壊れた世界と忘却の星 〜幼馴染がオススメするVRMMOがなんかおかしい〜   作:暁天花

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第二〇話 対峙

 探査任務の終了と夏坂(なつざか)先輩の消滅から一週間が経った。

 

 現在の日時はサーバー内で七月七日。今居る現実世界では十二月三十一日。奇しくも両方の世界で一つの大きな境をまたぐことになったその日は、私とレイの二人で哨戒任務に当たっていた。

 いつも通り〈戦場ヶ原〉サーバー周辺に展開されたレーダーの点検をしつつ、付近にうろつく〈ODEE(オーディー)〉を撃滅する。今までと何も変わらない、ただの日常業務(ルーチンワーク)

 

 けれど。前までと違うことは二つある。

 

 一つは、哨戒任務の割り振りが以前よりも多くなったこと。夏坂(なつざか)先輩が消滅し、藍原(あいはら)先輩が兵器開発研究室にこもりっぱなしになったために、その分の業務が雪音たちに回って来るようになってしまった。

 

 そしてもう一つは、レイとの会話がほとんどなくなってしまったことだ。

 任務中だから会話は少なかったとはいえ、以前まではそこそこ世間話などの他愛ない話をしていた。けれど。今では業務連絡以外の会話はなく、日常生活に至ってはとうとう一度もまともな会話をすることなく今日まで来てしまっている。

 

 ……避けられているんだろうなと思う。

 

 こちらが世間話を振ろうとすれば業務連絡が届くし、サーバー内ではもはや会うことすらできなかった。電話は出ないしメールは当たり障りのない返答しかしないし、彼女の家に行っても扉が開くことはなかったし。転移(テレポート)をすれば会うことはできたのだが……そこまで強引に会ったところで、彼女が何かを話してくれるとも思えなかった。

 そうしてレイと話をする機会すらないままに、雪音は七月七日を――彼女と商店街の七夕祭りを回る予定の日が来てしまった。

 

「じゃあ、今日は予定通りあっちの時間の一九時に、新町駅前集合で」

「え? あ、うん」

 

 久しぶりの会話に、雪音は思わずしどろもどろな対応をとってしまう。……とはいえ、こんな微妙な関係になっていてもなお、約束は守ろうとしているところはいつものレイではあるが。

 

「じゃあ、またあとで」

 

 そう返す雪音にレイはこくりと頷き、直後、彼女の身体は光の粒子となって掻き消える。最後の一粒が夕焼けの草原に溶けていくのを見送って、雪音は深呼吸を一つ。

 二一五三年最後の夕焼けを見上げつつ、この一週間のことを改めて脳内に思い描いてみる。

 

 結論から言うと、結局レイは何も私に話してくれなかった。

 私と会うことを徹底的に避け、私と会話することを避け。ただ、張り付けた笑みばかりを浮かべていた。

 誰も頼らず、一人でずっと何かを抱え込んでいた。

 また、それに呼応するかのように、最近のレイの戦い方は妙な行動が多くなっている。どうも、私を守るような行動ばかりをとっているのだ。最初はただの勘違いかと思ったが、この一週間はずっとそれを注視しながらやってきたのだ。間違いない。

 

 ……そして。なにより。

 

 一週間前のあの日から、雪音はレイが纏う雰囲気にどうしようもなく不安と焦燥を掻き立てられている。

 それは、一年前に彼女が見せたもの。

 仲間を失い、守るべき人々を見捨てて私達だけで逃走の旅路を突き進んで。結果、彼女の目の前でユイが消えた時のような。疲弊しきって、絶望しきった表情と雰囲気。

 そしてそれを押し隠すために、レイはその時もつくりものの笑顔をずっと張り付けていた。私を心配させないようにと。

 その時のレイと、今のレイ。二つのレイが、雪音には重なって見える。

 

