壊れた世界と忘却の星 〜幼馴染がオススメするVRMMOがなんかおかしい〜 作:暁天花
第一話 誘い
「レイ、このゲーム一緒にやらない?」
高崎高校での入学式が終わり、心地の良い春の日差しが教室に射し込む昼の教室の放課後。
話しかけてきてくれた同じクラスの女子たちとの連絡先交換とちょっとした雑談を終えて、帰りの支度をしているるさなか。彼女は携帯の画面をこちらに見せながら言ってきた。
「……なに? このゲーム?」
と、金色の髪を三つ編みのハーフアップに緩く纏め、残りの髪を腰のあたりにまで下ろした
仰々しい背景に同じく仰々しい字体で書かれているのは、『Entanglement World-The Lost Realization-』というタイトルらしき英単語の羅列。副題らしき方は『失われた現実』という意味になるのだろうが……主題の方がさっぱり分からない。
「この前見つけた、VRMMOの新作だよ」
肩あたりで切りそろえた綺麗な
「“突如として現れた謎の異次元生命体〈
「まぁ、そうだけど……。雪音ってこういうゲーム好きだったっけ?」
確かに、VRMMOしかり終末モノしかりはレイの好みではある。だが、レイの知る限り、雪音はあまりゲームをしない。するにしても好きなジャンルはもっと平和的なジャンルだったり題材だったりしたはずだ。
何より。そもそも彼女はFPSや弾幕ゲーの類いはてんで駄目なタチなのだ。こういったゲームを彼女が勧めてくるのは全くの予想外だった。
目をぱちくりさせるレイを傍目に、雪音は左手で右腕を掴んではにかむように笑う。
「この前レイがFPSやってるところ見せてもらったじゃない? あなたが楽しそうにやってるの見てると、私も久しぶりにやってみようかなって思って。けど、いつものだと私って全然できないじゃない?」
うん、とレイは深く頷く。
脳裏に甦ってくるのは、彼女が某有名FPSで、対NPC戦なのにも関わらず
「それで、私にもできるようなゲームないかなーって探してたら、偶然このゲームが目に止まって」
「……ってことは、さてはこのゲームSFチックなやつだな?」
「……どうして分かったの?」
きょとんとする雪音にレイは苦笑する。
「そりゃ分かるよ。雪音の理学小話、どれだけ聞かされたと思ってるのさ?」
とくに物理学。楽しく笑顔で話している雪音を眺めているのは心地いいが……とはいえ、最近は内容が難しくて何を話しているのか殆ど分かったものではない。雰囲気だけで頷いて笑っているようなものだ。
少しだけ不安に染まってきた瞳を見て、レイは話を先へと続ける。
「で、具体的にはどんなゲームなの?」
「えっとね、量子論の発展系にある『
「ちょ、ちょっと待って。リョウシ……なんだって?」
「……もしかして。かの有名な『量子集積・位相転移理論』をご存知でない?」
「全く。ていうか、その、『リョウシ』とか『イソウ』ってなに?」
何かの理論だということだけは分かったが……それ以外はさっぱり分からない。集積、という言葉から察するに、何かしらの小さい物質とかに関するものなのだろうけれど。
一人取り残されたレイを傍目に、雪音は少しの間だけ沈黙して。
「……まぁ。これからの理科目でやるような内容だし仕方ないか」
と、一人で納得したように呟いていた。
まぁ。
「そのなんちゃら理論ってのは一旦置いておいてだね。その……エンタングルメント・ワールド? ってどれぐらいするの?」
「えっとね、」
雪音は机の上に置いていた携帯を操作し、表示されていた公式の販売ホームページをスワイプしてアプリの詳細情報へと画面を移らせる。画面をレイに見せながら、
「3500円、税込で3750円だね」
「それぐらいならまぁ……いいか」
提示された値段にレイは呟いていた。
「……ほんと?」
雪音が期待と不安の入り交じった瞳を向けてくる。レイはわざとらしく大仰に声音をつくり、綺麗な
「そりゃあもちろん。なんてったって、我が愛しき御嬢様たる月咲雪音嬢が一緒にやろうと仰られているのだから――」
「や、やめてよ! そういうの!?」
「いっ――ッ!?」
差し出した腕を思い切り机に叩き落とされた。華奢な腕からは想像もつかないほどに手痛い打撃を受け、レイは少し涙目になる。鳴っちゃいけない音が聞こえた気がする。というか、なにもそこまでする必要はないだろうに!
