壊れた世界と忘却の星 〜幼馴染がオススメするVRMMOがなんかおかしい〜   作:暁天花

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最終話 二人が目指す先

 〈(ネスト)〉の中は、異様としか言いようのない世界だった。

 前後も左右も上下も、見渡す限りの全てには色を反転させたような黄色の混じった白色の空が広がり、それを背景にして漆黒の星々が煌めいていた。所々に漂うのは、廃都市の残骸らしきコンクリートとガラスの巨大な欠片。そのいずれもが青みがかった黒と白に染まっていて。恐らくこれも色が反転しているのだろうと脳の冷静な部分が告げている。

 

 ……〈(ネスト)〉の中に入ったのは、今回が初めてだけれど。

 

 まさか、こんなにも異様な世界が広がっているとは思わなかった。

 白黒の星空に圧倒される雪音の隣で、レイが静かに吐き捨てる。

 

「やっぱり、重力の方向は狂ってるね」

「え?」

 

 突拍子のない言葉に雪音が驚いて視線を向ける。レイは手元に小さな石ころを生成し、

 

「まぁ、見てて」

 

 そう言って石を投げ放った。石は彼女の手を離れ、放物線を描いて外へと飛んでいく。そのまま衝撃波を防ぐ量子場の壁を抜け――

 

 ――抜けた途端、石が()()()()()()()()()()

 

 『え……?』と目を見開く雪音の隣で、レイはメニュー画面を開いて何かの操作をしながら、

 

「私達の周囲は量子状態をある程度固定させることで何とか普通の状態に保てるけど、それ以外の空間は状態がめちゃくちゃで重力も物理定数もおかしな方向に折れ曲がってるんだよ」

 

 そこで彼女の視線が雪音とぶつかる。レイは少し呆れたように笑って、

 

「ほら、雪音も早く設定変更して。じゃないと攻撃なんも当たんないよ?」

「え? あ、ええ」

 

 呆然から何とか立ち直り、雪音は事前ブリーフィングで聞いた通りにメニューを開く。特殊コードを入力して設定画面を開き、システムの状態を『通常』から『〈(ネスト)〉』へと変更。直後、頭にズキリと痛みが走った。

 初めて感じるシステム変更の『負荷』を堪え、やっと生まれた心の余裕を感じながら改めて周りを見回す。そして、それでようやく気がついた。

 

「……あれ? 〈ODEE(オーディー)〉は?」

 

 二人が今居る空間は、〈ODEE(オーディー)〉の本拠地たる〈(ネスト)〉だ。そのはずなのに、色の反転した星空の空間には一匹足りとも〈ODEE(オーディー)〉らしき影は見えなかった。

 唯一、空間の中央に(そび)える極彩色(ごくさいしき)の装置のようなものだけが静かに佇んでいる。それを見つめる視線に、レイはほんの微かに面白がるような笑みを浮かべて、 

 

「今雪音の見てるやつこそがこの〈(ネスト)〉を作った張本人、今ここに居る唯一の〈ODEE(オーディー)〉だよ」

「……え?」

 

 一瞬だけレイに視線を向けて、驚きとともに再び視線を目の前の極彩色に合わせる。視界を拡大して極彩色を大映しに捉え、システムを起動してその構造体を詳細検索にかける。

 果たして、答えとして出てきたのは《〈ODEE(オーディー)光天神(ヘリオス)型》の文字だった。 

 

「……ホントだ」

 

 と呟きをもらす雪音。その横で、レイは真剣そのものの表情で目の前の極彩色を睨みながら、

 

「〈(ネスト)〉の中は基本的に〈ODEE(オーディー)〉の領域だからね。普段僕達が見てるものとは全然違ったりするんだ」

 

 そこでレイは深く息を吐き、刹那目を閉じる。再び開いた真紅の瞳には、二年前と同じような光が灯っていた。

 自分の全てを投げ打ってでも敵を倒すというような、危険な決意の光。

 その瞳を見た瞬間、雪音の心は自然と一つに定まっていた。彼女と同じく決意の色を瞳に湛え、雪音は目の前に佇む《光天神(ヘリオス)型》を睨む。

 

 形容しがたい極彩色の体は、上半身は人型、下半身は西洋竜(ドラゴン)のような形状をしている。両手にはそれぞれ目を()くような真紅の三叉槍(トライデント)を胸の前で交差して構え、角のようなものが生えた頭部の瞳は固く閉ざされている。背後に悠然と揺らめく三対(さんつい)の翼は、原色の鮮やかさはそのままに絶えず変色し続けていた。

