「……議長、意見具申申し上げたい」
「却下だ」
「入部の際も思ったのだが、せめて聞かないか?」
「実務研修とは聞いていたがこんなに書類仕事しかしないとは思ってなかった、これで本当にいいのか?……だろ?」
「一言一句当てられた……」
「クハッ、ユヅキは鉄仮面だが分かりやすいからな。この1ヶ月でだいたい把握した」
「今更よ〜ユヅキ。うちのメンツ、だいたい議長に本心当てられてるの。そういうものだと思ったほうが気が楽よ。諦めなさい」
やぁ諸君。万魔殿に入部してから現在1ヶ月が経過した。
マコトとの研修が無事終了し、今は議長の元で実務研修を行っている。と言ってもこの部屋には議長とサツキと私のみで他のメンバーは出払っている。
と、いってもここ2週間ほどずっと書類仕事ばかりなのだが……
「まあまあ、そんな不満そうな顔すんなって。ユヅキが思ったより優秀だったからここで馬車うm………書類仕事を任せてんだぜ?」
「今馬車馬って言いかけたな?」
議長はケラケラと笑いながらもその手は止まっていない。まさか事務仕事が普通にできるとは思っていなかったので普通に驚いている。
「んで、ゲヘナはどうだ?早速問題児どもと連んでるらしいじゃねえか」
「まるで私も問題児の1人みたいに言ってくれる。まあ確かに……マコト先輩、ハルナ、カスミヒナ、となかなか濃いメンツと知り合ったとは思っているが……」
カスミ、というのは鬼怒川カスミのことで、温泉開発部の1人で1年生だ。そう……あの悪名高き温泉開発部の1人。どこから聞きつけたのか私が温泉好きと知りよく絡んでくるようになった。私は入るのが好きなだけで開発するのは別に好きじゃない。
「お前……自分が問題児よりなの分かってなかったのか……?」
「……は?バカな、そんなはずは……」
「ユヅキ?本当に、本当に自覚ないの?」
私の発言にピタッと手を止めた2人。ギギギッ、と擬音がつきそうな感じで私に視線を向けた2人はあり得ないものを見るような目だった。
「……いや、すまない。本当に自覚がない」
「当たり前のようにゲヘナ内の空飛びまくる、売られたケンカはほぼ必ず買うし全部拳で勝つ、美食研究会と温泉開発部に気に入られてる。入学2ヶ月でこれだけ話題に上がるやつはいねぇぞ?」
「…………」
「本当に知らなかったって顔してるわね」
嘘だ、嘘だろう?私が問題児だと……?真面目に授業を受け真面目に生徒会なんてものに所属している…‥この私が?確かに1人の時の移動は基本飛行だが、ケンカは売ってくる方が悪いだろう。買ってすぐケリつけないと校舎や地面に被害が出るだろうし。それに厄介部活どもは知り合いなだけで別に共に活動したことなどないのだが……
「犯罪してるわけでもねぇし風紀委員会に捕縛されることもやってない。別に良いけど自分の評判くらい把握しとけよ」
「……あい分かった」
「うふふ、でもまあゲヘナならそのうち気にされなくなるわ。人の噂もゲヘナなら1週間もてばいい方よ」
「むしろゲヘナの連中はもう少し情報というものに興味関心を持ってほしい……」
「ただいま戻りました……って、ユヅキはどうして項垂れているのですか?」
「あぁ?おかえりイロハ、実はかくかくしかじかでな」
「ああなるほど、私もたまにユヅキが飛んでいるのは見ますが……自覚無かったんですか?」
「うぐぅ……」
視線が痛い……!!まさか戻って来てすぐのイロハにまで呆れられるとは……
「ユヅキはゲヘナ生とは思えないほど常識人枠と思っていましたが、無自覚トラブルメーカーだったんですね」
「待ってくれイロハ!!それはいくら何でも不名誉すぎる!?」
「ハハッ、良いじゃねえか。仕事できてちゃんとこなしてんだから悪いことじゃねぇ。むしろやりたいことやってトラブって、自分で解決してんだからやり手だろ。しかもユヅキと一緒にいる時の問題児どもはあんまりやらかさねぇからな」
「なんだ、役に立ってるんですね」
「何だこの状況……私は今褒められてるのか?それとも貶されてるのか?」
「どっちもじゃないかしら」
そっすよねぇ……はぁ、なんかいきなり疲れた。
全く、ちょうど仕事も終わったし温泉に行って休むとするか。
「議長、終わったから確認を頼む。ダブルチェックはしたので不備はないと思うが」
「おう…………ふむ……文句なしの出来だな。お疲れさん、ユヅキとイロハは今日は上がっていいぞ」
「「お疲れ様でした」」
「お疲れ様〜2人とも」
議長とサツキに挨拶しイロハと共に執務室を後にする。
「ユヅキはこの後何かするんですか」
「いんや、さっきのやり取りで精神的ダメージを負ったから温泉にでも行こうかと思っているぐらいだな」
「あー……しっかりショック受けてましたね。ところで、ユヅキはゲームする方ですか?」
「うん?まあ人並みにはする方だが。ゲーセンにでも寄って行くか?」
「いえ、今月のゲームマガジンが販売されているので一緒にどうかと」
「……ほう」
