壊れた世界と忘却の星 〜幼馴染がオススメするVRMMOがなんかおかしい〜   作:暁天花

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第十六話 探査任務、開始

 サーバー内の高崎では六月の下旬の金曜日。現実世界では十二月二四日の午後八時〇分。任務当日の現実世界の天気は、冬に特有の澄み切った空気が流れる快晴だった。

 

 満天の星空の下、最後のブリーフィングを終えたレイ達四人は目的地に向けて光の翼を羽ばたかせる。

 眼下に続くのは、薄い雪に包まれた静かな山脈。微かに月光を反射するそこには、風以外の音が一切なくて。〈ODEE(オーディー)〉の気配すらない静まり返った闇空の中、レイ達は陽花(ようか)先輩を先頭にして南西方向へと飛翔を続ける。

 

 今回の任務は極めて単純。〈(ネスト)〉の近傍にあたる“現実の高崎”にて探査装置を設置して、周囲の量子データ――つまりは高崎近辺の現状に関するデータを収集すること。

 その間、レイ達四人は探査装置の近くで一週間ほど滞在し、近傍を徘徊する〈ODEE(オーディー)〉から装置を防衛するのが役目だ。

 

 眼下に見覚えのある高崎の残骸を捉えつつ、レイは思考を今へと戻す。

 現在は旧群馬県の高崎市に差し掛かったあたり。前方に二人の先輩が互いにカバー出来る間隔で進んでいるのを横目に、レイは隣で飛んでいた雪音に近寄る。

 

 今回の任務中は、〈ODEE(オーディー)〉の検知に引っかからないようにと量子通信はもちろん、無線も含めたあらゆる電子通信は必要最低限にと厳命されている。……つまり。誰かと話を交わすには、こうして近づく以外に方法がない。

 

「そーいや、ボク達以外にも戦える人っていたんだね」

 

 と、先程のブリーフィングで伝えられたことを思い出しながらレイは雪音に喋りかける。

 今回の任務には、対〈ODEE(オーディー)〉戦のプロである特殊擲弾兵(てきだんへい)は四人全員が動員されている。

 その間、手薄になったサーバーの防衛を務めるのが、第八特装(とくそう)大隊。大人の軍人で構成された部隊だ。

 そんな部隊が居たのに、何故今まで一度も出撃していなかったんだろう? 行軍の最中、レイの頭はそのことがぐるぐると回り続けていた。

 

「え? ……まぁ。戦えるって言ったら戦えるんだろうけど……」

 

 そこで雪音は言葉を切り、綺麗な黒瞳(こくとう)に微妙な感情を滲ませて、

 

「大人の人達って、基本的に〈CPCAS〉が使えないのよね。だから、私達と同じって感じではないというか」

 

 〈CPCAS〉――正式名称、総合予測演算戦闘システム。レイ達のような特殊擲弾兵(てきだんへい)が戦闘を行うにあたり、ほとんど必須となる補助システムのことだ。これが作動するからこそ、レイ達はいとも簡単に〈ODEE(オーディー)〉の攻撃に対処することができている。

 

 ……そんなものが、大人の人達は使えない……?

 

 「え、」と驚愕の声をもらすレイをちらりと盗み見て、雪音は困ったように笑う。

 

「というか。〈CPCAS〉に限らず、量子兵装は年齢を重ねるに連れて使えなくなっていっちゃうから。各国の軍が〈ODEE(オーディー)〉に苦戦していたのも、そういうことよ」

「……大丈夫なの? それ」

 

 眉をひそめて問うレイ。雪音は「大丈夫よ」と曖昧な表情で笑い、 

 

「サーバーがなくなれば、あそこに住んでいる全員がこの世界から消えてしまう。大隊の人達なら、それこそ自分の命を捨ててでも守ってくれるわ」

「…………。……そっかぁ」

 

 返す言葉にさんざん迷った挙句、レイはそんな言葉しか返せなかった。

〈CPCAS〉のない戦闘。それは、〈ODEE(オーディー)〉を相手どった戦闘の際に必要とされる様々な情報を瞬時に入手できないことを意味している。光線の射線予測はもろちん、最適な回避軌道を示す赤点や、敵との相対距離。さらには射撃や飛行に関する微小な調整など。

