書架棚   作:戒告

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方舟

「計器異常なし。18分後にΥ-7(ユプシロンセブン)の制止軌道に入る見込みです」

 ハマイシの報告を聞いて、スティールは頷いた。

「観測班、用意しろ。18分後に作業開始だ」

 艦長の命を受けて、やにわに『Temeraire』のブリッジが騒がしくなる。ブリッジだけではない。低層のΥ-7側では観測器材の準備が進められている。

 観測の目的は一つ。この惑星が、居住可能か否かを知ること。

 

 

 

 

 『Temeraire(テメレーア)』は、2nd-Arc(第二の方舟)計画によって建造された星間移民船の一隻である。英連邦が主導して建造した中では最後となる第四期計画に属し、英連邦製移民船の中では最大級を誇る。2nd-Arc全体でも、これ以上の規模のものは数えるほどしかない。

 2nd-Arcはその名の通り、未来へと命を繋ぐ計画。かつて、ノアの時代に造られたArc(方舟)になぞらえて、そう名付けられた。ノアの時は乗り越えるべき災厄は大洪水だったが、今回は銀河どうしの衝突である。地球が他の惑星と衝突する可能性自体は無視できるほどでしかないが、逆に銀河どうしの衝突を経た後に、地球が生存に適した環境である確率も同じように低い。

 数十億年前に行われた太陽の安定化とはわけが違う。今度の相手は数多の重力作用だ。地上生命が、地球に住み続けることを望むのはあまりにも難しかった。

 故に、2nd-Arc計画がすすめられた。地球を離れ、次に住むべき星を見つけるために。

 2nd-Arcで移住対象となるのは人類だけではない。地球に生きる生物もまた、その資格を持っているし、人類の生活に不可欠なものである。初期の移民船には必須生物種の精子・卵子しか積まれていないが、『Temeraire』をはじめ大型の船には、これに加えて基幹生物種全ての精子・卵子が冷凍保存されて積まれている。

 調査対象となる惑星は期待度の高さによってラベル分けされており、最も期待度の高いものから順にA群からE群まで存在する。Υ-7は、『Temeraire』の調査対象となるA群の惑星の最後の一つだった。

 もし、Υ-7が生存不可能な惑星だと判明した場合、一度補給のために鉱産資源の豊富な星へと移動することは確定しているが、その後どうするかは決められていない。B群の惑星を調査するのか、或いは現在地点から観測を行い、リストにない惑星を探索するのか。いずれにしても、A群よりも、生存に適した惑星が見つかる期待度は下がる。故に、多くの乗員がΥ-7に大きな期待を寄せていた。

 

 

 

 

「制止軌道に入りました」

「星間移動用スラスタ、オフ。太陽光パネル、展張」

 ハイマンとシエロの復唱が返ってくる。

「パネル、展張完了」

 少ししてシエロが報告をあげた。

「よし。主電源、切り替え」

 ハマイシの復唱とともに、ブリッジの灯りが一瞬暗くなる。スラスタの寿命は、補修できるとはいっても有限だ。衛星軌道上を周回している間は、太陽光発電によって電力の供給ができる。可能な限り節約した方がよいとされる。

 暗くなったブリッジの眼下には、仄暗く陽光を反射するΥ-7の海の光が広がっている。やがて、ゆっくりと再び灯りが灯って来る。

 スティールは小さく頷いた。

「観測班、電力が安定したところから順次観測を始めろ」

 

 

 

 

「さて、と...。設定よし、レンズも開いてる。マ、撮影開始」

「もう押してるよ、シュペーア」

「は?」

 モニターを確認すると、既に一枚目の画像が記録されている。こっちが指示を出すより明らかに早い。まあ、マと一緒に仕事をしていると多々あることではるが。

「勝手に仕事を進めるのはもう構わないが、せめてその時に報告を上げてくれと言ってるだろ」

「うーん、気を付けるよ」

 これもいつも通りの返事だ。

 シュペーアとマの仕事は一定間隔ごとの定点撮影だ。可視光域に加えて、赤外線画像も撮影する。撮影箇所はΥ-7の緯度20度ごと九ヶ所。観測衛星を飛ばせば、『Temeraire』が静止軌道上にあっても観測点を増やすことは可能だが、事故などによって破損する可能性もある。『Temeraire』が静止軌道上を周回できないか、静止軌道上からでは惑星の観測が行えないかのいずれかでもない限り、必要以上に頼ることは避けたい。今いるあたりはちょうど、各緯度ごとの大陸部分を撮影できる。『Temeraire』からの撮影で事足りる。