イロハといえば面倒くさがり屋、というくらいイメージが付いていたのでイロハの方から積極的なコミュニケーションを取ってくるのは意外だったな。
「サユリ先輩ほどじゃないですけど、意外だなって思ってることくらいは分かりますよ」
「……そんなに分かりやすいか、私は」
「ええ。今日はサボったので今はお出かけしたい気分なだけです」
「サボったのか……一応私達まだ研修期間だろう?」
「すべき事は全てこなしていますし、ユヅキみたいに仕事中毒じゃないので効率のいいやり方は心得ました。仕事中毒の方は自覚ありますよね」
「……あるな」
書類仕事には良い思い出が一切ないが、やり始めると熱が入るのが私の良くないところだ。私が分かりやすいのかイロハがよく見ているのか、もうだいたい見抜かれているらしい。
「それでどうしますか?」
「ん?ああ、本屋か。せっかくだし行こう。今月の付録は是が非でも確保しておきたかったんだ」
「……さては、結構なオタク趣味ですね?」
「ッハッハッハ……小遣いの殆どはそれに吸われているな」
いややはりな……私の記憶の2年前となるとお宝ばかりで……あれもこれもと見境が無くなってな……ハハ。
「貴方、寮じゃないですよね?意外とお嬢様?」
「副業で収入があるだけだよ」
「校則では起業は禁止されていたはずですが」
「起業はしてないさ。個人的な伝手でバイト代をもらってるんだよ」
「なるほどです」
嘘は言っていない。個人的な伝手(黒服)でバイト代(マネーロンダリングされた綺麗なお金)を貰っているだけだ。
その後、イロハと本の趣味も合うことが判明し結構な時間語り合ってから解散した。
「あ、そういえば」
「どうした?」
「ゲヘナでは天使の翼持ちって見た事ないので触らせてください」
「構わないがくすぐったいから優しく頼むぞ……ちょ、あの、うぅ……」
「おおー……すっごい触り心地いいです……この羽毛を枕にしたらとても快眠できそうですね。くれませんか?」
「殺す気か!?」
◆
「クックック……パラドックス、準備はよろしいですか?」
「ああ、問題ない。とは言ってもやはり緊張するな」
「私以外のゲマトリアと会うのは初めてですから致し方ないでしょう」
休日。黒服は遂に私のゲマトリア入りのサポートをしてくれる事になった。流石に一同が会する会議には参加出来なかったが、事前のアポ取をしてくれたおかげでマエストロに会える事になったのだ。
私は気合を入れるべく『恐怖』の大人の姿になり、いつもは着用しない燕尾服を着ている。ゲマトリアとしての服はこれで固定でも良いかもしれないな。
「マエストロがどんな人物かはご存知ですか?」
「タキシードで双頭のデッサン人形のような外見、神秘に対し芸術的観点で表現することを楽しんでいるような感じがした。私はあまり芸術への造詣が深くないので認められるかは怪しいところだ」
「クックック……パラドックスならば問題ないでしょう。では転送します、良き出会いとなるよう祈っていますよ」
「ああ、黒服。感謝する」
「では行ってらっしゃいませ」
黒服の持つ転送装置が起動し私は目を閉じて転送終了を待つ。数秒待つと浮遊感が無くなり到着したと判断して目を開けた。
……
………
…………
「ようこそ、美しき神秘に剛健な恐怖を兼ね備える者よ」
「お初にお目にかかる、私はパラドックス。神秘と恐怖が混在し矛盾した存在である私自身を探求するためにゲマトリアに参加希望の者だ」
「私の事は芸術への敬意を払いマエストロと呼びたまえ」
マエストロが居た空間は、まるで芸術家のアトリエの様だった。
しかしその芸術とは絵画のアトリエではない。見るに堪えないような醜悪さ、何者をも魅了するような美しさなどさまざまな要素が混在した形容し難い空間だ。
マエストロは私にさえも一礼をして着席を促した。凄いな、紳士とは彼の事を言うのではないだろうか。
「して、この邂逅は実に素晴らしい。黒服からデータは貰っていたが……実物がここまでの者とは……」
「……?気に入って貰えたならば何よりだが」
「ふむ、そなたの探求対象は自分自身。しかし神秘と恐怖の探究となれば前例がない部分も多い……おお、良い、良いぞ。神秘と恐怖、対極にあるものの筈だが今ここに一つとなって存在している。ああ……インスピレーションが湧いてくる……!!」
前言撤回だ。
コイツ、人の話を聞きやしない。怪しさ満点だがまだ黒服の方が話が通じるやもしれん。
「…………ああ、すまない。パラドックス、だったな。ネーミングセンスは黒服と同レベルの様だが……パラドックスよ、そなたからして芸術とは何か?。そうだな……例えばこれだ」
「それは、確か……『貴婦人と一角獣』だったか?」
「なるほど、知っていると。素晴らしい、最低限の教養は持ち合わせているようだ」
知らない人は分からないだろう?ワイルドハント芸術学院の生徒なら一般知識だろうがな。ゲヘナでは分かる人を探す方が難しいだろうな。
「一般的な解釈だと五感を表現したものだったはずだが……!!!!
