今日はすんなりと入った鍵を回して玄関を開けて、無機質な壁にくり抜かれたような自宅へと入る。ネクタイを緩めながら靴を脱ぎ、居間へと続く廊下を電気をつけずに進む。
記憶を頼りに居間の照明をつける。パチッとスイッチの傾く音がして、一瞬遅れて部屋が明るく照らされる。
「おう、帰ったかクズ。ちゃんとカーテン閉めとけよ? お前みたいなのは、他人の視界に入るだけで不快罪だからな」
彼はくつろいで、流れるように言った。とっておいたビール2缶と缶詰を開けて、面白そうに黒いテレビを眺めていた。
俺、酔ってるのかな。
カーテンの隙間から零れる日差しで目が覚める。
「なんだよ、今日こそ起きてこねえと思ったのに。そのまま死んじまえば、これ以上社会の迷惑かけずに済むのによ」
ベッドから起き上がったばかりのところを彼は小突いてきた。寝起きの不安定の脚が、バランスを崩してドアにぶつかる。
軋むような冷蔵庫を開ける。ペットボトルを取り出して、喉の渇きを潤す。それから、空腹を満たそうと、適当に食パンの袋へ手を伸ばす。
「いっちょ前に飯は食うのかよ。役に立たねえくせにクソだけ増やす気か?」
パンを口に運ぶたび、彼は似たような言葉を吐き続けた。
「生きてるだけで迷惑ってわかんねえのかな」
病んでるな、俺。
「幻覚とか、幻聴だっては分かるんですけど、最近ずっとそんな感じなんです。自覚があるうちにって思ってきたんですが...」
「うーん、確かに頭に問題があるのかもね...」
白衣のその人は、眉をひそめてこちらを見た。
「でも、聞こえているのが正論なら、気にする必要ないんじゃないの?」
白衣の彼は、気だるそうにカルテとペンとを置いた。
「というか正論が聞こえてるなら、なんでそれに従わないの? こんなことでこっちの手を煩わせないでよ、忙しいんだから」
「ちょっと、祥子さん! 子どもから目を離しちゃだめですよ。まだユウ君小さいんだから」
ハッとして振り向くと、義母が少し不満そうな顔をしてこちらを見ている。その奥では、雄哉がブランコで遊んでいる。
「す、すみませんお義母さん。でも、あの人が気になって...」
祥子が小さく指さす先には、一人の男がいる。さっきから、ベンチに座ってずっと独り言を繰り返しては、暗い顔をしたり、激しい顔をしたりしているのだ。
「...不審者が気になるのは分からないではないですけれどね? 小さい子を持つ母親なら、まず子どもを見てないと。私だっていつも一緒にユウ君の面倒を見られるわけじゃないんですから、祥子さんがしっかりしないと」
「すみません...」
「それに、ああいうのと目が合うと、どんなことに巻き込まれるか分かったもんじゃないから、見てないことにするのよ」
そう言って義母は踵を返し、雄哉の方へ戻っていく。
祥子もまた、一瞬男の方を振り返り、そして何事もなかったかのように、息子の遊ぶブランコへ足を向ける。