『本来存在する筈のなかったあなたを呼び起こしてしまったこと。それによって招かれた今までの全ての状況』
『あなたがそうなってしまって初めて、事の重大さに気づくなんて』
『きっと私の話は忘れてしまうと思います……いえ、忘れてください。都合がいいと仰るでしょう、あなたは厳しい方ですからね』
『責任を負う者について、話したことがありましたね』
『あなたは全て1人で背負うと仰いましたが、私はそれが寂しかった』
『私では頼りになりませんか?……ごめんなさい、困らせたくなっただけです』
『もういいんです。あなたは背負いすぎなんですよ』
『休みましょう、もっと気楽に生きましょう……自分以外の全てを救った先の終着点には、もうあなたの居場所が無くなってしまったから』
『だからこれは、私に出来る精一杯の贖罪』
『どうかあなたに、安寧が訪れますように』
「ただ一つだけ弱音が許されるのならば……貴方と、もう一度言葉を交わしたかったです」
矛盾の権化
「……私もだよ」
意識が覚醒する。何やら長い夢を見ていたような気分だ。愛おしい声、もう2度と聞くことができない声……そんな気がする。おや、私は泣いているのか?なぜだ、いい夢だった気がするのになぜこうも悲しさが溢れてくるのだろうか。
ああ、少し不甲斐ない姿を晒してしまう。冷静になるまで少しだけ待っていてくれ。
すまない、もう大丈夫だ……先ほどから私は誰に話しかけているんだ?落ち着いたところで、状況を確認していこう。
どうやら私のヘイローは反転したらしい。もちろん神秘が恐怖に、という形でだ。しかし私はその時のことを全く覚えていなくてね、恐怖に変わるのだから何か深い絶望を感じていなければありえないはずだったんだ。
わからない、分からない……いや、
何故かポケットに違和感を感じたので弄ってみればそこにあったのは、『大人のカード』だったもの?のような赤黒いクレカのカケラ。おや、もしかして私は『先生』だったのかな?いや、ヘイローがあるのだからそんなわけもない。
うーむ、自分の体のことなのに謎だらけだ。こういう時は誰かの助言を得たいのだがそもそもここはどこなのだろう?見渡す限り黒。暗闇とかそういう次元じゃない、本当の黒一色が私の周りを象っている。
「あー……あ?なんだこの声は?いつもよりだいぶ高い?」
誰か居ないかと声を出してみればいつもの自分の声じゃない。テラー化した影響だろうか?しかし我ながら可愛い声をしているなぁ。
「私……おや、そもそも私はなんだ?」
おかしいな。自分のことについてあまり思い出せない。知識はある、一般常識も備えているつもりだ。ただ記憶が……そう、自分に関する記憶が妙にわからない。つまり記憶喪失、うわ面倒臭い。
「……ん?ヘイロー?大人のカード?先生?テラー?」
私は何を言っているんだ。あまりにも都合よく記憶が整理されている。私について思い出そうとすればするほどどんどんと記憶が引き出されていく。キヴォトス、ゲヘナ、トリニティ、シャーレ、先生、ゲマトリア、色彩…………ああ、キリがないな。
自分の記憶を整理して分かったことは、どうやらここもキヴォトスらしい。いや正確に言うとキヴォトスの外……に位置するようだ。ここから私はキヴォトスに辿り着かなければならない。先生としてか、ゲマトリアとしてか、それとも生徒としてか。ああ、ヘイローがあるならきっと生徒になるのだろうな。だがキヴォトスの外なら何故ヘイローがあるのだろうか。
……ダメだ。自分だけではいろんな矛盾が発生して答えに辿り着けない。
「私は、私のことを理解したい……」
自分のことがわからないのはとても気分が悪い。不快だ、吐き気がする。私の体は私のものだろう、私の精神も私のものだろう。そのはずだ、そうでなくてはならない。
「キヴォトスに、行く」
思考していなかったはずなのに、つい口からこぼれたその言葉。ああ、そうだな私。こんなよくわからない場所で悩んでいても仕方がない。ならば行こうではないか、キヴォトスに。透き通るような世界観に適応すればもしかしたら新たな視点で自分を観測できるかもしれない。
現状分かる自分の状態は、テラー化したということ。つまり結構強い体のはずだ。この空間からなんとか脱出するのに役立つかもしれない。さてと、私は今一体何を持っているのだろうか。先ほどは謎のカードのカケラしか見当たらなかったが、よくみれば私は鞄を所持している。何かしら持ってはいるだろう…………ほう!!手鏡。とても都合がいいな。早速自分の姿を確認しよう…………ん?