 

 意図的に醜悪に書かれた宗教画のような、神々しさと禍々しさを同時に兼ね備えた堕天使。そんな言葉が脳裏に浮かんでは消えていった。

 一瞬だけ目を瞑ってその思考を断ち切り、雪音は脳内に常駐している〈CPCAS〉に指令を送る。

 

 【〈電磁場加速砲(E M F - A G)〉照準。《光天神(ヘリオス)型》】

 

 拡大された視界に赤い四角が表示され、ロックオンされたことを示すメッセージと共にその赤色が固定される。右手に持つ〈電磁加速銃(レールガン)〉を構え、架空の砲身と同じ位置へと照準。

 ほんの一刹那だけ、レイと視線を交わして。

 

 

 ――直後。二人は同時に三つの光線を撃ち放った。

 

 

 計六つの光条が一つの位置――システムの弾き出した《光天神(ヘリオス)型》の心臓へと殺到する。真っ直ぐ直進する光の帯は、しかし天使の直前に現れた『壁』によって案の定全てを防ぎ止められる。が、それは二人にとっても想定内。

 光線の集中砲火によって『壁』にヒビが入るのを、既に突撃を開始した二人の瞳が捉える。

 右手の〈電磁加速銃(レールガン)〉を消去し、余った演算リソースを全て左手の細剣(さいけん)へと振り向ける。

 その処理を行ったことを示すシステムメッセージが脳内に流れ、細長い光の刃が緑色から銀青(ぎんせい)へと変化。網膜に表示されている『斬れ味』を示す数字が、爆発的に上昇する。

 

 同じく銀青(ぎんせい)色に煌めく剣を視界の端でもう一本捉え、すぐさま視線と意識を目の前へと戻す。細剣(さいけん)()に右手を添え、刺突の体勢を整えて。

 直後、二つの蒼銀(そうぎん)が『壁』に生じたヒビに突き立った。

 拮抗は一瞬、ヒビ割れは即座に全体へと伝わり、数秒と経たずにガラスが砕け散るような音と共に崩落。極彩色の堕天使と二人を隔てる防壁が跡形もなく消滅する。

 

 それとほぼ同時に、《光天神(ヘリオス)型》が動く。 

 固く閉じられた瞳に極光が灯り、数秒の後に雪音とレイの居る空域へと真っ白な光線が突き刺さる。が、その頃には二人は既に左右に散開している。

 二人は最大加速で巨大な《光天神(ヘリオス)型》の左右へと駆け抜ける。堕天使の雄大な羽根から幾数(いくすう)もの光の球が形成され、直後それらは二人を追う光線となって襲いかかる。雪音は咄嗟の判断で脳内に武装を連想し、

 

 【〈位相転移領域(フェイズシフト・フィールド)〉起動。範囲:2 位置:後方】

 

 新しい〈量子兵装〉が起動したのを脳内に流れるシステムメッセージで確認し、雪音は振り返りざま右手に現れた光の短剣を投げ穿(うが)つ。原子の位相――つまりは『位置』をほんの少しだけずらした領域を設定し、そこに反物質と同等の空間を形成する、敷設型の新たな〈量子兵装〉だ。

 

 刃は誘導ミサイルのような軌道で迫り来る光線の集団へと突き立ち――その瞬間、刃と光線の空域が激しい閃光に煌めいた。

 少し遅れてガラスの割れるような轟音が周囲に響き、同時に沸き起こった衝撃波が雪音の髪を激しく揺らす。その光が収まるのを待たずに雪音は跳躍。迫っていた光線が残らず相殺されているのを視界の端に捉えつつ、左胸からナイフを一本引き抜く。

 

 【〈光量子投擲剣(ルクス・シーカ)〉起動。消去範囲:2】

 

 それと同時に、左右に滞空していた〈電磁場加速砲(E M F - A G)〉の透明な砲身を目の前の一つへと統合。重ね合わせで威力と性能が倍加(ばいか)した砲身を、別のプログラムで延伸(えんしん)する。

 限界まで電子を纏った架空の砲身から紫電が散り、バチバチと音を立て始める。爆発的な磁場が時空を歪め、眼前の景色を揺らめかせる。その傍らで〈CPCAS〉の機能の一つを展開し、照準に何重にも重ねた補正をかける。

 

 ……これで、外す心配はなくなった。

 

