「軍医殿!」
私がそう言って駆け寄ると、鷲見先生は歩みを止めてくださいました。何の用かと、ゆっくりと振り返ってくださいました。
私が鷲見先生を呼び止めたのは田沼君――田沼二等兵のことを聞くためでした。田沼君はこの前日の戦闘で脚を負傷し、さらに朝から熱病の兆候が現れておりました。私より六つも下の、それこそ少年の面影の残るような青年でした。私にとっては、流石に息子とまではいきませんが、少し歳の離れた弟のような存在でした。本土の実弟の面影を、彼に重ねていたのかも知れません。
私は、思い切って鷲見先生に田沼君のことを尋ねました。
「田沼は...田沼は助かるんでしょうか?」
鷲見先生は、すぐには口を開きませんでした。少し困ったような顔をして、考えているようでした。お医者様ですから適当なことは言えません。先生は話し出す前には必ず、少し間を置く方でした。けれどこの日は、その沈黙が少しばかり長かったような気がします。
先生は、私の目を見てこうおっしゃいました。
「もう、彼は苦しまなくてよくなるよ。大丈夫、すぐに楽にしてあげられる」
先生は優しく微笑んでくださいました。ずいぶんと力のない、弱弱しい微笑みでした。
だから私は、先生に頭を下げて、先生が言った後、すぐさま踵を返して少しでも遠くへ離れなければなりませんでした。そうしてぐっと力を込めて耳を塞がなければなりませんでした。
あの島で、薬は最も貴重な資源でした。必要な量を考えれば、我々全員分の食料の方が貴重だったかも知れませんが、それでも錠剤の一粒が銃弾の一発よりも希少であったのには間違いありません。あの島では、敵を一人殺すより、風邪を薬で治す方が、よっぽど難しいことでした。
私は耳を手のひらでぐっと押さえつけて、自分の血の流れ以外には何も聞こえませんでした。そのくらいしっかりと耳を塞いでいたので、その日ただ一度だけの銃声を、私が聞くことはありませんでした。その日、戦闘は起こりませんでしたから、その日島で鳴った銃声はその一度だけで間違いないはずです。
島での食料は本当に貴重でした。乾パンなどの保存食はとうに底をついていて、細々とした畑とねずみやらとだけが私たちの命を繋いでおりました。もちろん、満腹になどなることはありません。その日その日は死ぬことはないとはいえ、私たちはみな少しずつ痩せていっておりました。
もちろんあそこは島ですから、海に行けば魚を釣ることもできます。けれど、島の海岸は見事な砂浜で、日差しの強い場所でした。ええ、空から丸見えの場所です。運が良ければ魚も釣れましょう。けれど、まず生きて帰ることなどが望めないのです。
それでも空腹というものは強烈なもので、毎週のように一人か二人か魚を釣りに行って、帰ってくることはありませんでした。
私と吉原一等兵も、その”一人か二人か”になる日が訪れました。
どちらが言い出したのか、もう憶えていませんが、吉原は釣りの経験があったようで、生きて帰れるかはさておき釣り自体には自信がある様子でした。
釣り竿は適当な枝を拾ってきました。釣り針は針金を曲げて作りました。問題は餌の方でした。土をほじくり返して、ミミズやら何かわからない昆虫の死骸やらを集めて、ようやく片手のひら分ほどにはなりました。やはり空腹というのは恐ろしいもので、今なら間違いなく食べないであろうそんな虫たちも、とても美味そうに見えたものでした。ええ、もちろん片手に収まったしまうほどの量では、私たちの一方の腹さえ満たせないのは分かり切っていましたから、集めた餌に手を付けるようなことはありませんでした。いや、どうでしょう。吉原が全く食べなかったかは分かりませんね。もしかしたらミミズや幼虫くらいは食べたかも知れません。
そうして釣りの用意ができると、吉原はずんずんと私の前を歩いていきました。鬱蒼とした森を抜けると、それはそれは白い砂浜と太陽とに、少し目が眩んだのを覚えています。