マエストロ、貴方はこの一瞬でそれほどまでに私という人物を形容できるのか」
「なに、そなたがこうして私の前に現れたこそだ」
貴婦人と一角獣というタペストリーの解釈は、触覚や味覚などの五感、それらからくる理解というのが通説だ。
私に対してこのタペストリー……もちろん本物ではないだろうが、これを見せてきたという事から彼の意思を表現すると……
『自分を最も理解するためには、五感全てで自らを感じ表現する事』
つまり経験……私が何者なのかを知るためには私の全神経を以て経験を重ね理解を深めて行け、とそう言っているのだ。
「これが……芸術……表現する者の視点でこうも解釈の幅が出るとは」
「そうだとも。私は神秘を芸術で表現したい。このタペストリーのように、絵という形で明確に表現されている訳ではない。この神秘に満ちたキヴォトスこそが、私がどう解釈して行くかを探求するに値するのだ」
そうして出来たのが、ヒエロニムスやミメシスという訳か。概念や教義という形なきものを表現するというのは、キャンバスの無い空に絵を描くのと同義……マエストロ、貴方は凄い芸術家だ。
「ふむ……ではマエストロ、本物の芸術家足る貴方にお聞きしたい」
「言ってみよ」
「私の肉体は貴方からどう見える?黒服曰く、このアシンメトリーの翼でも肉体を構成する要素はまさに黄金比、との事だが……」
「なるほど、一目見た時はこうも歪で矛盾を孕んだ存在が居るものだと感じたが……いや、その矛盾こそがそなたを表現するにふさわしいだろう。
世論はシンメトリーを求めやすい。何も考えず、何も感じずとも、誰が見ても明らかに理解の及ぶ範疇であるからだ。そなたらに分かりやすく言うならば『シンプルイズベスト』という事。
それも悪くない。私からすればそのシンプルさですら、探究を深めればその奥深さを味わえるというもの。
しかし!!!!」
「おおう……急に大声を上げてくれるな」
これは……通常運転なのか?そこら辺も黒服に事前の確認をしておくべきだったか。
「アシンメトリー……非対称性こそ、素晴らしい。世論に流されず自らを表現する。分かる者であればそこに何重もの意味を、解釈を見出せるだろう。
つまりだ……そなたは、私が表現したい神秘の一つに値するという事だ」
「まさかそこまで価値を見出してくれるとはな。実際のところ私もこの翼や耳は気に入っている。お褒めいただき鼻高々だな」
「私がそなたのゲマトリア加入を拒絶する理由はない。そなたの表現する芸術……楽しませていただこう」
「ッ!!ああ……感謝する!!」
「困り事があれば訪ねてくるがいい。ほとんどの時間、私は作品の創作に没頭しているだろうがな」
マエストロからは色良い返事が貰えた。まずは第一段階突破といったところか。
「新参者ですら芸術を理解出来るというのにも関わらず、あの者のやり方には芸術性を一切感じ得ぬな……」
「あの者?」
私が退出するために席を立とうとすると、マエストロは独り言の様な声量で呟いた。
「聞こえていたか……そうだな、パラドックスもその内対面する事になるだろう。ベアトリーチェというゲマトリアの事だ」
「!!」
「我々ゲマトリアは必要に応じて互いの研究成果を共有する。そなたは知識として知っていると聞いている故に名を出すが、黒服の『デカグラマトンのパス』や私の『ミメシス』などが例だ。
ベアトリーチェは、それらをただの手段として利用している。そこに何の芸術性も美学もない。私はそれが気に入らないのだよ」
「ベアトリーチェならば……そうだろうな。彼女の探究はもはや探究と呼べないはずだ。敢えて表現するのならば……」
「「『野心』」」
私とマエストロの考えが一致した。ふふ、思っていたよりも私達の相性はいいのかも知れないな。
古風な言い回しにはまだ少し慣れないだろうが。
