壊れた世界と忘却の星 〜幼馴染がオススメするVRMMOがなんかおかしい〜   作:暁天花

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第十七話 探査任務、二人きりの時間と急転

 視界の端に映る現実時間の時計が、十二月二十四日の午後十時を告げた。

 満天の星空の下、探査装置の傍で隣同士に座ったレイと雪音を、静寂の闇が包み込む。

 耳に入ってくるのは、探査装置の低い稼働音と、風の音。それ以外の音は何もない。起動している索敵レーダーに反応はなく、野生の音も高層ビルの屋上までは届かない。

 まるで、二人だけの世界に放り込まれたかのような錯覚。

 

 視線は頭上の星空のまま、レイは地べたにつかれた雪音の手を探す。コンクリートとは明らかに違う触感を感じ、その上にそっと自分の手を重ねる。

 体温は感じない。冷たさも暖かさも、そこには存在しない。実装されていないから。自分達は、生身の人間ではないから。

 お互い無言のまま、自分の右手と雪音の左手を重ねたまま。二人はずっと星空を見上げ続ける。温もりも冷たさも感じないお互いの手から、そこにいるという感覚を確かめるようにその手を絡める。 

 

「……ねぇ、レイ」

 

 ふと吐き出されるのは、雪音の消え入りそうな声。

 風にかき消されそうなか細い声に、レイは視線を空に向けたまま「なに?」と問い返す。

 

「レイは、気にならないの?」

 

 そこで言葉を切り、少し躊躇ったような間を置いて、

 

「……妹の、ユイちゃんのこととか。家族のこととか」

 

 その言葉に、レイは彼女を握る手をほんの少しだけ強める。

 ……気にならない、わけがない。

 母は自衛隊として、父は在日米軍として。この国(日本)を守ったのだろうとは思う。けれど、こんな絶望的な状況では、生きているとは思えない。

 二人の兄も、アメリカ本土で軍人をやっていた。だから、対〈ODEE(オーディー)〉戦争には従軍していただろうし、こちらも状況は日本とだいたい同じだろうと思う。というか。現状では、たとえ無事であったとしてもそれを確かめる術がない。

 

 ……そして。妹のユイは。

 彼女はただの小学生で、レイと一緒に住んでいたけれど。けれど、だから。

 僅かに目を細めて、レイは努めて明るい声をつくる。

 

「だいたい、検討はついてるから。だから、気にならないよ」

 

 視線は決して隣には向けない。今向けたら、何か取り返しのつかないことが起きる気がしたから。

 

「ここに居ないってことは、ユイもそうなんでしょ?」

「……」

 

 返されるのは、無言の肯定。ちらりと目を向けるまでもなく、雪音が俯いているのは想像ができた。

 ……ボクの妹――ユイ一人だけが入れる容量が空いているサーバーがあっただなんて話、現実にしてはあまりにも都合がよすぎる話だ。

 ユイだけがどこかのサーバーに入れて、他の人たちはみんな消えるか死んで、そしてボクと雪音だけが残った。そんな話、信じられる訳がない。

 

 けれど。その嘘が、雪音なりの優しさなのだということ理解している。だから、決して明言はしない。あくまで示唆するだけだ。彼女の自責を、『ユイを死なせてしまった』という罪の意識を、より鮮明にさせることはしない。

 

「……ごめんなさい」

 

 が。次に聞こえてきたのは、謝罪の言葉だった。

 思わず隣に目を向けてしまい、そこで雪音が泣きそうな表情で俯いているのが視界に入る。

 焦る気持ちを落ち着け、静かに深呼吸をしてから、レイは何事もなかったかのようにいつもの口調で、

 

「謝らないでよ。むしろ、謝るのはこっちの方だよ」

 「え?」と雪音が上目遣いに目を向けて来る。レイはそれとなく視線を逸らし、

「ずっと、ボク達のために戦ってくれてありがとね。……ここに来るまでも、来てからも。ずっと守っててくれて」

 

 雪音は、故郷が〈ODEE(オーディー)〉が故郷に滅ぼされてから、ここ〈戦場ヶ原〉サーバーに辿り着くまで。ずっとレイ達を守って戦ってくれていたのだ。

 そして、それからも。雪音は、このサーバーを守るために戦い続けていた。

 レイが感謝こそすれ、雪音が謝るようなことなんて何もない。

 

「…………」

 

 返事がないのが気になって、それとなく視線を隣に戻す。

 と。雪音は、これまでにないぐらい暗い表情をしていた。

 

 ……え? なんで!?

 

 内心の焦りを必死に抑えつつ、レイは脳をフル回転させて次にかけるべき言葉を考える。が、見つからない。何でそんなに辛そうな表情をしているのかが分からないのだから、何を伝えればいいのかなんて分かるわけが無い。

 それでも何か言わなければと思い、必死に思考を巡らせていると、 

 

「……あのね、レイ。その、本当はね、」

 

 隣で、雪音がぽつりと、本当に小さな声で、言葉を紡ぎだしていた。

 レイは視線を彼女に向けて、その言葉に耳を傾けようとして――

 

 

 突然、背後の探査装置からビープ音が鳴り響いた。

 

 

 二人同時に振り向いて、そこで探査装置のランプが青から赤に変わっているのを確認する。すぐに立ち上がって装置に駆け寄り、備え付けられたディスプレイからこの音と赤色のランプが故障の類いではないことを確認する。