「大人?」
手鏡に映る自分の姿は、想像していたよりも大人びていて、顔つきも凛々しい。胸はそこまでないがおそらく身長も高く子供特有の体つきじゃない。正しく大人のようだった。
ヘイロー付きの大人……そのような存在は知らない。ゲマトリアにもヘイローは無かったはずだしこの世界にヘイロー付きの大人は登場していなかったはず。ならば鏡に映るこの自分はいったい……
それにしても禍々しいヘイローだな。テラー化しているのだから薄々勘付いてはいたが西洋の騎士の盾のようなマークにクロスするように剣と槍が重なったようなマーク。それがところどころ崩壊している赤黒いヘイロー。それが今の私だ。矛と盾……と言ったところか。目立つなぁ、情報量の多いヘイローはあまり見たことがないし、ここまで具体的なマークになることもあるんだなぁ。
ぺちぺちと自分の顔を触ってみたり、ヘイローに手を伸ばしてみたりするがなにも起こらない。どちらかというとこれが自分なのだという確認を丁寧にしているだけだ。
「目立つな、どうにかならないものか……は?」
そんなことを呟いた瞬間、視界が急に光り輝いた。眩しくて目を瞑ったが、しばらくして手鏡でもう一度自分の姿を見直す。そこにいたのは、先ほどの私を幼くしたような1人の少女。
「中学生……くらいか。ヘイローが……崩壊してない?これは、『神秘』のヘイロー!?」
ますます自分のことがわからなくなった。何故急に少女の姿に?テラー化はよっぽど好条件じゃないと戻らないのではないのか?というか私の体はこんなに可変式なのか!?
「『神秘』と『恐怖』を同時に併せ持つ……大人の姿と子供の姿……ははっ、人間として矛盾が生じすぎだろう?……矛盾……矛と盾……?それは、私のヘイロー……!!」
【矛盾】か。なるほど、だいたい理解してきた。私の性質は【矛盾】なのだろう。本来ありえない、神秘と恐怖の同居、しかし同時ではなくどちらか片方ずつという矛盾。大人の姿でもヘイローを持つ矛盾。子供の体に大人の精神が宿る矛盾。
矛盾矛盾矛盾……矛盾という言葉がゲシュタルト崩壊しそうだ。しかし、そうとなれば話は早い。
「ゲマトリア……ああ、そうだ。ゲマトリアへの接触。私は【私の存在という矛盾】を探求するためにキヴォトスで活動する。黒服やマエストロ辺りは積極的に受け入れてくれそうだな。まあ個人的にベアトリーチェがあまり好まないというのもあるが……派手に敵対しなければ問題はないだろう」
再びヘイローを恐怖に染める。一度体感すればコツも掴めるもので、ただ体のサイズが変わるのだけは当分慣れそうにない。
では次にどうすればこの空間を脱出出来るのか、なんとなくだがやり方は分かる。精一杯、拳に『神秘』を込めて殴りつければいいんじゃないか。よしやろう。
パリンッ!!
「……わーお」
マジかよ、いけたわ。
……取り乱した。目の前に広がるのは青空、しかし幾つか円があって……ああ、こんなものがあったな、というのが正直な感想だ。こうすっと受け入れることができて懐かしさを覚えているあたり、きっと私は生まれ変わりでも経験したのだろう。ほら、そういうの流行っていたし。誰がなんのためにというのは今考えても仕方がないので辞めにする。私はこういう時割り切りがいいんだ。
うん、そろそろ現実逃避を辞めようか。どうしてまず目に入ったのが青空だと思う?答えは簡単、下に雲があるからさ。
「ッッッッッッッッ!!!!」
私は今自由落下している。キヴォトスに来てまず経験するのが紐無しバンジーとは愉快な世界だよ全く。さて、どうしたものか。
こんなことを考えている間にも私は落下し続けておりそろそろ雲の中に突っ込みそうな勢いだ。
「『神秘』は万能ではない。翼でも生やせないものか」
あっ、生えた。え、生えた???