 あの大隊の大人達は、それらの一切をなしに。つまりは生身の感覚と通常の機器のみで〈ODEE(オーディー)〉と戦う役目を背負っているのだ。

 

 ……いったい、どれほどの覚悟があればそんな部隊に所属できるんだろうと、レイは思う。少なくとも、今の自分に同じことはできないなと思う。……いやまぁ、雪音に危険が及ぶのなら別だけど。

 周囲警戒のレーダーを視界の端に捉えつつ、そんなことを考えていると、

 

『指定座標についたよ』

 

 と。唐突に、耳につけた通信機から陽花(ようか)先輩の声が耳に入ってきた。

 視線を目の前に向けると、先行していた二人の先輩がこちらに近寄ってくる姿が見える。レイ達も前へと進んで先輩たちと合流し、

 

「……あれ。こんな高いビル高崎にありましたっけ」

 

 二人の奥にそびえ立つ高層ビルに、レイは目を奪われていた。

 レイはメニュー画面から『サーバーの高崎』の地図を開き、その上にここに来るまでにマッピングした『現実の高崎』の地図を重ねる。

 ……が。やはり、サーバーの高崎にはこんなに高いビルは、少なくともここには存在していない。今、目の前にあるビルの場所は大きな売地となっている。

 「なんでだ……?」と呟くレイ。察したらしい恭夜(きょうや)先輩は重ねた地図を横から覗き込んで、

 

「まぁ、サーバー都市を作成する際に削除したんだろうな。こんなデカいビル、俺たちの高崎にあっても空き家だらけになるだけだろうし」

「あー……確かに。それなら納得かもです」

 

 サーバーの高崎市は、実のところ『現実の高崎市』の半分ぐらいの領域しか再現されていない。にも関わらず、サーバーの高崎市の人口は約五〇〇〇人。両極異次元観測実験以前の『現実の高崎市』の人口の六十分の一しかいないのだ。

 つまり。ただでさえ少ない人口を一つの建築物に押し込むと、それだけ他の土地が過疎化する。そしてそれは、サーバーに住む人々に『違和感』を抱かせることになってしまう。結果起こるのは、『意識覚醒』と呼ばれる自我の発現で――

 

 ……いやでも、それはそれでいいことなんじゃ……?

 

 そんなレイの思考を見透かしたかのように、雪音は、

 

「数人ならともかく、意識覚醒が多すぎても処理できないのよ。私達のサーバーは」

「……容量がそんなにないから?」

 「そ」と呟いて、こくりと頷く雪音。なるほどなぁと感心していると、今度は、

「月咲ちゃん」

「は、はい!」

 

 再び陽花(ようか)先輩に呼びかけられた。亜麻色の髪の少女はメニュー画面を開いて何かを操作しつつ、

 

「探査装置の設置場所の条件は覚えてる?」

「え? あ、はい」

 

 レイはこくりと頷き、

 

「確か、高所のなるべく開けたところ……でしたよね?」

「正解。ちゃんと覚えてて偉いぞっ」

「……ボク、なんかバカにされてます?」

 

 ジト目で呻くレイの肩に恭夜(きょうや)先輩の手が置かれる。振り返ると、彼は諦めたような顔をして、

 

「お前は知らんかもしれんが、これがこいつの平常運転だ。諦めろ」

「……了解です」

 

 そんな二人のやり取りを意に介することもなく、陽花(ようか)先輩はメニュー画面を真剣に見つめて操作し続け――

 不意にその手が止まって、彼女の視線が三人へと差し向けられる。

 『なんだ?』と言外で問う三人に、陽花(ようか)先輩は奥の高層ビルを見上げるように促して、

 

「じゃあ、設置場所は高くて開けた場所……このビルの最上階にしよっか」

 

 と。さも当然のように告げた。

 少し感じた不安は、心の奥に閉じ込めておいた。

 

 

 

 

 ところどころが崩れた高層ビルの最上階。その更に上に設置されたヘリポートに四人は降り立つ。

 進み出た陽花(ようか)先輩は展開したままだったメニュー画面の一つを指し示し、それと同時に背中側の腰に取り付けられた追加の補助演算装置が光の粒子を周囲にばら撒き始める。