 眼下ではレイが〈電磁場加速砲(E M F - A G)〉と〈電磁加速銃(レールガン)〉を斉射し、《光天神(ヘリオス)型》から放たれる光の槍を圧倒的な予測回避と旋回軌道で(かわ)し続けている。どうやら雪音の意図は既に通っているらしく、彼女は戦場を縦横無尽に駆けながらも雪音の射線には一切入ってこない。

 

 ……短く、一息をついて。

 

 雪音は右手で煌めく光のナイフを、紫電の散る透明な砲身へと投げ入れた。

 電磁場の砲身が青銀(せいぎん)のナイフを絡め取り、暴力的なローレンツ力に晒されて超加速。〈CPCAS〉の補正を持ってしてもそのが視認できなくなる程の速さを獲得する。

 青銀(せいぎん)の光は一秒と掛からずに電磁場の砲身を脱し、眼下に佇む極彩色の堕天使――《光天神(ヘリオス)型》の胸部へと軌跡を描いていく。

 敵の意識はレイにあり、こちらからの攻撃は一切の想定がなされていない。

 

 光速の刃は修復されかけていた『壁』を容易く貫通し、全く速度を落とすことなく堕天使の無防備な胸部へと突き立つ。瞬間、刃が纏っていた反物質が大規模な対消滅を開始。《光天神(ヘリオス)型》の身体を片っ端から食い荒らしていく。

 

『ちっ……!』

「なに……!?」

 

 対消滅の光が辺りを()き尽くす中、二人の耳には形容しがたい音が入り込んで来る。思わず呻きの声を上げつつも、集中は絶対に切らさない。

 時間差で暴力的な衝撃波が巻き起こり、それを二人は最大まで強化した対衝撃波用の量子場でもって防ぎ止める。が、それでも防ぎ切れない強風が中へと入り込んできて、雪音の髪を激しく揺さぶる。あまりの強さに一瞬目を瞑り、再び開けると、

 

 

 ――眼前に、《光天神(ヘリオス)型》の放つ多数の誘導光線が迫って来ていた。

 

 

 反射的に〈量子盾(クオンタム・シールド)〉を起動し、すぐにそれが悪手だったことを理解する。出力強化で光線を防ぐことは可能になったとはいえ、所詮は対単体用の盾だ。いくら重ね合わせたとしても、この量の光線を防ぎ切ることなど到底できはしない。

 

『雪音っ――!?』

 

 通信機の向こうからレイの悲鳴にも似た声が聞こえてくる。眼前に多重起動した光の盾が生成され、片っ端から光線に砕かれて散っていく。

 真反対からレイがこちらに来ようとして、同じ《光天神(ヘリオス)型》の誘導光線に進路を遮られる。それでも諦めずに三門の電磁加速砲を撃ち放つが、それらは彼女に殺到する光線に接触して対消滅の光を散らす。

 レイからの援護は期待できない。目の前には視界を埋め尽くす光線の群れ。 

 

 昔の自分なら、恐怖と諦観に駆られて立ち止まり、目を瞑っていたのだろうなと雪音は思う。

 

 ……けれど。今の私は違う。自分の身は自分で守る、その力がある。

 

 感覚強化とアドレナリンで限界まで引き伸ばされた時間の中、雪音は落ち着き払った瞳で目の前の光を見る。無数に煌めく極光の槍に、いとも容易く破砕されていく青銀色(せいぎんしょく)の光の盾。

 しかし、その光の盾は崩れ去る度に光線を一つ消し飛ばし、僅かながらに光線の速度を削ぎ落としていく。一つ盾が崩れる度に時間の猶予が増加し、そして今の雪音の脳内とコンピュータのリソースは、まだ十分に残っている。

 

 ……つまり。まだ打てる手は残っている。

 

 一息に〈電磁加速銃(レールガン)〉を解除して右手を空に掲げ、脳内に武装のイメージを思い描く。

 脳内で読み上げられるシステムメッセージを即座に消去し、その手に光のナイフが出現するのを黒色の双眸が捉える。頭上に展開されていた二つの〈電磁場加速砲(E M F - A G)〉を目の前で一つに統合し、透明な砲身に紫電が散り始める。

 遂に最後の光の盾が崩壊し、無数の光線が雪音に迫る。その光を真っ直ぐ見つめて、雪音は胸中で呟く。

 

 ……私はもう、ただ守られるだけの存在じゃない。

 

 直後、紫電の砲身に光のナイフを投擲(とうてき)

