黄金の祝祭 ~怪獣至上主義カルト教団の村にて~   作:よよよーよ・だーだだ

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5、別れ ~『GODZILLA 星を喰う者』より~

「……あとはイチノセ、君が知っている通りさ」

 

 アダム=ビンデバルトの物語が終わり、わたしは下調べしておいた各方面の報道内容を思い返していた。

 ……確かに、“あの事件”は大々的に報じられた。

 新興宗教団体『黄金の祝祭』のコミューンで発生したおぞましい大量殺人事件。複数の遺体がバラバラに切り刻まれて散乱した状態で発見されるという、世界の犯罪史上にもまれに見る極めて残忍な犯行。行方不明者は数十名近く、遺体が完全に見つかっていないものが殆どだという。

 発見直後、事件の容疑者として現場にいたアダム=ビンデバルトが逮捕された。

 アダム=ビンデバルトは自身の立場を『ロリシカ政府の特殊工作員』だと主張していたが、ロリシカ政府はそのような非正規部隊の存在自体を否定した。結局、アダム=ビンデバルトは重度の精神錯乱と診断され、この病院に収容されることになったのだ。

 

 それと同時にわたしは取材メモに目を落とす。

 ……アダム=ビンデバルトの話は途方もないものだった。潜入工作員だったという出自から始まり、高次元怪獣、古代の宇宙人、遺伝子操作された少女……普通なら荒唐無稽な誇大妄想として片付けられる内容だ。

 わたしは静かに指摘した。

 

「……真偽を確認する手段は、ありませんよね」

 

 そう訊ねたとき、病室の窓から差し込む午後の陽光が、アダムの顔に斜めに落ちていた。

 

「まずエクシフの不朽体と、ガルビトリウム、ゲマトロン演算結晶体なるアイテムについてですが……」

「ああ、全て回収されたんだろうな。“2018”によって」

 

 アダム=ビンデバルトは特に感慨も無さげに、淡々と答えた。

 

「証拠は跡形もなく消されたってわけさ。まあ、これも想定内といったところかな。“2018”がこういう場合にどう“掃除”するかは、俺自身がいちばんよく知ってる。きっと手抜かりは無いだろう」

 

 その言葉に、わたしは思わず眉をひそめた。それだけの重要物件が全て政府の手に渡り、詳細な調査結果も一切公表されていないというのは不自然だった。

 

「……なあ、イチノセさん。君、『スパイ大作戦』、『不可能な指令(Mission Impossible)』って知ってるかい?」

「ええ。イーサン=ハントが出てくるやつですよね。トム=クルーズ」

「そう、それ」

 

 わたしがそう答えると、アダム=ビンデバルトは自嘲気味に口元を歪めた。

 

「あの有名なセリフさ。『もし君が捕まるか、殺されても、当局は一切関知しない。そのつもりで……』って奴」

 

 アダム=ビンデバルトは窓の外を見つめながら続ける。

 

「今がまさに、その通りの状況ってわけだ。あの見栄坊で強権的なロリシカ政府が、俺みたいな汚れ役の存在を認めるわけがない。それこそが非正規部隊の本質なんだからな」

 

 そう言って、乾いた声で笑うアダム=ビンデバルト。彼なりのブラックジョークのつもりかもしれないが、まったくもって笑えなかった。

 わたしは黙って、再び手元の資料に目を落とす。

 ……たしかにアダム=ビンデバルトの語る一連の出来事には不可解な一貫性があった。素人の妄想にしては、あまりにも緻密すぎる。

 しかし、事件の全貌を示す確たる証拠は何一つない。

 

「つまり、あなたの無実を証明する手段は……」

「何一つ、ないのさ」

 

 アダム=ビンデバルトは穏やかな声でわたしの言葉を遮った。

 

「……でも、構わないんだ。少なくとも、“彼女”が夢見た世界を守ることは出来たからな」

「"彼女"というのはリヴァイアーサ=クラウス、“レヴ”のことですか?」

 

 その問いに、アダム=ビンデバルトの表情が一瞬だけ柔らかくなった。

 

「ああ。レヴは……本当の外の世界を知らないまま終わった。俺の話す高層ビルやら自動車やらの話に、子供みたいに目を輝かせていたよ。でも……」

 

 アダム=ビンデバルトは懐かしむように目を細める。

 

「……でも、レヴは賢すぎて優しすぎた。俺の心を読んで、この世界がどれだけ腐ってるかってことまでも、全部見通してしまった。『誰もが皆、苦しんでる』って。『だからこそ、救いが必要なの』って」

