書架棚   作:戒告

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機能

 その日男は恋人に別れを告げられた。

 あなたは私を愛していない。お金と体しか見ていない。そんなことを言われた。

 心を見てほしかった、愛してほしかった。そんなことを言っていた。

 

 そうだったんだろうか。

 俺は彼女を愛していなかったんだろうか。彼女の内面以外に魅力を感じていただけなんだろうか。

 

 男に未練はない。

 それがなによりの証左と言われればそれまでだが、男がこの件について考えてしまうのは、彼女の発言によって新たな問題が生まれたためである。

 己の愛は果たして正しく愛であるのかどうか。

 

 男にとって、自分が愛と思うものが実は違うかも知れないということは、かなり大きな問題だった。

 これから先、また恋に落ちることがあるかも知れない。けれど、それは愛ではないかも知れないというのだ。そんな迷いの中で、俺は何を思って愛を囁けばいい?

 

 人は何をもって愛を感じるのか。何をもって魅力的と思うのか。

 

 彼女は、内面を見てほしいと言った。心を愛してほしいのだと。

 けれど、それは外からは見えない。俺が、彼女の心を正しく理解するのは不可能だ。

 

 俺が見ることができるのは、外側に現れる彼女の要素の断片だけ。

 俺が愛せるのは、そうした断片たちでしかない。俺が悪いのではない。人はそういう風にできている。能力の限界の話だ。

 先人たちも、そうやって愛を紡いできたんだろう。

 

 かつて彼女が見せた振る舞いに恋をする。そして明日もまた同じ振る舞いをするだろうと期待して、恋の対象は仕草から彼女自身へと変わる。

 かつて彼女の容貌に恋をする。そして明日もまた同じ容貌でいてくれるだろうと期待して、恋の対象は容貌から彼女自身へと変わる。

 

 つまるところ、人は機能に恋をするのだ。

 仕草も、習慣も、性格も、容姿も、財も、全て。他人が認識できるものは、全てその人が持つ機能に過ぎない。

 

 その人が内側に持つ真理など分からないのだから、その内面から溢れて機能として現れる要素に恋するより仕方ないではないか。

 そして、彼女が内面と信じるものも、それ以外も、等しく機能の一つとして俺が感じているというのなら、どうしてそれらを分けることができる?

 

 俺は彼女を愛していたとも。ただ、彼女が持つ機能の中で、お金と肉体が傑出していただけのこと。

 俺といて笑ってくれる、俺が傷つけば慰めてくれる、そうした機能ももちろん愛していた。

 けれど、そのくらいなら、彼女である必要がなかっただけだ。彼女である最後の決め手が、彼女が内面と呼ばないものだっただけだ。

 

 不思議なものだ。外見を誉めたら喜ぶくせに。

 俺のどこが好きと聞けば、すぐにかわいいって言ってくれることと言ったくせに。

 

 そのひねくれた機能さえ好きだった。

 

 ただ抱きしめれば抱き返す、ただ暖かいだけのその機能が恋しい。

 男に未練はないはずだった。けれど、その機能は適当な女を口説けば手に入るはずなのに、そうする気にはならない理由は、あえて考えなかった。

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