 静かに目を閉じて、ゆっくりと息を吐く。

 意を決したように目を開き、メニュー画面を開いてサーバー内の地図を呼び出す。平面の地図の一点を拡大し、そこに赤点のマークを付ける。商店街の外れにある、何の変哲もない屋上つきの小さなマンション。

 その赤点を睨んで、雪音は心の中で呟く。

 

 ……今度こそあの子(レイ)を助けたい。あんな思いはもう二度と御免だから。

 

 

 

  †

 

 

 

 自宅に戻ってから私服に着替えてサーバー内の高崎の街に出ると、既に日はかなり傾いていた。

 悩みに悩んだ挙句結局全身黒系の服になってしまったことを頭の片隅で感じつつ、雪音はオレンジ色に染まる世界の中をあえて徒歩と電車で移動する。転移(テレポート)を使用すれば一秒もかからない距離だが、心の準備がどうしてもできず、こうやってあえて時間をかけて目的地へと向かっていた。

 

 電車の中で悶々と考えたのは、レイのことについてだ。何故、あんなにも私のことを避けているのか。どうして、あんなにも私のことを守るような戦闘を行うようになったのか。

 いくら考えてみても、やはり結果は同じ。何も分からないだけ。

 あんな作り笑いをする理由も全く分からず、雪音の心には黒い泥のようなものが日に日に重くなっていく。

 それになにより。このままあの子(レイ)を放置していると、何か致命的なことが起こりそうな気がして。直感めいた不安と焦燥に、雪音は心を常に揺さぶられていた。

 

 ……だから。今日こそは。

 

 そう心に決め、意を決してたどり着いた新町駅で電車を降りる。周囲の和気あいあいとした人ごみをくぐり抜け、改札を通って駅前へ。

 きょろきょろと周囲を見渡して、駅から少し離れたところに金色の髪を三つ編みハーフアップに()わえた少女を発見する。黒い半袖のTシャツに、膝丈の緑色のカーゴパンツ。黒いスニーカーは自分と同じもので、雪音は少し嬉しくなる。

 雪音に気づいたレイが、この一週間でよく見た作りものの笑みを浮かべて手を振ってくる。同じく作りものの笑みと返事を返して近寄り、

 

「じゃあ、行こっか」

 

 レイのその一言にこくんと頷き、二人で手を繋いで一緒に出店が立ち並ぶ商店街へと入っていく。もうすぐ二百周年に差しかかるこの祭りは、どうも出店の種類は昔からほとんど変わっていないらしい。射的や金魚すくいといった遊ぶものから、リンゴ飴や焼きそば、わたあめなど。どこか懐かしさを感じさせる出店の数々を、雪音とレイはお互い作りものの笑みを浮かべて回り続ける。

 

 本当はレイと一緒に回れて嬉しいはずなのに、心が全然動かない。彼女と話せて楽しいはずなのに、何も頭に入ってこない。

 心の内に渦巻くのは、この一週間でずっとある形のない不安と焦燥。そしてそれを、リセット間近のサーバーが発生させている多数の風景バグが増幅させている。

 そんな状態のまま出店を一通り回り終え、時刻は七月七日の二十時。完全に夜に染まった商店街の少し外れで、雪音は唐突に口を開く。

 

「ねぇ、レイ」

「なに?」

「この祭りって、八時半にサプライズで花火が上がるって知ってた?」

「え、そんなのあるの?」

 

 ……よし。ちゃんと食いついてくれた。

 

 横目でレイの様子をちらりと盗み見て、雪音はバッグから一枚のチラシを取り出してレイに差し出す。『八時半には、ナニカがあるかも……!?』とは書かれているが、それが『花火』などとはどこにも書かれていない。あくまで、ナニカがあると示唆されているだけ。

 

 ……けれど。

 

「これまでのループで何回も見てきたから。確実よ」

 

