書架棚   作:戒告

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天道虫

 虫かごの中のテントウムシは、今日も生き生きと歩き廻る。新しい草葉を入れ、ふたを閉じる。降って湧いた未知の葉を見上げ、空腹だったのかそちらへと動きを変える。

 

 テントウムシを飼うのはもう幾度目だろうか。数えきれないほど飼ってきた。取り合えず見つけたものを、その種を問わず。けれど、同じ種類のテントウムシでは未だに区別がつかない。名前を付けたこともない。もっとも、同時に同じ種類は1匹しか飼わないことにしているから、区別できないことは問題にはならない。というか、区別できないからこそそんなルールを設けているのだが。

 

 一点、何か困ることがあると言えば、写真の整理の時に困ることだ。最近は撮った年月日を残しているから、それで整理をすることはできる。しかし、古い写真の中には数枚、どのテントウムシを撮ったものか分からなくなって、整理できないままになっている写真がある。

 まるで違う種族の外見を、判別できる人などいるのだろうか。

 

 かごの中のテントウムシにとって、私は神のような存在だ。私が決めた虫かごという世界の中で、私がその生殺与奪の権を握っている。私が葉を入れるのをやめれば、この子たちは飢え死にするだろう。私が虫かごの空気穴の全てを塞いでしまえば、この子たちは窒息するだろう。殺虫剤を入れてもいい、気まぐれに潰してもいい。どんな不幸をこの子に与えるのも私の自由だ。

 もちろん、ここまで飼ってきたのに、気まぐれに殺そうなどとは思わない。その寿命が尽きるまで、この子たちの生きる安寧を守るだろう。

 

 テントウムシはいつも、私が葉を足しいれる時、それがかごの中に落ちきるまでまるで気付く素振りを見せない。彼らの認識の中に私はいないんだろう。

 

 

 

 

 

 

 王権神授説、なんて言説があった。神が与えた権利として、王の支配を特権を正当化する言説。

 私がこの中から、適当に1匹選んで虫かごの主に任命したとして、明日、それがどのテントウムシだったか分からなくなることはないだろう。何しろ、同じ種類のテントウムシは虫かごの中にたった1匹だ。

 しかし、もしこの虫かごの中に同じ種類のテントウムシが数多いるとしたら。明日と言わず、ふと目を離した次の瞬間には、もうどれが虫かごの主に決めた子かなど分からなくなるだろう。まして、その子孫ともなれば、どれが主の子孫であるか否かを知る術は私にはあるまい。

 

 かつて、神は確かにこの世の誰かに王の役目を与えたのかも知れない。神が吟味した王ならば、その王の時代は素晴らしい治世だったかも知れない。

 けれど、ふと目を離した隙に、王がどれか分からなくなってしまった。その子孫を知る術もない。王の役職はたちまち神の手を離れた。

 

 神が思うより、人間はずっと狡猾だった。誰の者ともなくなった王の役職を騙り、世を治める者が数多く現れた。王を任ずる権利はとうに神の手を離れ、そして民の手からも離れた。

 

 そもそも、神は王を選ぶにあたり、吟味などしたのだろうか。区別もできないのに、吟味のしようがあったのだろうか。

 王権を与えたのは、ただの気まぐれだったんじゃなかろうか。

 

 

 

 

 

 

 神が自らに似せて人を作ったなんてのは嘘だ。そうでなければ、王権は正しく受け継がれ、今のような混乱の中にあるわけがない。

 

 神は王の役職に見切りをつけ、預言者に自らの意志を託した。

 何故学ばないのだろう、人は強権をすぐに騙るということくらい、王権を与えた時に分かっていたはずなのに。

 

 神は次に何をするのか。無論我々に知る術はない。がしかし、所詮気まぐれの介入が、新たな騙りを混乱を生むことくらいは、情けないほど容易に分かるのだ。

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