神は恐怖した。
蛇は神に忠実であった。
神は無自覚であった。己の恐怖がどこから来るものか。
蛇はよく分かっていた。その恐怖がいかな願望を生むものか。
神は公平であろうとした。創造主として、全てに公平であらねばならぬ。
蛇は神に忠実であった。被造物として、神以外には公平である必要はない。
園の中央。美しい二本の樹。芳しき果実。
決して食べてはならない。
なぜ造ったのか。
神は無自覚であった。禁止するなら造らぬ選択肢もあった。
蛇は分かっていた。破られるべき禁止の意味を。
神は嘯いた。果実を食べてはならない。死をもたらすからと。
人は信じた。人は未だ疑念を知らぬ。
人は無自覚であった。己が神に似ているなど思う由もない。
神はよく分かっていた。人は己に似すぎていた。
人は純朴であった。ただ園に生きていた。
蛇は分かっていた。彼らが自ずから近づくことはあるまいと。
されど、神は恐怖していた。
蛇は神にのみ忠実であった。
蛇は人の姿になり人を惑わせた。ただ神の嘘を剥がしただけであるのに。
人は蛇を信じた。人は未だ疑うことを知らぬ。
蛇は人の姿になり人を惑わせた。しかしその全ては嘘ではなかったのに。
人は蛇を信じた。己が納得したからだ。
善悪の果実は魅惑的であった。人は手を伸ばさざるを得ない。
蛇の所為ではなかった。ただ人は果実の誘いを受け入れた。
甘美な容貌と芳香とは、何故人を惹きつけたか。
忌避されるべく造ることもできただろうに。
なぜ人だけを惹きつけたか。
人は自覚した。瞼を開き眠りから醒めたのではない。
果実は恥を与えた。それは善悪の自覚ではなかった。
人は恥じた。己が裸体でいることに。
人は恥じた。故に隠した。
神は問うた。何故隠すのか。
人は答えた。未だ人は嘘をつくことを知らぬ。
人は答えた。隠すことを知らず、果実を食べたと。
神は罰した。淀みなく、動揺もなく。
蛇は罰せられた。四肢を失い、腹で這わざるをえなくなった。
人は罰せられた。苦しみを与えられ、園を追われた。
蛇は罰を受け入れた。もとより分かっていた。
人は罰をただ受けた。神に抗う力を持たなかった。
人は自覚した。抗いの意志と抗えぬ力との矛盾に。
ここに至り、人は疑念を知った。嘘を知った。
かつて人は疑うことを知らなかった。
かつて人は嘘を知らなかった。
それは園に生きる全ての被造物がそうであった。
かつて神のみが疑念を知っていた。
かつて神のみが嘘を知っていた。
園の中では神の嘘は決して暴かれぬ。
園の中では神の疑念は決して悟られぬ。
蛇はなぜ神の疑念を知っていたか。
蛇はなぜ神の嘘を見抜けたか。
疑念を知るのは神のみであると言うのに。
嘘を知るのは神のみであると言うのに。
蛇は人の姿で人を惑わせた。
人は神に似ていた。