神秘ってもしかして万能だったりする?いや、そんなわけがない。せいぜい銃弾の威力を強化したり身体能力を強化したりするもののはずで、部位を増やしたり出来るようなものでは……ああ、なるほど。
「キメラみたいだな」
腰から左半身に向けてトリニティ生徒のような天使の羽
右半身に向けてゲヘナ生徒のような悪魔の翼
ミレニアムでよく見られるエルフのような尖った耳
一部生徒にあるような動物の耳(私のは何の動物か分からない)
それぞれ特徴的な部位が存在するが似通っていないので本当にキメラのようだ。だが翼が生えたところで飛行出来ないのがキヴォトス人の常識……いや、待てよ。私の性質が【矛盾】だというのならば……その常識すら矛盾に変えることも……ッ、出来た。
「おお、これが空を飛ぶ感覚……なんて気持ちのいい風だ」
大凡飛べるような作りの翼ではないにも関わらず、私の意思でバッサバッサと羽ばたくことで上手く飛行を可能にしているのもまた矛盾なのだろう。いや……どちらかといえば私の内包する『神秘』の大きさによるかもしれない。
これで落下死の可能性は無くなったので、ゆっくりと思考を続けることにしよう。
現在の私は『神秘』側として生徒の姿をしている。生憎制服ではなくただのジャージ姿なのでどこの学校の所属というわけでもない。浮浪者の生徒はそこそこいるのでうまく紛れられるだろう。
それと気づいたのだが、『神秘』の私は『大人のカード』の使用権を得ているらしい。『大人のカード』とは見た目通りのクレジットカードなのだが、先生のみが使用できるチート級の能力がある。どのような能力なのか具体的には分からないが敵対していたゲマトリアの黒服曰く、『生と時間を削って』手に入れた武器らしい。
何故私に使用権があるのか分からないが、私が使用することによってどのような能力があるのかも分からない。『恐怖』の私が手にしても朽ちたカケラでしかないのだが『神秘』の私が持つと普通のカードになる。これもまたおかしな話だ。『恐怖』の私は本来使用権がある『大人』であるのに対し、『神秘』の『生徒』の姿でのみ使用できる【矛盾】が発生している。ご都合主義というかなんと言うか……私が思うに、【矛盾】とはあってはならない、本来あるべき姿から離れているから【矛盾】であって今の私のように、私に都合のいい解釈はできない。
「地上が近いな。目立たない場所……あの丘でいいか」
私、大地に立つ。なんてね、体を包み込めるくらい大きな翼もきゅっと折りたたむことができるので見た目以上に細身に見える。
割と自然豊かな土地らしいので砂漠地帯のアビドスや大きな都市である3大学園付近でもないのだろう。ミレニアム、ゲヘナ、トリニティくらいしかあまり詳しくないのでここがどこなのかさっぱり分からない。百鬼夜行やレッドウィンターも知っているのだが学校自体には詳しくない。そもそも地理に関する知識が少ないのでここがどこだか本当に分からない。
「動くなッ!!両手をあげて大人しくしろ!!」
「おや?」
おやおやおやおや……なんとも嬉しい。第一村人発見と言ったところか。景色がいいので見惚れていたせいか、背後から迫ってくる足音に気づかなかった。10名ほど武装したロボット?アンドロイド?がアサルトライフルをこちらに向けてきていたのだ。
「私に何か用でも?」
「喋るな。空から落ちてきた怪しい人間がッ、不審人物として連行する」
うーん、正論。そりゃあんな飛行していれば嫌でも目立つか。別に連れて行かれてもいいのだが生憎と身分を証明できるものがない……『大人のカード』を見せればなんとかなるのかもしれないが、このキヴォトスが今どの時間なのかによっては本当に不審人物として捕えられてしまうのであまり見せたくはない。
「……おや?カイザーPMCじゃあないか」
カイザーPMCとは、キヴォトス随一の大企業と言っても過言ではないカイザーコーポレーションの一部で、PMCは民間軍事会社の略称だ。まあヘイロー持ちの生徒であれば何人によってたかられようが勝てる程度の弱さだ。銃すら持ってない私でも『神秘』のゴリ押しでどうにか出来るはずだが……これは運がいい。
