アビドス高校で5人の少女達が楽しそうに笑っている……ただしそのうちの1人は全身が真っ黒な靄に包まれていてそれが人なのかすらも判断できない。
一人称視点である為、この光景は私もその場にいるということらしい。
だとすれば私もこの少女達に受け入れられているはずなのに……誰かを忘れているなんて悲しいな。
「君は……どうして正気でいられる?」
「…………セイアか」
刹那、世界の時が止まった。そして私の背後の扉から百合園セイアが現れる。
ここは夢だからセイアも干渉できたということか。
「ユヅキ、私が君に干渉できたのは今の君が酷く不安定な状態だったからだ。最近は干渉すら出来ないほど強固な心の防壁を貼っていた君が、
「セイアにはこの景色がどう見える?」
「たった1人だけ靄がかかったように真っ黒に塗りつぶされているね。君の夢なのだからそれは私にもそう見えるよ」
……夢とはいえ現実を見せつけられるのは苦しいな。夢でくらい良いものが見たかった。
「以前、私を通して一つの可能性のキヴォトスを見たな?ここもそうだ、私の知るキヴォトス……セイアが楽園と呼んだものだ」
「ここが……ではなぜ、1人だけ……」
「それが私の選択だったからだ。『神秘』の物質化、有体に言えば『奇跡』を起こした代償として、楽園との唯一の繋がりである『思い出』を失ってしまう」
「なんだって?『奇跡』とは……希望に満ち溢れたモノだろう?」
「『奇跡』は起きるものであって、起こすものじゃないんだよセイア。私がもしこのまま『奇跡』を起こし続けたら……辿り着く末路は一つ。このキヴォトスで起こったありとあらゆる事象を忘れるだろうな」
「ああ……私にもそう視えた。だから問う、何故正気でいられる?」
それを聞く為にわざわざ干渉してきたということか。セイアも意外と暇だな。
「それでも、進み続けるしかないんだよセイア。失ったものばかり数えても仕方ない。ならば、失って、進んで、失って、進んで……何かを得れたなら……それは新しい『思い出』になる」
「ッ……私はそんなに割り切れない」
「割り切れていたら……夢でこの景色は見れていないさ」
「君はもう……いや、最初から、正気じゃなかったということか」
「ククッ……そうかもしれんな」
私の話をするときのセイアはいつも悲しそうだ。これも私のせいであるのだが……
「ユヅキ、君はもしかしたら知っているかも知れない。それでも伝えておきたいことがある」
「アリウスによる襲撃か?」
「……ああ。近いうち、私はアリウス分校に襲撃されヘイローを破壊される」
「表向きはな。実際は躊躇った白州アズサと共謀したセイアが自身の死を偽装し救護騎士団の蒼森ミネと共に安全な場所で療養するはずだ」
「流石だね……頼みがあるんだ」
「エデン条約について私が力になれることは少ないぞ。私は色々な意味で君達の敵だ」
「それでもだよ。エデン条約締結の話が出る頃に一度私の下に訪れて欲しいんだ」
何故。それになんの意味がある?私はセイアに対して何かが出来るわけでもないはずだ。
「ミネに
「私が事前に伝えておくさ。半分天使半分悪魔のゲヘナ生が現れたらもてなすように、とね」
その言い回しだとしても
「……なぁセイア。襲撃を防ぐという選択肢は無いのか」
「あり得ないとも。何故ならこれは防ぐべきじゃない事象だからだ」
「その結果引き起こされることを分かっていて?」
「……ああ。彼女達には申し訳ないと思っている」
セイアが襲撃を防がない。つまりミカの裏切り、ナギサの不安を全て許容するということになる。
「私に、全てを救えと?」
「そこまでは言って……いや、結果的にはそうなってしまう。もしかしたら君に頼むことじゃないのかも知れない。だが私には現状頼れる人物がユヅキしかいない事も事実だ」
「……セイア。お前はもしかしたら気づいていないのかも知れないが、相当ひどいことを言っているぞ」
「もちろん理解している。ミカにはトリニティとアリウスの板挟みにさせてしまうしナギサには1人でトリニティを背負わせてしまう」
セイアは空を見上げながら、仕方ないという具合に首を振った。
違う、違うだろうセイア。それもあるが、もっと酷い事があるだろう。