 確認を待たずして使用した砲身は半ば暴走気味に紫電を散らし続け、余剰の電気を嵐のように撒き散らす。その中心で光のナイフが超加速。雪音の視界から掻き消えて光線へと突き刺さる。

 刹那、雪音から少し離れた場所に反物質と同等の性質を持った領域が出現。それに触れた光線が片っ端から対消滅を起こして掻き消えた。

 

 システムに視界を補正させて光の影響を遮断し、衝撃波の真っ只中を突き進む。極光の(とばり)を斬り裂いて、刃が一閃。対消滅で(えぐ)れた《光天神(ヘリオス)型》の胸部に、蒼白の刃を突き立てた。

 肉とも金属とも似つかないものを斬る感覚が腕に伝わってくる。構わず振り抜き、上から光線が来るのをシステムが警告。瞬時に後ずさった直後に、元いた位置に二条(にじょう)の光線が突き刺さる。

 それを見ながら一度後退し、雪音はレイの隣に舞い降りる。

 

「雪音……」

「私は、レイと一緒に生きたいの」

 

 極彩色の堕天使を見据えたまま、雪音は断固とした声音でレイの言葉を遮る。

 

「あなたに守って貰っても、レイが居なくなるなら私がここに居る意味がない。私があなたを守るために消えても、それはレイを悲しませるだけだって分かった」

 

 私を守るために、レイは私に『戦わないで欲しい』と告げた。

 そして私は、今度こそレイを守るためにと全てを賭けようとしていた。

 けれど。それはどちらも一年前と同じ構図だ。片方を守るために、もう片方が命を賭して戦う。それではダメなんだと、ようやく分かった。

 互いが互いを想う心が行き着く先に、どちらかの犠牲などあってはならない。

 

 ――だから、と。雪音は決意を込めるように一度深呼吸をして、告げる。

 

「私は、レイと『一緒』に居たい。一緒に戦って、一緒に生きて。一緒に笑い合う未来を進みたい」

 

 脳内に次の兵装を想起しながら、雪音は隣へと視線を向け、

 

「……レイは、どうなの?」

 

 返ってくるのは沈黙。レイは苦悩するように視線を右往左往させ、武器を持った両手を更に強く握り締める。たっぷりと数秒の間、レイは迷う素振りを見せながらも、

 

「……ボクも、雪音と一緒に生きたい」

 

 と。今にも消え入りそうなか細い声で呟いていた。

 互いの想いが同じなことに安堵と嬉しさを感じつつも、今はその時ではないと雪音は感情に蓋をする。自然と上がる口角を何とか抑え、深呼吸をしながら視線を再び目の前へと向ける。

 そこに居るのは、攻撃の余韻からようやく体勢を整えたらしい極彩色の堕天使――《光天神(ヘリオス)型》の姿。自分達の未来を阻む敵。

 再度二つに分割した〈電磁場加速砲(E M F - A G)〉の砲口をそいつの胸元へと照準し、雪音は努めて明るい口調で、

 

「じゃあ、まずは私達の『未来』を切り拓かないとね」

 

 言った隣で、レイがこくりと頷く気配。一瞬だけちらりと彼女を見やり、それきり思考を目の前の戦闘へと切り替える。ここから先は《光天神(ヘリオス)型》の心臓を破壊する作業だ。一瞬の油断が即、消滅に直結する。

 閉じられた瞳に二つの光球(こうきゅう)が煌めき、背後で羽ばたく三対(さんつい)の翼から無数の光が解き放たれる。それらの一切が二人の眼前へと迫り、視界を白く染め上げる。

 

 システムの補正で視界を戻しつつ、二人は〈電磁場加速砲(E M F - A G)〉に量子相殺(QE)弾を装填。ギリギリまで接近するのを見計らって、計四門の砲弾を撃ち放った。

 電磁場によって加速された砲弾が光線の集団に打ち込まれ、そのうちの一つが砲弾と対消滅を開始。巻き添えを食らった他の光線が、ありとあらゆる妨害を受けて射線をねじ曲げられる。

 

 その光景を頭が認識するよりも早く、二人は別のシステムを起動。

 今度は右手に光のナイフが二本形成され、それを左右に佇む透明な砲身へと投げ入れる。消しきれなかった光線が眼前にまで迫る。だが、二人はその場を微動だにしない。

 保有できる電気量を超えた砲身が紫電を散らし、超加速された光のナイフがそこから弾き飛ばされる。それらはコンマ一秒と経たずに迫り来る光線と接触。位相をズラされた空間によって、光線の全てが一瞬にして掻き消える。