「ああ、了解した。一応迷子であると言う前提で優しく拘束しておくれよ」
カイザーPMCの代表取締役は、ゲマトリアの黒服と関わりがある。もしこの世界にまだ先生が来ていなかった場合黒服にコンタクトを取るには最短の手段となるだろう。もし見当違いだった場合は蹂躙してシャーレに転がりこんでしまえばいい。
ふふっ、ついてるな私。でも拘束が痛い。
◆
「クックック……今日の私は運がいい」
「ああ、私もだよ。貴方に会えた」
はい、都合がいいね。なんと黒服にすぐ会えた。留置所みたいなところに連れて行かれたらすぐに物陰から黒服が現れた。うーん、これもゲマトリアだからこそ成せる技なのだろうか。便利だから使えるようになりたいものだ。
「単刀直入にお尋ねします。貴女は何者ですか?」
「ゲマトリアに参加希望の『子供大人』だよ」
「クックック!!面白いことを仰いますね。いいでしょう、少々お待ちください」
どうやら興味を引けたらしい。黒服に案内されるまま黒いモヤの中を入っていくと、なんとも落ち着く空間……ではなく私が最初にいた真っ黒い空間に机と椅子を置いただけのような部屋に到着した。
「どうぞお掛けください。紅茶とコーヒー、どちらにされますか?」
「では失礼、ふむ。コーヒーをお願いするよ。昔から飲んでいるから慣れていてね」
「ッ!!そうですか、わかりました……クックック!!」
私の独特な言い回しにも一々反応してくれるから面白いな。
それから用意されたコーヒーを2人で嗜んでから、本題に移る。
「改めて自己紹介をしたいのだが、私は固有名詞を持っていない。呼びやすい呼び方で構わない」
「そうですか、実は私もなんですよ。そろそろ固有名詞を持てと身内から言われてはいるのですが、どうにもしっくりくるものが無いのです」
「ほう、奇遇だな」
『黒服』じゃない?もしや小鳥遊ホシノと接触前……もしくはそれ以前なのか?まさかのところから時間を把握できたな。じゃあ私が提案してもいいだろう。
「安直だが、『黒服』と呼ばせてもらう。見た目の第一印象だが」
「構いませんとも。ええ、異様にしっくりくる響きですね。これから名乗る際に使わせてもらいます」
うむ、つかみは上場。黒服は会話が出来るから好ましい。探究のための努力を欠かさないのはとても良いよ、私が楽できる。
「それでは本題に移らせていただきます。先ほど、ゲマトリアに所属したいと仰っていましたが、いくつか質問しても?」
「ああ、構わないとも」
「では順に。なぜゲマトリアの名をご存知で?」
「端的に事実のみを述べるなら、限定的な未来を知っている」
「ッ!!なるほど、なるほど……!!クックック……ええ、信じましょうとも」
「ほう?ガキが生意気な嘘を述べているだけとは思わないのだろうか」
「貴女を観測すれば分かりますとも。その身に宿す神秘はこのキヴォトスでも稀代のもの!!それに加え、何やら別の要素もお持ちのようで?」
鋭いな、さすがは先生と舌戦を繰り広げるだけはある。それにしても観測か、口振から察するに生徒の能力は見るだけでなんとなく分かるのだろうか?だから先生を気にいる時には対話による理解だったのだろうかね。
「そこまで察するか……ふむ、私としても無駄な腹の探り合いは好かない。私は押しかけている側だからな、誠意を見せよう」
「誠意、ですか?それはいったい……」
「『恐怖』」
「ッッッッッッッッッッッ!?!?それはっ、まさか!?」
ガタッと椅子から立ち上がり大袈裟に驚いている黒服、いや大袈裟ではないのだろう。本当にあのレベルで驚いている。それもそうだ。
黒服の探求内容は、生きている生徒を人為的に『神秘』と『恐怖』の両立させることが出来るかを実験すること。私の知っている知識によればキヴォトス最高の神秘と称した小鳥遊ホシノでそれを行おうとしたが先生に阻止されている。