 ……つまり。

 これは、装置に反応があったということ。

 

「先輩達を起こしてくるわ」

 

 背後で告げる雪音に、レイはこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

「――それが、今簡易的に解析をかけた結果だ」

 

 二人の先輩を起こして、探査装置のビープ音をとりあえず止めたあと。得られたデータを簡単に分析し終えた恭夜(きょうや)先輩が、三人の眼前にホログラムの解析結果を表示する。

 

「今回受信した量子波(りょうしは)の発信源は、旧高崎市中央にある〈(ネスト)〉の領域を抜けたさらに先。具体的な距離までは解析できていないが……それでも、かなりの規模のものだと推定される」

 

 恭夜(きょうや)先輩の言葉に、三人は一様に真剣な表情を形作る。

 目の前に示されているデータには、今回受信したものが少なくとも〈ODEE(オーディー)〉や〈(ネスト)〉から発されたものではないことが具体的な数式やデータで記されている。その隣には、例示として様々な物体が放つとされる量子波のグラフが示されていて。

 そして。今回受信した情報と、最も酷似した形と大きさのグラフを持つものは。

 ごくりと生唾を飲み込んで、レイは問う。 

 

「他のサーバーが見つかった……、てことですか?」

「まだ、断定はできないけどな」

 

 恭夜(きょうや)先輩は静かな双眸で一同を見回し、

 

「けど、その可能性は高い。生存しているかどうかはちゃんと通信回線を敷いてみないと分からないが、少なくとも、俺たちに有益な情報なのは確かだ」

「……つまり。そこと接続を繋げられれば、何らかの形で私達に恩恵が帰ってくるのが期待できると。そういう事ですか」

 

 「ああ」と恭夜(きょうや)先輩は頷く。

 と。

 

「お。ようやく全データの転送が終わったみたい」

 

 これまで沈黙を貫いていた陽花(ようか)先輩が、一人だけ開いていた別のホログラム画像を四人の中央へと差し向ける。

 そこには、『全収集データ転送完了』の文字。全員が認識したタイミングでその画像が消失し、続けて別の画像が展開される。

 

「それと、司令部から任務の内容変更の通達が来たよ。“データの転送が完了次第、速やかに〈戦場ヶ原〉サーバーへと帰還せよ”――だって」

「ま、そりゃそうなるよな」

「でしょうね」

 

 三人揃ってさも当然のように喋るのを意識の端で聞きつつ、少し遅れてレイは表示された指令書を読み終える。

 

「……えっと。ボク達、もうここで情報収集しなくていいんですか?」 

 

 一応反応のデータは採れたとはいえ、今日は一週間ある任務のうちの一日目。あと六日も予定されていたのに、そんなに早く切り上げて大丈夫なのだろうか。

 首を傾げるレイに、恭夜(きょうや)先輩は困ったように頭をかいて、

 

「いや、ホントはもっと採れるならとりたいところではあるんだが……」

 

 そこで、不意に言葉が途切れる。

 突然顔を強ばらせる先輩に、レイは訝しんだ表情を向けようとして――

 

 

 【警告。索敵レーダーに高度量子情報感知。数、多数】

 

 

 突然、脳内に無機質な機械音声が鳴り響いた。

 と同時に、『危険。戦闘状態への移行を推奨』という赤色の文字が網膜に表示される。

 

「え……?」

 

 戸惑うレイの視界の先、闇空の地平線には、いつの間にか夜の帳とは違った漆黒の闇が蠢いている。無意識に起動していた〈CPCAS〉がその一つを捉え、ズーム画像としてレイの視界に届く。

 星空を背景に見えるのは、見覚えのある形状の漆黒。少し遅れて表示されたのは、《〈ODEE(オーディー)西洋竜(ドラゴン)型》の文字。

 

「な、なんで……?」

 

 さっきまでは一体も居なかったのに。いやそもそも、〈ODEE(オーディー)〉は夜は非活性になるはずじゃ……?

 混乱するレイの隣に、雪音が音もなく歩み寄る。彼女の両手には、既に光の剣と大型のライフルが携えられている。

 雪音は視線を〈ODEE(オーディー)〉たちに向けたまま、淡々とした口調で告げる。

 

「データを一度送ってしまえば、発信元である私達の居場所は周囲で休息している〈ODEE(オーディー)〉たちに即座に特定される。……ヤツらは量子情報の大きな変動を感知したら最後、すぐに活性化するのよ」

「……だから、すぐに撤退命令が出たのか」

 

 こくりと頷く雪音。

 レイは左腰から()だけの剣を引き抜き、脳内に剣と銃、そして光の翼のイメージを同時に描く。

 引き抜いた()だけの剣に光の刃が生成され、左手には雪音と同じ大型のライフルが光の粒子から構成される。雪音と同時に光の翼を展開し終えたところで、既に準備を整えていた陽花(ようか)先輩が口を開く。

 

「私が先陣を切る。月咲ちゃんとレイちゃんは私に続いて。恭夜(きょうや)殿(しんがり)は任せたよ」

 

 「了解」と三人が口々に答え、全員が空へと舞い上がる。

 眼下にあったはずの巨大な機械は、既に光の粒子となって跡形もなく消え去っている。

 

「各位、通信状況には細心の注意を払うこと。……ヤツらに包囲されてる以上、いつも通り使えるとは思わないで」

 

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