 観測期間はΥ-7の公転周期の三倍、つまりその惑星の時間で三年分となる。長いと言えば長いが、Υ-7の公転周期は、かつての地球の公転周期より少し短いから、それほどでもない。ここまでの道のりや他の惑星の調査に費やしてきた時間を思えば、なんということもない。

 マが画像の内の一枚を指さした。

「生き物がいるよ。なんかサルに似てる」

「サル? うーん、そうか...?」

 サルは家畜動物でも医療用動物でもないから、実物を見たことはない。それでも人類に極めて近い動物というだけあって、教育用の映像ではよく見知っている。その記憶にあるサルと、画像に映る動物とは、毛の色も生え方も違う。けれど、四肢があって、四足歩行と二足歩行の中間のような歩き方をするあたりは、確かにサルに似ているかも知れない。

「まあ、なんにせよ生き物がいるってのは悪くないな」

 赤外線カメラの画像も見てみると、そのサルもどきの温度が周囲より高いことが分かる。機械や幻覚の類ではなく、こいつらはちゃんとした生き物らしい。

 生き物がいる、ということは必ずしも人類の生存に適した惑星であるわけではないが、その可能性は大いに高くなる。これは吉兆かも知れないのだ。

 撮影用とは異なる、観察用のカメラで周囲を見てみる。赤外線の反応を頼りに探してみると、結構な種類の生き物がいるようだ。さっきのサルもどきの仲間もそこそこ見受けられる。

 遠くから眺めれば、さながら地球のドキュメントを見ているような気にもなる。

 もし、この惑星に住むことになったら、この惑星はなんと呼ばれるのだろうか。Υ-7のまま? それは、自分たちの地面に対する呼び方として、ちょっと不自然すぎやしないだろうか。なんというか、三人称を一人称として無理やり使っているかのようなキツさを感じる。地球という呼び名がやっぱり一番しっくりとくるけれど、かつて遥かな祖先たちが暮らした惑星との呼び分けはどうすればよいだろうか...

「シュペーア、少し楽しそうだね」

「そりゃそうだろ。もしかしたら、ここで旅を終われるかも知れないんだから」

 

 

 

 

 船内時間で一日が経った頃、Υ-7の軌道上を衛星をぐるりと周回させて撮影したΥ-7の全景画像の解析が終わった。それらの画像は、専門家である観測班だけでなく、ブリッジの乗員にも共有された。

「ここも水の惑星であるのは、前情報の通りだな」

 スティールは今まで調査に訪れた星々を思い返しながらつぶやいた。

 今まで調査した惑星は、一つを除いて全て海洋を持っていた。その例外の一つも、氷の形で多量の水を持っていた。地球型生物の生命活動に重要な要素である水、それがない惑星がA群に分類されるわけがないのだから、Υ-7に海があるのは当たり前と言えば当たり前なのだが。

「改めて見ると、ずいぶんきれいな惑星ですね」

「同感だな、ハマイシ」

 ハマイシとシエロは、機械類以外の知識は一般常識さえ少し怪しいところがある。これくらいの感想が限界だ。一方でハイマンはじっと画像を眺めて静かにしている。

「どうしたハイマン。何か思うところでも?」

 スティールの問いに、はっと意識が戻ってきたかのように顔をあげた。

「あ、いえ。その、少しきれいすぎるような気がして」

「きれいすぎる?」

「...大きな大陸に、無数の島々。広い海洋と湖、高い山。島一つよりも大きな、広大な高原や砂漠。そして、極圏の大陸。地球にあったとされるものが、何一つ欠けずにここにあるように思ったもので。こんなにもたくさんの要素が、偶然過不足なく揃うでしょうか?」