「いっつもいっつも。ほんと、恥ずかしいやつなんだから…………!」
視線を逸らしてぷんすかする雪音にごめんごめんと平謝りを返し、一息ついてから自分の携帯でも『Entanglement World』のホームページを開く。購入のボタンを操作し――購入完了の文字が映し出された。
その画面を雪音に見せながら視線を向け直し、レイは穏やかに笑いかける。
「ま、そういうことだから。せっかく雪音が誘ってくれたんだし、やらないって選択肢はないよ」
彼女がこうやって自発的に何かを誘って来てくれること自体、本当に稀なのだ。だから、幼馴染のレイとしてはそれがなによりも嬉しかった。誰かの言う通りや不本意の行動ではなく、雪音が自分自身の人生を歩んでいる。そんな気がして。
雪音は一瞬だけ呆然と目を見開いて――にこりと、左手で右腕を掴みながら微笑み返す。
「……ありがと。いつも」
らしくもない清楚で儚げな笑みに、レイはなんだか気恥ずかしくなってきて慌てて視線を逸らす。こんなの、気付かれたら絶対に面倒なことになる。
「そ、それで! 一緒にやるの、いつにするの?」
「うーん……」
雪音は右手を口元にもってきてしばし沈黙し、それから再び視線をこらちへと向けて、
「今日の十五時で!」
いつもの調子でそう伝えられた。
「りょうかい。じゃあ――」
「じゃ、またあとでね!」
レイが返事を言い切る前に、雪音はたったと教室の外へと駆けて行ってしまった。突然ぼっちの状況に放り出されたレイは、しばしの間固まって。
「……あの子、あんな性格だったっけ?」
こくんと、首を傾げるのだった。
†
電車とバスで揺られることそれぞれ十数分。レイが家に帰宅した頃には十四時を過ぎていた。
レイの家は
だけど。今この家に住んでいるのは自分だけしかいない。
というのも、父は座間基地所属の在日米軍人で昔から帰ってくるのは稀だし、母も今は転勤で北海道にいる。二人いる兄の片方は自衛隊所属でもう片方は米国本土所属。二人とも成人してからは滅多に家に帰ってこない。つい最近までかわいがっていた妹も、進学にあたり『お姉と一緒にいるとダメな大人になっちゃう』と、東京の寮付き学校へと行ってしまった。
そういうわけで、このだだっ広い家は現状レイだけが住んでいるということになっているのだ。広くてのんびりできて、けれどもそれほど都会から離れていない場所ということでここに家を建てたのだとは聞いているが……。一人で住むとなると、この広さは流石に少し寂しいものがある。ほんとに、ほんとにちょっぴりだけだけど。
冷蔵庫から適当な味のゼリー飲料を取り出し、それを空きっ腹に詰め込みながら二階の自室へと足早に上がる。教科書類で満杯になったバッグ類をベッドの脇に放り出し、携帯をポケットから取り出す。画面には、『量子情報転送準備完了』の文字。
「……あ。『リョウシ』って、これのことか」
とりあえずさっき聞いたリョウシなんちゃら理論の意味不明単語の一つは解明できた。言葉の意味は……あとで調べてみよう。覚えていたら。
勉強机の下にある黒い四角形――第二世代型“量子"コンピュータを起動してから専用のプラグを挿し込み、反対側に自分の携帯を備え付ける。画面が切り替わり、今度はインストールの認否を問うボタンが現れた。迷わず『インストール』の方をタッチ。
インストールが始まったのを確認してからその画面をバックグラウンドへと押しやり、レイは検索アプリを立ち上げる。
検索するのは、『Entanglement』という謎の英単語だ。
――①(糸や人間関係などの)もつれ、絡み合い
――②もつれたもの[事情・状況]
――③鉄条網、わな[軍事]
――④絡み合い、エンタングルメント[物理]
「…………。」
雪音の理学好きっぷりとゲームの説明を考えるに、恐らくは④の意味になるのだろうが。恐る恐る『エンタングルメント』で検索をかけてみると、何やら難しそうな記事がいくつもでてきた。そっと検索アプリを閉じ、レイは一言。
「……タイトルは絡み合う世界、みたいな意味なのかな?」
レイはこの類いの勉強はさっぱりなのだ。この言葉の意味を理解するのは大人しく諦めることにしよう。
そのタイミングで丁度インストール完了の通知が現れ、携帯がゲームをする準備が整ったことを伝えてくる。ちらりと時計を見やると、時刻は十四時三十分。少し早い気はするが……まぁ、キャラメイクやらチュートリアルやらをやっていれば丁度いい時間になるだろう。
カバンからペットボトルを取りだし、水を半分程度まで飲んでから勉強机の右端へと置く。
よし、と呟き、ベッドに寝転がって有線式のカチューシャ型接続機器を頭にかける。繋がっている線の先は、机の下の黒い物体――量子コンピュータだ。
目を閉じ、ゆっくりと息を吐き。
「
瞬間。レイの意識は途切れた。