そして今ここにいるのは、現実に『神秘』と『恐怖』を両立させた実験の成功例とも言える存在。
「あ、ああ……!!いや、いや、しかし……」
「黒服の思考はわかるとも。これはあくまで両立ではない、100と0の
「ええ、ええそうでしょうとも!!ですがそもそも、『神秘』を持つ生徒が自らの意思で『恐怖』に転じ、自我を維持しているなど……ッ!!いえ、お待ちください、その姿は……?」
すごいな、ここまで取り乱した黒服を見るのは初めて……いや、先生の思想が理解できなかった時のあの様子並か。
今の私は『恐怖』、つまり『大人』の姿だ。急に背丈が変わったことに黒服は疑問を抱いているのだろう。
「分からない。だが肉体年齢が変化しているのは確かだろう。それも『大人』まで」
「やはりですか!!ええ、ええ……素晴らしい。まるで私の追い求める……」
「『崇高』、か」
「それもご存知でしたか。ええ、確かに貴女のソレは完全ではないでしょう。しかし限りなく100%に近い確率で私の求める『崇高』に合致している!!一つの体に『神秘』と『恐怖』が滞在しているその現状、見たところ切り替えも思うがままのようですね。ですが何故?何故?私の元に?」
「ゲマトリアに入りたい、本当にただそれだけさ」
「私は歓迎いたしますとも。しかしすでにほぼ『崇高』に至っている貴女がゲマトリアに加入する意義を見出せませんね。お聞きしても?」
「私は私の存在を【矛盾】と定義している」
「矛盾……矛盾ですか。少しお時間を頂いても?考えます」
「ああ、構わない」
流石の黒服でも、これだけのヒントでは全てを導き出すには難しいか。
私はコーヒーを飲みながら思考を続ける黒服を眺める。口という概念がないのか呟くという行動もないが、黒服からは小声が漏れている。
「一つ、ヒントをくれてやる。『神秘』……これを」
「…………ッ、ま、さか……それは『大人のカード』!?何故、『生徒』の貴女が!?」
「私は『神秘』で子供の時に使用権を持っている。対して『恐怖』で大人の時には朽ちたカケラに変貌してしまい使用権を失う」
「矛盾しています!!名前の通り『大人』で、ましてや『先生』でもなければ……む、じゅん……ッ、クックック……クックック!!まさかこの私が、無理数を置き換えて再計算することになるとは……!!」
「無理数……か、なるほど。矛盾というワードを上手く変換したな」
黒服の両手の指が踊っている。よほど気分がいいのだろう。もはや私のことなど視界にも入っていないのだろう、いつのまにかぶつくさ言っていた声は普通の声量になり、やがて止まった。
「解答を、よろしいでしょうか」
「ああ」
「自身の探究、それに付随する【矛盾】が生み出す『神秘』と『恐怖』のエネルギーの物質化、もしくは……」
「いづれ来たる『色彩』への特効薬。なるほど、どちらも正しい。ああ、邪魔をして悪い。私が知っているか不確定なワードは私から言うべきと判断した」
「助かります。もう少しでゲマトリアとして不適切な発言をするところでした。貴女は正しくゲマトリアの資質をお持ちのようだ。しかし、どうやら私の探究はまだまだ続くようです」
「そうだろう。何故なら私のこれは先天的なモノであるからだ」
「クックック、その通りです。私の探究はあくまでも後天的なもの……貴女の存在は私にとって到達点であることに間違いはありませんが、今すぐというわけにもいきませんね」
ニタリと、黒服が怪しく微笑む。実際に微笑んでいるわけではないだろうが雰囲気が物語っている。
「私は私を知りたい。何故この世界に存在しているのか、何故キヴォトス外の存在がヘイローを持つのか、何故【矛盾】という概念を顕現させることが出来るのか」
「『神秘』……これは私の『大人』としての責任だ。自らを知らない者が大人の責任を全う出来るだろうか」
「『恐怖』……これは私の『子供』としての我儘だ。どうしようもなく私は情欲で突き動かされている』