 ハイマンの疑問に、シエロは「考えすぎじゃないか?」と言った。

「それに、偶然じゃないとしたらなんだって言うんだ? 遥か昔に地球を観測した宇宙人が作った箱庭とでも?」

「分かってますよ、偶然と片づけるしかないことくらい」

「そういうのを、運命っていうのかも知れないですよ?」

 最後はハマイシがそう締めくくって、ハイマンの違和感について、それ以上触れられることはなかった。

「それと、もう一個報告を受けている。君たちが気にしていることだ」

 スティールが話題を変えた。

「電磁波は本船の危機に影響を及ぼすほどではないそうだ。一応、サンプルとして一時間分のデータは受け取っている」

 各自の端末へ、データが共有された。

「確かに、このくらいの強度なら気にするまでもないでしょうね。ぱっと見ただのホワイトノズですし」

「ただ、どうもここの月が電磁波と関係あるとも言っていた。月が接近してきたら電磁波が強まる可能性があるそうだ。この程度と安心せず、一応気を付けてくれ」

「了解、キャプテン」

 

 

 

 

 観測開始から、Υ-7の公転周期の四分の一ほどが経った。ちょうど近日期であり、到着したころよりも幾らか太陽が大きく見える。Υ-7の太陽も、地球の太陽と同じ色をしている...らしい。実物を見たことがないシュペーアたちには、確信をもって言う事ができないのだ。

「シュペーア、これは彼らの交尾かな?」

 マが指さす画像を見ると、いつものサルもどきが二頭、密着している。

「とすると、この前見た変な動きは求愛行動で、やつらも有性生殖で増えるってわけか」

 サルもどきに妙な親近感を覚えて、地球にいたサルについて幾らか勉強したが、サルもどきの交尾はサルのそれに似ている。とはいえ、サルがあんな求愛行動をするなんて話はどこにも載っていなかったから、やはり似ているだけで別の生き物なんだろう。

「あっ」

「どうした?」

 マがまた何か見つけたらしい。しかも口元が少し笑っている。

「ただの交尾じゃなくて、浮気だったのかも」

 観察用のカメラを見る。交尾していた二匹に別の一匹が近づいてきて、交尾していたうちの一匹が逃げ出していた。逃げなかった方は、やって来たサルもどきに散々殴られている。体格的には自分の方が大きいのに、一切やり返さない。

 なんというか、思っていたよりも人間らしいというか、社会性があるというか。確かに笑ってしまうような光景だった。

「ほらマ、そればっか面白がってないで、他にもなんか探せ。報告しなきゃいけないんだから」

「うん、もう見つけた」

 またこの流れか。いや今回はただマが有能なだけか。

 近日期がどうのという話は、観測班にとっては重要な情報だが、大多数の一般の乗員にとってはまるで関係のない話だ。なんなら、今『Temeraire』がΥ-7の軌道上に停泊していること自体、意識していなければ忘れてしまうような内容だろう。

 『Temeraire』が出航したばかりの頃の数十年間は、探査予定の惑星に停泊するたび乗員たちの関心はその惑星に釘付けにされていた。お祭り騒ぎだったなんて話もきく。けれど、今となっては乗員の中に地球の姿を自分の目で見たことのある者はいない。全員がみな『Temeraire』の船内で生まれ育った。乗員たちにとっては、『Temeraire』での生活こそが日常であり故郷であり、自分たちが”移民”にすぎないことの本来の意味を分かっているものは、ほとんどいないだろう。

 定期的に惑星の軌道上に滞在するときがある。それくらいの認識の彼らが、いざこの惑星に移住することになりましたとなったら、どうなるのだろう。

「マは地上で暮らしてみたいと思うか?」

 気付けばその問いを口にしていた。

「当たり前じゃないの? 生物に携わる人なら」

 マは何を当たり前のことを聞いているの? といった様子で、きょとんとした瞳をこちらに向けた。

「シュペーア、宇宙の真空の中で生命は生まれないよ。必ず、星のどこかで生まれるんだ。だから、そこが僕たちのいるべき場所だよ」

 マの言っていることは正しい。これほど長い航海の中で、宇宙に暮らす生命に出会ったことはない。けれど。

「でも俺たちは、『Temera(ここ)ire』で生まれたんだ」

 そんな独り言が零れた。

 