 

 その言葉に、わたしは先程のアダム=ビンデバルトが語ったレヴの言葉を思い出していた。

 高次元怪獣による“救済”が実現する世界。そこでは誰もが救われる──レヴことリヴァイアーサ=クラウスはそう信じていたのだという。

 

「レヴが言うとおり、この世界は確かにクソッタレだ。俺自身、そのクソッタレの中を生きてきた」

 

 だけどな。

 アダム=ビンデバルトは窓の外に広がる街並みに目を向けた。

 

「このクソッタレにも、守るべき何かはある。レヴが夢見た世界は、きっと美しかったんだろう。その夢を壊さないで守ってやれただけでも、今の俺には充分なのさ」

 

 静かな決意に満ちた声音。それは狂人の戯言とは思えなかった。

 アダム=ビンデバルトが穏やかに告げる。

 

「……取材、ありがとう。君は、単なる殺人鬼の妄想に付き合ってくれた。礼を言わせてもらうよ、イチノセさん」

 

 アダム=ビンデバルトの微笑みには、どこか別れを告げるような色が滲んでいた。わたしはその意味を考える間もなく、面会時間の終了を告げるブザーが鳴り響いた。

 

 

 インタビュー取材の翌日。

 わたしは取材の裏取りのため、警察の記録を確認していた。

 

 クラウス夫妻は、発見された遺体の中にたしかに名前があった。

 サイモン=クラウスがロリシカ国立遺伝子研究所の主任研究員、エレーナ=クラウスがデナム大の考古学博士であった事実もまた確認が取れた。

 しかし二人とも何年も前に職を辞しており、主たる関係者であったろう『黄金の祝祭』の主要メンバーが全滅したこともあってその後の足跡――アダム=ビンデバルトが言っていたような危険な研究をしていたかの真偽――までは辿れなかった。

 

 また事件現場から収容された遺体の中に、アダム=ビンデバルトの言う「レヴ」と思しき少女の遺体があった。凄惨なバラバラ殺人の現場だったにも関わらずこの遺体は無傷だったが、戸籍も身元も不明。閉鎖されたカルト教団のコミューン育ちということは推測がつくものの、それ以上の情報は一切ない。

 そして何より不可解だったのは、その遺体の処理の仕方だった。

 

「身元不明者の遺体は、通常なら一定期間保管されるはずなんですが……」

 

 取材した警察担当者の言葉に、わたしは眉をひそめる。

 確かにその通りだ。だが、この件に関しては異様なまでに手続きが早かった。収容から司法解剖もされないまま火葬に付され、遺骨は行政の管理する納骨堂に収められたという。

 DNA鑑定のデータを確認しようとしたが、それも既に抹消されていた。残されていたのは、火葬許可を下した書類だけ。その決裁日付を見て、わたしは思わず目を疑う。

 遺体の収容と火葬の間には、わずか48時間しか空いていなかった。

 

「こんな例は、今までに……」

「ありません」

 

 担当者は首を振った。

 

上層部(うえ)からの厳命だったそうです」

 

 アダム=ビンデバルトの語った「不朽体」や「ガルビトリウム」などの存在を裏付ける証拠は見つからなかった。全て政府によって回収されただろうという彼の推測通り、跡形もない。

 だが、それ以上に気になるのは、レヴという少女の遺体の扱いだった。手違いか何かだとしても、対応があまりにも性急すぎる。まるで、どこかの誰かが急いでその存在を消し去ろうとしたかのように思えてならなかった。

 

 

 そしてさらに翌日。

 アダム=ビンデバルトに追加の取材をするつもりで、わたしは再び精神病院を訪れていた。

 だが、病院に着くなり異様な雰囲気に気付いた。警察車両が数台停まっており、制服警官や私服刑事らしき人影が行き交っている。

 

「『黄金の祝祭』事件の容疑者、アダム=ビンデバルトが失踪」

 

 新聞社からの電話は、わたしが病院に着く直前だった。精神鑑定のため収容中の重要容疑者が消息を絶ったという一報だ。裁判所が下した鑑定留置の期限まで、まだ二週間以上あったというのに。

 病院の受付では、警察の現場検証が行われていた。

 

「……昨日の朝、定期巡回の際に確認された時点では異常なかったそうです。ところが今朝の巡回で、病室が空になっているのが見つかった……大変な騒ぎになってますよ」

 