「私に……大切な友人が死にかけるのを、知っていながら黙って見ていろ、とそう言うのか?」
「ッッ!?………………ああ、そうか。すまないユヅキ、今回の話は忘れてくれ。大切なものを失った君に随分と酷なことを伝えてしまった」
セイアは気づかなかったと驚き、納得し、申し訳なさそうにしていながらもその口元は少し笑っている。なぜだか嬉しそうだ。
「ちょっとこっち来い」
「?ああ、なんだ……ふぁ、ふぁひしゅふ……!?」
「バカへのお仕置きだよ」
私は徐にセイアを呼び寄せ、手が届く範囲に来たのでその両頬をつねる。狐耳と尻尾がピンと伸びされるがままにつねられている。
「失うのは苦しい。それが友人なら尚更だ」
「……」
「だけど、そんな友人が覚悟を持って決めた。友人として、応援したい」
「ユヅキ……」
私はつねるのをやめて、セイアを抱きしめる。
「悲しい未来に絶望していた友人が、それでも希望を持って前に進もうとしている」
「ユヅキのおかげだ。楽園はないかもしれないが、無いなら作ればいい、それに向かって進めばいい。だから私も希望が持てるんだ」
「その勇気に敬意を。助けに行けなくてごめん」
「その言葉だけで、覚悟を決めた甲斐があったとも」
私はセイアから離れる。セイアは少し名残惜しそうにしながらもその瞳には強い意志を宿している。強くなったな。
「まあ私の知っている通りなら、私が出張らずとも全て解決されるだろうがな」
「なんだって?それはどういう……?」
「全てをハッピーエンドに持っていく、そんな希望がいつか現れる。そんな予感がするだけだよ。しばらくお別れだセイア、頑張ろうな」
「ッ……ああ!!」
少しずつ世界が虚になっていく。どうやら夢が覚めるらしい。
去り際に、セイアが思い出したかのように鋭い視線になった。
「そういえばユヅキ、君のせいで私はナギサとヒフミが話しているのを見るたびに吹き出してしまい、ロールケーキを捩じ込まれそうになるのだが」
「知らん。私のせいだがそれは本当に知らん。悪い大人の冗談に引っかかったと思って諦めろ」
「……ふふ、随分と無責任な大人がいたものだね」
やっぱカラオケであれ歌ったのまずかったかなぁ……?
「今度こそいい夢を、ユヅキ」
「盾だ。盾が要る」
「どうしたのユヅキ。そんな藪から棒に」
セイアとの会話から2ヶ月ほど経過した。相変わらず生徒会室にて書類仕事に明け暮れていた私だが、とあることに気づいてしまった。
正面にいるサツキ先輩がおかしな物を見るような目で訪ねてきているが、こればっかりは仕方ない。
「そろそろ今日のノルマが終わりそうなのだが……ミレニアムに行ってきてもいいか?」
「それは構わないけれど、さっきの独り言と関係あるのかしら?」
「ああ。私はこのSMGがメイン武器なのだが、盾が欲しくなってな」
「盾?ゲヘナじゃ珍しいけど持ってる子は居るわね。それでどうしてミレニアムに?」
「ミレニアムなら特注で質の良い物を作ってくれると聞いてな。幸い懐は暖かいからこの際作ってしまおうと」
先日のビナーとの戦いでは、致命傷になりそうな攻撃ばかりでなんとか避けてはいたが流石に限界があると感じた。いや、落ち着いて聞いて欲しい。別に率先してビナークラスの敵と戦おうとかは思ってないんだ。むしろ嫌だ、私は平和主義者なんだ。売られた喧嘩は必ず買うだけで。
それに、私の防御力と神秘量ならば誰かのためのタンク役に務めた方が役に立てるのでは?と思ってね。だから盾が欲しいと思った。
「良いじゃない。ユヅキったら、喧嘩売られてる時はいつも拳で解決してるし盾でぶん殴った方が早いと思うわ」
「私はそこまで物騒じゃないぞ!?」
「でも今、ちょっと良いかも?って思ったわよね」
「…………はい」
ぐっ、サツキ先輩にはやはりバレるか。
「まあミレニアムなら問題はないんじゃないかしら?それ以外の学校だとちょっと厳しかもしれないわね」
「なぜ?」
「あー……まあ、ユヅキなら大丈夫よね。エデン条約って知ってるかしら?」
「ッ……ああ。表向きは『過去の因縁とか関係なく今のトリニティとゲヘナで仲良くしましょう』っていう条約だな」
「えらく大雑把に言ったわね……合ってるけど。じゃあ裏向きは?」
「犬猿の仲であるトリニティとゲヘナを表面上仲良くさせておくことで連邦生徒会が舵取りしやすくするための条約だろう?」