 

 

 

 あっという間に一年が過ぎようとしている。そりゃそうだ。Υ-7の一年は地球時間の一年より短いのだから。もう何十日かを過ごせば、Υ-7は、『Temeraire』が静止軌道に侵入した時と同じ場所に戻る。

「もう出産は終わってしまったよ、シュペーア」

「マ...お前ずっと見てたのか」

 眠い目をこすりながら、マの表示した画像に目をやる。

 今は例のサルもどきたちの出産に時期なようで、ちょうど産気づいた一匹のサルもどきを見守ったまま、マは睡眠時間を起きて過ごしたらしい。撮影画像には、昨日まではいなかった小さな個体が映っている。

「別に仕事に影響がないなら言うことはないんだが、お前...」

 マはいかにも眠そうで、とても頭が重そうで、今にも瞼は閉じそうで、その体がどれほど眠りを渇望しているか、聞かなくても分かる。

 シュペーアははぁと大きくため息をついた。

「今日は俺が一人でやるから。マは一回寝ろ」

「うん、そうさせてもらうよ」

 大きなあくびをしながら、マは自室へと向かった。

 一人でやるとは言ったが、シュペーアは基本器材のハード面が専門であるのに対して、マはソフト面の専門で、代役を完璧にこなせるかは分からない。一応器材を動かすのに必要な、最低限のコマンドの知識はあるし、今までマの専門知識が必要になるほどの事態に陥ったこともほとんどない。まあ、どうにかなるだろう。

 いつも二人で作業している部屋は、ただでさえ無重力なのに、今日は一つ重力が減ったような感じだ。機械は正常に動いている。体を投げ出して浮かびながら、視界の端で更新されていく画像を眺めている。機械たちはこんなにも静かで、クロックの音さえしない。ホワイトノイズのような空冷の音だけがさざめきのようにしている。気付けば眠ってしまっていた。

 機械は正常に動いている。

 目覚めた時もそれは変わらなかった。

 はっとして一瞬冷汗が流れる。すぐに安堵する。頭を振って、眠い頭を揺り起こして、また画面に向かった。

 

 

 

 

 『Temeraire』がΥ-7に到着してから、三度目の近日期がやって来た。サルもどきたちの繁殖期だ。

「マ、今年も見てるのか?」

「うん。交尾は群れの構成を推測する手掛かりになるからね」

 一年間見守ってきて、サルもどきたちの群れの様子もおおまかに分かっている。群れのオスには緩やかな序列が存在している。メスから見て上位の個体ほど多くのメスを集めるが、αオスと言うほどではなく全てのメスを独占することはない。下位の個体にもパートナーとなるメスがいたりする。

 面白いのが、上位の数頭以外のオスは、メスに一夫一妻制を強いられていることだ。サルもどきたちは、主にオスが食料採集を行い、メスは自分の分しか食料を集めない。オスの序列はどうやら、どれだけ多くの食料を確保できるかで決まっているらしい。上位の個体であれば、その庇護下に複数のメスとその子どもがいたところで食糧難に陥ることはないが、逆に下位の個体は少ない食料の中から自身とその子どもを養わなくてはいけないため、パートナーとなったメスはオスが新たな交配相手を求めることを嫌うのだろう。

 食料供給能力は、必ずしも強さそのものではない。効率よく食べ物を探したり、群生地を覚えてたりする頭の良さも重要な因子になる。だから、一見弱そうな個体が複数のメスと交配しているケースもあったりする。

 もう一つ面白い点がある。それは、オス同士の中では別な序列が存在することだ。食料に困っているオスが別のオスから食料を譲られるケースを多々見るのだが、その頻度はメスから見た序列とは違う序列に従っている。明らかに強い個体ほど、食料を送られる頻度が高いのだ。これは、群れが天敵に襲われた場合に関係していると推測している。強い個体と良好な関係を築くことで、自分やそのパートナーが天敵に襲われた場合に守ってもらえる可能性が高くなる。