 それらの粒子は陽花(ようか)先輩の目の前に寄り集まって、更にその数と大きさを増していく。。

 

 今回設置される探査装置――量子波検出装置は、全体で重さが約一トン、一辺あたりの長さが二メートルに高さが五メートルと、かなり大型の機械になっている。そんなものを持ち運ぶのは当然不可能だし、仮に運べたとしても、道中の接敵リスクは到底看過できるものではない。

 その対応策として使用されているのが、今目の前で陽花(ようか)先輩が行っている作業だ。

 

 探査装置の設計データを追加の補助演算装置に予め保存し、そのデータを彼女の脳を介して遠方の〈戦場ヶ原〉サーバーに併設された量子コンピュータに情報を送り込む。すると、陽花(ようか)先輩が思い描く通りのものを量子コンピュータが認識し、原子一つ一つの場所まで指定せずとも設計図のものを構築できる状態になる。

 あとは、彼女の周囲に存在する原子を量子状態に変換。設計図に使用された素材・構造を再構築することによって、元の設計図通りのものを作り出す――。

 

 目の前で光の粒子が巨大な鉄色の機械が変わっていくのを見上げて、レイは感嘆の息を吐く。

 これが、〈量子集積・位相転移理論〉の本質。空気分子から全く別の何かを生み出す、神のごとき科学技術。現代の錬金術とも呼ばれたものが、今、目の前では行われている。

 

「……やってることは私達がいつも使ってるのと同じよ?」

 

 ちらりと視線を向けた先、雪音はくすりと笑ったような顔をする。

 

「それはそうなんだけどさ。……けど、こういう大きくて複雑な機械が何もないところから造られてるのを見ると、ホントに凄い技術なんだなぁって」 

 

 傍目から見れば、これは完全に『無』から何かを生み出しているようにしか見えないのだ。人間の科学の進歩に、レイは改めて感心させられる。

 遂に巨大な機械が頂点まで造り終わり、最後の光の粒子が闇空に溶けていく。光を失って再び暗くなったヘリポートで、陽花(ようか)先輩は機械を背後に振り返って、

 

「……と。これで完成かな」 

 

 ふぅと息をつき、三人を見回す。

 

「じゃあ、今後の動きを改めて確認するよ」

 

 四人の目の前にホログラムの画像が出現し、今回の任務の作戦概要書が表示される。

 

「私達はこれから一週間、この機械の防衛を行いつつ、反応がないかを確かめる。反応があればここの色が変わって音が鳴るから、もし私が寝てる間に反応があった時は直ぐに起こして欲しい」

 

 目線を向けられているのは、明らかにレイだ。恐らく初めての内容だから気にかけて貰っているのだと思い、レイはこくりと頷く。

 と。陽花(ようか)先輩は満足そうな笑みをつくって頷き返してきた。

 それを合図にして恭夜(きょうや)先輩は数歩前へと進み出る。振り返って、

 

「じゃあ、夜の見張りの割当についてだが――」

「私と恭夜(きょうや)、月咲ちゃんとレイちゃんでいいよね?」

 

 恭夜(きょうや)先輩の言葉を、遮るように、陽花(ようか)先輩は言い放っていた。恭夜(きょうや)先輩は怪訝な顔を陽花(ようか)先輩に向け、

 

「は……? いやそれじゃあ、」

「そっちの二人は異論ないよね?」

 

 またもや恭夜(きょうや)先輩の声を完璧に無視して、陽花(ようか)先輩はレイと雪音に笑顔で言い募る。その笑みに謎の圧力を感じて、レイは思わず、

 

「は、はいっ!」

 

 肯定の言葉を返してしまう。隣に目を向けると、そこでは雪音がしおらしい様子でこくりと頷いていた。

 陽花(ようか)先輩は満足そうにうんうんと頷き、隣で唖然とする恭夜(きょうや)先輩には目もくれずに告げる。

 

「じゃあ、交代は三時間後。私達は下で仮眠とってるから、何かあればすぐに起こしてね!」

 

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