 広報担当者の話では、ニューカーク市警の強行犯と公安部が合同で捜査本部を設置、指名手配の準備も進められているという。

 

 わたしは警察の許可を得て、アダム=ビンデバルトの病室を見せてもらった。精神鑑定棟の厳重な監視下にあった区画だ。その中でも特に警備の厳しい重要被疑者用の個室。

 犯罪課の刑事たちが現場検証を行っている横で、わたしは室内を観察した。

 ベッドは整然と片付けられ、私物は一切残されていない。まるで最初から誰も居なかったかのような、妙に無機質な空間。それは、プロの仕事を思わせた。

 

「……不可解なのは、窓が内側から施錠されたままだったことです。防犯カメラにも不審な映像は記録されていない。まるで、この部屋から消えたみたいで」

 

 ベテラン刑事が首を傾げながら呟く。彼の名は、ブロムバーグ刑事。

 わたしは彼の存在を知っていた。ロリシカ国で猟奇殺人事件といえばブロムバーグの名が出るほどの敏腕刑事だ。アダム=ビンデバルト事件の発覚以降、わたしからも何度か取材を試みたが、警察の公式見解以外は一切語らない男として知られていた。

 だからこそ意外だった。取材が一段落した後、彼の方からわたしに近づいてきたのは。

 

「……少し話があります。ミス・イチノセ」

 

 病院の喫煙所。英語で話しかけてきたブロムバーグ刑事は、周囲を確認してから、静かな声で切り出した。

 

「あなたはビンデバルトと、かなり長い時間を話されていましたね。やっこさん、何か変わったことは言ってませんでしたか?」

「え、ええ……自分は特殊部隊の一員だとか、宇宙人のミイラだとか……」

「やはり……」

 

 ブロムバーグ刑事は煙草の火を付けながら、慎重に言葉を選ぶように間を置いた。

 

「実はね、上層部から、この事件は早急に“お宮入り(Cold Case)”にするよう指示が出てるんです」

「“お宮入り”? こんな早々に捜査を打ち切るのですか?」

 

 わたしが眉を上げると、ブロムバーグ刑事は声を顰めて煙草を吹かしていた。

 

「あんな残虐な大量殺人事件、その容疑者の失踪です。普通なら大々的に捜査をするはずの案件ですよ。警察庁の最上層部からの指示です。おそらく、もっと上からの圧力があるのでしょうね」

 

 ブロムバーグは苦々しい表情で煙を吐き出した。二十年以上刑事を務めてきた彼の目には、どこか諦めの色が浮かんでいた。

 一呼吸置いて、ブロムバーグ刑事は付け加えた。

 

「……正直に言いましょう。ビンデバルトが語った『非正規部隊』。あれはあながち嘘ではないかもしれないって気がしてならんのです」

 

 ブロムバーグ刑事は周囲を警戒するように視線を巡らせ、さらに声を落として続けた。

 

「実はね、似たようなケースを過去に何度か見ています。決定的な証拠は残っていませんでしたが……政府の意向で揉み消された事件が、確実に存在する」

 

 その言葉を裏付けるように、わたしは数日前から、誰かに尾行されているような違和感を覚えていた。確証はないものの、取材を進めるにつれ、その感覚は強まっていたような気がしていた。

 

「もし本当に、非正規部隊が関与しているとすれば……この件に深入りすることは、あなたにとって危険かもしれない。すでにマークされている可能性も……」

 

 窓の外に目を向けると、灰色の雲が低く垂れ込めていた。

 ふと、耳を澄ますと……微かに、どこか遠くで雷鳴のような、あるいは何かが笑う声が響いているような気がした。金色の稲光が瞬いて、三つの大蛇のような影がピロピロケタケタと嘲笑いながら灰色の空を横切ったように見えた気がして──わたしは慌てて目を擦った。

 

「……っ」

 

 ……それは、ただの見間違いだったのかもしれない。

 あるいは、正体不明の高次元怪獣の仕業なのか。

 それとも、ロリシカ政府の非正規部隊"2018"による、“掃除”なのか。

 答えは、誰にも分からない。

 ただ一つ確かなことは、アダム=ビンデバルトという男が、この世から完全に消し去られたということ。

 わたしはブロムバーグ刑事に答えた。

 

 

「……気のせいでしょう、きっと」

 

 

 そして、わたしは取材ノートを閉じる。記事は書かないことにしようと思う。

 だってどれだけ調べても、真実には届かない気がしたから。




おしまい。感想聞かせてね。

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