「クックック、歪んでいますね!!『子供』の姿で『大人』を語り、『大人』の姿で『子供』を語る……そこに常識的な倫理は介在しない。『子供大人』とはこれほど正しい使い方を知りませんね」
ああ、今私のヘイローはどちらを翳しているのだろうか。自分ではもう確認しない。どちらでも良いからだ。
「決めたよ黒服」
「クックック、何をでしょうか?」
「私の名前」
「お聞かせ願えますか」
「『パラドックス』私の命題に解は無く、ありとあらゆる矛盾そのものだ」
「ええ、ええ!!良い名ですパラドックス。私の全身全霊を持って、ゲマトリアへの加入を認めさせましょう……!!」
「黒服の得意な、契約は必要かな?」
「必要ありませんとも!!これは契約ではありません。私よりも一歩先を行く先達への敬意です」
その言葉は1番信用できないがなぁ……まあ黒服から好印象を獲得できただけでも十分だろう。
「ベアトリーチェ辺りは私の排除に来そうなものだがな」
「おや、彼女の事もご存知でしたか。おそらくその通りでしょう」
「過程と結果は知っているがその内心まではもう記憶にない。どうせ『崇高に至るのは自分だけでいい』なんて考えだろう」
「クックック!!彼女なら言いそうですね。そこまで把握しているなら何か策がお有りで?」
「ないよ」
「ほう?」
「私はさっき意識が覚醒したばかりでね。自分に何が出来るのかも分からなければ、普通の生徒のように銃が扱えるのかも分からない」
「それはそれは……まるで赤子、矛盾が一つ増えましたね」
「ああ、良い着眼点だ。私もそう思うよ」
神秘のゴリ押しでどうにかなるかって言われれば無理である。アリウススクワッドもユスティナ信徒も聖園ミカもベアおばも勝てる気しないし。そもそも自分が戦うということへの忌避感がある。何故だろうな?
「では無事ゲマトリアへの参加が認められましたら、投資をしましょう」
「投資?」
「ええ、お好きな学校への入学をお手伝い致します」
「なんだって?…………なるほど。それこそ訓練にはちょうどいいか」
「キヴォトスで観測出来る範囲でもパラドックスに追随する神秘の持ち主はどこに行ってもいるものですね。まだ入学前だろう生徒でも有望な存在が多く居ます。生徒としてならばすぐに大成されるでしょうが……私の個人的なオススメはトリニティでしょうか」
「ストレスで私が純恐怖化するのを見たいだけだろうが」
「クックック、はて。何のことでしょうか」
見え見えなんだよ。ゲマトリアは仲良しこよしする集団じゃないからなぁ。
トリニティかぁ。順当にいけばトリニティは好きだし実力者も多いが、思想が腐り切って終わっているからな。
ゲヘナはゲマトリアの隠れ蓑にはちょうどいいが基本野蛮人の集まりなのがよくない。
アビドスはそもそも所属するだけで借金地獄の片棒を担がされる。
ミレニアムは一番平和そうだが、先生陣営との関わりも増えそうだ。
「黒服とは気が合いそうだからな。これからもよろしく頼むよ」
「ええ、ええ!!パラドックスとは良い関係で居たいですからね」
私たちはしっかりと握手をして交友を深める。
「部外者の私がゲマトリア会議場に足を踏み入れるのも良くないだろう?しばらくは私のデータを提供がてら衣食住の安定を手伝って欲しいのだが……」
「それは願ってもないことですが、当たり前のように会議場を話題にされると機密もあったものではないですね」
「許せ、どうせ私では侵入不可能だ」
「そうですか、では仮拠点の一つをお譲りしましょう。資金に関しては採取したデータの質からの出来高制ということでいかがでしょう?」
「構わないが……私は金に関しては欲張りだと自負しているぞ」
「クックック、伊達に悪い大人をしていませんよ」
「うーわ……失礼、そういうことなら頼りにさせてもらおう」
今日1番悪い大人の笑みしてたな黒服。なぜか異様に黒服に好感が持てるから正直今の状況はなかなか感動しているところだ。実際に接してみると全く信用ならないがね!?