「あら。想定上に把握してたのね。どこで聞いたのかしら」
……まずい、やらかした。ゲヘナ1年生の相反ユヅキでは知り得ない情報だったか。まあ言ってしまったものは仕方ない。
「諜報部じゃないのは分かってるとは思うが、私は独自の情報源がある。いくらでも調べてくれて構わないがなにも出ないぞ」
「ふぅん……議長とマコトちゃんには報告するわよ」
「構わんよ。いくら拷問されようとも喋る気はない」
「そんなことしないわよ〜。まあそこまで知ってるなら、トリニティには行かないようにね」
「分かっているさ。私は平和主義者だぞ?」
「…………うふふ」
「そんなに信用ないかなぁ……」
サツキ先輩から冷笑されたところで仕事が終わったので、挨拶をして学園を出てきた。
ミレニアムは未来のシャーレやアビドスと比べたら遠いから行くのは億劫なんだが……まあ必要経費だ。
ミレニアム自治区の検問にて学生証を提示し、自治区内に入る。若干ビビられたけど、銃を預けても良いと言ったら土下座される勢いで謝られたのでそのまま中に入る。
ミレニアムは相変わらず凄いな。自治区に入った瞬間に近未来間溢れる街並みが視界いっぱいに広がっている。記憶と地図を頼りに学園まで到着し受付を済ませてエンジニア部までの道を歩く。
………やはりというべきか、ゲヘナの制服だと目立つな。ヒソヒソと噂話をされている気もするし。
「おい、ちょっと待ちな」
「む?」
廊下を歩いていると突然声をかけられる。辺りを見渡しても声の主らしき人物は見つからない。
となると……ああやっぱり。
「テメェ、今見失ってなかったか?」
「さ、さぁ?なんのことやら……それよりも何用かな?C&Cの美甘ネルさん」
「へぇ……ゲヘナ生でも知ってんのか。アタシも有名になったもんだ」
美甘ネル。
ミレニアムの3年生……は私の知るキヴォトスか。現在は2年生のはずだ。メイド服を着ていることからC&C所属なのは間違いなさそうだ。ミレニアム最強の名を欲しいままにする実力者だ。
「いやな?ゲヘナの万魔殿の生徒がミレニアムにアポ無し出来てるっつーから一応、な?分かるだろ?」
「それを言われると返す言葉もないが……今日はエンジニア部に用があるだけなのだが」
「余計に気になるわ」
「………やはりか?」
「おう。一応目的を教えてくれよ。内容次第で悪いようにはしないからさ」
「特注の盾が欲しいんだ」
「……盾?それだけか?」
「それだけだ」
事実なのでそのまま伝える。私の様子を訝しんでいるネルだったが、堂々とした私の態度に一応納得したのだろう。警戒の色を薄くしてくれたようだ。
「あーわりぃ。マジでそれだけだとは思ってなかったんだわ」
「いやまあ……対応としては当然だと思うが……」
「詫びと言っちゃなんだけどよ。エンジニア部まで案内するぜ?」
「じゃあ頼むよ。正直、噂に聞くエンジニア部に単身行くのは不安だったんだ……変な機能をつけられそうで」
「ははっ!!だろうな!!あ、アンタ名前は?」
「相反ユヅキ。ゲヘナ学園1年生で万魔殿副議長を務めている。よろしく」
「おう、よろしくなユヅキ!!」
まさか偶々きたミレニアムでネルと知り合えるとは思っていなかったが、ここで顔合わせしておくと今後も楽なので僥倖だ。
ネルと談笑しながらエンジニア部へ足を進めていると、突然爆発音が聞こえてきた。
エンジニア部の部室からだ。
「「…………」」
私は唖然とし、ネルはあちゃーという顔をしているだろう。
「わり、ちょっと行ってくるわ。ついでに話は通しとくぜ」
「あ、ああ頼む」
10分後、中からネルと爆発とネルの折檻でボロボロのエンジニア部が私の要望を聞いてくれ、2週間後にまた盾を取りに来る約束を取り付けることが出来た。
うーん、流石キヴォトス。なんでも起きるな。
「にしても面白い盾頼んでるな。なに想定だよ」
「備えあれば憂いなし、というだろう?私は戦闘が得意じゃないから備えておくほど安心なんだ」
「ユヅキ、冗談きついぜ?お前かなり強いだろ」
「総合力なら確かにゲヘナで上位を狙えるだろうが、そもそも戦闘行為が好きじゃないんだ。平和が1番だからな」
「お前なんでゲヘナ入ってんだよ」
いやはや手厳しい。