 だから、食料の融通は重要な生存戦略のはずなのに、食料を他のオスに譲っているのがパートナーにばれると怒られるらしい。一度しかその様子は観察できなかったが、オス同士の食料の融通は必ずメスのいないところで行われるから、多分どのメスでも怒るんだろう。

 サルもどきの社会は思ったよりも複雑だ。

「あ、いた」

 交尾の様子でも見つけたのか、マが声をあげる。これは誰だったっけかななどと独り言を言いながら。

 観察はマに任せて、こちらは機械の点検でもしておくことにした。とは言っても、この部屋の中から確認できるのは、断線が起きていないかと、いくつかの簡単な出力装置が正常に機能しているか、くらいしかないが。

 モニタから辿るように各配線を確認する。何一つ異常はなかった。まあ耐用年数が半世紀単位のものばかりだから、当然と言えば当然だが。

「どうした、ずいぶん静かだな」

 マは画面を見て、難しそうな顔をしている。パズルを解くときのような楽しげなものではなく、少し深刻そうな方の顔だ。気になって、マの見つめているモニタを覗き込んだ。

 交尾している二匹のサルもどきと、そこへ近づくもう一つの影。

「...ん、これは一年前のやつか」

 例の浮気現場の画像だ。また懐かしい画像をどうして...

「違うよ」

「うん?」

「これは今撮った画像だ。一年前のは...こっち」

 マは表示を別な画像に切り替える。

「操作ミスってるぞ、コピペしてどうする」

「いや、間違ってない。自分でも確認してみれば分かるよ」

 マはもとの画像に戻した。撮影の度に画像が更新されていく。マが表示しているのは間違いなく今撮影された画像たちだ。

 だが、どれもこれも見覚えがある。デジャヴにしては鮮明すぎる。

 慌てて自分の端末で、過去の画像を探した。

「...同じだ」

 撮影周期はΥ-7の自転に沿うように設定されている。つまり、手元の画像と今撮影されている画像は、ぴったりΥ-7の公転周期分だけずれている。ちょうど一年だけ違う。撮影角度も、撮影倍率も、Υ-7の時間も、それ以外は全て同じ。

「画像は完璧に一致してる。画素数の問題で落とされた情報がちょっと違うくらい。動物たちの動きも、足跡も、風に揺れる木々の葉の一枚一枚まで。」

「...いつからだ? いつから一致してる?」

「ずっと。一年前の画像があるものは、全部。この視点だけじゃない。全部そうだ。全景画像の方はまだ確認してないけど」

 ...この惑星は、また同じ一年を始めたというのか?

 もし、雲の動きまで全て同じだとしたら。それを偶然で片づける術が、何かあるだろうか。

「シュペーア、彼らを生物だと思う?」

 その質問の意味を理解するまでに数秒かかってしまった。

「それか、この惑星が、自然な星の一つだと思う?」

「...いいや。思えない」

 

 

 

 

 

 ヤールは報告書に目を通すと、深いため息をついた。

「あぁ、全く君らは...」

 シュペーアとマの方を見ず、頭を抱えている。

 この惑星は同じ一年をループしているかも知れない。そんな大昔に書き尽くされた小説の設定見たいなトンチキな仮説を、大真面目な報告書に書かれたら、ため息の一つもつきたくなるだろう。班長のヤールは、自他ともに認めるめんどくさがりで、普段からため息の多い人だけれど、ここまで大きいのは聞いたことがない。

 今回シュペーアとマは報告書と併せて、もう一つ別な書類も提出している。非接触非破壊方式の精密透過画像の撮影許可願いだ。対象物に触らずに、かつ対象物に影響を与えることなく、内部の画像を撮影できる装置を『Temeraire』は搭載している。しかし消費電力が通常の観測機器の比ではなく、太陽光発電のみでは賄うことができないので星間航行用スラスタを起動せざるを得ない。

 こんなトンチキな話のためにスラスタを起動するなんて、と書いて提出したこっちが思うのだから、ヤールはもっとだろう。

 ひとしきり頭を抱えたあと、ヤールはゆっくりと口を開いた。

「めんどくさいけど、スラスタの起動、お願いするしかないかぁ」

 それって、つまり...