 

「レイ!」

「雪音!」

 

 互いの名を呼び合い、それを合図にして二人は加速を開始。補正を施してなお純白に染まる視界の中を、真っ直ぐに直進する。

 

 【〈光量子剣弐型(ミストルテイン)〉の出力を三〇〇パーセントにブースト】

 【容量不足。対衝撃波用量子場の強化を四〇〇パーセントから二〇〇パーセントへと変更】

 

 システムメッセージが聞こえると同時に左手の細剣(さいけん)がより一層蒼白(そうはく)に煌めき、『斬れ味』を示す数値が更に跳ね上がる。その代償として弱化した量子場が、衝撃波と向かい風を防ぎ切れずに髪と軍服を激しく揺らす。

 白光(はっこう)を斬り裂いた先には、球形に抉れて露出した《光天神(ヘリオス)型》の心臓。全長三メートルほどの、七色に煌めく正八面体。

 

 雪音は左手の細剣(さいけん)を、レイは刃幅(ははば)のある剣を両手で構えて突撃する。危機を感じたらしい、《光天神(ヘリオス)型》が中途半端な出力で光線を射出する。

 

「これは私が!」

 

 言って雪音は〈量子盾(クオンタム・シールド)〉を多重展開。迫る光を纏めて全て防ぎ止め、二人の進むべき道を確保する。

 彼女の前を進むのは、剣と翼を最大まで強化したレイの姿。

 遂に到達した蒼銀(そうぎん)の刃が《光天神(ヘリオス)型》の胸部に斬り込まれ、心臓付近で修復されていた肉体を完全に断ち切る。

 

 全貌が(あらわ)になった七色の正八面体は、まるでこの世の美しさの全てを結集したような美しさで。雪音は息を飲む。

 が、それも一瞬のこと。最後の足掻きに放たれた光線が、咄嗟に防壁を展開していたレイを対消滅の衝撃波で吹き飛ばす。

 眼下に()()()()()()()レイを捉えながらも、吶喊(とっかん)の足は決して止めない。

 

 もはやまともな火力になっていない光の弾幕を一息に駆け抜け、蒼銀に煌めく細剣(さいけん)を両手で構え。

 《光天神(ヘリオス)型》の心臓たる七色の正八面体に突き立てた。

 

 

 ――刹那。何重ものガラスが砕けるような音と共に、視界が真っ白に覆い尽くされる。

 

 

 ――そして次の瞬間、耳を(つんざ)くような爆発音が鳴り響いた。

 

 

 

  †

 

 

 

 その時、高崎の〈(ネスト)〉攻略作戦に従事していた全ての人間が、それを見た。

 〈(ネスト)〉を構成する形容しがたいモノが急激に収縮し、再び急拡大する様を。

 表面が完全な球体へと変わり、表面が真っ白に輝く様を。

 

 

 ――そして、全ての人間の目を()くような極光が、大音響を鳴らして朝焼けに染まる空と視界を埋めつくす様を。

 

 

 

  †

 

 

 

 視界が戻って来ると、そこには朝焼けの空が広がっていた。

 雲一つない朝日の空には、闇空から朱色へと移り変わる綺麗なグラデーションができていて。その中を、先程まで滞空していた街の残骸が大きな音を立てて地面へと激突していく。

 西の地平線に広がる廃都市には、至る所で動きを止める〈ODEE(オーディー)〉が点在していて。それらを無数の航空機とヘリが撃破し回っていた。

 

 ……〈戦場ヶ原〉の部隊は、東からの攻勢を掛けていたから……

 

「あれ、〈諏訪湖底(すわこてい)〉サーバーの軍なのかな?」

「……そうなんじゃない?」

 

 レイの言葉に、隣で雪音がぶっきらぼうに答えてくれる。が、その声音には、『他のサーバーが生きていた』という事実に対する嬉しさが滲み出ていて。ちらりと隣を盗み見ると、そこには無自覚に口角を上げる雪音の姿があった。

 軍服の裾はめちゃくちゃに折れ曲がり、綺麗な濡羽色(ぬれはいろ)の黒髪は風に吹かれてボサボサになっている。けれど。西空を見つめる黒瞳(こくとう)は、希望に煌めいていた。

 

 そんな姿にレイは小さく笑みを浮かべようとして、すぐさま既に自分の口角も上がってしまっていることに気づく。

 ……どうやら、自分も自分で抑えきれないぐらいの笑みが表情に出てしまっていたらしい。

 