「おお、パラドックス。やはりそなたならば私の芸術を真に理解出来るやも知れぬ。私の『作品』がそなたの探求の一助になれる事を期待しよう。あわよくば、そなたの探究が私の芸術の一助になることも」
「では失礼するよマエストロ。次は……会議場で会おう」
「さらばだ、矛盾の象徴たるパラドックスよ」
マエストロから承認を経て彼の持つ転送装置から開いたゲートに入り、黒服のオフィスに戻った。
「お帰りなさいパラドックス、やはり良い出会いだったようですね」
「ただいま。ああ、全く……話してみると面白い人だった」
「クックック……!!これで残るはゴルゴンダとデカルマニーですね。彼等から承認が貰えればゲマトリア入りは確定したようなものです」
「ベアトリーチェも話に入れてやった方がいいんじゃないか?……一応」
「多数決性ではないのですが……まあ、それが筋でしょう。決裂したとしても互いに不干渉で研究をすればいいだけの事ですので」
「そういうものか」
「そういうものなのですよ、私達『ゲマトリア』とはね」
黒服はそれはもう楽しそうにくつくつと笑っている。絶対私とは別に何か良いことがあっただろう?
「何か良いことでもあったのか?随分と楽しそうだが」
「いえ……そうですね、貴方の持つ『限定的な未来の記憶』がどのくらいの記憶なのかは測りかねますが、敢えてこういう言い方をしましょう。
『アヌビス』がアビドス高校に入学した、と」
「……ッ!!シロコが。という事は、梔子ユメはもう」
「クックック、そのようなことまでご存知でしたか。ええ……梔子ユメは死亡し『暁のホルス』はその身に『恐怖』を宿しつつある。加えてネフティスの令嬢に『死の神アヌビス』……やはりアビドスを研究対象に選んだ事は間違いではありませんでした」
そうか……この時期だったのか。近いうちにアビドスに行こうとは思っていたが、もう……梔子ユメは死亡した後。間に合わなかったか……
「…………」
「黒服、『色彩』への対抗手段は幾つか有しているか」
「ええ、まだ未完成のものも多いですが使用可能なものもあります。まさか、使うのですか?」
「
「ほう……まだ、ですか。それはそれは、何とも興味深い」
ホシノ……いや、接触するのはやめたほうがいいだろう。まだ傷が深いはず、せめて廃校対策委員会が設立されてからの方が、ホシノにとっても私にとっても良いかも知れない」
「今日は助かったよ黒服。対価は先日のもので足りたか?」
「ええ、十分な量を確保できましたので暫くは困らないでしょう。少量ですがチップを振り込んでいますので後ほどご確認ください」
「絶対少量じゃないだろそれ。何か何まですまないな」
「お気になさらず。これもまた私の探究ですので、では私はこれで」
そういって黒服は去っていった。
「未来をしているのに行動しないのは……私の罪か、それとも……」
prrrrrr
「……もしもし」
『ユヅキ……?声色がいつもと違うけれど、風邪でも引いたの?』
「ヒナか、すまない。少し待ってくれ」
ヒナから着信が来た。少し熟考していて気が抜けていたが今の私はパラドックス、大人の体であるが故に声帯がいつもと違ったようだ。ミュートにしてすぐ『神秘』に姿を変えて対応し直した。
『今から食事でもどうかと思ったのだけれど……また今度にする?』
「いや行こう。せっかくのヒナからのお誘いだ。食べたい物を言ってくれればこちらで探しておくよ」
『その情報源ってもしかして……』
「ああ、ハルナだ」
『何とも言い難いけど、そこだけは信用できるね。分かった、ユヅキに任せる』
「じゃあまた後でな」
さてと……一旦着替えに戻るか、大人用の服を着ていたせいで今はブカブカだ。せめて制服……いや、いつもの私服でいいか。
よーし、飯の時間だ。