 緊張を笑顔の仮面で押し隠し、ちらりと平静を装ってレイの瞳を見る。……やっぱり、彼女の赤い瞳には何か別のものが見えている気がする。 

 「便利というかなんというか……」などと困惑の笑みを浮かべるレイ。それに曖昧に言葉を返しつつ、いよいよ本題に入る。

 

「それで。実は見るのに絶好のスポットがあるんだけど。一緒に行かない?」

 

 今度は視線を真っ直ぐに向けて言った。レイはちょっとの間ぽかんとしたような表情をして、それからまた作りものの笑顔を浮かべて、

 

「いいよ。行こ!」

 

 雪音はにこりと笑って頷く。手をとって歩き出す自分の心は、色んな感情がごちゃ混ぜになっていてもはやよく分からなかった。

 

 

 

 商店街の外れにある古いマンションを登って、屋上に続く扉をレイが最初にくぐり抜ける。それを見送ってから雪音も扉をくぐり、後ろ手に鍵をかける。目の前に佇むのは、新築らしい綺麗な二十階建てのマンション。

 時刻は、二十時二十八分。花火が打ち上がる直前。

 先に柵につかまったレイが、困惑した様子で花火が打ち上がる予定の方向を指さして、

 

「あれ? こっち方面で上がるんじゃなかったの?」

「ええ。そうよ」

 

 雪音は即答する。

 花火が打ち上がる場所は神流川(かんながわ)のほとり。丁度目の前に立ち塞がる大きなマンションの奥だ。

 

 ……つまり。

 

「ここからだと、あのマンションが邪魔になって花火はほとんど見えないわね」

「え……? どういうこと……?」

 

 ますます眉を下げるレイ。が、雪音はその言葉を無視して一歩近寄り、彼女の瞳を真正面から見つめて、

 

「今日は、レイと話がしたくてここに来たの」

 

 短く深呼吸をして、ゆっくりと告げる。

 

「レイ。あなた、私に何を隠してるの?」

「……」

 一瞬の沈黙。すぐに「なんのこと?」と作りものの笑みを浮かべるレイに、雪音は、

「誤魔化さないで」

 

 真剣な眼差しを向けて、雪音は鋭く一言。押し黙るレイに向けて、雪音はなるべく冷静に言葉を紡ぐ。

 

夏坂(なつざか)先輩がいなくなって悲しいのは分かるし、私も同じよ。……けれど。それにしたって、最近のレイは変よ」

「……」

「いっつも作り笑いして、戦闘の度に私を守るような戦い方ばっかりして。なのに、私には何も話してくれない」

 

 遂に、一つ目の花火がマンションの奥で上がる。闇空に火花が散り、網膜にマンションの影がくっきりと映し出され始める。

 

「私はレイの幼馴染なのよ? 記憶になくても、私とあなたはずっと一緒に生きてきたのよ? 少しぐらいは、私を頼ってよ」

 

 なるべく温和に、なるべく平静に。雪音は心の中で何度もそれを唱えて、無言を貫くレイの返答を待つ。

 場を包むのは、花火の爆ぜる音。

 

「……そっか。やっぱりバレてたか」

 

 その爆音の中で、レイはひっそりと諦めたような笑みを浮かべて呟いていた。雪音は咄嗟に沸き起こる激情を何とか堪え、努めて静かな口調で、

 

「当たり前でしょ。私は、あなたの幼馴染なんだから」

 

 紡いだ言葉は爆ぜる音に溶けて消えていく。

 たっぷりと数秒の間があって、ふと、レイは、

 

「……全部、()えちゃったんだ」

 

 と。全てを諦めたような声音で告げていた。

 「え?」と言う雪音の前で、レイは痛みを押し隠した笑顔で続ける。

 

「ここに来までの五年間の記憶、全部思い出したんだよ」

「なっ……!?」

 

 絶句した。

 ……ここに来るまでの五年間の記憶。それは、つまり。

 

