「愛、だと?」
ハヤテはソウヤの回答に思うところがあるようだった。怪訝そうにソウヤの方を見る。戦いに愛など不要。そんな答えが返ってくるかと思った。けれど、幾らかの沈黙の末に、ハヤテは「随分洒落た言い回しをするんだな」と言った。
「愛、というのは執着の一つの形のことだろう? 執着は人を強くする唯一の動機だ。何の執着もない者が戦いにおいて勝ち続けられるわけがない」
ハヤテは銃を抜いた。感触を確かめるようにグリップを何度も握り直し、銃身からの光の反射を眺めた。
「俺の執着は勝利だ。勝利のために全てを捧げる。残念ながら、愛と呼べるほどには至っていないがな」
ハヤテは拳銃を掲げて太陽に透かすように見つめた。銃がつくる小さな陰に、ソウヤよりも少し歳をくったハヤテの顔が黒く染まる。常に静かな眼差しが、一層沈んで見えた。
不意に、ハヤテの視線がソウヤに向けた。
「だが、お前の愛はあまりにも曖昧で、盲目的で、その割に徹底されていない」
つまらないそうに、銃を持つ手を降ろした。
「なんだって?」
「お前の一番の愛はなんだ?」
「家族だ」
「なら、日頃からお前が仲間と呼ぶ者たちは?」
「...もちろん愛している。ハヤテさん、あなただって僕の仲間だ」
「俺とお前とは、今偶然に互いの執着が同じ方向を向いているだけだ。その仲間とやらは、一時お前と利害をともにするだけで、際限なく増えていくのか? 明日、お前と利害を違えたら、お前の愛を脅かしなどしたら、仲間と呼んだ日々を忘れて戦えるのか?」
曖昧性。
ハヤテが手遊びのように手元の撃鉄を起こした。どっと冷汗が流れ出す。
「ハヤテ、ちょっと...!」
声が震えているのが自分でもわかった。
「お前の家族が敵と味方とに分かれた時、お前はどうするという?」
「家族だったら絶対に...」
「そんなことはないと? もしそうなったとしても、血を流さずに一つに戻ると?」
盲目性。
ハヤテがゆっくりと撃鉄を戻す。
詰まっていた呼吸が、少し楽になる。けれど、なお鋭いハヤテの視線には、心臓が荊に締め付けられるような感覚がし続けている。
「撃つべき時に撃つための銃だ。機を逃せば、お前の愛は果たされない。或いはお前なら、得られるはずのない二兎を追い、どちらをも失うかもな」
不徹底。
再び撃鉄が起こされた。今度は素早く。
「お前のその曖昧な愛は、いつでも弱さに変わり得る。弱さは敗北を呼ぶ。お前と行動を共にする、俺にさえも」
やにわにハヤテが銃口を向けた。撃鉄は起きている。咄嗟に銃を抜いた。銃声が二つ鳴った。
音速の衝撃波が右頬を強く叩いた。
「ふん、悪くない。だが、俺の方が早かった。それでは執着を貫くには甘すぎる」
ハヤテの背後の壁には、ハヤテから大きく逸れた場所に銃弾の痕が残っていた。
「戻るか」
そう言ってハヤテは背を向けた。
あまりにも無防備な背中。無意識にその心臓を追いかける。吸い込まれるように銃を構えた。
銃声が鳴った。
「手が震えでもしているのか?」
ハヤテがゆっくりとこちらを向いた。頬に血が見えた。
「あるまじき失態だな。もしもう一度、お前が俺を撃とうとするときには、せめてここを、心臓を射抜いて見せろ」
(以上伏線)
(以下回収)
凶弾がハヤテの脚を貫いた。迸る血しぶきが視野の端にうつった。次いで、さらに大きな飛沫が彼の腹から噴き出した。
「ハヤテさん!」
ハヤテは力なく倒れた。少なくともソウヤにはそう見えた。けれど、すぐさま地面を支えにして二発、続けざまに銃弾を放った。遠くで小さな断末魔が聞こえて、銃声の音が止んだ。
ソウヤはハヤテの体を両肩に担ぎ、物陰へと運んだ。
「ハヤテさん!」
もう一度、ハヤテの名前を呼んだ。銃を握っていた手には力がなく、吐く息は震え、おなかの赤い染みは見る間にも広がっていく。
ソウヤは上着を脱いで、ハヤテの止血に使おうとした。背中側に手を回そうとしたとき、ハヤテの手がソウヤの腕を掴んだ。さっきまで、銃を持っていたはずの手だ。
「俺のことは置いていけ」
「何言っているんですか! 置いていけませんよ」
「俺の敗北はもう決まった。これ以上戦う理由はない」
「でも...!」
「そうまでして助けようとするのは、俺が仲間だからか?」
「そうですよ!」
直後ハヤテはソウヤの手を振りほどいた。
どこまでも甘いな。
ハヤテのその呟きを理解した瞬間には、腹部に強烈な打撃を感じていた。ハヤテの蹴りだ。こんな力がまだ残っていたとは。吹き飛ばされはしたが、流石に手負いの体だけあって大きな痛みはない。
「...!!」
顔を上げるとハヤテが銃をこちらに向ける瞬間だった。
刹那、二つの銃声が交差した。
――耳たぶに、風を感じた。直後、血しぶきが顔を濡らした。
ハヤテの眉間には、赤く黒ずんだ丸いくぼみが増えていた。ハヤテの瞳は大きく見開かれ、二度と閉じられることはない。ソウヤは自分の手に視線を落とした。ハヤテに穴を穿った銃を見た。
遠くに敵の足音が聞こえる。まだ敵の姿は見えない。足音の方、ハヤテの方、それぞれを交互に見た後、ソウヤは再び走り出した。
合格だよ、ソウヤ。今日はお前の方が早かった。
俺がお前と仲間だと言うなら、たとえ俺がここで死のうとも、俺を勝たせてくれるよな?
迷いも、未熟さも捨てたお前なら、俺たちに勝利をもたらしてくれるよな?