吉原は、迷わず波打ち際まで行って釣りを始めました。けれど私は、その日なたに出ることを躊躇いました。彼が私の名前を呼んでも、私はその一歩を踏み出せずにいました。どうしても、怖かったのです。
そうして迷っているうちに、嫌な音が響き始めました。腹に響くような「ぶううううん」という低い音が、遠くからやって来たのです。
「吉原! 戻れ!」
そう叫んだのを覚えています。吉原が、釣竿を持ったままいささか走りにくそうな感じでこっちに向かってきたのを見て、「そんなもの捨てろ!」とも叫びました。けれど、彼は釣り竿を離すことはしませんでした。
もっと強く言うべきだったのでしょうか。そうすれば彼は釣り竿を捨てて走ってきたでしょうか。彼が砂浜から離れる前に、それは訪れました。機銃弾が砂を拭き上げて、それが遠くから吉原のほうに近付いてくるのです。そしてすぐに、銃弾は吉原の背中を貫きました。音をたてて、吉原は倒れました。飛行機の音は離れていくのを感じて、私はあわてて吉原のもとへ駆けよって、どうにか引きずって森の中まで連れて来たのです。
最初は気が付きませんでしたが、吉原はふくらはぎも銃弾に貫かれていました。口のあたりが血で濡れていて、もう自力で立ち上がることもできないのか、やたら私を見つめてきました。
けれど私は、そんなことがどうでもよくなるくらい、吉原の肉に釘付けになりました。露出して見えるのは顔と首筋ぐらいのものでしたが、それでも私を夢中にさせるには十分でした。彼はもう助からないなと、そう思ったのですが、今にして思えば私の願望或いは言い訳だったのかも知れません。
とにかく口が渇いて、しょうがなかったのです。肝のあたりがきゅっと冷える感じがしました。けれど、どうしようもありませんでした。私は吉原の首にを手をあてて、必死で彼の首を絞めました。私の全体重をのせました。痩せと空腹とで力の入らない状態だったので、痩せた軽い体重をかけたくらいでは、普通なら簡単に払いのけられてしまったでしょう。けれど、それは吉原も同じことでした。まして吉原は銃撃を受けていて、痩せ細った私のことをさえ、払いのけることができませんでした。私の手首を弱弱しく掴むのが、彼の限界でした。
二分ほどそうしていたでしょうか。結局彼が死んだ理由が、私だったのか銃撃だったのかは分かりません。どちらでも関係ないことです。島に来てから、こんなにも大きな肉を見るのは初めてでしたから。
その場で口をつけることはしませんでした。木漏れ日が、それを許しませんでした。木漏れ日があるということは、太陽が見えるということ。すなわち、空か見えるということでしたから。私はその場にとどまるなどという選択をとることができませんでした。
私は懸命に吉原を引きずりました。力の入らない体で、仮にも大人一人分の重さのある彼を引きずるのは、本当に骨の折れる仕事でした。
どうにかこうにか、安心できる木陰にたどり着いて初めて少し視線を上げると、銃弾を受けた方の吉原の脚は、ふくらはぎの下側がもうありませんでした。私はぞっとしました。砂浜から延々とここまで、赤い痕を、ずるずると残してきてしまったと、ようやく気付いたのです。しかし、もうどうしようもありませんでした。ちょうど空の見えない場所でしたから、それでどうにかなるだろうと、私はその場で吉原の肉をとりました。
痩せこけた体は、少し古くなった肉のようでしたが、乾パンなどよりはよほど瑞瑞しいものでした。当然血抜きなどもできませんから、ずいぶんと鉄臭いものでしたが、そんなことは些細な問題でした。
その日、私は久々の満腹を覚えました。あの島で、満腹となった唯一の日です。
終戦の報せを聞いたのは、それからほどなくしてのことでした。
引き上げの時、ようやく本土が見えてくるころ、先生は甲板には上がりませんでした。ただぽつりと、私は医者のはずなのに、君らの誰よりも多く銃を撃った気がする。と。
吉原のことは、ついぞ誰にも、先生にさえ話しませんでした。