壊れた世界と忘却の星 〜幼馴染がオススメするVRMMOがなんかおかしい〜 作:暁天花
「やー、あんなに威力出るとは思わなかったよ」
遠征戦闘
「まぁ、『陽電子』って要は反物質だからね。物質がそっくりそのままエネルギーになる訳だから、そりゃああなるわよ」
「ごめん。何言ってんのか全然分かんないや」
「……とにかく。
左手で右腕を掴んで、雪音がなんとも言えない表情を浮かべて肩を竦める。
「だからみんな使ってなかったんだねぇ……」
そう言ってレイは左腕があった場所を感慨深げに触る。さっき使った拳銃――正確にはその弾丸だった〈陽電子弾〉だが――の反動によって、レイの左腕は吹っ飛んでしまった。ゲームだから特段痛みなどはないものの、やはりこう……さっきまであった自分の部位が欠損しているのはそこそこ大きな違和感がある。
レイはぐるりと三人を見回して、
「このゲーム、受けたダメージって回復しないんですね」
そんなことを呟いていた。雪音も陽花先輩も恭夜先輩も、レイ程の欠損はないにしても大小様々な傷が至る所に見えている。特に、陽花先輩はお腹あたりの軍服が派手に消失していた。
その視線に気づいたのか、陽花先輩はあはは、とお腹を片手で隠す素振りをみせて、
「別に回復しないって訳じゃないよ。ただ、〈
「まぁ、時間が経てばちゃんと治るから心配すんな。お前の左腕もこいつの軍服も、ほっとけば勝手に治ってるから」
ちらりと恭夜先輩が陽花先輩に視線を向ける。気づいた陽花先輩は慌てたように両手でお腹を隠して、
「こ、こっち見ないでよ!?」
と、顔を赤めて恭夜先輩を睨みつけていた。
恭夜先輩は意地悪な笑みを浮かべ、
「わかったわかった」
と言って視線をそっぽに向ける。口元に浮かんだ笑みが全く隠しきれていない。
……なんというか。学校でも
「……陽花先輩、もしかして肌出すの苦手なんですか?」
「…………」
あ、目逸らした。
いつもの快活な雰囲気からは想像もつかないほどにいじらしい言動に、レイは心がほっこりするのを感じる。
まさか、陽花先輩にこんな弱点があっただなんて。
「と、ともかく!」
陽花先輩はわざとらしく大きな声を出し、
「これで今回の
そう言って片手でメニュー画面を開き、
「じゃあ、またね!」
一方的に言い捨てて。陽花先輩はすぐにログアウトしてしまった。
嵐に取り残された三人はしばし呆然として。
「……結構かわいい人なんですね」
レイはそんなことを呟いていた。
「まぁ、元々あんなポジションに居るような柄じゃないしな」
「あんなポジション?」
「あー、ステラフォードは知らないっけ。夏坂が天体観測部の部長なの」
「え、陽花先輩が、ですか」
レイは驚きに目を見開く。てっきり、体育会系の部活をやってるものだと。
「それも友達に誘われて、だそうだけどな。この部活なら肌を出すこともなさそうだったからいいかなって、なし崩し的に入ったらしい」
「それで、あれよあれと気がついたら部長になってた……って感じですか」
「そんな感じ。丁度夏坂が休んでる間に決まった」
恭夜先輩が苦笑をもらす。恐らく、誰もやりたがらなかった結果なのだろうと容易に想像ができた。
「じゃ、俺もそろそろ落ちるよ」
そう言って恭夜先輩はメニュー画面を開き、ログアウトボタンを押して、
「またな」
「はい。お疲れ様でした」「お疲れ様です」
瞬間、恭夜先輩は光の粒子となって掻き消えた。
レイもメニュー画面を開き、脳内のカーソルをログアウトボタンへとセットして、
「じゃあ、ボクも落ちるね」
そう言って、真正面から雪音に目を合わせる。相変わらず綺麗な
「また明日、雪音」
「ええ、また明日」
互いに頷き合い、レイはログアウトボタンを押す。
直後、レイの意識は数式の海に落ち込んだ。
†
達成感と幸福感に包まれながら、レイは現実世界で目を開ける。耳に入ってくるのは外で降りしきる雨音と、時折轟く雷鳴の音。部屋は電気を消していたせいか、想像以上に暗くなっていた。
とりあえず電気をつけようと思い立ち、左手をついてベッドから出ようとして――
予想外のことに、レイは思わず自分の左腕へと目を向ける。
そして。飛び込んできた光景に絶句した。
「……え?」
視線の先。そこに、
肩から先の腕は綺麗さっぱりなくなり、断面からは緑色の燐光が見えている。まるで、そこだけポリゴンが欠損しているかのように。
より一段と轟く雷鳴が、混乱する思考を強引に断ち切る。明滅する外に思わず目を向けて、
「……は?」
更なる混乱が、レイの思考を支配した。
窓の外。灰色の空だったはずのそこには、
ごくりと唾を飲み込み、
「どう……なってるの……?」
掠れた声で呟いていた。
やけに喉が渇く。思考が混乱に支配されていて、何一つまともな考えが浮かんでこない。無意味な問いばかりが脳内をぐるぐると回っていた。
「そ、そうだ! 雪音なら……!」
雪音なら、これが何なのか分かるかもしれない。縋るような思いでレイはポケットから携帯を取り出し、右手でロックを解除。震える指でなんとか電話を繋ぐ。
三コール目で、雪音は出た。
「ゆ、雪音!」
――これ、どうなってるの?