()、誰も守れなかったんだね。仲間も民間人も見捨てて、雪音とユイだけを守ろうって決めてたのに」

「ち、ちが……っ!?」

「違わないよ」

 

 静かな、凪いだ声。

 

「僕は仲間と民間人を見捨てて、なのに(ユイ)は守れなくて。雪音にはすっごく辛い思いをさせちゃった。……それでその後は、僕のせいで雪音が危険な戦場に出ることになっちゃった」

「ち、違う! 私は、私の意思で、」

「じゃあ、僕が死んでなくても雪音はあそこ(戦場)にいたの?」

「それは、」

 

 勢いで言いかけた言葉が、自分の冷静な部分に止められていた。

 

 ……違う。私は、レイが死ななかったとしてもあそこに――

 ……本当にいたのか?

 

 戸惑う雪音に、レイは悲しげな笑みを向ける。

 

「ごめん。今のは少し卑怯だったね。……でも、それが今の状況なんだ」

 「だから」と、レイは一歩こちらに歩み寄る。

「本当はね、僕は雪音に今すぐ軍を辞めて欲しいんだ」

「……え?」

 

 予想外の言葉に思考と動きが一瞬硬直する。そんな間にも、レイはまた一歩こちらに近づいて、

 

「僕はちゃんと一から訓練を受けた軍人で、雪音は元々は普通の民間人だ。僕が何もしてなかった間は戦ってたとしてと、君は守られるべき人間なんだよ。本当は、雪音が戦う必要なんかないんだ」

 

 レイは戸惑う雪音の手をとり、両手で雪音の右手を握り込んで告げる。

 

「今度は絶対に守ってみせる。……だからさ、雪音はもっと安全な場所に居て欲しいんだ」

「……」

 

 対する雪音の答えは――沈黙。顔を伏せる雪音に、レイは少し困ったように笑って、

 

「まぁ、今すぐ答えてくれるようなものだとは思ってないから。……けど。少しだけ、考えて欲しいな」

 

 そう言って手を離し、レイは雪音の後ろへと通り過ぎて行く。ガチャりと施錠された扉を開こうとする音が一度して、

 

「じゃあ、またね」

 

 それだけ言い残すと。レイは転移(テレポート)の残滓だけを残して掻き消えた。

 花火がラストスパートの閃光と爆音を撒き散らす中、雪音は一人残された屋上で唇を噛む。

 

 ……私は。とんでもない思い違いをしていたんだ。

 

 何が『レイが何を悩んでいるのか分からない』だ。記憶が戻ってる可能性を考えれば、レイの思っていたことなんてすぐに分かっただろうに。

 恐らく今のレイは、責任感と大切な人を『二度も』目の前で喪ったという事実に押し潰されそうになっている。

 仲間と民間人を見捨てたことと、電子上であったとしても生き残ったからには生きなければならないという強い責任感と義務感。

 そしてそれに反するように生じているであろう、辛い現実に打ちのめされた絶望と悲嘆。

 生きなければという気持ちと、もう生きたくないという気持ち。その二つで、レイはずっと葛藤していたのだ。

 

 そんな中で、レイは私を『大切なモノ』の一つとして選んだのだろう。そしてそれを失いたくないからと、私に『戦わないで欲しい』と告げた。

 私と同じ。大切だと思っていたのが、いつの間にか依存と妄執にすり変わっていく。

 どうすれば正解なのだろうと思う。

 レイの依存を受け入れて軍を退くのか、それとも己の意志を――レイを守るという意志を貫いて彼女に不安を抱え続けさせるのか。

 どちらも正解なようでいて、間違っている気もする。

 答えは、すぐにはでない。

 

 ……けれど。ずっと持っていた意志が揺らぎ始めたのは、確かだった。

 

 

 

  †

 

 

 

 そしてその日の二十四時を境に、サーバー内の高崎市は四月八日の午前七時へと巻き戻った。

 自宅の窓から見える景色は、桜の舞い散る青空だった。

 

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