「まあ、君たちの仮説を否定する気があるわけじゃないしね。やるしかないよね」

 ヤールのいつも生気の薄い瞳が一層輝きを失っている。仕事せざるをえない状況の時、ヤールの目は必ずこうなる。やる気のある合図だ。

「いいかい? これから僕は船長と機関士長に頭下げてくるからね。二回頭下げるんだよ、君らよりエラいのに。本当に透過画像を撮りたいなら、二人とも今すぐ僕に二回ずつ頭下げてもらおうか」

 シュペーアは迷わず頭を下げた。

 

 

 

 

「船長、お話があります」

「ヤール君、どうして君は私の前に現れる時必ず死んだ顔をしているんだ?」

「船長と会う時は、必ず仕事中だからです」

 ヤールはそう言いながら、押し付けるように資料を渡した。

「これは...」

「スラスタ起動依頼です。理由も書いてあります」

 自分で読んでください、面倒くさいので。そんな心の声が聞こえた気がした。スティールは渡された書類にゆっくりと目を通した。

「――なるほど。ふむ...」

「妄言みたいな仮説ですけど、根拠はちゃんとしてると思います」

「船長という仕事柄、私は日々色んな報告を受ける。ところが最近、聞き覚えのある報告ばかりを聞いている気がしていたんだ。ただの既視感の類かと思っていたが、もしかしたら”そういうこと”なのかも知れんな。あとで確認しておこう。よし、この撮影規模なら、メインスラスタは使わなくても足りるな? 第二サブスラスタの使用許可を出そう。機関士長には私から話をつけておく」

 その途端、ヤールの目に生気が戻った。

「ありがとうございます!」

 どうした急に、と聞く前にヤールは既にブリッジを去っていた。そんなに許可が出たことが嬉しかったのだろうか?

 

 

 

 

 それから数日が経った。

 スティールは最終報告書の最後の一面まで読み終えると、それを裏返して閉じた。

「全てこの惑星に存在する生物種は、人工的な細工がなされている、か」

 提出された最終報告書の結論は、そうまとめられていた。

 Υ-7に存在する生物は、体内に不自然な金属部品を含んでいること。それらも繁殖時の複製の対象となっていること。そして、高分子量のリン酸化合物を含んだ分厚い金属球が、各個体に一つずつ含まれていること。

 撮影がなされている間、スティールも過去の報告の確認をした。予想通り、スティールの感じていたことは既視感などではなかった。

 当初ホワイトノイズと片づけられた電気信号さえ、一年ちょうどの周期性を持った信号であることが明らかとなった。恐らく、Υ-7を制御するための信号だったのだろう。

 また、地表の少し深い場所には深刻な放射能汚染が見られることも判明した。それこそ、核戦争でも起きたかのような。Υ-7ではすぐに生物が見つかったことで、そのような汚染はないと考えらえていた予想を覆す結果だった。

 リン酸化合物は恐らくDNAだろう。分厚い金属球で囲まれているのは、放射線遮蔽のため。

「Υ-7は我々の生存に適した惑星ではない。異論はないな?」

「ええ」

「異論はありません」

 全員からの反対意見が出ないことを確かめると、スティールは一度ゆっくりと息を吸って吐いた。

「出航用意。星間航行用スラスタ、起動」

「スラスタ起動、了解」

 ハマイシからの復唱が返る。

「スラスタ、臨界に到達。出力安定」

「よし、主電源切り替え。太陽光パネル、格納」

 シエロとハイマンからの復唱が返り、ブリッジが暗くなる。海からの反射光以外に灯りのない船内で、再び電気が点くまでの間、スティールはゆっくりと目を閉じる。

 庭師は、庭の一部か否か。庭の中にいるべきか否か。遠い背後に積まれた分厚い金属の壁の中、今は冷凍されている数多の精子と卵子、生命の子種の気配を感じながら、それを考えていた。

「The 3rd(第三の...)...」

 その先につなげたい言葉が一つではないことに気が付いて、それ以上言葉が続くことはなかった。

「主電源、切り替え完了」

「パネル、格納終わりました」

 スティールは目を開いた。明るくなったブリッジに、もう海からの淡い光の気配はない。

「よし、出航だ」

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