『――月咲(つきさき)! ステラフォード! 聞こえるなら返事をしてくれ!』

 

 突然、通信機から切羽詰まった少年の声が届く。

 二人は一瞬素に戻って目を見合わせて。それから一緒ににこりと笑うと、通信機に向かって、

 

「こちら月咲(つきさき)、大丈夫です。生きてます」

「こちらステラフォード。ボクもちゃんといるよ」

『……! ……よかった。二人とも無事か』

 

 安堵の息を吐く恭夜(きょうや)先輩に、二人は「はい」とそれぞれに応える。雪音は右手を顎に当て、

 

「えっと……確か、この後は一旦みんなと合流して〈諏訪湖底(すわこてい)〉サーバーとの通信確立を待つんでしたっけ?」

『あぁ、それなんだが、どうもあっち側との通信確立が思いのほか掛かるらしくてな。先に〈諏訪湖底(すわこてい)〉サーバー側との共同掃討作戦に移行するらしい』

 

 はぁ、と深々としたため息が通信機越しに聞こえてくる。

 どうやら、流石にそこまで上手くはいかなかったらしい。とはいえ、三人全員無事なだけで奇跡みたいなものなのだ。仕方がないとレイは思う。

 

 『だからだな、』と恭夜(きょうや)先輩は前置きして、一つのファイルを二人に送り付けてくる。開けてみると、中身は天空(あまそら)司令から発せられた緊急指令書だった。

 それを読み進める二人の耳に、恭夜(きょうや)先輩の声が届く。

 

『お前ら二人には、一足先に〈諏訪湖底(すわこてい)〉サーバー側と接触して交友関係を構築してもらうことになった。んでもって、そこで残存〈ODEE(オーディー)〉の掃討作戦の話をして、実行できそうならやるって感じだ』

「了解です」

「りょーかい」

『ホントは俺が行くべきなんだが、こっちはこっちで色々やることが多くてな。すまん』

 

 そう言って通信が切断される。

 残された静寂の中で、レイはふぅと息を吐く。

 

 ……これで、直近の最大の危機は去った。最も近くに存在していた〈(ネスト)〉は破壊され、隣の軍事サーバーという強力な味方を得た。〈戦場ヶ原〉サーバーの人々が目指し続けていた希望は、無事に切り拓かれた。

 ……そして。自分も雪音も、生きてこの未来に辿り着けた。それが何よりも嬉しかった。

 

 ここまで来るのに、レイは大勢の人を見殺しにして、沢山の仲間を見捨ててきた。最愛の(ユイ)も助けられなくて、一度はこの命を失った。

 

 ……けれど。今、自分はここに居る。雪音という最愛の人に望まれて、確かに存在している。

 

 もしかしたら、自分は本当は居ていい存在じゃないのかもしれない。あの時に死んだ自分こそが、『本当』の自分なのかもしれない。

 でも、それでもいいんだとレイは思う。

 今の自分を、必要だと言ってくれる人がいる。

 今は、それに甘えようと思う。

 

「――よし」

 

 呟き、レイは雪音の前に進んでくるりと振り返る。わざとらしく片目を閉じて、手を差し出して、

 

「――行こ、雪音」

「……」

 

 ……が、雪音はレイの手を見つめたまま、微動だにしない。

 

「雪音……?」

 

 その様子に不安な表情を作りかけ――

 

「違う」

 

 そう言って雪音はレイの隣に進み出てくる。唖然とした表情をつくるレイの隣で、雪音はレイの手を取って反転。二人で手を繋いで、西に向く格好になる。

 

「……え?」

 

 意味が分からず困惑するレイ。そんなレイの様子を見て、雪音はふふっと笑い、

 

「私達は、『一緒』にいくの。だから、隣同士で」

「……そういうことか」

 

 『一緒に』なんだから、先導(エスコート)されるのは違うということなのだろう。

 彼女らしからぬ仕草にレイは思わず笑ってしまう。遅れて自分のやったことが意味することに気がついたらしく、雪音はあからさまに視線を逸らしていた。 

 ひとしきりレイが笑ったあとで、 

 

「じゃあ、行きましょ?」

 

 と、視線を向けて少しいたずらっぽく雪音が言う。レイは微笑みながら「うん」と頷くと。

 

 二人は光の翼を煌めかせて、朝焼けの空へと飛び立った。

 

 

 

 

(完)

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