そう問う前に、雪音は、
『
と、聞いたことのない冷たい声で言い放ち、
「……え?」
返事をする間もなく、電話は即座に切断された。
レイは耳に携帯を構える格好でしばらくの間呆然とし。小さく、一言。
「……な、なんなのさ……?」
自分でもびっくりするほど震えた声が、雷雨の中に消えていった。
†
緑色の豪雨の中、レイは右手で傘をさして
もしかしたら、みんなこの緑色の雲と雨を怖がって引きこもっているのかな、とレイ頭の片隅で思う。
そんな人気のない町並みを抜け、
……それが雪音だと分かるまでに、少し時間がかかった。
「……っ! 雪音!」
咄嗟に大きな声がでて、レイは駆け寄る。彼女が着ているのが
「……その服装、EWのやつだよね? そんなの持ってたんだ」
無理やり笑みをつくる。だけど、薄暗い天気と傘の影にかくれて、雪音の表情は全然見えない。全く反応を示してくれないあたり、変な茶化しはダメなのだろう。
重苦しい雰囲気にふらりと視線を川に向け――川の水も緑色に光っているのに気づく。どうやら、水全体が緑色に光っているようだ。
「これ……、どうなってるの……?」
少し怯えたような声で、レイは単刀直入に訊ねる。
緑色の雲、緑色の水。――そして、消えた左腕から漏れ出る、緑色の燐光。レイには原因がさっぱり分からないが、物理学をよく知る雪音なら何か分かるかも。そう思って。
少しの間があいたのち、
「……全部、気づいてるのね」
ひどく無感情な声で、雪音はぽつりと呟いていた。
「気づいてるって……何を?」
「この世界の現状を、よ」
言って、雪音は顔を上げる。嬉しそうな、それでいて悲しそうな。見たこともないような表情をしていた。
「
「……」
言葉が出なかった。この、見るからにおかしな景色が全部本当のものだって? ありえないでしょ。そんなこと。
……だけど。雪音が嘘を言っているようにも見えなかった。
小さく深呼吸をして、雪音はレイの瞳を真正面から見つめて言葉を続ける。
「今、私達がいるこの世界……この高崎は、現実にはもう存在しないの」
「え……?」
「今、私達がいるここは、戦場ヶ原の地下深くに存在する量子サーバーが創り出した仮想世界。私も、貴女も。夏坂先輩も藍原先輩も。この街に存在するありとあらゆる存在は、サーバーに保存された情報、ただの記憶でしかない。現実には、何一つ存在しないわ」
「ゆ、雪音……? きみは何を……?」
「レイは、この世界が……、左腕に起こっていることが現実世界で起こりうると思うの?」
狼狽えるレイに、雪音はひどく冷静な声音で問いかける。
答えは沈黙。そしてそれは『否定』を意味していた。
「私達の本当の“現実”は、あの不親切で過疎化した、一回のゲームオーバーすら許されないゲーム。『Entanglement World』のほう。貴女も、色々おかしいなとは思っていたでしょ?」
雪音は
「私達の現実世界は、最初の説明通り〈
言われて、レイは自分の左腕を振り返る。肩から下がごっそりと消えた、緑色の燐光を。
「そんな大きな傷、生身の人間が負っていたら今頃出血多量で死んでるわ。……けど。貴女は死ぬどころか、何一つ痛みすらも感じていないでしょ?」
「……ッ!?」
雪音の言う通りだった。
目が覚めてからここに来るまで、レイは全く痛みも苦しさも感じでいない。何一つ、身体に不調が起きていないのだ。
呆然と立ち尽くすレイを傍目に、雪音は目の前で『EW』で使用しているメニュー画面を右手で開く。受信したらしいDMをその目で読み上げ、すぐに画面を閉じて、
「……私は、用事があるからこれで失礼するわ」
そう言って、雪音は傘を放り捨てた。雨が彼女の髪や服を濡らさ――ない。
雷鳴が轟き、その光景に呆気にとられていたレイの意識を引き戻す。背を向ける雪音に、レイは、
「ま、待って――!」
「あぁ。腕のことなら大丈夫よ。一週間もすれば完全に修復されるわ」
訊ねようとしていた問いの答えを完璧に言い当てられ、今度こそ何も言えなくなってしまう。そんなレイに、
「……じゃあね、レイ」
と言い残して。雪音は光の粒子となって掻き消えた。
彼女の持っていた黒い傘だけが残され、激しい雨音と雷鳴だけが世界を満たす。
緑色の雲と雨。緑色の川と左腕の断面からこぼれ落ちる緑色の燐光。雪音が開いたメニュー画面と、光の粒子となって消えた雪音。
証拠は揃いすぎている。……だけど。レイの脳は、それを事実と認めることを拒否していた。
「…………なんなんだよ。これ」
そんな言葉が、雷雨の中に溶けて消えていった。