用事が終わったのでどうしようかと思っていたところ、ネルがミレニアムを案内してくれるというのでお言葉に甘えている。
「おーっす。客連れてきたぜー」
「あれー?ネル先輩がお客さん連れてくるなんて珍しいじゃん!!いらっしゃ〜い」
「お邪魔する」
やってきたのはC&C部室。いきなり総本山かよ、とツッコミたかったがグッと抑えて平常心で接する。まず出迎えれくれたのは一ノ瀬アスナ。朗らかな笑顔が特徴的で私の記憶では大型犬っぽいという印象が強い。
「部長が見て来いって言ってた人ー?綺麗な人だね!!私一ノ瀬アスナ、一年生だよ!!」
「相反ユヅキ、ゲヘナ学園一年生だ。同学年だしユヅキでは構わない」
「よろしくね!!あ、モモトーク交換しよっ。先輩のお客さんなら良い人っぽいし」
メイド部という呼び名がミレニアムで浸透している通り、部員達が皆メイド服を着ているし茶を出す手際は本職に勝るとも劣らない。そして美味い。うーん、素晴らしい。
「じゃあネルも交換しないか?ウチの情報も出せる範囲で出してやれるぞ」
「おいおい、そんな事いっちまっていいのか?まあくれるっつーならもらうけどよ」
2人とモモトークを交換して20分ほど談笑する。カリンが居ないようだが、おそらく出払っているのだろう。
「へー!!そんな変な盾依頼しにきたんだ。戦車と正面切ってやり合うの?」
「まあ依頼した性能だけ聞けばそう思うのも当然だろうな。ぶっちゃけ、頼まれてくれるか怪しいと思って依頼したんだが……通ってしまってな」
「ははっ!!アイツらエンジニア部に難題押し付けりゃそりゃ受け入れるだろうよ。そっちの方が燃える連中ばっかだしな。むしろもっとゲテモノできるかもしれねぇ」
「それは、困るなぁ……」
「あっはは!!完成が楽しみだね!!」
うーむ……やはりただひたすら硬い盾を依頼しておくべきだったか?
「うっし、じゃあ次行くか!!」
「えー!!もう行っちゃうの!?じゃあ私もついていくー!!」
「お前は書類仕事があるだろ」
「飽きたんだもーん」
「ダメなもんはダメだ。さっさとやれって」
「ちぇー。ユヅキまたねー!!」
「ああ、次も顔出すよ」
そんな感じで部室を後にした私とネル。
その他トレーニング部や野球部など様々な部活動を見学した後、私達は自治区検問所までやって来ていた。
「今日はありがとうネル。なかなか良い経験で楽しかったよ」
「良いって別に。アタシも要人警護の練習だって思えば面白かったしな」
「要人……今思えば私って要人になるのか」
「いや気付けよ。他校の生徒会副会長が要人じゃなくてなんだよ……じゃあまたなユヅキ。今度戦おうぜ!!」
「要人と戦っていいのか?」
「同意がありゃいいだろ」
「ははは……考えておくよ。じゃあまた」
そしてネルと別れ、ミレニアム自治区を後にした。
帰るのも面倒になって来たので、ワープ装置で私の空間に移動した。
中継地点の一つに私の家があるので、ここからならすぐに家に帰れるのだ。ゲマトリア様様です、本当にいつもお世話になっております。
とりあえずこれで戦闘については十分だろう。ゲヘナでの立ち位置も、仕事も、ゲマトリアも今のところ順調だ。
だからこれからは、来たるべき騒乱に向けて自身の研究を進めよう。
次に会うときは、きっと私は色んな人を忘れているだろうな。
大人のカードの代償はかなりきつい。きついなんて物じゃない。私が私たる所以を失っていくにつれて私の研究が進んでいくのだ。ははっ、皮肉だな。それもまた私の象徴である『矛盾』か。
さてと、ゲマトリア会議場には誰か居るだろうか?最悪ベアトリーチェでもいいから研究に対するインスピレーションを貰いに行こう。
では諸君、またな。
「クックック……パラドックスが覚悟を決めたようですね」
「そのようだ。新たな同志の研究、興味がある。私の作品のインスピレーションにも影響を及ぼしてくれるだろう。あわよくば、図書館に奇談として収録されるとよいが」
「彼女の『テクスト』は生徒や我々とも違いますので、観測のやりがいがありますね」
「そういうこったぁ!!」
「興味がない、と言えば嘘になりますが、たかだか一年で研究が進むとは思えませんね。ですが、先輩として助言の一つくらいくれてやりましょうか」