてくる。
視線を目の前に戻した先、雪音はあと一口になったパンをじっと見つめて、
「……それでも。私は、レイと一緒に居られる方がいいから」
小さな、消え入りそうな声でそんなことを呟いていた。
思わぬ言葉に、レイはからかうような笑みを浮かべて、
「なんだよそれぇ。それじゃあ、ボクが一回死んだ人みたいじゃんか」
「え……? あ、ご、ごめんなさい」
雪音は慌てたように頭を下げる。残ったパンの欠片を口に含んで飲み下し、
「そういうつもりじゃなかったの。だから、えっと、その……」
視線をあちこちに彷徨わせる雪音に「と、とりあえず落ち着いて?」と言葉を投げかけ、レイは生じ始めた微妙な空気をかき消すべく強引に別の話題をつくりだす。
「あ、そうだ! 雪音、七夕の日って何か任務とか入ってる?」
「え? ……まぁ、今回の任務の解析結果次第ではあるけど。今のところは、何も」
「じゃ、じゃあさ! これ、一緒に行かない?」
そう言ってレイは予め用意しておいたチラシを取りだし、雪音の前に差し出す。
「……商店街の七夕祭り?」
「うん。雪音は何回も行ったことあるかもしんないけど、今のボクにとっては初めてのお祭りだからさ。雪音と一緒に行きたいなって思って」
無言でチラシを見つめる雪音の顔は、何かを考え込んでいるような表情をしていて。レイは内心少し不安になりつつも、なんとか平静を取り繕う。
「あ、その夜にサーバーのリセットがあるのはもちろん覚えてるよ?」
それが心配事なのかなと思って口にしてみたが、雪音はなおも無言。微動だにしない目の前の少女の姿に、レイは流石に不安になってくる。
……もしかして。リセットの夜は、任務ではない特別なことをしなければならなかったのだろうか。
「ダメ……、かな?」
眉根を寄せて問うレイ。その言葉に応えるように、雪音は目線を上げると、
「……ダメ、という訳じゃないんだけどね」
そう言って苦笑めいた笑みを小さく浮かべ、
「リセット当日の夜って、バグが多いから。緑色に光る亀裂だったりズレだったりっていうのが、今よりもっと増えてるのよ」
「あ……そっか」
「だから、レイはそういうの大丈夫なのかなって思って」
言われて、レイはそのバグの多い七夕祭りのイメージを頭の中に描いてみる。所々で光る緑色の亀裂が視界に入り、夜空には緑色の雲が浮かぶ。ズレの発動だ金魚すくいは網の上の金魚が水の中へと戻り、必中のはずの射的はものの見事に大ハズレ。そして、そんな様子を見ていた二人が、お互いに笑い合う。
脳内に浮かんでくるイメージにレイはふふっと微笑をもらし、
「まぁ、それはそれで面白いんじゃない?」
「あ、いいんだ」
少なくとも、普通の世界やサーバーでは味わえない現象だろうし。そう考えると、日常の中でも最大限の非日常を感じられるのは中々楽しいと思う。
……実際体験したらどんなことを思うのだろうかとかは一旦置いておいて。
どうする? と目線で問うレイに、雪音はにこりと笑う。
「じゃあ、私も行くわ。……約束、忘れないでよ?」
レイは「うん」と頷き返し、
「今日の夜に予定決めよっか。そん時に全部のカレンダーに書いとくよ」
「誘っておいて忘れる気満々なんだ?」と笑う雪音。レイは芝居がかった様子で胸を張り「自分の記憶は信用してないからね」と、片目を瞑って笑い返していた。