書架棚   作:戒告

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消失

 ああ、体が崩れていく。

 指先が、足先が、原形を失って塵へと還っていく。

 私の中心から遠いところから少しずつ、解け崩れ行く。

 

 これが、私の体を繋ぎとめるための法を失った結果なのか。法を使い果たした者が辿り着く、当然の結末なのか。

 

 消えゆく体でも、少しでも歩こうとするのは何故だ。ここに留まるのが怖いか。運命と受け入れるだけの器は私にはないか。

 

 無駄な足掻きを。そう言いながら進もうとしているのは、ほかならぬ私であると言うのに。お前が今冷めた目で見つめているのは、ほかならぬお前自身であると言うのに。

 

 ああ、ついに立てなくなってしまった。足先がその形を忘れるよりも前に、そこに力をあくる術を失くしてしまったようだ。

 今少しでも姿勢を崩せば、私は地に臥せり起き上がることはないだろう。地に手をつき倒れる体を支えるための力も、もう失ってしまっているだろうから。

 

 進んだ先に何があるわけでもない。同じ孤独である。であるならば、進む術を失ったことを悲しむ理由はないはずなのに、どうして私の心は苦しいのだろう。怖いのだろう。

 進んだ先に、まだ何かあるとでも思っているのか。

 まさか。分かっているとも、ここが孤独であることくらい。進もうが進むまいが、最期に差し伸べられる手はないのだ。

 

 私を苦しませているのは、進むこと、それ自体への愛着なのだから。動けない私は、もはやもはや私でないように思えて、それが怖いのだ。私が失われていくのを実感して怖いのだ。

 誰もいない孤独の中で、私さえ失ったら。

 

 体は私の本質より遠い場所から順に崩れている。であるならば、最期に残る場所は、或いは最後に消える場所は、一体どこなのだろうか。

 今なお必死に脈打つこの心臓か、この期に及んでこんなことを考えているこの頭か。

 

 腕や脚ではないらしい。これがピアニストやランナーであれば、そこに本質が宿ることもあるのかも知れないが。

 

 目も見えず、耳も聞こえなくなって久しい。立てなくなった時に膝を地についた音は聞こえたのだが、いつの間にか倒れていた体が地面と鳴らしたはずの音は、私の耳には届かなかった。

 きっと嗅覚も味覚も、やがては触覚も失われるのだろう。私の本質は五感にはないようだ。

 

 もう、何が失われ、何が残っているのか分からない。

 案外、私の本質だけは消えずに残る、なんてことはないだろうか。

 私が失くしたのは、この体を繋ぎとめるための法。私の、私たる所以を失ったわけじゃないじゃないか。必ず肉体こそ私である必要はないじゃないか。

 

 言い訳か、全て。

 孤独が虚無に帰る時が来た。それだけだったのだ。

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